ポケモン LEGENDS KYUREM 〜英雄、二人〜 作:影山ザウルス
ズルッグはそれ程足が速いポケモンではないが、3人はなかなかズルッグを捕まえられずにいた。
理由はズルッグがこの王都の地理に詳しいことだ。
小柄な体で、狭い路地を縫うように駆けていき、人間が通りにくい場所ばかり選んで走っている。
一方のソリダゴは持ち前の身体能力で障害物を飛び越えていく。
ハナナはそんなソリダゴの後を付けて、追いかけるが、しょっちゅう転ぶ。
テフラに関しては2人を追いかけるので精一杯だった。
ズルッグはまだ追いかけてくる3人の気配を感じて、とっておきの道を選んだ。
選んだのは、人間が通るには十分な広さのある路地。
その先には木で作られた柵があった。
小柄なズルッグでもその柵の隙間を通り抜けることは出来ない。
「行き止まりだ……降参しろ」
ソリダゴがジリジリと詰め寄ってくる。
しかし、ズルッグは不敵な笑みを浮かべて、その柵に自分の頭をぶつけた。
頭突きだ。
柵が割れて、ちょうどズルッグが逃げられるだけの隙間が出来ると空かさず、隙間へと飛び込んだ。
「クッ!!」
ソリダゴが悪態をつくところにズルッグが柵から顔を見せた。
「ズ〜ルズルズルズルズルズルズル」
ズルッグは人間を挑発するように笑い、その場を走り去った。
その瞬間、ソリダゴの堪忍袋の尾が切れた。
「ダゴ兄、ズルッグは?」
遅れて到着したハナナとテフラ。
しかし、ソリダゴは何も答えず、2人に少し離れるように手で合図を送った。
瞬間、ソリダゴは地面を蹴り、助走を付けて飛び上がると、自分の両側にある壁を蹴り、柵を飛び越えて見せた。
「ええー!?それは無理だよ!!」
ハナナが嘆いていると、息も絶え絶えなテフラがモンスターボールからゼニガメを出した。
「ぜ、ゼニガメ……こ、高速ズピン……」
テフラが指差した木の柵を見て、ゼニガメは高速スピンで体当たりした。
木の柵は簡単に砕け散り、テフラはふらつく足取りでソリダゴの後を追いかけた。
「だ、大丈夫かな?」
ハナナは壊した柵の心配をしつつ、テフラと並んで、ソリダゴを追いかける。
3人は王都の中心から徐々に離れていき、人気の無い方へと走って行く。
しばらく走った先。
ソリダゴが立ち止まっているのが見えて、テフラは最後の力を振り絞ってソリダゴに駆け寄った。
一方でハナナは何度も転んだせいで、服が砂埃塗れではあるものの、呼吸は少しも乱れていない。
先に到着していたはずのソリダゴですら、呼吸を整えるのにまだ時間がかかりそうだ。
3人がたどり着いたのは薄気味悪い林の入口。
季節は春だと言うの木々は枯れ、分厚い霧が行く手を阻むように立ち込めている。
「ズルッグがこの先に逃げ込んだのはわかるんだが……」
ソリダゴは言葉を濁す。
この霧では見つけることが難しいと判断したのだろうか?
それとも2人がたどり着くのを待っていたのか?
それにしても、この林はどこなのだろうか?
3人もそれなりに王都の地理には詳しいが、こんな所は見たことがない。
その時、霧の向こうに人影が見えた。
3人は思わず身構えるが、現れたのは身なりの良い白髪の男性。
「おや、こんな所に子供が……ここは遊び場には向いておりませんよ?」
白髪の男性は優しい口調で話した。
確かに今日の3人は私服姿で騎士団としての格好ではない。
「おじいさん、私達、プラズマ騎士団のシーカーです」
ハナナが一歩前に出て名乗った。
「プラズマ騎士団の方々でしたか。これはとんだご無礼を」
白髪の男性は深々と頭を下げた。
「実は、王都に侵入して盗みを働くポケモンを追っている途中で。おじいさんは見ませんでしたか?黄色くて、赤いトサカがあるポケモンを」
ハナナが自分達がここにいる理由を話すと白髪の男性は少し考え込む様子を見せた。
霧で見えにくいものの、白髪の男性の視線が、ハナナやソリダゴ、テフラへと注がれるのを3人は感じ取った。
「おじいさん?」
「おや、これは失礼いたしました。残念ですが、お役には立てないと思われます」
「そう……ですか」
手掛かりが途絶えてしまった。
「ですが、この先に、この場所の管理人の小屋があります。管理人さんなら何かご存知かも知れません」
白髪の男性は濃い霧の奥を指差した。
他に手掛かりが無いのであれば、行く他に無い。
3人は顔を見合わせ、大きく頷いた。
「ご協力感謝致します!!」
3人は白髪の男性に敬礼をして、指し示された方向へと歩き出した。
「もし!!そのポケモンの名前は……!?」
3人が白髪の男性の横を通り過ぎた瞬間、彼は3人の方へ振り向き、声を掛けたが、その姿はもう見えない。
白髪の男性も諦めて、主人の待つ屋敷への帰路へついた。
3人が進んだ先には枯れた木々がまるで生きている者を死者の国へと誘う死神の手のように、霧の奥まで続いている。
濃い霧が立ち込め、まだ昼前のはずだが、辺りは夕暮れ時のように暗い。
春なのに、吐息が白くなるほどに涼しい。
「ここは一体……?」
「ここは墓地だよ」
「いやぁ、ごめんごめん。まさかこんなに驚くとは思わなくてさ」
この薄暗い場所と濃い霧と不気味に枯れた木々には不釣り合いなほど陽気な女性の声が響く。
「しかも、お嬢ちゃんじゃなくて、こっちのおっきいお兄ちゃんが気絶するとは思わなかった!!あっははは!!」
ソリダゴはハナナとテフラの2人に担がれて陽気な女性の小屋へと向かっていた。
「ああ、自己紹介がまだだったね。アタシ、アセロラ。この墓地の管理人をやってます!!」
ハナナとテフラの前にはボサボサの長い紫色の髪を一つにまとめたお姉さんが立っている。
歳はソリダゴと同じくらいだろうか?
「私達はプラズマ騎士団調査隊シーカーのハナナ、こっちはテフラ、それでこの気絶しているのがソリダゴです」
ソリダゴは普段は冷静で頼りになる兄貴分なのだが、幽霊や怪談やそういうものがいそう、出そう、ありそうな場所が気絶するほど苦手だった。
ソリダゴがズルッグを見失ったのも、こんな不気味な場所へ逃げこんだせいだというのは、幼馴染の2人にはわかっていた。
「ということは、ゴーストタイプのポケモンも?」
「ポケモンは大丈夫らしいです」
「あっははは、変なの〜」
そうこう話していると、視線の先に小屋が見えてきた。
「まあ狭いけど、くつろいで行ってよ」
気絶したソリダゴはアセロラのご厚意でベッドを使わせてもらえることになった。
当のソリダゴはと言えば、肩を揺らしたり、呼びかけたり、頬をつねっても目が覚めない一方で、呼吸や脈拍はしっかりあるため大丈夫なようだ。
「それで、プラズマ騎士団の面々がこんな所に来た理由は?」
「実は、王都で盗みを働くポケモンがいまして。私達が偶然そのポケモンを発見して、追いかけていたら、ここに……」
ハナナは簡潔に状況を説明すると、アセロラの表情が曇った。
「ああ……"あの子"か……」
「何か知ってるんですか!?」
「まあね。それにここに出入りするポケモンなんて、あの子しかいない。ズルッグでしょ?」
アセロラが泥棒ポケモンの特徴を言う前に追いかけてきたポケモンの名前を言い当てた。
泥棒ポケモンは確かにこの場所にいる。
「確かにあのズルッグをこのままという訳にはいかないしな〜とは思ってたけど、う〜ん……」
アセロラは眉間にシワを寄せて、腕組みをする。
その後ハナナとテフラの反応を確認するように視線を向ける。
墓地という陰鬱な場所にいるにも関わらずアセロラの表情はころころと変わる。
陽気というよりも、忙しない。
「よし、ズルッグのとこへ案内するよ」
「ありがとうございます。私はここでダゴ兄を見てるから、テフラにお願いしていい?」
テフラは頷き、アセロラと共に外へ出た。
しかし、すぐにアセロラが戻ってきてドアから顔を出した。
「ポットにお茶があるから、どうぞ。それから、小屋から出ないと思うけど、もし出るなら水辺には近づかないこと。プルリルがいるから」
それだけの忠告をすると、アセロラは外へと出ていった。
プルリル。
本来なら海にいて、獲物を海の深みへと引きずり込むとして、とても危険なポケモンだ。
そんな危険なポケモンが王都のそばにいるなんて初耳だ。
外を吹く風が小屋を揺らし、小屋を支える木の柱がハナナを脅かすように軋む。
テフラとアセロラの2人が歩いている。
先程まで立ち込めていた霧が嘘のように晴れ、青空が見えている。
霧のせいで見えていなかったが、石造りの墓が等間隔に並べられている。
その全ての手入れが行き届いており、アセロラの仕事ぶりと人柄が伺える。
2,3分歩くと、ポケモンの鳴き声、いや、話し声が聞こえる。
アセロラが人差し指を口に当てて、静かにするようにテフラに合図した。
2人が木の陰から静かに声のする方を覗き込むと、ズルッグが一つの墓石の前に座り、誰かに向かって話しかけているのが見えた。
身振り手振りで何かを伝えようとして、一匹で笑って、そして、また話し始める。
「ズルッグはあのお墓に眠ってる友達にああやって毎日話しかけているんだ。もう二ヶ月になるかな」
ズルッグの話しが途切れる。
墓地に静けさが戻るが、ズルッグは再び墓石に向かって話しかけ始める。
「何があったか気になる?」
アセロラの問いにテフラは頷く。
「自分で言っておいてなんだけど、面白い話じゃないよ?」
それはある裕福な家庭に生まれた少年の話。
少年は生まれつき体が弱く、入退院を繰り返していた。
両親も仕事が忙しく、身の回りのことは執事やメイドがやってくれていた。
そんな少年に友達はおらず、唯一の楽しみはプラズマ騎士団が過去に出版したポケモン図鑑を見て、騎士団に入って活躍する自分の姿を想像すること。
いつか病気が治ったら騎士団に入ってポケモンと一緒に困っている人達を助けることが、少年の夢だった。
しかし、病気はそんな少年の夢を嘲笑うように少年の体を蝕んでいった。
少年は食事を取るのも難しくなり、全く手を付けないこともあった。
そんなある日、窓の外から自分の食事を羨ましそうに覗いてくるポケモンがいた。
それがズルッグだった。
少年はこっそり自分の食事をズルッグに与えるようになり、やがて一人と一匹は友達になった。
いつか騎士団に入るんだ!!
少年の夢はいつしか二人の夢へと変わっていった。
こっそり部屋を抜け出して、庭で戦闘の練習をして、部屋を抜け出したことが執事に知られて少年は怒られて。
その後、二人は気づかれないようにいつも一緒に眠った。
二人はお互いがいることが当たり前になり、ズルッグはこの生活がこのまま続くとそう信じていた。
その日、的に体当たりをするつもりが、たまたま躓いて、頭から的に当たったことをきっかけに"頭突き"を覚えた日までは。
「突然のことでズルッグは今も少年のことを受け入れられずにいるの。少年が元気が出るようにって木の実やどこからか傷薬を持ってくることもあってね。たぶん、そうじゃないかなとは思ってたんだけど、やっぱり盗んだ物だったんだね」
夕暮れ時。
ようやく目を覚ましたソリダゴと共に、3人はズルッグの過去の話をアセロラから聞いていた。
「ですが、このままズルッグを放置することはプラズマ騎士団としては出来ません」
ソリダゴは出されたお茶を飲みながら答える。
どんな理由があっても、罪は罪。
野生のポケモンである以上、捕獲し、然るべき場所に連れていくのがプラズマ騎士団の職務だ。
ソリダゴは立ち上がり、小屋の外へ出ようとした。
「ああ、外は出ないほうがいいよ?"出る"から」
アセロラの制止を聞いた瞬間、ソリダゴの動きが止まり、そのまま仰向けに倒れてしまった。
「あっははは!!ホント面白い!!」
アセロラはイタズラっぽく笑い、気絶したソリダゴを再びベッドに寝かせた。
「まあ、幽霊は出ないけど、ゴーストタイプのポケモンは出るし、下手に刺激すれば危ないから、今夜は泊まってって」
嘘か本当か冗談なのかわからない、そんな口調で言うアセロラの提案にハナナとテフラは甘えることにした。
どの道、長身のソリダゴを抱えて帰るとなれば、この墓地の敷地内で遭難することもあり得る。
何より、テフラはズルッグのことが心配で、ここから離れがたいと感じている。
騎士団の職務としてではなく、1人の人間として、友達、親友とも呼べる者を失う辛さがどれほどのものか、テフラにはわからない。
もしも、今後騎士団の任務中に幼馴染3人の内の誰かに万が一のことが起きたら、そんなことを考えると背筋が凍る。
ひょっとしたらテフラ自身が"万が一"のことなんて今まで考えることなんてなかったかも知れない。
ズルッグも同じだったのだろうか?
一緒にいることが当たり前で、これから先もずっと一緒にいると思っていた相手がある日突然いなくなるなんて考えていただろうか?
他人の気持ちすらわからない自分にポケモンの気持ちを理解出来る日が来るのだろうか?
。
日が沈み、小屋の外は夜。
ゴーストタイプのポケモンが出ると聞いていたが、思いのほか小屋の外は静かだった。
ソリダゴは再びベッドで気絶し、ハナナとアセロラはソファで眠っている。
1人起きてるテフラはズルッグのことが気になり、なかなか寝付けずにいた。
静かな夜だが、ズルッグはどこで寝ているのだろうか?
春とは言え、夜になればまだ肌寒い。
テフラはアセロラから借りた毛布に包まりながら、他の3人を起こさないように静かに小屋の外に出た。
昼間言っていたように水辺やゴーストタイプのポケモンにさえ注意すれば、ズルッグがいた場所まではすぐだ。
テフラは昼間に案内された道を辿り、ズルッグの様子を覗き見たあの木にたどり着いた。
ズルッグは墓石の前で眠っている。
ダボダボの皮膚をまるで掛け布団のようにしている。
どうやら寒くは無さそうだ。
テフラは足音をたてないように、ズルッグに近寄った。
「ズル…………ズルッグゥ…………」
寝言で誰かを呼んでいるのだろうか?
ズルッグの閉じた目から涙が溢れた。
おそらく親友の少年の夢を見ているのだろう。
テフラがその場を離れようとした瞬間に足元の小枝を踏んでしまい、甲高い音が夜の闇に響いた。
その音でズルッグは目を覚まし、慌てて立ち上がると周囲を警戒し始める。
そして、その視線がテフラに向けられると、ズルッグは威嚇するように唸り始めた。
テフラは敵意が無いことを示そうとするが、ズルッグの様子がおかしい。
視線がテフラに向けられると感じていたが、よく見ると視線はテフラの後方に向けられている。
しかも、体が小刻みに震えている。
夜の寒さが原因ではない。
何かに怯える自分を奮い立たせようとしているような震えだ。
ズルッグの敵意はテフラではなく、テフラの後方にいる"何者"かに向けられている。
「ズルッグ!!ズルズル!!ズルッグ!!」
ズルッグは駆け出し、テフラの後方の何者かに向かって頭突きを繰り出した。
テフラはズルッグの頭突きを避けると同時に、自分の背後の何者かから距離を取り、その姿を確認した。
そこにいるのは、おそらくポケモン。
おそらくと言うのは図鑑でも見たことがないポケモンだからだ。
丸い胴体に巨大な口と、まるで顔を擬装するような目のような模様があるが、本当の顔は胴体の上に付いており、紅い一つ目がズルッグを見据えている。
「ノワ〜ル」
そのポケモンの名前はヨノワール。
ハルモニア王国では見られないポケモンだ。
ズルッグがヨノワールに向かって頭突きを仕掛けるが、ズルッグはヨノワールの体を通り抜けて、反対側の地面に突っ込んだ。
しかし、ズルッグはすぐに立ち上がり、ヨノワールの背後から頭突きを繰り出した。
当然結果は同じだ。
頭突きの効果が無いということは少なくともヨノワールがゴーストタイプであることが、テフラにはわかった。
「ズルッグ!!」
「ズルッグ!!ズルズル!!ズ〜〜〜ル!!」
テフラがズルッグにヨノワールには頭突きが通じないことを伝えようとするが、ズルッグはそれを拒むように怒鳴りつけ、再びヨノワールに頭突きを繰り出した。
頭突き。
アセロラの話では、ズルッグにとって思い入れのある技のようだが、ヨノワールに効果は無い。
テフラは腰のベルトからゼニガメの入ったモンスターボールを取り、戦闘に参加しようとした。
しかし、それに気づいたズルッグの頭突きがテフラ目掛けて飛んできた。
間一髪の所で避けることが出来たものの、ズルッグはテフラの戦闘への介入を許さないと言わんばかりに睨みつけてくる。
「おうい!!テフラ〜!!」
真夜中の墓地にハナナの声が響き渡る。
声がした方を見ると、騒ぎを聞きつけたソリダゴ、ハナナ、アセロラの3人が現れた。
たどり着いた3人の視線はズルッグが必死に頭突きを食らわせているポケモンに向けられた。
「何だ、あのポケモン!!?」
やはりソリダゴも知らないポケモンのようだ。
しかし、アセロラだけは違った。
「あのポケモンはヨノワール。死んだポケモンや人間の魂を死後の世界に連れていくって言われているポケモンだよ」
ヨノワール。
改めて聞く未発見のポケモンの名前。
王都はもちろん、ハルモニア王国では見られないポケモンだ。
そんなヨノワールに勇敢に、あるいは無謀に頭突きを繰り出すズルッグ。
ズルッグよりも何倍も大きな巨体を持つヨノワール。
ヨノワールがゴーストタイプであることは明白だが、ズルッグは決して頭突きを止めようとしない。
「何で、ズルッグはヨノワールを攻撃するの!?」
「たぶんだけど、ズルッグはヨノワールからあの少年を守ってるんだよ」
アセロラの口調からは陽気さがない。
嘘でも冗談でもない。
もしも、ヨノワールがアセロラの言う通り、本当に死者の魂を死後の世界に連れていくのだとしたら、今、目の前で起きているのは、紛れもなくポケモンが人間を守っている姿だ。
状況を飲み込めないソリダゴとハナナはズルッグがヨノワールを攻撃している姿を見るしか出来ず、テフラもまたズルッグから戦闘への介入を拒まれている。
ズルッグは頭突きを止めない。
墓地にズルッグの声だけが響き渡り、ズルッグが攻撃すればするほどにズルッグが傷ついていく。
攻撃すればするほど、ズルッグだけが疲弊していく。
そして、何十回目かの頭突きがヨノワールの巨体をすり抜けた時、ついにズルッグの動きが止まった。
必死に起き上がろうとするも、腕にも足にも力が入らず、地面に転がった。
ヨノワールは何十回もズルッグに攻撃されても、これまで一切動いていなかったが、ズルッグが起き上がれない様子を見て、ついに動き出した。
胴体から伸びた腕を持ち上げ、手の平に黒い火の玉を作ると、起き上がれないズルッグの背中に向けて、火の玉を飛ばした。
「鬼火だ!!」
黒い火の玉がズルッグの背中に当たると、不気味な炎が一気に燃え広がった。
「ズル!!?ズルゥゥゥゥ!!」
ズルッグは悲鳴をあげて、地面をのたうち回り、背中の火を消したが、背中には大きな火傷を出来てしまった。
惨い光景にハナナは思わず手で顔を覆い、ソリダゴも目を反らした。
ただ1人、テフラだけはその光景から目を反らさなかった。
テフラは全身を流れる血が沸き立ち、音を鳴らして全身を駆け巡るのを感じ、ベルトからゼニガメの入ったモンスターボールを投げて、戦闘に介入した。
「ゼニガメ!!水鉄砲!!」
「ガメェ!!」
ゼニガメは主であるテフラの強い怒りの感情に応えるように叫び、大きく息を吸い、全力の水鉄砲を放った。
水鉄砲はヨノワールの体を通り抜けることなく、しっかり当たっているものの、ポケモンとしての強さの違いなのか、ヨノワールはびくともしていない。
「ゼニガメ、高速スピン!!」
ゼニガメはテフラの指示に戸惑い、テフラに視線を向ける。
その目には激しい怒りが燃えているものの、冷静さは保っている。
ゼニガメはテフラを信じ、高速スピンでヨノワールに体当たりする。
当然、ゼニガメもヨノワールの体をすり抜けてしまう。
「ゼニガメ、水鉄砲!!」
ゼニガメがヨノワールの体をすり抜けた瞬間に出た指示に従い、甲羅から手足と頭を出して、水鉄砲を撃つ。
狙ったのはヨノワールの紅い目。
「ノワ〜〜〜!!」
ヨノワールは水鉄砲が目に直撃したことで、手で目を押さえた。
ゴーストタイプのポケモンであろうと、生物である以上必ず急所が存在する。
ヨノワールの場合、それが"目"だった。
視界を奪われたヨノワールはもがくように手を振り回し、追撃を防ごうとする。
「ゼニガメ、高速スピン!!」
再び高速スピンを使って、今度はヨノワールの背後に向かったゼニガメ。
「水鉄砲!!」
ゼニガメはヨノワールの後頭部に向けて、水鉄砲を放った。
ヨノワールは背後からの攻撃にバランスを崩して、両手を地面に付いた。
テフラはゼニガメに更に追撃の指示を伝える。
徐々に視界が回復してきたヨノワールの周囲を高速スピンでかく乱し、側面や背後から水鉄砲を浴びせる。
水鉄砲がヨノワールに与えるダメージ自体は微々たるものだが、それを何度も繰り出すことで、少しずつヨノワールの体力を削っていく作戦だ。
この作戦は確かに効果を与えているようだった。
「ノワ……」
突然ヨノワールの体から黒い煙、いや光の波が溢れ出す。
「テフラ!!悪の波動だ!!」
ソリダゴの警告は早かったが、テフラの指示は間に合わなかった。
直後、ヨノワールから黒い光の濁流が高速スピンで移動中の無防備なゼニガメに押し寄せた。
ゼニガメは悪の波動に飲まれ、軽々と空中を舞った。
その瞬間を逃さず、ヨノワールは冷気を込めた拳をゼニガメに叩きつけた。
「冷凍パンチ!!?」
ヨノワールの冷凍パンチを食らったゼニガメは全身が凍り付いて動けなくなってしまった。
テフラの作戦は効果があったが、同時にヨノワールを完全に臨戦状態にさせてしまっていた。
ヨノワールは目標をズルッグからゼニガメへと変更し、紅い一つ目で睨みつける。
冷気を帯びていた拳に今度は閃光が迸る。
かみなりパンチの予備動作だ。
実力差は歴然。
加えて、身動きの取れないゼニガメへの電気タイプの技。
ヨノワールは拳を振り上げる。
「ゼニガメ!!」
ゼニガメは動けない。
そして、ヨノワールの拳が容赦なく振り下ろされた。
拳に集束した電気が直撃すると同時に爆発し、周囲に轟音と共に稲妻が走った。
夜の闇を昼間のように照らす稲妻が、その威力を物語っている。
数瞬の後、わずかな稲妻の余韻が残る墓地。
あれだけの威力のかみなりパンチの直撃にゼニガメは耐えきれるはずもない。
テフラは先程の煮えたぎる怒りが一瞬にして凍り付き、膝から崩れ落ちた。