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──大学図書館にて
大学図書館では私の好きな匂いがした。本の匂いだ。
紙の匂い。インクの匂い。そういう匂いが漂っている。
私はそれに心地よさを覚えながらも、図書館のカウンターに向かう。
「失礼。ルナ・フォーサイスというものだ。エヴァレット・アシュリー教授の研究資料を閲覧したくてきた。コリンズ教授からの許可証はある」
「拝見します」
カウンターにいた司書は私の渡した許可証を確認。
「確認しました。ご案内しますので、こちらへ」
司書はそう言い、大学図書館の地下へと降りていく。
うっすらとカビ臭さする、その地下にはカギのかけられた部屋があり、司書はその部屋の扉を開いて私たちを中に招き入れた。
「このふたつの箱に入っているのが、エヴァレット・アシュリー教授の研究資料です」
そう言って金属製のふたつの箱を、司書は指さして見せる。
「資料は持ち出し禁止です。閲覧を終えたら知らせてください」
「ありがとう。助かった」
司書が去ると私は早速エヴァレットの研究資料の収容された箱を地下室から運び出し、漁り始める。
「お父様がどのような研究をしていたか分かりそうですか?」
「今はまだ何も言えない」
私はシャーロットにそう言い、彼女の父エヴァレットが残したノートやメモ書きをじっくりを見ていく。
「……魂の遺伝、か……」
やはりエヴァレットは魂が親から子に遺伝するのかを調べていた。多くのサンプルを集め、手当たり次第に統計を取っていた。エヴァレットの調査に参加したコールチェスター大学の学生ボランティアは150名に及ぶ。
大学の外でも調査は行われており、彼は取り寄せられる資料を集め、それを統計学で分析していた。
調べていたことは様々なようだが、彼がもっとも力を入れていたのは──。
「エヴァレットは魔術の才能が遺伝するかについて、かなりの調査を行っていたようだ。その資料が大量にある。メモ書きにも魔術の優劣を調べるための基準を探っていた様子が見える」
「魔術の才能が遺伝するか……」
「ああ。だが、もう少し読み込んでみよう」
私はエヴァレットの残した資料をさらに調べる。
すると興味深い記述を見つけた。
* * * *
(前略)
魔術というものは決してこの世の理から外れた現象ではない。魔術にも法則性があり、突き詰めていけば科学となるのだ。
古い魔術学者は自分たちの扱う魔術を神聖視し、そこには絶対的な神秘があると信じ込んでいる。魔術とは決して解き明かせない謎であるとうそぶき、陳腐化しないという戯言を述べる。愚かなことだ。
そもそも魔術学というものが、その見解を否定している。魔術が本当に神秘のそれであり、再現性がなく、法則もないのであれば、どうやってそれを学問にするというのだ? また学問として他者に教えるというのだ?
学問となった時点で、魔術は神秘のベールを剥がされて科学化する運命が決定づけられている。魔術はいずれ物理学に、生物学に、化学にと分解されて行く定めなのだ。占いが天文学に、錬金術が化学へと推移したように。
(中略)
私には魔術師の血が流れている。偉大なる祖先から引き継いだ血だ。
だから、私には興味がある。この血統にどれほどの価値があるのか。
しかし、私は神秘を帯びた魔術師の血としてこれを理解したいのではない。私は科学の基準においてこの血を理解したいのである。再現性があり、予測可能な現象としての理解を望んでいる。
それによって我々の家系にときおり現れる呪いについても理解し、未然に防ぐことができればと願っている。
私の愛しいシャーロットのためにも。
エヴァレット・アシュリーが残した手記の一部より。
* * * *
「……家系に現れる呪い、か……」
やはりエヴァレットは何かしらの脅威を感じた上で、その脅威に対抗するために研究を行っていたのだ。
「博士、どうですか? 何か分かりましたか?」
「ああ。エヴァレットは一族の問題を解決しようと思い、研究を行っていたようだ。彼の研究は魔術の才能が遺伝するか否かの問題だったことを考えるに、君の血筋と魔術の間に何かしらの大きな関係があるに違いない」
エヴァレットが恐れていた一族の呪い。そして、彼の研究していた精神と魔術の遺伝の可能性。これらは結び付けることができる事柄だ。
「シャーロット。君は自分たちの系譜で何か問題が起きたことがあるという話は聞いたことがないだろうか?」
「いえ。そういう話は全く」
「そうか……」
エヴァレットはシャーロットにこのノートに書かれていることを伝えていなかったようだ。まだ幼い娘を心配させないためか、あるいは別の理由か。
そもそも私自身もこの資料を読んだ限りでは、ウェスターフィールド侯爵家にどのような問題があるのか理解できていない。
遺伝病というものは確かに存在するとされている。特に近親相姦が引き起こす遺伝病については、血筋を重んじるあまり親戚同士の結婚が続いた王族たちが患ったことからセンセーショナルに報道された過去もあった。
だが、エヴァレットは病ではなく、呪いとしている。医学が専門ではないとしても、教授職にあった人間がむやみやたらに自分たちの不幸を呪いとする非理性的な判断をするとも思えず、呪いというにはその証拠があるのと考えられた。
「君の父は一族の血に問題があると思っていたようだ。そして、そのことを精神、魂、魔術の遺伝という現象に見出そうとした。シャーロット、君たちの先祖について知る方法はあるだろうか?」
「私たちの一族について、ですか。屋敷には家系図ならばあったと思いますが、それ以上に詳しいものとなるとどこにあるのか分からないですね。すみません、博士」
「いや。気にしないでくれ。私の方で調べてみる」
どう考えても一連の事件はシャーロットの先祖たちに原因はあるように思える。過去に何があったのかを知らなければ、問題は解き明かせまい。
「博士。お父様の資料の中に私について書いてあるものはありましたか?」
「あった。君のことを心配していたようだ。恐らく研究の動機も君を守るためだったんじゃないだろうか。少なくとも彼は他に研究の動機を記していなかった」
「私のために……」
「君は愛されていたんだ」
私はシャーロットにそう言って、泣きそうな彼女の頭を撫でた。
「さて、調べるものは調べた。これ以上、この資料を調べても分かることはないだろう。そろそろ帰るとしようか」
私は司書に資料の一覧が終わったことを告げ、司書は確認したのちに資料の箱を地下室へと運んで行った。
そして、私たちも図書館を出ようとしたときだ。
「こんにちは」
ひとりの女性が私たちの前に立った。喪服のような黒づくめのドレスに身を包んだ妙齢の女性で、整った顔立ちをした人物だった。だが、その怪しげな笑みを浮かべた顔には、不気味さを感じる何かがある。
しかし、私はそれ以上にこの女性から強く感じるものがあった。
「悪魔だな。私たちに何の用事だ?」
女性の緑色の瞳には悪魔の赤い色が混じっている。
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