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──ウェスターフィールド侯爵家についての報告
その夜、私は家族の夢を見た。
シャーロットに僅かながら家族の話をしたせいかもしれない。私は子供のころに戻っていて、父がいて、母がいた。
「お父さん!」
「どうしたんだい、ルナ?」
私は泣いていて、父は心配そうに私の方を見る。
「また仲間外れにされたの! 私と一緒にいると呪われるって……!」
かすかに覚えている幼少期の記憶だ。あの頃、私は全く友達ができず、そのことを寂しく思っていた。
「そんなことはないよ。お前は神様に祝福された子だ。今日はお父さんとお母さんが一緒に遊んであげよう」
「本当に私は呪われてないの?」
「本当だよ。お前は呪われてなんていないさ……」
父は優しい人だった。本当に優しい人だった。
だから彼は優しい嘘を吐いていた。
* * * *
「おはよう、シャーロット」
「おはようございます、博士!」
シャーロットは朝から元気いっぱいだ。
朝食を一緒に済ませてから、私がひとり書斎に向かうと、カラスが窓に止まっていた。コンコンとくちばしで窓の叩くカラスを見て、私は窓を開いた。
「どうも、ご婦人。あなたの忠実なるしもべのクルザゼスですぜ」
「調べてきたのか?」
「もちろんです。しかし、長い話になりますがどこから話しやしょうか?」
「最初から整理して話せ」
「あいあい」
私が命じるのにクルザゼスが語り始める。
「ウェスターフィールド侯爵家ってのは結構歴史ある貴族の家系でしてね。かつては国王の側近として、魔術に関わることを取り仕切る立場にあったそうなんですよ。昔はこういうのを何と呼んでいたんだっけ……」
「宮廷魔術師」
「そう、それ! 宮廷魔術師として王の信頼を得て、侯爵の地位を手に入れたんでさ。今もその魔術の才能とやらは残っているらしく、魔術の研究者として代々コールチェスター大学での仕事をしていたとか」
なるほど。魔術師の家系か。魔術師というものと悪魔は完全に切って離せない。魔術がいくら科学化されて行っても、魔術師がかつてそれを得るのに悪魔の力を借りていた歴史が消えるわけではないのだ。
「他には?」
「この順風満帆な侯爵家に奇妙なことが起きたのは、前当主エヴァレット・アシュリーの代です。エヴァレットの妻グレイスがまず原因不明な死を迎えとります。それから使用人たちが何人も事故に遭ったり、病にかかったり」
「医者は何と言っていた?」
「だから、原因不明ですぜ。医者が見てもさっぱりわからんと」
「ふむ」
どうにも怪しい話だ。クルザゼスが話を盛っているのか、あるいはこの事件そのものが不可解な怪現象なのか。
どんなことにも理由があって、そうなっているのだ。この世にどうやっても本当に原因が分からないという話は存在しない。
偶然という言葉を私は信じない。偶然はまだ原理が分かっていないだけの現象だ。偶然はやがて必然へと絶対に推移する。
「それから当主であるエヴァレットも原因不明の病で死に、爵位は幼い娘のシャーロットに引き継がれたというわけです。シャーロットについては、あっしよりご婦人の方がご存じでしょう」
「ああ」
シャーロットは幼くて両親を亡くし、彼女には爵位だけが残された。
「それでですね。あっしは一応ウェスターフィールド侯爵家の墓地を望んできたんでさ。そうしたらです。どうにも胡散臭い空気を感じましてね……」
「呪いか?」
「ええ。ただの呪いではなさそうですぜ」
呪いは世間一般で思われている事実とは異なり、原因不明な出来事ではない。ナイフで相手を刺すのと同じくらい明確な敵意があって行われる傷害だ。そこには理由があるし、仕組みもある程度分かっている。
「分かった。お前のことは約束通りラルに紹介しておいてやろう」
「へへっ! 助かりやす、ご婦人。それでは!」
クルザゼスはそう言って飛び去っていった。
「ちゃんと調べた方がいいのかもしれない……」
シャーロットには世話になっている。彼女が再び悪魔に襲われることがあっては、私が傍にいたことの意味がない。
彼女がどうして悪魔などと関わることになったか。そのことから確かめていく必要があるだろう。そして、それについて調べるには彼女の両親の死の真相も知る必要があるように思われる。
しかし、それでいてこのことをシャーロットに告げるのは、あまり両策ではないように思われた。彼女に『君の両親の死について調べさせてほしい』というのは、彼女の古傷を抉るような行為になるような気がするのだ。
「博士。そろそろお茶にしませんか?」
そんなことを思っていたとき、シャーロットが書斎に姿を見せた。
「ああ。その前に少し聞きたいのだが、君は領地と屋敷に戻らなくていいのか?」
私はそのように書斎に顔を出したシャーロットに尋ねる。
「別に帰られなければいけない用事はありませんよ。安心してください」
「いや。以前のように君にいなくなってほしいとは思っていない。ただ君が屋敷に帰ることがあるならば、私も同行させてほしいと思っただけだ。君が以前はどのような生活をしていたかに興味があってね」
「まあ、本当ですか! 博士がわたくしに興味を!?」
「あ、ああ。ちょっとした興味だ」
嘘を吐くのは得意でもないし、好きでもない。だが、世の中には必要な嘘というものが存在することは分かっているつもりだ。
「では、明日わたくしの屋敷に向かいましょう! ウェスターフィールドはいい場所ですから、博士もきっと気に入りますよ!」
「そうだな。楽しみにしているよ」
ウェスターフィールドに向かい、そこにあるだろう侯爵家の墓地を調べる。死体を掘り起こし、死者を眠りから覚ます必要はない。呪いが事実であれば、私はそれを掘り起こさずとも知ることができる。
「博士、博士。ウェスターフィールドには何日ほど滞在されますか?」
「分からない。君を知るだけの時間があればいいなと思っている」
「それならいくら滞在されてもいいですよ。博士には知っていただきたいことが、本当にたくさんありますから!」
シャーロットは純粋に喜んでいる。私が彼女を調べようとしていることなど、全く気付いていない様子だ。
これもまた父がついたような優しい嘘なのだろうかと私は考える。必要な嘘なのだろうかと。私はそれを肯定することも、否定することもできず、嘘を吐いたという罪悪感だけがそこにあった。
それでもここまで私のためにいろいろとしてくれたシャーロットのためだ。彼女のためならば多少のことは容認する。
「それでは出かける準備をしないといけませんね! 荷造りをしましょう!」
シャーロットはそう言って旅行鞄を準備し、メイドとあれこれ話しながらウェスターフィールドへの旅行の準備を始めた。
私も国外でのフィールドワークや学会への出席の際に使う大きな旅行鞄を広げ、服や本を詰め始めた。
「ああ。ダメですよ、博士。そんな入れ方をしたら皺だらけになってしまいます。ここはわたくしに任せて」
「分かった」
シャーロットは張り切っている。それに嬉しそうだ。
彼女が幸せであるためならば、私にできることはしておこう。後悔をしないように。
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