ポケモン LEGENDS KYUREM 〜英雄、二人〜   作:影山ザウルス

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深夜の決斗

全身を流れる血液が凍っていく感覚がする。

体が空気を激しく求めるが、意識が朦朧として、視界が黒くぼやけていく。

ヨノワールが強力なポケモンだと言うことはテフラにもわかっていた。

勝算が無いことも。

しかし、許せなかった。

動けなくなるのを待ち、疲弊したズルッグの背中に鬼火を当て、火傷を負わせる。

そんなヨノワールのやり方がテフラには許せなかった。

 

 

その結果、ゼニガメを失った。

 

 

ゼニガメは臆病な性格だった。

訓練でも最初の内は殻にこもるばかり。

高速スピンはそんなゼニガメにとって絶好の技だった。

水鉄砲を使って、庭園の水撒きや王城の廊下掃除をやったこともある。

明日もまた一緒に"あの芽"を見に行けると思っていた。

そんな細やかな希望が、土煙と共に消えていく。

 

「テフラ!!あれ!!」

 

視界に広がる暗闇の奥からハナナ声が届いた。

微かに残る視界で、土煙を見た。

霞んだ視界でも月明かりで十分に目立つ黄色いポケモンが何かを頭に掲げて、こちらに走ってくる。

透明な塊で、中に何か入っている。

テフラにとって大事な物、大事なトモダチが入っている。

 

「ゼニガメ……?…………ゼニガメ!!」

 

ズルッグが凍り付けになったゼニガメを掲げて、土煙の中から現れた。

ズルッグはそのままテフラに駆け寄り、凍り付けになったゼニガメをテフラの前に置くと、背中を反って、頭突きで氷を砕いた。

 

「ゼニニニニニニ……」

 

ゼニガメは奥歯を震わせ、寒そうにしている。

しかし、生きている。

 

「ゼニガメ……!!」

 

テフラはゼニガメを抱きしめた。

涙が溢れ、言葉にならない声で泣き叫んだ。

一方のズルッグはゼニガメを覆っていた氷を割ったことで、頭の皮膚が裂けている。

そこをむず痒そうに弄ると、音を立てて、全身の皮を剥いだ。

まるで脱皮だ。

脱皮した皮の背中には黒く焦げた跡があるが、ズルッグの背中には火傷は見られない。

 

「……ズルッグ……!!」

 

テフラはズルッグも抱き寄せた。

突然のことでズルッグは丸い目を更に丸くした。

 

「ありがとう……ありがとう……!!」

 

「ゼニィ……」

 

ゼニガメもズルッグを感謝するように手を伸ばし、ズルッグは戸惑いながらも久しぶりに触れる他者の温もりを抱き返した。

 

「ノワワワワワワワ〜〜〜〜!!」

 

テフラ、ゼニガメ、ズルッグのが喜びを噛み締めている所に水を差すようにヨノワールの咆哮が響いた。

 

「よおし、ダゴ兄!!私達も!!」

 

ハナナがベルトからアチャモが入ったモンスターボールを取り、繰り出そうとするが、ソリダゴがそれを止めた。

ソリダゴはこの短時間で戦闘を分析していた。

ゼニガメとズルッグの強さは同等だろう。

しかし、ヨノワールの強さは次元が違う。

この状況でゴーストタイプに対して決定打に欠けるアチャモやニャオハを加えても、焼け石に水だ。

ならば、ヨノワールを捕獲するのはどうか?

ゼニガメの攻撃で少しは体力を削れていたとしても、ソリダゴ、ハナナ、テフラが1個ずつ持つモンスターボールで捕獲出来る可能性は低い。

捕獲の確率は低く、総力戦を仕掛けても勝算は無い。

だとすれば、逃げてやり過ごす。

幸い、日の出が近い。

ヨノワールがゴーストタイプである以上、日の光は苦手なはず。

太陽だけがヨノワールの追い払う唯一の手段だ。

 

「テフラ……逃げよう。戦術的撤退だ。夜明けまでやり過ごせば、ヨノワールを追い払える」

 

ソリダゴが言うなら、きっとそれが最善の策なのだろう。

しかし、テフラは立ち上がり、首を振った。

テフラもこのまま戦い続けて勝つことが出来るとは思っていない。

ズルッグは何十回も繰り出した頭突きの疲労で、ゼニガメは冷凍パンチを受けたことで長くは戦えないだろう。

だが、ここで逃げるのは違う。

勝ち負けの話ではない。

たぶん、意地の問題だ。

テフラはズルッグが守ろうとするものに背を向けたくない。

たとえ、逃げることで見事に守り抜いたとしても、たぶん納得出来ない。

ズルッグもそうだろう。

その気持ちに応えたい。

応えないといけない気がする。

せめて、一矢報いりたい。

しかし、その手段はどうする?

テフラはヨノワールを威嚇するように唸るズルッグの背を見る。

テフラがズルッグのことで知っているのは友達思いなこと。

根性があること。

露天商や自分から物を盗んだこと。

 

「ズルッグ……!!」

 

テフラが呼びかけるとズルッグが振り向いた。

テフラはズルッグに向けて手のひらを突き出し、その手を握りしめ、自分の胸に引き寄せた。

ズルッグはそれを見て、何かを察する。

一瞬戸惑うも、再びヨノワールに視線を向けて強く頷いた。

覚悟が決まったようだ。

 

「ゼニガメ、高速スピン!!」

 

「ゼニィ!!」

 

ゼニガメは高速スピンでヨノワールの周囲を駆け回る。

先程の戦闘で、目に水鉄砲を受けたことでヨノワールはゼニガメの動きを警戒している。

決定打には程遠いが、水鉄砲という有効打があるゼニガメを注意するのは当然だろう。

ヨノワールは再び目への攻撃を警戒して、腕で顔を守っている。

好都合だった。

 

「ゼニガメ、ヨノワールの腕に噛みつく!!」

 

「ガメェ!!」

 

高速スピンからの素早い動きでヨノワールの腕に飛びついたゼニガメは、そのままヨノワールの腕に噛みついた。

水鉄砲以外の有効打に不意を突かれてしまったヨノワールはゼニガメを腕から引き剥がそうと腕を振り回すが、ゼニガメもその小さな体に不釣り合いな強い噛む力で必死に食らいついている。

ヨノワールの意識は完全にゼニガメだけに向けられている。

その瞬間を逃さず、ズルッグは走り出す。

ヨノワールはゼニガメを振り払おうと必死だ。

ズルッグは大きく跳躍して、体を捻り、その小さな手に力を集中させる。

 

「ズルッグ!!どろぼう!!」

 

ズルッグの小さな手に赤黒い光が宿り、その手をヨノワールの顔面に叩きつけた。

『どろぼう』は相手に攻撃をして、隙を見て、相手の持ち物を奪う技。

ズルッグが露天商の商品を盗む中で身につけていた技だった。

テフラは昼間にトロピカルフルーツを盗まれたことを思い出し、その鮮やかな手際は、おそらくポケモンの技の影響によるものだと確信した。

ズルッグ自身は、頭突きで追い払いたいと思っていたかも知れない。

しかし、なりふり構ってる余裕は無い。

対するヨノワールはズルッグの予想外の一撃に放心していた。

決して致命的な攻撃ではない。

急所も辛うじて外れていた。

しかし、ズルッグに無警戒だった自分自身に激怒した。

 

「ノワァァァァァァァァァ!!」

 

ヨノワールは腕を力任せに地面に叩きつけ、ゼニガメが腕から離れた瞬間、悪の波動を放ち、ゼニガメを吹き飛ばした。

 

「ゼニガメ!!」

 

テフラは吹き飛ばされたゼニガメが地面に落下する前に捕まえた。

しかし、悪の波動の直撃を受けたことでゼニガメは戦闘不能になってしまった。

テフラはゼニガメをボールに戻して、ヨノワールと向かい合う。

もう小細工は通用しない。

ヨノワールも次の一撃で終わらせるつもりなのか、拳に閃光が迸る。

かみなりパンチの予備動作。

しかも、先程ゼニガメに向けたかみなりパンチとは比べ物にならない閃光。

文字通り拳に雷を宿しているようだ。

その一方で指示を待つようにテフラを見つめるズルッグ。

 

「行くよ、ズルッグ」

 

「ズゥル!!」

 

ズルッグも技の予備動作に入る。

全身全霊を込めた一撃の真っ向勝負。

 

「ズルッグ、どろぼう!!」

 

「ズゥルァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「ノワァァァァァァァァァァァァ!!」

 

深夜の墓地に轟く二匹のポケモンの雄叫び。

互いの全身全霊を込めた一撃がぶつかり合う。

鍔迫り合いのように火花が走り、夜を昼間のように照らす。

そして、巨大な爆発と爆風が二匹を中心に広がる。

 

 

 

 

 

 

夜に静けさが戻る。

テフラが恐る恐る目を開けると、全てを出し切ったズルッグとヨノワールが立っている。

しかし、数瞬の後、ズルッグだけが倒れた。

ヨノワールは何事も無かったかのように、静かに少年の眠る墓石へと向かった。

テフラはズルッグに駆け寄った。

怪我が酷くもう戦う力は残っていないが、幸い、意識もあり、命には別状が無さそうだ。

それでも、ヨノワールを止めようと、ズルッグはヨノワールに手を伸ばしていた。

もうどうしたって届かない手を伸ばしている。

ヨノワールは目的の墓石の前にたどり着き、手をかざすと、墓石から白い"もや"が溢れ出す。

ヨノワールにはこの"もや"、つまり、死者の魂を死後の世界へと導く役割があった。

突然、墓石から溢れ出した"もや"が意志を持ったように動き出し、テフラに向かって行く。

いや、テフラが抱えるズルッグに向かって行く。

"もや"はズルッグの手の辺りに漂うと、その形を徐々に人間のような形に変えていく。

その姿は少年。

年齢はテフラよりも年下に見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルル……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよ、ズルッグ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズ……ズ……ズルル!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、急にいなくなって。寂しかったよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズル……!!ズル……!!……ズ、ズルズルル?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ううん、もう一緒にはいられないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルッグ!!?ズル!!ズルルグズルッグ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一緒に騎士団になる約束……守れなくてごめんね。でもね、ズルッグ。だから、騎士団に入ってボクの分まで困っている人達やポケモン達を助けてあげてほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルズル!!ズルル、ズルッグ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。ズルッグはあんなに強かったじゃないか!!ボク、ズルッグが戦ってる所、ずっと見てたよ?凄くカッコ良かった……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルッグルッグ!!ズルルグ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルッグならきっと、きっと大丈夫……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズ……ズルル……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう……行かないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルル!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう人の物を盗んじゃダメだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルッグ!!ズルル!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなと仲良くするんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルル!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら、ボクの大事な大事なトモダチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルルゥゥゥゥ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年はヨノワールと共に浮き上がり、空へと昇っていく。

ズルッグは少年の名前を叫びながら手を振る。

小さな体を精一杯広げて、手を振り続けた。

少年もまたズルッグに向けて手を振る。

その姿が小さくなり、夜明け前の紫色の空へと溶け込むまで。

やがて、朝日が昇り、ヨノワールと少年の姿は見えなくなった。

ズルッグは本当はもっといろいろ話したかったんだろう。

少年と一緒にいたかったんだろう。

いつまでも空を見上げているのは、たぶん涙が零れないようにするため。

しかし、ズルッグは小さな手で涙を拭い去ると、テフラの方を振り向いた。

その表情はどこか不敵で、イタズラっぽく笑っている。

そして、ダボダボの皮膚を漁ると、中から真新しいモンスターボールを取り出した。

テフラは慌てて、自分の鞄の中身を確認する。

モンスターボールは市場に流通していない代物。

そんな物をズルッグが持っているはずがない。

つまり、あのモンスターボールはテフラの鞄から盗まれた物だ。

鞄の中に入れていたはずの、フキヨセ村での任務の報酬でもらったモンスターボールが無くなっている。

 

「ズ〜ルズルズルズル」

 

ズルッグは挑発的に笑い、モンスターボールをテフラの方へと放り投げた。

緩やかな放物線を描くモンスターボール。

それをキャッチしようとするテフラ。

ズルッグは痛む体でモンスターボールに向かって頭突きをした。

ズルッグの頭突きでモンスターボールの開閉ボタンが作動し、ズルッグはモンスターボールの中へと吸い込まれていく。

そして、モンスターボールがテフラの手の中に収まると、小さく揺れて、そのまま動かなくなった。

この瞬間、テフラはズルッグを捕まえた。

 

 

 

 

 

「いいのか?ズルッグを自分のポケモンにするっていうことは、ズルッグが犯した窃盗被害の弁償責任が発生するぞ?」

 

プラズマ騎士団では所有するポケモンが犯罪行為を行った場合、そのポケモンを所有するポケモン使いも責任を負う規則がある。

ズルッグには捕獲前の犯罪行為が確認されているため、テフラもその規則の対象となる。

墓地からの帰り道にソリダゴから小難しい忠告を受けるテフラだが、時間が掛かっても弁償するつもりでいる。

ズルッグが入っている真新しいモンスターボールを見つめるテフラには、先の不安など微塵も無かった。

 

「そう言う頑固な所がテフラのいいとこだよね~。それに私も手伝うよ!!ね?ダゴ兄」

 

ハナナがテフラの問題に強引に参加してきた。

もちろん、ソリダゴもそのつもりだ。

帰り道。

来た時のような霧は無く、不気味な木々はまるで帰り道を案内しているようにも見える。

 

「それにしても、なんだか不思議な一日だったな」

 

3人は立ち止まり、昨日起きた出来事を振り返るように、来た道を振り返った。

その時、3人は絶句した。

来た道を振り返った際、3人の目の前に王都を取り囲む巨大な塀と、塀の外へと繋がる重厚感のある扉が現れたのだ。

いや、"最初からその場所にあった"。

しかし、3人は墓地に行く時も、戻って来る時もこんな扉を"通っていない"。

 

「こんな扉、無かった……よね?」

 

ハナナは眼鏡のレンズを服の裾で拭き取り、もう一度扉を見た。

 

【ハルモニア王国共用墓地】

 

扉にはこの場所の名前が刻まれている。

だとすれば、ついさっきまでいた場所はどこなのだろうか?

ハナナとテフラの顔は青ざめ、ソリダゴに至っては白目で立ったまま気絶している。

ハナナとテフラはソリダゴの脇を抱えて、全速力でその場を走り去った。

 

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