「――君の魂を奪いに来た、
「お前は誰だ」という僕の問いかけに対して、正体不明の少女は自分のことを「悪魔」だと名乗った。
気味の悪い子供だ。このぐらいの年齢の子供が難しい言葉を使う場合なんて意味も分からずに大人の使う言葉を真似て楽しむのが普通なのだが、目の前の少女にはそういう「子供らしさ」が全くない。彼女が自称している「自分は悪魔だ」という言葉を思わず信じてしまいそうになる雰囲気をこの子供は発していた。
「…はぁ、僕の言い方が悪かったかな。お嬢さん、名前は?お父さんとお母さんはどこ?ここには子供は入っちゃいけないんだよ?」
目の前の少女を不気味に思う感情を押し隠して、改めて3歳の子供に接する態度で話しかける。
そんな僕の態度を見て、少女は可愛らしくクスクスと笑った。
「…何が可笑しいのかな」
「保護者はビルの外で待機中。不法侵入は謝罪しよう。…でもね、私の名前は教えることは出来ないんだ」
「警察に通報して補導してもらったほうが良さそうだね」
少女との埒が明かない会話を続けることがだんだんと面倒くさくなってきた僕は、本気で警察に通報するかどうか迷い始めていた。
説明の仕方が悪ければ「そんなことで警察に電話するな」と門前払いされるかもしれないが、「迷子の子供が事務所に入り込んでいる」と言えば少しは警察も話を聞いてくれるかもしれない。
「ごめんごめん、別に君を馬鹿にするつもりはなかったんだ。…無いんだよ。私には。名前がね」
「…ネグレクトだろう、それは」
「子供への名付けとは、親が『斯く在れかし』と祈りを籠めてつけるものだよ。名付けることで折角赤子に降した
なんだか複雑な家庭の事情がありそうな話だったが、当事者である少女は楽しげな表情を浮かべながら自分の境遇をペラペラと話し続ける。
目の前の少女が本当に悪魔かどうかはさておいて、この子が自分が悪魔だと本気で信じてしまうような家庭環境で育ったことだけはなんとなく伝わってきた。
…はぁ、なんだか頭が痛くなってきた。この年齢で中2病に罹患しているこの少女の将来が少し心配になってきたが、むしろおかしいのは目の前の少女じゃなくてそんなくだらないことを考えている自分の頭の方なんじゃないかという変な不安が頭に
「と言っても、名前がないのは不便だね。そうだ、君が私の名前を考えてくれないかな?」
思考がストライキして意識が空の彼方に飛び出しそうになっていたところに、名無しの少女が突然そんなことを提案してきた。
「…それは僕が名付けていいものなのかな?」
「構わないよ、どうせ
…悪魔を自称する割には日本神話の神の名前に偏ってるのは何故だろう。何か拘りでもあるのだろうか。
「ああ、でも『ツクヨミ』と名付けることだけは勘弁して欲しいかな?あの馬鹿烏と一緒にされるのだけは流石に耐えられない」
「注文が多いお嬢さんだね。ポテトも一緒にいかがですか?」
「ぷっ!?」
少女の言葉に対して漫画の台詞を引用した皮肉を返してやると、どうやら笑いのツボに入ったのか少女は盛大に吹き出した。
しかしまさか「
浮世離れしているように見えて、案外どこか俗っぽい。それがこの少女の特徴だ。
そうやって目の前の少女を観察していると、僕の中にむくむくと悪知恵と悪戯心が芽生えてきた。
「分かった。今日から君の名前は『ああああ』だ」
「なっ!?」
「知らないのか?『ああああ』っていうのは有名な伝説の勇者の名前なんだよ?」
「嘘だッ!!!」
小学生の
「もう遅い。君の名前は一生『ああああ』だ。よかったね『ああああ』ちゃん。可愛い名前だね『ああああ』ちゃん。嬉しさのあまり喜びのダンスを踊ってもいいんだよ『ああああ』ちゃん」
「く…この……子が子なら親も親か……血は争えないねぇ……!!!!」
少し煽ってやると、悪魔を騙る少女の「嘘」の仮面はあっさり剥がれ落ちて内側から年相応の素顔が現れてくる。
見た目よりも一回りか二回りほど聡いようだが、本質はアニメや漫画のキャラに憧れて真似をしている子供と然程変わらない。悪魔や妖怪というよりも、早すぎる中2病を患った只の子供だな。これは。
「…フェレスだ」
「え?」
「だから、フェレスだ!私のことは『ああああ』じゃなくて、フェレスって呼べ!!!」
年甲斐もなく少女をやり込めたことに満足感を抱いていると、とうとう根負けした少女が自分の名を名乗った。この期に及んでまだ
「後から訂正させるぐらいなら最初からその名を名乗ればよかったのに」
「私もそう思っていたところだよ。流石にここまでアホみたいな名前をつけられるとは想像していなかったわ…」
疲れと興奮からか、慇懃さが崩れて微妙に口調が砕けている。やっぱりそっちが素か。
「ところで『メフィストフェレス』でも『メフィスト』でもなく、『フェレス』と名乗るのは何か拘りでもあるのかい?」
彼女が10年ほど前倒しで中2病を発病していることはさて置くとして、アニメやゲームのキャラクターの名前に
「
「なんだ、すでに黒歴史を作ってきた後なのか君は」
「ふん」
「フェレス」と名乗る理由がなんとなく気になったので聞いてみたら、そんな回答が返ってきた。
どうやら少女はすでに何かを失敗してきた後らしく、それをつついてやると少女はつまらなそうにぷい、とそっぽを向いた。
「で、『ああああ』改めフェレスちゃんはここに何をしに来たんだい?」
「はあ…ただの自己紹介だよ。『君の息子』の件でこれから顔を合わせる機会が増えると思うから挨拶をしに来ただけさ」
「…なんだと?」
「――運命は動き出した。もう止めることは出来ない。君に残酷で美しい審判が下されるその日まで、せいぜい人生を楽しむがいい」
言いたいことを言った後、フェレスと名乗る少女は去っていった。
「全く…わけのわからない少女だったな……」
彼女の言葉を全て妄言と言うのは簡単だったが、あんな小さな少女が僕の事情を知っていることがどうも気になった。
霊感商法を仕掛ける場合は事前に騙す相手の情報を調べてからターゲットに接触して不安を煽るというのが常套手段だが、それが目的だったとしてもわざわざ子供を使う必要はないだろう。
フェレスの目的が分からない。それが僕のストレスになっていた。
…いや、違う。僕の心がざわめいているのはそれだけが理由じゃない。
「確か、メフィストフェレスの語源は『嘘を愛する者』だったっけ……」
「嘘」と「愛」。
それは僕の根幹に関わる言葉。
偶然かもしれない。しかし、偶然ではないかもしれない。
「はは…ああ、なるほど。これはしてやられたなぁ……」
そこまで考えて、僕は漸く少女に謀られていたことに気づく。
怒りで頭に血が上り、その直後に怒りが呆れに変わる。
「……やり方が回りくどいんだよ!!」
今更になって、僕は少女に「自分のことを
「WANT FRIES WITH THAT」の元ネタは「幽遊白書 英語版 禁句」でググると出てきます。