「お前がアイに演技を教えている中学生かよ」
学校の帰り道で、僕はいきなり高校生に絡まれた。
男子と女子の二人組。どちらも僕が知らない相手だ。
…いや、女子のほうは見覚えがある。
「…B小町のニノ?」
「あら、流石に私のことは知っていたみたいね」
女子のほうが誇らしげに胸を張る。その胸は平たかった。まあ
「流石に、アイと同じアイドルグループのメンバーの顔と名前ぐらいはね」
「それよ、それ!アンタ、アイと付き合ってるの!?」
「えぇ!?」
ニノがいきなりそんなことを問い質してくる。一体どこから情報が漏れたのか…いや、僕は
「ど、どうしてそんなことを聞くの?」
「最近のアイ、雰囲気変わったの!服もなんかちゃんとしてきたし、爪にコート塗ってた!毎日違う靴履いてるし、今までのアイじゃあ有り得ないことよ!」
ニノは少し興奮した様子で最近のアイの変化について語り出した。流石同じアイドルグループのメンバーだけあってアイのことをよく見ている。
「この変化は絶対、男が出来たに決まっているわ!!」
「そ、そうなんだ」
女の子の変化は女の子のほうがよく気づくというが、僕はニノが早口でまくし立てる姿を見てようやくアイが世間からも「普通の女の子」らしくなったと認められたことに小さな満足感を覚えていた。
ちなみにアイの私服は「私、服のこと全くわからないからヒカルが選んで」と言われて全部僕がコーディネートさせられた。身なりに気を遣えと言い出したのは自分なので出来る限りの世話をしたけど、愛梨さんに女性のエスコートするテクニックとしてそういう知識を教えこまれてなかったらこの間の高級フランス料理店での一件のように二人して右往左往しているところだった。
「アイの恋人を探して、どうするつもりなの?」
「決まってるじゃない!アイの弱みを握るのよ!!」
「えぇ…」
アイの恋人を探す理由があまりにも酷い理由だったので、僕はニノに対して思いっきりドン引きした。…華やかなアイドルたちが裏でギスギスしているとか知りたくなかった情報なんだけど。
僕は昔ネットで見た、
「Q:アイドルっていつオナラしているの?」
「A:嫌いなメンバーがトークしているとき」
という大喜利の一文をふと思い出してしまった。そういえばアイは僕と一緒に演技の稽古をしているときに普通にオナラしてたけど、僕を嫌っているのではなくて気を許しているのだと解釈していいのだろうか。彼女のやることは本当に意味が分からない。
そんな
完璧な嘘の笑顔ですっとぼけるか、逆に「それのどこがいけないの?」と開き直るかのどちらかだろう。
「で、どうなの?」
質問に質問で返す時間稼ぎが終わって、ニノが僕に詰め寄ってくる。
「違うよ。…僕の、片思いだ」
「へぇー…」
ニノにどう返事するのか少し考えた後、嘘にならない範囲で最も彼女の興味を引きそうな話題を提供することにした。
彼女もアイと同じB小町のメンバーだ。流石に小学生のイジメみたいに友人に恋愛相談をした翌日にクラス中に好きな人を言いふらされるような情報漏洩テロを起こされる可能性はそこまで高くないだろう。
あるとすれば、B小町メンバーの中での世間話のネタに使われるぐらいか。でもファンにガチ恋されたという話なんてどこにでも転がっているし、アイドルにとってはそれこそ武勇伝みたいなものだ。
――
そこまで考えたところで、ニノが悪意を持って情報を歪めてアイに伝える可能性を想定していなかったことに気づいて僕は自分の迂闊な行動を少し後悔した。
「はは、アイはB小町のセンターだしライバルは多いぞ?」
そこで、男子高校生のほうが僕達の会話に入って来た。
古今東西、他人の恋バナは女子にも男子にも人気がある話題である。安全な場所から、観客の一人として野次馬できる最高の娯楽だ。その恋が実ろうが実るまいが、部外者の自分には一切の被害がないところが人気の秘訣なのだろう。
「で、お前はアイのどこが好きになったんだよ」
「『嘘吐き』なところ」
男子の問いかけに僕は端的に堪える。
「僕が苦しんでいるとき、悲しんでいるときに『私はあなたの味方だよ』って傍に寄り添って励ましてくれるような優しい
アイは僕と同じ、噓吐きだ。
しかし僕は「自分が愛される」ために他人に嘘を吐くけど、アイは「あなたを愛してる」と信じさせるために他人に嘘を吐く。それが僕たちの違いだった。
僕がアイを好きになって、もっとアイのことを知りたいと観察するようになってから最近気づいたことだ。
僕のアイへの手放しの評価を聞いていたニノが「きっも」って考えてそうな目で僕を見つめている。長文語りになって引かれないように、簡潔にアイの魅力をまとめたつもりなんだけどなぁ。
もしくは自分以外の女の子がちやほやされているのを許せない性分なのかもしれない。
「へー。流石ガチ恋勢、よくアイのことを見てるんだなぁ」
男子がヘッドロックをかけるように僕の首に手を回して抱き着いてきた。
距離が近い。というか、暑苦しい。ついでに首を絞める力が強くて息苦しい。
「俺、お前のこと結構気に入ったぜ」
「…嘘、リョースケ、アンタもしかして男の子が趣味なの?引くわー」
「違ぇって!このぐらいのスキンシップ、男同士なら普通だろ!?」
普通、なのかな。このぐらいの距離感って。
「よくみたら彼、男性アイドル出来そうなぐらい顔が整ってるから思わず本性を見せてしまったのね…」
「ごめん、僕もホモの人はちょっと…」
「ホモじゃねぇよ!!?」
ニノと男子高校生――リョースケとのやりとりが見ていて楽しかったので、僕も思わずニノの「いじり」に参加してしまった。
なんだろう、僕達は出会ったばかりの関係なのにまるで友人のような悪ふざけの応酬をしている。不思議な状況だ。
「近寄らないで。ホモ介のホモが伝染る」
「冬子ぉおおおお!!!」
リョースケからホモ介に強制的に改名させられた男の叫びが辺りに響く。そのやり取りに僕は思わず笑ってしまった。
「嘘」を吐かなくても受け入れられる、気やすい関係。
新鮮な感覚だ。こんなこと、母が死んでからは一度もなかった。
――これが僕と
僕が生涯の友と認める二人との馴れ初めだ。
この出会いをきっかけに僕たちはお互いの連絡先を交換し、交流を深めていく。
ニノはライバルの敵情視察のための情報源として。
そしてリョースケは、
――この出会いが良きものであったのか、はたまた運命を呪うべき最悪の邂逅であったのかは、僕は死を迎える瞬間になっても分からないままであった。