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──コールチェスター大学
シャーロットが目覚めてから、私は彼女を病院に連れていった。
幸いなことに脳に障害などは残っていないだろうという診断で、私は一安心した。
「あの、博士。私を攫った人たちはどうなったのでしょうか?」
その後、シャーロットは私にそう尋ねた。
「知らない方がいい」
男たちはラルの逆鱗に触れた。その愚かさに似合った末路を迎えた。あんな残酷なことについてシャーロットが知る必要はない。
シャーロットが落ちついてから私が急務としたのは、亡きエヴァレット・アシュリーが残した研究の解読だ。シャーロットに何かがあるとすれば、エヴァレットの研究の中に隠されていると、そう思われた。
「しかし、これではそこまで深いことは分からないな」
エヴァレットの残した魂の遺伝についての本は、精神医学にも足を踏み入れていた。というのも彼は精神を脳に宿る魂を映し出すものとして捉えていたからだ。
趣味や嗜好は遺伝するのか? 悪は遺伝するのか? 善良さは遺伝するのか?
本のほとんどは統計学的に精神の傾向を調べたものであり、いくつもの数式が並んでいる。私はそれをじっくりと読み解いたが、そこにシャーロットに関係していると思われることは見つけられなかった。
そこで私はある決断をした。
「これからコールチェスター大学に行ってくる」
朝食の場で私はシャーロットにそう言った。
「コールチェスター大学に、ですか?」
「ああ。調べたいことがある」
コールチェスター大学が名門大学であり、エヴァレットが教授として在籍していた大学だ。そこに行けばもっと詳しく、彼の研究を知ることができるかもしれない。
「それなら私も一緒に行きます」
「その必要は……」
「お父様の研究を調べるのでしょう? それなら紹介状などがあった方が、スムーズにことが進みますよ? そして私ならばすぐに紹介状を準備して差し上げますわ」
私の中では、シャーロットに現段階で彼女に悪魔に狙われる何かがあると通知するのは、得策ではないように思われていた。それは彼女に無用の心配をさせる恐れがあるばかりか、両親の死について彼女が罪悪感を強める可能性があったからだ。
しかし、紹介状がなければ私のような見知らぬ人間に、在籍していた人物の研究について快く明らかにされないだろうと言うのも事実。
「……分かった。一緒に行こう」
「支度をしますね!」
私は折れ、シャーロットは早速外出の準備を始めた。
それから私たちは侯爵家の車でコールチェスター大学を目指す。
「シャーロット。これまで大学に行ったことは?」
「何度か子供ころに。お父様の研究室に遊びに行きました」
「そうか」
「博士も大学を出られたのですよね?」
「ああ。カーブリッジ大学の魔術学部を出て、そこで博士号も取ったよ」
そう、私はコールチェスター大学の出身ではない。コールチェスター大学はそこまで魔術学や悪魔学について強い大学ではなく、その手の分野を研究したければ、古い伝統のあるカーブリッジ大学の方が向いていたのだ。
「博士のお父様も?」
「ああ」
そして、カーブリッジ大学は父の出身校でもあった。それも決め手になったひとつ。
「見えてきた」
それから暫くしてコールチェスター大学が見えてきた。
古くからの歴史ある大学の建物が、今でも堅牢さをそのままに佇んでいる。ここで多くの思想や発明が生まれたのだ。これらの建物は今もこの時代に残る歴史そのものだと言えるだろう。
私たちは大学の門をくぐって中に入ると、車を降り、大学事務局を目指した。
「失礼。私はルナ・フォーサイス。ここに在籍していたエヴァレット・アシュリー教授の研究について調べているのだが」
「紹介状はお持ちでしょうか?」
「これだ」
私はシャーロットがしたためてくれた紹介状を事務員に差し出す。
「確認いたしました。エヴァレット・アシュリー教授は魔術学部に在籍しておられましたので、学部長に連絡を入れておきます。学部長はアンディ・コリンズ教授です。部屋の場所はE棟の3階です」
「ありがとう」
私たちはまず魔術学部を仕切っているコリンズ教授に会うことにした。彼が何かのエヴァレットの研究について知っていることに期待して。
私たちが事務員に言われた通りに広い大学敷地内をE棟の3階に向かう。
「ここにはきたことがありますわ。お父様と一緒にここに来ましたの」
「そうか」
そして、E棟はシャーロットにとっても思い出の場所だったらしい。
そんなE棟の3階に『アンディ・コリンズ』と書かれた部屋があった。
「失礼。コリンズ教授?」
「入りたまえ」
私が扉をノックすると中から老人の声がする。
「初めまして。コリンズ教授。私はルナ・フォーサイスだ」
「初めまして、フォーサイス婦人」
コリンズ教授は中肉中背の老人で、灰色の髪と髭をしていた。分厚い老眼鏡の向こうにはグリーンの瞳が今も知性を感じさせる輝きを保っている。
「フォーサイス博士、ですよ、コリンズ教授」
「君は……シャーロットか! 久しぶりだな!」
そこでそっと私の呼び方を訂正するシャーロットの顔を見て、コリンズ教授は笑みを浮かべた。ふたりは知り合いか。
「フォーサイス……博士は君の知り合いかね?」
「ええ。わたくし、今はフォーサイス博士のパトロンをしておりますの」
「ほう。君が彼女のパトロンを。フォーサイス博士、失礼だがあなたの専門は?」
コリンズ教授は興味を持ったのか、私にそう尋ねてくる。
「悪魔学だ。帝国アカデミーで研究を行っている」
「悪魔学とは珍しい。どういう経緯でシャーロットとは知り合ったのです?」
「彼女が悪魔に呪われていたことからだ。今から数か月前にさかのぼる」
私はコリンズ教授にどうして私がシャーロットと知り合いなのかの経緯を時系列に沿って説明していった。
「なるほど。そして、君は今は亡きエヴァレットの研究について興味を示し、わざわざここまで訪れた。それは偶然だろうか?」
「私に言わせれば偶然などと言う現象はないよ、教授。偶然はまだ法則が見つかっていないだけの、必然なのだから」
「ふむ。そうかもしれないな。魔術学ではその傾向は特に強い。この学問は魔術という偶然を科学という必然に推移させるものだとも言えるのだから」
「悪魔学も同様だ」
コリンズ教授は私の学問への姿勢に満足したのか、頷いていた。
「エヴァレットの研究資料は、今は大学図書館に保存されている。メモ紙一枚残さず保存されているはずだ。許可証を出すから、これを図書館の人間に見せたまえ。そうすれば閲覧を許可されるはずだ」
「助かる。ありがとう、教授」
「エヴァレットには私も世話になった。それに彼の研究は有意義なものであった。それが引き継がれるならば、それに越したことはない」
コリンズ教授は許可証を記して私に渡した。
それから私たちは大学図書館へと向かう。
「シャーロット。コリンズ教授とは長い仲なのか?」
「ええ。ある意味では父の上司に当たる人でしたから。うちの屋敷にも遊びに来られたりと交流は深かったですね」
「そうか」
やはりシャーロットに一緒に来てもらったのは正解だったのだろう。私だけではコリンズ教授を説得できたとは思えない。
「あれが図書館か」
そんなことを考えていた私たちの前に大学図書館の美しい建物が目に入った。
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