魔都精兵と狐面(二代目)   作:北斗七星

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書き溜めはここまで。次は何時投稿できるだろうか・・・


出会M(魔防隊):初陣と肉食お姉さん

 高校生になって早数か月。一人暮らしのワンルームマンション、あとは寝るだけの格好で詠龍は自身で作り出したバックルを丁寧に磨いていた。夢の中で英寿に作り方を教わり、詠龍の手で一から生み出したそれらは本物と比べても全く遜色の無い性能に仕上がっていた。

 

「うし、綺麗になった」

 

 磨くのに使っていたタオルを置き、バイクのハンドルのような持ち手とメタリックレッドの色合いが特徴的なブーストバックルを他のもの同様に勉強机の上に並べた。

 

 マグナム、ゾンビ、ニンジャ、ビート、モンスター、パワードビルダー、そしてブースト。自分の手で作ったものとはいえ、綺麗に揃っているのを見ると子供心にテンションが上がってくる。

 

 うんうん、と一人満足気に頷きながら時計を確認する。時刻は丁度午後十一時。何時もならそろそろベッドに入っている時間帯だが、明日は皆大好き土曜日である。

 

「明日はあいつらに付き合う予定もないし、あの二つも作り切っちゃうか」

 

 高校生活で出来た、遊びに誘ってくれる友人たちは今度こそ彼女を作ると息巻き、何度目になるか分からない玉砕(ナンパ)に挑もうとしていた。ナンパは一度として成功したことは無く、後日悲しみに暮れる友人たちを詠龍が慰めるというのがお決まりのパターンとなっていた。

 

「普通にしてりゃ彼女出来るだろ、あいつら。欲望に素直すぎるんだよ」

 

 週明け拝むことになるだろう憔悴した友人たちを想像し、溜め息一つ吐きながらバックルを全て収納ケース(自作)に戻す。ケースを棚へと戻し、入れ替わりに工具箱を取り出して机の上に置いた。

 

「日付が変わる前には作れるか?」

 

 スパナ、ドライバーといった工具を手にバックル作製を始める。ちなみにバックル作製には創世の力を使うため、ぶっちゃけてしまうと工具の存在は何の意味も無い。ただ、手に何か持ってた方が作業が早く進む、気がするらしい。

 

 机に向かい手を動かし続けること約一時間。一か月ほど前から思い描いていたものが完成し、詠龍は達成感に浸りながら大きく伸びをした。机の上には二つのバックル。片方はパラボラアンテナを模した形状をしており、もう片方はロイター板(跳び箱の踏切板)のようだった。

 

「レーダーバックルとジャンプバックル」

 

 レーダーバックルはある現象を探知するために作ったものだ。醜鬼出現や、醜鬼の通り道となる魔都と人間界を繋ぐ門の現界、即ち魔都災害を。その範囲は日本全土まで広げることも可能だ。

 そしてジャンプバックルは現地に赴くための次元跳躍装置である。とあるバックルとの併用が不可欠だが、この二つがあれば詠龍は北は北海道、南は沖縄。果ては魔都にすら即座に移動することが可能だった。

 

「……冷静に考えると我ながらとんでもないもん作っちまったな」

 

 創世の力恐るべし、と若干引きながらレーダーバックルの試運転を始める。アンテナ部分をポチッとなと押せばピポポポ、ピポポポと某宇宙恐竜の声にそっくりな待機音を鳴らしてバックルが魔都災害の探知を始めた。

 

「よし、ちゃんと動くか。よかった。まともに起動しないで最初から作り直しとかマジで勘弁d」

 

『アッタヨォン……』

 

「うっそだろ、おい」

 

 魔都災害、反応有り。バックル完成の余韻は拭い去られ、息が詰まるほどの緊張感が襲ってきた。カチカチ、と二度アンテナ部分を素早く押せばバックルから立体映像が宙に投影され、魔都災害発生場所の近辺地図が表示された。

 

「ここ、日本じゃなくて魔都の中か。状況は」

 

 表示範囲を広げる。日本では見慣れない地形の中、人を示す青い点が一つ所在無げに動き回っていた。

 

「醜鬼がこっちに来たんじゃなくて、人の方があっちにいった感じか。魔防隊の救助はまだ来てない……それ以前にこの人のことは気付いているのか?」

 

 魔防隊の救助がすぐに来るようであれば下手に首を突っ込んで現場を掻き回さない方がいいのではないか、と些か日和った考えが脳裏を過ぎる。が、そんなものを待っている暇は無いと現実は容赦なく押し寄せてきた。

 

「おいおい、醜鬼の反応が一、二の……五体分。確実に向かってやがる。それなりに距離あるのにどんな探知能力してんだ」

 

 醜鬼の存在を意味する赤い点、それが青い点へ向かって移動していた。接触まで二分もかからないだろう。

 

「ごちゃごちゃ考えてる暇はねぇか!」

 

 椅子を蹴り飛ばすように立ち上がり、クローゼットへ向かう。中からギーツ本編で登場した*1デザイアグランプリ参加者のユニフォームを纏い、その上からバックルホルダー付きのベルトを巻く。

 

 机の上のバックル二つをポケットに突っ込み、更にケースから取り出した二種類のバックルをホルダーにセットし部屋から飛び出した。

 

「ブーちゃん!」

 

 マンション敷地外の道路まで飛び出し周囲に誰もいないことを確認、左腰ホルダーのブーストバックルを叩く。狐の鳴き声と機械音が混ざったような音声が響き、詠龍の目の前に一台のバイクが飛び出してきた。

 

『BOOSTRIKER』

 

 朱と黒のボディに白いライン、後部にはカラフルな色合いのテールユニット。正面ライトの上部分にギーツのマークを刻まれたバイク、ブーストライカーである。オリジナルと違う部分はタンク左右部分にバックルを嵌め込める装置があることだ。

 

「ぶっつけ本番だけどいけるか?」

 

 ハンドル部分にかけられていたフルフェイスヘルメット(狐耳付)を被り、タンクにレーダー、ジャンプバックルを取り付けそのまま発進させる。目指すは少し離れた場所にある直線に長い道路。

 

 道路交通法ガン無視でブーストライカーを飛ばし、一分と経たずに目的地に辿り着く。他に走っている車両がいないのを確認し、一気にアクセルを全開にした。闇夜をつんざく爆裂音すら置き去りにして千切れ飛んでいく風景、全身を後ろへと押し倒すような空気抵抗を物ともせず加速し続ける。速度メーターが二百を示した瞬間、ジャンプバックルを起動した。

 

『JUMP』

 

 響くマシンボイスを塗り潰さんと閃光が迸る。夜の闇を上書きする光が詠龍の姿を呑み込み、瞬きする間もなく弾け飛んだ。そこに爆発的速度で走るバイクと搭乗者の姿は無く、深夜の静けさだけがあった。

 

 

 

 

 

 走る、走る、ひたすら走る。昔話に出てくる鬼から逃げ惑う子供の様に、いや、そのものとなって彼女は薄気味悪い雰囲気漂う魔都を走っていた。普段からの運動不足が祟り、肺には刺すような痛みが走り喉は焼け付くようだ。だが、それでも脚は止めない。止まったら最後、後ろにいる鬼に捕まってしまうから。

 

「何で、私がこんな……!」

 

 荒い呼吸の合間に思わず呟いた。今日は久々に予定の合った友人と飲みに行き、職場の上司についての愚痴を散々言いまくった。それは悪いことだと言われれば確かにそうなのだろう。だが、こんな目に合わなければならないほどのことか?

 

 毒々しい色の空に禍々しい空気の異世界に迷い込み、そこに住む醜い鬼に追いかけ回されなければならないほどのことか?

 

 今の理不尽な状況への怒りと迫りくる死への恐怖でぐちゃぐちゃになった頭の中で様々なことが浮かび上がった。関係良好な家族、遊びに誘えば応じてくれる友人、勤め先の尊敬できる上司にセクハラしてくる嫌いな上司。絵に描いたような普通の、掛け替えのない人生だ。

 

「やだ、まだ死にたくない……彼氏だって、出来たことも無いのに……!」

 

 逃げ始めた時は遠かった醜鬼の気配は今や背後に迫っていた。異形の腕を伸ばし、今にも自分を捕まえようとする醜鬼の姿を幻視し涙が零れる。自分ではどうしようも出来ない状況、無意識に、縋るように声を搾り出した。

 

「誰か、助けて」

 

「了解!」

 

 聞こえるはずの無い力強い応答。危機的状況から逃避するのに無意識に都合のいい存在を頭の中に作り出したのだろうか? いや、しかし確かにその声は彼女の耳に届いていた。すぐ後ろにいる醜鬼の存在感を吹き飛ばすパワフルなエンジン音も。

 

 涙で霞む視界、目の前には大きな岩。それを飛び越え、朱色の車体が躍り出た。

 

 

 

 迷い人とそれを追いかける醜鬼達。視認すると同時に右腰のマグナムバックルを起動し、拡張武装を右手に呼び出す。白い銃身を彩る朱いアクセント、黒いグリップに狐の尾を模した撃鉄。マグナムシューター40X、その銃口を空中から五体の醜鬼に向ける。

 

 一回分の銃声で五発の弾丸を放つ。狙い過たず、弾丸はそれぞれの醜鬼の頭部を撃ち抜いた。唐突に制御を失い倒れた五体分の質量が慣性で地面を滑り、削りながらさっきまで捕えようとしていた女性の真横を通り過ぎていく。もうもうと砂煙を上げて漸く滑走を止めた醜鬼達に動く気配は無かった。

 

 着地の衝撃を物ともせず、ブーストライカーを進行方向に対して無理矢理平行にスライドさせ急ブレーキをかける。タイヤがゴリゴリと地面を抉るのを感じながら左足もブレーキ代わりにし、右から左に持ち替えたマグナムを呆然としている女性の向こう側で動かなくなった醜鬼へと向けた。

 

 舞い上がった砂塵がゆっくりと晴れていく。その間も醜鬼が動き出す様子は無かった。

 

「……死んだか? 一発でお陀仏とは存外に脆い連中だな」

 

 左手から銃が掻き消える。ハンドルを握り、アクセルターンで車体を女性へと向けた。ゆっくりとバイクを進め、今だに状況を把握し切れていない女性に声をかける。

 

「こんばんは。助けに来ました」

 

 簡潔に告げるも、返ってくるのは要領を得ない戸惑いだけだった。まぁ、無理もないかと詠龍は心の中で溜め息一つ。何せ今の詠龍の格好はフルフェイスヘルメット(しかもシールドはミラーシェイド仕様で狐耳のオマケ付き)、デザグラの基本まっくろくろすけユニフォーム。完全に不審者です、本当にありがとうございます状態だ。現世で見られたら通報されるか妖怪として扱われるかのどちらかだろう。

 

 そんなのに助けに来たと言われて素直に助けてもらおうとする脳内お花畑人間はそうはいない。どうすっぺかと悩んでいるとブーストライカーが電子じみた鳴き声を上げた。突然、響いた狐の声にギョッとする女性に大丈夫だからと片手で示しながらタンクを撫でる。

 

「ブーちゃん、どったの?」

 

 問いかけに対する応えとしてタンクのレーダーバックルから周辺地図の3Dが投影された。地図には女性を指す青点と詠龍のものである白点が映されており、ここに近づいてくる十の赤点も確認することが出来た。

 

「あ~、お姉さん。俺みたいな不審者に助けられたくないって思うのは当然ですし、魔防隊の救助が来るのを待つって言うならそれまで護衛するのも吝かじゃないですけど……あんまお勧めしないです」

 

 突如目の前に浮かび上がった地図に声も出ない女性に親指で後ろを見るよう促す。視線を向ければ遠目にだが、さっきまで自分を追いかけていたものと同じ奴らが近づいてくるのが見えた。しかも今度は二倍の数だ。蝋かと思わせるほど顔から血の気を引かせて女性は詠龍の後ろに飛び乗った。

 

「早く! 早く出して!!」

 

「分かった、分かりましたから落ちつあでで! ヘルメット叩かないで掴んで揺らさないで鞭打ちになる!」

 

 半狂乱になる女性を最低限落ち着かせ、ブーストライカーを発進させる。女性を振り落さない程度の、だが圧倒的な加速で醜鬼達の姿をミラーから消し去った。

 

「一旦、あいつらがいないとこまで走ります」

 

 聞こえているかどうか分からないが女性に声をかけ、そのままのスピードを維持して数分走り続ける。レーダーで周囲に脅威がないことを確認してから漸くアクセルを緩め、穏やかに停車した。

 

「お姉さん、もう大丈夫ですよ……お姉さ~ん」

 

 腰に回った、獲物を絞め殺すアナコンダのような両腕をどうにかしてもらおうと優しく声をかけること数回。ようやっと解放された詠龍はブーストライカーから女性を降ろし、近くにあった座るのに丁度いいサイズの岩へと連れていった。

 

 震えの治まらない女性を岩に座らせ、視線を合わせながらもう一度自身の目的を告げた。

 

「貴方を助けに来ました。貴方を無事に家に帰らせるために、元の暮らしに戻すために俺は来ました」

 

 ゆっくりと向けられた瞳は荒れ始める寸前の水面の様に波打っていた。

 

「私、帰れるの?」

 

「帰します」

 

 枯れた葉擦れよりも弱々しい問いに静かだが力強く頷いて見せる。途端、女性の目から大粒の涙が零れ始めた。絶体絶命の極限状態から解放された安堵感から溢れる涙は簡単には止まらず、声を上げて泣きじゃくる女性の背を詠龍は優しく撫で続けた。

 

「んじゃ、しっかり掴まっててくださいね」

 

 後ろに座る女性に呼びかけながらエンジンを吹かす。威勢の良い、という域を超えて暴力的に轟く爆音に女性は不安そうな顔をしていた。

 

「あの、これ大丈夫なんですか!? 凄い音してるけど!?」

 

「大丈夫です! 跳ぶのに結構なスピード必要だからこれくらいやんないと駄目なんです! バックトゥザフューチャーのデロリアンと同じで……って言っても分かんないか」

 

 レーダーバックルに女性から教えてもらった住所を入力し、ジャンプバックルを準備状態にセッティングする。これで後は時速二百キロに到達すれば。

 

「はい、到着」

 

 瞼すら貫通して目を焼き潰すような光は一瞬で治まった。恐る恐る目を開けばそこは彼女にとって見慣れた風景だった。

 

「ここ、何時も会社に行くのに使ってる道です……」

 

 魔都から現世に次元を飛び越えて戻ってきたSF極まる体験が俄かには信じられないのか女性は自身の頬を抓って夢じゃないか確かめていた。いたた、と背後から聞こえる声に小さく笑いながら詠龍はレーダーバックルから表示される地図で女性の家までの道のりを確認する。

 

「こっから……何分もかからないか。いや、途中で交番あるからそこで保護してもらったほうがいいな」

 

 行きますよ、と声をかけ移動開始。魔都の時とは打って変わった安全運転で走ること暫し、数十メートル先に交番の明かりが見える地点でバイクを止めた。

 

「俺はここまでです、後は警察の人に。魔防隊の人からも何か話は聞かれるかもしれませんけど、怪我をしてる訳でもないし無事に戻ってこれて良かったねで終わるでしょ」

 

「えっ、貴方は」

 

「いや、俺も一緒に行くとすんごい面倒なことになりますので。実を言うと無免許でして」

 

 まぁ、英寿との修行でバイクの乗り方も叩き込まれているのでそこらの免許持ちよりは余程上手い運転を出来るが、そんな説明は公的機関に通用はしないだろう。あんぐり口を開く女性に追撃で未成年であることを伝えれば目が飛び出んばかりに驚いていた。

 

「魔都への門が開く気配も無いしもう大丈夫。貴方を傷つけようとする奴はいませんよ」

 

 バイクから降りた女性にヘルメット越しに笑いかける。今夜のことは彼女の心に爪痕として残り、悪夢となって苛むかもしれない。だが、彼女は五体満足で生きている。そして助けに来てくれる存在を知った。なら、いつの日か乗り越えられる時が必ず来るはずだ。

 

「助けられて本当に良かった」

 

「貴方は、一体誰なんですか?」

 

 通りすがりの仮面ライダー。女性の問いに格好つけて答えようとしてはたと気づいた。いや俺変身してなくね? と。たっぷり数秒逡巡した後、右手で影絵を作って見せる。親指につけた中指と薬指を顔に、立てた人差し指と小指を耳に見立てたそれは、

 

「通りすがりの狐です」

 

「へ、狐?」

 

 頭の周りに幾つもの疑問符を浮かべる女性を曖昧な笑みで誤魔化し、Uターンして背を向ける。

 

「あ、待って!」

 

 呼びかけを無視し、走り出す。風のように現れて誰かのピンチを救い、何も求めず去っていく。ヒーローとはそういうものだろう、と一人心の中で格好つける。そのまま消えようとする詠龍の背に言葉が届いた。

 

「本当にありがとう! 私を助けてくれて、ありがとうございました!」

 

 感謝の言葉に振り返りそうになるのをどうにか堪え、軽く手を上げて応えるに留める。今度こそアクセルを全開にしてジャンプバックルを起動させた。拡がる閃光に女性は思わず目を閉じた。

 

 怖々と瞼を持ち上げればそこには最初から何も無かったかのように静寂だけが残っていた。魔都へと迷い込み、名も知らぬ誰かに助けてもらった。そんな非現実的なことなど最初から起こらなかったというように。

 

 だが、彼女の記憶に確かに残っていた。泣いて逃げるだけしか出来なかった自分を颯爽と救いだしてくれたヒーローの存在が。両手を握り締め、もう一度ヒーローに伝えるべき言葉を呟く。

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

「ふぃ~、何とかなったぁ」

 

 部屋に戻ってくるなり床に寝転がる詠龍。魔都へと跳んだ影響か、戦闘らしい戦闘はしていないのにどっと疲れが出てきた。汗や砂ぼこりで汚れているが風呂に入るどころかシャワーを浴びる気すら起こらず、着替えもせずにそのまま眠ることにした。

 

 リモコンで部屋の電気を消し、両腕を枕に瞼を閉じる。予め助走でもつけてたのかという速さで睡魔はやって来た。幾らもしない内に意識が暗闇に引き込まれていく。

 

 意識が落ち切る寸前、頭の中で再び声が響いた。護り、助けた証となる言葉。

 

 助けてくれて、ありがとうございました。

 

 自然と笑顔が浮かんだ。お礼を言ってもらえたのは勿論、何よりも自分が降りかかる理不尽から誰かを護れたのが何よりも嬉しかった。

 

「やってやるよ、力の限り……」

 

 人を助けられた実感を薪に胸の中で決意をより熱く燃え上がらせる。誓いを新たに今度こそ眠りへと落ちた。布団を被らずに寝たせいか次の日は軽い風邪になった。

 

 

 

 

 

「通りすがりの狐君、か」

 

 魔都、六番組寮。レクリエーションルームのソファーに腰かけ、スマホ片手にその名を呟くのは六番組組長、出雲天花である。周りには副組長、東八千穂に組員の若狭サハラの姿もあった。

 

「またあの化け狐の話かの。あっちでもこっちでも狐、狐。魔防隊は何時から妖怪ファン倶楽部になったのじゃ?」

 

「でも、そうなるのも無理ないんじゃないかな~。やってることがやってることだし、無視は出来ないよ」

 

 通りすがりの狐。その存在は半年前に発生した魔都災害を切っ掛けに魔防隊内で噂されるようになった。

 

 魔都に迷い込んだ女性が無傷で現世に戻ってきたことが始まりだった。桃がもたらす異能を持たない一般人が、魔防隊の助けも無しに、醜鬼に襲われたにも関わらず五体満足無傷で現世に帰ってきた。魔都という場所が如何なるものかを知っている者にしてみればそれがどれだけ有り得ないことか分かるだろう。

 

 どうやって現世に帰ってきたのか話を聞くため、件の女性を魔防隊隊員が訊ねた。が、その口から語られる内容は余りにも荒唐無稽だった。狐を名乗るバイク乗りが颯爽と現れ、醜鬼達を瞬く間に撃ち倒してその上ワープで現世に戻してくれたと。当然、そんな話が信じられることは無く、最終的に極度の緊張と恐怖からありもしない幻覚、或いは妄想を見たと結論付けられた。

 

 だが、同じことが何度も起きれば話は変わってくる。この半年間に別で六名の民間人が魔都に迷い込む事件がそれぞれ時期をずらして発生していた。加えて六人共に無傷で帰還、老若男女口を揃えて言うのだ。

 

『通りすがりの狐が助けてくれた』

 

 最初に狐の名を口にした女性を含めれば計七人、全員が通りすがりの狐という存在を示唆していた。偶然、全員が同じ内容の幻覚を見たというのは余りにも無理がある。狐の存在は現実味を帯び出し、実際にいるのではないかと口にする者が魔防隊内に出始める。そしてとうとうその存在を決定づける事件が某市で発生した。醜鬼が現世に迷い出るタイプの魔都災害だ。

 

 現れた醜鬼の数は十体前後と魔都災害の中では小規模なものだが、それでも被害は甚大なものになる。何せ既存の兵器は効果無く、倒せるのは魔防隊の異能ないし特殊仕様の武器を持った者だけ。一体だけでも数十人単位の犠牲者を出す醜鬼が複数体出現すれば、魔防隊が現場に到着するまでの間に目を覆うような被害が生まれる……はずだった。

 

 無言で天花はスマホ画面をタップし、一つの動画を再生した。運悪く魔都災害の現場に居合わせた若者が自暴自棄になって始めた生配信を切り抜いたものだ。壊されていく町並みと逃げ惑う人々、悲鳴と喧騒の二重奏がスマホから流れ出す。

 

「またあの動画かえ? 元になった配信のアーカイブは数分で消されたというのに後から後からよぅわいて出てくるのぅ」

 

「今のご時勢、ネットに上がったものは何であれ簡単には消えないからね~。こういう、言い方は悪くなっちゃうけど刺激的なものは特に」

 

 組員二人が天花の肩越しにスマホを覗き込む。動画の中では正に撮影者が醜鬼に襲われ、最初の犠牲者となろうとしている場面。前触れなく白い光で染め上げられる画面、同時に響く力強いエンジン音。光の晴れた画面に映し出されたのはバイクの後輪を顔面にめり込ませた醜鬼だった。

 

 重みに耐え切れず倒れた醜鬼の頭部がごしゃりと日常では聞き慣れない嫌な音を上げて轢き潰される。画面には惨劇の始まろうとする町を背景に一人のライダーが映されていた。

 

 朱色の車体に黒づくめの様相、何より目を引く狐耳のついた珍妙奇天烈なフルフェイスヘルメット。魔都へと迷い込み、無事に生還した者達が語った通りすがりの狐その物だった。

 

『何やってんだ、んなことしてる暇があるなら逃げろ!!』

 

 呆然としている撮影者に鋭い声を飛ばし、狐はバイクを駆り混乱の渦中へと飛び込んでいく。そこからの展開は正に電光石火の出来事だった。何処からともなく現れた白い銃で、或いは朱いバイクで次々に醜鬼を打ち倒していく。登場してから僅か数分、醜鬼の群れを全滅してみせた狐は生き残りがいないのを確認すると文字通り光の中へと消えていった。

 

「お蔭で建物への損害は多少あれど、死傷者は奇跡的にゼロ。現世で起こった魔都災害の中では類を見ない軽微な被害で事態は収束した。狐君様様、ってとこかな」

 

「しかしな~にがしたいんじゃろうな、こいつは? 何が目的なのかさっぱり読めん」

 

 少なくとも金銭目的ではない。それ目的なら魔都から救出した者達にそういった要求をするだろうが、少なくとも現段階でそんなことはされていないと本人達が否定している。

 

 では名声が欲しいのかといえばそれも違いそうだ。世間では魔都に迷い込んだ七人は魔防隊が救出したことになっている。悪し様な言い方になるが労せずして魔防隊は狐の功績を掠めとったのだ。だというのに狐からは何の反応も無い。彼らを本当に助けたのは自分だと発信するでもなく、状況を受け入れている(少なくとも魔防隊から見たら)ように思えた。

 

 魔防隊の中では何らかの組織が対醜鬼の武器を開発し、それを売り込もうとしているのではという意見も挙がっている。だが、それだと何故何時まで経っても魔防隊に接触してこないのかという疑問が出てくる。狐の用いる武器、といっても今のところ銃とバイクだけだが、有用性は今までの魔都災害の解決で実証済みなのに。

 

「案外、人助けがしたいだけだったりして」

 

「いや、それは無いじゃろ。そんな人を助けるのが趣味ですなんて者はおらんて。一昔前の特撮ヒーローでもあるまいし」

 

「何がしたいのかは本人に聞くしかないんじゃないかな。目的もそうだけど、他にも色々と聞いてみたいことはあるし」

 

 動画を巻き戻し、再び再生。

 

『何やってんだ、んなことしてる暇があるなら逃げろ!!』

 

 注意深く、その声を聞く。妙に心地良く(少なくとも天花にとっては)感じるそれは間違いなく男のものだった。

 

(やっぱり何度聞いても男の子の声だよね)

 

 人を助ける目的、武器の入手方法、どこの誰なのか。狐に関して様々な疑問が挙がっているが、一つだけ話にも上がらないことがある。それは狐の性別だ。一人を除き、魔防隊の者は狐を女性だと決めつけていた。

 

 この世界では魔都の桃がもたらす異能によって戦う役割を持つのは男では無く女になっている。そういう先入観もあり、醜鬼を相手に戦う狐は女だと信じて……というか疑問にすら思っていなかった。天花一人を除いて。

 

(声も体つきも男性的なのに何で皆女って断定するのかな? でも、常識的に考えると男の子だって思ってる私のほうがおかしいのか)

 

 体つきに関しては滅茶苦茶鍛えている上にペチャパイだから、声に関しては変声機をヘルメットに仕込んでいるのだろうという見解で落ち着いている。言われてみれば確かにと納得出来る部分もあるが、しかし天花には狐が女であるとはどうしても思えなかった。というより思いたくない、という表現の方が正しいか。

 

(何でなのかな? とにもかくにも気になる子だよ)

 

 スマホの電源を落としたその時、部屋の中にアラーム音が鳴り響いた。音の発生源であるタブレットを確認したサハラの顔が驚きに歪む。画面には醜鬼出現の文字が映っていた。

 

「南十五キロの地点に醜鬼が出現……それも凄い数です」

 

 画面に表示された醜鬼の反応。数えるのも馬鹿らしくなる量が一点を囲むように円形展開している。その一点の中央に民間人二人の反応があった。

 

「何じゃこの数!? 何時の間に巣でも出来て……っ!?」

 

 醜鬼の数に驚いていた八千穂の目が更に大きく見開かられる。突如として民間人の反応が三つに増えたのだ。画面外から飛んできた訳では無く、まるで瞬間移動でもしてきたかのようにそこに現れた。

 

「組長、これは」

 

 間違いない、狐だ。緊張の走る室内、立ち上がった天花は言葉短く組員二人に告げる。

 

「六番組、出るよ」

 

 

 

 

 

「いや、何か嫌な予感はしてたぜ? 最近魔都に迷い込む人の数多いし、現世に醜鬼は出てくるし。変なことが起こる前触れなのかってちょっと考えてたけど……まさかこんなことになるとは」

 

 レーダーバックルで掴んだ情報を基に魔都へと跳んで来てみればそこには迷い込んだ大学生カップルとそれを囲む醜鬼の群れ。現在地はビル三、四階程度の高地だ。ぐるりと周囲を見回せば四方八方に醜鬼、醜鬼、醜鬼、醜鬼……地平線が見えなくなりそうな数がひしめいている様は醜鬼畑と呼ぶに相応しかった。

 

「ファンに出待ちされるアイドルってこんな感じなのか?」

 

 決定的に違うのは連中が抱いているのは好意では無く敵意だということか。あんまりな状況にどうすべきか考えていると後ろから声がかけられた。

 

「あ、あの、貴方って某市で醜鬼が出てきた時に戦ってた……」

 

「あ、はい。通りすがりの狐でっす。よろしくどうぞ」

 

 震える恋人を抱き締めながら掠れた声で訊ねてきた彼氏君に詠龍はぴらぴらと手を振って見せる。当たり前というべきか、彼氏君の顔は気の毒なほど血の気が引いていた。恋人がいる手前、どうにかパニックにならないでいるようだ。彼氏君の腕の中にいる彼女さんはもっと酷い。今にも泣き出しそうで、今にも意識を失いそうなこの世の終わりみたいな顔をしている。

 

「お二人を助けに来ました……って格好良く決めたいんだがなぁ」

 

 どうにか安心させてあげられないかと声をかけるも、二人の不安を払拭出来る力強い台詞は言えなかった。なんせ状況が刻一刻と悪化してきている。レーダーバックルの表示する周辺地図に示される醜鬼の反応は未だに増え続け止まる事を知らない。それに場所も悪かった。

 

「じ、じゃあ早く」

 

「そうしたいのは山々なんですが場所がまずい……まず助ける方法ってのがブーちゃん、あ、このバイクのことです。ブーちゃんに乗って次元跳躍で現世に戻るってやり方なんですけど、それやるためにはかなりの速度、具体的に言うと時速二百キロ以上出さないといけなくて」

 

 今いる高所の広さは二十メートル程度。速度を出すには狭すぎた。他にも問題点がある。ブーストライカーに乗れるのは運転手である詠龍を含めて二人。つまり、この方法でこの場を脱出するには彼氏君か彼女さん、どちらかが残らなければならなくなる。そうすればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

「あ、そうだ。ブーちゃん、サイドカーって出せる? それで三人で跳ぶとかって出来たりしない?」

 

 返ってくる電子的な鳴き声は申し訳なさに満ちていた。

 

「出来るっちゃ出来るけど、それだと速さを出すのが難しい? 二人乗りならギリこの高台で跳べるけど、サイドカー有の三人でってなると確実に群れに突っ込む? そっかぁ……」

 

 ヘルメットの中で眉間に皺を寄せて考え込む。どうすれば二人とも無事に現世へと帰せるか。こうしている間にも醜鬼の包囲は狭まっている。残された時間は少ない。

 

「僕が残ります。だから、あいちゃんを助けて下さい」

 

 余りにもか細く頼りない、だが断固たる決意を滲ませた声だ。悲愴な決意を浮かべた顔で見詰めてくる彼氏君に視線を向け、詠龍は一瞬で理解する。これは何を言っても説得は出来ないと。

 

「え、え、しんちゃん、何言ってるの? 駄目だよ、一緒に逃げようよ!?」

 

「あいちゃん、さっきこの人が言ってたの聞いただろ? 三人一緒に逃げるのは無理だって。だったらまずあいちゃんと先に逃げてもらって、あいちゃんを安全な場所まで送ってもらった後に僕を迎えに来てもらえばいい。そうすれば二人とも助かるだろ?」

 

 大丈夫大丈夫、と縋り付く彼女さんに引き攣った笑顔で精一杯の強がりを見せていた。

 

「僕、小学生の時はいつもマラソンの授業、一位だったんだ。あんな奴らからちょっと逃げるくらい、軽いもんだよ」

 

 恋人に、何より自分に言い聞かせているようだが嘘だ。醜鬼と一般人の運動能力は比べ物になるものではない。追いかけっこをすればプロのアスリートだって数分と経たずに捕まるだろう。醜鬼に関する知識が無くても分かる(というか一目瞭然)ことだ。

 

 分かった上で自分が残ると言っている。己に待ち受ける結末を知り、それでもなお愛を守るために。

 

 格好いいな、と世辞でも何でもなく素直に心から思った。愛する人のために敵わないと知りながら立ち向かう姿はヒーローを連想させる。そして詠龍にとっての始まりを思い起こさせた。今、この手にある(仮面ライダーの)力はこんな人達を守るためにあるのだと。

 

 バイクから降りてヘルメットを脱ぐ。突然、素顔を顕わにした詠龍に、何よりその正体が自分達よりも年若い少年の物だと分かり大学生カップルは驚愕に身を固めた。

 

「大丈夫、俺がお二人を無事に帰します。ちょっと待ってもらうことになっちゃうけど」

 

 魔都の風景は精神衛生上よろしくない。枯れ木の生えた色褪せた大地、息苦しいほどに重く沈んだ空。醜鬼に襲われずとも長時間いるだけで心がじわじわと蝕まれていく場所だ。そんな所だからこそ、詠龍は迷い込んだ人達をなるべく早く現世に戻すようにしているのだが今は出来ない。なら、出来る状況へと変えればいい。

 

「こいつらを片付けます」

 

 即ち、邪魔者の殲滅。多少なりとも時間は要するだろうが、何とでもなるはずだ。

 

「ブーちゃん、ヘルメットもう一個ちょうだい。それと、これから俺があいつらの注意を引くからいい感じのタイミングで脱出お願いね」

 

 自身のつけていたヘルメットを彼氏君に、ハンドルに現れたもう一つを彼女さんへと被せる。同時にブーストライカーがサイズはそのままに狐の姿へと変形した。よろ、と詠龍が声をかければ狐形態のブーストライカーことブーちゃんは頷き、鼻先を器用に使ってカップルを己の背中へと乗せる。

 

「俺が戻るまでブーちゃんがお二人を守ります。そこらの醜鬼が束になっても負けないんで安心してください」

 

「君は、一体……?」

 

 何でバイクが狐に変形したのか、どうやって醜鬼を片付けるのか、それ以前に高校生くらいにしか見えないような子供が何でこんなことをしているのか。聞きたいことが多すぎる、状況展開が早すぎる。情報処理が追いつかずパンクしそうになる頭で彼氏君は辛うじて一つだけ訊ねた。

 

 その問いかけに詠龍は不安、憧憬、恐怖、尊敬、強がり、覚悟、様々なものを乗せて答えた。

 

「仮面ライダーさ」

 

 二人に背を向け、走り出す。投げかけられる二人分の呼び声を無視し、高台から跳び下りた。腹の中が浮き上がる感覚と空気を裂く音を楽しみながら、崖途中に生える出っ張りを足場にして降りた。危なげなく着地、ゆっくりと立ち上がれば醜鬼の波が迫ってくる光景が広がっていた。大きく息を吸い込み、地を呑み込む醜鬼共に向かって叫ぶ。

 

「おら、こっちだ不細工面共!!」

 

 意味が通じたかは定かではないが、押し寄せる波の勢いが大いに増した。接敵まで一分とかからないだろう。

 

「数は、やっぱそれなり以上に多いな。これに加えて後ろの奴らもって考えると……大変だな、おい」

 

 小さく苦笑い。これからやる事を現実でするのは初めてだというのに緊張は無く、頭の中は見事に凪いでいた。あるのはやらねばならぬと燃え上がる心火のみ。

 

「英寿さん、使わせてもらいます」

 

 腹部に手をかざす。微かな光と共に腰に巻かれる変身アイテム、その名は、

 

『DESIRE DRIVER』

 

 ベルトの左右にあるホルダーからバックルを引き抜く。右手にリボルバーのシリンダーとグリップを模した白いマグナムバックルを、左手にメタリックレッドのフレーム輝くバイクハンドル型のブーストバックルを握りドライバーの左右に装填する。

 

『SET』

 

 詠龍の左右に浮かび上がるMAGNUM、BOOSTのロゴマーク。場違いな、美しい起動音が流れ始める。狐の影絵を作った右手を眼前に持ち上げて小さく一礼、銃の形へと変えて押し寄せる敵群へと向けた。口にするのは勿論、あの言葉。

 

「変身!」

 

 指を弾き鳴らし、左右のバックルを起動。撃ち出された六発の弾丸が、噴き上がる赤炎が二つのロゴマークを装甲へと変えた。一瞬で詠龍の姿を黒いスーツが包み込み、落ちるように白い狐面が頭部を覆う。

 

『DUAL ON』

 

 一拍遅れて白い装甲が上半身に、朱い装甲が下半身へと装着された。首元を流れるマフラーが風に靡く。

 

『GET READY FOR』

 

BOOST & MAGNUM

 

『READY FIGHT』

 

 仮面の戦士誕生を祝うように歓声が鳴り響いた。人々の幸せを、笑顔を守るために戦う仮面ライダー。

 

「ギーツ、仮面ライダーギーツ。以後お見知りおきを」

 

 正に参上の瞬間である。

 

 

 

 

 二人の観客(・・・・・)に聞こえるように名乗り上げる。雄叫びを上げて突っ込んでくる醜鬼に向け、右腰から引き抜いたマグナムシューター40Xの銃口を突きつける。吐き出された弾丸が先頭で走る醜鬼の頭部を破砕した。続けて撃ち出される銃弾が周囲と後続の醜鬼達を同様に頭無しへと変えていく。しかし敵の勢いは露ほども衰えない。

 

 構わずにマグナムのトリガーを絞り続ける。薙ぐように、弧を描くように銃口を奔らせ、前方左右に無数の弾丸を放った。一発一発が狙いを外さず、近寄ろうとする醜鬼を死体へと変える。命を散らせた同族を悼む様子は無く、寧ろ邪魔だと骸を蹴倒し踏み潰してなおギーツへと迫ってきた。

 

(分かっちゃいたが、やっぱ仲間意識とか無いのな、こいつら)

 

 銃撃を続けながら後ろを、さっき自分が跳び下りてきた崖壁を見上げる。そこには既に無数の醜鬼が張りついており、嫌悪感を覚えさせる動きで他のものには目もくれず一直線にギーツへと向かっていた。

 

(俺以外見えてないって感じか……ブーちゃんは無事にここを離れられたみたいだな)

 

 一先ず安堵し、視線を前に戻す。後数歩詰めれば凶悪な爪が届く距離まで醜鬼は肉薄していた。更には後ろの崖からも敵が滝のような勢いで襲い掛かろうとしている。多勢に無勢、誰がどう見ても絶体絶命のピンチ。だが、戦士は仮面の下で笑った。

 

「温いぜ」

 

 炎が爆ぜる。脚部に装備されたバイクのマフラー型パーツから迸る噴炎を推進力にギーツは高々と跳び上がった。爆発的な噴射と仮面ライダーのスペックが加わり、跳躍の到達点は醜鬼がどれだけ手を伸ばそうが届かない高さとなる。

 

 再びマフラーから放出される炎で超加速。その身を一本の飛槍と化し、醜鬼の群れの真っ只中へと飛び込んだ。紅蓮の一刺しが地面に突き立つ。いや、最早着弾と呼べる威力の一撃が爆炎と衝撃を撒き散らし、周りの醜鬼達を無惨な肉塊へと変えて吹き飛ばした。

 

 寸の間、ギーツ周辺のスペースが空いた。すぐさまそこを埋めるように醜鬼共が殺到してくる。四方八方から突っ込んでくる敵を一瞥し、左前腕に装備されたアーマードガンを展開させた。

 

 二つの銃口が無数のマズルフラッシュを放つ。途切れることなく奏でられる銃声と共に四方八方へと飛び出していく弾丸が数十体という醜鬼を瞬きの間に撃ち抜いていく。銃弾の豪雨とも表現できる弾幕がギーツ周囲に文字通りの屍山を築き上げていった。

 

 しかし、醜鬼達の物量はギーツが作り出す銃弾防壁を上回った。偶然か故意か、同族の骸を盾に一体が飛び回る銃撃を掻い潜り、牙の届く距離まで詰め寄ることに成功した。裂けそうなほどに開いた口から乱杭歯を覗かせ、ギーツに牙を突き立てんと飛びかかった。

 

 ゴギャァッ!!

 

 噴出する炎によって威力を激増させた蹴撃に顎諸共に脳天を撃ち抜かれた。真下からの蹴り上げでかち合い砕けた乱杭歯が散らばっていく。

 

 軽く浮き上がった醜鬼の巨体。高々と持ち上げた足先を即座に戻し、ギーツはその場で体を回転。重力に従って落ちようとする醜鬼の腹に槍の如き蹴りを打ち込んだ。花開くように炎が弾ける。音すら置き去りにする勢いで吹き飛ぶ死体が進行方向の群れをも巻き込む。不運にもギーツの放った一撃の直線上にいた醜鬼達はボーリングのピンよろしく爆ぜ飛んでいった。

 

「ストライク、ってな」

 

 その後もギーツは襲い来る醜鬼達を殲滅していった。超高速で乱射される銃弾で、銃弾の雨を突破されたら噴炎を乗せた蹴撃で。醜鬼の群れはギーツに触れることすら出来ずに魔都に屍を晒していった。

 

 中には合体しようとする個体もいたが、仲間と寄り集まる事すら出来ず銃撃に撃ち抜かれる。戦いが始まってから数分、千近くいた醜鬼も動けるのは数十体程度まで数を削られていた。

 

 もう少しで終わる。そんな考えが頭を過る刹那、ふと思った。あれ、これもしかしてフラグ?

 不意に地面が揺れる。醜鬼の援軍でも来たのか、と素早く周囲に視線を走らせた。が、それらしいものは見えないし、何より生き残っている醜鬼が警戒を露わにしていた。

 

(こいつらとは無関係? じゃあ一体)

 

 思考を巡らせるよりも早く、再び振動が地面を通して伝わる。ビシビシ、と音を立てて地面が割れ始めた。咄嗟にギーツは大きく飛び退き、罅の入った地面から距離を取った。宙に浮いている間にも罅割れは音を鳴らし大きくなっていく。離れた場所に着地すると同時に揺れの発生源が地面を割り開いて姿を現した。

 

「何じゃこいつは」

 

 思わず声が出た。新手の醜鬼かと思ったが違う。地面から出てきたそれはギーツの知る醜鬼とはかけ離れて姿をしていた。醜鬼は基本人型。少なくともギーツが今まで戦ってきた奴らは姿に多少の個体差はあれど二足歩行、二本腕に頭一つがデフォルトだった……のだが、今目の前にいる敵は余りにも異質な存在だ。

 

 例えるなら下の段が極端に大きい黒鏡餅、或いは頭部を異様に小さく作った黒い雪達磨か。頭部と思しき部分には双眸といくつかの角が見て取れた。ずんぐりむっくりした胴体からは短く太い脚、殺傷力増し増しの爪を備えた腕とちんまりした尻尾が生えている。

 

 何より目を引くのは胴体の前部分を丸ごと刳り貫いて取り付けたような大口だった。それは頭では無く、胴体部分に口を持っていた。大柄な男性どころか、醜鬼ですら一口で丸呑み出来そうな大きさ。ずらりと並んだ鋭利な牙も合わさり見る者の恐怖を掻き立てる姿をしている。

 

「最後の最後で面倒くさそうなのが出てきたな……ん?」

 

 不意に目の前の黒鏡餅、もとい異形が視線を向けてきた。どう頑張って見ても友好的なものではない。体勢を低くしたのも束の間、大口から特徴的な鳴き声を上げてギーツ目がけ突進してきた。

 

『ドガグィィィ!!!』

 

「キャラ付けが凄いな」

 

 通常の醜鬼に比べても速いと言える巨体の突撃は脅威だが、余裕を持って対応出来る程度だった。冗談を口にしながらギーツは寸前まで異形を引きつけ地面を蹴る。ふわりと浮きあがったギーツの真下を異形が轟音を上げて通り過ぎていく。

 

 前転の要領で体を半回転。反転した視界、逆さに移る異形の背中に向けてマグナムを連射する。十発の弾丸が異形の皮膚を抉り、血が噴き出すがそれだけだ。内部までは届いておらず、ダメージは与えられていない。

 

「見た目通りタフだな」

 

 異形が醜鬼の屍山にダイブするように突っ込んでいくのを尻目に体勢を戻し着地する。すぐさま振り返り、死体の山から出ようともがく異形に弾丸を撃ち込み続けた。全弾、異形の背中や腰に当たってはいるが、掠り傷程度にしかなっていない。

 

「やっぱマグナムじゃ厳しい、ライフルならいけるか? それとも頭を狙うか」

 

 漸く異形が巨体を死体の山から引き抜いた。同時に悍ましく、耳障りな音がギーツの聴覚を襲う。反射的に耳を塞いでしまう、無理矢理肉を食い千切り、骨を噛み砕く咀嚼音。まさかと仮面の下で目を丸くするギーツへと異形が体を向ける。

 

「マジかよ。こいつ、喰ってやがる」

 

 音の正体は想像通り、異形が醜鬼の死体を貪る音だった。胴体の大口が動く度、一杯に頬張られた死体が不快な音を立てて飲み込みやすい姿になっていく。隙だらけの姿だが、余りにも惨たらしい光景を前にギーツは暫し放心してしまう。その間も異形の食事は続いた。

 

 口内が空になると腕が伸びて周りの死体を掴んだ。ぽいぽい、とスナック菓子のように次から次へと放り込まれ、これ以上入らなくなると食事が再開される。世にも恐ろしい咀嚼音が流れ始め、同時に異形の体が変化を始めた。

 

「え、何、唐突な成長期?」

 

 内側から無理矢理押し広げるように異形が巨大化していく。既に地面を突き破って出てきた時よりも二、三回りは大きくなっていた。それだけじゃない。

 

『『ジィィキィィ!!』』

 

 口内から竜の如き姿の舌が二本、伸びて大口とは別にそれぞれが独立して周囲の死骸に文字通り喰らい付いていた。肉を食い千切っては飲み込み、満足する様子も見せず次の肉へと噛り付く。七つの大罪、暴食が具現化したらこんな姿なのだろうか、とギーツは背中にうすら寒いものを感じずにはいられなかった。

 

 不意に今まで食事に没頭していた竜舌二体がギーツへと視線を向ける。いや、目と判断できる器官があるようには見えないが、何某かの方法で間違いなくギーツを認識していた。マグナムを握る右手を僅かに緊張させ、ギーツは相手の出方を窺う。

 

『『アァァクッ!!』』

 

 血の滴る口を広げ、竜舌はギーツへと恐ろしい速さで伸びていく。常人では反応することも叶わない襲撃。しかし、竜舌の牙が届くよりもギーツが撃鉄を起こす方が早かった。

 

『BULLET CHARGE』

 

 醜鬼を一射で屠る威力をより高めた銃撃が竜舌の先端を粉々に粉砕する。剥き出しになった内側から血を噴き出して力を失った舌が地面に落ちる、かに見えた。

 

『『アァクジッキィッ!!』』

 

 瞬時に傷口が盛り上がり、何事も無かったかのように竜舌が再生する。一度落ちかけた軌道を戻し、今度こそ竜舌はギーツに襲い掛かった。僅かな時間差をつけての頭部への噛みつき。首を左右に傾け容易く躱し、地を蹴り異形へと駆けた。一蹴り、二蹴りでトップスピードに乗り、途中から竜舌の上を走って接近戦を仕掛ける。

 

 両腕は食事中、竜舌はまだ戻ってきていない。完全に無防備な異形の頭部にギーツの蹴りが炸裂した。ブーストの加速を乗せた重撃が異形の頭部を半壊させる。食事の手が止まり、巨体が頼りなく揺れていた。脳、があるかどうか定かではないが、頭への一打が判断能力を狂わせたようだ。その証拠に目の前にギーツが着地しても反撃も防御もしようとしない。

 

デザイアドライバーの左側、ブーストバックルのハンドルを捻る。唸るエンジン音。バックルから炎が噴き上がり、超高密度エネルギーがギーツの右脚を赤熱させた。真っ赤に燃え上がる右足を異形へと叩き込む。

 

『BOOST STRIKE』

 

 右足を異形の腹にめり込ませた体勢から更に全身を駆動。蹴りをもう一段押し込むと同時にエネルギーを炸裂さる。爆ぜ広がる焔の大輪が異形を醜鬼の死体群諸共に木端の如く吹き飛ばした。二度、三度と地面を跳ね、異形は別の死体の山へと突っ込んでいく。

 

「う~ん、バックル一つじゃ火力不足か。一撃で決めないと延々回復され続けちまうし……厄介な相手だな」

 

 ギーツのぼやきを肯定するように異形が死体の山を食い破りながら現れた。焼け焦げた体の四割ほどが消し飛んでいる状態だがまだまだ健在、元気よく醜鬼の死体(エサ)を食べて回復と巨大化に努めていた。

 

 どうしたものかと悩み、撃破の糸口は何かと大きくなり続ける異形を観察する内に気付く。現れた時は割かし滑らかだった黒い皮膚が妙にデコボコしていた。それもマグナムの弾を撃ち込んだ部分とは違う箇所だ。

 

「あれは」

 

 注視を続ける内に疑問は氷解する。異形の膨張する体に比例して増大する骨や筋肉が皮膚を突き破っているのだ。体の所々で白い骨が飛び出し、剥き出しの黒みがかった筋肉が蠢いている。

 

 一瞬考え込み、ギーツはマグナムを数発撃ち放った。弾丸はそれぞれが異形の異なる部分へと命中し、着弾箇所を大きく抉り取る。当然、回復が始まり傷は内側から出来たものを含めて治っていくが、竜舌を粉砕した時に比べかなりの時間がかかっていた。

 

「随分と柔い。食べてる、いや、でかくなっている最中は皮膚の硬度が落ちる? 甲殻類の脱皮と同じようなもんか。それに回復が遅いのは、体の大きさに能力が追いついてないから……うん、ならいける」

 

 頭の中で戦術構築、これならば目の前の敵を撃破可能と判断。勝ち筋は見出した。後は駆け抜けるのみ。

 

「さぁ」

 

 仰々しく、芝居がかった動きでマグナムの銃身で円を描く。銃口を食事を終えた異形へと向け、己を鼓舞する意味も込めてあの決め台詞を口にした。

 

「ここからがハイライトだ」

 

 即ち勝利宣言だ。走り出し、特大のげっぷを吐き出す異形に銃弾を浴びせ注意を引く。さっきはマグナムで大きな傷を負わせられたが、今は皮膚を薄く削り取るだけで終わった。有効打にはならない、しかしそれは想定の範囲内。ギーツは自身を囮にして異形をある場所へと誘い込んだ。

 

「ほら、好きなだけ食べろよ」

 

 そこは異形にとっての食べ放題レストランだった。ギーツによって撃ち殺された醜鬼の死骸がゴロゴロと転がっており、その数は三桁に届くだろう。異形が死体へと手を伸ばすのを確認し、ギーツは周辺の死体が食い尽くされるのを待った。その間、竜舌が執拗に攻撃してくるが全て余裕を持って回避する。

 

 消えていく醜鬼の死骸に反比例して肥大を続ける異形。全身から悲鳴のような音を立てて成長、損傷、回復を繰り返していた。それでもなお食うことを止めず大きくなり続ける姿に知らず狐面の下で眉を顰める。他の命を喰らい、己の血肉とする。生物として極々当たり前の行為も度を過ぎればこうも悍ましくなるのか。小さく頭を振って湧き上がる感傷を払い、ギーツは次の餌場へと異形を誘導する。

 

 続けること数回。相変わらず襲ってくる竜舌を時に掻い潜り時に飛び越え、適当にあしらいながら異形に飽食の限りを尽くさせた。折り重なった死骸を丸ごと蹴り飛ばし、空きかけた大口に放り込んでやったりもした。結果、

 

『バァカグイィィ……』

 

「まだでかくなるのか。本当、どうなってんだ?」

 

 五階建てのビルくらいならそのまま丸呑み出来そうなサイズへと変貌していた。小山と表現しても遜色なくなった体はとっくに回復が追いつかなくなっており、全身の至る所から露出した骨や筋肉がそのまま治らずにいる。動く度、塞がっていない傷口から血がボタボタと垂れ落ちて荒れた大地を汚していた。

 

「もう十分か」

 

 呟き、仕掛ける。ブーストの高速移動で異形の背後へと回り込んだ。認識範囲の中から一瞬で掻き消えたギーツを探して視線を彷徨わせる異形に銃撃で場所を教えてやれば、微かな地響きを上げて巨体が振り返ろうとする。左足を地面に沈み込ませ、右足を持ち上げて体を捻る瞬間を狙いギーツは撃鉄を上げた。

 

『BULLET CHARGE』

 

 幾つもの電撃を帯びた弾丸が異形の左足を貫通し、虫に食われた枯れ木の如くズタボロにする。脆くなった皮膚、落ちた回復力、成長に伴い爆増した体重、背後へと向くための動き。様々な要因が重なり、異形の左足がブヂブヂと凄惨な音を立てて千切れた。

 

「やっぱり急激な変化には体が追いつかないよな。シ○・ゴジ○の蒲田くんも品川くんに進化した時、体冷やせてなかったし」

 

 尚、着想の元は生前に好きだった映画だったりする。超重量が砂塵を噴き上げ、巨体を覆い隠すほどのカーテンを作り出した。片足では体重を支えられず、傾いたまま砂塵の中で動けずもがく異形へ向けていた銃口を下ろす。

 

「いくら短足でもそれを治すのはそれなりに時間かかるだろ」

 

 これから放つ大技を確実に当てるため、ギーツは異形の片足を破壊して機動力を奪った。まぁ、例え異形が万全の状態であっても直撃させる自信はあったが念には念を、だ。

 

 マグナムを右腰のホルダーにマウントし、デザイアドライバーへと手を伸ばす。マグナムバックルのシリンダーを回して引き金を押し、ブーストバックルのハンドルを二度捻った。銃声に豪快なエンジン音が重なる。ドライバーが光を帯び始め、ギーツの周囲を炎が舞い踊った。

 

「派手に打ち上げますか」

 

『BOOST TIME』

 

 地面に跡を残すほどの力で跳躍、同時に両脚のマフラーが向きを変えてロケットの如く炎を放出する。緋色の軌跡を描き、ギーツは逆巻く流星となって空高く跳び上がった。

 

 地面は遠く、眼下で未だ立てずにいる異形が恨めし気に見上げてくる。怨嗟の視線に応えるように腰から引き抜いたマグナムを向けた。これより放つのは今までのものとは比べようもない威力を持つ銃弾、いわば必殺の魔弾だ。

 

 トリガーを引く、合わせてブーストバックルを操作。火を噴くエンジン音、爆炎がギーツを呑み込む。陰鬱な魔都の空気を焼き尽くさんばかりの焔を纏い、撃ち出された魔弾を追って急降下していく。

 

MAGNUM BOOST GRAND VICTORY』

 

必殺技、即ちライダーキック! 魔弾と共に迫るギーツに嘗てない脅威を感じたのか、異形は足の再生よりも防御を優先した。かざした両腕、その上に伸ばした竜舌を交差させて盾とする。

 

 魔弾が竜舌を捉えた。一瞬の拮抗の後に魔弾が円錐状に展開、竜舌を撃ち貫き次の盾である両腕へと突き刺さる。派手に肉片と血飛沫が舞うが破るには至らなった。が、攻撃はこれで終わらない。

 

「はぁぁぁっ!!!」

 

 空から落ちてきた紅蓮の飛槍が魔弾へと重なる。本来の形となった一撃は濡れた紙を破るように異形の両腕を粉砕、胴体へと喰らい付いた。屍を貪り喰らって築き上げた肉の宮、重く分厚く要塞もかくやの堅牢さ。しかし燃え上がる仮面の戦士の前ではあまりに無力だった。

 

 異形の巨体がビクリと震える。寸の間を置き、全身の至る所が内側から火を噴いて爆ぜだした。頭、肩、胸と上から順々に赤い花が咲いていく。腰背部に一際大きな爆発が起こり、中からギーツが飛び出してきた。

 

 跳び蹴りの体勢のまま着地、長い擦過痕を地面に残し異形からやや離れた場所で漸く停止する。立ち上がり、異形を振り返った。胴体には前から後ろまで通った風穴を穿たれ、全身で起こる爆発は今も尚連鎖し続ける。もはや自前の回復力ではどうにもならない状態だった。

 

 やがてその時が訪れる。目から光は失われ、片足で辛うじて支えられていた巨体がゆっくりと倒れ伏した。地面に投げ出された両腕と竜舌が微かに痙攣していたが、それすらも時を置かずに止まった。

 

 次の瞬間、天地を揺るがす大爆発が魔都を震わせた。視界は閃光に塗り潰され、轟音が聴覚に叩き付けられる。爆風と衝撃を一身に浴びながらもギーツは微動だにせず、目の前に立ち上がった極太の火柱を見上げた。首元のマフラーが激しはためくがそれも数秒と経たぬ内に収まった。

 

「……ふぃ~」

 

 火と黒煙を上げて燃える異形が動かないのを確認し、ギーツは大きく息を吐いて残心を解いた。大量の蒸気を出して冷却状態に入ったブーストバックルをお疲れさまと叩く。

 

 これで目下最大の脅威は排除出来た。後はブーちゃんに託したカップルを無事現世に帰すことが出来れば二代目仮面ライダーギーツの初陣は完全勝利となる。が、その前に確かめておかねばならないことが一つ。

 

「何時まで見てるつもりですか?」

 

 

 

 

 

 にょん。普段の生活どころか醜鬼との戦闘の時でも聞いたことのない音が目の前の、それも何もない空間に現れた黒い歪みから発せられた。

 

「やっぱり気付いていたんだね。さっきの名乗りも私に聞かせるためにしてくれたのかな?」

 

 歪みを通って一人の女性が現れる。頭頂部とそれ以外で髪色が異なるという特徴を持つ魔防隊の制服を纏った美女だ。さっきまでギーツの戦闘記録を撮っていた端末をしまい、片耳のピアスを揺らして語り掛ける。

 

「まぁ、こんな耳してますから。よく聞こえるんですよ」

 

 マスクの狐耳、聴覚装置兼レーダーのギーツイヤーを指差す。実際、自分を見ている者の存在を感知出来たのは変身してからだ。

 

「ちなみに何時から見てたんです?」

 

「君がその姿になる直前かな。撮り始めたのは君が変身? してからだけど。ここに来たらいきなり高い所から跳び下りる君の姿が見えてびっくりしちゃったよ……あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね」

 

 己の能力で捉えられる間合いを測りながら、そんなことはおくびにも出さず美女は軽く、しかし優雅に一礼する。

 

「魔防隊六番組組長、出雲天花。初めまして、通りすがりの狐君。それとも、こっちの名前で呼んだ方がいいかな? 仮面ライダーギーツ」

 

「お好きな方でどうぞ。しかし、魔防隊の方とはいつかこうやって顔を合わせることになるとは思ってましたが、まさか最初が組長さんなんて偉い人になるとは思いもしませんでした」

 

 いずれ魔防隊関係者と対峙することは予想していた。が、組長の肩書を持つ上位の隊員と遭遇するとは想像だにしなかった。

 

「偶々だよ、この一帯は六番組(わたしたち)の管轄だからね。それに私の能力で接触もし易かったし……でも、顔を合わせるって言ってくれるなら、その仮面を外して素顔で話をしてくれると嬉しいんだけどな~」

 

 何の気なしの言葉は想像以上に刺さったようだ。慌てた様子でギーツはペタペタと己の顔を触る。

 

「あぁ、俺変身しっ放しだったか。失礼しました」

 

 難色を示すかと思えばその真逆。素直に言うことを聞いてくれて目を丸くする天花の目の前でギーツは変身を解除した。人影が光に包まれる。それも瞬きの内に収まり、デザグラユニフォーム姿の詠龍が立っていた。ひゅっ、と小さく喉が鳴る音。発生源である天花は呆然と呟く。

 

「本当に男の子だったんだ……」

 

「まぁ、特にPRはしてませんので驚くのも無理ないかと。ところで他の方はどこに?」

 

 マグナムバックルと冷却を終えたブーストバックルを左右のホルダーに挿しながら周囲を見回す。ギーツに変身した時に感じたこちらを観察する気配は二つあった。一つは天花のものでこうして姿を見せた、ならもう一つのどこか別の場所へと移動した方は。

 

「あぁ、それなら君が逃がしてくれた遭難者の保護に向かってもらってるよ。君の、狐? バイク? とにかく君の相棒が守ってくれているとはいえ、放置する訳にもいかないから」

 

「ですか……」

 

 天花の説明に若干の違和感を覚えながらも詠龍は一応納得する。後にこの話題を深堀しなかったことを二人は後悔することになるがそれまだ先の話。

 

 そういえば、とぽ~っと詠龍を見ていた天花だったが何かを思い出し再び端末を手に取った。

 

「保護が終わったら連絡するよう言ったんだけどな」

 

 端末の画面を確認するも部下二人からの連絡は無し。何かイレギュラーが発生したのかと、詠龍に断りを入れて呼び出しボタンを押した。数回のコール音の後、通話が繋がる。

 

「八千穂、随分と時間がかかってるみたいだけどどういう状況なんだい?」

 

『それが、組長……あの駄狐? 駄バイク? がとにかく逃げまくって、保護どころじゃ、ないんじゃ!』

 

 返ってきた六番組副組長の声は荒い呼吸で所々途切れ、疲労がありありと滲み出ていた。 遠くからは待って~、ともう一人の組員の情けない声が聞こえる。

 

『私様の東の辰刻(ゴールデンアワー)でも捉えきれんし怒れる羊(クレイジーシープ)を発動させたサハラすら追いつけん……何なんじゃ、こいつは!?』

 

「あの~、何か問題発生ですか?」

 

 恐る恐る声をかける詠龍。端末から流れる怒声から察するに、というか察するまでも無くブーちゃんがややこしい状況を作り出している……!

 

「どうにも、君の相棒が私の部下を敵認識しちゃってるみたいだね。説得って出来る?」

 

「あ、はい。電話の人にスピーカーフォンにしてもらってください」

 

 詠龍に言われた通り伝える。天花の指示に訝し気な声を返すも、八千穂は指示された通りに端末を操作した。

 

「じゃ、ちょっと失礼して……ブーちゃん! その人達、魔防隊の人! 味方だから逃げ回らなくても大丈夫だよ!」

 

『うおぉっ、いきなり止まるなこの駄狐バイク!! ……というか貴様誰じゃあ!?』

 

「それは後で説明するよ。今はとにかく合流しよう。そこで待ってて」

 

 このまま話を続けてもややこしくなるだけと判断し、天花は端末の向こうで言い募られる声を無視し通話を切る。改めて詠龍と、噂の通りすがりの狐と向き合った。

 

「一緒に来てくれるかな? 君には聞きたいことが沢山あるんだ」

 

「はい、俺に答えられることなら」

 

 ついていった先で自分はどうなるのか? 不安がないと言えば嘘になるが、こうして穏やかに話せているのだからそう悪いことにはならんだろ、と前向きに考えながら詠龍は魔防隊との対話へ臨むことになった。

 

 

 

 

 大学生カップルを現世へと戻した詠龍は落ち着いて話せる場所に移動しようと天花に六番組寮へと連れて来られた。

 

「改めて自己紹介を。私は魔防隊六番組組長、出雲天花。こっちは副組長の東八千穂と組員の若狭サハラ」

 

「初めまして、浮野詠龍です」

 

 六番組寮、居間。椅子に腰かけた天花が左右傍らに立つ部下二人を示す。胡乱なものを見る目の八千穂と興味津々の視線を向けてくるサハラに詠龍は椅子に座りながら頭を下げた。現在、詠龍は六番組の三人とテーブルを挟んで向かい合っていた。

 

「組長、本当にこんな洟垂れ小僧が」

 

「噂の狐君だよ」

 

「あんまり狐って感じじゃないね。もっとワイルドクールな……狼っぽい?」

 

「どこがじゃ。確かに見てくれはいいがアホっぽさそうな面、いいとこカピバラじゃろ」

 

「うん、可愛いよねカピバラ。でも、可愛さの中に確かな格好よさがあるのは間違いないから……私も狼に一票」

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもの。手前の顔を動物に例えて好き勝手品評されるのも面映ゆいので、詠龍は軽い咳払いで女性陣の話を中断させた。

 

「出雲組長、俺は皆さんに何を話せばいいんでしょうか?」

 

 そうだった、と本来の目的を思い出す天花。

 

「それじゃあ色々と聞かせてもらおうかな……でもその前にお礼を言わせて。ありがとう、魔都に迷い込んだ人達を助けてくれて、現世に現れた醜鬼から人々を守ってくれて。君のおかげで大勢の人が救われた。魔防隊としても、私個人としても感謝してもし切れないよ」

 

「あ、いえ、そんな、俺が勝手にやったことですし」

 

 深々と、テーブルに額がくっつきそうなくらい頭を下げる天花に慌てて手を振って見せる。事実、感謝など求めていない。いや、言ってもらえるのならそれに越したことは無いが、詠龍の本分は人々を助ける、護ることそのものだ。どんな形であっても報酬や見返りを欲したりはしない。

 

 まぁでも面と向かって礼を言われるのは悪い気はしない。照れた表情で頭を掻く少年に柔和な笑み浮かべていた天花だったが、その表情を引き締め真剣な眼差しを向ける。威圧感こそないが眼光は鋭く、真正面から受けた詠龍は思わず背筋を伸ばした。控えていた八千穂とサハラも組長の気配の変化を受けて姿勢を正す。

 

「最初に言っておくね、浮野詠龍君。これから私は君に幾つか質問をするんだけど、最初に一番大事なことを聞かせてもらおうと思ってる」

 

 最重要事項だよ、と念入りに念を押してくる。一体何を聞かれるんだ、というかこの感じの質問は英寿さんと初めてあった時にされたような……と思いながら詠龍はやや緊張の面持ちで首肯し天花の問いに答えることを約束する。張り詰めた緊張感、ごくりと鳴った唾を飲む音は果たして誰の物か。数秒の沈黙を経て、組んだ両手で顔下半分を隠した天花は口を開いた。

 

「彼女いる?」

 

 ゴォン! テーブルにぶつかった額がとても良い音を奏でる。ギャグ漫画でも、コントでも中々お目にかかれない見事なずっこけっぷりだ。想像の斜め上ですらない、全く別角度から飛んできた質問に詠龍は赤くなった額を抑えながら目を白黒させた。

 

 え、何そのナンパ師みたいな質問? あんな息詰まる空気作っておいて聞くのがそれ? ギャグ、ギャグなの? 俺の緊張を解くための組長さんジョーク?

 

 様々な疑問が脳内を駆け巡る。助けを求めて天花の左右にいる六番組組員へと目を向けるが、二人にとっても組長の質問は度肝を抜くものだったらしい。八千穂は盛大に引っくり返り、サハラは目を皿のようにして天花を見ていた。サハラが詠龍の視線に気づいてくれたが、驚きで固まった表情のまま首をフルフルと振るだけだった。

 

 視線を天花に戻す。表情は変わらず、刀の切っ先を思わせる鋭利な目で詠龍を見詰めていた。とても冗談だぴょん♪ なんて言い出す雰囲気では無い。今のが真剣な本気の質問なのだと嫌でも理解させられたその時だ。

 

(っ、そういうことか!)

 

 詠龍に電撃走る。天花の質問、そこに隠された彼女の意図を正確に読み取った(つもりになった)のだ。

 

(この話し合い、どんな形で終わろうが『話を聞かせてくれてありがとう。それじゃあ気を付けて帰ってね』なんて展開になる訳がない。監禁、拘束まではいかずとも、俺への対応がどうなるか決まるまでは魔防隊の目の届く所にいるよう要求されるはず)

 

 そうなれば魔防隊外部とコンタクトするのは極めて困難。仮に彼女がいたとしたら突然連絡の取れなくなった彼氏を心配して警察に相談するなど混乱を招く可能性がある。そこまで考えてのさっきの質問か……! 場を和ませるためのジョーク等と考えた己の短慮を詠龍は心の底から恥じた。

 

 尚、そんな事実は絶無であり、純度百パーセント私欲からの質問だったりする。そんなこととは露知らず、斜め上をかっ飛ぶアクロバティック思考で超好意的に解釈した詠龍は嘘偽りなく真摯に答えた。

 

「見てもらえば分かると思いますが、生まれてこのかた彼女も恋人も出来たこと無いですよ」

 

「そんな格好良いのに? なら、大丈夫か……うん、答えてくれてありがとう。じゃあ次の質問はね、どんな女性がタイプなn」

 

「もっと他に聞くことあるじゃろがぁ!」

 

 復活の副組長、怒髪天を衝く。質問を中断されて不満顔の天花を押しのけるように身を乗り出し、ずいとギーツの戦闘映像が撮られた端末を突き出した。

 

「この姿は何なんじゃ? どうやって、どういった経緯でこの姿になる道具を手に入れたんじゃ? そもそも狐なんぞ名乗って貴様何が目的じゃ? キリキリ答えんか、洟垂れ小僧!」

 

 洟垂れ小僧呼ばわりしてくる失礼さに一言物申したい所だがグッと飲み込む。苛立ちで顔が引き攣りそうなのを堪え、詠龍は口を開いた。

 

「順番に答えますね。まずこの姿はギーツ、仮面ライダーです」

 

「醜鬼の軍団と戦う時もそう名乗ってたね。そもそも、その仮面ライダーっていうのは何なのかな?」

 

 天花の尤もな疑問に両腕を組んで考え込む。はて、どう答えるべきか。仮面ライダーとは何か? それは変身者の数だけ答えがあるだろう。

 

 人々の笑顔のために仮面で涙を隠しながら戦う者。

 戦う罪を背負い誰かの夢を守ろうとする者。

 愛する街を泣かせる悪党に罪を数えさせる者。

 最後の希望と嘯き己を奮い立たせ全ての涙を宝石に変える者。

 愛と平和を胸に人々の明日を創る者。

 己の願いのために時空を突き抜け戦い続けた者。

 

 挙げればキリがない、果たして自分にとって仮面ライダーとは何なのか? 数秒の沈黙を経て詠龍は口を開く。

 

「顔も名前も知らない誰かが当たり前に明日を迎えられる。そんな世界を守るための戦士、ですかね」

 

「は? 何言っとるんじゃ貴様? ヒーロー番組の見過ぎじゃろ」

 

 自分でもくさいことを口にしている自覚はある。が、こうも真正面から小馬鹿にした態度を隠さずに言われるのは腹立たしい。嘲笑う八千穂を無視し、詠龍は真剣な顔で聞いてくれている天花との話に集中することにした。

 

「守るための戦士……だから君は戦っているの?」

 

「はい。少なくともこの想いに嘘は無いです」

 

 目の前の少年をじぃと見詰める。返される視線は微塵も揺らぐことなく、真っ直ぐに射抜くように天花へと向けられていた。瞳は静かな湖畔を思わせる穏やかさ、しかし宿る輝きは決意の強さを表すように炯々と。天花好みの目だ。明け透けに言うと見つめ合っているだけで体の奥がキュンキュンしてくる。

 

「綺麗な目をしてるね。うん、見てるだけで今のが嘘じゃないって分かるよ。それと八千穂、詠龍君が男だって色眼鏡は外した方がいい。さっきから失礼が過ぎる、少し黙ってて」

 

 男如き、どんなに礼を欠いた態度で接しても問題ない。そんな思想が透けて見える八千穂の詠龍に対する言動は余りにも非礼だ。話などせず逃げることも出来たのに、こちらの顔を立てて対話の席についてくれた相手にしていいものではない。

 

「ごめんね。彼女、ちょっと口が悪くて」

 

 ぐぬぬ、と歯噛みしながらも一歩下がった八千穂を横目に天花は小さく頭を下げた。

 

「いえ、出雲組長に謝っていただくことではないかと……それで次はこれの話ですね」

 

 詠龍がテーブルの上に乗せた物は三つ。デザイアドライバーとマグナム、ブーストのバックルだ。

 

「これはデザイアドライバー、俺はこれを使ってギーツに変身します」

 

 見てもいい? どうぞ、のやり取りをして天花は手に取ったドライバーを観察する。ほぼほぼ黒一色の非常にシンプルな見た目、左右にあるバックル装填のためのスロットを指でなぞった。

 

「装備の基になるバックルを付けたり外したり出来るのか。さっきの戦いでは白い装甲に射撃武器、朱い装甲に噴出機構の装備だったけど、あれが基本装備という訳ではないんだね」

 

「はい、俺が一番戦い慣れている姿だと思ってもらえれば。デザイアドライバー一つだとエントリーフォームって何の装備も持たない姿になります」

 

 ドライバーに装填すればバックルに応じた装備を使用できると説明。

 

「ふ~ん。バックルってこの二つ以外にもあるの?」

 

 何気ないサハラの問いに詠龍は指折り数える。

 

「そうですね……マグナム、ブースト、ゾンビ、ニンジャ、ビート、モンスター、パワードビルダー。今のところ、ドライバーに使えるのはここにある二つ含めて七つあります」

 

 銃撃戦、接近戦、攪乱、支援。目的に沿ったバックルを用いることで状況を有利に進められると話す気分はテレビ通販のMCだ。

 

「見た目は完全に子供の玩具じゃが、映像を見る限り性能は本物か……で、何故貴様みたいな洟垂れがこんな物騒な物を持ってるんじゃ?」

 

 そろそろ怒ってもいいんじゃなかろうか? 相変わらずの洟垂れ呼びに内心でピキりながら詠龍は寸の間考え込む。

 

 デザイアドライバーは転生特典で貰いました、と馬鹿正直に真実を話したところで信じてはもらえないだろう(詠龍の言うことなら天花は無条件で信じそうだが)。適当にはぐらかそうとしていると思われ、悪印象を持たれるのがオチだ。何と言えばいいものか、思考の海を泳ぐこと暫く。

 

「俺を鍛えてくれた人からもらいました。バックルは創り方を教えてもらって自分で」

 

 全て英寿(師匠)のお蔭ということにした。まぁ、仮面ライダーギーツとして戦えるのは英寿の教えと鍛錬あってのことなので嘘は言っていない、はずだ。

 

 詠龍、仮面ライダーを鍛えた存在というのは多分に興味を惹いたらしい。対峙する三人の目に好奇心の光が浮かんだ。

 

「君にあんな出鱈目な戦いを出来るよう鍛えた人か。是非、お会いして話を聞いてみたいな」

 

「あ~……それは難しいかと」

 

 夢の中で鍛えてもらいましたから。嘘偽りの無い事実だ。が、何も知らない人には誤魔化しにしか聞こえないだろう。じゃあ、適当に嘘を言って煙に巻くか。八千穂はともかく、きちんと話を聞いてくれている天花とサハラにそんなことはしたくない。

 

「今は、遠い所にいますので」

 

 苦心の末、曖昧な言葉で茶を濁すことにした。自分自身の夢の中だ。現実世界から遥か彼方の場所にあるのは間違いない。しかしこの表現は事情を知らぬ者を甚だしく勘違いさせるものだったようだ。端正な顔を歪ませて天花は視線を落とした。

 

「そう、か……ごめんね、辛いこと聞いちゃって」

 

「へ? いえ、別にそんな(あれ、これもしかして遠い所=あの世とかそういう死んだ人が行く場所って思われてる?)」

 

 正にその通り。現に天花の浮かべている沈痛な表情を死者を悼むそれだった。

 

 別に死んでませんよ、元気ビンビンで神様やってます。紛れも無い事実だが、この場で言っても苦し紛れの冗談にしか聞こえないだろう。仮に信じてもらえたとしても今度は神様やっているとはどういうことか、の説明をしなければならない。

 

 開いたり閉じたりを繰り返す口から上手い言葉は出て来ず、申し訳なさを覚えながら詠龍も押し黙ることしか出来ず室内には居た堪れない空気が流れた。それを破ったのは興味深くバックルを見ていたサハラだった。

 

「ねぇねぇ、狐君。このバックルって君以外の人に使えるの? 例えば組長とか」

 

 若干、無理のある話題変更だったが素直に乗ることに。

 

「いや、無理ですね。少なくとも、今作ってあるバックルは全部俺専用に調整してますから」

 

 そもそも詠龍の生体認証がなければ使えない。仮にそこをクリアしたとしても仮面ライダーの武器となる装備だ。いくら魔防隊とて生身で使えばただでは済まないだろう。

 

「……詠龍君。今作ってあるバックルはって言ったけど、それって君専用のものとはまた別のものを作ってもらうことは可能ってことでいいのかな?」

 

「はい、作れますよ。数を揃えたりオリジナルのを用意ってなると時間かかりますけど」

 

 今日の晩御飯にもう一品おかずをつけられる。そんな気軽さで返ってきたとんでもない答えに天花は人差し指を唇に当てながら思案した。千に迫る数の醜鬼を数分足らずで殲滅せしめる力があったら。それも異能という個人の資質に大きく左右されるものではなく、誰でも(それこそ性別の区別なく)戦える装備として用意することが出来たらどうなるか。

 

(下手したら魔防隊、どころか世界そのものが引っくり返るね)

 

 目の前の少年は世界を救う英雄(ヒーロー)か、それとも世に混乱をもたらず悪役(ヴィラン)か。

 

 まぁいい、例えこの少年が世界にとってどのような存在であろうと自分のやることに変わりはない。己の中の想いを再確認し、天花は唇から指を離した。

 

「単刀直入に言うね。浮野詠龍君、魔防隊(わたしたち)と一緒に戦って欲しい」

 

 三人の視線が天花へと集中するも、本人は欠片も意に介さず言葉を続ける。

 

「君の立場は私の名に懸けて保証する。仮に魔防隊が君に危害を加える、ないし監禁などの権利を侵害、不利益になり得る行動をとろうとした場合は全力で援けることを約束する……どうかな?」

 

「ち、ちょっと待てぃ、何を言っておるんじゃ組長!? 一緒に戦うって、こいつは男じゃぞ!?」

 

 泡を食って詠龍を指差す八千穂。サハラも声こそ出さないが八千穂に同意の表情を浮かべている。そもそも、男は魔防隊員にはなれない。桃の恩恵を受けられない男では能力的に魔防隊の人間として相応しくないからだ。そんなことは天花も百も承知している。

 

「男かどうかは関係ないよ。二人も映像で見たでしょ。詠龍君の、仮面ライダーの戦闘力がどれほどのものか」

 

 が、何事にも例外というものは存在する。それもとびきりの例外が目の前に確かに実在していた。詠龍、仮面ライダーギーツの戦闘能力は下手な魔防隊員とは比べるのも馬鹿らしくなるほどに隔絶しており組長クラスにすら届く、或いは凌駕するほどだ。それだけでも魔防隊に引き入れるに値する。その上、戦闘能力の一端を担う装備(バックル)を創って他者に提供することも可能、何より誰かのために戦える善性に満ちた人格。天花の私心を抜きにしても野放しにする理由が無い。

 

「確かに男の人は魔防隊員になれない。でも、男の人と一緒に戦ってはいけないって決まりもないからね。隊員ではないから立ち位置は善意の協力者になるかな」

 

 さらりと言ってのける天花に八千穂は開いた口が塞がらない。

 

「でも組長。勝手に、それも男の人を協力者として魔防隊に迎えるのはまずいんじゃ」

 

 問題ないよ、と天花はサハラの尤もな疑念にきっぱりと答える。

 

「そもそも詠龍君、というよりも通りすがりの狐君とは可能なら対話の席を設けて協力関係を結ぶっていうのが魔防隊、総組長の方針だから」

 

 この話が初耳だったらしい組員二人同様、詠龍も表情を驚きで染めていた。しかし、少し考えて不自然な話ではないかとも思った。詠龍、もとい通りすがりの狐は魔防隊と接触こそしていなかったが、別に敵対的な行動をとっている訳ではない、むしろその逆。醜鬼、魔都から人々を守る。やっていることは魔防隊の活動と同じだ。

 

「そんな話、初めて聞いたんじゃが」

 

「私もつい最近、個人的に聞いたんだよね。正式な発表は組長会議で、ってことになってたけど」

 

 ちらと詠龍を見る。次回の組長会議は総組長の方針表明じゃなくて詠龍君の紹介の場になりそうだけど、と微笑。

 

「元々、通りすがりの狐君とは衝突を避け、対話を試みるってスタンスだったし。こうして話し合いに応えてくれる人物だって分かったんだから次のステップに進む(協力関係を結ぶ)のは自然だよ」

 

 背もたれに体を預け一息吐き、天花は詠龍に続きを聞かせた。

 

「国からお達しがあってね。頻発する魔都災害への対応を強化するために魔防隊は各隊連携を密にせよって」

 

 魔都に迷い込むケースが今回含めて八件、醜鬼が現世に出没したのが一件の合計九件。それだけの災害がたったの半年間に起こっている。明らかな異常事態だ。

 

「やっぱ、こんな短いスパンで魔都災害が起こるのって魔防隊の方の目から見てもおかしいんですか?」

 

「うん、どう考えてもね。だからこそお上から魔防隊(私達)に命令が下されたんだけど……それだけじゃ足りない、っていうのが私と総組長の考え」

 

 思わぬ発言に空気が変わる。

 

「足りないって言うのは?」

 

「文字通り戦力が、さ。薄々感じてはいたけど確信したよ。一連の魔都災害、裏で糸を引いている誰かがいる」

 

 この半年間に起こった魔都災害、それは何者かによって作為的に起こされたものだと天花は断言した。

 

「仮に今までの魔都災害が偶然に偶然が重なり続けた結果起こったものだとしても、今回は間違いなく何者かが画策したものだ」

 

 一つ、民間人が魔都へと迷い込んだ。

 一つ、その民間人が迷い込んだ場所に千体規模の醜鬼の群れがいた。

 一つ、更に醜鬼を食べれば食べるだけ巨大化する特異個体が現れた。

 

 この三つの事柄が時と場所を同じくして起こった。偶然では片付けられない。運命の悪戯、神様の気紛れといった表現を超えている。

 

「一度目偶然、二度奇跡、三度目必然、四運命」

 

 ふと、前世で耳にした台詞が詠龍の口から零れた。誰に聞かせるつもりの無い独り言だったが、天花の耳は静かな呟きを聞き逃さなかった。

 

「素敵だね、その表現。今度、口説き文句に使うよ。詠龍君の言葉を借りるなら今回の魔都災害は『必然』起こったものになる」

 

 必然を運命に昇華させる四つ目のピースは見つかっていないが、表舞台に出てくるのも時間の問題だろう。

 

「あくまで私の考えだけど今回の魔都災害、詠龍君を誘き出すためのものだったんだと思う」

 

 魔防隊の目の届かぬ魔都の暗闇で謀り事を巡らす何某。何らかの目的があって民間人を魔都へと迷い込ませた。しかし、悉くを通りすがりの狐、詠龍に助け出されて企みは失敗に終わる。

 

 当然、暗躍していた何某は激怒。計画を阻む邪魔者()を排除しようとする。ただ、そこで計算外だったのが狐の圧倒的な戦闘能力。過剰に揃えた千体規模の醜鬼群は鏖殺され、鬼札である特異個体すらもあっさりと討たれた。

 

「生半な方法じゃ君を倒せないってことを相手方も今回のことで学んだろうね。一旦は大人しくなると思う。そして今度は徹底的に、周到に練り上げた作戦で詠龍君を潰しにくるはず」

 

 必殺を期して、と天花の物騒な物言いを一笑に付すことは出来なかった。仮に彼女の言う通り、裏で糸を引く存在がいるとしたらそいつは千体近い醜鬼を配置し、シナジーを狙える能力を持つ特異個体すら用意する力を持っている。それもたった一人を始末するために。

 

「君が規格外の力を持っているのは分かってる。だとしても、次に打たれる一手を独力で弾き返すのは困難だと思うよ」

 

 そこで魔防隊と手を組まないか、という話になる訳だ。う~んむ、と静かに詠龍は考えた。

 

 仮に魔防隊と手を取り合ったとしてメリットは何か? 真っ先に挙げられる点は魔防隊という後ろ盾、そして共に戦う仲間を得られることだろう。魔都、醜鬼から人々を救ってきた魔防隊の社会的名声と力は狐耳ヘルメットの身元不明バイク乗り(不審者)である詠龍を世間から守ってくれるはず。仲間については言わずもがな、戦いは数だよ兄貴!

 

 では魔防隊にとってのメリットは? 仮面ライダーという組長並の特級戦力が組織に加わること、バックル等の技術提供。もしバックルを量産することが出来たら隊全体の戦力増強に繋がる。

 

 逆にデメリットを上げるなら組織的なしがらみが生まれ行動を制限される可能性があること。バックル技術が流出して悪用される可能性が挙げられる。協力し合った時に生じるだろう善し悪しを天秤にかけ、思考を巡らせていた時だ。

 

「男の協力など必要ない! 私様達の力だけで十分じゃ!!」

 

 怒声と、机に叩き付けられた手が詠龍の意識を現実に引き戻す。男と一緒に戦うなんざ容認できるか、と怒らせた全身から語る八千穂を見やった。

 

「そんなに気に入らない、八千穂?」

 

「気に入る入らない云々以前の問題じゃ! この洟垂れの面をよく見てみよ、組長。ガキっぽいというか幼いというか、高校を卒業しているかどうかすら怪しいわ!」

 

 正解。内心で八千穂の観察眼に小さく拍手する。

 

「そういえば詠龍君、年幾つ? まだ二十はいってないよね」

 

「はい、今年で十七歳、高二になります」

 

 ほら見ろ、とドヤ顔を決める八千穂に水を差すのはサハラだった。

 

「でも年齢のことなんて言ったら、七番組のあの子なんてまだ小がk」

 

「あれは特異な能力を持っておるからじゃろ!」

 

「そうしたら仮面ライダーの力も相当特異じゃない?」

 

「サハラ、貴様どっちの味方じゃ!? さっきは男を魔防隊に迎えるのは反対と言っておったろうが」

 

「別に反対とは言ってないよ~。勝手なことしちゃうのはまずいんじゃないかな~、って思っただけで、組長が問題無いって言うんならいいんじゃない?」

 

 性別関係なく、強い人が一緒に戦ってくれるなら頼もしいことこの上ない。のほほんとした表情の同僚にぐぎぎと歯を鳴らしながら八千穂は詠龍を指差した。

 

「サハラ、それに組長もこいつをよく見ろ、こいつはガキじゃ! 運良く、と言っていいかは分からんが、とんでもない力を偶々手に入れてしまっただけのただのガキじゃ! そんなのを戦場に立たせるなど冗談ではない!」

 

 語気が荒く強まる。大部分が男如きと肩を並べて戦うなんて死んでもごめんだという高慢さから出てくる言葉だが、ほんの少し、耳かき一杯分程度だが、本来護るべき存在である子供を戦いの場に出してなるものかと魔防隊としての矜持が確かに含まれていた。

 

「この装備を陰陽寮に預けて調べさせ、こいつはただの市民として現世に戻す。それでよいじゃろ」

 

 詰まる所、詠龍からドライバーやバックルを取り上げようとしていた。途端、詠龍の雰囲気が剣呑なものに変わる。その変化を天花は敏感に察したが八千穂は気付いていない。

 

「八千穂」

 

「あぁ~、浮野といったか? 特別な力を手にして自分がヒーローにでもなったと勘違いしておるようだが、お前は守られるべきただの人間じゃ。仮面ライダーだか何だか知らぬが、そんなヒーローごっこをやっていてはご家族も心配するじゃろ? 早く家に帰って安心させて「いませんし、ありません」……は?」

 

 真冬の夜風に晒され続けた岩肌を思わせる冷えた声に八千穂の口が止まる。能面よりも無感情な顔で詠龍は続けた。

 

「家族は五年前の魔都災害で全員行方不明になりました。ですので俺の帰りを待つ家族はいませんし、家族のいる家もありません」

 

 淡々と吐き出された言葉が場を重苦しく支配する。地雷を踏む、とはよく言ったもの。先程までの穏当な声音が嘘のように殺伐とした空気を放つ詠龍に八千穂も流石に口を噤んだ。

 

 いくら知らなかったとはいえ、見事に過去の傷を抉ってしまったことを謝るべきだろう。頭では分かっていたが、八千穂は口を閉じたまま咄嗟に詠龍から目を逸らした。悪いとは思っている。ただ、男に頭を下げるのをプライドが許さなかった。

 

「八千穂」

 

 極寒の怒りを滲ませた声に体が竦む。恐る恐る目を向ければ、冷え切った表情の天花と視線が合った。

 

「お口チャック」

 

 それ以上は何も言わず、天花はハンドサインで下がるよう命じる。有無を言わさぬオーラに言葉も無く指示通り一歩下がる八千穂。小さい、だが深い嘆息を一つ零して天花は目の前の少年に深々と、文字通りテーブルに額を擦り付けて頭を下げた。

 

「部下の数々の失礼な態度、そして心無い発言、大変申し訳ありません」

 

 天花の上司としての謝罪を、

 

「いえ、こちらこそ。当てつけるような言い方をしてしまい……」

 

 確かに受け入れた。しかし、漂わせるひりつく気配は少しも和らぐ様子が無い。

 

「出雲組長。さっきの魔防隊と協力するという話。大変ありがたい申し出ですが、そちらの副組長が仰っていた通り俺から装備を取り上げるという方向で進むなら受け入れることは絶対に出来ません」

 

 仮にそうなったとしたら魔防隊と敵対することも厭わない。目で語る詠龍にだよねと天花は頷く。そもそも、力を手放し他者に委ねてもいいと考えているようなら自ら戦ったりなどしないだろう。他の誰でもない己が、その力で誰かを護りたいと願ったから独りであろうと立ち上がったのだ。

 

「さっきも言った通り、君から装備を奪ったり、君の不利益になり得る行動をとるつもりは私には無いよ。もし仮に魔防隊がそういった行為に走るようなら詠龍君を全力で援けるといったのも嘘じゃない」

 

「そこは疑ってないです」

 

 色々と読めない部分はあるが、少なくとも甘言を弄して相手を騙し陥れるような人物ではない。出雲天花という女性を詠龍はそのように見ていた。なので天花からの協力の申し出も受け入れるつもりだった。八千穂の余計な口出しが纏まりかけていた話を拗らせていた。

 

 仮面ライダーと魔防隊の共闘。この場において反対の意を示しているのは八千穂だけだ。詠龍が男だから、子供だからというのが彼女の主張。黙らせるには、もとい納得させるにはどうすればいいか? 実力を分からせるのが一番手っ取り早いだろう。

 

「詠龍君。もし良かったら八千穂と模擬戦、してみてくれないかな」

 

「はぁ? 待て、組長。何でそんな話にな」

 

「いいですよ」

 

「はぁ!?」

 

 気味が悪いほどのとんとん拍子で話は決まった。

 

 

 

 

 六番組寮前、ある程度開けた場所で詠龍と八千穂が向かい合っていた。一定の間隔を置き、互いに戦闘の準備は整っている。後は模擬戦の開始合図を待つばかり。

 

「それじゃあ、始めようか。いくら周囲の醜鬼は一掃したとはいえ、また出てくるかもしれないからね。二人とも、準備はいい?」

 

「何時でも」

 

 右腰のホルダーにマグナムバックルを下げ、心中の読めない無感情な顔で詠龍は淡々と答えた。一方の八千穂はげんなりと、うんざりとした表情を隠そうともせず適当に頷いた。何でこんな無駄なことをせにゃいかんのだ、と思っていることが容易に見て取れる。

 

(仕方ない、ヒーロー気取りの馬鹿ガキに現実を突きつけてやるのも一つ年長者の務めか)

 

 結果の分かり切っている戦いへの理由を自分なりに見出し、気持ちを切り替える。腕を組み、傲然とふんぞり返る姿は戦いに臨むものではないがこれが彼女のキャラクターだ。

 

「それでは……始め!」

 

 天花の合図が響く。が、八千穂は姿勢を崩さない。両目を閉じ、これでもかと強者の余裕を露わにしていた。

 

「光栄に思うが良い。男の」

 

 分際で私様の東の辰刻(ゴールデンアワー)を味わえることをな! 口に出そうとした言葉は最後まで続くことなく軽い衝撃と浮遊感に中断させられた。

 

「……は?」

 

 状況把握が出来ぬまま瞼を上げれば目の前には自分の胸倉を掴む詠龍、薄気味悪い魔都の空。ここで漸く八千穂は後ろに倒れそうになっているのを詠龍に支えられていることに気が付いた。

 

「放しますよ」

 

 思考も理解も追いつかずに呆然とする八千穂から宣言通りに手を放す。軽い尻餅をついてふぎゃ、と悲鳴を上げる八千穂を見下ろした。

 

「き、貴様、一体何を」

 

「別に特別なことは何もしてませんよ。貴方が偉そうにくっちゃべってる間に近づいて足払っただけです」

 

 嘘は一つも言っていない。詠龍は常人ならどれだけ足の速い者でも数秒はかかる距離を一瞬で詰め、八千穂の言葉をガン無視して彼女に足払いを食らわせただけだ。それも地面に頭打ったらまずいよな、と倒れないよう配慮までして。

 

「……訓練、倍にするべきかな」

 

「やっち、流石に今のは……」

 

 仲間の声に頭どころか全身が熱くなる。余りにも無様な姿を晒した現実を受け入れられず、八千穂は慌てて立ち上がり天花とサハラの方を見た。

 

「い、今のは違う! 少し油断しただけじゃ!」

 

「それ、醜鬼にも同じこと言うんですか? ま、今のが醜鬼だったら死んでたろうから言うも何も無いと思いますが」

 

 横から入れられる詠龍の茶々に射殺さんばかりの視線を返す。睨まれた当の本人は気にする素振りも無く涼しい顔をしているのが八千穂の神経を逆撫でた。

 

「じゃ、次は油断しないで下さいね」

 

 言って、詠龍は踵を返す。再び開始位置に立ったことに三人は驚いた。

「詠龍君、もう一回八千穂とやるつもり?」

 

「はい。あの時は油断してただけ、とか本気じゃ無かったとかやいやい言われるのも面倒なんで」

 

 後になって言い訳が出ないよう、八千穂が納得(出来るかどうかは甚だ疑問だが)する形でもう一度戦おうと詠龍が譲歩しているのだ。

 

「……舐めるなよ、ガキがぁ」

 

 腸どころか全身が煮えくり返るような怒りと屈辱に震えながら八千穂も開始位置へと戻る。仲間の前で恥をかかされたこと、何より男なんぞに温情をかけられることが我慢ならない。

 

「後悔させてやるわ……!」

 

「そうですか。出雲組長、合図お願いします」

 

 怒髪天を衝く八千穂に落ち着き払った詠龍。対照的な姿を見せる二人を交互に見やり、天花は再び開始の合図を出した。

 

「始め!」

 

 東の辰刻(ゴールデンアワー)。八千穂が得た能力は時を操るという常識の埒外にあるものだ。特定のポーズ(本人曰く崇高な構え)をすることで時を五秒止める、もしくは五秒戻すことが出来る。

 

 強力であるが故に消耗が激しいのが難点だが、一たび発動すればほぼ確実に勝利を掴める能力だ。

 

(その不愉快なすまし顔、すぐに歪ませてやるわ!)

 

 開始の合図と同時に崇高な構えをとろうとした両腕に衝撃が走る。一拍遅れてやってくる銃声、そして痛み。漏れそうになる悲鳴をどうにか飲み込み、弾かれた両腕を庇いながら詠龍を、その右手に何時の間にか握られていた白いハンドガンを睨む。立ち昇る硝煙が射撃後であること物語っていた。

 

(何時の間に銃を!? というか銃声は一発分しか聞こえなかったのに何故両腕が撃たれておる!?)

 

 驚きと疑問をそのままに痛みと痺れの残る両腕で再び構えをとろうとするが、今しがた起こったことが巻き戻されたかのように弾丸が八千穂の能力発動を妨害した。何度も、何度も同じことが繰り返される。正確無比な銃撃が伸びようとする腕を弾き、とられようとする構えを無慈悲に崩した。

 

「お、のれぇっ」

 

 魔都に撃音が鳴り響くこと十数回。痛みと恥辱で滲み出る涙を溜めながら八千穂は銃口を向けたまま悠然と歩み寄ってくる詠龍を睨め付けた。銃弾を撃ち込まれ続け痛々しく腫れた両腕はだらりと投げ出され、動かすことはおろか僅かに持ち上げることすら困難な有り様。

 

 誰がどう見ても彼女の負けは明らかだが、終了の合図はまだ出されない。ここから逆転出来る一手を八千穂は持っているからだ。

 

(腕を封じれば能力を防げると思ったら大間違いじゃ!)

 

 あと十歩程度の距離まで詰められた時、八千穂は奥の手を繰り出す。それ即ち両脚での東の辰刻(ゴールデンアワー)の発動! 世界の流れは止まり、万物が色と動きを無くした。停滞した時の中、唯一人動くことを許された女傑が勝利の哄笑を上げる。

 

「油断しおったな、馬鹿が! とっとと私様を撃てばよかったものを、男の分際で余裕など見せるからよ! 獲物を前に舌舐めずりするのは三流とはよく言ったものじゃ! どう料理してくれようk」

 

 目が合った。発動者だけが動くことを、認知することを許された世界。神域ともいえる空間で完全な部外者であるはずの詠龍ははっきりと八千穂の動きを捉え、視線で追いかけていた。

 

 停止した時の中で自分以外の誰かが、それも男如きが動いている事実を受け止められず呆けている八千穂に銃口が向けられる。

 

「ひっ」

 

 無意識に漏れた小さな悲鳴。絶対を自負する己の能力を歯牙にもかけない存在を前に恐怖が生まれる。反射的に一歩下がった脚はもつれ、八千穂は地面の上に無様に引っくり返った。同時に世界に色が戻る。

 

 後退りせんばかりに座り込む八千穂を銃口と共に見下ろす詠龍。模擬戦を見ていた者達に勝敗が決したことを知らせるには十分すぎる光景だった。

 

「え、これって」

 

「……いやはや、まさか八千穂の時を止める力すら容易く突破するとはね」

 

(まぁ、時止め程度でやられるほど柔な鍛え方はされてないし)

 

 しーっ、だけで時の流れを好きなだけ遅く出来る奴が修行相手だったのだ。時間を五秒止める程度の能力に負けてなどいられない。それで勝ちたいなら時を止めると同時に逃げ場ゼロの全方位銃撃を展開するくらいはやってもらわないと。

 

(英寿さんの場合、銃撃以外に斬撃と創世の力も襲ってくるからな……)

 

 最終段階の修行風景が脳裏を過ぎり、ぶるりと体を震わせる。能力は同じ条件にしてもらってたとはいえ、ギーツⅨになった英寿によく一撃ぶち込めたものだ。

 

 詠龍がしみじみと師からのかわいがりを思い返す一方、今だ地面に尻を落としたままの八千穂に天花が歩み寄る。

 

東の辰刻(ゴールデンアワー)を使わさせてもらっても結果は変わらなかったね、八千穂」

 

 いや、そもそも能力使用のための二回目をさせてもらえていること自体おかしいのだ。詠龍の言う通りこれが醜鬼相手だったら、実戦だったら八千穂は一回目最初の攻撃で物言わぬ骸になっていた。

 

「詠龍君の強さは私が撮った映像を見て分かってたのに男、それも子供だからと侮り油断した」

 

 ギーツに変身していないのだから大したことない、と高を括っていたのもある。それを踏まえても副組長がこの結果は無様と言わざるを得なかった。

 

「猛省するんだ」

 

 軽く、だが確かに痛いと思える拳骨を八千穂の頭に落とす。衝撃と痛みで八千穂の止まっていた意識が現実へと追いついてきた。

 

 男に負けた。それも子供、変身して(本気を出して)いない者相手に己の絶対必勝能力を使ったにも関わらず。否が応でも突き付けられる事実に顔は赤く赤く染まっていき、何かに耐えるように体がプルプルと震えだす。そして、

 

「ぐや゛じい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」

 

 大粒の涙を零しながら八千穂はバンバンと地面を叩き始めた。幼児でもまずやらないだろうきったない濁声の癇癪だ。

 

「私様の東の辰刻(ゴールデンアワー)が負けるなんて有り得んのにぃぃぃ!!!」

 

 負けたから貴方は今そうしてるんでしょう? とは流石に言わず、何とも言えない表情で泣き喚く八千穂を見守る詠龍だった。

 

「サハラ、お願い」

 

「はいは~い。ほら、やっち。あっちでお鼻チーンしようね~」

 

 暴れる八千穂を米俵のように担いで寮へと戻っていくサハラ。完全に園児と保母さんのやり取りだ。

 

「これで八千穂も納得すると思うよ」

 

「とてもそうには見えんのですが……」

 

 能力を使った上で文字通り手も足も出なかったのだ。プライドの高さがエベレスト級であっても認めざるを得ないだろう。

 

「今は現実を認められなくてあんな風になってるけど、頭を冷やせばちゃんと受け入れられるはず……というか、ここまで実力差を突き付けられてそれでも認めないとか言いだすならちょっと本気で指導だね」

 

 コキ、と笑顔で鳴らされる拳。思わず心の中で八千穂にご愁傷様ですと手を合わせてしまいそうだ。

 

「改めて詠龍君。魔防隊との共闘の話、受けてもらえるかな?」

 

「あ、はい。さっきも言いましたけど、俺から装備を取り上げるって方針にならないのであれば」

 

「そうならないように尽力するよ、必ず」

 

「分かりました。そう言ってくれる貴方を信じます、出雲組長」

 

「天花でいいよ」

 

 差し出された手を握り返す。かくして二代目仮面ライダーギーツこと浮野詠龍は魔防隊と共同戦線を張ることとなった。この共闘がどのような結果を生むのか、それは神のみぞ知るところである。

 

『呼んだか?』

 

 あ、初代様の出番は当分先です。

 

『何だ、つまらないな』

 

 だって貴方が出張ったらそのまま敵に勝って物語終わっちゃうし。

 

『それもそうか。じゃあ、出番があるまで弟子の奮闘を楽しむとするか』

 

 そうして下さい。これから先の話がどうなるか、それは全て詠龍と彼を取り巻く彼女達次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 にぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎにぎ……以下エンドレス。

 

「あの、天花さん?」

 

 共闘の証として二人が握手を交わしてから数分が経った。天花は握った詠龍の手を一向に放そうとせず、初めての男の手の感触を味わっていた。

 

「男の子の、詠龍君の手ってこんななんだ。ごつごつしてるけどすべすべしてて……不思議な感じ」

 

 困惑顔の詠龍の呼びかけも届かず、ついには両手で触り出す始末。優しく包まれたり、手の甲や指の背をゆっくりと撫でられるのがくすぐったい。無理に振り解くわけにもいかず、どうしようもなく詠龍はされるがままになっていた。

 

 更に数分が経過、天花のお楽しみタイムは終わらない。詠龍の掌を自身の頬へと添え、ゆっくりと頬擦りしている。ぐりぐりと頭を押し付けてくる猫にそっくりだ。

 

「暖かいね、それに気持ち良い……ずっとこうしてたいな」

 

「はぁ、ありがとうございま、す?」

 

 うっとりしている天花にどう返せばいいのか、というかこの状況をどうすればいいのかが分からない。困り果てる詠龍を他所に頬擦りし続けていた天花だが、少しして彼の手をゆっくりと頬から離した。

 

 終わったのかと思ったのも束の間、頬擦りは止めたが詠龍の手を放す気配は微塵も無い。眼前へと持ち上げた手をぽ~っとした、上気した顔で見詰めていた。もう目の前にあるものしか見えていない、考えていない、トランス状態というやつだ。そのまま口を開き、詠龍の指先を中へと……。

 

「天花さん、天花さん!?」

 

「……はっ、私は何を」

 

 必死の呼びかけがトんでいた精神を引き戻す。唇に触れるか触れないか、咥えられそうな距離で止まった指先。青少年を襲おうとしていた超刺激的体験は土俵際で防がれた。

 

「あはは、ごめんね、夢中になっちゃった。木天蓼をもらった猫の気分が少し分かった気がするよ」

 

「です、か。それは、良かったです、ね?」

 

「続きは今度させて欲しいな。今は寮に戻ろうか」

 

「続き、今度? 何を言ってるんですか、天花さん? 天花さん?」

 

 そのまま最後まで手を放すことなく、天花は詠龍を連れ立って寮に入っていく。

 

 あれ、手を組む人間違えたか俺? 今更になって考えてしまう詠龍だった。

*1
何故かサイズびったのが一人暮らしの部屋に五着届いた。差出人は不明、怖い

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