推しの子 カミキヒカル原作再現RTA   作:雑穀ライス

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裏 カミキヒカル20 『奪う者と奪われる者』

 終わりは、いつも唐突に訪れる。

 

『東京・新宿区の路上で、鈴木亜衣理さん(22)が男に刃物で刺されて殺害される事件が起こりました。逮捕された容疑者は「被害者に金を貸していたが、返してもらえなかった」という趣旨の供述をしていて、警視庁は一方的な恨みを持っていたとみて詳しい経緯を調べています……』

 

 

 季節は冬。ある日、殺人事件のニュースが報道された。

 金銭トラブルを抱えた女が、借金をした男に殺されるという事件だった。被害者をナイフで数十回にわたってめった刺しにするという凶悪な事件であったが、殺人の動機自体はよくある理由でそこまで珍しい事件でもない。

 問題なのは、殺された女性が僕がホストクラブで担当している顧客だったということだ。

 

 鈴木亜衣理――愛梨さんと同じ名前を持つ女性は、ホストに貢いで身を崩した女性の例に漏れず僕と僕の店に多額の借金を抱えていた。彼女が西野瞳たちと違っていたところと言えば、借金を返済するための手段として風俗業やアダルト業界で働くのではなく「パパ活」を選んだということだった。

 日当1万、一晩5万。パパ活をする女性の6人に1人が月に50万円以上を稼ぐ()()()商売だと思って鈴木亜衣理はパパ活を始めたのだが、いざ始めてみると彼女が思っていたほど客が付かずどうも苦戦していた。

 

 だから僕が彼女に「嘘」を指導した。

 

 僕の言う「嘘」とは「嘘を真実と思わせる説得力を秘めた演技」のことであり、他者から愛されるために幼少期の僕が身に着けた技法だ。

 そう言えば聞こえはいいが、僕の技法は愛梨さんや清十郎さんから見れば「小手先のテクニック」と言われる底の浅いものであり僕はその先に進めず役者の道を断念している。しかしホストの客から()()()()()()愛されるために僕は今でもその技術を便利に使っている。

 「嘘」では愛は得られないと気づいた後でも、この技術は何かと僕の役に立っていた。

 

 僕はアイがファンから愛されるために使っていた「嘘」の技術を自分なりに解釈してアレンジしたものを鈴木亜衣理に伝授した。わざわざ僕がこんなことをしたのは彼女の借金(ツケ)を回収するためという理由もあったが、やはり西野瞳のときと同じで「名前が気になった」のが一番の理由だったと思う。

 ロマンティックな言い方をすれば、「運命を感じた」というやつだ。

 

 鈴木亜衣理は拙いながらもその技術の一部を習得し、素人相手なら十分に騙せるレベルにまで使いこなせるようになった。そして彼女は僕から教わった技術を、色欲に溺れた家畜から金銭を巻き上げるための手段として使った。

 

 その結末が、これだ。

 

家畜(カモ)からむしり取るときは、『広く浅く』奪わないと恨みを買うって教えたはずなんだけどなぁ…」

 

 鈴木亜衣理は、殺人事件の加害者となった男性から「携帯電話の利用料金や、当面の生活費等に必要」と言って200万円以上を借りていたらしい。彼女はそれを全部身体で返すつもりをしていたのだろうが、そのうち色々と面倒になって男との連絡手段を全部ブロックして逃げたのが男が犯行に及ぶ動機になったという話だ。

 鈴木亜衣理の言い分としては「私と一緒にいた時間には、200万円以上の価値がある」と言ったところか。ホストに何百万も貢ぐ女性の価値観なんてだいたいそんなものだろうし、僕達(ホスト)という女性からガッツリと奪い取っていく反面教師がすぐそばにいたことも彼女に悪影響を及ぼしていたのかもしれない。

 

 結局、鈴木亜衣理の命の価値はたったの200万円程度しかなかったということだ。

 和牛一頭の価格にも劣る、家畜以下の存在だったというだけの話だ。

 

「…潮時、かな」

 

 第三者から見れば、鈴木亜衣理が男性から搾取した金を僕に上納させていた形になるので僕がこの犯罪を引き起こした黒幕に見えるだろう。

 

 彼女は彼女の意志で僕に貢いで勝手に転げ落ちて命を喪っただけなのに。

 男は男の意志で彼女に貢いで勝手に逆恨みして殺人事件を起こしただけなのに。

 

 何も知らない人たちは僕のことを、意図的に他人の心を燻り堕落させて、自分の都合と欲望のために奪う者と奪われる者を生み出した外道と罵るのだろう。

 

 

 

 ――愛を騙って男から搾取した泥棒女よりも、怒りに身を任せて泥棒女を殺した助平男よりも、こんな事件を引き起こすきっかけを作った僕のほうが下劣で利己的で醜悪な人間だと聖人面をして言い放つのだろう。

 

 

 

 

 お前たちに何が分かる。

 お前に僕たちの物語(ぼくとアイとリョースケ)の何が分かるって言うんだ。

 

 

 

 

 僕は冷たい冬の空を見上げる。

 アイとリョースケが死んだあの日もこんな感じの天気だった。

 

 

 

 

 

 この世界は狂っている。

 人々は、正義の味方よりも正義の鉄拳を振るうための悪役(ヴィラン)を求めている。

 そこに悪役がいなければ、悪役を作り出してでも攻撃しようとする人間ばかり溢れかえっている。

 悪役を殴りつけても、自分が正義の味方(ヒーロー)になれるわけじゃないのに。

 

 

 

 被害者に勝手に感情移入して。事情も知らずに僕達のことを「敵」と断定して。

 自分が勝手に作り上げた被害妄想を、世界の真実だと妄信して。

 

 正義の名の下に、悪役(ぼくたち)を断罪しようとする。

 

 

 「たとえ自分が不幸になってでも、アイツが生きていることを許せない。アイツが幸せになることを許せない」と考える人間がこんなにも多いこの世界が。

 

 

 

 

 

 

 

――僕は、怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺人事件のニュースの流れた翌日、僕は店長にホストを辞めると連絡した。

 辞める理由は、僕が担当する顧客が殺人事件に巻き込まれたことで商売がし辛くなったという内容だ。事実として、鈴木亜衣理がホスト通いしていたことはすでにネット上にリークされているせいで物好きで暇な特定班が鈴木亜衣理の担当ホストを探し出して断罪(リンチ)しようとする流れになっていた。

 

 正直に言って、もう付き合っていられない。それが僕の本音だ。

 

 店長は僕に「どうか考え直してくれないか」と言って必死になって慰留してきた。役者を辞めるときはあっさり辞められたのに、思い入れのない仕事に限ってこんなに引き留められるのはなんだか滑稽で乾いた(シニカルな)笑いがこみ上げて来た。

 僕は店長の懇願を袖にして、店から去った。

 

 役者を辞めたときと同じようにマンションを引き払い、仕事で使っていた携帯電話を解約して雲隠れをする。7年間もリョースケの名前を借りて生きてきたが、それも今日で終わりだ。

 

 一瞬だけ西野瞳の顔が脳裏に浮かんだが、首を振ってそのイメージを振り払う。

 西野瞳はアイではない。所詮は客とホストの関係であり、僕は彼女の人生に責任を持つつもりは最初からなかった。関係を解消するきっかけさえなければ「IF」の未来もあり得たのかもしれないが、そうはならなかった。だから、彼女との関係はここでお終いだ。

 悪い男に引っかかるのも、所詮は人生の一ページにしか過ぎない。元セクシー女優を受け入れてくれる度量のある男を探すのは大変だろうが、彼女の魅力があれば僕以上の良い縁を結ぶこともきっと不可能ではないだろう。

 きっと、僕の傍にいるよりも、西野瞳は幸せになれるはずだ。

 

 こうして僕は、「リョースケ」から「神木輝」に戻った。

 家畜の世話はもう懲り懲りだ。今なら少年性愛主義に走った愛梨さんの気持ちがほんの少しだけ理解出来る。

 

 

 

 ホストを辞めた僕が次に選んだ転職先は、芸能雑誌の編集プロダクションの仕事だった。

 偶然求人を見つけたので応募したのだが、上司がパワハラ気質だったこともあり中々ブラックな業務で離職率が高そうな職場だった。まあこんな終わりの見えない不況の中だとブラックじゃない職場のほうが珍しいぐらいなので、仕方ない。

 僕はその職場で4年間働いて、芸能界で取材をするためのコネとノウハウを会得した。そしてその会社を退職した後ホスト時代に稼いだ金を使って独立し、古巣の職場から同僚をごっそり引き抜いて自分の会社を設立した。

 

 その名も「株式会社メディアEYES」。

 当然、アイの名前を意識した会社名だ。

 

 

 

 僕はその日、借りたばかりの家具も何も存在しない真っ新な事務所の中で一人で佇んでいた。

 

 ここまで来るのに色々あった。

 

 母親が死んで。

 役者の道を目指して劇団ララライの門戸を叩いて。

 そこで愛梨さんに拾われて。

 女の身体を教えられて。

 

 ワークショップにアイが現れて。

 彼女に恋をして。

 そして失恋して。

 

 たった一つの失言がきっかけで育ての母を喪って。

 逆恨みで暴走した結果、かつて愛した人と親友を同時に喪って。

 

 役者の道を諦めて。

 別人に成りすましながら女性からむしり取る卑劣な職業に身を堕として。

 僕と関係を持った女性から、金銭だけでなく命も失う人まで出現して。

 大衆の悪意から逃げるようにホストを辞めて。

 

 そしてたどり着いた先が、ここだ。

 

 

 

 

 神様に嫌われているとしか思えない苦難に満ちた人生を振り返って僕が今まで積み重ねてきた苦労を噛み締めていると、事務所の窓の外から烏がこちらを伺っているのに気づいた。

 

 

 

「――とうとう、ここまで来たんだね」

 それと同時に、事務所の入り口の方から子供の声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 銀髪の、少女。

 

 年齢は3歳ぐらいだろうか。少女というより幼女と呼んだほうがしっくりくる外見だが、その(たたず)まいが子供らしさを全く感じさせず、あまりにも年齢に対して不相応な気配を漂わせていた。

 

 

 そんな不気味さを纏った少女が、僕に断りも入れずに事務所の中に勝手に入ってくる。

 

 

「…君は、誰だい?」

 

 そんな小さな不法侵入者に対して、僕は誰何する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――君の魂を奪いに来た、悪魔(メフィストフェレス)だよ」




ここまでが本当のプロローグ。
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