トリニティ総合学園パソコン研究会   作:ヤキブタアゴニスト

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第二話 混沌の始まり

 

「なにか大変なことになってるわね。どこも混乱してるみたい。」

 

部室の真ん中に置かれた机に突っ伏した万里小路ヒサコが呟く。視線の先には壁にかけられた大型のディスプレイがあり、そこには連邦生徒会長の失踪とそれに伴う混乱が映し出されていた。各自治区がそれぞれ順番に映し出されており、どこか不穏な雰囲気がカメラ越しに伝わってくる。

 

各自治区のトップたちも行動を決めかねているようで、下手をすれば行政機構が麻痺しかねないために慎重に行動しようとしているようだ。ヒサコもナギサから呼び出しがかかっていたものの、今は動くべきではないと意見したまま部室にとどまっていた。その後トリニティにあるパソコン研究会製の各種システムから吸い上げた情報によると、正義実現委員会の副会長、羽川ハスミが状況把握に動いたらしい。

 

 

 

そんな中にあってはパソコン研究会のメンバーもキーボードを叩きつづけており、この部室にヒサコの愚痴に答えるものはいないし、ヒサコ自身返事があるとは思っていない。皆忙しそうにディスプレイを見つめているのだ。

 

 

 

「掲示板にものすごい量の書き込みが… 一時的に書き込み頻度を制限してその間になんとかサーバのほうを… その前に、スレの数を制限しないと」

 

匿名掲示板を運営するナナコは、混乱から情報を求めて集まってくるユーザーの対処に追われている。色素の薄い髪をぼさぼさにしながら、次々生じる高負荷によるトラブルへの対応を続けていた。しかし、不安と不確実な情報が絡み合って大きくなっていく今の掲示板はまさしく飛躍の時であった。同時に荒らしも増えつつあり、運営の方向性が試される難しい時期に差し掛かっていた。

 

 

「これは新たな陰謀論の予感!D.U.の銀行は危険なので安全なこちらに口座を移して下さい。って感じで行くのが良さそうかな?経済危機が迫ってますっていって証券巻き上げる方が手っ取り早い?迷っちゃうなー」

 

詐欺師のサエは煽りに煽られた不安を使って新たなるカモ集めに必死になっていた。落ち着くまでがある意味で勝負なので、次々とカモを釣り上げる施策を打っていく。この時までに貯めに貯めた個人情報の束に向かって連射攻撃を仕掛けていた。手数で勝負するために、適当なヘルメット団まで使って詐欺を行い、振込先をいじってその収益を盗み出すということまでしていた。

 

 

「今ならサンクトゥムタワーが乗っ取れると思ったのに… この先は私じゃ難しそう」

 

 

九重ユウキはここぞとばかりに連邦生徒会長がコントロールしていたサンクトゥムタワーに侵入を試みていた。しかし、ごく一部の区画の権限を手に入れただけで、その先には辿り着けていない。とはいえ、普段ならば対処されるような攻撃に対しても反応が遅い。密かに探していた脆弱性を突き回りながら次の一手を模索する。連邦生徒会長がいないとはいえ、彼女の残していったセキュリティは一人の生徒が攻略するにはあまりにも強大だった。

 

 

 

「えっ、エデン条約がーー!私の楽園はどこに行ったんだーーー!何故だーー!」

 

 

肝心の会長たるリリアは連邦生徒会長の失踪によってエデン条約の成立が遠のいたことを嘆いていた。もとよりお互いにソリが合わない両校であるし、共通の外敵がいるわけでもない。外からの大きな力がない限り締結は期待薄だろう。そして、エデン条約が発動しないとなれば、当然それに向けた新システムの開発も御破算ということになる。リリアの壮大な夢は早くもその全貌が破綻していた。

 

 

「こうしてはいられない!諸君!!我々は今からD.U.に行って連邦生徒会長を捜索するぞ!」

 

とぶち上げるものの

 

「サーバの増設で手が離せないので…」

「カモが食いついたここからが大事なんです!」

「流石は連邦生徒会長です。ここまで隙がないと、逆に挑戦しがいがあります。」

 

とあっさりにべもなく断られる。彼女たちは元来部屋の中の民。危うきに近づかないことには自信があるのだ。

 

 

「ヒサコ!お前は来てくれるよな!」

 

そして、リリアは最後の希望に目を向ける。相棒たる彼女なら来てくれるはずだと。

 

「私は連邦生徒会長が戻ってくるかの賭けのオッズを決めないといけないから忙しいの。1人でいってらっしゃい!」

 

 

しかし、現実は無情だった。ヒサコは長年の経験からこうなったリリアの面倒くささを十分すぎるほど理解していたので、適当すぎる理由でそっけなく突き放す。

 

リリアは泣きながら1人で走り出した。

 

 

 

 

 

「会長、行っちゃいましたね。」

 

作業が一段落したところでユウキが口を開く。その声色には困惑と不安が込められていたが、それに対してヒサコは冷静に答える。

 

「まあ、大丈夫でしょう。会長はなんだかんだ丈夫なのよ。」

 

ユウキとナナコの二人は首を傾げているが、サエは面白いものが見えると期待してユウキに近くのカメラを乗っ取らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリアは悲しかった。

エデンの園、そこでは男も女も身体中あらゆる場所を曝け出す楽園であったという。その名を冠したエデン条約、それはトリニティという強烈な規制だらけの校風がゲヘナとの合併によって一新される可能性を秘めていた。その上、エデン条約機構の基幹システムに潜り込んでしまえば、取り締まり側の裏を覗き見ることが出来る。その計画の根幹は両校を強力に制御する連邦生徒会、その中核たる連邦生徒会長が必須なのだ。

 

その連邦生徒会長は消えた。消えてしまった。

既にエデン条約に反対する勢力はトリニティにも多い。そもそもトリニティ生は誰しもふんわりとしたゲヘナへの敵意を持っている。それらを強調し、主張としてまとめ上げれば多くの生徒から積極的もしくは消極的な賛意が得られるのは至極当然のことだった。そして、ゲヘナでもそれは同様に起こるのだろう。そうなればエデン条約の中核たるETOは感情的反発だけで容易に有名無実化もしくは消滅させられることは明白だ。

 

降って沸いた耳寄りな話が吹き飛んだ。リリアの状況を冷静に分析すればその程度の事だったのかもしれない。しかし、リリアにそれを受け止められる余裕はなかった。

 

 

リリアは吠えた。そして走った。

 

最近ETO周りで忙しかったがゆえに、いろいろ発散できていなかったリリアは感情を爆発させていた。

 

 

 

 

 

無我夢中になっていたのだろうか。どうやって来たのかは分からないが、トリニティにいたはずのリリアはいつのまにかD.U.の外れまで来ていた。

 

いつもは静謐なはずのD.U.もここ最近はにわかに騒がしく、ところどころで銃声と爆発音が轟く。連邦生徒会長の失踪が明らかになり、縮こまっていたはずの不良生徒はヴァルキューレの動きが悪いと見るや否やあちらこちらで抗争を始めていた。一瞬にして悪化した治安は連邦生徒会長の存在の重みを如実に表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長、D.U.まで行っちゃってます。それに、周囲で不良生徒が暴れています!!」

 

一方その頃、リリアが飛び出したあとの部室ではサンクトゥムタワー攻略に飽きて来たユウキがリリアの居場所を監視カメラを使って確認していた。リリアの近くのカメラを随時攻撃し、それらを繰り返すことで居場所を追ったのだ。位置情報を使う方が早くないかとサエは思ったが、ユウキの鮮やかな攻撃の連鎖を前にしてそれを言うタイミングを失っていた。

 

ユウキのディスプレイに映し出されたのは銃弾が飛び交う街中を平然とフラフラと歩くリリアの姿。トリニティの制服を着ている上に小学生にも見えるその容姿は不良に対して襲ってくれと言っているようなものだと言えた。まさにカモがネギを背負ってきたようなものに見える。

 

「大丈夫よ、打たれ強さだけは信頼できるわ。」

 

しかし、それに対してヒサコの反応は無に等しい。そして実際、よく見るとカメラ越しのリリアには時々銃弾が当たっているものの、特に効いた様子もない。銃弾に当たりながらもトボトボ歩く姿は大分不気味であり、いっそ異様とも言える光景だ。いくら撃っても効果がないことを悟ったのか、はたまた単に気味悪がったのか、いつのまにか不良たちもリリアの前からどいて道を開けていた。

 

そして、自然とリリアの足はある建物の前で止まることになる。D.U.外郭に存在する大きなビルはその主が到着するまでの間に物色されようとしていた。

 

足を止めたリリアの前には狐のお面をつけた1人の少女が佇んでいた。不良の壁を押し開いて歩いてきたリリアはいつの間にかとんでも無いところに迷い込んでいたのだ。

 

ここまでは不良を無視しながら歩いてきたリリアだったが、ここは流石に相手が悪いと言うしかない。

 

「ふふっ、あなたもここに用事があるようですね。でしたら手加減は無用ですね。」

 

 

「えっ、いや、えーっとっ?」

 

 

訳もわからないリリアに、お面をつけた少女、孤坂ワカモが襲いかかる。銃を取るそぶりも避けるそぶりも見せないリリアに対し、先手必勝とばかりにワカモが銃を向ける。手始めに放たれた銃弾は額から僅かにそれてリリアの頬に命中する。

 

 

「あいてっ!何すんだ!」

 

そのあたりの不良ならば当たれば一撃で昏倒しかねない強烈な攻撃だったが、リリアを怒らせる程度で目に見えるダメージはない。

 

突然撃たれたことに驚いたリリアもすかさず銃を構えるが、狙いを定めさせるほどワカモは甘く無い。一撃で沈めることができない相手にワカモは警戒しつつ、次弾を装填する。ワカモは銃の取り回しに手間取っているリリアの後ろに回り込むと、後ろから今度は下半身に叩き込む。

 

バシンッツ

 

「ひゃんっ!」

 

臀部に当たった弾丸にリリアは痛がると言うより可愛らしい悲鳴を上げる。今度もお尻をさするリリアはダメージを受けているようには見えないが、よく見るとスカートが少し破けている。

 

 

攻撃を受け続けるのはたまったものではないとすかさずリリアも散弾を撃ち返すも、ワカモに当たるどころか全く見当はずれの方向にとんでいく。全く持って射撃センスのないリリアが放った弾丸は何を狙って撃ったのかすら分からないほどだ。

 

しかし、そんな散布された弾丸は不幸にも近くにいて二人の戦いを見ていた不良に当たる。

 

 

「きゃぁぁぁあああ!」

 

「ひっ、ひぃ」

 

着崩していた制服に弾が命中すると、その周辺の生地だけがあっけなく破れていく。肉体へのダメージは大したものがないものの、不良の制服はあっという間に穴だらけになっていた。哀れあちこちが丸見えになった不良は似つかわしく無い悲鳴をあげてうずくまり、ほかの不良やヘルメット団は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。人は理解可能な恐怖には従うこともあるが、理解できない恐怖からは距離を取るしかない。今の状況はまさにそれを体現している。

 

 

 

そして、孤坂ワカモもあまりの理解不能な敵に恐怖していた。様々な強敵とも渡り合ってきたワカモだが、理解の及ばないリリアには恐怖を感じた。撃ち合いやトラップのよる搦手も経験豊富なワカモであったが、意味不明なリリアのような相手は初めてであった。何より、不明な原理で社会的に殺してくると言うのは既知の相手でも恐怖するに値する。

 

 

しかし、それで引き下がるのであればワカモは災厄とは呼ばれない。撹乱が得意なワカモにとって、リリアの射撃など当たりに行かなければ当たらないものであった。すぐさま背後をとって追撃を加える。

 

今度は脇の近くの制服がボロ布のようになり、穴からは下着が覗いている。そして、リリアの顔は羞恥心と喜びの混じった不可思議なものになっていた。

 

 

 

 

 

「会長、楽しんじゃってますね。」

 

「会長の防御を穿てる程の実力者が出てくるとは思わなかったけど、相変わらずで呆れるわね。」

 

そして、ドン引きしていたのはワカモや不良だけではなかった。スクリーンを通してリリアを眺めるパソコン研究会の部員たちもまたリリアの行動を呆れながら眺めていた。本当に楽しそうに戦っているリリアの姿は事件を思わせる酷さである。

 

そんな中で、ナナコがリリアと対峙している生徒の情報を探り当てる。

 

 

「あれは矯正局から脱走した孤坂ワカモ、災厄の狐と呼ばれる危険人物の様です。」

 

ただ、正体が分かったところで部員たちに出来ることはない。4人はワカモの攻撃によって徐々に裸になりつつあるリリアをただ眺めていることしか出来なかった。

 

 

 

 

その時だった。

 

「着いた!!ってあの子、ボロボロじゃない!」

 

「在原リリア、彼女がどうしてここに?」

 

俄かに近くから戦闘音とともに不良生徒をなぎ倒しながら数人の生徒と一人の大人が現れる。それはキヴォトスに新たに着任した連邦捜査部シャーレの先生と、シャーレの建物に送り届けるために借りだされた羽川ハスミら各学園の上層部だった。

 

 

「しっ、失礼いたしましたー!!」

 

 

すると、それを見たワカモはまるで示し合わせたかのように戦闘を切り上げ帰っていく。

 

その場には、原型を留めないほどぼろぼろになった制服によって辛うじて局部が隠されているリリアだけが残されたのだった。

 





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