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──婚約破棄の話
「博士! 聞きましたわ!」
学会が終わってから帰宅した数日後のこと。
「何をだい?」
とても憤った様子でシャーロットがやってくるのに私は首を傾げた。
「博士の元婚約者のことです!」
「……ああ」
どうやらどこからか、シャーロットにアダムのことが伝わったらしい。
「わたくしのところにアダム・ラザフォードという男性から『自分はフォーサイス博士の友人だから、事業に出資してほしい』という話が来ましたの。怪しいから調べたら、このアダムという男性はフォーサイス博士との婚約を一方的に破棄したとか!」
「そうだね。アダムは元婚約者だ。私にとってはもう他人で、未練のかけらもないが」
「ですが、アダムはよりを戻そうとしたのでしょう? この前のパーティの帰りに会ったのが、アダムだったのでは?」
私がそうはっきりと言うのにシャーロットは私にそう問いかける。
「あれは私がシャーロットと親しくしていると知ったからだよ。だから、私とよりを戻し、君に近づこうとしたのだろう」
「なんてやつですの! フォーサイス博士を馬鹿にしていますわ!」
私にとっては終わった話なのでどうでもよかったのだが、シャーロットにとっては彼女の逆鱗に触れる話であったようだ。
「博士。本当にアダムには何も思っていませんの? 恨みは?」
「ないね。私にとってはもはや興味もない人間だ」
アダムが何をしようと今の私には関係ない。もう婚約は破棄されているし、私自身もそれを公開してなどいないのだから。
「しかし、わたくしが調べさせたところでは、アダムは金銭トラブルを抱えているようです。営んでいた事業が傾いたとかで。これからもしつこく付きまとってくるかもしれませんよ?」
「そのときはもっとはっきりと拒絶を示そう」
そうすればアダムも諦めるだろうと、私はそう考えていた。
* * * *
その考えが甘かったようだ。
「フォーサイス博士。アダム・ラザフォードという方から夕食のお誘いが来ていますが、どうなさいますか?」
朝、シャーロットが連れてきた中年のメイドがそう言って手紙を差し出してきた。
「アダムが……?」
私は手紙を受け取ると、そこには確かにアダムの名前と手紙の宛先である私の名前が記されていた。
「はあ。捨てておいてくれ。誘いに乗る気はない」
「畏まりました」
メイドはそう言って手紙を処理し始めた。
「博士。やっぱりアダムはしつこそうですね!」
この手紙に憤慨しているのはシャーロットだ。
「ああ。よほど君とのコネがほしいらしい。彼も私自身には興味もないだろうに」
「本当に腹が立ちます。博士のことを何だと思っているのでしょうか!」
シャーロットは今にもアダムを殴りに向かいそうな権幕であった。
「しかし、これからアダムがしつこいのは少し困るな。彼は私が行きつけているウィンゲート書店などの店を知っているから、そこで待ち伏せされると迷惑だ」
アダムとは婚約者として少なくない時間を過ごしている。そのためアダムは私を待ち伏せようと思えば、この前のパーティのときのように待ち伏せることができるのだ。
「それならばはっきりとフォーサイス博士がアダムに好意も、興味も、関心もないことを知らしめなければなりませんね」
シャーロットはそのように宣言した。
「一度しっかり話し合えということだろうか?」
「いいえ、いいえ。わたくしに任せておいてください。はっきりさせて見せますから」
シャーロットは詳細は話さず、そう請け負っていたのだった。
「ところで、博士はこれから結婚するつもりはあるのですか?」
「どうだろうか。男女の云々にはもううんざりしているところがある。また誰かと婚約したり、あるいは結婚まで行ったとしても、相手は私のことを知れば知るほど私が嫌いになるだろうから」
アダムが婚約を破棄した経緯には私自身が原因になった部分も少なからずある。今はシャーロットに面倒を見てもらって、人間らしく過ごしているが、結婚をすれば私のダメな面を晒すことになるだろう。
そうなれば相手は私のことを嫌いになるはずだ。まともに生活できない人間と。
「そんなことはありません」
だが、シャーロットは私のそんな考えを否定する。
「博士は立派な方です。聡明で、思慮深く、そして女性であっても男性と渡り合えるぐらい優れた研究を成さっている方です。何よりわたくしの命を2回も救ってくれた方なんです」
シャーロットは私の目を見据えてそう告げた。
「だから、もっと自分に自信を持っていいのですよ。博士にはそうする権利があります。当然の権利です」
「君にそう言ってもらえると嬉しいよ」
シャーロットは私を理解してくれる。何も説明せずとも、理解してもらおうと努力せずとも、私を肯定してくれる。
しかし、それに甘え続けるのは果たして私にとって、それからシャーロットにとって正しいことなのだろうか?
「しかし、博士が結婚なされるときはわたくしがしっかりと精査させていただきます。わたくしの考える基準に満たない方を博士と結婚させるわけにはいきませんからね!」
「あ、ああ」
どうやら私が結婚するためのハードルはかなり上がってしまったらしい。シャーロットは許可を出してくれる人間とはどれほどの水準の人間なのだろうか……。
「それから、博士が結婚してもわたくしは博士のパトロンであり続けますからね。博士がどうあってもわたくしが受けた恩は変わりませんから。だから、その点は安心なさってくださいな!」
「本当にありがたいよ、シャーロット。君のおかげで研究は以前よりも順調だ」
今の私は研究資金も潤沢で、本や魔道具などを取り寄せても金欠にならない。衣食住も保証されており、天国のようであった。
「しかし、君の家に迷惑になってはいないだろうか? 君の家も無限にお金があるわけではないだろう?」
「ご心配なされず。わたくしの家の資産はわたくしが資産運用して、毎年総資産は25%ずつ増えておりますの。だから、心配いりませんよ」
「そうか」
シャーロットは資産運用までできるのか。本当に凄い子だ。
「そして、恐らくはわたくしがそういう資産を有してるからこそ、アダムなどという男が近づいてきたのでしょう。実にあさましい男です!」
「彼は自分を思ってくれる女性と結婚すると言っていたが、どうやらその約束も破棄してしまったようだね」
彼は自分を思ってくれる女性より、自分の借金をどうにかしてくれる女性を求めている。何ともいうことが一転、二転とする男だ。
とは言え、私も事実上シャーロットに養われており、彼女の資産を当てにしているのは同じ。私が感じている不快感は同族嫌悪のそれなのかもしれない。
「さて、わたくしはアダムに対処するために行動しますので、暫くの間はメイドが博士の面倒を見ます。少しの間ですが、博士と離れることになりますが、心配なさらないでください」
「ああ。しかし、君は何をするつもりなんだ?」
私はシャーロットが何を企んでいるのか、さっぱりわからない。
「実に単純なことです」
シャーロットが初めて見せる意地悪な笑み。
「つるし上げて、一生社交界にいれないようにしてやるだけです」
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