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──過去の亡霊
「では、屋敷でお話ししましょう」
シャーロットはそう言い、私たちは一度屋敷に戻ることにした。
それから屋敷に戻るとシャーロットはそのまま自室に私を招き入れた。
「亡くなったのは母の方からでした」
そして、シャーロットが語り始める。
「母の具合が悪くなり始めたのは私が10歳のときです。母は最初は風邪のような症状を見せていたのですが、半年と経たないううちにベッドから起き上がれないほどに衰弱してしまいました」
「医者は何と?」
「原因は分からないと。招いた全てのお医者様がそう言いました。だから、治療のしようもありませんでした。私も父も何もできず、母は弱っていくばかりで、食事もできなくなり、最後には……」
「そうか」
今の医学で分からないことはいろいろとある。医学はまだ未発展だ。だから、医者が匙を投げたことが全て医学によって解決できない現象であるとは断言できない。
「これが母の死についてです。それから2年後に父も体調を崩し始め、母と同じように衰弱が始まりました。これも原因は不明で、お医者様たちでも何できることはなく、死因は今も分かっていません。ただ……」
「ただ?」
「お父様は自分でどうにかなさろうとしていたのです。治療の方法を探すと言って、体が万全でないのに本を読み、必死にメモを取っておられました。そのお父様の努力が実ることを祈っていたのですが、残念ながら……」
「そのメモを見せてくれないか? 何か分かるかもしれない」
「構いませんよ。確か書斎に残しておいたはずです」
シャーロットはそう言い、書斎へと向かう。
私もシャーロットのあとに続いて書斎へと入り、シャーロットがメモを出してくれるのを待った。暫くシャーロットは机の引き出しをごそごそとしていたが、やがて一冊のノートを取り出して見せた。
「これです。どうぞ、博士」
「ありがとう」
シャーロットからノートを受け取り、私はそれを読み解く。
「ふむ。これは魔除けについて調べていたのか。それもかなり詳細に調べているようだ。東方の珍しい魔除けについても記述がある。そして、この手の魔除けは主に悪魔を退けるためのものだ」
「悪魔を……?」
「ああ。異なる世界に暮らす悪魔がこの世界において安定しない存在であることは以前にも話しただろう。魔除けというのは、それをさらに不安定化させるものであり、悪魔にとっては忌々しいものだ」
「お父様はそんな魔除けを作ろうと……」
「そのようだ。だが、これは恐らく彼が助かるためではなかったのだろう。呪いを解呪する方法についてはほとんど何も記されていない。これから悪魔に狙われる誰かを守ろうとしていたと思われる」
既に呪われているだろうシャーロットの父エヴァレットは、自身の呪いまたは病を癒そうとする方法を探しているわけではなかった。彼が探していたのは、これから悪魔に狙われる誰かのための魔除けだ。
「魔除けでは呪いは解けませんの?」
「魔除けは悪魔を近づきにくくする効果しかない。既に悪魔によって呪いがかけられていた場合は、もはや意味をなさない」
「でも、ならお父様はどうして……」
「シャーロット。こんな形状の紋様を見たことは?」
私はそう言ってノートに書かれていた魔除けの構造を彼女に見せる。
「これは……確かに見たことがあります。お父様からもらったペンダントの中に……」
シャーロットはそう言ってペンダントを首から外すと、ペンダントを開き、中にある家族写真をそっと外した。その裏には間違いなく、私が見つけた魔除けの紋様と同じ紋様が赤いインクで記されていた。
少しかすれているが、今も力を感じる。
「それは君のお父さんは君を守ろうとしていたのだろう。実際、これまでかなりの効果はあったはずだが、高位悪魔であるベルグリオスは退けられなかったのだろう」
「お父様が、これを……わたくしに……」
「君にお父さんは自分のみが呪いか病の侵される中で、君のことを案じていたのだ」
私がそう言うのにシャーロットはペンダントを両手で包んだ。
「お父様……ありがとうございます……」
シャーロットがそう呟くのを私は聞いていた。
しかし、これは同時にこの一連の事件の原因がシャーロットにあることを強く示唆している。自身に死が迫る中、エヴァレットがシャーロットに魔除けを残したのは、彼女が間違いなく悪魔に狙われるという確信があったからに違いないからだ。
「それは大事にしておきたまえ。これからも役に立つことはあるだろうから」
「はい」
さて、新たな事実が明らかになったが、全容が未だ掴めていない。
エヴァレットはどうしてシャーロットが将来悪魔に狙われると分かった? 自分の子供に何を見つけた? シャーロットには一体何の秘密があるんだ?
* * * *
その夜はウェスターフィールド家の屋敷で夕食となった。
夕食には私とシャーロットだけがテーブルに着くのみだったが、出された料理は絶品であった。ちゃんとしたレストランで出るようなコース料理でもてなされ、私は少し悪い気すらした。
しかし、食卓の場でシャーロットは言葉数少なく、夕食は静かに行われた。
その夜のことだ。
「フォーサイス博士」
「シャーロット。どうした?」
私の泊っているゲストルームにシャーロットが訪れた。
「少しお話しませんか?」
「ああ」
シャーロットが求めるのに私に拒否する理由はなく、受け入れた。
「お父様は自分を犠牲して、わたくしにこのお守りを残してくれたのでしょうか? わたくしを助けるためにお父様は死んだのですか? わたくしのせいでお父様は……」
今にも泣きそうな顔でシャーロットはそう尋ねてくる。
「違うよ、シャーロット。それは違う。君が感じている罪悪感は間違っている」
人は惨事から自分だが生き残ったことに罪悪感を感じるという心理現象があると言われている。『何故自分だけが?』『自分が生き残って、他の人が死んだのは自分のせいではないのか?』とそういう思いに苦しむのだ。
「君の父エヴァレットは君の父としてやるべきことをやった。それに呪いの解呪は恐らく彼にとって不可能だったのだろう。もし、解呪ができると思っていれば、君をひとりにすることはせず、生きて君を見守ったはずだ」
私はそうシャーロットに説く。
「死は避けられないものだった。君のせいではない。君が罪悪感を感じることは、エヴァレットも望むことではないだろう」
私の言葉にシャーロットは言葉を発さず、ただ頷いて見せた。その様子からは悲しさと、やはり未だに残っている罪悪感を感じさせられる。
「シャーロット」
私はそんな彼女をそっと胸に抱きしめた。
「博士……」
「私の母も私が泣いているとこうして抱きしめてくれた。こうして抱きしめられていると、自然と寂しさも悲しさも消えてなくなったものだ」
シャーロットが戸惑うのに私はそう言う。
「君はどうだ? 多少は気が楽なっただろうか?」
「……はい。もう少しこうしていてください……」
「ああ。構わないよ」
そして、私は夜が明けるまでシャーロットを胸に抱いていた。彼女が僅かに涙を流すのを感じながら。
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