推しの子 カミキヒカル原作再現RTA   作:雑穀ライス

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裏 ツクヨミ 『烏の見た夢』

 

 夢を見ていた。

 どこまでも続く白い空間の中を、私は一人で進む。

 

 「推しの子」の片割れが冷たい海の中に沈んだ後。

 アクア亡き後の世界に遺されたルビーの行く末を私は見守っていた。

 

 最愛の人を喪ったルビーはずっと泣いていた。

 泣いて泣いて泣き続けて。

 それでも彼女は立ち上がった。

 

 悲しみを嘘で隠して、無理やり笑顔を作って。

 歯を食いしばって、心の整理なんて出来ないまま。

 もはや引き返すことも出来ない一本道のその先に自分が生きた理由があると信じて。

 あるいは三度(みたび)生まれ変わった雨宮吾郎と星野アクアに再会する可能性に賭けて。

 そうやって、ルビーはがむしゃらに走り抜けた。

 

 

 世間は彼女に身に起きた悲劇をドラマと解釈した。

 リアリティに溢れた星野ルビーという物語に夢中になった。

 誰もが目を離せない存在になって、そして――

 

 

 10年後、すべてをやり遂げたルビーは燃え尽きた蠟燭のようにあっさりと息を引き取った。

 アイドルを引退した一週間後、自宅の浴槽の中で外傷もなく眠るように死んでいるところを発見されたという話だった。

 

 解釈の余地もなく、後日談の可能性すら切り捨てて。

 最終回を迎えてその先が語られることのなくなった漫画のように。

 【推しの子】の物語は、こうして完全に終わりを迎えた。

 

 

 

 苦しむだけ苦しんで、彼らが辿り着いたのは余りにも愛のない後味の悪い結末。

 アクアが命を賭して掴んだ未来は、たったの10年で無に帰した。

 

 許せなかった。

 認められなかった。

 だから私は()()()()ことにした。

 

 自らの手で、彼らの物語の結末を書き変えるために。

 私の愛した彼らの物語は、決してこんな終わり方をしていいものではない。

 だから。

 

 

 

 

 

――【推しの子】の物語の続きは、私が継ぐ。

 

 

 

 イタコと呼ばれる職業がある。

 死者の魂を自身の体に降ろして憑依させ、故人の言葉を自らの口を通して伝える御業を行う巫女のことだ。そしてとある神道の皮を被ったイタコの一派の技術の中には「生まれたての赤子に死者の魂や動物霊を降ろして肉体を乗っ取る」という外法が存在する。

 ただの一匹の烏であった私が人間に転生した種明かしは、つまりそういうことだ。

 

 雨宮吾郎と天童寺さりなが星野アイの子供に転生した理由は不明だが、もしかしたら私が烏であったときに強く意識していた人間であり、私の魂が外法によって赤子の肉体に入れられるのと同時に彼らの魂まで引き摺られたからなのかもしれない。

 無論、私とアクア達が転生した時期は全く違うので見当違いの予想である可能性も高いが。

 

 ……前置きが長くなってしまった。本題に話を戻そう。

 

 この技術、死者と会話したり死人を疑似的に生き返らせるというペテンで金銭をせしめるだけではなくもっと実用的な使い方がある。

 

 その手口とは、未来予知。

 この降霊術を使う一族の古い文献には、かつて地震や噴火等の災害を予言するのにこの技術が使われていたという記録が残っていた。

 では降霊術で未来を知る霊を呼び寄せることが出来るならば、逆に未来を知る自分の魂を過去に送ることも出来るのではないだろうか?

 

 

 自分で言うのもなんだが、私は魂を扱う御業はかなり得意だ。伊達に普段から野生の烏の魂を自分の身体に宿し、烏の見た映像の記憶を共有してカメラ付きドローンとして利用しているわけではない。

 高千穂では逆に自分の魂を烏に宿してルビーを雨宮吾郎の遺体の元まで導いたこともある。

 今回はそれを応用して、自分の魂と記憶を過去の自分に宿すのが目的である。

 

 いや、魂を送る相手は過去の自分ではなく「平行世界」あるいは「多元宇宙」の自分というべきだろうか。

 世界とは観測が生み出す虚像。アクアが今際の際に見た、星野アイも天童寺さりなも雨宮吾郎も全員が生き延びた幸せな夢のような「IF」の世界もきっとどこかに存在するはずだ。

 多元宇宙の証明は、私たちの世界を観測する()()のような存在がいるのだから疑う余地はないだろう。

 

 そうして私は「IF」の世界を彷徨う魂の旅人になることを決意した。

 

 

 ()()の視線を頼りにして魂を飛ばし、辿り着いた白い空間の先を越えると気づけば私は赤子になっていた。

 見覚えのある天井と畳の匂い。人を探して床を這いまわっていると、見覚えのある女性が脱走した私を回収しにやってくる。自分が再び「ツクヨミ」に転生出来たことに安堵しつつ、私を抱き上げる女性の腕の中でこれからのことを考えた。

 

 私の目的は、星野アクアが辿る結末の惨劇回避。

 「15年の嘘」の映画の収録が終わるまでは前回と同じルートを辿って、物語に介入するのは最後の最後だけでいい。

 あの悲劇を二度と繰り返させないと心に誓いつつ、私はその日が訪れるのをじっと待ち続けた。

 

 

 ……物語の結末を変えるのは思ったよりも簡単だった。

 アクアとカミキヒカルが対峙するあの海の見える公園に、アクアと縁の深い女性を呼ぶだけでよかったのだ。

 

 

「――もう死ぬなんて言わないって約束したでしょ!?嘘吐きっ!うそつき!」

 

 私の視線の先にはクリスマスライブを抜け出してきた有馬かながアクアに抱き着いてわんわん泣きながらアクアの凶行を止めようとするシーンが繰り広げられている。

 私のしたことは、有馬かなにたった一言「アクアがカミキヒカルを道連れに心中自殺しようとしている」と密告しただけだ。

 

「まだアンタにちゃんと好きだって言ってないのに!私を置いていこうとしないでよぉおおおおお!!!」

 

 ライブ衣装のまま、アクアに縋り付く有馬かな。

 それを見たカミキヒカルは呆れたようにため息をつきながら、ゆっくりとした足取りでアクアの前から立ち去ろうとする。

 

「――君はその子を不幸にしてまで僕を殺すことは出来ないだろう?なら、君の復讐劇も僕達の因縁もここで終わりさ」

 

 そんな捨て台詞を残して、カミキヒカルは姿を消した。

 その後カミキヒカルは自分の会社を辞めて蒸発したらしいが、アクアはもう二度と彼の足取りを追おうとはしなかった。

 

 

 自分の引退ライブを抜け出すという危ない橋を渡ってアクア達の前に現れた有馬かなの捨て身の活躍によって、アクアもカミキヒカルも命を落とすことなく彼らの物語は幕を閉じた。

 幸災楽禍の快楽に目覚めたカミキヒカルはこれからも人殺しを続けていくのだろう。

 それこそが、星野アイに捧げる愛だと嘯きながら。

 ニノが片寄ゆら殺害事件の裁判でカミキヒカルを裏切りでもしない限りそれを止める手段は私たちにはないが、私はアクアとルビー、そしてその友人だけが生き残ればそれでいいと思っている。

 見ず知らずの他人まで救えるほど私の手は長くないのだ。

 

 こうして、晴れて星野アクアの死は回避された。

 先行きに不安こそ残っているが、取り敢えずは一件落着。そう思っていた。

 

 

 

 

――気が付けば私は、赤子の姿になっていた。

 

 

 見覚えのある天井と畳の匂い。嫌な予感を覚えた私は慌ててカレンダーを探す。

 壁にかかっているカレンダーの日付は西暦2015年。

 「ツクヨミ」が生まれた年であった。

 

 

 ……おかしい、なぜ私は過去に戻っている?

 アクアの説得を有馬かなに頼ったのがまずかったのだろうか?カミキヒカルが生きていることが駄目だった?それとも、全く別の理由?

 混乱する私がかろうじて理解出来たのは、私がループするまでの間に過ごした数年間が無駄になったという残酷な事実だけ。

 そうして何もわからないまま、私は強制的に二度目の星野アクア救済に挑まされることになった。

 

 

「――だったら、私がカミキヒカルを殺してあげるよ」

 

 私の視線の先には黒川あかねがアクアから静かにナイフを取り上げようとするシーンが繰り広げられている。

 二度目のループでは、私は有馬かなではなく黒川あかねにアクアの状況を説明した。

 

 

「あのとき言ったでしょ?『一緒に殺してあげる』って」

 

 愛する人のために自分の人生を全て捧げようとする黒川あかねの圧に耐えかねてアクアは尻込みする。それを見たカミキヒカルの反応は、だいたい有馬かながアクアを止めに来たときに見せた態度と同じものだった。

 

 

 アクアを止める相手が変わっても、アクアの死を防ぐことは出来た。

 最終的にアクアと結ばれる相手が変わってしまったかもしれないが、彼が死にさえしなければ後のことはすべて些事。誤差の範疇だと思っていた。

 

 

 

 

――気が付けば私は、赤子の姿になっていた。

 

 

 

 

 その後も私は何度もループを繰り返した。

 

 

 双子が生まれる前まで過去遡行して、高千穂の病院で雨宮吾郎の殺害を阻止した。

 双子に星野アイのドームライブ開催の前日に斉藤一護の家に泊まるよう入れ知恵して、菅野良介の自宅マンション襲撃をなかったことにした。

 斉藤一護にアクアの計画を密告し、アクアが動く前に彼の手でカミキヒカルを殺害させた。

 烏を操り、事故死に見せかけてカミキヒカルを暗殺したこともあった。

 

 

 私は考え得る限りの選択と行動を全て試した。

 その全てが無駄になった。

 

 

 何度ループしても、私はその先に進むことは出来ない。

 アクアの死を回避しても幸せな結末に続く道のりの途中で私だけが取り残されてしまう。

 

 やめてくれ。

 もう十分だ。

 これ以上繰り返したくない。

 

 

 いつの間にか、幸せな未来を求めて訪れた「IF」の世界は私の魂の牢獄へと成り果てていた。

 何十回とループを繰り返して、この世界で私の過ごした年月が100年を越えたところで私の心はついに折れた。

 

 

 誰か。

 誰か助けて。

 誰か私の代わりにこの永遠に続く地獄を終わらせてくれ――

 

 

 

 

『仕方ねぇなぁ』

 

 私の祈りに応えたのは、自分を悪魔(メフィスト)と名乗る存在だった。

 

 

 私の肉体を乗っ取った悪魔は大人たちが私を呼ぶときの仮の呼称である「御子」という名に一文字足して「美琴」と名乗り、随分と手慣れた様子で私の振る舞いを真似ていた。

 まあ私の個性と言えば「子供の身体に大人の知性を詰め込んだ不気味な存在」というわかりやすいものなので、ツボさえ押さえておけばいくらでも雰囲気を真似ることは出来るだろう。

 その結果、中身が入れ替わってから数ヶ月、数年と過ぎても私が別人に変わっていることに気づくものは誰一人いなかった。

 

 そうして一つの身体に二つの魂が同居する生活がしばらく続いた。

 ある意味では二重人格みたいなものだが、身体を動かす決定権は全て悪魔が保有している。終わらないループに耐えかねて自分から身体を明け渡した以上、自称悪魔が私の身体を好きに使うのは別に構わない。

 ただその、なんというか、うん。

 

 

 ……私はそんなに子供っぽくないだろう。

 もう少し知性を感じさせる振る舞いをしたほうが私っぽい感じが出ると思うんだが。

 

 

 悪魔の演技にダメ出しをしたい気分を押さえつつ、私はこの飛び入り参加の役者が【推しの子】の物語にどんな影響を与えるのか固唾を飲んで見守っていた。

 

 

 

 悪魔が選んだ道は、私とは全く違っていた。

 悪魔はアクア達との接触を最小限にして、その時間の多くをカミキヒカルと一緒に過ごすことを選んだ。

 最初はカミキヒカルを説得してルビーの襲撃を思いとどまらせるのかと思ったのだが、悪魔にそんな素振りはなく私にはただカミキヒカルと遊んでいただけにしか見えなかった。

 

 彼らへの接触と誘導を最小限に抑えた結果、案の定カミキヒカルはニノをルビーの住むマンションに送り込んでアクアの逆鱗に触れた。

 結局悪魔はアクア達に対して何のフォローもしないまま放置し、自分は単身でカミキヒカルの元を訪れて彼と少し雑談をしてからその場を去った。

 そしてそのすぐ後にアクアが現れて、カミキヒカルと対峙する。

 

 彼らの邪魔をするものは、誰もいない。

 それは私がループを繰り返す前の出来事の再現であった。

 

 

 悪魔よ、君は何がしたいんだ。

 君には最初からアクアを助ける気がなかったのか?

 

 

「――お前が何故ループを繰り返しているか真剣に考えたことがあるか?ツクヨミ」

 木の陰に隠れて二人の様子を伺いながら、悪魔が私に語り掛けてくる。

 

 

「お前がループを繰り返している理由は、お前がこの【推しの子】の物語の結末に納得してないからだよ。お前が助けたかったのはお前が見殺しにしてしまった最初の星野アクアだ。この世界のアクアを何人助けたところでお前は満たされやしない。

 だから、お前は無意識のうちに自分でやり直すことを選択してるんだ」

 

 悪魔は私が自分では気づくことが出来なかった私の心の奥底に眠る後悔を指摘して嗤う。

 その嘲笑の中には、嘲りと同情と共感と若干の羞恥の感情が混ざっているように思えた。

 

「原作の結末が気に入らないくせに、原作が好き過ぎて原作以外の結末を認められない厄介ファンなんだよ、お前の本質は。

 自分の書いた脚本の内容が気に入らなくて、書き直しては原稿を捨てているのが今のお前だ馬鹿烏。お前の書いた物語が好きだって言ってくれる読者もここにちゃんといるんだから、もうちょっと自信持てよ」

 

 私を貶しているのか励ましているのかよくわからないことを悪魔が言う。そうこう言ってるうちに事態は動き、アクアがナイフを抜いてカミキヒカルに突き付けているところまで状況が進んでいた。

 それを確認した悪魔はスマホを操作して119番通報し、フライングで救急車を手配する。

 明らかにこれからアクアが行う自傷行為を見越した対応だった。

 

 

「原作の展開を変えたい。でも原作以外の展開は認めたくない。ならばどうすればいいと思う?」

 救急車をコールした悪魔はスマホを片付け、事前に準備してあったリュックの中身を漁りながら私に向けて思わせぶりに語る。

 

「逆に考えるんだ。原作展開に沿った状況でアクアを助けて『これが【推しの子】の真のエンディングです!』と言い張ればいいんだ」

 リュックの中から腕に巻くタイプの小型酸素ボンベを取り出しながら、悪魔はそう言い放った。

 

 

「結局お前は脚本家(かみさま)じゃなくて登場人物(にんげん)だったんだよ。あの日、お前は別に有馬かなや黒川あかねを呼ばなくともお前自身が結末を選べたんだ。

 最後まで観客気分で野次馬して大切な人を見殺しにしたからお前は馬鹿烏って言われるんだよ」

 

 あの日私が犯した罪を(なじ)りながら悪魔は酸素ボンベを左手に装着する。

 そして向こう側ではついにアクアが自分の腹にナイフを突き立てていた。

 始まったぞ!これからどうするつもりだ、悪魔!?

 

「ここは物語の最果て。ここまでくれば神様だって俺達を止めることは出来やしないさ。気に入らない台本を投げ捨ててアドリブ(オリチャー)で走るやり方のお手本を見せてやるよ馬鹿烏」

 

 アクアがカミキヒカルを道連れに崖から飛び降りる。

 彼らが転落するのを確認した後、一拍置いて悪魔が走り出す。

 

 

「これがお前の愛した【推しの子】の物語の『IF』だぁあああああ!!!!」

 

 

 悪魔はアクアたちの落ちた崖に向けて走っていって、転落防止柵を乗り越えてそのまま崖から紐無しバンジージャンプを決行する。

 「私の身体で何をするんだ!?」と文句を言う暇もなく、私は悪魔と共に真っ逆さまに落ちていった。

 

 血の気が引くような浮遊感を感じた後、大きな水飛沫を上げて着水。落下の勢いで潜水して水の中でカミキヒカルと揉み合ってるアクアのところまで一直線に進む。

 カミキヒカルが何か驚いたような表情を浮かべながらアクアから手を放した直後の最高のタイミングで。

 

 

 

 

――悪魔(わたし)の右手が、アクアのコートを掴んだ。

 

 

 

 

 ああ。

 そうか。

 

 この瞬間のために、私はずっとこの物語を繰り返していたのか。

 

 

 

 あのとき私が選ばなかった「IF」。

 

 私の後悔。

 私の愛。

 

 100年かけて、ようやく手が届いた。

 

 

 

 

 悪魔(わたし)は全力でアクアを引っ張り上げながら水面に浮上して顔を出すと、遠くから救急車のサイレンの音が近づいてくるのが聞こえてきた。

 生存本能で私にしがみつこうとするアクアを支えつつ酸素ボンベを使って息継ぎしながらアクアの様子を見ると、出血と酸欠のせいで意識は朦朧としているようだが呼吸もしてるしまだちゃんと生きている。

 

 

 

 間に合った。

 

 

 

 

 ああ。

 

 

 

 やっと私はあの日のアクアを救えたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 よかった。

 

 

 

 これでようやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――物語(ゲーム)を、終われる。

 




次回、最終回です。
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