推しの子 カミキヒカル原作再現RTA   作:雑穀ライス

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支援イラストを描いてもらったので表紙にしました。


裏 カミキヒカル33 『生と死の狭間で見た幻想』

 

 僕達の周りを、沈黙が支配する。

 

 

 僕は転落防止柵にもたれ掛かり、気怠げな様子を見せつけながらアクアの返事を待つ。

 愚かな道を選ぼうとするアクアを小馬鹿にしているようにも見えるが、実際は足が震えて今にも崩れ落ちそうになるのを隠すためのカモフラージュに過ぎない。その痩せ我慢の甲斐もあってか、どうやらまだ僕の虚勢はアクアには気づかれていないようだ。

 

 

「……その通りだよ」

 沈黙を破って、アクアが答える。

 

 

「俺には夢がある。いつか外科医になって、有馬の気持ちに応えるのも良いのかもしれない。

 姫川とまた海にいく。ミヤコさんを母と呼んで、あかねに受けた恩を全て返して今度こそ対等な関係を築きたい。ルビーがドームに立つ姿を絶対に見届けたい。

 

――それら全てを捨ててでも、妹の未来は俺が守る。妹の未来を蝕むお前はここで死ぬ。もうお前の思い通りにはいかない」

 

 全てを諦めたような疲れた笑みを浮かべながら、アクアは僕に言い放った。

 

 

「……そうか、それが君の選択か」

 アクアの決意を聞き遂げた僕は、静かに目を閉じる。

 

 今のアクアに「僕にはもうルビーを襲う気はない」と言ったところで信じないだろう。

 そもそも僕は最初からニノのルビー殺害計画が成功するとは思っていなかった。本当に成功させるつもりなら、B小町のライブツアー最終日という()()()()()()()()()()()()()()()()ニノをけしかけるなんてするわけがない。

 もしも本当にルビーが殺害される可能性があったとすれば、それはアクア達がアイが死んだ日のことを忘れて目の前のライブツアーに浮かれていた場合だけだ。

 

 「15年の嘘」という映画まで作ってる以上、はっきりいってその可能性は万に一つもあり得ない。流石の僕でもそこは信用している。もっとも、僕がニノの行動を誘導していたことをアクアは知りようがないのだからそこを嘆くのは筋違いなのかもしれないけど。

 

 

「妹を犠牲にしてでも、妹を助ける。面白い冗談だね」

 

 どれだけアドリブを入れてもまるで運命に導かれるように元の筋書きに戻るこの物語に、僕は皮肉を言うのを止められなかった。

 

 

 アクアは僕を信じない。

 手を汚さずに人殺しをする好機があれば、何度でも同じことをやるという確信を持っている。

 どうやらアクアは僕のことを「歪んだ思春期を過ごして愛する人を失った結果、才能ある恵まれた人間が破滅するところを見て悦ぶ外道」に成り下がったと疑いなく信じているようだ。

 

 その推論を僕は笑わないし、僕への憎しみで目が曇っているとも思わない。

 僕自身、あと一歩間違っていればそうなっていた自覚はある。悪役から外道に堕ちるギリギリ一歩手前で踏みとどまった理由は本当に偶然だった。

 僕の運命を変えたのは、ある日フェレスが言った何気ない一言。

 

 

『――君は星野アイに出会うために一生分の運を使い切ったんだね』

 

 

 その一言で、僕のすべてが変わったんだ。

 

 

 何故僕ばかりこんなにも苦しい目に遭うのかずっと悩んでいた。

 この世界の神を恨んでさえもいた。

 でもこの苦しみがアイと巡り合うために必要だったと思えば、この罪と苦難に満ちた僕の人生(いのち)にも価値があったんじゃないかと少しだけ信じられる気がしたんだ。

 それこそが、僕が崖から落ちる一歩手前で踏みとどまれた理由。

 

 僕は【推しの子】の物語の悪役だ。

 悪役には悪役なりの矜持がある。

 今まで何人も死なせてきたのに今更偽善者ぶるなと言われようととも、そんなことは知ったことじゃない。

 愛する人に、恥じない自分でいたい。

 それが僕に残った最後の誇りだ。

 主人公(アクアとルビー)を破滅させて、美しい物語が腐り落ちるのを見て悦ぶ外道と一緒にされてたまるものか。

 

 星野アイの物語は壊させない。

 僕が目指すのは、悪が滅びて二人が救われる大団円(ハッピーエンド)

 その為の方法がたった一つだけある。

 それは。

 

 

 

 

 ……アクアに殺される前に、僕が死ぬことだ。

 

 

 

 僕がアクアに刺された後、死ぬ前に自分の意思で海に身投げすればそれは他殺じゃなくて自殺になる。そうすればアクアやルビーがメディアや群衆に追い詰められることはない。遺体が海岸に打ち上げられれば死因を捜査されて刺し傷が見つかるかもしれないが、そうなった場合のために遺書も準備してある。

 

 それが一人寂しく死ぬことに耐えられず、自分の息子の心に消えない記憶と傷痕を残して死のうとする僕からのせめてもの償いだ。

 

 

 ナイフを持ったアクアがにじり寄ってくる。

 これで最後だ。

 僕の命も、星野アイの物語も。

 僕はアイを殺したのだから、最後に罰を受けて死ぬのが正しい物語の結末なんだ。

 だから、この結末に悔いはない。

 

 親から子へ。

 星野アイの物語から、【推しの子】の物語へ。

 過去の罪(いのち)の禊ぎにして、子供の未来(いのち)への寿ぎだ。

 

 

 

「お前は僕が殺す。そして、妹を人殺しの妹として報道はさせない。

 その為の方法がたった一つだけある」

 

 

 アクアがナイフを振りかざして――

 

 

 

 

 

 

 

 

――自分の腹に、突き立てた。

 

 

 

 

「……自伝映画によって告発されたカミキヒカルは逆上、脚本担当とトラブルになり刃傷沙汰の末に共に崖から転落死した!」

 

 

 

 

 

 おい。

 

 

 

 

 

「メディアと世間は真実を求めない」

 

 

 

 

 

 何やってんだよ。

 

 

 

 

 

「なら騙しきってやるさ」

 

 

 

 

 

 僕はそんな結末、望んでいない。

 

 

 

 

 

 呆然とする僕の襟をアクアが掴み、そのまま自分の全体重を乗せて僕を転落防止柵の外に押し出そうとする。

 本物の殺意の籠った容赦のないその一押しに、僕は何も抵抗出来なかった。

 する気もなかった。

 

 

 身体が柵を乗り越え、宙に浮く。

 二人揃って断崖絶壁のその先を真っ逆さまに落ちていく。

 

 

 

 星野アイの物語が。

 【推しの子】の物語が。

 

 

 

 全部ばらばらになって壊れていく音が、頭の奥で響いていた。

 

 

 

うわああああああ!!!

 

 

 僕は絶望に染まった悲鳴を上げながら落下する。

 自分が何に対して絶望しているのかすらわからないまま派手な水飛沫を上げて海に落ち、海の底へと沈んでいく途中で岩礁に頭をぶつけて肺に残った最後の空気まで吐き出してしまった。

 水を飲みこんで苦しんでいるところにアクアがダメ押しとばかりに首を締め上げ、僕にとどめを刺そうとする。

 

 

 

 

 なんで

 

 

 どうして

 

 

 

 どうしていつもお前たちは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――気づけば僕は、アクアの喉を握りしめていた。

 

 

 

 ふざけるな!

 

 どうしていつもお前たちは僕に(いのち)を押し付けようとするんだ!

 どうしてそんなに死にたがるんだ!!

 

 

 死ね!

 そんなに死にたいなら死んでしまえ!

 死んでお前もアイに捧げる(いのち)の一部になってしまえ!!

 

 

 

「(アクアぁあああああああ!!!!!)」

 

 

 

 

 

 僕に残された命のすべてを使ってアクアの喉を締めあげる。

 アクアが死ぬ前に殺す。

 溺死や失血死なんて許さない。

 

 

「(お前の書いた脚本通りに!! 僕にされてねぇ!!! アクアぁ!!!!)」

 

 

 

 

 

 ありったけの憎悪を込めて、アクアを縊り殺そうとしたそのとき。

 

 

 

 

 

――フェレスからもらった指輪が入ったジュエリーケースが、ポケットから零れ落ちた。

 

 

 

 水流に揺られてふらふらと揺蕩いながら浮かんでいく小さな箱。

 僕は咄嗟にアクアから手を放して流されていくジュエリーケースを拾おうと慌てて手を伸ばすが、僕の手は箱を掴み損ねて空を切る。

 そのとき後ろから誰かにぐい、と肩を引っぱられるのを感じた。

 

 僕の後ろにいたのは、黒い影法師。

 それも一人ではない。

 

 

 雨宮吾郎が。

 

 

   片寄ゆらが。

 

 

     愛梨さんが。

 

 

       清十郎さんが。

 

 

         リョースケが。

 

 

 

 僕が背負ってきた(いのち)が、死者の形をして僕を見つめていた。

 

 

 死者たちの顔は、僕に対して怒っているようにも見えて

 

  悲しんでるようにも見えて

 

    泣いているようにも見えて

 

      哀れんでるようにも見えて

 

        嗤ってるようにも見えた。

 

 

 

 

 死者の一人が「お前だけは許さない」と言う。

 

 

  死者の一人が「どうして私を殺したの」と言う。

 

 

   死者の一人が「もう一人で苦しまなくてもいいのよ」と言う。

 

 

    死者の一人が「お前は十分頑張った」と言う。

 

 

     死者の一人が「また一緒に遊ぼうぜ」と言う。

 

 

 

 僕を責めながら 僕を慰めながら

 

 僕を優しく激しく海の底へと引きずり込もうとする。

 

 

 でも

 

 僕を友引く死者たちの中に

 

 一番会いたかった人だけが、その中にいない。

 

 

 

 ああ、神よ。

 

 お前は愛する人の思い出と共に死にたいという僕の願いすらも踏み躙ろうというのか。

 

 

 

 

 ふと上を見上げると、僕が掴み損ねてふわふわと浮かんでいくその箱をアクアがそっと拾うのが見えた。

 そして仄暗い水の中に差し込む光に向かって、まるで引き寄せられるかのようにアクアが浮かんでいく。

 

 死者の手に囚われた僕から離れていって、アクアの姿が小さくなっていく。

 人の生きる世界へと、アクアが帰っていく。

 

 

 そうしてアクアを見送ると、そこでブレーカーが落ちて突然照明が消えたように僕の視界がふっと暗くなった。

 ああ、これが僕の死か。

 

 僕は僕を引きずり込もうとする死者の手に身を委ねたまま、そのまま深い闇の底に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ー、ヒカルー」

 

 

 誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。

 

 

 光が、眩しい。

 

 

 

「ヒカルー、寝てるのー?」

 

 優しい声に目を開けると、目の前にアイがいた。

 

 

 

「……アイ?」

「やっぱり寝てたんだ。お寝坊さんだね」

 

 機嫌が良さそうに、アイが笑う。

 どういう状況なんだ、これは?

 

 

「えっと……なんでアイがここにいるの?」

「何言ってるの?ここ私の家だって。ていうか今日はヒカルが私達の子供に会いに来たんでしょ?」

 

 きょとんとした表情でアイがいう。

 辺りを見回すと、僕はアイの部屋の中に居た。

 

 中学生の頃、僕がチェーンの錆び付いた自転車でいつも通っていた部屋。

 少し内装は変わっているものの、その雰囲気は当時のまま何も変わっていなかった。

 あまりの懐かしさに、僕の目頭が熱くなる。

 

 部屋の隅にある子供用のベッドに視線を向けると、ベッドの上には3歳ぐらいの子供の姿になったルビーがスヤスヤと眠っていた。

 

「嬉しいな。ヒカルが来てくれて」

「……アクアはここにいないのか」

「ほえ?アクア?誰それ?」

 

 アクアがいないことを内心で安堵しながらアイに尋ねると、誰のことを言ってるのか本当に分からないといった表情で首を傾げる。

 ダメだ、頭が混乱してきた。

 

「あ、ちょっと洗濯物片づけてくるからルビーを見ててね」

 僕が頭から煙を上げていると、アイはそう言って部屋を出ていった。

 

 

 

「一体なんなんだ、この状況は……」

「これは君が死ぬ0.000000001ナノ秒前に見た最期の夢にして生と死の狭間にある刹那の幻想。いわゆる走馬灯というやつさ」

 

 未だに状況が理解出来ず場の空気に流されるままになっていると、ベッドの上で気持ちよく寝息を立てていたルビーがいつの間にか目を覚ましてこちらを見つめていた。

 子供らしからぬ、皮肉げな薄ら笑いを浮かべながら。

 

 

「……1刹那は1/75秒じゃなかったっけ?」

「おや、君の出典はるろうに剣心の二重の極みだったのかい?生憎私は脳噛ネウロ派なんだよ」

「別に漫画から得た知識ってわけじゃないんだけどね」

 

 このやり取りで確信する。

 この子供は見た目こそルビーの姿をしているが、中身はフェレスだ。

 

「やれやれ、まさか人生の走馬灯の中まで君にストーカーされるとは夢にも思わなかったよ」

「最初に言っただろう?私は君の魂を奪いに来た悪魔だって。最後の瞬間まで君に付き合うよ」

 

 今までと全く変わらないフェレスの様子に僕は苦笑を返す。

 これから僕は死ぬのだと宣言されたようなものだが、不思議と僕の心に恐怖はなかった。

 アイがいて、偽物とはいえ僕に好意的なルビーがいる。アクアがいないのは僕の作り出した夢だからだろう。

 

 僕の理想がここにある。

 望んで得られなかった僕の幸せが、ここにある。

 

 

「まさかこんな安らかな夢の中で最期を迎えられるとは思いもしなかったなぁ」

「何を言ってるんだい?まだ君の物語は終わってないよ。今日が何の日か、思い出すといい」

 

 僕の独り言を聞きつけたフェレスがカレンダーを指差しながら、僕の甘すぎる考えを否定する。

 フェレスが指差したのは、過ぎ去った日に×印が書き込んである12月のカレンダー。

 ×のついてない最初の日付には「ドームライブ」と書き込まれていた。

 

 

「今日は初代B小町のドームライブの日。アイの命日さ」

 

 

 フェレスがそう説明するのと同時に、部屋にインターホンが鳴り響いた。

 

 

 考えるよりも先に身体が動いていた。

 勢いよく扉を開けて、玄関へと続く廊下に出る。

 インターホンの音を聞いてから僕が部屋から出るまで数秒もかかっていないはずなのに。

 

 

 

 ……まるで時間を飛ばしたかのように、玄関の前ではアイと白い花束を持ったフードを被った男が対峙していた。

 

 

 

 

 男がナイフを取り出す。

 僕は大声を出しながら走る。

 でも、まるで自分だけがスローモーションになったかのようにアイに近づけなくて。

 

 

 

――アイの腹部にナイフが突き刺さる瞬間を、ただ見ることしか出来なかった。

 

 

 




最終回まであと3話。
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