エンデヴァー逆行物   作:デッテユー

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一話

これは俺の罪だ。

決して拭えない、消してはいけない十字架。

 

忘れてなんていなかった。

 

俺が昔トレーニングで使っていた場所で燈矢は焼けて死んだ。

炎は二千度を超えていて、遺体は残らなかった。

 

辛うじて見つかったのは下顎部の一部だけ。

 

それでも当時の俺は探したんだ、必死で。

 

お前を。

 

 

『荼毘!!』

 

死柄木との戦闘の終盤にやつはギガントマキアと共に現れた。

ヴィラン連合の連中も一緒に。

 

状況は一気にこちらが不利な方向へ傾いていく。

 

『酷えなぁ、そんな名前で呼ばないでくれよ。俺には燈矢って立派な名前があるんだから』

 

そんな最中、ギガントマキアの上から荼毘が俺を見ながらそう告げる。

その言葉、その名前に状況を忘れて固まった。

 

あいつは、何を言っているんだ。

 

『顔はこんなになっちまったが、身内なら気付いてくれると思ったんだがなぁ』

 

違う、そんなはずはない。

この男が、息子の、燈矢なわけがない。

 

やつは固まる俺を楽しそうに見ながら踊る。

 

『どうしたらおまえが苦しむか、人生を踏みにじれるか、あの日以来ずぅぅぅぅぅと考えた!』

 

『自分がなぜ存在するのか分からなくて、毎日夏くんに泣いて縋ってたこと知らねぇだろ』

 

『最初はおまえの人形の焦凍が大成した頃に焦凍を殺そうと思ってた!でも期せずしてお前がNo.1に繰り上がって俺は、お前を幸せにしてやりたくなった』

 

荼毘が笑う。

 

『念願のNo.1はさぞや気分が重かったろ!?』

 

『世間からの賞賛に心が洗われただろ!?』

 

『子供に向き合う時間は、家族の絆を感じさせただろ!!?』

 

『未来に目を向ければ正しくあれると思っただろう!!?知らねぇようだから教えてやるよ』

 

燈矢が嗤う。

 

 

 

 

『過去は消えない』

 

 

 

『ザ!!自業自得だぜ!!!さぁ一緒に堕ちよう轟炎司!!地獄で俺と踊ろうぜ!!!』

 

 

 

 

 

息子の言葉が頭から離れない。

そうだ、燈矢の言う通り、全て俺のせいだ。

 

オールフォーワンとの戦いの後、俺の前に現れた燈矢と共に俺は死んだ。

周囲を巻き込み自爆する燈矢をつれて上空に上り、そして。

 

それが俺が燈矢に出来る精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・すまない燈矢。

 

・・・・すまない、冷。冬美、夏雄。

 

 

……焦凍。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ここは?」

 

目が眩むような眩しさを感じ、ゆっくりと目を開ける。

 

開いた視界に映るのは先ほどまでいた荒廃した戦場、ではなく見慣れた俺の家だった。

 

「・・・・どういうことだ?俺は燈矢と一緒に焼かれて死んだはずだ」

 

燈矢の自爆、あれは爆発すれば途方もない被害が発生するほどの威力。

 

熱に耐性のある俺でさえも耐えられず、当然生きているはずもない。

 

なのになぜ、今俺はここにいる。

それも戦場でも、病院でもなく、家の中に。

 

「・・・・傷もなくなっている」

 

オールフォーワンにつけられた傷がなくなっている。

いやそれどころか、身体全体の様子がおかしい。

 

俺の身体なのか?あまりにも若すぎる。

 

手のしわ、身体の線、どれも二十代前半のものだ。

自分の身体を見回し、あまりの変化に戸惑う。

 

何が起こっている。

ここが地獄だとでもいうつもりか?

みんなはどうなった?オールフォーワンとの戦いは。

 

「・・・・炎司さん?」

 

「っ!!?」

 

背後から自分以外の声が聞こえ、反射的に振り返る。

そして固まった。

 

「・・・・冷、なのか?」

 

振り返った先にいたのは冷だった。

だが、その姿は俺の知っている現在の冷の姿ではなかった。

 

俺が追い詰め、病院に隔離させてしまった妻。

燈矢が自分の正体を俺に告げた後に久方ぶりに再会した。

俺のせいで病んでいると確信していたが、再会した冷は強い瞳で俺を見ていた。

その様子があまりに違っていた彼女に固まってしまったが、今の彼女はあの時とはまた違う。

 

表情や雰囲気じゃなく見かけが違う。

あまりに若すぎる。

 

俺の目に映る彼女は俺と初めて出会った頃の、20歳になったばかりの冷だった。

 

「はい。大丈夫ですか?うなされていたようでした」

 

「あ、ああ」

 

こちらを見る彼女になんと言えばいいかわからずそんな言葉とも言えない声が漏れる。

 

そして彼女の、俺に対して()()()()()()()()()()()()()()に晒され、耐えきれず視線を下に落とす。

 

「・・・・」

 

混乱する頭の中でなんとか今ある情報から現状を割り出す。

 

よく見れば家の様子も違う、これは随分前の新築の頃のものだ。

傷の消えた俺の身体、そして若い肉体。

若い頃の冷。

 

「・・・・すまん、今は何年の何月何日だ」

 

「えっと」

 

俺の質問に冷は戸惑いながらも答えてくれる。

そして告げられた日付。

 

それは俺の知っている日から25年も前の日付だった。

 

 

 

 

俺の罪深い行いを何も知らない冷に対してどう対応していいかわからなかった俺は自身で立ち上げた事務所へとやってきた。

 

・・・・いや違う。怖くて逃げだしたのだ。

No.1ヒーローのくせに我ながら情けないな。

 

「・・・・」

 

自身の事務所のデスクで情報を漁る。

情報を集めれば集める程、今俺がいる時代が過去であることがわかる。

 

夢?いや痛みは感じる。

何者かの個性による幻覚?それにしては精度が良すぎる。

 

ならば、本当に過去に戻ってきたとでもいうのか。

 

何のために。そしてなぜ俺が。

 

「・・・・まさかやり直せとでもいうつもりか」

 

眉間に皺を寄せ、歯を噛み砕く勢いで噛み締める。

やり直す?そんなことが許されるはずがない。

 

『過去は消えない』

 

 

『俺を見ろよエンデヴァー、俺を、見ろよ!!』

 

『あの子はあなたに見てほしいのよ』

 

『俺はヒーローの世界しか見せられない』

 

『・・・・ヒーロー?逃げてるだけじゃないの・・・・』

 

「・・・・」

 

無意識に握り締めていた拳から炎が漏れる。

俺は確かに死んだのだ。燈矢と一緒に。

 

一緒に地獄へと落ちるはずだった。

今度こそ燈矢を一人にしないと、地獄だろうとどこだろうと傍で見続けると。

 

なのになぜ俺はこんなところにいる。

 

 

 

さっさと地獄に戻れ轟炎司。

 

 

 

「・・・・そうだ、燈矢が待ってる」

 

手に熱を集中する。

これで自身の首を焼き切ればすぐに死ねる。

 

 

十分熱が溜まったのを感じ、ゆっくりと指を首に近づけていく。

近づくにつれて手から放たれる熱気が首を焦がす。

 

やがて首に指が触れ。

 

「エンデヴァーさん!出動要請です!!桜木町三丁目付近でヴィランが出たとのことです!!」

 

「・・・・」

 

いきなり開いた扉からスタッフの一人が駆け込んできたようだ。

首に指がかかる手前の状態で止まり、スタッフの話を聞く。

 

「え、あの、エンデヴァーさん?どうかされたんですか?」

 

「・・・・何でもない、すぐに向かう」

 

「お願いします!すでに二名の怪我人が出ており、救助員も向かっています」

 

そう言ってスタッフが走って部屋を後にする。

スタッフが部屋を去った後、もう一度熱を込めた手を近づける。

 

そして首に触れる。

到達した指の熱で首の皮膚が焦げていく。

 

あともう少し力を込めれば熱耐性のある俺でも死ぬ。

 

その力を込め・・・・。

 

「・・・・ふー」

 

指を離す。

 

そしてもう一度首に指をかける寸前を何度も行き来し、やがてゆっくりと降ろす。

 

・・・・死にたい、死ぬべきだ。

 

俺自身が犯した罪への責任。

必ず裁かなくてはならないことだ、他ならぬ俺自身の手で。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・だが、その前にやらなくてはならないこともある。

 

すまない、燈矢。

 

その声を聞いた以上、無視するなんてことは出来ない。

 

過去だろうと、夢の中だろうと、幻覚の中だろうと関係ない。

 

ヴィランから一般市民を救う。それがヒーローの責務なのだから。

 

「・・・・いいだろう、地獄に落ちる前にやるべきことを終わらせていくとしよう」

 

もしここが本当の過去の世界なら、未来から来た俺の知識は重要な価値を持つ。

 

この知識を信頼できる者に託せば何十万人という人を救うことが出来る。

せめて、それだけはしなくては。

 

 

頭の中で伝える内容と相手について整理しつつ俺は救援のあった場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「急にお邪魔してしまい申し訳ありません」

 

「いいや構わないさ。君は僕の生徒でここは君の母校なんだ。いつでもお邪魔していいんだよ」

 

任務を早急に片づけた俺はその足で母校である雄英高校へと行き、ここの長である根津校長に会っていた。

 

信頼が出来、未来の知識という情報をうまく扱ってくれる人物、かつ未来の話という信憑性の低い情報を信じてくれる人。

 

これらの条件で考えた結果、俺の頭の中に現れたのが彼だった。

雄英高校校長にして俺の恩師。

そして、ネズミにして個性「ハイスペック」に目覚め、人よりも遥かに高い知能をもつ。

 

彼ならば俺の情報をもっともうまく使ってくれるだろう。

 

だったのだが。

 

「・・・・なぜおまえもいる」

 

俺は根津校長の横に立つ巨漢に思わずそんな言葉が漏れる。

そんな俺の言葉を受け、やつは、今となっては懐かしさすら感じるあの笑い声を見せる。

 

「ハーッハッハッハ!!私が、君には呼ばれてないけど校長に呼ばれたから、来た!!!」

 

「帰れ」

 

「いやー君から大事な話があると聞いてから、僕の野生の勘が彼を呼ぶように囁いてね。忙しいところを無理に来てもらったのさ」

 

「・・・・まぁいい。どっちにしろお前にも共有しなければならない内容だ」

 

むしろ俺の知る事件の全ての中心にいる人物だからな。

校長経由で伝えればいいと思っていたが、いいだろう。

 

「それで、重要な話とは」

 

「オールフォーワン」

 

「っ!!?」

 

俺の言葉にオールマイトが反応する。

それを見ながら俺は続ける。

 

「そしてお前の持つワンフォーオール。今の俺はお前たちの関係をお前以上に知っている」

 

「・・・・説明してくれるかい?」

 

想像以上の内容だったのか場の雰囲気が一気に変わる。

そんな中で俺は伝えるべき情報を二人に告げる。

 

「俺は今から25年後までの未来の記憶を持っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・オールフォーワン、死柄木弔にヴィラン連合か、随分とひどいことになっているようだね未来は」

 

数時間にもおよぶ俺の説明に二人は真剣に付き合ってくれた。

俺の記憶にある全ての内容を話した。

 

大きな事件の一連の流れから関わる人物。

オールフォーワンと死柄木弔について。

オールマイトとデク、緑谷出久について。

 

そして、荼毘と俺が家族に行ってきた非道の行い。

 

それら全てを。

 

「・・・・信じてくれますか」

 

突然やってきて未来の出来事だという内容を告げる男。

そんな男が前にいたら俺はとりあえず疑ってかかるだろう。

 

しかし校長は頷く。

 

「もちろんさ。君は嘘をつくような人じゃない。それに嘘や妄想にしてはあまりにも情報の内容が細かすぎる。君は知っているはずもない情報も把握しているしね」

 

「私も信じるよ・・・・なにより嘘にしておくには君が教えてくれた内容はあまりにも重要で、危険だ」

 

2人とも俺の話を真剣に取り合ってくれた。

そしてだからこそ今部屋の雰囲気は深刻だった。

 

「私はオールフォーワンとの戦いで負傷し、やがて引退。そして次の後継者に緑谷出久という少年を選んだのか。そしてその彼を命がけの戦いに臨ませて私は見物・・・・なんと情けない」

 

心から悔しそうに拳を握り締めてそう吐くオールマイト。

そんなやつに心を痛めながら校長が口を開く。

 

「でも彼が伝えてくれたことでその未来は変わるさ。君はまだオールフォーワンと戦っていないのだから、その先の未来はまだ決まってない。より良いほうへ変えることが出来る」

 

「ええ、緑谷少年を守るのはもちろん。死柄木弔・・・・お師匠のお孫さんを奴の手からすぐに守らなくては」

 

「うんまぁ聞いた話から逆算してまだ生まれてないかな。でもご家族の保護は重要だね」

 

守ると意気込むオールマイトだったが校長の言葉でそうだったっ!と項垂れる。

そんな奴を励ましながら校長は言葉を続ける。

 

「でも今すぐ動くべきことはいくらでもあるよ。特に早く動くべきなのは「ドクター」殻木球大、オールフォーワンの協力者の捕縛だ。聞く限り彼は危険すぎる。明日にでもヒーローを集めて捕まえるべきだ」

 

「・・・・明日ですか、いくら何でも早すぎませんか?それでは病院の避難やヒーローとの連携に支障が出てしまいます」

 

校長の言葉にオールマイトがそう返す。

確かにやつの言葉にも一理ある。焦って行動し、ドクターを取り逃がしてしまえば目も当てられない。

そんな俺たちの思考を校長は否定する。

 

「遅いくらいさ。エンデヴァーが未来の情報をもってきてくれて私達は知ることが出来た。だったら敵側にも未来の情報を持った何者かがいてもおかしくない」

 

「っ、なるほど、確かに十分あり得る話だ」

 

そうか、確かにその通りだ。

校長の言葉を聞いてすぐに思い至らなかった自分を恥じる。

 

なぜ未来から来たのが俺だけだと思った。過去に戻った原因がわからないんだ、冷静に考えれば複数人いても何らおかしくない。

 

「だから相手に逃げられる前に速攻で動き対処するべきだ。そしてそこからの相手の動きによって敵側が未来の情報を知っているか分析できるしね」

 

「・・・その通りですね、わかりました、すぐに動きましょう」

 

「うん、学校の先生たちにも協力をお願いするよ。準備は僕に任せてくれ」

 

2人が俺が出した情報から動き始める。

 

あいつさえ捕まえることが出来れば脳無が生まれなくなり、個性の複製もこれ以上できなくなるだろう。

オールフォーワンにとっては突如として自身の右腕を奪われるに等しい。

 

・・・・これで、俺の役割は終わりだ。

あとはオールマイトに任せれば終わらせるはずだ。

 

ヒーローとしての責務は果たした、ならば後は罪を犯した父親としての責務を果たさなくてはならない。

 

「エンデヴァー、いや炎司くん」

 

部屋を後にしようと踵を返した俺を校長が呼ぶ。

 

「・・・・なんですか」

 

「君はこれからどうするつもりなんだい?」

 

 

「・・・・ひとまず妻の冷とは離婚する予定です。話した通り、俺といては不幸になるだけですので」

 

どうせ過去に戻るのなら籍を入れる前にしてほしかった。そうすれば彼女の歴に傷をつけることもなかった。

だが、残念ながら過去に来た時点ですでに籍を入れて同棲もしてしまっている状態だった。

 

だから離婚し、慰謝料を十分払う。金さえ貰えば冷の実家は何も言わないだろう。

 

それさえ終われば後は。

 

「死ぬつもりかい?」

 

「・・・・」

 

さすが校長だな。俺の考えはお見通しか。

いや過去を語った時の俺を見れば誰でも察するか。

 

「もともと俺は未来で死んでいます。だから、いるべき場所に戻るだけです」

 

「・・・・エンデヴァー。君の過去は聞かせてもらった。だが私は」

 

「・・・・慰めはいらん。これは俺が犯した過ちだ」

 

何か言おうとするオールマイトを黙らせて今度こそ踵を返す。

そんな俺の背中に再び校長が言葉をかける。

 

「どう行動しようとそれは君の自由さ。それで君の気が済むのならそれでいいと思う、けど僕から一つ忠告をさせてほしい」

 

「・・・・」

 

校長の言葉に答えずドアノブに手をかける。

もういい、何も言わないでくれ。どんな言葉をもらおうと俺には過ぎたものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が死ぬということは、当然君の息子、娘も生まれない。君の言っていた燈矢くんたちは存在することもできなくなってしまうんだ」

 

 

「―――――――っ!!?」

 

燈矢、冬美、夏雄、焦凍。

 

俺が死ねば、彼らはこの世界に存在しなかったことになってしまう。

その事実に全身に冷水を浴びせられたかのように震えだす。

 

「君の覚悟は本物なんだろう。そんな君にこんなことを言うのは酷だと思う。けれど、せっかく過去に戻れた今、君がやるべきことは本当に死ぬことなのかい?」

 

 

「っっ!!?だがっ、そうしなければ燈矢が一人になってしまうっっ!!」

 

俺が、俺が子供の頃の燈矢を見ていなかったから、あの子を荼毘にしてしまった。

全て俺のまいた種だ。

 

だから今度こそしっかり見ると誓ったのだ!なのに、こんなっ!

 

「・・・・どうして俺なのだ。なぜ俺なんかを過去に戻した。こんな間違え続けた男を戻したところでまた間違えるだけだというのに」

 

オールフォーワンとの戦いを止めるために過去に戻したとするなら俺以外に適任者などいくらでもいたはずだ。

 

あのまま燈矢と一緒に死なせてほしかった。

それならこんなところで悩む必要なんてなかったのだ。

 

「現状どうして君が過去に戻ったのかはわからない。身体は未来の状態ではないのなら記憶だけがこっちに来たということになる。なら君の肉体と魂はすでに地獄にいる可能性もあると言えないかい?」

 

「・・・・」

 

「一度ゆっくり考えてほしい。ずるいことを言って君を引き留めてしまったけど僕は大切な生徒に死んでほしくないよ」

 

「・・・・失礼します」

 

扉を開けて部屋を後にする。

俺の背中を二人は今度こそ無言で見送った。

 

 

 

 

「・・・・どうすればいい」

 

死ぬべきだ。だが、俺が死ねば燈矢たちは生まれなくなってしまう。

存在そのものがなかったことになる。

 

それは、それだけはだめだ。

 

だが今の俺に、死ぬ以外の何をすれば償いになる。

 

罪を償うと決めてから、家族と向き合った。

 

憎まれるのを受け入れ、冬美、夏雄とも話し合った。

 

燈矢が荼毘だとわかってから、燈矢の憎しみを正面から受け止めるつもりだった。

 

だが、今はそれが出来ない。

 

今は過去だ。俺の罪を知り、憎むものがいない。

償うべき相手がいないのだ。

 

『過去は消えない』

 

燈矢が言ったその言葉は正しい。ずっと消えない、これから死ぬまでずっと償い続けると思っていた。

 

だが、消えてしまった。

俺の犯した過去がなくなってしまった。

 

俺はどうすればいい?

 

・・・・誰か、誰か教えてくれ。

 

「・・・・」

 

1人無言のまま歩く。

横に建つ店の鏡に自身の姿が映る。

 

ひどい顔だ。

ヒーローのくせに情けない、誰かに救いを求める顔をしている。

 

「パパー!だっこー!!」

「はいはい、しょうがないなぁ」

「わーい!!」

 

目の前を親子が通り過ぎる。

子供の方を見れば、幸せそうに笑っていた。

 

燈矢、焦凍も、冬美、夏雄もあんな笑顔をしたことはなかった。

 

俺の記憶の中にある息子たちはみな、泣いて苦しんでいる姿しかない。

 

・・・・再び会って、罪を償いたい。

燈矢達が笑顔で、俺以外の家族全員が幸せな光景を見たい。

 

 

・・・・それを作ることが、今の俺にできる償いなのだろうか。

 

「……だとしても、それは俺一人で決めていいことではない」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・今戻った」

 

家に到着し、扉を開けて玄関をくぐる。

すると奥から足音が聞こえ、程なくして冷が姿を現す。

 

「おかえりなさい。夕食の準備は出来てますけど、すぐに食べますか?」

 

「・・・・ああ」

 

「わかりました。それと、その手のものは」

 

頷いた冷が俺の手に持つ袋に視線を向ける。

その声を聞いて、俺は袋の中から買ってきた物を彼女へと見せる。

 

「・・・・花の苗、ですか?」

 

「・・・・そうだ」

 

袋から取り出したもの、それはいくつかの花の苗たち。

それらを見て冷は首を傾げる。

 

そんな彼女を見ながら俺はなんとか言葉を紡ぐ。

 

「・・・・これから二人でこの花を育てていきたい」

 

「――――え?」

 

「・・・・前に、花が好きだと言っていただろう。花束も考えたが、苗にすれば毎年咲いてくれる。それに、これなら二人で一緒に出来ると思ったんだ」

 

「・・・・炎司さん」

 

「・・・・冷、聞いてほしいことがある」

 

俺は買ってきた苗を下に置きながら彼女に伝える。

自身の思いを、そしてこれから行うことを。

 

「・・・・俺は罪深い男だ。自分の醜い野望のためにお前を娶り、子供を産ませ、その子供に自分の野望を押し付けた」

 

「・・・・はい、存じています。私はそれをわかってあなたと結婚しました」

 

「・・・・」

 

彼女と俺の間で認識は違っている。

俺はすでに過ちを犯した。だが、彼女の中ではそれはまだ行われていない。

だが、ここで俺が未来で行ってきたと言っても、それは彼女を混乱させてしまうだけだ。

 

俺の自己満足に終わり、ただただ彼女にいらぬストレスを与えるだけ。

 

・・・・未来のことは伝えない。

だからといってなかったことにはしない。

 

「俺よりもお前を幸せにできる男はそれこそ星の数ほどいるだろう。望むならすぐに離婚し、そちらの実家に十分な金を払うことを約束する」

 

「そ、そんなっ、離婚だなんてする気は」

 

「・・・・冷、お前は優しく責任感のある女だ。だから家のためとはいえ好いてもない俺と結婚させてしまった、本当に申し訳ない」

 

「・・・・」

 

彼女に向かって頭を下げる。

きっと彼女は困惑しているだろう、昨日まで自分から仲良くなろうなどとしなかった男がいきなりこんなことをしてきたのだから。

 

しかし、これだけは伝えておかないとダメだ。

 

「これまで嫌な思いをさせてしまっただろう。だが、それでもどうか、俺に一年ほど時間をくれないか」

 

「・・・・え?」

 

「これから先の一年、俺はお前のために出来る限りを尽くして幸せにする。もちろんこの一年が終わってもだ。そして一年後、お前が俺と一緒になってもいいと思ってくれたのなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の子を産んでほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

再び頭を下げる。

 

俺一人の力で再び息子と娘に会うことなんて出来ない。

どうしたって冷の協力が不可欠だ。

 

だが、冷が望まないのに無理やり子供を産ませるなど、俺にはもうできない。

 

だから。俺が出来るのはこれから先、一生をかけて彼女がずっと笑っていられるように努力していくぐらいだ。

 

二度とあんなことは起こさない。二度と、過ちは犯さない。

 

「一年後、俺との生活が無理だと感じたらすぐに離婚手続きをし、慰謝料も払う。二度と近づかん。だからどうか、俺にお前の時間をくれないか」

 

 

「・・・・」

 

 

頭を下げたまま数秒待つ、しかし返事が返ってこない。

不安を覚えつつゆっくり頭を上げて冷に視線を向ける。

 

すると。

 

「―――――っ!」

 

顔を真っ赤にした冷の姿がそこにあった。

 

「・・・・ん?」

 

全く予想していなかった表情に思わず困惑し声が漏れる。

そんな俺を見て冷は赤くなった顔を手で隠しながら横に顔を逸らした。

 

「・・・・冷?」

 

「あ、いえはいわかりました。一年ですね。はい大丈夫です」

 

「・・・・そうか、ありがとう。これから努力させてもらう、今まで冷一人にやらせていたことはこれからは俺も手伝わせてくれ。出来ることは一緒に行いたい」

 

了承の言葉をもらい安堵を覚えながら息を吐く。

そんな俺に冷は未だ頬を染めながら口を開く。

 

「・・・・では、食事の後に早速いいですか?」

 

「ああ、何でも言ってくれ」

 

出来ることは何でもするつもりだ。

真剣な俺の表情を見て冷は小さく笑う。

 

 

 

 

 

「買ってきた苗を植えるための土と鉢を、一緒に買いに行きましょう」

 

 

 

 

「・・・・ああ、そうだな。一緒に行こう」

 

冷の笑顔に合わせ、俺もぎこちなく笑う。

 

これが、俺が犯した罪の償いになると、そう信じて。

 

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