ダゴンの亡霊たち   作:kuraisu

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ダゴンの亡霊たち

 どのような時であっても、永遠の夜の中で輝く星々をじっと眺めていると、心が奪われる。なにか自分を蠱惑してやまないものがあるのだと。数多の艦艇を従え、この黒き星海を渡らんとする私がどこかにいるのかもという奇妙な妄想。不思議で穏やかな細波(さざなみ)が、私の胸の内を満たす。

 

 戦艦ハイドラの指揮官席に腰掛け、艦橋のディスプレイ・スクリーンに通じて映し出される星の大海に魅入られていた女は、場違いな気分に浸っていた。長い黒髪と妖しい赤眼を持つ端麗な容姿の持ち主で、歳の頃は三〇前後といったところである。同盟軍将校服を着こなしていた。驚くべきことに大佐の階級章付きの将校服であった。

 

 女人禁制の帝国軍と異なり同盟軍は女性の正規軍人もたくさんいたけれど、やはりというべきか男性との性差に起因する平均的な体力差や筋力量といった問題から、基本的には後方勤務要員として配置されがちであるので、彼女のように戦艦の指揮官席に座るような女性将校は希少種である。

 

 そうした性別的な要素を抜きにしても、この若さで大佐の階級にあるというのは、相当稀有なエリートである証拠といえた。

 

「帰還した偵察艦より入電! 映像をスクリーンに出します!」

 

 通信士からの報告とほぼ同時にディスプレイ・スクリーンの表示が切り替わる。偵察艦が望遠カメラで撮影してきた複数の画像を分析して立体化されたホログラムが映し出される。それは帝国軍の小艦隊であった。

 

 大佐より一回りほど年長と思しき無精髭の中佐が顎を撫でながらスクリーンに映し出されている艦艇群のホログラムを眺め、一度頷いた後に述べた。

 

「ざっと輸送船が五〇隻。そしてその護衛艦隊として巡航艦一〇に駆逐艦が九〇といったところですかね」

「うん。事前想定通りみたい」

 

 コクリ、と、大佐も頷いた。

 

「どうやら、今回の戦闘は勝ちだね」

 

 まるでなんでもないことを呟くように告げた上官の勝利の予言に、中佐は口笛を吹いて喜び、そして叫んだ。

 

「おい、聞いたか野郎ども! 今回の勝利は確定的だ! しかし総員抜かるんじゃねぇぞ! 帝国の連中を叩き潰し、物資を根こそぎ奪い、久しぶりの美味い飯にありつくために、最後まで集中力を切るんじゃねぇ。いいな!?」

 

 なに三流脚本ドラマのテンプレ的宇宙海賊首領みたいなセリフをのたまってるんだ、と、大佐は人生の先輩であるはずの中佐をあきれきった目で見た。

 

 上官の若い女からの冷たい視線をどのように解釈したのか、中佐は畏まって姿勢を正した。

 

「失礼しました。訓示なら司令官の役目でありますな。全艦艇との通信回線を開きますので、どうぞ」

 

 司令官訓示! そうだ、敗残の寄せ集めの非公式なものとはいえ、今の自分は紛いなりにも小艦隊の司令官なのだ。もっとまともな艦隊で夢の司令官デビューしたかったけども!! 

 

 マイクの前に立って一度咳払いした大佐は、微かに緊張しながらも、胸を反らせて落ち着いた口調で演説をはじめた。

 

「皆、聞いて欲しい。先のティアマトで敗れ、漆黒の暗渠に追いやられながらも、混乱の中でなんとか整え直したこの艦隊を、私のような若造の女が率いることに未だ納得していない者もいるだろう。だが、どうか今は私の命令に従って欲しい。従ってくれるなら、この戦闘での勝利を私は確約する」

 

 彼女は口角を肉食獣のように吊り上げて、歌うように付け加えた。

 

「全艦、ポイントβ43に向けて進軍開始。諸君、私達が亡霊ではないことを証明するわよ」

 

 

 

 

 

 

 いったい、なぜ。どうしてこのようなことに! 

 

 第八八輸送船団付護衛艦隊司令官のデオチュレ提督は理不尽に歯噛みし、慌てふためいている幕僚どもに役立たずの烙印を押して殴りつけたい衝動を必死に抑えながら、なんとか状況を打開しようと頭脳を高速回転させながら護衛艦隊の指揮をとっていた。

 

 いちおうは最前線に至るまでの宙域は我が軍の占領領域であるが、まだまだ帝国にとっては未知が多いサジタリウス腕であるし、敵軍の敗残艦艇がゲリラ化して襲ってくる可能性があるため注意されたしとも大本営から言い含められていたのだ。デオチュレ提督は慢心せずにしっかりとしたローテーションを組み、二四時間襲撃に対して即応できる体制を整えていたのだ。

 

 しかしこちら側の約二倍の軍艦で襲撃されるとは予想外すぎた。しかもデオチュレ提督の率いる護衛艦隊と異なり、敵方は戦艦や空母といった様々な艦種で構成されており、火力と手数の面でもこちらを圧倒していた。

 

 「敵編隊接近ッ!!」

 

 レーダー士の悲鳴のような報告が艦橋に響いた数秒後、対空砲火を掻い潜って接近してきた単座式戦闘艇(スパルタニアン)の一群がウラン238弾を放ち、第八八輸送船団付護衛艦隊旗艦オッワリーの艦橋部に数発命中させた。

 

 瞬間、旗艦オッワリーの艦橋内で高熱の爆風が吹き荒れた。デオチュレ提督は、なんで小艦隊とはいえ、後方の補給路に敵が浸透してきてることに気づかなかったのだ元帥どもめ、との呪詛を今際の際に心の中で呟いて、他の艦橋要員と一緒に肉体をこの宇宙から消滅させたのである。

 

 

 

 

 帝国暦三五九年、宇宙暦六六八年。人類の歴史は大きく動こうとしていた。人類社会統一の野望に燃える第二四代銀河帝国皇帝コルネリアス一世は、自由惑星同盟に対して三度に渡って臣従を前提とした交渉の使者を出したが、すべて無礼な対応で追い返されたことに激怒して武力併合を志向し、五月より自ら軍を率いて同盟領への親征を開始したのである。

 

 イゼルローン回廊から同盟領へと帝国軍は雪崩れ込み、ティアマト星域で発生した同盟軍との大規模会戦で勝利をおさめた。この敗北によって同盟軍首脳部は帝国軍を大きく侮っていたことをようやく自覚し、イゼルローン回廊同盟出口を起点とした広大な領域、俗に国境周辺星域と呼称されている宙域の一時的放棄を決定し、戦略的撤退を開始した。この際、同盟軍は残存戦力の保全を最優先し、民間人の避難や保護の為の措置はほとんど考慮されず、国境周辺星域からの撤収は迅速に行われた。

 

 まだ抵抗できる余力があったにもかかわらず、戦力保全を優先して国境周辺星域の有人惑星を早々に見捨てる決断をした当時の同盟政府と軍首脳への批判は後世に根強く残ることになるが、敵手であるコルネリアス一世と大本営の将星たちは苦虫を噛み潰した表情を禁じ得なかった。遠征前にいくつものパターンが想定されていた戦争計画の中で、帝国軍にとって最良のシナリオの可能性が潰えたからである。

 

 帝国軍大本営としては、可能であれば国境周辺星域で同盟軍に壊滅的打撃を与え、一気に趨勢を帝国軍側に引き寄せたいと考えていたのだ。遠征前にサジタリウス腕の地理情報収集は様々な方法で入念に行われていたが、それでも限界があって依然同盟側とは地理情報の所有量に大きな差があると考えていたし、敵地の奥に征けば征くほど帝国軍が有する地理情報の確度は自然と怪しいものとなってしまうと弁えていたからだ。

 

 それでもティアマト会戦の勝利に幻惑された一部の将星達は、既に敵軍の戦意も戦力も崩壊寸前であると見做し、リスクを承知で追撃をかけるべしと主張した。敵軍に態勢を立て直す時間を与えず、リスク承知で進撃して一挙に命脈を断つべきである、と。しかし大元帥たるコルネリアス一世はその積極攻勢案を退けた。

 

「卿らの主張も一理ある。しかし叛乱軍が先の会戦で痛撃を加えられたからといって、戦力として壊滅したわけでもあるまいに、かくも迅速にこの宙域から撤収したのは何故か。おそらく、われらが地理に未だ暗いと敵方も察しているのだろう。無闇に突撃してダゴン星域のような宙域に誘い込まれでもしてはたまらぬ。ミュンツァー前司法尚書が申していた“距離の暴虐”の懸念もある。さしあたっては敵が放棄した宙域で地盤を固め、本国との通信と補給体制を安定させ、またこれより征服する宙域の情報確度をあげることをこそ優先すべきだ」

 

 若き皇帝の方針により、帝国軍は国境周辺星域の諸惑星占領に注力した。コルネリアス一世が推測した通り同盟軍は帝国軍が進撃してきた場合に備えて逆襲する用意はしていたのだが、さりとてこちらから大規模反攻作戦を発動できる態勢を整えるにはまだ時間を必要としていた。両軍それぞれの計算の結果として、互いに牽制気味の小規模攻勢を行うのみで、戦線があまり動かない膠着状態に入った。

 

 帝国軍占領区統括府最高司令官ツェレウスキー元帥が、部下である航路保安総監シュトルヒ元帥を呼びつけたのはその時期に当たる一一月のことだった。占領区統括府とは、此度の親征で占領した諸惑星や宇宙基地の占領行政を一元的に管理するために、惑星ヴァラーハの星系政府施設を接収する形で、つい先月に設置されたばかりの組織であり、いうなれば臨時の総督府であった。

 

 その司令官室の主人の姿を、シュトルヒは緊張から生唾を飲み込んだ。階級だけで比較するならば統括府最高司令官の間に差などなく、戦場での武勲で比較すれば自分の方が勝ると断言できるが、それで目の前の眼光炯々とした元帥を侮る愚をシュトルヒは犯すことはなかった。

 

 イゴール・フォン・ツェレウスキーは数いる帝国元帥の中でも別格の存在であった。優れた戦略家として、また天才的なオルガナイザーとして、先帝マクシミリアン・ヨーゼフ二世の御代の頃に帝国軍の再建と強化に尽力している。統帥本部総長と軍務尚書を歴任した経歴もある。此度の親征にしても統括府が設置されるまでは大本営幕僚総監――事実上の遠征軍総参謀長――の職にあった生ける伝説的偉人なのだから。

 

「先月の第八八輸送船団壊滅の件であるが」

 

 シュトルヒは臓腑を氷の手で鷲掴みにされたような悪寒に襲われた。ツェレウスキーは冷徹な合理主義者であるが故に、良くも悪くも厳格で容赦がない一面があり、周囲から畏怖される形で人望があるタイプである。

 

 それだけに、心当たりがある弁明が難しい話題になると心臓に悪い。後方の占領区における星間航路の安全確保は、現在は航路保安総監の管轄ということになっている。

 

「申し訳ございません! いまだ第八八輸送船団を壊滅させた叛乱軍ゲリラ艦隊の拠点は見当がついておらず――」

「その拠点の見当がついたのだ」

 

 ツェレウスキーは小さなカプセルを机の上に転がした。カプセルから光が放たれ、現状帝国軍が把握しているサジタリウス腕の星図が立体的に表示された。

 

「捕虜と恭順者から得た情報によると、叛乱軍はダゴン星域に軍事基地を持っておるそうなのだ」

「ダゴン星域に、ですと?」

 

 信じがたいとシュトルヒはカプセルを操作して、ダゴン星域近辺の情報を拡大表示させた。第八八輸送船団が襲撃された地点からも近く、たしかにこの星域に叛乱軍のゲリラ艦隊の拠点があるのならば得心はできる。占領区内の帝国軍の警戒網にまったく引っかからなかったのも納得ではあるが……。

 

 ダゴン星域は帝国軍にとっては忌まわしい宙域である。帝国暦三三一年に帝国軍はダゴン星域に誘い込まれ、同盟軍に完敗を喫したのであった。そしてその敗北の一因として、幾重もの小惑星帯が艦隊行動を阻害し、恒星は強い電磁パルス波をひっきりなしに放っているため相互の通信に深刻な支障をきたす、宇宙環境にあった。

 

 シュトルヒに限らず帝国軍の常識的に考えると、軍事基地というのは航路の要衝とか艦隊演習に適した安定した環境の無人星系とかに設置するものである。第八八輸送船団とその護衛艦隊の生き残りの証言から推測するに、敵のゲリラ艦隊はおよそ二〇〇隻から三〇〇隻ほどであり、戦艦や空母まで含まれていたというから、その受け入れと整備ができる基地となれば、相応の規模が必要なはずである。

 

 いや、小規模のものであっても、通信の便からして最悪な環境の宙域に軍事基地を設ける必要性や価値があるとは到底思えない。

 

「わかりませんな。いったいぜんたい、共和主義者どもはどうしてそんなところに基地を?」

「情報が少なすぎて私にも想像がつかぬ。実際、叛徒どもも持て余して難所航海訓練用の基地扱いしていたというからな」

 

 よもや叛徒どもが今日の事態を想定してゲリラ戦用の拠点として作ったわけでもあるまいし。なにせ、つい最近までサジタリウス腕の共和主義者どもは、銀河帝国をありとあらゆる意味で舐め腐っていたことは疑いの余地がない。

 

 そのような認識が主流派となっている状況下で、自勢力圏内でゲリラ戦をするための基地を作ろうという案が出ても採用されるとはツェレウスキーには思えなかった。ましてや大衆の空気だの世論だのが強い政治的影響力を持つ民主主義国家ならば、なおのことだろうと。

 

「何のために作られた基地か知らぬが、それが我が方の補給線を脅かすゲリラ艦隊の拠点である可能性が高いならば捨て置けぬ」

 

 今年初頭に辞任した司法尚書オスヴァルト・フォン・ミュンツァーは、先帝マクシミリアン・ヨーゼフ二世に対して“距離の暴虐”の概念を唱えた。色々と込み入った概念であるが、あえて断定的に要約するならば『輸送・通信・指揮系統というのは距離の増大に比例して困難となる』という趣旨の内容である。

 

 ミュンツァーは今の帝国軍にはこの距離を克服できるほどの実力が残念ながらないと説き、マクシミリアン・ヨーゼフ二世に敵の本拠であるサジタリウス腕への遠征を諦めさせ、オリオン腕に侵入した叛乱軍を追い出すだけにとどめさせた。若き日のツェレウスキーも同意見ではあったが、それでも歯痒い想いを胸に抱かざるを得なかった。光暉ある祖国が、奴隷風情の末裔による叛乱勢力なんぞに泣き寝入りとは!!

 

 ツェレウスキーは帝国軍を“距離の暴虐”をねじふせれる軍隊へと育て上げることに人生を捧げてきたのだ。同盟から流入した資料や銀河連邦時代の資料を調べて民主主義体制のことをよく研究したのも、その一環であった。遠征時の距離の問題を克服するにはいくつもの安定した中継拠点を敵地に築くのが確実で、そのためには敵地の主要惑星を混乱少なく占領統治する必要があるという考えからであった。

 

 その思惑は今のところ成功していた。ひとつの輸送船団が壊滅しても、現地でやりくりして穴埋めができているのだから。ツェレウスキーは自分達が育てあげた帝国軍に強い自信がある。とはいえ、ゲリラ艦隊のような懸念要素は排除するにしかずである。

 

「左様ですな。ダゴン星域となりますと、たしか第八航路巡視艦隊が一番距離的に近いです。すぐに司令官のパッセンハイム大将にダゴン星域に進出するよう命令を出します」

 

 ツェレウスキーは眉根を寄せた。別にシュトルヒの返事の内容が不満だったわけではない。少し思うところがあって、統括府最高司令官は愚痴をこぼした。

 

「大将か。たかが一〇〇〇隻前後の航路巡視艦隊の司令官が、大将とはな」

「……何分、昨今は帝国元帥の数が多うございまして」

 

 控えめなシュトルヒの補足に、ツェレウスキーは思わず嘆息した。ツェレウスキーは自分の人生の半分も生きていない主君コルネリアス一世の器量と軍事的才幹を高く評価し、敬愛と忠誠の念を抱いていたが、安易に元帥杖を授与したがる悪癖には困っていた。

 

 既にこの遠征で三人の帝国元帥が戦死している。これだけだと大事に思えるが、此度の遠征に参加している元帥の総数がツェレウスキーやシュトルヒも含めて五八名であると知れば、受ける印象が変わるだろう。実際、三名の元帥が死んでもそれほど遠征全体には支障をきたしていない。

 

 遠征に参加せずに本国に残っている元帥や、半ば名誉称号的な予備役元帥も含めると、生者であるうちにコルネリアス一世から元帥杖を賜った者の数は既に三桁に届こうかという勢いなのである。三世紀半ばを数える王朝史を振り返ってみても、一人の皇帝が元帥杖を与えた相手が二〇を超える例は希少だ。しかもこれは一代の内での話であって、コルネリアス一世は即位してまだ数年しか経過していないのだから、やはりおかしかった。

 

「皇帝陛下が率いるは元帥二個小隊などと、小唄にする兵どもが現れるのも無理からぬや」

 

 ツェレウスキー帝国元帥は帝国軍という組織に強い自信を持っていたが、昨今の軍隊階級運用の混迷ぶりは巨大なノイズであり、困惑を禁じえぬところであった。

 

 

 

 

 ダゴン星系の恒星を何重にも取り巻く小惑星帯の一角を利用する形で建造された同盟軍の基地ドゥルガーは、帝国軍占領区統括府の元帥達が不思議がっていたように、軍事的必要性から建設された基地というわけではなかった。

 

 宇宙暦六四〇年に当時のリン・パオ中将とユーフス・トパロウル中将のコンビが率いた同盟軍艦隊が約二倍の戦力を誇る帝国軍相手に完勝したことを記念し、当時の国防委員会が勝利のモニュメントとしてダゴン星域にその勝利を讃える記念施設を国防費で作ろうと計画したことから工事が始まったもので、六四〇年代の同盟社会全体の有頂天ぶりを示す一例である。

 

 六五〇年代に入ると、マクシミリアン・ヨーゼフ二世の下で帝国の国家機構が急速に再建されて同盟軍がオリオン腕から叩き出され始め、国防委員会も帝国との勢力境界線からほど近くて問題の多いダゴン星域にその種の記念施設を作ろうとするのは無謀ではと気づき始めたが、現場の情熱と知恵で様々な問題を克服して既に基礎工事が完了しており、今更完全に白紙に戻すのは躊躇われた。

 

 そこで統合作戦本部との協議の結果、民間人を呼び込む前提の記念施設としてではなく、危険宙域での航海訓練用の軍事基地という性格付けの施設へと計画が変更されて、軍事基地ドゥルガーは誕生したのである。そのため、ドゥルガーには艦艇整備設備が充実していたし、また元々民間人も利用する施設として建設されていたので居住環境もそれほど悪くはなかった。結果論だが、それが幸いしたのである。

 

 ティアマト会戦の敗北後、撤退から取り残された同盟軍艦艇の一部がダゴン星域へと逃げ込んだ。ドゥルガーの存在を知っていたからという者もあれば、単純に帝国軍の追撃を躱す為にダゴン星域の地形を利用できると考えたからという者もいる。そのようにして、元の所属がバラバラな敗残の同盟軍艦艇約五〇〇隻が自然集結したのであった。

 

 酷い混乱の中で将校たちがなんとか敗残艦艇を纏めあげて、艦隊としての指揮系統を確立させた際に、若年の女性将校サルト・ルナティア大佐が艦隊司令官として位置づけられたのは、ダゴン星域に集った同盟軍敗残兵の中では一番階級の高かかったのは四人の大佐であったが、サルト以外の三人の大佐は現場からの叩きあげの戦艦乗りで、艦隊指揮を不得手としていたのである。

 

 その点、サルトは士官学校戦略研究科を七位で卒業している才媛であったし、先のティアマト会戦においても壊滅的打撃を被った第四艦隊司令部で参謀将校をしていた経験があった。戦闘中に第四艦隊旗艦ハイドラは艦砲の直撃を被り、艦隊司令官を筆頭に階級上位者が全滅したので艦隊指揮権を引き継いだが、もはや戦闘を継続しようがない惨状であると全艦に撤退命令を出し、自身は戦艦ハイドラ近辺に残っていた残存艦艇を纏めて帝国軍艦隊の一角を切り崩して戦場を離脱し、六〇隻余の僚艦と共にダゴン星域へと逃げ込んだのである。

 

 彼女の実績と経験、そして階級秩序から考えてもっとも妥当で最善である、と、将校たちの合議による司令官推戴であったが、一部将校や下士官兵からの評判は芳しくなかった。曰く、若すぎるだの、女の指揮官など信用できないだの、第四艦隊司令部の生き残りというのが他の乗員を盾に生き残っただけじゃないかだの。

 

 ドゥルガーには保存食の貯蓄もあったが、数千人もの人員を数カ月に渡って養うには心もとない量しかなかった。将兵らが飢えていたのも評判が悪くなる一因であったろう。数隻の民間船に偽装した宇宙船で帝国軍占領下の有人惑星に赴き、情報収集のついでに密かに食糧を買い付けることもしてはいたが、帝国軍に見咎められずに将兵全員を満足させるだけの量を買い付けてドゥルガーまで運ぶ目処などまるでなかったから微々たるものにしかならず、先行きが見通せないことと併せて将兵は不満と反感を貯めこんでいたのだ。

 

 先の輸送船団襲撃して物資を強奪したことも、食糧を確保して将兵に振る舞い、将兵らの心情を和らげることも目的のひとつとしてはあったのだが――

 

「現金過ぎやしないか」

 

 奪った食糧でお腹を膨らませた将兵らの多くは態度を豹変させて、勝利の女神であるかのごとく称賛してくるのである。犠牲少なき軍事的成功は、指揮官への信頼を醸成するというのは、軍隊という組織風土ではあるが、いくらなんでも露骨すぎやしないか。ドゥルガーの司令官室でサルトはぼやいた。

 

「手のひらを返すのも道理でしょうよ。なにせこの半年ほどは閉塞感が凄まじかった」

 

 肩を竦めながらそう語るのはエメール・ジョシュア中佐である。半分ほど空になった帝国製炭酸飲料の瓶を片手に持ち、軍服を着崩している屈強な肉体を持つ無精髭の男は、サルトと同じく第四艦隊司令部の生き残りの一人であった。

 

 ジョシュアは陸戦隊あがりの参謀であり、多くの武勲の持ち主であったが、その経歴故かいささか以上に直線的で精神主義的な思考を好み、決断した迷わない性分のため、参謀より指揮官やってたほうがいいのではないかとサルトは内心思ってるが、兵らの心情や士気を推察する能力が高いため、重用していた。

 

「亡霊艦隊が亡霊ではないことを司令官は証明してみせた。これは美味い飯で腹を満たせたこととあわせて、信頼を勝ち取れた大きな要因でしょうよ」

 

 そう言い切ると、瓶に残っていた半分の液体を一気に飲み干し、ジョシュアはゲップした。亡霊艦隊というのは、サルトが率いてる小艦隊のニックネームのことである。この小艦隊の存在を同盟軍上層部は把握していない。帝国軍占領区域に取り残された敗残艦が自主的に身を寄せ合って結成されてものであり、味方の同盟軍本隊と連絡をとりあえるような状況ではない為、おそらく国防委員会や統合作戦本部からは自分達のことを戦死者か、戦闘中行方不明(MIA)ということになってるに違いないという認識から、だれともなく亡霊艦隊と呼称しはじめたのだ。

 

 このような敗残の亡霊艦隊が成立できたのは、たぶんに時代によるところが大きい。後の時代でも似たような例は探せばあるだろうが、その多くは自勢力圏への帰還の見込みがあるか、敵軍に一矢報いるために玉砕するというロマンシズムを実行する為というパターンである。しかしサルトの亡霊艦隊は現状同盟軍勢力圏に帰還する見通しは立っておらず、また玉砕する意思もなかった。となると降伏という選択肢が浮かんでくるものなのだが、そこに問題があった。

 

 この時代、フェザーン自治領という事実上の中立国家は存在しておらず、数年に一度の頻度で行われる両軍間での捕虜交換という慣習も成立していない。したがって、当時は両軍ともに敵軍の軍門に下るというのは、祖国を捨てることを暗黙裡の内に認める行為とほぼ同義であると一般に認識されており、二度と故郷に帰れなくなくなると降伏への忌避感が強かった。そもそも両軍首脳間で結ばれたという建前の奇妙な交戦協定もなく、両軍で共有する降伏信号や作法の取り決めも当然ないので、降伏の意思を敵軍に伝える難易度そのものが高いという事情もある。

 

「気楽なものね。まだ問題は山積みだっていうのに……」

 

 サルトは苦笑した。亡霊艦隊は、先の補給線団襲撃で足がついたダゴン星域から離れ、ダゴン星域と同じく航海の難所であるヴァンフリート星域を経由して、コジュイアラ星系へと向かう予定であった。コジュイアラ星系は無人地帯であるが資源惑星を有しているため、資源採掘企業がコジュイアラ星系に採掘施設を築いており、その会社の本社は近隣の星系にある有人惑星パルレメンドに置かれている。

 

 半年の間にサルトは密かに資源採掘企業の有力者に使者を派遣して交渉し、採掘施設に亡霊艦隊を匿うことを承知させていた。帝国軍はパルレメンドを占領していたが、まだコジュイアラには関心を向けていない。帝国軍が地理に暗いこともあったが、戦力の過半が同盟軍主力と対峙するために前線付近に貼り付けられていて、後方の占領区を安んじるために割ける人員は少なく、主要惑星や戦略的要地以外に手をまわせる余裕がない。いわんや寂びれた資源惑星の優先度など低いものとならざるをえまい。そうした帝国軍の懐事情をサルトは読みとったのである。

 

 しかしながら、それ以降の予定はまったくの白紙であり、サルトは今後の方針でまだ苦悩し続ける運命にあった。

 

「にしても、ここで帝国軍と一戦交える必要、ありますかね? さっさと引き払ったほうがいいと思うんですが」

「何度も言わせないで。あなたの意見も一理あるけど、今後の逃避行のことも考えると、帝国に私たちの規模を誤認させるような戦果を出しておきたいの」

 

 デスクの上に乱雑に広げられているドゥルガーの施設図やダゴン星系の概略図、亡霊艦隊の状況に関する資料や工作隊の作業進捗報告書等に目を落としながらサルトは、人差し指でデスクをトントンと叩く。

 

 大丈夫。帝国軍が差し向けてくる戦力が数千隻単位とかでなければ、危うげなく勝てるはず。そう自分に言い聞かせて、どこからか肺腑に忍び寄ってくる冷たい泥のような不安を洗い流す。この程度の不安を飲み干せないようでは、夢である正規艦隊(ナンバーズ・フリート)の司令官になんて、とてもなれないわ、と。

 

「警備隊司令ソユーズ少佐と偽装隊司令マヘーンドラ大佐を呼んできて。星屑作戦について、最後の打ち合わせをしておきたいの」

 

 いかにも真面目な表情を作って顔をあげたサルトの命令に、ジョシュア中佐は敬礼して退室していった。

 

 

 

 

 

 第八航路巡視艦隊旗艦ゼートイフェルⅫの艦橋で、頭髪を綺麗に剃り上げた壮年期の男性が、腹立たしそうに右手の親指の爪を噛みながら指揮席に腰かけていた。司令官のレンナート・フォン・パッセンハイム帝国軍大将である。艦隊がダゴン星域に入ったのは一二月の半ば頃のことだが、彼はとても不機嫌であった。

 

 そしてダゴン星系に入って最初の「レーダーに感あり! 敵艦隊と推測される!」とレーダー士が叫び、これに攻撃を加えるべく接近し、前衛艦が目視でその正体が確認した旨の報告をあげられた時、パッセンハイムの不機嫌度はピークに達したといえる。

 

「敵艦隊ではなく、スペース・デブリ、だと?」

「おそらくですが、三〇年前のダゴン殲滅戦で破壊された我が軍の艦隊の残骸ではないかと」

 

 司令官が怒気がこもった目で睨みつけながら獣のような唸り声をあげるので、報告をあげた若い参謀のリルム中尉は恐怖に怯えた。艦橋にいる他の者たちは理不尽な怒りの矛先を向けられたリルム中尉を哀れに思ったが、それ以上に司令官に同情をした。パッセンハイムの父が、ダゴン殲滅戦で戦死していることを彼らは知っていたのである。

 

 それからも幾度となく艦艇残骸群と接触して、パッセンハイムは不愉快な気分になったものだが、同時に航路保安総監部への疑念が深まってきた。これほど頻繁に艦艇残骸群と接触するということは、三〇年近くの長きに渡って、この宙域の清掃を叛徒どもはろくにしていないということである。星系外縁からふたつめの小惑星帯のA9区画に叛乱軍の基地が置かれているというが、航行及び通信面の不便さも加味するのならば、本当に存在しているかあやしいものだ。上層部は偽情報をつかまされたのではないか……。

 

 なので叛乱軍基地を発見し、八〇隻ほどの叛乱軍艦艇が基地周辺で補給作業をしていると思しき光景をとらえた望遠カメラの映像がゼートイフェルⅫのディスプレイ・スクリーンに映し出された時、パッセンハイムは顎を外したように大口を開けて驚愕し、内心で“正気か?”と思わずにはいられなかった。

 

「いかがします? 数的優位は圧倒的に我が方にあります。一揉みに敵艦艇を壊滅させ、基地を制圧しますか?」

 

 参謀長の問いかけで、パッセンハイムは口を閉じて脳細胞は再起動させ、一秒ほどで考えをまとめた。

 

「上からの情報だとあれの二倍から三倍ほどの艦艇を、敵ゲリラ艦隊は最低でも有しておるはずなのだがな。それに戦艦や空母の姿も見えぬ。それらはどこに消えたのか」

「既に異なる宙域に移動したのではないでしょうか。敵ながら鮮やかな手口で補給船団を襲撃した連中です。既に我が軍の追撃部隊がくると予想し、船速の遅い大型艦の部隊を先に移動させていても不思議はないかと」

「だと良いのだがな。このような場では事実上レーダーが役に立たん。我らが先達の屍に叛徒どもが身を隠していようものなら虱潰しでもせねば炙り出せまい……」

 

 忌々しげに司令官にそう言われ、参謀長はハッとした。たしかに艦艇残骸に紛れて敵艦が息を潜めているとすれば面倒だ。二〇〇隻程度の数しかないとしても、艦隊側面や後背に回り込まれて奇襲をかけられれば、敗北することはないだろうが、割に合わない損害を被ることになろう。

 

「いらぬ警戒かもしれんが、あれの相手は前衛駆逐戦隊に任せる。艦隊本隊は奇襲に備え周囲警戒だ」

 

 帝国軍艦隊本隊から前衛駆逐戦隊二〇〇隻が分離して突撃を開始した。それを確認した同盟軍艦艇八〇隻からなる警備隊を指揮するソユーズ同盟軍少佐は笑みを浮かべた。なるほど、全艦で突撃してくるほど敵もバカではないらしい。おかげで自分は少し楽ができる。

 

「全艦応戦しつつゆっくりと後退せよ。幸い、敵は駆逐艦中心で射程はそれほど長くない。有効射程圏ギリギリの距離を保ちつつ、後退するんだ! 警備隊の意地を見せてやるぞ!」

 

 ソユーズ少佐率いる八〇隻の警備隊は、亡霊艦隊の中にあってティアマト会戦に参戦していないグループであった。元々彼らはとある星系の警備艦隊として配置されていたのだが、ティアマト会戦敗北に切欠に同盟軍首脳が出した撤退命令が届くのが遅かったために逃げ遅れ、帝国軍との遭遇を避けるためにダゴン星域を潜伏地として選んだために亡霊艦隊に合流することになったのである。

 

 そのため、軽武装の艦艇が多いが、他の亡霊艦隊の部隊と異なり、寄せ集めではないために連携面では警備隊は一番優秀であった。巧みに艦艇の位置を動かして帝国軍の攻撃をいなし、自然な形でソユーズ少佐は警備隊を後退させ続け、敵の前衛駆逐戦隊が同盟軍基地ドゥルガーの近くに誘導できたことを確認すると、腕時計を確認した。

 

「我ながらタイミングが完璧。星屑作戦第一段階、成功だ」

 

 ソユーズ少佐がそう言い終わる前後で、同盟軍基地ドゥルガーが大爆発を起こした。基地の各所に設置されていた時限式の極低周波爆弾が作動したためである。ドゥルガー周辺に展開していた帝国軍前衛駆逐戦隊は爆風に巻き込まれて次々と爆散していった。

 

 後方で周囲を警戒していた第八航路巡視艦隊本隊の多くの人間は茫然自失していた。何が起こったのか、咄嗟に理解しかねたのである。彼らは自軍の二割にあたる艦艇が一瞬で消失した事実を受け入れきれていなかった。

 

「卑怯な叛徒どもめ! かような方法でもって前衛駆逐戦隊を壊滅させてくれたお礼をしてくれるわッ!」

 

 しかし旗艦ゼートイフェルⅫの艦橋に詰めている者たちは違った。パッセンハイム大将は半ば司令官としての本能で、数に劣る敵が軍事基地を対価として自爆させ、前衛駆逐戦隊を壊滅せしめたことを瞬時に察したのである。

 

「全艦突撃せよ、一気に踏み潰してくれる!」

 

 しかし頭に血がのぼったパッセンハイムは誤断を犯した。自軍基地を自爆させるという手段を採ったことは、敵軍が相当に切羽詰まっているからできた奥の手であり、これ以上のカードは残されていないと判断し、突撃を命じたのである。

 

 帝国軍艦隊左翼にビームの雨が降り注いだ。すぐに潜んでいた敵戦力からの砲撃であると思い至り、すぐに望遠カメラをビームが飛んできた八時の方角に向けて敵影を確認しようとしたが、ディスプレイ・スクリーンに映し出された敵艦の姿を目視した時、パッセンハイムは憎悪と屈辱でゼートイフェルⅫの艦橋の床を踏み鳴らし、怒気を込めて叫んだ。

 

「卑劣ッ! 姑息ッ!!」

 

 捕らえた敵艦は帝国軍艦に似た塗装が施され、周囲を漂う艦艇残骸に紛れて砲撃をしてきていたのである。注意深く観察しなければ損傷しているように見える艦が多いのが、馬鹿にされているようでパッセンハイムを苛立たせた。

 

 しかし損傷しているように見えるではなく、マヘーンドラ大佐率いる偽装隊艦艇の多くは本当に損傷していたのだった。偽装隊艦艇はティアマト会戦でダメージを追いながらも、なんとかダゴン星域に逃げ込んだ艦艇中心に約二〇〇隻で構成されており、ドゥルガーの工廠で戦闘に最低限必要な機能だけ補修された上で帝国軍カラーに塗装された艦艇なのである。当然、この偽装隊艦艇はすべて輸送船団襲撃に加わっていない。

 

 だが、幕僚団に自艦隊の被害規模から敵の艦艇数を逆算推測させ、おおよその数を把握するとパッセンハイムは事前情報と脳内で瞬時に照らし合わせ、偽装隊こそがこのゲリラ艦隊の本隊であると錯誤した。正面の警備隊への抑えとして一〇〇隻の別動隊を残し、残る艦艇を八時の方向に反転させて、敵艦隊本体にトドメをさそうとした。

 

「おもしろいくらい、うまくハマったわ」

 

 戦艦ハイドラの艦橋でサルトは用兵家としての強い満足感を感じていた。彼女が率いている亡霊艦隊本隊二二〇隻はいまだスペース・デブリの中で息をひそめていたのである。帝国軍艦隊本隊が偽装隊に向けて突進し、自分たちに無防備な後背を晒した時、サルトは星屑作戦の成功を確信した。

 

「全艦出撃! 帝国軍のケツに蹴りを叩きこむわよ!!」

 

 前後からの挟撃で帝国軍艦隊は進撃の足を止めた。どのように対処すべきかパニック状態になったのだろう。いつまでも続くまいが、それでいい。星屑作戦は帝国軍に亡霊艦隊の総数を過大に誤認させるような戦い方をして、のちの逃避行に対する帝国軍の追跡を混乱させることを目的としたもの。その目的から言えば、帝国軍がパニック状態から立ち直れず、このまま壊滅できてしまったらサルトとしては逆に困るのであった。

 

 だが、ここまで完璧に戦況をコントロールしていたサルト・ルナティア大佐だったが、戦場において計算違いというものは付き物である。その恐ろしさを、身をもって知ることとなる。

 

「撤退だと!? 貴様はそれでも帝国軍人かッ!!」

 

 怒りの咆哮と共に鉄拳を顔面に叩きつけられてリルム中尉の肉体はゼートイフェルⅫの艦橋の宙を舞った。パッセンハイム大将は若い参謀の返り血に濡れた右拳を震わせながら、続けた。

 

「退けと?! このダゴン星域で、これほどまでに帝国軍の尊厳をコケにされた戦い方をされて、不利だからこのパッセンハイムに、退けだと!!」

 

 レンナート・フォン・パッセンハイム大将は、三〇年前にこのダゴン星域で戦死した正規艦隊司令官の息子である。当時の帝国の認識では勝って当然の戦いとされていたのに、完敗したので遠征軍参加者やその親族・遺族への風当たりはとても強いものがあった。マクシミリアン・ヨーゼフ二世の時代に、敗戦責任は現場の将兵よりも、総司令官のヘルベルト大公と、それを総司令官に任命した敗軍帝フリードリヒ三世の浅慮にあるという政府と軍部の見解を示したためにそうした境遇は改善されたが、多感な年頃のレンナート少年が周囲から“ダゴンの敗将の子”とか“味方撃ちの一族”とか蔑まれて過ごした経験がなくなるわけでもない。

 

 そんなパッセンハイムにとって、ダゴン星域で戦局が芳しくないから退くという選択肢をとれるわけがなかった。ましてや、このような父をはじめとした死者の尊厳を愚弄するがごとき戦い方をされて敗北したなど受け入れられることでもない。卑劣な叛徒どもに必ずや鉄槌をくれてやる。パッセンハイムは激情の命じるままに、オープンチャンネルで通信回線を開いた。

 

「全艦艇に告ぐ! 私は第八航路巡視艦隊司令官レンナート・フォン・パッセンハイム帝国軍大将である! 三〇年前、われわれの父たちが正義のために従軍し、このダゴン星域で無念のままに散華した! 彼ら帝国軍将兵の魂はヴァルハラに至れずに、いたるところに漂ったままだ! 彼ら英霊に恥じるところがあるならば、我に続け! 彼らの魂を、我らが帝国軍艦艇の骸を弄び、よりにもよって黄金樹と帝国に弓引く行為に利用した恥知らずな冒涜者どもを許すな! 眼前の叛徒どもを全滅させ、英霊たちへの手向けとせよッ!! 全艦突撃ィ!!」

「ッ! 全艦、全速で帝国軍の後背にくらいつけ! 主砲を短距離砲に切り替え、空母機能がある艦艇はスパルタニアンを発艦させて! 全弾撃ち尽くしてやりなさい!!」

 

 パッセンハイムの叫びをダゴン星域の劣悪極まる通信環境の中でも、艦隊間の距離が縮まっていた為に部分的に聞き取れたサルト大佐は、戦艦ハイドラの艦橋で血相を変えて叫んだ。もし帝国軍艦隊が被害を度外視してこのまま猪突して偽装隊を壊滅させ、その勢いのままに反転攻勢をかけてくれば、亡霊艦隊の勝利が危うくなる危惧が彼女から余裕を奪った。

 

 常軌を逸した帝国軍艦隊の猛攻により、偽装隊艦艇は周囲のスペース・デブリの艦艇残骸を巻き添えにして壊滅させられた。偽装隊司令マヘーンドラ大佐以下、偽装隊隊の損耗率は実に九割が戦死に追い込まれた。

 

 しかしその代償も大きかった。帝国軍の第八航路巡視艦隊はずっとサルト大佐率いる亡霊艦隊本隊の攻撃を後背から受け続け出血を続けたのである。途中で付き合いきれないと独断で戦場離脱した艦艇も一〇〇隻ほど出たが、ほとんどが命令にしたがって攻撃を続けた。旗艦のゼートイフェルⅫが勢い余って艦艇残骸群に突っ込み爆散し、パッセンハイム大将が戦死すると、残存艦艇も独自に生き残りをはかり、亡霊艦隊の攻撃を掻い潜ってさらに一〇〇隻ほどの帝国軍艦艇が逃げ延びた。

 

 サルト大佐は亡霊艦隊を直ちに反転させて、ソユーズ少佐の警備隊救援に向かったが、対峙していた第八航路巡視艦隊別働隊に先に本隊から離脱した艦艇の一部が合流して本隊の状況を聞き、別働隊を任されていた司令は「もはや足止めの必要なし」と撤退を開始し、ソユーズ少佐の警備隊も数と火力で劣ることから妨害するようなことをせず、亡霊艦隊と合流することには戦闘は完全に終息していた。

 

 こうして後世、軍事基地の名称からとって“ドゥルガーの戦い”と呼称されるようになるダゴン星域での局地戦は、敵中に孤立した状態で倍の敵に対して七割近い損害を与えて勝利したという、のちの統合作戦本部長サルト・ルナティアの若かりし頃の武勇伝のひとつとして記憶されるのだが、当事者にはまた別の感慨があった。

 

「なんて拙い戦い方をしてしまったものかしら」

 

 戦艦ハイドラの艦橋で、サルト大佐は肩を落とした。戦闘で轟沈・大破した艦艇は捨て置くことは最初から織り込み済みだったとはいえ、今の亡霊艦隊の艦数は二三六隻に減っていた。五〇〇隻あった艦艇のうち半数強を失ったのかと思うと、忸怩たる思いがあった。

 

「結局、あなたの言ってたことが正しかったのかもね」

 

 力なく微笑みかけられてジョシュア中佐はこまった表情を浮かべた。

 

「たしかに損害は甚大ですが、兵らはそれでもあれだけの帝国軍のハナをあかせたことを喜んでます。今はそれで良しとしておきましょうや」

「中佐のいう通りだ」

 

 通信スクリーン越しにソユーズ少佐も賛同の意を示す。

 

「今は考えるよりも行動の時だ。いつまでもここに留まっていては、折角の勝利も効果が失われる。彼らの死を無駄にしたくないのならば、今は一刻も早くコジュイアラに移動するべきだ」

「……そうね。悔やむのも今後のことを考えるのも、まずは帝国軍の追跡を振り切ってから考えるべきね」

 

 サルトはひとつ頷いて、気持ちを切り替えた。戦艦ハイドラは可能な限りの人員と艦艇を従えてダゴン星域を去っていったのである。

 

 生者がいなくなった迷宮のように入り組んだ星域には、戦闘によって破壊された新たな艦艇の残骸と屍が遺された。三〇年前からこの迷宮で彷徨い続けている亡霊たちからすれば、ささやかな数の新参者が加わったに過ぎないことではあったろうけども。

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