作中のアクアとルビーの誕生日を「2004年9月~10月頃」から「2005年4月~5月頃」に変更。
アクアとルビーの母親バレイベントの発生を「アイの死後14年後かつアクア達が17歳のとき」にしないと映画のタイトルが「15年の嘘」にならないことに気づいたので過去話に遡って年代を修正しています。
「星野アクアと星野ルビーは14年前に殺された『アイ』の子供だった」というニュースは世間の話題を独占した。そして色んな人が一枚噛みに参戦して様々な論争を巻き起こし、否定派と擁護派が言い争ってSNSを炎上させながら最終的に「母の想い」に応えるために活動する子供達という美談としてこの話を決着させた。
結局、芸能人なんて民衆のオモチャに過ぎない。彼らはテレビに映るタレントの人生にまでストーリー性を求め、しかもそれを強制してくる。
不実には制裁を。悲劇には救済を。アイのスキャンダルを知って炎上させようとしていた群衆はルビーの真摯で誠実な対応を見て掌を返し、彼女を悲劇のヒロインとして受け入れた。
実に身勝手なものだ。
他人に勝手な理想を押し付ける群衆も、アイのスキャンダルを暴露したアクアも、その中で上手く立ち回って恩恵を受けたルビーも。
この件に関わったすべての人間が本当に気に食わない。
ふと何故自分がこんなにイライラしているのか不思議に思ったが、その理由についてはすぐに思い当たった。この騒動はルビーの一人勝ちで収束したが、スキャンダルを暴露されたアイの名誉回復は一切行われていなかったからだ。
怒りっぽいが同時に飽きっぽい群衆は母親の夢を引き継いで歩んでいくルビーの姿を見て「めでたしめでたし」と締めくくり、先日までアイを侮辱していたことも忘れて何事もなく普段の生活に戻っていく。
アイの時代は終わった。これからは星野ルビーの時代だ。
アイの役割は星野ルビーの母親役。星野ルビーの物語を美しく彩るための引き立て役A。
アイがそんな風に群衆に扱われるのが許せなかった。
それだけは僕は許さない。許すわけにはいかない。
たとえ彼女がアイの娘で、彼女の夢を継ぐ正当な後継者だとしても。
――アイを
僕は密かにアイの子供たちと敵対する覚悟を決める。
しかし、人を憎み続けることは人を愛し続けるのと同じぐらいエネルギーが必要となる行為だ。
最初こそ急にメディアへの露出が増えたルビーの姿を見るたびに苛立ちを感じていたが、時間が経つにつれて自転車のタイヤから自然と空気が抜けていくかのようにアイの子供たちへの僕の敵意は少しずつ薄れていく。
絆されたのか、それとも無関心になってしまったのか。もしくはその両方か。
勝手な理想を押し付けてアイをバッシングした後にコロコロと掌返しをする群衆と同じことをしている自分に呆れて、思わず自嘲のため息が漏れた。
しかし、僕の都合など知ったことかと墓の下から蘇った過去の罪は僕に贖いと報復を求めて追いかけて来る。
僕はもう、星野アクアを主人公としたこの復讐劇から降りることは出来ないのだ。
それが【
「まさか君がスポンサーになってくれるとはね。予算もギリギリでやってるもんだからありがたいよ」
「ええ。鏑木さんにはお世話になりましたから」
アクアたちの母親バレ騒動から4ヶ月ほど経ったある日、僕は鏑木さんに誘われて一緒に食事をしていた。
居酒屋で軽く一杯、ではなく都心で本格的なコース料理を出す店での会食。ドレスコードは特に気にする必要はないと鏑木さんから言われていたが、それを真に受けているようでは社会人として失格だ。僕はホスト時代に着ていた服を引っ張り出してこの会食に臨んでいた。
僕は今、鏑木さんがプロデューサーを務める映画のスポンサーとして相対している。
20年ほど前に鏑木さんから端金を貰いながらお情けで映画に出演させて貰っていた頃と比べれば、僕も随分と出世したものだ。
あの頃は苦労ばかりだったと僕が自分が売れない役者をやっていた頃の記憶を懐かしんでいると、それがトリガーとなったのか僕の中にアイと一緒に身の丈に合わないコース料理を食べたときの記憶が突然蘇ってきた。
――嗚呼、僕はこんな大切な記憶をつい先ほどまで忘れていたのか。
「お世話……ね。分かってるんだろう?この映画がどういうものなのか」
僕が手元のシャンパンを眺めながらアイと過ごした記憶に浸っていると、そんな僕の感傷を知ってか知らずか鏑木さんは本題を切り出してくる。
彼が手掛ける映画のタイトルは「15年の嘘」。
それは14年前に起きたアイドル殺傷事件をベースとした実録映画。
つまり、星野アイを主役とした映画だ。
「この作品は色んな人の名称使用許可を得てる。訴訟されても困るからね。けれど、君には許可は取っていない。
…カミキヒカル。君をこの作品では『少年A』と呼んでいる。この意味がわかるかい?」
「ええ。もちろん」
少年A。犯罪を犯した未成年の子供を匿名で呼称するときの呼び名。
つまりこの映画での僕の役割は、アイ殺害を裏で手引きした真犯人役だ。
どんなストーリーになるのか僕はまだ知らないが、聞くところによるとこの映画の脚本はアクアが書いたらしい。ならば僕はきっと観客が気持ち良く憎しみを抱けるような卑劣漢として描写されているのだろう。
――むしろ、望むところだ。
「僕は罪から逃げない。逃げてはいけないんだ。…それが僕のせいで喪われた命に対する責任だ」
「そうか。君はそう考えるんだね」
そう言って鏑木さんは話を一端切り上げ、シャンパンの入ったグラスを僕に向けて近づけてきた。
「乾杯」
軽くぶつけた2つのグラスがチン、と小気味いい音を鳴らす。
僕はシャンパンを一息に飲み干した。炭酸の刺激とシャンパンの甘味が心地よい。
「…ところで鏑木さん。スポンサー特権として、一つだけ教えて貰ってもいいでしょうか?」
「なんだい?」
「アイを演じる女優は、一体誰になるのでしょうか」
僕がこの映画のスポンサーとして手を挙げた理由の一つは、自分の犯した過ちから目を背けないため。
そしてもう一つは、企画の段階でいち早くアイ役の女優が誰かを知ることだ。
――もしも起用された女優がアイ役に相応しくない人間なら、そのときは。
「アクア君の考えた想定キャストだと、劇団ララライの黒川あかねを起用するつもりみたいだね。君の後輩だ」
「…ああ、『舞台版・東京ブレイド』で共演した繋がりですね」
黒川あかね。昨年の新人俳優賞を受賞した将来有望な僕の後輩だ。確かに彼女なら星野アイを完全に演じられるだろう。
鏑木さんのその言葉を聞いて、僕は
「しかし想定キャストはあくまで想定キャスト。想定通りに行く事のほうが珍しいから今の段階で黒川あかね一本に絞るつもりは無い。
だから黒川あかねとは別に『不知火フリル』や『片寄ゆら』にも打診しているよ」
「不知火フリルと片寄ゆら…」
「主演キャストは作品の顔だから、興業的には知名度が欲しいところだしね。フリルちゃんはすでに別の作品がブッキングされてて脇役でならオファーを受けてもいいって返事を聞いているから、本命は片寄ゆらのほうかな」
「………」
僕は鏑木さんの話を黙って聞いていた。
確かに期待の新人である黒川あかねと実績に裏付けされた実力派女優の片寄ゆらなら演技力は互角だととしてもネームバリューの差で片寄ゆらに軍配が上がる。作品の質も大事だがビジネスである以上、映画興行収入はもっと大事だ。
「わかりました。映画の完成を楽しみに待っています」
必要な情報は聞けたので、僕はこの話題を終わらせた。
アイ役の候補に星野ルビーが入っていないのは、きっと彼女にまだ女優の経験がないからだろう。話題性こそあれども、アイの娘だというだけで主役を貰えるほどこの業界は甘くない。僕はそのことに安堵して運ばれてきた料理に舌鼓を打った。
その後も鏑木さんとの会食と会話は続く。
「何か映画の演出や表現で要望とか、これはやめて欲しいとか気を付けて欲しいといった部分はあるかい?君の役は難しい立場だから確約は出来ないが、出来る範囲で配慮するよ」
鏑木さんは僕にスポンサーとして、そして映画の登場人物の一人として僕に要望はあるかと聞いてきた。
「…『神木輝と菅野良介は親友だった』。この部分だけは変えないでください」
その問いに対して、僕はそう答える。
僕の名誉など今更どうでもいいし、アイの物語を盛り上げる
しかし、映画を観た観客にリョースケの人生を「アイを殺した頭のおかしいストーカー野郎」という無味乾燥な一言で理解した気になられるのは流石に看過できなかった。
――悔しいなぁ。
僕は彼の遺言を思い出す。
たとえ彼が許されない罪を犯した者だとしても。
たとえ彼の味方をするのがこの世界で僕一人だけだったとしても。
嘆き、悲しみ、後悔しながら苦しみ抜いて死んだ人間に石を投げつけるのは、許されざる悪行だと思うんだ。
「…よければ、君の目から見た事件の真相を聞かせてくれないかな。もしかしたら映画に活かせるかもしれない」
「…菅野良介との交友関係だけでよければ」
アイとの思い出は僕だけのものだ。他人に教えるつもりはない。
僕はリョースケとの思い出だけを端的に鏑木さんに語った。
リョースケとニノとの関係を完全に隠した、「嘘」の思い出を。
「ご馳走でした。またいつか、どこかで」
料理をデザートまで食べつくして、僕達は店を出た。
「皮肉に聞こえるかもしれないけど、これからの君の人生が幸せになることを祈ってるよ」
「…皮肉以外の何物でもないですね。その言葉は」
まさに僕の人生を壊す片棒を担ごうとしている人が言う言葉ではないと返事をして、僕はタクシーに乗り込んで鏑木さんと別れた。
僕は帰りのタクシーの中で、これからのことを程よくアルコールの入った頭で考える。
今からは時間との勝負。しばらく忙しくなりそうだ。
さあ、アイのために自分なりに出来る事をしにいこう。