平和な世界の魔王は勇者と戦いたい 作:臨時定休日
ここ最近、城内の様子がおかしい。
正確には、カミラが旅に出てからというもの、城内の女たちがおかしい。
練兵場で兵士たちに交じって訓練をしていた際、休憩中に女兵士の何人かが、暑い暑いと言いながら防具を外して肌着のみの姿で魔王の近くで休み始めた。
酷い時には肌着すら脱ぎ、下着姿で己の体を見せ付けるかのように様々なポーズを取りながら、誰が魔王に相応しいかと尋ねてきた。
恥じらいのない奴等なんぞ自分に相応しくないと怒ると、誰が魔王の護衛に相応しいか聞いただけだと恍ける始末だ。
魔術師達の研究棟を訪れた際は、床や壁はおろか、天井にまで魔力を増幅させる術式が刻まれた魔法陣が描かれ、嗅いだことの無い怪しい香まで焚かれていた。
魔術師達から珍しい茶葉を手に入れたと茶を振舞われたが、不快なまでに口の中に残る甘さに加えて動悸と目眩が起き、更におかしなことに、一服盛ったであろう魔術師が魅力的に見え始めた。
異状を訴えると、解毒魔法をかけると言いながら小声で詠唱を始めたが、微かに聞き取れたそれは魅了の呪文だった。
またある時は、魔王が一人で入浴している時に何人かの侍女が浴場に乗り込んできて、背中を流すと言いながら服を脱ぎ始め、誰がいいかと尋ねられた。
慌てて全員を蹴りだし、入り口に結界を張って難を逃れたものの、就寝中に寝室に忍び込まれそうになったこともあった。
それからというもの、毎晩自室の入り口に結界を施す様になり、げんなりしながら眠りに就いていたある日、侍女と魔術師達が結託して、結界を打ち破ってまで侵入しようとしてきた。
女たちの侵入を阻むため、何重にも結界を張ることになり、魔王は結界や防護障壁の腕前が無駄に上達していった。
こうした女たちの奇行に、魔王は気の休まらない日々を送っていた。
そして今も――。
「魔王様、何読んでるんですか?」
書斎で本を読んでいると、紅茶と茶菓子を運んできた侍女が魔王の隣に椅子を置いて、遠慮無しに腰掛けて密着しそうな程に体を近付けて覗き込んだ。
「おい、くっつくなよ! 近すぎだ!」
「まあまあ、いいじゃないですか。うーん、難しい本読んでますねえ。こんなのより、一緒に恋愛小説とか読みませんか?」
「何が面白いんだ、そんなもん。全然興味が湧かないんだが」
「えー、残念。じゃあ、私と恋愛小説みたいな事を、体験してみるのはどうですか?」
侍女はページをめくる魔王の手に自分の手を重ね、耳元で囁いた。
女のあしらい方の分からぬ魔王は耳にかかる吐息に顔を赤くし、しどろもどろになりながら侍女から離れようと、椅子ごと体を後ろに退いた。
「はっ、離れろ馬鹿! 何考えてんだ!」
「そりゃあ勿論、魔王様ともっと仲良くなりたいなって思いまして」
侍女が両手で魔王の顔を包み、自らの顔を近付けたところで、突如入口の扉が乱暴に開かれ、魔王と侍女は同時にそちらに視線を向けた。
「あー、いたいた。魔王様ちょっといいですか? 少しお話が有るんですけど」
扉を破壊せんばかりの勢いで開いたのは、オフィーリアだった。
魔王はオフィーリアの姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
練兵場や魔術師棟を始め、今の様に魔王の身に危険が迫る度に、タイミングを見計らったかの様に現れることがしばしばあった。
魔王城の中でも最上位の変人だが、他の女たちの奇行に晒された魔王には、相対的にオフィーリアが常識人に見えていた。
「はいはい、貴女もこんなとこで油売ってないで、ちゃんとお仕事しましょうね」
窘められた侍女は渋々と立ち上がり、部屋を後にしようとした。
「それじゃ、魔王様また今度ゆっくり……」
「いやあ、なんか今日暑くないですか? 暑いですよね? うん、暑い暑い。暑いに決まってますよね」
部屋の外から魔王に声をかける侍女の言葉と姿を阻む様に、オフィーリアは背中の鴉の翼を広げ、バタバタと大きく音を立ててはためかせた。
机の上のポットとカップがガタガタと揺れて紅茶が零れ、開かれた本のページを濡らした。
「うわっ! 何すんだお前!」
「いえ、暑いから扇いで差し上げようかと思いまして」
魔王の苦情を無視して、悔しそうな顔の侍女が立ち去るまで、オフィーリアは羽ばたきを続けた。
「すいませんね、お楽しみのところ邪魔しちゃって」
「別に楽しんでなんかないぞ!? ベタベタされて鬱陶しかったとこだ! まったく、最近どいつもこいつもおかしいぞ」
惚けるオフィーリアに、魔王は顔を赤くして必死に反論した。
「そんなに困ってるなら、バルザーク様に相談したらどうですか? すぐにみんな大人しくなると思いますよ?」
「爺やは忙しいんだ、そんなことで手を煩わせられるか」
バルザークを気遣っているかの言い様だが、実際は女に付き纏われて参っていると泣き付くなど、魔王のプライドが許さないだけだった。
「それもそうですねえ。カミラさんが旅に出ちゃって、仕事が増えちゃいましたからねえ。私達も大変ですけど」
「……カミラはまだ戻らないのか?」
「人類圏に行って、まだ半月ぐらいですよ? もう少しかかるんじゃないですか?」
魔王は「そうか」と短く答えて、黙り込んだ。
「他にも居たでしょうに、どうしてカミラさんに視察なんて任せちゃったんです? しかも、御供も付けずにたった一人で」
人類圏の芸術や流行の推移を視察するという名目で送り出していたが、勇者と戦うための仕込みを命じたなどと明かすことなど出来る訳もなく、魔王は黙り込んだままだった。
「私も行ってみたかったなあ。美味しい料理食べて高いお酒飲んで、娯楽も沢山あって、今頃楽しんでるんでしょうねえ。良い男も沢山いるだろうし、向こうで良い人見付けてたりして。カミラさん美人だから、男を引っ掛けるのなんて簡単でしょうし」
オフィーリアの言葉に魔王の肩がピクリと揺れ、全身に不快な感覚が駆け巡った。
カミラの事は諦めたつもりだった筈が、カミラが旅に出て以来、胸に大きな穴が開き冷たい風が吹き抜けていくような感覚が消えなかった。
「あれあれ? やっぱりカミラさんの事が心配ですか? そりゃそうですよねえ、向こうで結婚なんてしちゃったら、こっちには戻って来ないかもしれませんしね。もしかしたら、旦那さんと子供を連れて遊びに来るかもしれませんけど」
「……別に。あいつが誰とくっつこうが、俺の知ったことじゃないし。それより、お前も無駄話してないで仕事しろよ!」
不安を煽ろうとしているのか、若干ニヤけた顔のオフィーリアに、魔王は不愉快そうに低めの声で答えると、足元の影が形を変えて鞭の様な触手と化し、オフィーリアの頭に振り下ろされた。
「うわっ! 危な!」
「あっ、こら! 避けるな! じっとしてろ!」
「嫌ですよ! 当たったら痛いじゃないですか! 暴力はんたーい!」
すんでのところで魔王の攻撃を避けたオフィーリアは、脱兎の如く書斎から逃げ出した。
魔王は胸騒ぎと苛立ちを抱えたまま、窓の外に目を向けて大きく溜息を吐いた。
「あいつ、今頃何してんのかな」
喧嘩が原因で半ば追い出す様な形で送り出した手前、今更カミラを呼び戻す命令も出せず、ただ待つことしか出来なかった。
―――
清々しく広がる青空の下、王都中心部の美しい街並みの中、カミラは浮かれに浮かれていた。
魔族領に居た頃には一度も味わったことの無い美食と、歌劇や演劇といった娯楽にすっかり虜になっていた。
魔王城の料理人も百年程前に人類圏で技術を学び、超一流の腕を身に着けたと聞いていた。
魔王の計らいで夕食の相伴に預かったこともあり、評判に違わぬ絶品に感動したものだが、王都では調理技術のが何段階も上を行っていた。
魔王城に戻った暁には、見習いの料理人を修行に出すよう、魔王に進言しようと決めていた。
歌劇や演劇も、一度は聴いたことのある古典も、演出家の新しい解釈によって改変された物も出回り、新鮮な気持ちで観覧でき、魔族領にはまだ伝わっていない新作をも目にすることが出来るため、楽しみが尽きる事は無かった。
しかし、そんな享楽の日々も終わりが近付いていた。
ベッドに腰を下ろしたカミラは、尽きかけた旅費を前に、腕を組んで唸り続けていた。
魔王城の財政に携わる職業柄か、何に幾ら使ったかを完全に記憶していたため、何度考えても計算が合ってしまう。
暴利を吹っ掛けられた訳でもなく、むしろ魔族領からの旅行者だからと値引きしてくれる店も多いほどだったため、それに気を良くして必要以上に出費を重ねてしまった。
宿に関しては、契約を一週間ごとに更新していたため、まだ数日は滞在できる。
しかし、その数日が過ぎれば今の宿では一泊すら出来ず、来週以降も人類圏に留まろうと思えば、宿のグレードを何段階も落とさなければならない。
帰りの転移門と飛竜の代金をも使い込めば、もう数日は泊まれそうだが、それでは魔王城に戻る事が出来なくなってしまう。
旅費が尽きる前に、魔王から帰還命令が下りるだろうと踏んでいたのに、そんな連絡は全く来ない。
追い出される様な形で送り出されたこともあって、魔王が帰って来いと泣き付くまで、魔王城に戻るという選択肢はカミラには無かった。
「この宿から離れるのも無念ですけど、仕方ないですね……」
自分も魔王も、互いに意地になっていることなど露知らず、カミラは安い宿を探すべく街へと繰り出した。
旅人が多く訪れる王都には宿も多く、運良く残りの手持ちでも一ヶ月は泊まれる宿が見つかった。
魔王城の自室と同じ程度に清潔で、食事も十分な質の物を摂ることが出来たが、最上の生活から一変したのは少々ストレスだった。
身に沁みついた贅沢という物は、なかなか抜けないらしい。
あとは魔王からの帰還命令を待ちながら、退屈な日々を過ごすのみ……だった筈が、一月が過ぎても連絡が来ず、カミラは少し焦り始めた。
「いざとなれば、馬車で飛竜乗り場まで行けばいいですよね……」
国境の飛竜乗り場まで馬車で移動すれば、それなりの長旅になるが、背に腹は代えられない。
転移門の代金を宿泊費に充て、カミラは足繫く郵便局へと通い続けた。
転移門と同じく古代の遺跡から発掘された遺物で、遠く離れた場所からでも文字だけを水晶盤に送ることが出来、それを紙に書き留めて配達するという仕組みだが、何かしらの連絡事項が届いていないかを直接見に来る者も多い。
魔族領にも共有されている技術であり、数少ない連絡手段だ。
祈るような気持ちで毎日確認に向かったが、カミラ宛の手紙は無かった。
――もう駄目だ。
最悪の手段として徒歩で国境に向かおうと、馬車代すらも宿賃に注ぎ込みながら待ち続けたが、このままでは飛竜の代金すらも使わねばならない。
そんなことになれば、魔王城までの道のりの全てを徒歩で行かねばならず、間違いなく途中で野垂れ死ぬか、魔獣や野盗の襲撃で命を落とすだろう。
人類圏に来る際に多額の金を持たせて貰った以上、バルザークに金の無心をする訳にもいかず、このまま指を咥えて無一文になるより、働いて稼ぐことに決めた。
とは言え、旅行者であるカミラが仕事を見付ける事は、容易くはない。
魔王城で上位の文官だったと言えど、人間の国で仕官することも、それに準ずる仕事に就ける筈も無い。
得意な治癒魔法で、怪我人から金を取って治療をするのも得策ではない。
人間が信仰している光の神の教会が、既にそういった商売を行っているからだ。
王に次ぐ権勢を誇る教会に目を付けられれば、一体どんなトラブルに繋がることやら。
冒険者に治癒の腕を売り込んで、依頼をこなせば手早く稼げるかもしれないが、命の危険が伴う荒事に手を出したくはなかった。
「うう……城では結構な地位だったのに、外に出れば何の役にも立ちませんね……」
カミラは嘆きつつも、唯一残された手段に賭ける事にした。
翌日、カミラは新しい服を買い、魔王城から持って来た道具を準備して夜の街へと繰り出した。
(それにしてもこの服……。少しぐらい値が張っても、もっと良いのを買うべきでしたかね。陛下以外の男に、余り肌を見せたくないんですけどね……)
店の主に勧められるまま、安さに釣られて買ってしまったが、妙に露出の多い服で不満しかなかった。
道行く男たちの視線を集めながら、街の中心部に近い広場で空いている場所を見付けた。
幸いなことに、商売をするに当たっての届け出などは必要無く、カミラ以外にも売り物を並べている旅商人が何人かいる。
絨毯を敷いて道具を並べ、口元を覆う薄いベールの付いたフードを被り、失せ物・尋ね人・吉凶を占う旨を書いた板を立てて腰を下ろした。
――まさか、本当に占い師の真似事をする羽目になるなんて。
ほんの少し前まで王侯貴族の様な暮らしをしていたのに、比べるべくもない程に落ちぶれた我が身を憐れみながら客を待った。
だが、人通りが多いにも関わらず、訪れるのは冷やかしと、下心を隠そうともせずに口説こうとする男ばかりだった。
値段が高いのか、そもそも占い自体に需要が無いのか、心が折れそうになりながら数日間を過ごした頃に、漸く転機が訪れた。
いつもの場所で、客を待ちながら通りを眺めていると、深刻そうな顔で行ったり来たりを繰り返している少女が目に付いた。
整った身なりで護衛を連れ歩いているあたり、貴族の令嬢のようだ。
「もし、そこの御嬢さん。何かお困りごとの様ですが、一つ占ってみませんか? 道が開けるかもしれませんよ?」
「私ですか? すみませんが、少し急いでまして……」
「お嬢様、いっそ占いに頼ってみてもいいのではないですか? このまま闇雲に探しても見付かるとは思えませんし」
少女は丁重に断ろうとしたが、お供は同じ場所を何度も行き来することに辟易しているようで、カミラに好都合な助け舟が出された。
「……では、このイヤリングの片割れがどこにあるか、分かりますか? 大事な祖母の形見なんですが、どこかで落としてしまいまして……」
「分かりました。それでは、まずお名前を教えて頂けますか」
パメラと名乗った少女にカミラは優しく微笑み、占い道具の中から取り出した、掌に収まる大きさの水晶を握らせ、自身の手を重ねて軽く魔力を流した。
手を開くと、水晶はパメラが生まれ持った生命力の性質を表わす薄い水色に変色しており、パメラの生まれ年や日にち、今日はどのような行動をしたかを尋ねた。
空を見上げ、水晶の色とパメラの生まれに当て嵌まる主星と副星、更に目的を示す星を紙に書き留め、位置と距離に合わせてカードを数枚引き、導き出された答えを告げた。
「そうですね……劇場に行ったと仰ってましたね? そこの劇場の入り口に立っている、衛士が持っていると出ています。その衛士自身も意図したものではないようなので、服のどこかに紛れ込んでいるのかもしれませんね」
「劇場はさっき確認に行ったんですけど……分かりました、もう一度行ってみます。それで、御代は?」
「劇場に行ってからで構いませんよ。それより、急いだ方がいいですよ。私の占いも、今の時点で幾つかある可能性の中から一番高いものを示しているだけで、固定された運命ではありませんからね」
少々怪訝そうなパメラを見送り、諦めの篭った溜息を吐いた。
やっとのことで掴んだ初めての客に内心では安堵していたが、占いで日々の糧を得る事の難しさに心が挫け、魔王との根比べに負けたのは悔しいが、明日には王都を発とうかと考え始めていた。
魔王に報告するでっち上げの内容と、尋ねられるであろう勇者の風貌に関して、どう答えるか頭を悩ませていると、先程のパメラとお供が息を切らしながら戻ってきた。
「ありました! ありました! 劇場から出た時に人にぶつかって転びそうになって、衛士さんに受け止めて貰ったんですが、その時に外れて装備に引っかかっていたみたいでして……。何とお礼を言えばいいのやら、本当にありがとうございました!」
余程大事な物だったのだろう、カミラが口を挟む間も無く一気に捲し立てた。
「それはようございました。それで御代ですが、二万でいかがでしょう?」
「そんなに安くていいんですか!? 倍の額でもまだ安いのに!」
一日の宿泊費と食費を賄える額で、少し強気な値段設定かと思ったが、占いの結果ありきとは言え裕福な家の者には格安だったようだ。
一度口に出した以上、値段を言い直す気にもなれず、最初に提示した額を受け取ると、パメラが両膝を突いて小声で尋ねた。
「ところで一つ伺いたいんですが、恋占いなども出来ますか? お願いしたいことがあるんですが」
「勿論出来ますよ。早速占ってみましょうか」
「あ、いえ、占って欲しいのは、私じゃなくて友達なんです。お節介かもしれないですが、悩んでるみたいなので力になりたくて。明日連れて来ますので、どうかお願いできませんか」
明日の朝には王都を出発しようと考えていたため、断ろうかとも思ったが、一日ぐらい滞在を伸ばしても構わないだろうと引き受けると、少女は何度も礼を言って去っていった。
翌日の夜、パメラが友人だという同年代の少女を連れてきた。
パメラの友人は訝しんでいたが、パメラはイヤリングの在り処を正確に当てた事を力説して、ここで占えばきっと告白も成功すると説き伏せた。
渋々ながら承諾したパメラの友人を昨晩と同じ手順で占い、想い人に告白するのに最適な日時と場所を告げると、結果を報告させて欲しいとパメラから頼まれた。
滞在が更に数日も伸びるのに難色を示したが、上手く行ったら礼をしたいのと、他にも客を連れてくるからと頼み込まれ、結局カミラが折れる事になった。
数日後、パメラの友人の告白が上手く行ったと報告があり、パメラの紹介で恋占いや逸失物を探す依頼が少しずつ舞い込んできた。
そのお陰か、よく当たる占い師と評判を得て、暫くは宿代の不安が無くなる程度には収入を得ることが出来た。
魔王と離れて寂しい日々を送っている自分が、他人の恋路の手助けを続ける事に疑問を覚え始めたある日、高額な品を運ばなければならないという商人が訪れた。
占ってみると凶兆が出ていたため、災いを避けるなら遠回りをして目的地に向かうか、最短のルートを通るならば腕の立つ護衛を雇うべきだと進言した。
すると、目的地に向かう途中に野盗の襲撃を受けたが、占いに従って傭兵を連れていたため返り討ちにでき、襲撃者の中にいた賞金首も仕留め、かなりの額の懸賞金を受け取れたそうだ。
商人のその話が変な風に広まったのか、冒険者や傭兵が賞金首の居場所を尋ねに来ることが増えていった。
何のために占いを続けているのか分からなくなり始めた頃、いつもの様に客を待っていると、二人組の人間が訪れた。
一人は白髪混じりの黒髪を首の後ろで纏め、整えた口髭を生やした壮年の男で、もう一人は二十代半ばぐらいの軽薄そうな金髪の青年で、どちらもただならぬ雰囲気を纏っていた。
道行く人々は、二人の行く手を塞がぬよう避けながら尊敬の眼差を送り、何人かの口から英雄様という単語が聞き取れた。
「よう姉ちゃん。ちょっとウチの大将の事を占ってくれるか」
「どうしてもって言うから何かと思えば、占いとはな。それよりクリス、もう少し丁寧な言葉遣いをせんか。いや、申し訳ありません。こいつは若さ故か、少々礼儀に欠けておりまして」
大将と呼ばれた壮年の男はフレデリックと名乗り、クリスと呼んだ青年を咎めたが、全く悪びれる様子は無い。
「いえ、お構いなく。ところで、どのような占いを御望みですか?」
「そりゃ勿論、ウチの大将が勇者になれるかだよ! 廃都から聖剣を持って帰ったり、勇者の救助をしたこともあるの、あんたも知ってるだろ? だから、いい加減に大将が勇者に選ばれてもいい筈だしな」
クリスはさも当然とばかりに捲し立てたが、人類圏に来て日の浅いカミラには要領を得なかった。
「ええと、すみません。魔族領から来て、まだあまり長くないもので。その廃都という所からは、聖剣が発掘されているんですか?」
「違う違う、そんなことも知らねえのかよ」
もしもその廃都で新たな聖剣が何本も発見されているなら、三人いると伝え聞いていた勇者が更に増えているのだろうか。
カミラの質問にクリスは呆れながら答え、講釈が始まった。
曰く、三十年ほど前にとある遺跡で、地下に広がる古代都市の入り口が発見され、廃都と名付けられた。
廃都では古代の財宝が多数発見されたが、勇者やそれに並ぶ腕前の冒険者たちでも命を落とすこともあるほど、危険な怪物が大量に跋扈しているそうで、探索は難航しており、今も一攫千金を夢見て挑戦するものが後を絶たないらしい。
この二人は何度も廃都に挑んでいるパーティのメンバーで、勇者や他のパーティが危機に陥っているところを救ったり、全滅した勇者パーティの亡骸から聖剣などを回収したこともあるそうだ。
それもあって、パーティのリーダーであるフレデリックは英雄と呼ばれるに至ったらしい。
「そんなに自慢することではないだろう。勇者が死んだのも、喜ばしい事でないんだぞ」
誇らしげに話すクリスに、フレデリックが辟易した様に咎めた。
恐らく、同じ自慢話を他の場所でも繰り返しているのだろう。
クリスの話を聞いている間に、好奇心に駆られたのか、通行人が何人か足を止めて様子を窺っていた。
「大将は謙虚過ぎるんだよ。まあ、そんな訳で、よく当たるって評判のあんたに、大将の事を占って欲しい訳だ。今の勇者の誰よりも、大将の方が相応しいと思うんだよな。勇者になれないにしても、何かデカい事を成し遂げるに違いないしさ、もっと自分が凄い人だって自覚して欲しいもんだ」
「やれやれ、すみませんが一つ頼みます。こいつは一度言い出したら、なかなか引き下がりませんので」
愛想よく微笑んでいつもの手順で占いを始め、武勲を示す星を元に導き出した結果に、カミラはつい眉を顰め、およそ起こり得ることの無さそうな結果に、口を噤んで考え込んだ。
「……すみません、少し手順を間違えまして。もう一度やり直してよろしいでしょうか?」
フレデリックに断りを入れて再び占うも、カードを無作為に切っているにもかかわらず、全く同じ結果が出たことにカミラは動揺した。
普段は二度も回数を重ねれば、違った結果が出るものだが……。
「おい、姉ちゃん。黙ってないで早く教えろよ。さっきと同じカード引いてっけど、こりゃどういう意味なんだ?」
「何か良からぬ結果でも出ましたかな? 凶兆だとしても、気遣いは無用ですよ」
「それが……驚かないでくださいね? 今回の占いでは魔族領を治める王、魔王と戦うと出ています」
勇者と戦いたがっている魔王がこの占いの結果を知ったら、どんな反応をするだろうか?
フレデリックが魔王と戦うならば、知己であろう勇者も共に戦いに参じるのだろうか?
それはつまり、人間と魔族の間で戦争が起きるということなのか?
何よりも大事なのは、どちらが勝利を収めるのかだ。
万が一にも魔王が負けて、命を落とすようなことがあれば――。
最悪の結末が過ぎったカミラは、これを魔王に報告するべきかどうか、頭の中で目まぐるしく思考が巡り、フレデリックに正直に占いの結果を教えるべきかという考えが抜け落ちてしまい、ありのままを伝えてしまったのだった。
「はぁ? なんだそりゃ。そんな御伽話みたいな話がある訳ねえだろ。しょうもねえ、こりゃ大ハズレだな」
「ふふ、はっはっは。友好関係にある国の王と戦うなど、出来れば外れて欲しいところですな。ほら、これで満足しただろう? ところで、お前は占わなくていいのか?」
「俺はいいよ。どんな結果が出ても、大将以外の奴の下に付くつもりは無いしな。占うだけ時間と金の無駄だよ」
期待していた結果が出ず不満そうなクリスとは対照的に、端から占いなど信じていなかったのか、フレデリックは笑い飛ばしたが、足を止めていた何人かの野次馬がひそひそと言葉を交わしているのを見て、カミラは失態を演じてしまったかと内心で悔いた。
フレデリックとクリスが去っていくと、野次馬もそれに合わせて方々へと散っていった。
「ええ、本当に……どうか、どうか的中しませんように……」
フレデリックが人混みの中に消えて行った方向を向いたまま、消え入りそうな声でひとりごちた。