一般通過脳筋サイヤ人 作:ゼンゼロはいいぞ
人外じみた威力の拳が緑の怪物を貫いた。仕立て人は、逆立つ黒髪に、黒い瞳を持った人間。猿の尾をゆらゆら揺らしながら怪物を貫いた拳を振るう。一撃振るう度に怪物を穿ち、無造作に放たれた蹴りで吹き飛ばす。暴力の嵐が怪物を吹き飛ばし、最後に残るのは、一人の戦士のみ。
「ハァ…雑魚ばっかだな、この辺は。脆くてサンドバッグにもなりやしねぇ」
期待外れ、という感情を隠す気もなく青年は近くの瓦礫に座り込む。青年は、異様なエネルギーによって覆われた空を見つめ、ため息をつく。なぜ、こんなことになったのだろうと。
--時は数日前まで巻きもどる。
彼は、いつの間にかこの世界に降り立っていた。知らない場所、知らない空間…そして、知らない肉体。少なくとも記憶の限りでは只人であったはずの肉体は、コンクリートを粉々に握り潰し、怪物を蹴り飛ばし、あまつさえ猿の尾にも見えるしっぽまで生えていると来た。
「なんなんだ、ここはよ」
心の声が、困惑のあまりに口から溢れ出る。異様に上がった身体能力を駆使して、周囲を駆け回ったが、人影は零。所々に気味の悪い結晶の柱のようなものも見え、自分の知っている地球とは何かが決定的に違う。
「別の世界…?異世界って奴か?」
考えられる選択肢はそれしかない。だが、そんな非現実的なことが起こるなんて…と、考えていられたのはそこまでだった。ガラリと、瓦礫が崩れる音が聞こえた。
慌てて振り向くと、そこに居たのは、人間でも、猫でも、ましてや機械でもなかった。結晶に前身が覆われ、頭の部分にはまるでブラックホールのようなコアを持った異形--この世界では、エーテリアスと呼ばれているバケモノがこちらにゆらりゆらりと近寄ってくる。
「なんだ、こいつ…」
青年は拳を握りしめ、エーテリアスを見つめる。そして、スキを見逃さないようにじっとエーテリアスを眺めて--そこで、一つ疑問に思う。自分は何故、逃げようとしないのだろう、と。
かつての自分ならば、こんな化け物を見た時点で、一も二もなく逃げ出していただろう。なのに、今の自分は逃げようと…いや、戦おうとしている。ありえないのに、体が勝手に動く。そう、それは…言うなれば本能だ。そうとしか言えない何かに、自分は今突き動かされているのだと気がついた。
「戦闘本能…ふっ、まるでサイヤ人みたいだな」
にじりよってくる怪物に勝手に口角が吊り上がる。かつて読んだ少年漫画の主人公のように、猿の尾を持ち、戦いにワクワクしている。まるで今の自分は、サイヤ人--孫悟空になったのでは無いかと誤認してしまいそうだ。
『Giiiiiiiiiii・・・! ! !』
「ハッ、気持ちの悪い見た目しやがって…叩き潰してやらぁ!」
青年は、コンクリートすら殴り砕いた拳をエーテリアスに叩き付ける。見るからに強いという見た目をした怪物は、予想外にも一撃で木っ端微塵となり、粒子上の何かになって消え去っていく。
「あ?生き物じゃねぇのか…?」
生物の死に様としてはありえない見た目に困惑しつつも、近くにあった窓ガラスで、今の自分の容姿を確認する。昔の自分と、大差はないようには見える。髪型がツンツンしていることと、青かったはずの目が黒になっていること、更に言えば猿の尾が生えている以外は。
「もし…もしもサイヤ人になったのなら、やることは一つしかないよな」
そうやることはたった一つだ。ドラゴンボールというあの漫画で、サイヤ人が常に願い続けていること。
「強いヤツと戦って、強くなる。まずはそのための修行からだ」
幸い、サンドバッグになりそうなバケモノは幾らでもいるのだから。そう考えた青年は、人智を超えた速度で駆けだした。