あの後、アクアはなんとか一命を取り留めた。
カミキヒカルと無理心中するために自らハラキリして海ポチャしやがったアクアを最速チャートで回収して病院送りにしてやったのだが、それでも手術を終えた医者から「あと10分遅れてたら命はなかった」とか言われたときは流石に冷や汗がぶわっと噴き出した。
おかしいなぁ、ついさっきまで寒中水泳やってたはずなのにもう汗だくなんだけど。
「おい!アクアは無事か!?」
「峠は越えたってさ」
「どうしてこうなったのか説明しろ!知ってるんだろう!!?」
そこに俺からの連絡を受けた斉藤社長達が押っ取り刀でやってきて、血相を変えて叫びながら俺の肩を乱暴に掴んだ。
痛ぇよ、加減しろ馬鹿。
「電話で言った通りだよ。アクアは一人でカミキヒカルのところに行って、重傷を負った。カミキヒカルは海の底に沈んで浮かんでこなかった。それ以上でもそれ以下でもないよ」
感情と感傷と陰謀を取り除いた事実と結果だけを淡々と説明して、俺はその場から去ろうとする。
「おい!どこへ行くんだ!?」
「ここは任せるよ。私にはまだやることがあるからね」
呼び止めようとする斉藤社長の声を無視して病院を出た。
そしてその足でカミキヒカルの事務所に忍び込み、彼の机の中から遺書を抜き出す。これだけは他の人に見つかるとヤバい気がするので最優先で回収しとかないとな。
遺書を回収して事務所を出ると、正面から冬の冷たい風が吹きつけてきて俺は思わず身震いした。
「うぅ…寒。風邪引きそう」
ふと時計を見ると時刻はすでに夜の10時を回っていた。冬の海に飛び込んで冷えた身体にこの夜の寒さは流石にキツい。もう冬休み始まってるし、明日は昼まで寝て過ごそうかな。
数日後、警察が俺を事情聴取するために自宅まで押しかけて来た。
アクアが入院中で面会が制限されているので先に俺のほうから話を聞くことにしたらしい。
恰幅のいい初老の警察官が猫撫で声で「昨日あの公園で何が起こったのかおじさんに教えてくれないかな?」とか聞いてきたので、俺は子供らしく演技をしながらあの日見たこととやったことを全部おっさんに話す。
『――男の人が2人、あの公園で口論していた。
様子を見てたら男の人が突然ナイフを取り出した。
その後ナイフで刺して、取っ組み合いになって、二人とも崖から一緒に落ちた。
救急車を呼んで、落ちた人を助けに行った。
一人は救助したけど、一緒に落ちたもう一人のほうは浮かんでこなかった』
警察に
嘘は言ってない。本当のことも言ってないけど。
というわけで、「刺したやつ」と「刺されたやつ」の情報を意図的に隠して「カミキヒカルがアクアを刺して共に崖から転落した」という筋書きになるようバイアスをかけた証言を警察に話した結果、生き残ったアクアは晴れて無罪放免の不起訴処分となった。
代わりにカミキヒカルの名誉は地球の裏側に届くぐらい下がってしまったが、死人に口なしということでアクアを助けるために彼にはすべての罪を被ってもらう。残念ながらこの世界には江戸川コナンも金田一少年も成歩堂龍一もいないので彼に名誉回復の手段はないのだ。
命拾いしたなアクア、その命大切にしろよ。いやマジで。
一か月後、アクアは無事退院した。
病院では面会に来たルビーとかなちゃんとMEMにわんわん泣かれて、黒川あかねから噓吐き呼ばわりされて、ミヤコさんに涙声で叱られて、斉藤社長からゲンコツを食らったらしい。
愛されてるじゃないか。もっとしっかり反省しろ。
一方アクアと一緒に海に落ちたカミキヒカルはまだ行方不明のまま、遺体すら見つかっていないらしい。可哀想だと思わないでもないが、ニノをルビーにけしかけたのは事実だしどのみち最初から畳の上で安らかに死ねるような人生を送ってないのだからこの結果も仕方ないか。
そして今まで一つの身体に二つの魂の共同生活を続けてきた本物のツクヨミだが、海に落ちたアクアを助けたあの日からアイツは一度も俺に話しかけてこない。
アクアを助けたことで満足して成仏したのか、それとも元の世界に戻ったのか。
まあアイツのことだ、いなくなったと見せかけて実は俺達の様子をカラスファンネル経由で高みの見物しているってオチが1番ありそうだ。ポップコーン片手に俺たちの行動について無責任に批評してる姿が1番似合ってるよアイツは。
ニノは……どうしようもないな。
彼女は片寄ゆら殺害事件の実行犯だ。殺人事件の量刑はついカッとなって殺した衝動的な殺人よりも計画殺人のほうが罪が重くなる傾向があるのでカミキヒカルのせいにしても逆効果になる可能性すらある。せいぜい有期刑の判決になることを祈るぐらいしかない。
まあそんな感じで、助かった者もいれば破滅した者もいた。
でも概ね原作の【推しの子】の結末よりはマシな結果になったと思う。
ループの問題も多分解決してるはずだし、取り敢えず一件落着ということでいいだろう。
それで今、俺が何をしているのかというと。
――アクアと一緒に、あの公園でカミキヒカルが沈んだ海を眺めていた。
俺は転落防止柵にぴょこんと飛び乗り、猫が木の枝にぶら下がるような恰好でアクアと並んで海を眺める。
奇しくもカミキヒカルと海を眺めたときと同じ構えになってしまった。ていうか転落事故があったのに事故現場に新しいバリケードすら設置されてないんだけどどうなってんだよオイ。
「後悔しているのかい?」
なんだかアクアの様子が落ち込んでいるように見えたので、俺は黄昏れてるアクアに声をかけた。
「……あの日、死に損なったときからずっと考えている。
この選択は本当は間違っていたんじゃないかって。妹のためにと言いながらカミキヒカルを殺して、あいつに罪を全部背負わせて。ひとごろしの自分がのうのうと生きていていいのか不安になる」
俺の問いかけに対して、アクアは海を見つめながらそう答えた。
ふむ、なるほど。
つまりアクアはカミキヒカルを殺して賢者タイム中ということか。
「今更の話だね」
甘ったれるな、と言いたい。
「君はカミキヒカルを殺した。他ならぬ、君の意思で殺した。
妹のためだとか、そんな誰も頼んでない使命を勝手に背負って殺して、苦しんで、泣いて。
それで自分も一緒に死んで楽になろうだなんて虫が良すぎるよ。
「…………」
俺の言葉を聞いて、アクアは黙り込む。
正義を騙るなら、カミキヒカルの死は必要なことだったと割り切れた。
悪党を気取るなら、カミキヒカルの死を「ざまあみろ」と笑い飛ばせた。
結局アクアはまともな人間過ぎたんだ。
だから復讐を遂げた今も、ずっと「父殺し」の罪の意識に苦しみ続けている。
「父親を殺してしまった君の良心の呵責は、この先ずっと誰にも理解されることはない。それが君の罪であり、君の家族への愛の証だ。
君が彼に送った言葉をそのまま返すよ。
『――カミキヒカルを殺してしまった後悔を胸に抱えたまま、一生苦しみながら生き続けろ』」
「……そうか。そうだな」
俺の厳しい言葉を受け止めたアクアは、目を瞑りながら俺が言い放った言葉を深く噛み締めていた。
……やれやれ、面倒くさい奴だなお前は。わざわざ「叱ってくれる相手」を求めて俺のところまでやってきたのかよ?メスガキに罵倒されて少しは気が晴れたか?えぇ?
「…………」
アクアと話す話題が途切れて、また静かになった。
なので、俺はここに来た本来の目的を果たすために持ってきたあるものを懐から取り出してアクアに見せつける。
「これがなんだか分かるかい?」
持ってきたのは、海に落ちたアクアを病院に送った後に回収したカミキヒカルの遺書。
それを見たアクアの目が大きく見開く。
「これが準備されていたということは、最初から彼は君に殺されるつもりでここに来たのさ。そしてこれは君たちに罪を着せないための保険。もう必要なくなったけどね」
俺はアクアたちを守るために作られて、そして今では逆にアクアの完全犯罪を崩す証拠となってしまったカミキヒカルの遺書を破り捨てて海へとばら撒く。
海風に拾われた紙吹雪がまるで蝶のようにひらひらと舞い、海の向こうへと飛び去っていった。
「……結局、俺は間違えていたのか」
アクアとルビーを守るという役目を果たすことなく唯のゴミとなって飛ばされていく遺書の破片を目で追いつつ、アクアがぼそりと呟く。
「さあね。私は勝手に想像することしか出来ないから、君のその疑問には答えられないよ。
まあ、その上で敢えて言わせて貰うなら…」
俺はアクアの目を正面から見つめながら、言う。
「――愛に溢れた物語だったと思うよ。君たちの人生は」
噓偽りない
「『どうかアクアを助けて欲しい』と願った幾千万の人々の祈りに導かれて、
愛とは他人の幸せを心の底から願う気持ちのこと。ならば、君が今この世界で生きていること自体がこの世界に愛が溢れているという証明なのさ」
愛は、ここにある。
それを私はアクアに伝えたかった。
「生きててくれて、ありがとう。アクア」
それこそが、私の本心。
ああ。
やっと言えた。
いつも斜に構えて、皮肉げなことしか言えなかった私だったけど。
この言葉は、この想いは。
――絶対に、嘘じゃない。
……
…………
おいィィィ!!
なんか変な空気になっちまったじゃねぇかよツクヨミぃ!!?
この後のフォローはどうすればいいんだよぉ!!
「……べっ、別にあんたのことなんか全然好きじゃないんだからねっ!」
「誤魔化し方が露骨過ぎてこっちまで恥ずかしくなるからやめろ」
ツンデレ風のオチにすることでなんとか乗り切った。
おのれツクヨミ、帰ったらお尻ぺんぺんの刑だ。俺の尻でもあるけど。
……はぁ、最後まで閉まらねぇなぁ俺たちは。
赤くなった頬を隠しながら、俺はアクアから目を背けて海を眺める。
第四の壁の向こう側にいるたくさんの同志たちの祈りに後押しされて、アクアは命を拾うことが出来た。
反面、カミキヒカルはまだ冷たい海の底に沈んだままだ。
仕方ないか。アイツの救済を願う物好きなんて数えるほどしかいないだろうし。
……ハッピーエンドのはずなのに、なんかモヤモヤする。
誰もカミキヒカルがこの世界で必死に生きてきたことを知らない。
当然だ。アイツの人生は【推しの子】の物語の中で語られることがほとんどなかったからな。
みんなが少しずつ間違えた結果こうなっただけなのに、結局アイツはほとんどの罪を一人で背負わされて死んだ。
その孤独な戦いを知る者は誰もいなかった。
知る人がいなかったから、なかったことにされた。
彼に祈りを捧げる者は、誰もいない。
だから俺は、祈る。
誰にも知られることなく愛を貫き通したアイツのために、たった一人でただ純粋に彼の魂の平穏だけを願う小さな祈りを捧げる。
そして星になった彼の魂が安らげるように、俺の名の由来となったあの歌を歌う。
「"――ラストチャンスに飢えたつま先が 踊り出すまま駆けたこの夜空
並のスタンスじゃ靡かない 星は宝石の憧れ"」
本来はアクアの鎮魂歌となるはずだった曲。
物語の結末が変わったせいで、捧げられる相手を無くして役目を失った歌だ。
だったら、全部アイツにくれてやっても誰も文句は言わないだろう。
俺はフェレス。
俺がこの【推しの子】の世界に受け入れられた証として貰った「メフィスト」という名を、歌と一緒に彼の物語に捧げる。
それが俺からの、カミキヒカルへ送る餞だ。
「"――浮かぶ涙と汗は血の名残り 目の中でしか泳げなきゃ芝居
だけどステージが逃がさない いついつまでも憧れ 焦がれているよ"」
「"――(
(
原作とこの世界のカミキヒカルの違いはたった一つ。
星野アイと過ごした記憶を失わなかった。本当にただ、それだけの違いしかなかった。
「"――わたしが命を賭けるから あげるから あなたは時間をくれたのでしょう?"」
最後にほんのわずかな時間が、彼に与えられた。
その結果、彼は愛を知ることが出来た。
彼は最後に「星野アイを幸せにすることが出来なかった」という己の罪を正しく自覚して、後悔しながら死んだ。
そして時間切れ直前のギリギリで、彼はついに愛を得ることが出来た。
「"――あらゆる望みの総てを叶えたら ああ果たせたら
あなたに会いたい 星に願いをかけて"」
最後の最後に、カミキヒカルはアイと再会出来た。
その愛を胸に抱いて、終わりを迎えた。
彼の愛は星野アイと共にあった。
なら星野アイの愛を得て死ねた彼の人生は、きっと不幸なだけの物語ではなかったのだろう。
「"――さあ星の子たちよ よくお眠りなさい
輝きは鈍らない あなたたちならば"」
美しい愛の思い出と共に、安らかに眠れ。神木輝。
もうお前を苦しめる者は誰もいない。
彼の魂に、安らぎあれ。
「"さあ星の子たちよ よくお眠りなさい――"」
これにて終幕です。
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