禁書の魔女と世話焼き女侯爵   作:第616特別情報大隊

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奪還

……………………

 

 ──奪還

 

 

 何故、悪魔はシャーロットを狙うのか?

 

 確かにまだ悪魔が狙っていると決まったわけではない。誰か人間に使役されている──クルザゼスのように──悪魔が起こした犯行である可能性もある。

 

 だが、高位悪魔であったベルグリオスを使役できるほどの魔術師は世界でも片手で数えられる程度だろう。それはまず不可能だし、それだけの才能があるならばもっと別の方法でシャーロットを拉致できたはずだ。

 

「ご婦人、ご婦人」

 

 ここでクルザゼスが戻ってきた。

 

「分かったか?」

 

「ええ。もちろんでさ。どうもテムリア川沿いの倉庫に連れていかれたみたいですぜ。住所は、えっと──」

 

 それからクルザゼスがシャーロットが連れ去られた場所の住所を告げる。

 

「助かった、クルザゼス」

 

「お安い御用でさ。それでは」

 

 そして、クルザゼスが飛び去っていく。

 

「不味いな。この住所だとここから、距離的に離れすぎている。タクシーを使っても間に合わないかもしれない」

 

 私のいる場所からシャーロットの攫われた倉庫までは、自動車を使ってもそれなりの時間がかかる距離だった。

 

 シャーロットを攫った人間の目的次第では、手遅れになるし、仮にシャーロットを殺す気がないにしても、テムリア川を使って船で海に出られるかもしれない。

 

 そうなってからでは手遅れだ。

 

「仕方あるまい」

 

 普通の方法では間に合わない。では、普通ではない方法を使えばいい。

 

 その方法を私は知っている。

 

 まずは私の()がシャーロットが囚われているはずの倉庫を探る。

 

 これは文字通りの私の目というわけではなく、一種の遠隔透視である。この()はこの世界より高次元の世界に形成され、軍略を練る将軍が地図を見下ろすようにこの世界の様子を把握することができる。

 

「いた」

 

 私の形成した()は囚われているシャーロットを捉えた。同時に4人の男たちがシャーロットを取り囲んでいるのも見える。

 

 あとはそこまでたどり着くだけ。

 

「最短の到達を」

 

 次に私は空間を捻じ曲げる。

 

 高次元から伸ばした腕がこの世界の空間をぐにゃりと紙を掴むようにして曲げた。

 

 さて、広げられた紙の端と端を最短で結ぶにはどうすればいいのか知ってるだろうか? 実に単純だ。紙を折りたたんで端と端を接触させてピンで留めればばいい。それが最短の距離の生成である。

 

 私がやったのも同じこと。空間を折りたたみ、結びたい場所を接触させる。

 

開けゴマ(オープンセサミ)

 

 そして私は捻じ曲げられた空間にピンを刺すようにして、強引に開いた。

 

 空間が裂ける。空間が断裂する。x,y,z軸が意味をなさなくなる。

 

 次の瞬間には私は裂けた空間の間からシャーロットの囚われていた倉庫を覗き込んでいた。私はそのまま空間を裂き続け、そして倉庫の中に踏み入る。

 

「お、おい! あれは……!」

 

 私が空間の断裂から乗り込んでくるのに、4名の男のひとりが気づいた。

 

 だが、こうなってはもう手遅れだ。

 

 私は彼らを見つけた。何よりラルが彼らを見つけた。

 

「ぎゃああああ────!」

 

 突然、ひとりの男が目に見えない獣に襲われたかのように倒れ、血を流し始めた。肉体が裂かれ、血が流れ、男が悲鳴を上げてのたうつ。それを見た男たちはどうしていいのか分からず、顔を青ざめさせていた。

 

 ラルは冷酷だ。こと私が害を加えられたとなると、彼女は一切の容赦はしない。

 

「ラル。悪魔がいるはずだ。そいつには話がある。今は殺さないでくれ」

 

『分かった』

 

 ラルからそう返事があり、私はこの男たちの中から確かに感じた悪魔の気配を探る。

 

「ク、クソ! お前だな! お前の仕業だな! 殺してやる!」

 

 ひとりの男が逆上して、ホルスターから抜いた拳銃の銃口を私に向けてきた。

 

「君たちは怒らせるべきではなかった存在を怒らせた」

 

「何を──」

 

 男の拳銃を握った手首が裂かれ、拳銃が重たい金属音を立てて地面に落ちる。

 

「ああ、ああ! 俺の手が……!」

 

 男が手首からの出血を押さえながら、後ずさりして、そのまま地面に倒れた。

 

 ラルは言ったことを実行している。つまりは『生きたままばらばらにする』ということを。彼女はあれを冗談や脅しで言ったわけではない。

 

「この中に悪魔がいるだろう。誰だ?」

 

 私は無事なのは2名だけになった男たちにそう尋ねる。

 

「お、俺は違う! 悪魔なんかじゃない! だから、助け──」

 

 そう叫んだ男が見えない獣に襲撃され、悲鳴を上げながら血まみれになっていく。この場において悪魔ではないというのは生き残れるということではないのだ。

 

「では、お前が悪魔か」

 

 私は最後に残ったひとりを見る。

 

 中年の男で黒いスーツを纏い、ホルスターには小口径の拳銃を収めたまま抜いていない。その青い瞳はよく見れば赤い色が混じっており、それは悪魔と契約したことを証明するものであった。

 

 つまりこいつで間違いはない。

 

「名を名乗れ、悪魔」

 

「……モルグレイフ」

 

 契約を果たしている悪魔は名を名乗れる。がっしりとこの世界に存在を安定化させているためだ。名前を知られるのを恐れるのは、存在が不確かな悪魔だけ。

 

「モルグレイフ。誰かに雇われたか? お前を使役している人間がいるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「正直に話すことだ」

 

 私はモルグレイフにそう警告した。

 

「と、とある悪魔に頼まれた。高位悪魔に紹介してやると言われて……それで……」

 

「その悪魔の名前は?」

 

「そいつ自身の名前は知らない。だが、高位悪魔の名前は聞いた。ベルグリオスだ」

 

 ベルグリオス。あの高位悪魔はまだシャーロットのことを諦めていなかったのか。

 

「な、なあ、見逃してくれればあんたのために仕えるよ。だから、助けて──」

 

「ラル。もういい。聞けることは聞いた」

 

 私がモルグレイフの言葉を遮るようにそう言うと、モルグレイフが、彼の宿った男の肉体ごと見えない獣に襲われた。

 

「た、助けて──!」

 

 モルグレイフの悪魔としての肉体と魂が、憑依していた男の肉体から引き剥がされる。引き剥がされたモルグレイフは巨大な昆虫の姿をしており、その肉体と魂が生きたまま見えない獣によってばらばらにされていく。

 

「シャーロット」

 

 私がシャーロットのところに急ぐと、彼女は気を失っていたようだった。何か薬の類を使われたのだろう。これだけの騒ぎの中でも意識は戻っていない。

 

 私はシャーロットを抱き抱えて、倉庫の外に連れ出した。

 

 

 * * * *

 

 

 私はシャーロットを自宅まで運び、彼女が目覚めるのを待った。

 

 後頭部から血を流し、ドレスも血まみれだった私を見て、シャーロットが連れてきていたふたりのメイドは驚いていた。しかし、シャーロットが無事であると分かって、幾分か落ち着きを取り戻していた。

 

「フォーサイス博士。病院にいかれた方が……」

 

「大丈夫だ。その必要はない」

 

 既に私の負った傷は全て癒えている。後頭部を鈍器で殴られた際に裂傷を負っていたが、ラルが全て治療してしまった。

 

 それに今はシャーロットが目覚めるのを確かめたかった。

 

「ん……」

 

 そこでシャーロットが少し呻くような声を上げる。

 

「シャーロット。大丈夫か?」

 

「博士……。私は……」

 

「もう大丈夫だ。安心したまえ」

 

「はい……」

 

 まだ男たちが使った薬のせいで意識が混濁しているようだ。一応目が覚めたら後遺症が残っていないか、病院に行く必要があるだろう。

 

「シャーロット。君は何故……」

 

 悪魔に狙われているんだ? 君には一体どんな秘密があるんだ?

 

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