推しの子 カミキヒカル原作再現RTA   作:雑穀ライス

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裏 カミキヒカル30 『15年の嘘』

 

 

 11月某日。

 「15年の嘘」の関係者向け初号試写が上映された。

 最初に五反田監督が軽い挨拶をした後、上映時間2時間16分のフィルムが銀幕に投射される。

 

 映画が終わり、スタッフロールが流れる頃には所々ですすり泣く声が聞こえていた。

 

 

 

「――君達にも心当たりがあるだろう?」

 

 

 

 関係者として関わってきた故の達成感から来る感動もあるだろう。

 この物語の悲しさから来る涙もあるだろう。

 

 だけどこの涙はきっとどちらでもない。

 

 

 

「――死に瀕した状況で、自分の子供たちの幸せだけを願って逝った星野アイの生き様と死に様に涙した経験が」

 

 

 

 ルビーの最後の演技が、この映画にどういう感想が返ってくるかを決定づけた。

 

 

 

「――君たちは、彼と彼女の物語が茨の道の先に幸せな未来があると信じていた」

 

 

 

 この『15年の嘘』という作品の。

 

 

 

「だが、結末はあのザマだ」

 

 

 

「星野アクアは、雨宮吾郎の妄執の犠牲になって死んだ」

 

 

 

 

 自分を産んですぐ死んだ母親に感じる寂寥感。顔も名前も知らない父親への憤り。

 娘の死に目にも会いにこない天王寺さりなの両親への怒りと軽蔑、そして失望。自分の心を守るために娘の存在を忘れ去った天王寺まりな(さりなの母親)を見て感じた絶望。

 

 ――そして、愛を与えるだけ与えて死んでしまった星野アイへの、空虚な愛。

 

 雨宮吾郎は「親」という存在にコンプレックスを抱いていた。

 そして「子供を愛さない親」という存在を憎んでいた。

 

 

 そこにカミキヒカルという人物が現れた。

 長年溜め込んだ自分の感情をぶつけてもいい相手が、彼の前に立ちはだかった。

 その感情を、母親を殺し妹まで手にかけようとした父親に抱いた星野アクアの怒りと憎しみだと言い張って。

 

 

 

 

 

「その結果が、アレさ」

 

 

「彼らの物語を読み終えた君たちは、愛に始まり愛を否定して終わったあの物語の結末を否定したい。そう思ったはずだ」

 

 

「私もその一人だよ」

 

 

「だから、介入した」

 

 

「後味の悪いあの結末を、もう少しだけマシなものに変えるために」

 

 

「それがあの馬鹿烏からこの物語を引き継いだ、名無しの悪魔(メフィストフェレス)の役割だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「良い映画だったね。私も骨を折った甲斐があったよ」

「自画自賛かい?」

 

 「15年の嘘」の先行試写会を終えて試写室から出て来たところを銀髪の少女に捕まった。

 どうしてこの子はわざわざ僕のところに寄って来るのだろうか。二回りも歳の離れている僕なんかよりもアクアたちと交遊したほうが話が合うだろうに。

 

 ……まあ、アクアたちと比べても一回り分歳が離れているし、誤差みたいなものか。

 

 

 

「それで、この映画を観た君の感想は?」

「本当に素晴らしい物語だった。でも、やっぱりこの作品はフィクションだったよ」

 

 僕は目を瞑って、映画の内容を反芻しながら少女の言葉に答える。

 

 

「捏造して、誇張して、都合の悪いことは綺麗に隠す。そんなありふれたフィクション。どこにでもあるエンターテインメント作品だよ」

 

 この映画では僕とアイが年相応の不器用な恋をしてそれなりに心が通じ合っていたように描かれていた。

 

 でも実際は違う。

 僕が一方的に依存していただけだ。

 彼女は僕を愛してなんかいなかった。

 

 

 

――君は顔も良いし、適当に若者らしく付き合ってくだけなら別にアリなんだけど、君と一生一緒ってのは私には荷が重いかなぁ

 

 

 

 まるでホステスが結婚を迫ってくる常連客をあしらうかのように、軽い口調で僕は捨てられた。

 

 

 

――私は君を愛せない

 

 

 

 そう言って僕の前から姿を消した癖に、僕に入院先の病院を教えたり引っ越し先の自分の住所を教えたりと彼女のやることはめちゃくちゃだった。

 

 

 

――いや、縒りを戻すとかそういう話じゃなくってさ

 

 

 

 彼女はとても無邪気に利己的で、残酷だった。

 

 

 

 

 

 それでも、愛してたんだ。

 

 

 

 

 

「……本当のアイはあんなに愛情深くなんてなかったし、本当の僕はもっと愛情に飢えていた。

 僕を愛してなんかいなかったよ。

 振られた女に惨めったらしくしがみ付いて、愚かにも逆恨みして殺した。ただそれだけの話さ」

「当事者である君がそう思ったのならそうなんだろう。君の中ではね」

 

 僕の出した結論を「それはお前の思い込みだ」と切り捨てて少女が笑う。

 思い込みも何も他に解釈の仕様がないだろう。僕たちの物語に「IF」があったと説教するのはそれこそ君の思い込みだ。思い上がりも甚だしい。

 

 

「この後アクアにインタビューするんだろう。この映画を作った彼に答えを聞いてくるといい。

きっと残酷で美しい結末が、君を待ち受けているよ」

「それはもう覚悟の上さ」

 

 この映画が放映されれば僕はリョースケ達が殺した雨宮吾郎という医師を含めた五人もの人間を間接的に殺した悪人として世間に認識される。その後SNSで袋叩きにされて、そのうち義憤に駆られた誰かが僕を殺しにきてそこでおしまいだ。

 

 それでいい。

 リョースケのように、死んだ後に「アイツは死んで当然の人間だ」と知らない人から笑い者にされるそんな結末が僕にはお似合いだ。

 

 僕は死刑台に続く13段の階段を登る気持ちで、アクアと待ち合わせをしている会議室へと向かった。

 

 

 

 

 

 少女は「残酷で美しい結末が僕を待ち受けている」と言った。

 

 僕も覚悟しているつもりだった。

 でも。

 僕を待ち受けていた事実(もの)は、僕の想像を遥かに越えて残酷だった。

 

 

 

『……きっとアクアは私たちがどうして別れたのか、そこが気になってるよね。

 「彼」はもう限界だったの。

 芸能界の闇ってやつに侵されて、私に依存するみたいな感じになっちゃって。

 もう壊れる寸前だったの』

 

 

 アクアへのインタビューを終えて立ち去ろうとする僕の前で、アクアはアイが遺したビデオレターを再生した。

 いつまで経っても永遠に変わることのない、思い出の中の存在になってしまったアイがカメラの前で淡々と語る。

 

 

『そんな中、お腹に子供が居るって分かって流石にこれ以上はヤバいなーって思って。

 だから言っちゃったんだよね。

 君を背負えないから別れよって。「私は君を愛せない」って。

 彼から与えられたものを、私は返してあげられないから私は逃げたんだ。

 

 ……私は、私達が居なくなればきっと彼は立ち直れると思った。

 

――彼から愛を搾取する存在がいなくなれば、彼は大丈夫だと思ったんだ』

 

 

 

 何を言ってるんだ。

 何をどう間違えたらそんな結論になるんだよ。

 僕は君から何かを奪われたと思ったことなんて一度もなかったのに。

 

 

『最初は産むの怖かった。産むのやめとこうかなぁとちょっと思った。

 でも出来なかったなぁ。

 本当は彼とずっと一緒に居たかったから。

 

――彼との絆を、残したかったから』

 

 

「……噓吐き」

 アイが語るあまりにも残酷な答え合わせに心が耐えられず、思わず言葉が漏れる。

 

 あのときは「縒りを戻す気はない」って言ったくせに。

 だったら僕の苦悩と絶望は一体何だったんだ。

 リョースケの死はなんだったんだ。

 

 僕達のやったことは全部無駄だったと言うのか、君は。

 

 

 血も涙も出し尽くしてカラカラに干からびた心に出来た逆剥けを無理矢理引き剥がされるような激痛を感じて僕は胸を押さえる。

 

 

 痛い。

 

 心が痛くて、熱い。

 

 心の傷が開いて、情熱の籠った熱い血が噴き出てくる。

 

 

『彼の背負っているものを一緒に背負って、彼の子供たちと一緒に未来を生きたかった。

 愛とかよく分かんない私が初めて愛したいと思った人だから。

 

 愛したいのに愛せなくて。

 一緒に居たいのに一緒に居れなくて。

 

――だから私は「嘘は愛だ」って思うことにした』

 

 

 僕の心から忘れかけていた熱い愛が噴き出して、そのまま流れ落ちて消えていく。

 まるで割れたコップに水を注ぎ足すかように。

 

 嘘は愛。

 アイはずっと、僕のことを愛してくれていた。

 

 でも僕が自分で台無しにしてしまった。

 コップを割ったのは、僕だ。

 

 ただ待っていれば得られたはずの幸せは全部僕の掌から零れていって、なくなってしまった。

 

 結局、僕の愛を(ころ)したのは、僕自身だったんだ。

 

 

 

『ねえアクア。15年後の君達から見てあの時の言葉はちゃんと嘘だった?

「私は君を愛せない」なんて、嘘だったよね?

 

 ……ふふ、よかった。

 じゃあ、大人になった君達へのお願い。

 彼が今も迷ってるなら彼を救ってあげて欲しいんだ。

 私と一緒に。

 

 私が彼とやり直すことを認めて欲しい。

 そしていつか、彼のことを「お父さん」って呼んであげて欲しいな。

 

 それが私からの、アクアたちへのお願いだよ』

 

 そう締めくくって、アイからの僕への断罪(こくはく)は終わった。

 僕はふらふらとアイが映っている壁に近づいて、アイに手を伸ばす。

 

 

「……ちゃんと撮れてるかなー?」

 

 同時に映像の向こう側のアイがカメラに近づいてきて、カメラの位置を調整しようとした。

 僕が手を当てた壁を隔てて、僕とアイの手が重なる。

 

 

 

 こんなに近くにアイがいるのに。

 果てしなく、遠い。

 

 

「ああ……ああ………!」

 

 

 壁一枚隔てたそこに、僕の幸せがあった。

 

 

 

 もう、届かない。

 

 

 

 15年の歳月を経て、継ぎ接ぎみたいにボロボロになっていた大切な記憶(あい)を思い出して、

 

 

 

「ああぁぁーーーーーーっ!!!!」

 

 

 

 僕は泣いた。

 

 

 

 

 

「ルビーは『私は君を愛せない』という言葉を『嘘』として演じた。

 アイの願いを正しく汲んで。

 

 ……この映画は、あの時突き放してしまったアンタへのアイからの時を超えたラブレターだ。

 そしてアイを理解しなかったアンタへの、僕達の復讐だ」

 

 

 残酷で美しい真実を突き付けられて打ちひしがれている僕の背中に向けて、涙に震える声でアクアが語り掛けてくる。

 

 

 

 

 

「――アイを殺してしまった後悔を胸に抱えたまま、一生苦しみながら生きろ」

 最後にアクアが言った言葉が、僕の胸に深く突き刺さっていた。

 

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