死に行く世界:1999年6月17日(旧題 異常性癖:“理解・捕食”) 作:廃棄された提言
―――中央暦2000年5月6日、西方大陸と中央大陸に挟まれた大峰海北端、北海との境界にて
「―――偵察衛星より、“目標の進路に変更無し”とのことです」
「了解、全艦予定通りポイントαに進行開始」
通信士の報告により、男は作戦開始を下命する。ヘリテウス合衆国海軍新型戦艦“グランスミス”艦長であるアレックス・パーシーは動き出した鋼鉄の集団と共にこの作戦の未来を見据えていた。
二次大戦における戦争の転換点である航空機の出現から、戦艦はその立場を追われ衰退していく筈だった。しかし“異常”の出現によりこの巨大な鉄船は現代に新たな存在として蘇ることになった。
「……」
アレックスは真新しい艦長席のシートを撫でる。
1999年6月17日に端を発した、世界的な異常現象の顕在化。かつての“有り得ない”は無数に繰り返され、世界は化け物たちの手に落ちようとしている。それは地上だけでなく惑星表面の七割を占める海洋でも例外ではなかった。
その中でも最も問題とされたのは従来の常識を超えた巨体を持つ超大型異常海洋生物の存在である。単なる“接触事故”により海上を通行する艦船が転覆ないし損壊するのはまだ良い方で、中には積極的に艦船を襲撃し撃沈を繰り返す攻撃的な存在もいた。
これにより海上貿易が実質的に不可能となり、空路も陸路も今や安全とは程遠いものになっていた。
そんな時代に、対異常生物を念頭に設計・建造された艦がグランスミスである。
全長400m、最大幅50m、水中に面した艦底部を重点として各所に過剰なまでの装甲を持ち、60cm3連装砲4基12門搭載している他多数の副砲・対空砲が船体を死角なく覆っている。旧来のそれを思わせる大艦巨砲主義の具現化のような外観をしている一方、魚雷やレーザー誘導ミサイルといった最新の武装も充実しており、グランスミスは海上を航行可能な要塞と呼べた。
空母すら超える世界最大の艦を預かるアレックスの双肩には責任と母国の威信が乗っている。異常の顕現による混乱と混沌は大国の地位にあるヘリテウス合衆国も例外ではない。大国であるが故に国内では不安から分裂・内乱の気配も生じている。
世界的なこの危機に対して、合衆国政府がただ手を拱いているわけではないという分かり易い成果も必要だった。有事に際しては何よりも結束と国民から政府への信頼が重要だ。
“オペレーション・
クラーケン――胴体部のみで全長500mを超える巨大イカは昨年7月にその存在を公認され、それ以前から北海を通行する船舶を襲撃し大量の沈没事件を引き起こして来たことが示唆されている。最近では生息地付近の船舶が運航を全面停止したことで沿岸部の港町を直接襲撃する事件が発生し、また餌を求めて南下を試みる可能性も示唆された。
貴重な新生物として保護を主張していた学者や活動家も、犠牲者数が2000を超え自分たちの住む陸地すら安全でないと判明してからは沈黙した。クラーケンがその巨体を維持するのに明らかに餌資源としては効率の乏しい人類を積極的に襲撃する理由は現在まで判明していない。
クラーケンが南下した場合、ヘリテウス合衆国の属する西方大陸や中央大陸の沿岸部も脅威に晒される。何よりも、現在でさえ満足な海上交通が行えていない現状に更なる悪化を齎すことは確実だ。
―――合衆国に限らず人類を脅かすそれを排除することで、国家の威信を確固たる物にし貿易航路も奪還する。
それこそがグランスミスが建造され当作戦が承認された目的だ。故に、敗北は許されない。ヘリテウス合衆国の持てるありとあらゆるを注ぎ込んだこの艦を含めた4隻の同型艦を指揮艦隊として与えられている。敗北は有り得ない。
「―――勝ちに行こうか」
衛星からの監視によって判明したクラーケンの南下行動の先、北海の入り口のポイントαにたった4隻、されど4隻のみで合衆国最強と呼んで過言ではない艦隊が集結する。
「目標の進行速度が上昇しました。どうやら我々に気付いたようです」
レーダー観測手の報告にモニターを見れば、赤い光点で示された“目標”が徐々に艦隊の位置する座標へ接近しているのが分かる。
アレックスは確かな緊張を覚えながらも微かに口角を上げて笑んだ。
「さぁ諸君、
総旗艦にて発されたその宣言と共に、人類が誇る鋼鉄の兵器群が水中を移動する巨大物体により膨張して歪んだ水平線を見据えて鳴動した。
レーダーは海中を移動する巨大物体がある特定のエリアに侵入したことを示す。そこには事前に“仕掛け”が施されていた。
「奴の出鼻を挫くぞ。作戦フェーズ1を開始」
「了解、機雷原を点火します。―――3、2、1、点火!!」
海底へ投下されていた無数の大型機雷が一斉に起爆する。水中で炸裂した莫大な衝撃がその上をまさに通過しようとしていた黒い影を海水ごと海面へ押し上げ、見上げんばかりの水柱が上がった。逆向きに流れ落ちる怒涛を思わせる大量の水飛沫の中から、黒色に揺らめく異形が姿を現す。―――程なくしてその全容が明らかになる。
海面に追い出された怪異は黒い楕円塔形の山のような胴体を海上に露出させ、無数の巨大な触手を海面に打ち付けながら暴れさせている。ギョロリと、胴体と脚の付け根に存在する巨大な眼球が眼前に居並ぶ軍艦を睨みつける。それは本能により、今の下からの衝撃を自身に加えた下手人が目の前の
これがクラーケン、洋上で遭遇した船舶を悉く海底に引き摺り込み、船ごと人間を暴食する異常生物―――無論、海兵たちも直接その目で見るのは初めてだ。従来の自然界には存在し得ない不自然なまでの巨体ながら、海上に姿を現したそれは自然の雄大さを体現しているようにも感じてしまう。
言葉が出ない。
恐怖もある。だが、その動揺の大半は単に圧倒されたというのが理由だ。
「なるほど、こいつは怪物だ」
グランスミス艦長であるアレックスの声に船員たちが我に返る。男はシートの上で“目標”を見据え、笑っていた。今度は僅かなどではなく、明らかで獰猛な色を濃くした狩人の笑みを浮かべている。
「故に、母国に死骸を持ち帰るに相応しいトロフィーだ。―――作戦をフェーズ2へ移行」
「作戦をフェーズ2へ移行! 各艦、主要兵装を目標胴体部へ照準!!」
「全砲門開け」
「
轟音。単横陣に広がった4隻の新型艦から放たれた砲弾が化け物に向かい飛翔する。対異常生物を想定した特殊徹甲弾―――艦船と異なり激しく動き回る異常生物を照準可能な砲塔の性能に加え、従来のそれより遥かに弾速の勝るその砲弾は船舶と正面衝突しても無傷なクラーケンの表皮を貫通し易々と内部に侵入する。そして遅延信管により起爆した砲弾は周囲の体組織を丸ごと吹き飛ばし、そこに追い打ちを掛けるように正確かつ迅速な二射目が傷口にめり込んで更に広げる。
続く三射目と同時にミサイルも飛来しクラーケンの身体を次々と爆炎が包む。潜航しそこから逃れようとすればそこは迫り来る魚雷で埋め尽くされていた。
再度、クラーケンの姿は白い水柱に包まれる。
即席の機雷原と呼ぶべき魚雷群によって黒い怪物は水面に留め置かれることを余儀なくされる。だが、この程度で倒れる存在ならば合衆国でなくとも他国が駆逐していただろう。
巨大な瞳がギョロリと揺れる。先手は許したが暴威は削がれず、寧ろ怒りを孕んだ怪物の反撃が始まる。長大な触手が蛇のように蠢きながら
「迎撃開始!!」
威力は低いが主砲よりも取り回しの利く副砲群が海中の触手を捕捉し次々と命中させていく。だが本体の巨体に見合うように長い触手は多少先端が千切れたところで影響は皆無に等しく、また触手は無数に存在した。
そうして艦隊の処理能力を超えて近接した触手が海面に飛び出し、そこに浮いていた
本当に鬱陶しい。怪物は更なる苛立ちを覚える。
いつもなら1本で事足りる触手を触手を次々に向かわせ、遂に相手を掴み取り海中に引き込むことに成功する。
違和感。
普段通りであれば動くことも出来なくなる筈の
水中のグランスミスでアレックスはその種を明かす。
「船は沈んだら終わり――なんて時代は終わったんだよ、
「お前らのおかげだ」とアレックスは付け加える。戦艦と潜水艦の融合――単なる艦の破壊だけでなく海底に引き摺り込むなんてことをしてくる巨大異常生物の存在が無ければ、恐らくは思い付いても誰も実現しなかっただろう設計。
グランスミス型艦は水中であっても問題なく行動可能である。“異常”の出現に対抗したことが見て取れる、新たなスキルツリーの先で誕生したのがこの新造の東海岸艦隊だ。
水中戦用の特殊砲弾に換装し砲撃を続行する。これまではこうすれば大人しくなっていた筈の
グランスミス他4隻の姉妹に絡みついた触手がギチギチと絞め上がり、艦体を潰そうと試みる―――が、それはいっそ呆れかえるほどの艦の耐久性によって表面に装甲を僅かに凹ませるだけに留まった。
「核兵器の直撃にすら耐えるように作られているのでな」
予定通り、全ては終始予定通り、クラーケンは人間たちが事前に想定していた行動をなぞっているに過ぎない。
そして遂に、痺れを切らした怪物は暴れる
「作戦をフェーズ3へ移行」
クラーケンの行動は正しい。放射状に広がる触手の中心、胴体下部に備えられたあの巨大な口腔に捉えられた場合、その噛合力は未知数だ。もしかすればそれは、グランスミスの装甲を貫通する威力を秘めているかもしれない。
クワッと地獄のギロチンが開かれ巨大戦艦に側面から噛みつこうとする。
「―――
だが合理的だからこそ予測が可能で、対策ないしは利用することもまた人類には可能だった。
グランスミスの主砲12門は即座に対応する。
ドガッと水中でもよく響く砲撃音と共に、薄暗い水中にあって高速で白い航跡が進行するのが見える。着弾は見えず、航跡はクラーケンの口の中へ消える。
「総員、対ショック対閃光防御」
ここだけの話、アレックスは極東の島国であるアズマの映像文化が好きだ。だがまさか、生涯で一度は言ってみたかった台詞の1つを実戦で使える日が来るとは思っていなかった。
―――瞬間、クラーケンの口腔内から眩い光が発され胴体が内部からの圧力により歪に膨張する。
艦外における
戦略弾頭弾とは、砲弾の姿をした戦略兵器―――つまるところ核兵器である。
体内で核爆発が起こるという、間違いなく未だかつて生物が経験したことのないだろう現象に遭遇しクラーケンは内部から跡形もなく弾け飛んだ。
「―――本国に持ち帰る死骸、残りませんでしたね」
「あー…」
問題なく海面に浮上したグランスミスの艦橋で、副官の指摘にアレックスは頭を掻いて誤魔化す。
焼け爛れ千切れた触手は幾らでも見つかった。“核兵器の直撃にも耐える”という事前評価を遺憾なく発揮し爆発圏の中から問題なく離脱したグランスミス他4隻だったが、艦長のアレックスが発した「本国に怪物の死骸を持ち帰る」という宣言はどうやら達成されそうにない。
恐らく1発でも致命傷を与える十分だったものを12発だ。胴体は跡形も無くなっていた。
最後の最後で何だか締まらないとアレックスは苦笑いする。
「そもそも、これなら適当な囮の船に核爆弾積んで食わせれば済んだんじゃないですか?」
副官の疑問は尤もだろう。結果として人的被害はなく、艦隊全体を見ても損耗は弾程度だったとして、損耗は損耗だ。
「今回の戦闘は、グランスミス型戦艦が対超大型生物戦において優位に立ち回れることを自国民及び世界に喧伝するためのものだ。
別にわざわざ触手の接近を許すまでもなく、口腔内を狙うまでもなく外皮に向けた戦略弾頭弾で全ては片付いていただろう。
あそこまで、全ての機能をフルに使い尽くしたのは“演出”だ。合衆国の軍事力は未だ健在であると誇示する為のデモンストレーション。
「それに、今回は捕食を目的とする怪物だから良かったが、今後の合衆国を中心とした世界秩序の回復に当たってはそうでない連中も相手にしなければならん」
「核も万能ではないしな」とアレックスは付け加える。現在の世界では空路に出没する異常の数々の妨害によって実質的に大陸間弾道ミサイルが封じられている。その為、核ミサイルに自己防衛のための迎撃機能を追加しようという動きがあるが、上手くいっていないらしい。
「使い切りのミサイルにグランスミス並の兵装を追加するのはコスト面でも実用面でも厳しいだろう」
それをやるくらいなら恐らく、グランスミスを宙に浮かせるように改造した方が早い。最近では異常現象の解明も進みつつあり、この鋼鉄の大質量が航空戦艦となるのも決して夢物語とは言い切れない。
宙に浮き移動する島の存在すら確認されているのだ。それらの混沌は旧来の秩序を破壊したが、逆にチャンスも齎している。
「少なくとも合衆国は戦え―――」
グラリ。
不意に海面が大きく揺らぎ、グランスミス艦内も激しく揺さぶられる。
「何事だ!?」
アレックスが叫ぶと同時に、監視衛星を仲介していた通信士が非常信号を受け取る。海中ソナーの観測手も異常を確認した。
ソナーは画面の大半を埋め尽くす巨大な影が海面に接近していることを示していた。
「海底隆起……!? 地殻変動です!!」
「艦長…衛星画像が……」
そのあまりの大きさから観測手は盛り上がった海底が自分たちに接近しているのだと考えた。アレックスもそうであると信じたかった。だが、どこか呆然とした通信士の様子がその
ふと、彼は思い出した。異常の出現によりこれまで幾らの“当たり前”―――妥当なものが覆されてきたのか。
艦の振動は続く。それはクラーケンに水中に引き込まれた時よりも尚激しいものだ。それは徐々に激しく、何かにしがみついても身体が浮くほどのものになっていく。
通信士が叫ぶ。
「衛星が、ポイントα周辺海域を丸ごと占有する巨大な魚影を確認したと―――!!?」
反転。
下から突き上げてきた何かによって、グランスミスの巨体は瞬時に高高度に打ち上げられ、その後ひっくり返りながら海面へと落下していく。
一瞬の浮遊感の後にもみくちゃになりながら壁だが床だか天井だかもはっきりとしない面に叩きつけられたアレックスは、艦橋の窓から天に貫く巨大な影を見た。
「ははっ……クソッ」
それは鯨だった。馬鹿馬鹿しいほどに巨大な鯨だ。鯨は数100mは優に超えているだろうクラーケンの触手が何本もその口の中に消えて行く。
さっき自分たちが殺した怪物が稚児に見えるような化け物の身体が、傾いて、影が、こっちに、差して込んで、落ちて、
「あ……」
自動迎撃を始めた対空砲や副砲の砲撃など、全く意に介していないかのように、重力に引かれて倒れ込んだ巨体は偶々その位置にいた4隻の戦艦を木で出来た小船のように粉砕しながら海面に衝撃と共に叩きつけられた。
そして事態はそれだけでは終わらなかった。静かな水面でも石を投げ込めば波が立つ。その規模を超拡大させたものが発生した。
「ママー!!」
「早く逃げろバカ!!!」
「痛いッ!?やめッ踏ま…ッ!!」
「登れ登れ登れ登れ登れ」
「終わりだ」
鳴り響くサイレンと海岸から遠ざかろうと走る人々の悲鳴、西方大陸と中央大陸の北部を主とした沿岸部に向け、各地の沖に巨大な海水の壁が現れる。
人々は水平線から迫りくるその波濤が徐々により巨大に、自分たちの多くが必死に駆け上るビルや他の高所よりも高く聳えていることに気付き始めていたが、それでも僅かな希望に縋って階段を登り続けるしか無かった。
屋上。
「………なんで」
20階建てビルの天辺に立っているのに尚も見上げるほどに巨大な波濤、ビル20階とは約60mだが、これは明らかに100mを超えている。そんな大津波が迫り、逃げ道も無い中で避難者の1人が思わず漏らす。
こんな物は理不尽だ。
巨大な波の根元が海岸線を突破し、その先にあった建物や人々を呑み込んでは高く巻き上げていく。
人間と、人間が積み上げた文明の痕跡が、あたかも波に押し流される浜辺のゴミのように。
暗い。濁った波濤に太陽の光が遮られて、もう―――
悟る。
人間はこんなにも無力なのだ。
こんなの、抗える筈も無い。
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浮島やその他の存在もあって、突如としてそれまで確認されていなかった地形が出現することに驚くのに人々は飽きていた。
エイハブ群島と呼ばれていた島々は、その中でも特に
逆さに流れる滝や何かが潜む海底神殿と違って、それは岩盤層の一部がある日突然海面に露出したというだけだった。少し地図を書き換えたり、座礁を避ける為に航路の調整が必要だっただけで、他の異常と比較すればそれは異常でも何でもないことのように思えた。
それが半ば海底にめり込んで埋まり休眠する、巨大な鯨の背の一部に過ぎなかったのだと知るには全てが遅すぎた。
エイハブ群島はポイントαから程近い場所にあったが、この頃は1つの異常が別の異常を刺激するなんて現代では当たり前に警戒すべき可能性すら知られていなかった黎明期だ。
核の起爆の衝撃によって鯨は目覚め、微睡みの中で海中に流れたクラーケン―――
鯨は本来の岩盤層に錨のように突き刺していた鼻先の衝角を海底を切り裂きながら引き抜くと、そのまま匂いの発生源へ全力で泳ぎ始めた。
そして海面に浮く触手を見つけ、海中から海水ごと攫うように大口を開けて飛び出した。
付近にいた4隻の戦艦など気にも止めなかった。海面に落下した衝撃でそれが砕け散っても存在に気付いていなかった。
長く食糧に乏しく、それで眠りについて餓えを遠ざけていた鯨にとっては久々の食事を噛み締めることの方が遥かに重要だった。
自分が海面を飛び出し、飛び込んだことで発生した津波が陸へ迫っていることも鯨が意図して行ったことではない。
唄と呼ぶにはボリュームの高く過ぎる大音量が海中に響き渡る。それは鯨にとってはちょっとした状況把握のためのエコーロケーションだったが、それは星の反対側にいても音声の記録出来るもので、耐性の無い付近の生物が次々と気絶し水面に浮かんでくる。
鯨は腹が減っていた。
巨体は再び水面を目指し、今度は最初より穏やかに海面を攫ったが、それは継続した十分な大津波を周辺沿岸部に提供するという結果に落ち着いた。
人類に認識されていた北海最大の異常海洋生物、クラーケンの討伐は果たされた。
しかし予期せぬ横槍により、功労者たちは世界最高の武器諸共全滅した。二次災害と呼ぶにはあまりにも甚大過ぎる結末を後に残して。
オペレーション・セーフルート実行以降明らかに異常関連事件が増加し被害も悪化した沿岸及び海洋事情に際し、作戦を主導したヘリテウス合衆国政府は各国からの批判の対象となり、国内からの反発も高まった。
誰も、今この瞬間も好きに北海を跳ね回って沿岸部における津波を日常的なものとした鯨を責めなかった。責めたところで、それは誰も責任を取らせることの出来ない存在だった。蟻が象の足元で喚いたところで何にもならない。それと同じことだ。
今回確認された
ただ真実がどうあれ鯨は人間や陸地の異常など気にせず、食事と回遊に勤しみながらその一挙手一投足により災害を撒き散らし続けるだろう。
現在ノーチラス・ホエールは北海の他、大峰海、大溝海、中央大湾にも同種が存在し、それぞれが異常世界の海の生態系ピラミッドの頂点として君臨している。
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2012年7月、中央大陸北西部における人類の生存域を確保するドーヴ国教騎士団は放棄された都市の異変を感知していた。ドーヴ国教騎士団とは唯一神へ信仰を捧げることで
古風な衣装を身に纏った2人の信徒が、静寂に包まれた都市の残骸の更なる残骸に踏み込む。これまでであれば、即座に戦闘態勢に移行しなければ凶暴な異常生物の襲撃を受けていた死地が嘘のような静けさだ。
カラカラに渇き切った異形の死骸が彼方此方に転がっている。死骸に肉を食われた形跡はない。体表には僅かな傷があるのみで、それぞれの死因は体内全ての血を抜かれたことだった。
「吸血鬼…でしょうか?」
「まさか、連中は獣の血など吸わん」
既に教会は幾度も吸血鬼と呼称される人型異常生物と交戦している。だからこそ分かる連中のプライドの高さは、窮地に追い詰められても決して人外や同族の血を啜ろうとしない程だ。吸血鬼はどこまでも人血に固執している。
「では…?」
「奴らに生態の酷似した、比べ物にならないほど血に飢えた何かが此処を襲ったのだろうよ」
この都市には先月まで、総数不明の異常生物が犇めいて生息していた。かつての住人を全滅させた後にそのままそこを占拠した複数種の異常生物が独自の生態系を築いていたことが観察されている。ドーヴ国教騎士団も既に生存者のいない、はぐれでもなければ廃都市から出てくることもない異常生物群のことはそのリスクとリターンの不均衡から放置せざるを得ないものだった。
だがそれらは、今や例外なく全滅していた。この事実は外部から強大な何かが侵入したことを示している。
その何かは自分の存在を隠そうとしていないのか、新しく生産された死体の後を辿っていけばその足跡を辿ることが出来た。道中の危険な異常生物は全滅していたため、2人の信徒は安全に追跡を行うことが出来た。幸いにも人類の生存区域とは死骸の連なりは重なっておらず、実際にそれらしい被害も確認出来なかった。
―――だが、
「先輩、これって…」
「手詰まり、だな」
北へ、北へ。死骸を追って遠征を続けていた信徒だったが、遂にその足を止めることになった。
2人の前に広がる塩害の広がる荒野は、いつ降りかかるとも知れない死の入り口だ。この先に人間の居住区は無く、異常生物ですら適応できる物を除いて撤退した。
2000年5月6日に然る大国が目覚めさせてしまった災害級異常生物ノーチラス・ホエールにより不定期かつ頻繁に発生する大津波の現状最大到達距離―――それが絶対の境界線として信徒の進行を阻んでいた。
これを超えて進むなら、戻って遺書を書かなければならない。
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―――中央大陸北縁、北海沿岸部
その海岸にくすんだ白色の巨影が打ち上げられていた。豊富な脂肪に満たされていただろう身体は今や萎み、分厚い表皮がそのまま骨格に張り付いたようになっている。元から強靭な表皮が乾いて硬化したことで、触れてみた感触はほとんど岩であった。
5000mという全長も相まって、見る角度によっては本当に半島と間違えてしまうだろう。横たわっているそれはあまりの大きさから、全貌の把握を困難にしている。
だが、仮にその姿を正確に捉えることが出来て尚且つ心当たりのある者がいたなら、その巨体に対して「小さい」という矛盾した感覚を覚えることになるかもしれない。
―――マッコウクジラとシャチの中間のような体型、鼻先から伸びる螺旋を描く骨の衝角、何より岩肌のように強靭な外皮…
サイズこそかけ離れているが、その特徴は現代の主要な各海洋の生態系の頂点に立つ無自覚の暴君を彷彿とさせる。
「北海の個体と大峰海の個体の間に生まれた子……君達の交錯は
確認された成熟個体(と思われる)全長20km級の4頭と比較すれば小魚のような稚児だが、それは確かにノーチラス・ホエールだった。
そんな大きくて小さな残骸の傍に人影が立っている。灰色の外套に、黒く長い棒のようなものを背負っていた。フードを被っているが、その隙間から黒く塗りつぶしたような髪が垂れ落ちている。
170cmより背の少し高い程度の人影は、こうして死骸と比較するとダニか砂粒のようだ。成体はこれより遥かに巨大だと言うのだから、当時自身の矮小さに打ちのめされた人類が対処及び抹殺を諦めたというのが頷ける。
「けれど、血により目覚めた君の血筋の1つがこうして血液全てを失い途絶えるというのはまた、赴き深いことだ」
血を失った巨大生物、その死因を探って矮小で平均的な人影は死骸の周囲を巡る。それはちょっと以上の散歩で、時には登山だった。
そして遂に見つける。
それは白く幼い少女の下半身だ。彼女は抉り裂かれた幼鯨の体内にその上半身を埋めていた。
クラーケン:
デカいタコ(イカ)。特に捻りのないクラーケン。「(ダイオウ)イカにはマッコウクジラが付き物だよね」という作者の謎の固定観念により後述の化け物を生み出す呼び水になった。
ノーチラス・ホエール:
全長20kmの鯨、そのあまりの巨大さから地形の一種と勘違いされていた。倒立したら余裕で深海最深部に届くから、スキルポイントは潜水より跳躍に振られている。眠る時は海底に頭の角ぶっ刺して固定して寝る。修正によってサイズが10倍になった。
異常としての等級は“災害級”。陸と空と地下にもこんなのがいます。
“オペレーション:
この後も類似の国際共同軍事作戦は幾つか行われたが、明確に“反撃”や“逆襲”を意図して計画されたのはこれだけ。他の作戦は“撤退”や“防衛”に比重が傾いていくことになる。
グランスミス型戦艦1~4番艦:
それぞれ“グランスミス”、“グラントレヴァー”、“グランカルロス”、“グランリーゼ”。故
かなりのオーバーテクノロジーかつゲテモノ機能満載の姉妹でした。生き残ってたら多分空飛んでマジの万能戦艦化してた。
ドーヴ国教騎士団:
地理的に遠すぎるから直接関わることは少ないけど、退魔師管理局とも相互にやり取りしてる数少ない外部組織です。今後も出てくる予定なのでこっちは覚えてください。
少女(鯨の死因):
今は下半身だけの存在。本格登場は次回。
外套の人影:
名前及び本格登場は次回。