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──ウィンゲート書店
シャーロットについて謎が深まる中、私たちはまた私の自宅での生活を始めた。
「博士。今日はお出かけしませんか?」
そんなある日のことだ。いつものような明るさを取り戻して、シャーロットがそう私に提案してきた。
「どこに出かけるんだ?」
突然の外出の誘いに私はそう尋ねる。
「そうですね。適当に街で遊んできましょう。たまには気晴らしも必要ですよ!」
シャーロットの提案はそういうものだった。
私はこれまで街に目的もなくいくことはなく、街で遊ぶという概念がいまいち理解できなかった。目的もなく外出するなんて無駄ではないのか? とこれまでの私は考えてきたのである。
「分かった。行こう」
しかし、生活に余裕が生まれ、研究にも余裕が生まれた今の私は無駄を完全に拒絶するつもりはない。無駄と思えるものすらも、ときとしては何かを生み出すことに繋がると理解したのだ。
「しかし、せっかく出かけるのだから、本屋に寄っていってもいいか?」
「ええ。もちろんです。支度をしましょうね」
そして、何より今の私には金銭的な余裕が存在する。
これまでは本を買うか、パンを買うかの二択しかなかったものが、本もパンも買うということができるだけの余裕があるのだ。
それは当然ながらパトロンであるシャーロットのおかげだ。彼女は私に申し訳なく思うほど支援をしてくれている。
そのことは私の外見にも現れていた。
「今日はこれにしましょう、博士」
私のよれよれの衣装が少し入っていただけのタンスには、今では色とりどりのドレスが収められている。フォーマルな場で纏うものから、カジュアルなものまで。全てシャーロットが選んでくれたものだ。
彼女はそんなたくさんの衣装の中から、爽やかな青いワンピースを選んだ。
衣装もそうだが、今も私は髪の毛も整えられており、外出の際には化粧もする。さらには健康状態がよくなったおかげで、病的にがりがりで青白かった体にも、幾分か人間らしさが戻ってきている。
「では、行きましょう!」
「ああ」
それから私たちは侯爵家の車でルンデンウィックの街に向かう。
ルンデンウィックは賑やかな場所だ。アヴァロニアの繁栄を示すような高度なインフが整備され、また植民地帝国の広大さを示すように雑多な人種がいる。良くも悪くもかつて永遠に栄えると思われた南の帝国のようだ。
「まず博士の用事を済ませますか?」
「どちらでもいいよ。君はどこで遊びたいんだ?」
「そうですね。お茶をしたり、アクセサリーを買ったり……。とにかく博士と一緒に街を回ってみたいんです」
「そうか。それなら私に用事からでもいいかもしれないな」
そのような話になり、私たちはまず本屋に向かった。
本屋と言っても大衆向けの娯楽小説を扱っているような開かれた店ではなく、限られた顧客を相手にしている専門書の店である。
その店はルンデンウィックの中心部から外れた人気の少ない場所にあり、少し不気味さを感じるほどに首都ルンデンウィックにある場所としては静かだ。
静けさの漂う通りで車は止まり、私たちは目的の本屋を前にした。
「『ウィンゲート書店』ですか」
「ああ。私が主に学術書を手に入れる書店だ。君には少し退屈な時間になるかもしれないが、手早く済ませるので待っていてくれ」
「退屈だなんて。博士と一緒にいられればそれだけで十分ですわ」
私が言うのにシャーロットはそう言って私についてくる。
「いらっしゃい。おや……フォーサイス博士、か?」
そこでそう戸惑うような声が聞こえた。
見れば店主であり、女主人のエルシー・ウィンゲートが私の方を目を見開いて見ていた。私とは商売を通じて長い付き合いであるはずの彼女ですら、私の今の姿が信じられないという具合らしい。
「ああ。ウィンゲート、久しぶりだな」
「なんとまあ。これからデートでもあるのかい?」
「あると言えばあるな」
これからシャーロットと街で遊ぶ約束だ。
「そちらのお嬢ちゃんは?」
「シャーロット・アシュリー。シャーロット、こちらはこの書店の店主のエルシー・ウィンゲートだ」
私はそうふたりを紹介する。
「初めまして、アシュリーちゃん」
「よろしくお願いします、ウィンゲートさん」
ウィンゲートは笑ってシャーロットに手を振って見せ、シャーロットの方は綺麗な所作でお辞儀をして見せた。
「あらあら。いいところのお嬢ちゃんみたいね。さて、今日は何を探しに来たんだい、フォーサイス博士?」
「少し調べたいことがある。魔除けについて詳しく記された本はないだろうか?」
「あんたにしては随分とアバウトな注文だね」
「ああ。今は手当たり次第に調べてるんだ。私がこれまでに把握していないものを探している。頼めるだろうか?」
「なら、メジャーな説のはいらないわけだね。マイナーな分野のものがほしいと」
「そうなる。それから……」
私はシャーロットがところ狭しと並ぶ本に目を取られてることを確認し、小声でウィンゲートに伝える。
「エヴァレット・アシュリーというコールチェスター大学に在籍していた人間が書いた本がほしい。彼の専門分野は魔術のはずだが、他にも研究をしていた可能性がある」
「エヴァレット・アシュリー? まさかあのシャーロットって子は……」
「そうだ。ウェスターフィールド侯爵家当主だ」
「こりゃ驚いた」
私の言葉にウィンゲートは目を丸くする。
「確かにエヴァレット・アシュリーって研究者の本は何冊かあるよ。基礎的な魔術学についてのものから、珍しいものまで」
「珍しいものと言うのは?」
「魂についての研究だ。果たして魂は遺伝するのかという研究を記している」
「魂の遺伝……」
その単語だけで私は興味を引かれた。確かにそのようなことをこれまで誰も考えていなかったな、と。
科学的な魂は肉体に由来すると思われている。魂から肉体が生まれるのではなく、肉体から魂が生まれる。それが今の一般的な学説だ。
そして、肉体は遺伝によって祖先の形質が引き継がれる。ならば、魂もまた遺伝するのではないかというもっともな疑問だ。どうしてこれまで私はこのことについて考えなかったのだろうかと思うほどに自然な疑問である。
「その本は今ここにあるのか?」
「あるよ。ちょっとお高いけど大丈夫かい?」
「懐に余裕はある」
「分かった。準備するよ。あの子には見られない方がいいんだろう?」
「……今はな」
これ以上、シャーロットに死んでしまった両親のことを思い出させて、彼女の傷を抉りたくはない。しかし、エヴァレットが何を調べていたのかを突き止めなければ、一連の事件の理由が分からない。理由が分からなければ過ちが繰り返される。
「シャーロット。やはり退屈だっただろう?」
「いえ。そんなことはありませんよ。博士はどんな本を探していたんですか?」
「悪魔学についての本だ。魔除けについての。少し確認しておきたいことがあってね」
「そうですか。ところで、博士。この本も悪魔学の本ですか?」
そう言ってシャーロットが指さすのは古い本で『悪魔との交わり、あるいは魔女の誕生についての仮説』とあった。
「……古い悪魔と人間の関係を推測した本だ。悪魔が人間をそそのかし、魔術という神の教えに背く力を与えたという仮説について記している。今ではあまり正しい仮説とは言えないが、古い時代の価値観を知るうえは役に立つかもしれない」
「なるほど。いろいろな本がここにありますね……」
シャーロットはそう言ってウィンゲート書店の中を見渡す。
「フォーサイス博士。準備できたよ」
「ありがとう、ウィンゲート」
私はウィンゲートに包んでもらった本を抱えると書店を出た。
「では、次は君の番だ」
「はい!」
シャーロットはにこやかに笑って街に繰り出し、私はそれに続いた。
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