ポケモン LEGENDS KYUREM 〜英雄、二人〜 作:影山ザウルス
ハナナとテフラの前を歩く老人、モンスターボール職人コウテツ。
作務衣姿で動きやすい軽装ということを差し引いても、その身のこなしは軽やかで、とても60歳を過ぎているとは思えない。
ハナナは道すがら、自分達がここへ来た理由と何があったのかを話している。
大工房でシルフから預かった手紙も渡し、先程あった戦闘についても話した。
「彼らは自分達をファイヤワークスと名乗っていました」
その言葉を聞いた瞬間、コウテツの軽やかな足取りが止まった。
「ファイヤワークス……」
「何かご存知ですか?現在、南東部のダンゴロ洞窟の採掘にも関わっているようなんですが……」
驚きを隠しきれずコウテツは振り向き、2人を見た。
「あ、ああ~……すまん。歳を取ると物忘れが酷くての。聞いたような〜聞いたことがないような〜」
曖昧な苦笑いを見せるコウテツに2人は顔を見合わせる。
「ささ、もうすぐ我が家じゃよ。久しぶりの客人じゃ。おもてなしをせにゃならんの」
コウテツは穏やかに笑いながら歩みを再開した。
何かを知っている素振りがあるものの、今は話せないのか、話す気配も無いコウテツ。
いずれにせよ、コウテツの登場によりハナナとテフラの2人の任務は完了。
しかし、王都への帰還は正直今は出来ない。
フシデとの連戦に加えて、ペンドラーとの対峙。
ポケモン達を含めて、2人は疲労困憊だ。
とても帰還どころではない。
「さあ、着いたぞ。ここが我が家じゃ」
川のほとりに佇む一件の異国風の家屋。
モンスターボールの工房も併設されているのか、煙突も見える。
ここだけ2人が見たことの無いコウテツの故郷にいるような錯覚を覚える。
数日ぶりの入浴と数日ぶりの温かい食事。
出された食事はハナナとテフラが初めて見る物で、野菜に乳白色の膜が張っている。
TEMPURAと言うらしい。
茶色いスープは味噌汁、白いつぶつぶは米という食べ物だということは何となく知っているが、実際に食べるのは初めてだ。
任務や訓練などで数日人里を離れる経験は少ないハナナとテフラだが、だからこそ、この数日の野宿や食料の現地調達からでは得られない人の温もりを感じる食事は格別だった。
庭の方では今日の戦闘で疲れ切っていたハナナとテフラのポケモン達とゼブライカが山盛りの木の実を頬張っている。
その横でコウテツのポケモンであるケンホロウとマグカルゴも一緒に食事を楽しんでいる。
コウテツとの食事中は静かなもので、ときおりコウテツからハナナとテフラに質問がある程度。
シルフからの手紙はまだ読んでいない様子で、ファイヤワークスの話題は一切出なかった。
食後は事前に話し合っていた通りに、ハナナとテフラは今晩コウテツの家に泊まることになっている。
ここまでの道中の疲れが押し寄せたせいか、ハナナとテフラは布団に入るや深い眠りにつき、コウテツはその姿を微笑ましく思った。
一方で、渡されたシルフからの手紙と2人が話していたファイヤワークスについては、喉に刺さった魚の骨のようにコウテツを苦しめた。
自室へ戻ったコウテツは先ずシルフからの手紙に目を通した。
「若人の道標になるのが年長者の務め……だと言うのに、どうもワシは妨げになることが多いの……」
翌朝は雨だった。
ゼニガメとズルッグは縁側でぼんやりと雨を眺め、アチャモは濡れないようにハナナの膝の上で丸まっている。
本来なら今日から王都に向かって歩き出す予定だったが、この雨では難しい。
加えて、王都に向かえない理由がもう一つ。
「マスター・コウテツ、今何て?」
ハナナは自分の耳を疑っている。
対して、コウテツは穏やかな口調でもう一度同じことを2人に伝える。
「此度の一件……玉石の採掘の停滞。そして、お主達を襲ったファイヤワークスが使っていたモンスターボール……その全てにワシが関与しておる」
どこから話すべきか迷うが、まずはファイヤワークスとの繋がりから話すべきだろう。
大工房を立ち上げ、モンスターボールの大量生産を可能にした報酬として、ハルモニア王国で採掘出来る様々な鉱石。
それらを使っての、"どんなポケモンも必ず捕獲出来るモンスターボール"の製作は行き詰っていた。
かつて、インテツ師匠の下で共に学んだ仲間達の間でも様々な議論をしていた。
ある者はモンスターボールの本体部分になるぼんぐりに鍵があると考え、ある者はそもそも今の技術では作れない代物だと考えることを諦めた。
その中でモンスターボールの製造過程に使用する鉱石が鍵であると考えた仲間がいた。
仲間達は各地へ赴き、様々な鉱石を試し、そして、失敗していった。
1人、また1人とインテツ師匠の夢を諦めていく知らせを聞き、自分も諦めようとしていた。
年齢も年齢だ。
他の地方に移る体力はもう無い。
自分の考えが間違っていることは薄々感づいていた。
ここいらが潮時なのかも知れない。
そんな時に話を持ちかけて来たのがファイヤワークスと名乗る男だった。
「マスター・コウテツ。我々はあなたの夢に投資したい。最高の環境と最適な材料を世界中から取り寄せましょう」
そんな甘い言葉に乗せられ、差し伸べられた手がどんな手かも知らずに取ってしまっていた。
それからファイヤワークスは確かに最高の環境をこのカナワ盆地に整え、ハルモニア王国ですら見たことのない鉱石を用意してくれた。
巡ってきたこの機会を逃すまいと、あらゆる鉱石を、あらゆる配合比で、様々な工程を経て製作に臨んだ。
結果、特定のタイプのポケモンを捕まえやすくなるボールの製作には成功した。
しかし、せいぜい2種類のタイプが限度だった。
3種類、4種類と増やすには製造の工程も難易度も跳ね上がり、全てのタイプをとなると一体どれ程の工程と材料が必要になるのかも見当が付かない。
そこで原点へと立ち戻り、モンスターボールの製造に打ち込んだ。
モンスターボールならば、どのポケモンもどのタイプも均一の捕獲率がある。
ならば、モンスターボールにこそ"どんなポケモンでも必ず捕獲するモンスターボール"への糸口があると考えた。
材料と環境は揃い、培った技術と知識を結集させれば"どんなポケモンでも必ず捕獲するモンスターボール"を作れると思った。
しかし、出来上がったモンスターボールはと言えば、木目が見え、亀裂の入った粗悪なモンスターボール。
捕獲率はモンスターボールと変わらないのに対して、一度の捕獲と捕獲したポケモンを一度繰り出すことでボールが壊れてしまう代物だった。
「ワシはこの粗悪なモンスターボールを"コースボール"と名付けた。そう、お主達が戦ったというファイヤワークスが使っていたモンスターボール。あれこそまさしく、ワシが作ったコースボールじゃ」
その後もファイヤワークスが集めた材料を使ってモンスターボールを通常通り製造しているにも関わらず、出来上がるのはコースボールばかり。
コースボールが出来る理由もわからないまま、闇雲にモンスターボールを作り続け、出来上がったコースボールはファイヤワークスが「欲しい」というから、深く考えること無くそのままくれていた。
そうして、モンスターボールする作れなくなったある日、些細なことでその理由がわかった。
「ついて来なさい」
コウテツは徐ろに立ち上がり、2人を家と併設されている工房の方へと連れて行った。
大工房とは違い、モンスターボールを1つ1つ丁寧に作るための小さな工房の中には、使い込まれて尚輝きを放つ手入れの行き届いた道具の数々に、これまで様々な製造過程を試し、その全てを記録したであろう書類の山。
1番目を引くのはそんな工房の中を埋め尽くす程の大量の木箱。
中身は玉石や鉄鉱石、そしてぼんぐり。
全てモンスターボールを作るための材料が揃っている。
コウテツは木箱からぼんぐりを1つ取り出し、更にその脇にある小さなカゴからもぼんぐりを1つ取り出して2人に見せた。
「お主達はこの2つのぼんぐりの違いがわかるかな?」
コウテツは2人に取り出したぼんぐりを手渡した。
ハナナとテフラはぼんぐりを見てみるが、どちらもしっかりと熟しているようで違いがわからない。
両手に片方ずつ乗せて見比べても、様々な角度から見ても、振ったり、匂いを嗅いでも、重さを比べても違いらしい違いは見られない。
「では、答え合わせじゃ」
コウテツは2人からぼんぐりを預かり、片手に一つずつぼんぐりを持った。
コウテツはゆっくりと息を吸い込み、肺に酸素を満たした瞬間、両手に全力の握力を込めた。
その瞬間、片方のぼんぐりが音を立てて砕けた。
対してもう一方のぼんぐりはコウテツの握力で軋み、凹むものの、力を抜くとほとんど元の形に戻っていた。
「この砕けなかった方は庭先から取ったぼんぐりじゃ。そして、砕けた方はファイヤワークスが持ってきたぼんぐりじゃ」
砕けたぼんぐりの破片を見ると、まるでファイヤワークスが使っていた"コースボール"のような砕け方をしている。
「おそらく……この砕けたぼんぐりは"同じ場所"の"同じ木"から"無理矢理"取ったぼんぐりじゃろう。いくら成長の速いぼんぐりとは言え、いや、成長が速いぼんぐりだからこそ、無理に収穫すればぼんぐりに傷みが生じる。その結果、本来繊維質で柔軟でいて丈夫なぼんぐりが、充分な繊維質を作れず、柔軟性が乏しい、ただただ固いだけのぼんぐりになってしまったんじゃろうな。これではろくなモンスターボールは作れん」
コウテツは工房に並ぶぼんぐりの入った木箱を眺めた。
つまり、この大量の木箱の中に入ったぼんぐりはモンスターボールの製造に適していないということになり、仮に作ったとしても、コースボールが出来てしまうのだ。
コースボール自体は脆いが、ポケモンを捕獲することができる。
一度繰り出すと壊れてしまうが、ハナナがファイヤワークスのフシデを運ぶためにモンスターボールに入れ直すことが出来たことから、ファイヤワークスはコースボールから出したポケモンを未使用のコースボールで再捕獲していたのだろう。
基本的にモンスターボールの所持と使用が認められているのはプラズマ騎士団のみ。
そこに騎士団以外でポケモンを捕獲し、戦闘も出来る謎の組織ファイヤワークスの出現。
そして、そのファイヤワークスとの深く関与してしまったコウテツにはきっと重い罪が科せられるだろう。
「知らなかったとは言え、知らなかったでは済まされぬ現状に関わったのじゃ。それなりの罰は受ける覚悟はある。……じゃが……」
コウテツは懐から開封済の手紙を取り出した。
シルフからの手紙だ。
〘マスター・コウテツ
如何お過ごしでしょうか?
大工房ではモンスターボールの材料が届かないという事態に陥っています。
せっかくマスターが築いた大工房とそれに関わる人達との信頼、何よりマスターに大工房を任せられた信頼に応えられない自分が不甲斐ないです。
1日も早くこの現状を解決し、モンスターボールの製造を再開出来るよう注力します。
話は変わりますが、グランドマスターの夢のボールの製作はどうでしょうか?
こんなことを未熟な私が言えた義理ではありませんが、私もいつかマスターと同じ道を歩みたいと思っています。
こちらの問題を解決させたら、一度そちらへ伺う予定です。
それまでお元気で。
シルフ〙
「ワシは良い師と巡り合えた。そして、良い弟子と出会えた。しかし、ワシは良い職人ではなかった……それが悔しい!!」
コウテツは行き場の無いこの憤りをぶつけることも出来ず、ただただ叫んだ。
ハナナとテフラにはコウテツの辛さがわからない。
屋根に打ちつける雨音がやけに小さく聞こえる。
「ま、マスター・コウテツ……」
口を開いたのはハナナだ。
「私……私、モンスターボールが欲しいんです!!ど、どうしても捕まえたいポケモンがいて……でも、モンスターボールが無くて……」
ハナナはフシデを捕まえたのに使ったモンスターボールを見た。
一つのモンスターボールは一度しかポケモンを捕まえることが出来ないため、フシデに使ったモンスターボールはもう他のポケモンを捕まえることに使うことは出来ない。
「ファイヤワークスの件、コースボールの件、私にはわからないことが多くて、どうするのが正しいのかわかりません。でも、一つだけ確かなのは、私はモンスターボールが欲しいんです!!だから……王都に戻りましょう!!」
その視線は真っすぐコウテツを見つめ、曇りの無い瞳が決して悪ふざけでなく、真剣な思いを訴えている。
ソリダゴがここにいたら「何を言っているんだ、図々しい!!」と怒られていただろう。
しかし、ハナナにとっては手紙の配達は正直二の次。
ハナナはモンスターボールが欲しいという一心でここまで来ている。
「モンスターボール……か……確かにワシに出来る償いと言えば、ボール作りだけじゃな!!ハハハ!!」
「あ、いや、そういうことじゃなくてですね、あの〜ええっと〜」
「よいよい、わかっておる。わかっておるよ」
コウテツは穏やかな表情に戻り、突然荷物をまとめ始めた。
使い込まれた愛用の道具を丁寧に布に包み、傷つかないように鞄へと入れていく。
「戻ろう。王都に戻り、ワシの務めを果たそう。それがワシに出来る償いじゃ」
もうコウテツに憤りは無い。
いつの間にか雨が止んでいる。
それはまるでコウテツの気持ちに共鳴しているかのようだ。
ハナナとテフラも互いに顔を見合わせて、帰還の準備を始めようとした。
その瞬間、外にいるゼブライカ達の雷鳴のような嘶きが聞こえる。
ハナナとテフラは慌てて縁側に向かうと、庭の真ん中に一体のポケモンが立っていた。
ゼブライカ達はそのポケモンに威嚇するように閃光を散らし、ゼニガメとズルッグも威嚇するように険しい表情でポケモンを睨みつけている。
そして、ハナナだけが、そのポケモンを見て、腰を抜かしている。
庭に現れたのは巨大なペンドラー。
この場で最も強い存在を自分だと理解しているのか、ペンドラーはゼブライカ達やゼニガメ達の威嚇など気にする素振りも無い。
この状況下で騎士団として戦えるのは、テフラだけだ。
虫ポケモンが苦手なハナナには戦闘は出来ない。
当然、ペンドラー相手にゼニガメとズルッグでは相手にならないのはテフラにもわかる。
コウテツはマグカルゴを持っているため、助力を求めようかと考えている内に、ペンドラーは前脚を曲げて、頭を下げた。
テフラはその姿を見て、昨日のファイヤワークスが連れていたペンドラーだということに気がついた。
「ほぉ~、あの狂暴なペンドラーが頭を垂れるとは……」
遅れて現れたコウテツが感心していた。
ペンドラーが頭を下げた姿を見て、敵意が無いと判断したのか、ゼブライカ達やゼニガメ達の威嚇が止んだ。
しかし、戦う意思が無いのであれば、ここに何をしに来たのかという疑問が残る。
そんなテフラの疑問を他所に、コウテツは縁側からペンドラーの方へと歩み寄るが、ペンドラーはコウテツを避けるようにそっぽを向いた。
「なるほど。どうやら、お主達のお客のようじゃの」
コウテツが手招きするため、テフラも恐る恐るペンドラーに歩み寄ると、そっぽを向けた自分の頭をテフラに差し出した。
その瞳はまるで感謝を伝えているかのように優しげで、狂暴さの欠片も見えない。
テフラは振り向き、家の中へと走り出し、自分の荷物を入れた鞄の中から1枚の紙を取り出して、ペンドラーの前に戻ってきた。
持ってきたのはハルモニア王国の地図。
テフラその左上を指差し、そこから右下を指差した。
地図の左上、つまり現在地、王国北西部のカナワ盆地。
そして、右下は王国南東部。
そこにあるのはダンゴロ洞窟だ。
ペンドラーは地図を見つめ、何度も視線を地図の左上と右下を往復させる。
そして、何度目かの往復が終わると、地図から視線を外して、テフラに背中を向けた。
「ドラァ……」
ペンドラーはまるで自分の背中に乗るようにとテフラに促している。
テフラは再び家の中へと戻り、急いで荷物をまとめる。
「て、テフラ……どうしたの?」
腰を抜かしたハナナが四つん這いになりながら、テフラに近寄る。
対してテフラはウインクで答える。
ゼニガメとズルッグをモンスターボールに入れ、鞄をしっかりと体に巻き付けるとペンドラーの元に戻った。
鞄から縄を取り出して、ペンドラーの首と自分の体を結びつけて、準備が整った。
テフラは準備が出来たよと伝えるようにペンドラーの首を軽く叩いた。
「ドラァァァァァァァ!!」
ペンドラーは立ち上がり、ゼブライカのように嘶くと、ゆっくりと、しかし、徐々に速度を上げて、茂みへと突入した。
木々や茂みを容易くなぎ倒し、遠くの方でマメパトの群れが空に逃げていく。
遠くで再びペンドラーの嘶きが聞こえてきた。
「テフラ……まさか……」
ハナナはテフラがダンゴロ洞窟に向かったのだと悟った。
その巨体に似つかわしくないペンドラーの走る速さならば、ゼブライカで走るよりもずっと早くダンゴロ洞窟に到着するだろう。
ハナナは力が思うように入らない脚に鞭打ち、立ち上がると、自分の荷造りを始めた。
「マスター・コウテツ。私達も行きましょう」
「うむ、そうじゃな。ワシらはワシらの成すべきことを成そう」
2人は荷造りを始め、王都までの食料などの必需品や、森から集められる傷薬などの材料を用意した。
用意が終えたのは昼前。
昼食もほどほどに、2人はゼブライカにまたがった。
出発する前、コウテツは名残惜しそうに家を見る。
この家での成果は決して実り多いものではなかった。
しかも、知らず知らずの内に犯罪の片棒を担ぐことになった。
だが、未練が無い訳でもない。
失敗も、ある程度の成果も、楽しい思い出であることに変わり無い。
「だからこそ……さらばじゃ!!」
ハナナとコウテツはゼブライカを操り、王都へと再出発した。