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──ヘロディアの娘
「まずは自己紹介を。私はサロメと申します」
その女性はサロメと名乗った。
「博士。この方とはお知合いですか?」
「いいや。気を付けたまえ、シャーロット。こいつは人間ではない」
首を傾げるシャーロットに私はそう警告する。
「流石は悪魔学の第一人者であるルナ・フォーサイス博士です。ええ。私は人間ではありません。高位悪魔のひとりであるものです」
「ふむ」
自分から自分のことを明かす悪魔は嘘をついているか、小細工が通じないほどに強力な悪魔ということになる。そして、私が感じている限り、このサロメと名乗る悪魔は後者だと思われた。
地上に顕現し、存在が安定した高位悪魔。その種類や契約内容によっては、軍隊でも彼らを鎮圧することは難しいだろう。私としてもまともにやり合えば、それ相応の苦戦を強いられてしまう。
「さて、少しお話をしませんか?」
「話の内容によるな」
「ちょっとしたアドバイスですよ」
サロメという悪魔を信頼できるのか。
悪魔は絶対に邪悪で、人類に敵対的な存在というわけではない。私が以前表現したように彼らはただの隣人であり、隣人の中には善良なものも、邪悪なものもいると言うだけの話に過ぎないのだ。
「分かった。応じよう」
「では、こちらへ」
サロメはそう言い、私たちを大学内にあるカフェテリアに連れていった。
「今は亡きエヴァレット・アシュリーの研究について調べていたようですね」
「ああ。それが何か?」
「私は彼について知っています」
サロメは疑問を投げかけた私ににこりと笑ってそう返した。
「え!? お父様を知っている……!」
「ええ。シャーロットさん。彼はあなたのことをずっと心配していましたよ。たとえあなたのせいで自分の命が脅かされていたのだとしても」
「私の……せい……」
サロメが告げるのにシャーロットの表情が曇る。
「いい加減なことを言うのはやめろ。根拠もなしにそんな話は信じられない」
「それは失礼を。ですが、エヴァレットが娘であるシャーロットさんを心配していたのは事実ですよ。私は彼が魔除けを作るのに手を貸しましたから。彼は弱り、死に向かって行く最中でも、娘のために魔除けを作ろうとしていました」
「そのことは知っている。だが、魔除けに作り方を教える悪魔というのは冗談か?」
「いいえ。ちゃんと彼と契約したうえでの取引でしたよ。私は彼に魔除けについての知識を授け、彼は私に生贄として自身を捧げた。そういう取引です」
サロメがこともなげに言ってのけたのに、シャーロットが目を見開いた。
「あなたがお父様を……!」
「おやおや? 何か勘違いをなさっているようですね。彼は私に自分を生贄に捧げたのであって、私が殺したわけではありませんよ」
サロメは怒りを滲ませたシャーロットに微笑んでそう返す。
「お前は何故シャーロットが魔除けを必要としているのかは知っているのか?」
ここでサロメのペースに乗るのは時間の無駄であり、不利益につながる。私は聞きたいことをはっきりと尋ねた。
「部分的には。彼らの血筋は遠くさかのぼれば、ある魔術師に行きつくそうなのです。かつて存在した偉大なる魔術師に」
「その魔術師の名は?」
「さあ? エヴァレットもその点ははっきりとさせませんでしたから」
「では、これ以上、お前を話すことはない。失礼する」
私はサロメを置いて立ち上がろうとした。
「待ってください。アドバイスがしたいと言ったではないですか。あなた方に必要なアドバイスですよ」
「手短に言え」
「まだ魔除けが必要なのではないですか? 私は魔除けについては人間より詳しいつもりです。それなりの対価を差し出していただければ、ベルグリオスすらも退ける魔除けを教授しましょう」
どうです? とサロメはそう尋ねてくる。
「ふざけないでください!」
そこでシャーロットが声を荒げた。
「お父様の命を奪って、次は博士の命まで奪うもつもりですか!? 私は魔除けなど要りません! 少なくともあなたのような悪魔が与える魔除けなど!」
シャーロットは初めてここまでの怒りを見せた。私も呆気にとられたが、サロメの方も予想外の反応だったらしく少し戸惑った表情をしている。
「なるほど。それは残念ですね。もし、気が変わったらいつでも仰ってください。それと、です。何も捧げるのは命だけではないのですから、対価については考えすぎなくともよいですよ」
サロメはそう言って笑うとカフェテリアから去っていった。
「シャーロット」
「やはりお父様は私のために犠牲になって……」
「その証拠はない。あのサロメも証拠を示せなかっただろう?」
「それは、そうなのですが……」
「そもそも伝承の悪魔たちと現実の悪魔たちは対価というものの捉え方が異なる」
私はシャーロットに説明を始めた。
「伝承の悪魔たちは魂を手に入れ、それを地獄に連れていくことを望む。しかし、現実に悪魔にとっては人の魂はこの世界で存在する上では必要であるものの、殺して奪っても価値のないものなのだ」
人は自らの魂がとても貴重で、地獄に暮らす悪魔たちは喉から手が出るほどそれを欲していると考えてきた。
だが、所詮悪魔にとって人間の魂は、この世界に留まる上で必要になるものに過ぎず、地獄に持ち帰っても何の価値もない。
「だから、サロメが仮にエヴァレットに魔除けについて教える代わりに対価を寄越せと言ったとしても、それは必ずしも魂ではないんだ」
「しかし、だとするとお父様は何を対価に……?」
「私にもそれはまだ分からない。だが、それでも君に罪はないんだ。間違った罪悪感で自分を責めるようなことはしてはならない」
「……はい」
サロメは高位悪魔の中でも上位に存在するようなものであった。それだけの存在が、本当にエヴァレットと取引したのであれば、エヴァレットはかなりの価値があるものをサロメに提示したはずだ。
それは何だ? 彼は何を提示できた?
それを知るためならば、私もサロメと取引してもいいと思える。
「帰りましょう、博士。ここにはいたくありません」
「分かった。帰ろう」
シャーロットが提案するのに私は首肯する。
それから私たちは侯爵家の自動車で大学を去り、私の自宅へと戻った。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
帰宅すればふたりのメイドが出迎えてくれ、私は書斎に向かう。エヴァレットの研究についてまとめたメモを忘れないうちに清書しておきたかった。
「博士」
そこでシャーロットが書斎に入ってきた。
「どうした?」
「ひとつだけ約束していただきたいのです」
「聞こうか」
彼女が何を求めるのか、私は聞く。
「何があっても私のためにご自分を犠牲にされないでください。博士には2度も救われておいて何を言うんだと思われるかもしれませんが、私はもう誰にも私のせいで犠牲になってほしくないんです……!」
シャーロットはそう感情的に訴えかけた。
「ああ。分かっている。私は誰かが安易に犠牲になって救われるよりも、可能性を追及して全員が救われる方が好きだ。だから、約束しよう。君のために私が犠牲になるようなことは決してないと」
「不躾なお願いだったにもかかわらず、聞いていただいてありがとうございます」
私が同意するとシャーロットはようやく笑みを浮かべた。
彼女の笑みは私にとって尊いものになっていた。だから、彼女の笑みを守るためならば多少の苦労はしよう。だが、それでも彼女だけを残して去るような犠牲は払わない。
それは誰も救われていないのだから。
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