あれから数ヶ月が経った。
片寄ゆらが行方不明になったというニュースは瞬く間に世間に広がって――いかなかった。
それどころか彼女の失踪はニュースにすらなっておらず、それは僕にとって都合のいい話のはずなのになぜか僕の感情は静かに荒れていた。
売れっ子女優が一人音信不通になったところで芸能界には影響なし。
終わりの見えない不況の中で芸能界はどんどん縮小していってるのに、新しい役者は雨後の筍のようにいくらでも生えてくる。
自分が唯一無二の一番星に迫る逸材だと思っていた人物が、この業界にとって替えの効く人材でしかなかったことに気づいて僕の心に身勝手な怒りとどうしようもない虚無感が広がっていた。
……彼女を殺したのは僕なのに、厚顔無恥も甚だしい。
片寄ゆらが行方不明になったことで、星野アイ役を彼女にオファーするという話はお流れとなり最終的に星野アイ役はルビーに決まったようだ。その後ようやくニノのところにも取材が来たようで、実際にルビーと会話としたと彼女から僕のところに連絡が入ってきた。
星野ルビーに対するニノの評価は「無害」。
「星野アイへの理解度が低くて安心した」と彼女は電話越しに嬉しそうに語っていた。
そこまでは想定内。
そこに僕が想定していなかった話が舞い込んでくる。
どうやらあの名無しの銀髪の少女が子役として「15年の嘘」に出演するという噂が僕のところまで聞こえてきた。
……全く、何を考えているんだあの子は。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っつーわけで、使えそうな子役を捕まえてきた」
「捕まってない、自分の意思」
幼少期のアクア役を任せられる子役が見つからずに困っていた五反田にアクアが軽口を叩き、すかさず銀髪の少女がその言葉を訂正する。
アクアの口車に乗せられて「15年の嘘」に出演することを了承し苺プロの事務所まで連れてこられた名無しの少女だったが、実は彼女は最初から映画に出演する気まんまんだった。
「私がスカウトされた経緯なんてどうでもいいじゃないか。それで、稽古はいつから始めるのかな?」
「明日から本読みと衣装合わせだ。他の出演メンバーも全員集まる。えーっと……」
「芸名は『フェレス』。よろしくね、監督」
子供らしさが欠けた可愛げのない薄ら笑いを浮かべながら、少女は五反田に自己紹介をする。
そんな少女の振る舞いを見た五反田は「お、割とイケるかも。いいの見つけて来たなアクア」と心の中で賞賛を送っていた。
なお五反田以外の他のメンバーはフェレスの子供らしくない言葉遣いや態度を見て「え、この子演技してるわけじゃなくて普段からこんな感じなの?まさかその年で中二病…!?」とドン引きしていた。
そしてその翌日。
本読みをするための集合場所に指定した会議室に「15年の嘘」に出演するメンバーがぞろぞろと集まってくる。
星野アクア。星野ルビー。
有馬かな。黒川あかね。MEM。不知火フリル。
姫川大輝。鳴島メルト。
「東京ブレイド」にも出演した劇団ララライのメンバー。
そしてフェレス。
「……お揃いですかね。では本日は『15年の嘘』の本読み、衣装合わせの方をよろしくお願いします」
会議室に出演者全員が集まったところで鏑木プロデューサーが音頭を取り、こうして「15年の嘘」の本読みが始まった。
役者は揃った。
後は完成させるだけだ。
星野アイから始まった、この物語の結末を。
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本読み開始から数時間後、ようやく最初の本読みが終わった。
衣装合わせの前に一旦休憩を挟み、各々が酷使した喉を休めている間のこと。
「……何よアンタ。私に何か用?」
有馬かなの前に、フェレスが立っていた。
無言で何かいいたげな視線を有馬かなに向けるフェレス。対する有馬かなも、休憩時間にアクアと会話しようとしていたところを邪魔されたこともあって不機嫌な表情を隠さなかった。
視線を合わせたまま、二人の間を沈黙が支配する。
気まずい場の雰囲気が険悪なものに変わろうとしていたそのとき、
「……あの、ずっと前からファンでした!サインください!!」
そう言って、フェレスはサイン色紙を有馬かなの前にずいと差し出した。
「……えっ、何?あなたが私のファン?」
「はい!ずっと前から好きでした!!」
本読みをしているときの「ヒネた大人を子供の身体にねじ込んだみたいな口調と態度」とは打って変わってフェレスは憧れのアイドルを目の前にしたキラキラした表情を有馬かなに向ける。
目の前の少女の豹変っぷりについていけず、毒気を抜かれた有馬かなはどうしたものかと返事を迷ってしまった。
「……あー、わかったわよ。色紙貸しなさい」
頼まれたら断り切れない性格をしている有馬かなは、結局根負けしてフェレスから色紙を受け取る。そしてまんざらでもない表情をしながら、慣れた手つきでサラサラとサインを書き始めた。
「はい、大事にしなさいよ」
「ありがとうございます!大事にします!!」
有馬かなから色紙を受け取り、明るい声で元気よくお礼を言うフェレス。
ご機嫌な様子で色紙を抱きかかえながら、その足でてこてこと歩いていって、
「サインください!黒川あかねさん!!」
先ほど有馬かなにサインをもらった色紙を黒川あかねに向かって突き出した。
「オイコラ待てぃ!?なんでわざわざ私がサインした色紙に書かせようとしてるのよ!さっき大事にするって言ったじゃないの!!?」
よりにもよって黒川あかねにサインを強請りにいったフェレスに思わず有馬かながツッコみを入れる。それを聞いた黒川あかねはこめかみに血管を浮かべながら「……私がサインしたら粗末になるのかな?」と小声で呟いていた。
「黒川あかねあっての有馬かな!有馬かなあっての黒川あかねだよ!黒川あかねのいないかなちゃんなんてネタもサビも紫もないお寿司みたいなものじゃないか!」
「私はシャリかい!」
今日が初対面とは思えないぐらいのフランクさで姦しくぎゃあぎゃあと騒ぎ出すフェレスと有馬かな。
二人のやり取りはまるで長年付き添った友人のように息がぴったりだった。
「……はい、出来たよ」
そうしているうちに黒川あかねがサインを書き終えて、フェレスに色紙を手渡す。
「わーい!ありがとうございまーす!」
「没収よ没収!!返しなさい!!!」
「やだねー!あーばよー、とっつぁーん♪」
今度は色紙を取り上げようとする有馬かなとルパン三世のモノマネをしながら逃げるフェレスの追いかけっこが始まった。
「……ミステリアスな子だと思ってたけど、意外と面白い子だったりする?あの子」
「ただの中二病じゃないの?」
「中二病は『他人と違う特別な自分』を演じる行為だから、役者的にはアリ。良い子連れてきたね、アクア君は」
いまいち掴みどころのないフェレスの言動を見てパニくるMEMにルビーが冷たくツッコみ、それを不知火フリルがフォローする。
小学生と同レベルの争いをしている同じアイドルグループのメンバーを他人のフリをしながらその様子を傍観していると、有馬かなから逃げてきたフェレスが今度は彼女たちに近づいてきた。
「MEMちょー、フリルさん、サインくださーい。あとルビーも」
「私はオマケかい」
有馬かなと黒川あかねのサインが書かれた色紙を差し出して、更にフェレスがルビーたちにサインを強請る。そして三人からサインを貰った後、続けてその足で姫川大輝と鳴島メルトにもサインを貰いに行った。
余白がほとんど埋まって寄せ書きみたいになってしまったサイン色紙を抱えてフェレスが最後に向かった先は、
「……君で最後だよ、星野アクア」
自動販売機の隣に座って休憩しているアクアの前に立って、色紙を差し出した。
「……お前は一体何がしたいんだ」
「ただの思い出作りだよ。君はこの映画の撮影が終わったら、芸能界を引退するんだろう?」
アクアの冷めた一言に対して、フェレスは事もなげに返答する。
さっきからぱたぱたと歩き回ってサインを集めているフェレスの姿を面白そうに眺めていたルビーたちは、突然飛び出してきた「アクアの芸能界引退」という寝耳に水のニュースを聞いて驚いた表情を浮かべながら2人のやり取りを注目していた。
「君は父親に引導を渡すために芸能界に飛び込んで来たんだろう?ならこの映画を完成させれば晴れてお役御免さ。その後は君自身の夢を叶えて、そのまま幸せに生きればいい」
無邪気な笑顔でサインを強請ってたときと打って変わって、可愛げのない薄ら笑いを浮かべながらフェレスが言う。
「――カミキヒカルに復讐したからと言って、君が不幸になる必要はどこにもないよ」
「なんでも知ってるような顔して喋るなよ」
「何でも知ってるわけじゃない、知ってることだけ……と言いたいところだが、君のことはそれなりに分かってるつもりだよ。それこそ、あの馬鹿烏よりもね」
「おーい、休憩は終わりだ!衣装合わせするぞー!!」
物憂げな表情を浮かべるアクアに好き勝手なことを言い続けるフェレスだったが、そこに五反田が現れて休憩時間の終わりを告げた。
「残念、時間切れだね」
「……貸せ」
諦めて去ろうとするフェレスからアクアが色紙を取り上げて、そこにサインを書いてフェレスに返す。
フェレスが色紙を確認すると、色紙の隅っこに少しだけ空いていたスペースにアクアのサインが追加されていた。
「これで満足か?」
「ああ。……君がこの世界からいなくなった後も、ずっと大切にすると約束するよ」
作り笑いではない噓偽りない笑顔を浮かべながら、少しだけ寂しそうにフェレスが言った。