「志村転弧」
一瞬で僕を連れ去った男を見つめる。
・・・・何も見えなかった。
受けた一撃のダメージは回復している。
しかし、それでもオールマイトを超える一撃が身体に刻まれた。
瞬きの合間にタルタロスから随分と離された。
今は何もない空の上、下には海があるだけ。
戦いには最適な場所に移動させられたか。
「マキア達は倒してきたのかい?」
「いや、倒してないよ」
「おいおい、残ったヒーロー達に任せてきたのか!それは彼らを見殺しにしたのと同義だぜ」
揺さぶりをかねて軽口を叩く。
しかし、僕の言葉を受けても彼は微笑みを崩さない。
「大丈夫、燈矢君がいるから」
「エンデヴァーの息子、いや現エンデヴァーか」
志村転弧の目からは心配の色は全くといいほど見えない。
よほど轟燈矢を信頼しているようだ。
・・・・まぁいい。
彼がこちらにやってきてくれたのはありがたい。
この力は時間制限付きの回復手段。
エンデヴァーの記憶から探り上げた複製の力。
日本に戻ってきてから手に入れた力ゆえに使いこなせるまでの時間がなかったのが残念だった。
けど、ここに至っては関係ない。
僕の想定通りに動いてくれればこの身体はもう必要ないんだから。
まずは弱らせる。
「君の場合、全力で殺しに行くくらいがちょうどいい」
新秩序はもう使えない。
あれはコピーの個性で疑似的に複製したもので時間制限つきだった。
それもオールマイト達との戦闘で過ぎた。
ここから残りの個性で戦う。
身体が焼け溶けるほどのレーザーを溜める。
それと同時に背骨を伸ばし露出させ、そこにも同じように力を溜める。
「遅いよ」
その言葉が耳に届いた時には、僕は吹き飛ばされていた。
その衝撃に溜めていた力はかき消され、露出していた背骨は砕かれる。
速い、なんてものじゃない。
これが変速か。
先ほどオールマイトが真似していたのよりも遥かに速い。
目で追えない。
衝撃反転を使う暇もない。
だったら感覚器官を強化し、さらに吸着で僕とくっ付けて動きを止める。
個性が発動すると同時に再び志村転弧の攻撃が走る。
衝撃が走るが即座に回復する。
そして、僕の思惑通り身体をくっつけ、っ。
「黒鞭で拳と腕を覆って」
吸着したのは腕を覆っていた黒鞭のみ、しかもそれもすぐに消されて止めることは出来ていない。
狙いを読まれた、危機感知か?
「レーザー+拡散+鏡+屈折」
周囲にレーザーを展開し志村転弧の動きを誘導する。
感知系個性を総動員してもなお捕らえることが出来ない。
これが変速の力だと?あまりにも変わり過ぎている。
エンデヴァーの記憶ではこの力は見ることが出来なかった。
だが緑谷出久が使用していた他の個性を見た限り強化されていようと知れていると判断していたが、これほどの強化は想定外だ。
・・・・だが結局は個性。
力自体を無効化してしまえば関係ない。
海外のマフィアの中にいた個性。
自分を中心に個性を無効化させる空間を作り出せる。
視界には映らないそれを回避は出来ない。
いくら危機感知があろうとこれを展開し続ければ身動きが取れなくなる。
「・・・・何かを展開したみたいだね」
姿を現してそう呟いた彼だったが、関係ないと言わんばかりにこっちに向かってくる。
そして個性を無効化されるフィールドに何のためらいもなく入った。
なのに。
「・・・・どういうことかな?」
個性無効化の影響を受けていない。
まったくこちらの技を意に介することもなく僕へと迫る。
「っ、どの個性の効果だそれは!」
再び吹き飛ばされながら攻撃を行う。
僕でさえこの個性やイレイザーヘッドの抹消を受けてしまえば個性は使用できなくなる。
なのに志村転弧はそれを弾いている。
こんなことが出来る個性なんて過去の継承者の中にはいなかった。
まずい、一撃一撃が重すぎる。
これでは一気に回復が進み僕の存在が消えるリミットがどんどん早まってしまう。
『オールフォーワン、気づいていないのか?』
志村転弧の背後から死人たちが姿を現す。
その中には弟の姿もあった。
気付いていない?何を言っている。
『教えてやるよ。これは戦いじゃない』
『戦いになんてならねぇよ、実力が違いすぎるからな』
志村奈々、万縄大悟郎の二人が言葉を発し、そして駆動が引き継ぐ。
『これは彼による一方的な蹂躙だ』
◇
オールフォーワンと私の孫である転弧。
二人の戦いが始まる。
『転弧君』
転弧に与一さんが語りかけてくる。
目の前にいるオールフォーワンをじっと見つめながら。
『君はこうして戦っている間も兄さんを助けたいと思ってるんだね』
その言葉に彼は頷く。
転弧の感じた気持ちは私達にも同じように伝わってくる。
だから彼は本気でオールフォーワンを助けたいと思っていることがわかってしまう。
今のオールフォーワンは微笑みを消し無表情で転弧を見ている。
その艶のない白い瞳からは何の感情も読み取れず私にはあいつが助けを求めているとはとても思えない。
「僕には彼と小さい時に会った時から変わらず寂しくて悲しんでいる人に見えるんです」
そう言って転弧は言葉を続ける。
助けたい、手を伸ばしてあげたい。
でも、この人を救うにはもっと彼について知らなくてはならない。
だから、この戦いの中でそれを知ると。
「危機感知」
放たれる一撃はまともにもらえば致命傷なものばかりで、かすりでもしただけでダメージが入る。
見た限り今のあいつは無限に再生することが出来るみたいで自分の身体への反動を無視して攻撃を仕掛けてくる。
自壊するほどの威力を広範囲にばらまく。
反射や跳弾を使い、奴の意思が介入しない攻撃も織り交ぜてきている。
普通なら完全には避けきれない。
だけど、転弧には避影さんの危機感知がある。
『いやこれはもはや危機感知ではない』
その言葉と共に避影さんが現れる。
そしてオールフォーワンの攻撃に反応して危機感知が働く。
・・・・きっと今、彼の頭の中にはこれから起こる未来が映っていることだろう。
避けなければどうなるか、それを映像で確認できる。
その未来で攻撃の軌道を知り、それを現実へとアウトプットし、転弧は致死量の攻撃を軽々と躱す。
「・・・・反射や跳弾に僕の敵意や害意は混ざっていない。なのにどうして完璧に避けられる」
その言葉に彼は微笑みで答える。
避影さんの言う通り、発展した危機感知はもはや感知の域を超えて予知に足を踏み入れている。
危機予知という言い方が正しい。
「変速」
個性を使用して再び超高速の世界に足を踏み入れる。
変速は使い続ければ反動でしばらく呼吸が出来なくなる。
だけど、今の転弧は短時間に限り反動無しで変速を自由に使うことが出来るようになった。
時間が来たら約1分のインターバルが経てば再び使用可能。
これで一気にオールフォーワンの力を削り取る。
「ワンフォーオール100%+変速+発勁」
これらの組み合わせによる加速は音を置き去りにし残像を残す。
奴の目に見えるのは残像の転弧だけだろう。
「・・・・っっ!!?」
衝撃が奴の身体を突き抜け、声を上げる間もなく吹き飛んでいく。
そして空中を転がりながらこちらを睨むオールフォーワンは口を開く。
「今のお前たちの個性はエンデヴァーの記憶、そして僕の記憶ともまるで違う。どんなカラクリがあるのかな?」
「カラクリなんてないよ、全部おばあちゃんたちの個性の力だ」
そう言って彼はワンフォーオールと変速と発勁による超加速を発動する。
確かにカラクリなんてない、個性を強化するアイテムや個性なんて使用していないんだから。
ただただ単純に転弧が私達の個性の可能性を引き出しただけ。
例えば発勁。
本来、一定の動作を繰り返すことで運動エネルギーを一時的に蓄積、放出することが出来る個性。
これは腕や足などで使用、そこの部分にエネルギーを溜めて力を一時的に増大させるものだった。
それを転弧は修練によって解釈を拡大。
例えば呼吸。息を吸い、そして吐き出すという同じ動作。
例えば目の瞬き。 目を開いて、閉じるという同じ動作。
例えば心臓の鼓動。血液を送りだすために同じリズムを刻み動いている。
他にも人の身体は様々なことを常に一定の動作を無意識下で行っているものだ。
それら全てに転弧は発勁の力を当てはめ、生成したエネルギーを全身に流し強化している。
つまり今の発勁は発動してしまえば常に身体能力全てを向上させることが出来る個性となった。
『今の転弧は常にリスクなしで150%の力で動いてくる。この時点で俊典を超えてる』
ここからさらに駆動さんの変速が乗るんだから、本当に我が孫ながら恐ろしい。
『いや志村、お前の個性も十分ヤバいからな』
『ですね。あとこれ、俺の煙幕と先輩の黒鞭の出番ほぼないっすね』
私の隣に万縄さんと煙さんが現れる。
二人の個性も転弧によって力を引き出されているけれど、確かに出番は少なそうだ。
『やっぱ血が繋がってるからお前の個性が一番転弧と相性がいいのかもな』
『・・・・そうですね』
万縄さんの言葉に頷く。
本当に、転弧には感謝しかない。
ワンフォーオールの宿命を背負い、こうしてオールフォーワンとの決戦をし、そして息子の狐太郎とも。
◇
私達が転弧の中に宿ってからしばらくの時が過ぎた。
ワンフォーオールの継承者となった私の孫は抱いた夢に向かって走り出した。
現実世界では空彦と俊典の指導を受け、夢の世界では私達が指導する。
それによって普通の人の倍の時間を訓練に当てることが出来た。
だが転弧はまだ子供、学校もあるし家族との時間だって大切なもの。
――――そう家族。
『・・・・』
家の中で黙々とパソコンで仕事に励む息子を見る。
転弧がそう望んだからなのか、あるいは私が望んだからなのか。
彼が力を習得するにつれ、不思議と家の中くらいなら私は自由に行動できるようになっていった。
これじゃあ幽霊そのものだ。
『・・・・狐太郎』
彼の名を呼ぶが当然反応なんて返ってこない。
弧太郎は私がここにいることにすら気づいていないだろう。
一度転弧から私のことを弧太郎に伝えると言われたが断った。
今更死人の私の話題を出してもしょうがない。
それに知ったところで私の姿は見えないし話せもしないのだから。
『・・・・』
息子の机には私の写真、そして最後に送った手紙があった。
それを見て拳を握り締める。
謝りたいこと、伝えたいことがいっぱいある。
けれどそれは私の我儘でどうしようもないこと。
そもそもこうして息子とそして孫たちの姿を見れただけで十分すぎるくらいなんだ。
溢れそうになる気持ちをしまい込み、時を過ごしていった。
そこから日が経ち、転弧が力にだいぶ慣れだしたと思い始めた時のことだった。
『・・・・グラントリノ、ちょっとやってみたいことがあるんだけど』
『ん?なんだ?』
空彦との修行の最中、急に転弧がそう言いだした。
そして空彦に何かを話し、彼の手を握る。
すると私達に、いやワンフォーオールに変化が生じた。
『これは、譲渡!?』
転弧がワンフォーオールを譲渡しようとしている!?
身体にかかる感触からそう推測し、慌てて彼を止めるべく動く。
しかし、感じていた譲渡の感覚は途中で止まる。
いや、停滞している?そんな感覚だ。
『転弧!何で空彦にワンフォーオールを渡そうと』
『・・・・志村、か?』
『っ!?』
その声に思わず空彦の方へ向く。
すると彼は明らかに私の方を見ていた。
『み、見えるのか私が、空彦』
『ああ。うすぼんやりとだが、声ははっきりと聞こえるぞ』
『・・・・もうちょっと調整かな』
私達の言葉を聞いた転弧がそう呟く。
すると再び譲渡の感覚が発生し、止まる。
『・・・・驚いた、完全に見えるようになったぞ』
そう言った空彦と今度こそ目が合う。
どういうことか理由を聞こうと転弧に目を向ける。
『おばあちゃんをみんなに見えるようにしてあげたくて、与一さん達に相談したんだ。そうしたら譲渡を途中で止めて共有状態のようにできれば姿くらいは見えるようになるかもって言われて』
『聞いた時は半信半疑だったが、まさか本当に見えるとはな。お前は変わってないな志村』
『・・・・まぁ死んでるからね。空彦は老けたな、ていうか縮んできてるぞ』
『うるせぇ』
お互いに軽口を叩き合う。
まさか、空彦ともう一度話せる日が来るとはね。
『これは俊典の奴が驚くぞ、いや泣くな確実に』
『……私としては気まずいけどな。最後の別れ方があんなんだし』
二人とはワンフォーオールとの決戦時で終わった。
私は二人に後を託し、殺されてしまった。
それなのにこうして二人に会っているんだから気まずいのは当然だ。
『・・・・おばあちゃん』
その声でそちらを向けば真剣な表情の転弧がいた。
転弧はじっと私を見つめながら口を開く。
『お父さんと会って話してほしいんだ』
『――――っ』
その言葉にないはずの心臓が跳ねる。
固まる私に構うことなく彼は話し続ける。
『僕がヒーローを目指す上で最初に助けたい人、ううん助けなきゃいけない人はきっとお父さんなんだ』
『・・・・転弧』
『でも僕じゃお父さんは救えなくて、おばあちゃんしかお父さんは救えない』
その言葉に私は何も言えず俯く。
空彦が見えたんだ、狐太郎だって見えるようになるだろう。
息子と話せる。
望んでいたことなのにいざ実現すると身体が震え始めた。
『・・・・志村』
空彦が俯く私の名を呼ぶ。
弧太郎が私に会えばなんて言うだろう。
きっと喜んだりはしないよね、怒るだろうか、幻覚だと信じてもくれないかもしれない。
いやもう会いたくもない、よね。自分を捨てたお母さんなんかに。
『オールマイトが言ってた。傷ついた家族を癒すのは家族の仕事だって、だからおばあちゃん、お願い。お父さんを助けてほしい』
『――――っ、うん、そうだよね。これは私のやるべきことだ』
転弧に任せていいことなんかじゃない。
ヒーローとしてじゃない、家族として、母として向き合わないといけないことだ。
『私が、遅れてやってきた!!!』
私が決意を固めていると空から俊典が飛んでくる。
それに気が付いた転弧があいつのところに走り手を伸ばす。
『ん?いきなり私の手を握ってどうしたんだい?転弧少年』
『あ、スッと通る。けど譲渡は無理みたい、オールマイトが僕に渡したからなのかな?』
『というよりすでにワンフォーオールの中にいるからだろうね』
転弧の中には炎のようにゆれゆらと揺れる俊典の姿があるのを私達は知っている。
でも私の姿は見えるようになったのか、声に反応して俊典がこちらを向く。
そして信じられないようなものを見るような目で私を見つめていた。
『お、お師匠!!?な、なぜお姿を!?いえ、転弧少年の傍にいることは知っていましたが見えなかったはず』
『転弧のおかげで一時的に見えるようになったのさ』
『・・・・そうですか、っっお師匠』
状況を理解した俊典は目に涙を浮かべ始める。
それを見ながら私も彼に近づく。
『会いたかったよ俊典、私も直接お前に言いたいことがあったんだ』
『お師匠!私は』
声を震わせる俊典に私は笑みを浮かべる。
ついでにこめかみに血管も浮かべる。
『お前はなんで、まだ身体の出来上がってない私の孫にワンフォーオールを渡してんだ?俊典?』
『・・・・』
私の言葉を聞いた俊典は感動で震えていた身体を一瞬で止める。
そして今度は別の感情によって身体を震わせ始めた。
『そ、それにつきましては大変反省しており、ただあれは不幸な事故というか決して故意に彼に渡したわけではなく』
『いいから正座しろ』
『・・・・あの、ここは公園で、人目につきますしお師匠は他の人には見えませんので周りからは私が公園のど真ん中で一人正座している状況になってしまうのですが、それはあの、ちょっと平和の象徴として、というか大人として』
『・・・・』
無言でさらにこめかみに血管を浮かべる私を見て無言で正座を始める俊典。
それを転弧と空彦が離れたところで見ていた。
『えっと、グラントリノ止めないの?』
『まぁ、あの光景もある意味で平和の象徴みたいなもんだ。俺らは修行を続けるぞ』
離れていく二人を見て密かに助けを期待していたのか俊典の顔に絶望が浮かぶ。
そして、私の怒鳴り声が公園に響いた。
◇
「・・・・さっきまでのオールマイトとエンデヴァーが可愛く見えてくる」
攻撃を放ちながらオールフォーワンは口を開く。
その攻撃を転弧は危機感知で躱し、煙幕で自身の姿をくらませる。
そして透明な煙で自身を包み、その姿をくらませる。
さらに幻影の煙幕を作り出し、偽物の自分どころか周りの景色にさえ嘘を含ませていく。
「っっ!!」
攻撃を空ぶらせたオールフォーワンに強烈なカウンターを決める転弧。
即座に回復されるがその表情には苦悶が浮かんでいた。
度重なる転弧の攻撃でオールフォーワンの姿は様変わりしていた。
私達の知る奴はそこになく、そこにいたのは子供となったオールフォーワンの姿。
「・・・・」
再び奴の身体から透明な膜のようなものが広がり転弧を飲み込む。
何らかの効果があるであろうそれをくらうが彼に変化は見られなかった。
「やはり効果はないね」
奴が期待した効果が見られずため息を漏らすオールフォーワン。
そして奴は転弧ではなくその横に浮かぶ私に目を向けた。
「これは君の力のせいかな?志村奈々」
『・・・・』
探るように聞かれたその言葉に私は答えず、代わりに歯を見せて笑う。
ああそうだ、お前の攻撃の影響を転弧が受けていないのは私の個性の力だ。
お前の攻撃は転弧に届くまでに浮かんで空に消えてちまってるのさ。
私の個性『浮遊』。
自身を浮かび上がらせる、ただそれだけの力だった。
ワンフォーオールの力で強化されようとその効果は変わらない。
変わらない、はずだった。
「汚染+空気を押し出す+ポイズン+放出」
その言葉の後に奴の身体中から紫色の煙が漏れ、それを全方位に勢いよく押し出してきた。
どう見ても毒だな。
『うわ、俺の個性と似たことしてきやがった』
奴の攻撃を見て煙さんが嫌そうな顔でそう呟く。
その顔に焦りはない、なぜならあんな攻撃は転弧に効かない。
避ける必要すらない。
毒の煙が転弧に近づいた瞬間、その煙は転弧の周りだけを避けるようにその動きを上へと変える。
それを見てオールフォーワンがその力の正体を確信に変える。
「・・・・攻撃に浮遊の効果を与えて自身に接触する前に上に浮かばせているのか」
そう、それが新たに獲得した浮遊の力。
これは何が原因なのかはわからない。
私と転弧が血縁関係だからなのか、奴に奪われた転弧の個性因子、その残滓の影響なのか。
原因はわからないがこの力はあらゆる攻撃から私の孫を守ってくれる。
これほど嬉しい力は他にないよ。
「ワンフォーオール全個性解放」
全ての個性を同時発動させた転弧、それらを束ね強烈な力を拳に宿し奴にぶちこむ。
たとえその攻撃を受けたとしても奴は回復する。
だが、その回復は発動しなかった。
・・・・いや、正確には回復の速度が遅くなっている。
『俺の変速で奴の個性を遅くさせたか』
奴の変化に駆動さんが口を開く。
それだけじゃない、奴自身の動きすらも遅くなっている。
今の奴は身動きできず個性もまともに発動できない。
さらに変速の効果が切れればその反動が奴に襲い掛かる。
・・・・これで奴は終わりだな。
変速の影響を受けた奴はこちらを睨むわけでも慌てるわけでもなく落ち着いた様子で自身の身体を確かめ、そして笑った。
「僕の負けか。はは、ここまで惨敗だと笑えてくるよ」
そう言って笑うオールフォーワンに転弧は。
「・・・・初めてあなたと出会った時からずっと考えていたんです」
「へぇ、何をだい?」
「どうすればあなたを救えるのか」
決着がついたと判断した転弧は構えを解いてそう口を開く。
その言葉にオールフォーワンは笑みを浮かべる。
そして駆動さんの個性で遅くなった腕を転弧に向ける。
「君が僕のものになってくれればいい。そうすれば僕は救われる」
「・・・・」
その言葉に転弧は口を閉じる。
そして、じっと奴を見つめながら再び口を開いた。
「やっぱりあなたは普通の人だ」
「・・・・またそれか」
「うん、何度でも言うよ。あなたは一人が寂しくて大好きな人と一緒にいたいだけのどこにでもいる普通の人だ」
そして転弧は言葉を続ける。
初めて奴と出会った後、転弧は与一さんから奴の話を聞き続けていた。
二人の昔話を、駆動さん達からも。
そうして考え、今、転弧は一つの結論を出す。
「あなたを助けるのに特別なことなんていらないんだ。差し出された手を掴んで傍にいる、それだけのことだった」
そう言った転弧は向けられた手を掴むために奴に近づく。
『転弧、わかってるんだろう?ここがナイトアイが言っていた運命の終着点だ』
「・・・・」
私の言葉に転弧は答えない。
続いてみんなが口を開き言葉を伝える。
『奴のやりたいことはわかってる』
『オールフォーワンを、奴の個性をお前に与えるつもりだろうな』
『それで転弧を乗っ取るつもりだろうね』
みんなの言葉に私も同意する。
ナイトアイから聞いた未来の情報、そして俊典から聞いた別の未来の転弧の様子。
それを含めて考えれば、奴がしようとしていることがつかめた。
まさに今、ナイトアイの言う未来の通りに動いている。
そしてこの先に待っているのは転弧の。
『転弧くん、兄さんを助けたい気持ちは伝わってくる。けれどあの手を掴むことでどうなるかは君もわかっているんだろう?』
「・・・・うん」
『だったら』
「それでも、誰かが掴んであげないと。誰かがヒーローになってあげないとダメなんだ」
『・・・・』
そう言って死を知ってなお転弧は進んでいく。
最初からわかってた、転弧は止まらないって。
今までだってずっと転弧はこうしてきた。
オールフォーワンだから特別なことをしているんじゃない。
転弧はみんなに対してこうなんだ。
『・・・・綺麗ごとは嫌いじゃない。俺たちの出来ることをしていくぞ』
駆動さんの言葉に全員が頷く。
そして、転弧がオールフォーワンに接触した。
「・・・・なぜ僕の手をとる。僕の狙いはもう割れているというのに」
「ヴィランも助けられるヒーロー、それが僕の目指しているものだから」
そう言って微笑む転弧にオールフォーワンは無表情でその艶のない瞳を向ける。
今奴の心には何があるのだろう、悪意を向けてもなお、失わない優しさを前にして。
「・・・・初めて会ったよ。ここまでバカなヒーローにはね」
そして、悪意が、個性が、奴の心が譲渡された。
「・・・・っ」
転弧の顔は苦悶に歪む。
力を渡したワンフォーオールの身体は変速が解けたのか瞬く間に小さくなっていき、やがてその姿を消した。
だが、渡された力は転弧の中に入り込み、私達の前に現れる。
『兄さん』
『・・・・ああ与一』
入り込んだ奴は無表情のままこちらを見つめる。
いつでも戦闘できるように私達は構える。
しかし、オールフォーワンはいつまで経っても動き出すことはなかった。
その様子を不審に思い声をかける。
『随分とやる気のない表情をしてるじゃねぇか』
『実際ないからね』
その言葉に全員が眉を顰める。
私達の反応に奴は小さくため息を吐く。
『志村転弧、彼にわからされた。僕は魔王なんかじゃないと』
圧倒的な力で支配をしていた魔王は、さらなる圧倒的な力によって捻じ伏せられた。
それは奴が生まれてから初めてのことだった。
『全力を出し切った上でかすり傷一つつけられず、こっちはズタボロにされ、おまけに情けまでかけられた。これのどこが魔王だと言うんだ』
『・・・・』
『・・・・これが虚無感か。与一、こんな気持ちはお前を失った時以来だよ』
『その割には転弧の身体で派手に暴れてるじゃねぇか』
今もなお苦しんでいる様子の転弧を見て万縄さんが睨みつける。
それに対し奴は何でもないかのように口を開いた。
『僕は何もしてないさ。単純に彼の身体が個性の負荷に耐えきれていないんだ』
『っ!そういうことか!』
奴の言葉に今の現状を理解する。
ワンフォーオールは無個性の肉体に馴染む。
個性のある肉体ではワンフォーオールの力に耐えきれずやがて亀裂を生み崩壊してしまうんだ。
そして転弧の身体に個性が、それもオールフォーワンというワンフォーオールに匹敵する巨大な力が入りこんできた。
だから今、転弧の身体が悲鳴を上げているんだ。
『なんとかしたいかい?だったら僕と一つになるしかない。因子を融合させワンフォーオールと僕を一つにするんだ』
そう言って微笑むオールフォーワンを睨みつける。
何がやる気がないだ!しっかり転弧の身体を狙ってるじゃねぇか!!
「・・・・っ」
現実世界では転弧の口から血が漏れ、空中から落下を始める。
浮遊の力を維持できなくなったのか、まずい、誰か転弧を!
「っっ!!転弧!!!」
落下する転弧に向かって聞き慣れた女の子の声が届く。
その女の子の登場に私は思わず叫ぶ。
『華!!』
転弧の姉である志村華。
その個性は私と同じく空に浮かぶ力。
その力を使い彼女は落下する転弧を泣きながら受け止めた。
その横には華の力で同じく浮いているレディ・ナガンもいる。
彼女は転弧の様子を見て顔を歪ませる。
「くそ!遅かった!!」
『華!!私の声が聞こえるか!!』
「っ!?おばあちゃん!!どうしよう転弧がっ!!」
『わかってる!今私達がなんとかしてる!お前たちは転弧に声をかけ続けろ!』
私達はどうにか奴を追い出そうと奴に向かうが、奴自身はやる気がないのかあっさり捕まる。
『っ!!どうにかこいつを、個性を破壊することができれば!』
「っ!?うっぁ、こ、個性が」
『華!!』
急に華の個性が消える。いやこれは、奪われた。
ワンフォーオールの力が暴走しているのか!
個性がなくなったことで浮遊できなくなり落下が始まる。
下は海面、この高所からの落下エネルギーを受ければただではすまない。
「っっ転弧」
華は転弧を抱きしめる。
その横でレディ・ナガンはこの状況を打破する方法を考えているが個性を奪われ動けない。
私もどうにか浮遊の力を使えないか試すが発動してくれない。
やがて海が迫り、接触する寸前。
「・・・・っ、く、雲?」
空に浮かぶ雲が転弧たちを受け止めていた。
本来受け止めるどころか突き抜けるはずの雲が。
「この個性は」
状況をいち早く察したレディ・ナガンは新たに生まれた気配の場所に目を向ける。
つられて見れば、そこには
「白雲くん!?」
「こんにちは志村さん!すごい色々あって飛んでというかワープしてきました!もちろんみんなも!」
そう言った後、黒い渦から複数の人間が姿を現す。
全員見たことがある者ばかり。
その中の一人を見て、華が目を見開き口を開く。
「ナイトアイ!!」
「・・・・華、転弧の状況は」
巨大な雲が作りだされ、それに着地したナイトアイたちが転弧に近づく。
その時にオールフォーワンの力の暴走で個性が奪われることを言うが彼らは一切に気にせずやってくる。
『華、転弧の状況を説明する』
私は華を通してこれまでのことと今の状況を説明する。
そして話を聞いた全員がその状況の悪さに顔を歪ませる。
――――
「・・・・私の、これまでの行動は無駄ではなかったということか」
そう言って彼はポケットから何かのケースを取り出す。
そのケースの中から赤い弾丸のようなものを手に取る。
「ナイトアイ、それはなんだ」
レディ・ナガンの質問に弾を見つめながらナイトアイが答える。
「・・・・個性消失弾と呼ばれるものだ。私が担当していた事件のヴィランが作成していた物になる」
その効果を聞いて私は驚く。
まさに今必要な力だった。
「なるほどな。だがそれで消えるのはオールフォーワンの個性だけなのか?もしかしたら転弧の個性も」
「・・・・ああ、それに先ほど奪われたという君たち二人の個性も消えるかもしれん」
レディ・ナガンの言葉に頷き、彼女たちを見ながらそう口を開くナイトアイ。
それに対し彼女達はそんなことはどうでもいいと告げ転弧を見る。
だが華が心配そうに私へと目を向けてくる。
その表情を見て察した私は笑う。
『やってくれ。私らは大丈夫だから』
これで私達が消えたとしても悔いはない。
現状これが転弧を救うことの出来る唯一の手立て。使わない手はない。
華の言葉を聞いて頷いたナイトアイが弾を転弧に近づける。
そして弾が転弧に触れる寸前。
「・・・・待って」