平和な世界の魔王は勇者と戦いたい   作:臨時定休日

2 / 3
魔王の秘策

「俺が父上の後を継いだら騎士団を作るから、お前は騎士団長にしてやるぞ。お前は妃にしてやるからな」

 

 魔王城に仕え始めて間もない頃、仕事で使う資料を書庫に取りに行く途中、城内の庭園から幼い男子の声が聞こえた。

 道すがら目を遣ると、東屋の椅子に腰かけた闇色の髪と瞳の少年が、花の手入れを続ける庭師と、紅茶と茶菓子を運んできた侍女に、踏ん反り返りながら自慢げに話していた。

 子供の軽い気持ちの口約束に対して、庭師も侍女も「楽しみにしてます」と笑顔で答えていた。

 生意気そうではあるが、少年はかなりの美形で好みの顔だ。

 自分もいつかあんな美少年と結ばれることを思い描きながら、微笑ましい光景を横目に通り過ぎようとすると少年と目が合い、少年は口に運ぼうとしていたクッキーを取り落とし、雷に打たれたように硬直した。

 

「おっ、おい、騎士団長! ちょっと来てくれ!」

 

 少年に会釈して通り過ぎると、背後から上擦った声が響き、やや間を置いて走り寄る足音が迫ってきた。

 

「そこのダークエルフ! ちょっと待て!」

 

 足を止めて振り返ると、先程の少年が顔を朱に染めて一輪の花を片手に立っていた。

 

「俺は、この城で一番偉い魔王の息子なんだぞ。つまりは、この城で二番目に偉いってことだ。それでだ、いつかは俺が魔王になって一番偉くなる、その時は……その、なんだ……お、お前を、きっ……妃にしてやってもいいぞ!」

 

 少年は尊大な態度を崩さないまま、息を荒くしながら捲し立て、震える手で色鮮やかな紫色の花を差し出した。

 内心で喜びながら、少年の前にしゃがんで花を受け取ろうと手を伸ばした時、体を揺すられて意識が覚醒した。

 

 

 

「カミラさーん、起きてください。朝ですよー」

 

「んん……ああ、おはよう。いつもすいませんね」

 

 目を開いて体を起こすと、部下のオフィーリアがベッドの横で合鍵を手で弄びながら立っていた。

 

「星占いも大変ですねえ、寝不足は美容の敵なのに。ところで良い夢でも見てましたか? 寝たまますっごいニヤニヤしてましたよ」

 

 カミラは週に一度、占星術で星の動きから吉凶を詠んでいた。

 夜遅くまで起きていているため、星詠みの次の朝はオフィーリアに起こして貰っていたのだった。

 オフィーリアの質問に、カミラは肯定する様に軽く微笑んで上着を羽織り、朝食を取るべくオフィーリアと共に食堂に向かった。

 

「それにしても、昨日は惜しかったですねえ。もう少しで魔王様と既成事実を作れたのに」

 

「はぁ……余計なことするんじゃありませんよ、まったく。陛下が本当に変な気を起こしたら、どうするんですか」

 

 カミラの僅かに怒気を含んだ言葉に、オフィーリアは狼の尾を子犬の様に振りながら、悪びれる様子も無く笑い飛ばした。

 

「いやあ、主君のために当て馬の役をやるのも、家臣の役目かと思いましてね。ま、カミラさんにその気が無いのは分かってますけど、魔王様がカミラさんのこと好きだからって、揶揄うのも程々にしといた方がいいですよ。難しい年ごろなんですし」

 

「心外ですね、私が陛下にそんな無礼を働くわけないでしょう。陛下に普段言ってるのも、いい加減に約束を守れって催促のつもりなんですけど」

 

「じゃあ、まさか本気で王妃の座を狙ってるんですか? 権力ってそんなに魅力ありますかねえ。御給金は十分に貰ってるし、住むところも毎日の食事も不自由しないし、今ぐらいのが気楽でいいと思うんですけど」

 

「権力なんてどうでもいいですよ。大事なのは陛下と結ばれる事ですから」

 

 冗談を言っていると思ったオフィーリアは愛想笑いをしていたが、カミラの真剣な表情を見て笑みが引き攣った。

 

「えっ? じゃあ、カミラさん本気で魔王様の事が……?」

 

「当然でしょう? 好きでもない男に、冗談でも結婚しろなんて言いませんよ」

 

 カミラはショタコンだった。

 

「あー……あれぐらいの子が好きな人いますけど、カミラさんもでしたか……。この城の中でも常識人側だと思ってたんですけど……そっかー……」

 

「貴女にだけは、変人扱いされたくないんですけど」

 

 不服そうなカミラをよそにオフィーリアは困惑していたが、ふと何かに気付いたようにハッと顔を上げた。

 

「じゃあ、何で昨日は権力目当てなんて言っちゃったんです?」

 

「ほんの50年ぐらいとは言え、ずっと待たされてますからねえ。少しぐらい、意地悪してやってもいいかと思いましてね」

 

「だとしても、もうちょっと言い方ってものがあるでしょ。あの言い方は、ちょっと可哀想ですよ。それに、魔王様も脈無しと思って、愛想尽かされるかもしれませんよ? 大体、魔王様はまだ子供だし、結婚とか考える年でもないでしょうに」

 

「心配いりませんよ、真面目な御付き合いをしたことが無い貴女と違って、ちゃんと真剣に考えてますから」

 

「そりゃ私は今までの男みんな遊びでしたけど、カミラさん碌に恋愛経験も無いのに、どこからそんな自信が出てくるんですか」

 

 話をしている間に食堂に辿り着き入り口をくぐると、夜間の警備を終えて食事を取っている兵士の一人に向かって、オフィーリアが笑顔で軽く手を振った。

 兵士はばつが悪そうに笑いながら、オフィーリアに向かって軽く手を上げ、それを見た他の兵士や侍女が一斉に視線を向け、すぐに事情を察したらしく、表情一つ変えずに再び食事を続けた。

 

「……また夜中に、男を連れ込んだんですか」

 

「人聞きの悪い言い方しないでくださいよ、休憩時間に私の部屋でちょっとお茶しただけですよ。けどまあ、夜中に男と女が一つの部屋に居たら、どうしてもそういう雰囲気になりますよね」

 

 食堂で食事を取る他の兵士の大半も、オフィーリアと一晩の関係を結んでいたのだった。

 配膳台で朝食を受け取り、空いていた席に着き食事を取り始めたが、オフィーリアは昨晩の事を語り続けた。

 回数やサイズにどちらがリードしたかなど、前夜の出来事を事細かに毎回報告してくるオフィーリアに、カミラは辟易していた。

 

「朝からそんな話聞きたくないって、いつも言ってますよね? さっさと食べて仕事しますよ」

 

「いだだだだだ! 死んじゃう死んじゃう!」

 

 食欲が失せる話を嬉々として続けるオフィーリアの頭を鷲掴みにし、握り拳ほどの大きさのパンを口に押し込んで強引に黙らせた。

 さほど力を込めていないのに、大袈裟に痛がるオフィーリアを横目に食事を終えて私室に戻り、文官の服に着替えて階級を示すケープを羽織って職務室へと向かい、カミラが占星術で詠んだ星の動きから予測した事案や、各所から上がってきた前日の報告書を纏め、一休みする間もなく魔王の書斎に向かった。

 

「おはようございます、なんだか眠そうですね。大酒を飲んで、おまけに夜更かしですか。駄目ですよ、ちゃんと規則正しい生活を心がけないと」

 

「おっ、おう、おはよう。えーっと、その、なんだ、昨日は酔っていたとはいえ、悪かった。この通りだ。今日は予定があるし直接言いに行く時間も無いから、他の者にも俺が謝ってたって伝えておいてくれないか」

 

 書斎に入って開口一番、目の下に隈の出来た魔王は、頭を下げて詫びの言葉を述べた。

 

「いえいえ、謝らなくても結構ですよ、頭を上げてください。誰も気にしてませんし、私も何とも思ってないですから。むしろ他の者も、入浴のお世話を出来なかったのを残念がってましたよ。最近は、陛下も一人で御風呂に入る様になりましたし」

 

「そ、そうか……なら、まあいいか……」

 

 魔王は何処か釈然としない様子だったが、昨晩の件を引き摺りたくないのか書類へと目を落とし、カミラからの報告に耳を傾けた。

 

 カミラが内政に関する様々を教示しているが、何もかもが勉強不足の魔王は、うんうんと唸るばかりだった。

 政よりも剣術訓練や魔術の鍛錬に時間を割きたいであろう、元気の有り余る年頃の魔王を横目で見て、気付かれぬように薄く笑って今朝の夢を思い出した。

 

 魔王と初めて出会って花を受け取って以来、城内の男たちに騎士にしてやると声をかける事はあっても、侍女や女官に妃にしてやると声をかけることは無くなり、新しい魔法を覚えた時は真っ先にカミラに御披露目しに来たりと、懸命に気を引こうとしていた。

 自分に夢中になる魔王に内心喜んでいたものの、年齢を重ねればいずれ心変わりして他の女性に目移りするだろうと諦めの感情も抱いていたが、先代魔王の失踪という降って湧いたチャンスを掴み取るべく、過去の約束を盾に結婚を迫っていたのだった。

 

 ――相思相愛は間違いない筈なのに、どうして結婚を拒まれるんでしょうか。

 

 カミラが魔王との結婚を焦るのも、理由があった。

 王妃が戦死して以来、後釜を狙って先代魔王に擦り寄る者が後を絶たなかったらしい。

 しかし、先代魔王が出奔したせいで、今代の魔王へとターゲットを変えたようだった。

 まだ子供の魔王なら篭絡しやすいと考えたのか、それとも揃いも揃って頭のネジが緩いのか、色仕掛けに走る者がやたらと多かった。

 カミラが間に入り妨害することで鳴りを潜めていったものの、完全に諦めた者はまだまだ少ないようだ。

 何かの間違いで魔王が餌食にならぬように自分が守護らねばと、カミラは一人で勝手に使命感を滾らせていた。

 

「……ミラ。おい、聞いてるか? カミラってば!」

 

「え? ああ、すみません、ちょっと考え事をしていました。どうされました?」

 

 物思いに耽っている間に、魔王から呼び掛けられていたようだ。

 

「だから、勇者と戦う件だけど、一つ考えが有るんだが聞いてくれるか」

 

(えっ? その話まだ引っ張るんですか!?)

 

 反射的に口から出そうになった言葉を飲み込み、続きを促した。

 危うく、また魔王の機嫌が悪くなるところだった。

 拗ねた顔も可愛いが、できれば笑顔の方が好ましい。

 

「伝説の中じゃ、神託を受けて勇者になったりするだろ? だから、占い師とか預言者を装って、勇者や勇者になる可能性のありそうな冒険者に、魔王と戦う未来が見えるって吹き込むのはどうだ? 俺から挑むのは拙くても、勇者の方から戦いに来るのは問題ないだろ?」

 

(なんですか、その穴だらけどころか穴しかない策は)

 

 再び口から飛び出しそうになった言葉をぐっと堪えて飲み込み、眼鏡を外して眉間を押さえて「うーん」と唸った。

 

 どうやって勇者に接触するのか、誰にその役目をやらせるのか、何よりも勇者がそんな与太話を本気にすると思うのか。

 パッと思い付くだけでも、余りにも欠点が多い。

 

(この御方凄く真面目なのに、たまに変なとこでポンコツになるのは、どうしてなんでしょう)

 

 カミラの懊悩をよそに、魔王は自身の名案を疑わない様子で、キラキラとした視線を向けている。

 魔王は寝不足で、まともに思考が働いていないのだろうか?

 

(まあ、そんなとこも可愛いんですけど)

 

「はぁ……分かりました。何かしら手を打ちましょう」

 

 魔王に惚れているものの、公私の区別は付ける程度の理性は残っており、普段なら即座に却下するところだ。

 しかし、眩いばかりに輝く笑顔に、ついつい承諾してしまった。

 

「やった! それじゃよろしく頼むぞ!」

 

 魔王の見た目相応の子供の様な無邪気な喜びように、カミラはやや呆れながらも胸をときめかせた。

 何に感化されたのかは知らないが、一ヶ月もすれば飽きて新しい遊びに夢中になるだろうという算段だったが、二ヶ月三ヶ月と経っても忘れる事は無く進捗を尋ねられ、半年経っても催促は続いた。

 千年にも及ぶ寿命を持つ魔族やダークエルフにとっては僅かな時間だが、これは流石に誤魔化しきれないと悟ったカミラは、恥を忍んでバルザークに相談し、一連の流れを話した。

 

「若様はまーだそんな事を言っとるのか。何で親子揃って変なもんに夢を見るのやら。しかし、どうしたものか……適当な報告をでっち上げてもいいが、若様が懲りる薬になるように、何かしら仕向けておかねばならんだろうしなあ」

 

 カミラは平謝りし、バルザークは暫し考え込んで一つの案を出した。

 

「カミラよ、お主が占い師に扮して勇者に近付くという手でいこう。占星術や他の占術にも詳しいし、若様の狙いが他の者に知られるのも拙いでな」

 

「……私が人類圏に行かないといけないんですか!? 嫌です! 絶対嫌ですよ!」

 

 不慣れな土地に単身で赴き、魔王とも離れ離れになる事に、カミラは露骨に難色を示した。

 

「なに、本当に行くわけじゃないわい、そういう体で一芝居打つのじゃ。若様はお主の事を好いておるし、それなら考えを改めるじゃろ」

 

「ああ、なるほど。良さそうですね、その手で行きますか」

 

 得心がいったカミラはバルザークの案に従う事にし、二人で魔王の私室へと向かった。

 

「――という訳でして、カミラに暫く出向させる運びとなりました」

 

「えっ? 大丈夫なのか? お前、治癒と補助の魔法は得意だけど、ゴブリン一匹にも勝てるか怪しいぐらい戦闘は苦手だろ? 俺は適当なやつに金を掴ませて、芝居をさせればいいと思ってたんだけど……。と言うか、爺やに話すなよ……」

 

 バルザークから報告を受けた魔王は、カミラの身を案じたのか、心配そうな視線を向けた。

 

「いくら何でも、そこまで弱くありませんよ。ただ、何が起きるか分かりませんし、生きて帰れる保証も有りませんが……」

 

 カミラは寂しげに目を伏せ、魔王の返事を待った。

 すぐに「行かないでくれ!」と、泣き付いて命令を撤回するだろうと踏んでいたが、予想に反して魔王は腕を組んで考え込んでいた。

 

 ――あれ? 思ってた反応と違う。

 

 カミラとバルザークは魔王の返事を無言で待ち、室内には魔王の唸り声だけが響き、遂にカミラが痺れを切らした。

 

「自分の妻が危険な目に遭うかもしれないのに、そんなに悩むことですか!? これが一生の別れになるかもしれないのに!」

 

「お、おい、カミラ」

 

 魔王は自分に惚れていると絶対的な自信があったため、馬鹿らしい願望と秤にかけて悩み続ける魔王の姿に酷くプライドが傷つき、つい声を荒げて食ってかかってしまった。

 バルザークが制止したが、魔王もカミラの言動が気に障ったのか、怒りの声を上げた。

 

「お前と結婚なんてしてないって何回も言ってるだろ! 大体、俺は冷血無比の魔王だぞ! 野望のためならどんな犠牲だって払ってやるんだよ!」

 

「野望なんて大袈裟な物じゃないでしょう! ほんの三、四十年前まで夜中に怖い夢見て泣いてたくせに、こんな時だけ変に大物ぶらないでくださいよ!」

 

「そ、そんなの昔の事だろうが! それより、なんでお前がそれを知ってるんだよ!」

 

 互いに頭に血が上った魔王とカミラは、子供の喧嘩の様な言い争いを始めた。

 バルザークが宥めようとするが、怒り心頭の二人には声が届いていない。

 

「二人ともいい加減にせんか!」

 

 遂に限界を迎えたバルザークが大声で二人を怒鳴りつけると、魔王とカミラはびくりと体を震わせて、沈黙が訪れた。

 

「と、とにかく! カミラが行くことに決まったんだろ! 何かしら成果を出すまで、帰ってくるのは許さないからな!」

 

「……っ! もういいです! ほら、行きますよ!」

 

 一瞬言葉を詰まらせたカミラは、怒りと悲しみが綯交ぜになった表情でバルザークの袖を掴み、乱暴にドアを開けて出ていった。

 

「なんなんだあいつ。この世の終わりみたいな顔して」

 

 一人残った魔王は、不機嫌そうにぼやいた。

 

 

 

「おい、あんまり引っ張るな! 腰に響く!」

 

 カミラは抗議の声を無視して、バルザークの執務室へと一直線に向かった。

 室内でようやく解放されたバルザークは、腰をさすりながら疲れ果てた様子で椅子に腰を下ろした。

 カミラはバルザークに背を向けて目元を拭い、鬱憤を吐き出す様に大きく溜息を吐いた。

 

「ちょっとおおおお! 話が違いますよ先生! 考え直すどころか、追放宣告されちゃったじゃないですか!」

 

 くるりと向き直ったカミラは、バルザークに詰め寄って襟首を掴んでガクガクと揺すった。

 

「ぐぇっ、や、やめろ……苦しい……。ええい! そもそも、お主がすぐにああやって若様を揶揄うからじゃろうが! 少しは状況を考えんか!」

 

「ぃぎゃっ!」

 

 カミラの手を振り解いたバルザークは、杖をカミラの頭に振り下ろし、ゴツンと鈍い音がした。

 カミラは痛みに悶えながら自らの頭頂部に治癒魔法をかけ、杖に付いた血を拭くバルザークに再び食って掛かった。

 

「なんで先生も分かってくれないんですか! 私はずっと本気で言ってるのに!」

 

「じゃからそういう……いや、マジかお前」

 

 カミラの真剣な表情に、杖を拭く手を止めてバルザークは絶句した。

 

「昔から子供好きとは言っておったが、そっちの意味でじゃったか……」

 

「はぁ……陛下が魔王の座に就く前は、あんなに懐いてくれてたのに……。もしかして、倦怠期ってやつでしょうか」

 

「アホかお主は。いや、昔からちょっとアレな所があったな……」

 

 バルザークは心底呆れながら、カミラを見据えた。

 

「ともあれ、こうなった以上は人類圏に向かったという事にして、暫く何処かの領地に姿を隠して過ごすしかあるまい。若様への報告はこちらで適当に行っておこう」

 

「いえ、私も頭に来ました。この際だから、本当に人類圏に行ってやりますよ。王の立場にある御方の言葉の責任と重さを、思い知って貰いましょう」

 

 苛立ちを隠さぬままに、カミラは決意を固めた。

 

「はぁ……全く揃いも揃って……。仕方あるまい、ならばせめて、王都で最高級の宿を取ってやろう。経費で落としてやるから、宿代は心配するな」

 

 カミラの両親はバルザークの弟子で、カミラもバルザークに師事していた。

 そういった経緯もあり、バルザークにとってカミラは孫のような存在で、カミラの両親が巨人との戦いで戦死したこともあって、少々甘い所があった。

 

「お気持ちは嬉しいですけど、いいんですか? 一晩泊まるだけでも、私の一月の御給金じゃ足りないぐらい、高額だって聞いたことありますけど」

 

「なに、若様もああ言ったが、そんなに深く考えてないじゃろうからな。すぐに帰ってこいと言い出すだろうから、大した額にはならんじゃろう。お主が旅立つまでに、考え直してくれるのが一番いいんじゃがな……」

 

「あまり期待できませんよね……一先ず準備を進めておきますか……」

 

 その後、僅か一週間で自分が留守にしている間の仕事の振り分けを済ませ、旅の準備が完了した。

 魔王とカミラは互いに意固地になり、必要最低限の会話しか交わさず、和解の切欠も掴めぬままだった。

 

「念のために、髪と目の色は変えておきましょうか」

 

 旅立ちの日の朝、暗澹たる気持ちで鏡に向かい、魔術で銀髪を赤毛に変え、紫色の瞳の色もエメラルドの様な緑色へと変じた。

 

「それでは、短い間でしたがお世話になりました」

 

 魔王の私室に出立前の挨拶に向かい、悲壮感を漂わせながら深々と頭を下げた。

 

「な、なんだよ、別に二度と帰ってくるななんて言ってないだろ。それより、その髪どうしたんだ? 目の色も変わってるし」

 

 まるで今生の別れかの様なカミラの言い方に、魔王は僅かに狼狽えた。

 なるほど、確かにバルザークの言っていた通り、深く考えていなかったようだ。

 

「もしもの時のための変装ですよ。それでは、行って参ります」

 

 動揺を隠し切れない魔王の姿を見て、ほんの少し溜飲が下がったカミラは、素っ気なく返事をして魔王の部屋を後にし、街はずれの飛竜乗り場へと向かった。

 道中、オークと獣人の二人組と、冒険者らしき三人の人間が目についた。

 人間たちはオークと獣人を兄貴と呼び、対してオークと獣人は人間たちを兄弟と呼んでいる。

 五人は号泣しながら熱い抱擁を交わし、再会を誓っていた。

 カミラは来た道を振り返ったが魔王が見送りに来る筈もなく、涙ながらに別れを惜しんでくれる者がいる五人組を羨みながら、小さく溜息を吐いて再び歩き始めた。

 魔王と同じく、こちらも勢いで遠い旅を決意してしまったものの、一歩一歩踏み出す度に不安が胸中に募っていく。

 特に王妃の座を狙っている城中の女たちだ。

 悪い虫が付かない様に気を付けてくれとオフィーリアに頼んでいるが、その当人が結構な変人であるため、変な気を起こさないとも限らない。

 他にも竜王の娘という悩みの種もある。

 竜王に勝った魔王に惚れこんでしまい、事ある毎に家出しては魔王城に転がり込んで魔王に付きっ切りになり、一時も離れようとしない有様だ。

 

(私が留守の間に、乗り込んで来なければいいんですけど……)

 

 気分が晴れないままに飛竜乗り場に到着し、搭乗料金を払って牛ほどの大きさの竜に跨り、人類圏へと向けて飛び立った。

 小型な竜ながらも凄まじい速度で飛翔し、威容を誇る魔王城もほんの数分で景色の彼方へと消えて行き、魔族領と人類圏を隔てる巨大な谷を瞬く間に飛び越え、徒歩ならば一ヶ月以上はかかる距離だが、僅か数時間で国境付近の街へと到着した。

 魔族領の金貨と人類圏の通貨を両替して馬車に乗り込み、最寄りの大都市へと移動した。

 ここには主要都市を結ぶ転移門がある。

 古代の遺跡から発掘され人類が独占している技術で、門が繋がっている場所へは一瞬で移動できるものの、起動には膨大な費用が掛かるため、貴族や王族、高額な品を扱う豪商ぐらいしか使用することはできない。

 カミラが門の使用を頼むと、管理者は田舎者が身の丈に合わない驕奢に手を出そうとしていると思ったのか、小馬鹿にした態度で接してきたが、机の上に紙幣の束を置くと、即座に貴族の令嬢を相手にするかのように恭しく頭を下げた。

 管理者の現金な態度に呆れつつ、カミラは門へと案内された。

 ドーム状の建物の中心に、荷馬車一台が通れるほどの大きさの枠が設置されており、管理者が装置を起動すると、ガラスにヒビが入る様な音を立てて枠の内側が光り始めた。

 輝く門をくぐった先は、変わらずドーム状の建物の中だったが、外に出ると王都の街並みが待ち構えていた。

 既に日は傾いており、夕日が周囲を紅く染める中で様々な種族が街路を行き交い、露店商は熱心に客を呼び込んでいる。

 夜は近いが、活気に満ち満ちた街が眠りに落ちるのは、まだまだ先の様だ。

 

「本当に来てしまいましたね……」

 

 諦めがつかない様に独り言ち、重い足取りで宿へと向かった。

 バルザークが手配してくれた宿は、王都で最高級と謳われるだけあって貴族の屋敷顔負けの華美な作りで、ホールや廊下に飾られた絵画や彫刻は、それ一つで豪邸が建てられる程の逸品ばかりだ。

 宿の者が言うには、王都を訪れた貴族も王城の貴賓室よりも、ここに泊まることを好むことが多く、王族ですら訪れる事もあり、過去には勇者も泊まったことがあるそうだ。

 勇者に対して謎の敵対心を燃やしている魔王が聞いたら、どんな反応をするだろうかと考えながら部屋に案内された。

 室内の調度品も一流の職人の手による物だと一目で分かり、魔王城で使っている物よりも遥かに高額な品だ。

 魔王城に戻った暁には、魔王の外聞のためにも、より高級な品に入れ替えるべきだろうか。

 

「ま、いつ戻れるかは分かりませんけどね……。折角の機会だし、少しだけ羽を伸ばしましょうか」

 

 ベッドに身を横たえたカミラは、少し自棄気味に呟いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。