下北沢には天使が住んでいる   作:通りすがりの邪教徒

22 / 27

お久しぶりのきくり姉さんだぞ


廣井きくりの大ピンチ

 

 浜丸水産新宿歌舞伎町店。

 

 ここは私、廣井きくりのお気に入りの店の一つである。

 海鮮を中心とした豊富なメニューに活気のある店内で、何より24時間営業という私のような飲兵衛には有難いお店となっている。

 

 この日ふらっと店に立ち寄った私は、たらふく飲んでいた。

 

「さてと、そろそろ帰りますか〜。結構飲み食いしちゃったな〜」

 

 開幕のビールに、ここに来たら必ず頼む八海山などなど……他にも美味しいお酒はあれど、結局は酔えれば何でも良いのだ。

 それにお酒に合うつまみも美味しい物ばかりで、特に私がよくやっているのが鯵の姿造りの刺身部分を食べた後に、残った部分を店員さんに頼んで骨せんべいにして食べ方が最高なんだよね。

 

 このサービス結構良いから、皆も浜丸水産行った時は是非やってみて欲しい。

 

「まいっか、ギャラ入った事だし……ん? ん? んん?」

 

 ん〜〜〜〜〜〜?

 

 私は懐や何やらで財布を出そうと、自分の手で身体中を弄って探しまくった。スカジャンのポッケとかにも手を入れたけど、財布の感触がない。

 

 やっっっっっば、お金ない! え? 落とした? いつ? どこで? 待ってどうしよう。今月の生活費なんだけど、え? マジ?

 っていうかここのお金払えないじゃん。やばいやばいやばい、どどどどうしよう。

 

 はっ、そうだ。誰かに連絡すればいいんだ! 焦った〜。ひとまず志麻かイライザにでもお願いして……ん? スマホがない!? ないないないっスマホもないっ! どこかに忘れて来たのかも!? こんな時に限って!? もしかしてどっちもFOLTに置いて来た? どうじよう……。

 

 私は今、猛烈に焦りを感じている。止まらない心臓の鼓動に、これからどうすればいいのかわからない不安感と謎の緊張感。

 まるで骨折でもしたのかってくらい額からは謎の汗が止まらない。私は物理的に骨折の経験ないけど、今は心が骨折しかけてる。

 

 落ち着け廣井きくり、一回ちゃんと考えよう。浜丸水産はやっててよかったでお馴染みの24時間営業の店だ。

 よほどのことがなければ追い出されないはず。時間はあるし、何が策があるはず……!

 

 私の今までの人生経験をフル活用して考えるんだ。お店の人に頼んで電話を貸してもらう? いやいや、お店の電話を客が使うなんて出来っこないし、それに話の内容をガッツリ聞かれたら「コイツ一文無しでよくあんだけ飲み食いしたよな」とか変な目で見られて、今後この店に来ることが気不味くなってしまう。

 

 こうして私は、冷静を保ちつつも目を閉じて考えて考えて頑張ってこのピンチの状況をどうにか出来ないかを考え続けた。

 

 そして3時間後。

 

 駄目だ、詰んでる……。策なんてこれっぽっちも思いつきませんよ〜だ。

 

「失礼します」

「あっはい」

「空いてるグラスお下げしてもいいですか?」

「ど、どうぞ」

 

 考えすぎて店員さんが来たことに気付かなかった。私、相当追い込まれているな。

 そうだ、ここは頭を一旦リフレッシュさせよう。ちょうどガソリンが抜けつつあるし、何か飲んで落ち着こう。

 

「すみません、追加でハイボールと枝豆を……」

「かしこまりました〜。ハイボール一丁!」

 

 ダァ〜! お金ないくせになんで追加注文してんの私!? 馬鹿? 私って馬鹿なの? でもしょうがないじゃん。何も頼まずにただ居座るのが申し訳なくなっちゃってついなの……! でも正直もう全然飲み食いしたくない……。

 

「ハイボールです」

 

 あぁ……ハイボールが来ちゃった。でも頼んだ物はしょうがないよね? 取り敢えず幸せスパイラルに入って気持ちよく酔おう。そうすれば何かいいアイデアが出て来るはずだ。

 

 取り敢えずハイボールを飲んだが、この状況で酔うなんて出来るわけもない。

 幸いまだ店にはお客さんがいる。終電を逃した人たちだろうから朝までいるはずだ、私だけは目立つことはそうそうないだろう。

 

 2時間後。外は明るくなり、始発組の客が帰ってしまった。めっちゃ気まずっ!

 

 でも朝だし、表通りに人が増えて来た……! 朝まで飲んだ人たちが駅に向かうはず。誰か知り合いが通るのを待つしかない! それに今日は幸いにも休日だし、SICKHACKの練習日でもある。

 FOLTのスタジオに行くついでにイライザがアニメグッズを物色しに歩く可能性もあるし、謎の奇跡で志麻かが通りかかるかもしれない。

 

 なんなら銀ちゃんか大槻ちゃんでも構わない。出来ればこの中の人でお願いします! 私を救ってくれる人はこの人達以外に今は考えられない。

 

 私は私を救ってくれる救世主の姿を見つけるために、窓の外を眺め続けた。あれ? 何だか涙出て来た。

 

 それに何だろう、なんか店員さんめっちゃこっち見てるな。もしかしてお金ないのバレてるのかな……。

 いや、こうなったら正直に話すしかないかも……。大の大人が情けないけど、ちゃんと謝れば許してくれるかもしれないし。

 

 よし、勇気をだして言っちゃおう!

 

「あの〜」

「こちら、あがりになります」

「え、あ、どうも……」

 

 何故か私のことをめっちゃ見てた店員さんがお茶を出してくれた。

 えっ……? どゆこと? 私は状況が理解出来ないまま、店員さんが出して来たお茶を見ながら困惑し続けた。

 

 

 

 

 

 

 4989

 

 

 

 

「お客様、こちらをどうぞ」

「えっと……その……これは?」

「いえ。温かいもの飲んで、ゆっくりしていってください」

 

 えっ優しい……。こんな長居してるのに嫌な顔を一つせず、まさに接客の鑑だ。

 いや違う。これは「もう帰れ」の意味かも……! 店員さんめちゃくちゃ怒ってるかも!

 

 そりゃそうだよね。一晩いるんだもん……迷惑だし、いい加減にしてほしいはず。

 そのうえお金ないなんてバレようもんなら、無銭飲食て逮捕されて廣井きくりの人生がここで終了する。

 

 バンドは解散、先輩や後輩バンドの子達にも冷たい目で見られて、ネットニュースにこの悪態が晒されて、SNSでは誹謗中傷の雨が止むことは絶対にない。

 

 どれだけ酔っ払っても犯罪だけはしまいと心に誓ってたのに、ごめんね志麻……イライザ……SICKHACKはここまでだ……。

 

「うっ……ううぅ〜! 嫌だぁ〜! まだ人生エンジョイしたい! もっとライブしたいよ〜!」

 

 あ〜……神様、ごめんなさいお願いします。これからは心を入れ替えて真っ当に生きる大人になりますから、どうかこの廣井きくりを見捨てないでください。

 

 あれ? 何故だか目から涙が溢れて来た。嫌だ、私の人生ここで終わりたくないよ。

 まだまだやりたい事たくさんあるし、最近は新曲がやっと完成したんだ。早く皆と練習したいなぁ〜。

 

 どうか、私にチャンスを!

 

 その時、不思議なことが起こった。

 

 この道を通りかかった人物は、志麻でもイライザでも銀ちゃんでもなかった。

 

「はっ! ゆ、雄馬くんっ!?」

 

 シャワーを借りに行ったあの日からしばらく会わない間に背は伸びて、髪型がちょっと短くなって爽やかな感じになったけど、少年感溢れる顔つきは相変わらず変わっていない。

 雄馬くんは見ず知らずの酔っ払いの私を偶然介抱してくれて、尚且つ私と一緒に食事を共にした仲の優しい子だ。

 

 ギターケース背負ってるけど、何処かに行く予定なのかな? 

 

 そうだ! 雄馬くんに頼む……いや、駄目だ! 彼はまだ中学生だぞ。大人の腐った部分を晒してまで、彼を幻滅させたくは無い。

 いや、腐った部分なら既に見せてるわ。前にも彼には私の分のお金を払わせた前科があるし今更何言ってんだ私は!

 

 彼にまた立て替えをしてもらった事が志麻や先輩にバレたら卍固めとかアイアンクロウを喰らわせられるかもしれない。

 でも……それでも……雄馬くんしか今の私を救ってくれる人は居ないんだ。

 

 いつも以上にクズって言われてもいい。今の私にはこれしか方法がない!

 

「雄馬くん! 待って! 気付いて!」

 

 気付かない! 行っちゃう! このチャンスを逃したら、私の人生は間違いなく終わる。ここは店員さんに上手い事説明してなんとか彼を店に連れて来よう。

 

「あのっ、さっき知り合いが通ってっ、大事な用があって! 絶対に戻ってくるんで!」

「お客さん、早く追いかけな」

「ありがとうございます!」

 

 店員さん、ありがとう! このチャンスを絶対に物にしてみせる。

 

 追いかけないと! なんとしてでも!

 

「雄馬くん! 雄馬くんっ!」

「ん?」

「雄馬くん、お金貸してくださぁぁい!」

「うぇ!? な、何!?」

「お願いしますっ! 助けてくださいぃ〜!」

「ちょ、きくり姉さん!? 何なんすか急に!?」

 

 私は彼を思い切り抱きしめて、泣いて縋りついた。やっていることはただの駄目人間のそれだ。

 

 だが、今の私は手段を選ばない。

 

「落ち着いてください! 何があったか話して!」

「ご、ごめんね。実は……」

 

 こうして私は、お金を貸してほしい事情を包み隠さず全部話した。

 

「はぁ……しょうがない人ですね。分かりましたよ、立て替えておくので後でちゃんと返してくださいよ?」

「ありがどおぉ〜! 君は命の恩人だよ〜! お詫びに何でもしてあげる!」

「語弊を生む発言やめてください! 分かりましたから、取り敢えずお会計しに行きましょう!」

 

 私は雄馬くんを連れて浜丸水産へ戻って、お会計を済ませることにした。店員さんからは冷ややかな視線を向けられたが、甘んじて受け入れたいと思います。

 

「うわぁ〜。めっちゃ飲み食いしましたね、1万円からで」

「は、はい……。こちらレシートになります」

「ありがとうございます。行きますよ、きくり姉さん」

「うん……本当に助かったよ、ありがとね〜!」

「分かったから抱きつかないで!」

「なんでさ〜! 私と雄馬くんの仲じゃん!」

「ええい鬱陶しい! 暑苦しいんですよ!」

 

 お店を出てようやく解放された私、眩しい日差しを浴びて大きく背伸びをする。

 9月だけどまだ暑いな。でもなんだろうこの開放感と安心感は……雄馬くんには本当に感謝しかない。

 

「雄馬くん、今日は何をしに新宿へ?」

「実はイライザさんが『一緒にアニソンのギター練習しまショウ!』ってロインで誘われて、待ち合わせのFOLTに今から向かおうと思って」

「そうなんだ。私も行く予定あったから一緒に良いかな? 多分スマホも財布もFOLTにあると思うから」

「良いですよ」

 

 浜丸水産を出てから数分後。FOLTに到着して、早速中へと入ると銀ちゃんが私のスマホを待ってやって来た。

 

「きくり、あんたFOLTにスマホ忘れてたわよ」

「良かった〜! ギャラも全部忘れちゃってさ〜!」

「スマホしかなかったわよ」

「え?」

 

 あれ? スマホを置いて来たならお財布も置きっぱなしだと思ってたのにないの!? ちょっと、雄馬くんの目がこわいよ。

 

「財布がないってことは、さっき貸したお金は?」

「えっと……その……アハハ、ごめん。今は無理だ〜」

「はぁぁぁぁぁぁあ!?」

「何事だ! って廣井!?」

「あっスズランさんも居ます。コンニチワデス!」

 

 ここで志麻とイライザが登場し、現場はカオス。事の本末を全て喋ると、志麻からは当然めっちゃ怒られた。

 

「キサマ! また雄馬くんに借りたのか!? お前は本当に救いようが……」

「ひぃ〜! ご、ごめんなさい〜!」

「本当に悪い大人の手本だなお前は! 学生からたかるのが趣味なのか!?」

「そんな趣味ないよ〜!」

「スズランさん、ワタシたちはこっちで一緒にギター弾きまショウ?」

「はい、分かりました。お金は志麻さんがまた代わりに返してくれたので今回の件も水に流します。次何かあったらイライザさんか志麻さん呼び出したいと思います」

「そうデス。それが正解デス」

 

 このことがどうか先輩と妹ちゃんだけはバレませんようにと志麻の罵声を受けながら、そう私は天に祈った。

 





今回は2巻の最初の話から持って来ました。

漫画だとここは銀さんが立て替えする所なんですけど、きくりさんのクズ度を上げるために雄馬くんに立て替えさせました。

因みになんですが、今後のストック書いてるうちに現在原作本編の序盤突入しております。展開的に原作とまるで別物になっております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。