魔都精兵と狐面(二代目)   作:北斗七星

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新生活R(六番組):休日と告白

 詠龍の三つ目の仕事は六番組の面子と共に任務に当たることだ。六番組の管轄する地域のパトロールに同行、醜鬼出現の際はこれを撃破。魔都災害発生の予兆があれば未然に防ぎ、仮に起こってしまった時は共に対処に当たる。

 

 最初は今まで一人で戦っていた詠龍がチームで行動できるか疑問視(主に八千穂が)されたが意外なほどの協調性を発揮、見事に連携して見せ不安を杞憂に終わらせた。

 

 先走った行動をして皆の足を引っ張るような真似をしたら大袈裟に騒いで詠龍を責めようとしていた八千穂は見事に肩透かしを食らっていた。

 

 そして四つ目の仕事。訓練に並ぶメインの仕事となりつつあるその内容は、

 

「それじゃ始めますかね」

 

 可愛らしい狐柄の手拭いがほっかむり、年季は入っているがシミ一つない清潔な白い割烹着。完全な昭和母ちゃんスタイルとなった詠龍は六番組寮の掃除へと臨んだ。

 

 浮野詠龍、最後の仕事は六番組寮の管理人である。掃除洗濯料理、家事ならなんでもお任せくださいってなもんだ。

 

「詠龍君、その格好様になってるね。私物?」

 

「これですか? 貰い物です。高校に食堂がありまして、そこの手伝いしてたんです。余った食材とか分けてもらえたんで。そうしたら食堂のお姉様方(平均年齢六十代)に気に入ってもらえて、これ使いなって」

 

 貧乏学生だった詠龍にとって余り物と言えど食材を分けてもらえたのは大変にありがたいことだった。改めて心の中で食堂のお姉様方(平均年齢六十代)に感謝を捧げる。

 

「大体一時間くらいで終わると思いますんで」

 

 レクリエーションルームから出ていく詠龍とそれを見送る天花。サハラはソファに寝転んでおり、八千穂は

 

「ふっふっふっ……」

 

 底意地の悪い表情で詠龍が出ていったドアを見ていた。

 

「やっち、どうしたの?」

 

 サハラの問いにも答えず、八千穂は変わらず含み笑いを続ける。この瞬間、詠龍が管理人として六番組寮の家事全般を担当すると聞かされた時から待ち続けていた瞬間の到来に笑いが止まらない。

 

(嫁の至らなさを指摘する姑の如くいびり倒してくれるわ!)

 

 東八千穂は激怒した。必ず、かの慇懃無礼(しかも自分に対してだけ)な洟垂れ小僧を分からせねばならぬと決意した。八千穂には男の気持ちが分からぬ。八千穂は誉れも高き東家の出であり魔防隊の者である。男に対して配慮、斟酌などせず暮らしてきた。

 

 そこに現れたのが浮野詠龍という規格外(イレギュラー)。本来、女性(強者)に対して媚びへつらわなければならない男性(弱者)だというのに、そんなこと知るかと己の足で歩く異端者。認めるのも腸煮えくり返る思いだが、間違いなく八千穂が今まで見てきた人間の中で三本の指に入る、いや、一番の実力者だ。

 

 戦闘ではどう逆立ちしたって勝てそうにない。実際、模擬戦では毎回、開幕十秒以内にぶっ飛ばされて戦闘不能にされている。だから他のこと、それこそ掃除や洗濯などの家事について些細な失態も見逃さず文句を言い、いちゃもんをつけて心をへし折りマウントを取る。割と冗談抜きで最低な結論に彼女は行きついてしまっていた。

 

「どうせ男の掃除なんて大雑把に適当にやって終わりじゃろ。それではいかん、今後の為にも心を鬼にして指摘してやらねば。そう、これは教育。この前まで学生だった洟垂れに社会の厳しさを教えるための、謂わば愛の鞭。私様ってばやっさしー」

 

 理屈が性質の悪いカスタマーハラスメント人間のそれだ。碌でもない笑みを深め、八千穂は詠龍の掃除が終わるのを今か今かと待ちわびた。

 

「組長、やっちが何か凄く意地悪な顔してるけど」

 

「放っておこう。何となく結果は見えてるし」

 

 一時間後。

 

「終わりました」

 

「「おぉ~」」

 

「……」

 

 廊下、トイレ、風呂場、台所等々。組員の私室といったプライベートな空間を除く全ての場所が文字通りピッカピカになっていた。埃、汚れは勿論、塵一つすら見当たらない。想像の遥か上を行く仕上がりに天花とサハラは思わず拍手し、八千穂はあんぐりと開いた口が塞がらなかった。

 

「凄いねえるちん。お掃除、得意なの?」

 

「得意と言いますか独り暮らしな上、家事全般は小さい頃に仕込まれたので人並みには出来ますね。それに皆さん、元から綺麗にしてるみたいですし楽なもんでしたよ」

 

「主夫業は一通り出来るんだ。じゃあ私が外に出て稼いで来れば……うん、完璧だね」

 

「? さいですか」

 

 会話には混ざらず、窓のサッシを指先でスッ。なぞる前より後の方が指先が綺麗になっているのはどういうこっちゃ。少なくとも八千穂の望むような、いちゃもんをつけられそうな隙は一つも無かった。

 

「ふ、ふん。まぁまぁではないかの」

 

 出来ることは小声で負け惜しみを言うくらいだった。不意に軽快なアラームが寮内に響く。

 

「おっ、洗濯物終わったか。干してきますね」

 

 ぐぬぬ、と口惜しそうに歯噛みしていた八千穂の顔が邪に歪む。大丈夫、まだ慌てるような時間では無い。いびりのネタはまだあるのだから。

 

(素人が、能天気な面をしおってからに。この魔都で洗濯物を干すということがどれ程に困難なことか知らぬじゃろう!)

 

 魔都の空には常に陰鬱な雲が広がっている。雲間から覗く色は昏い紫でお世辞にも見ていて気持ちの良い物とは言えない。そして何より天に鎮座しているはずの太陽が無かった。これで遠くまで見ることの出来る明るさがあるのだから大変不思議だ。

 

 話が軽く脱線したが魔都には太陽が無い。あるのかもしれないが少なくとも誰も見たことが無い。そして太陽が無いのだから当然温かな日光も無い、つまり洗濯物が非常に乾きにくいのだ!

 

(何故まだ乾いておらぬのだとねちねちねちねち、失敗に対する謝罪では無く解決策を執拗に問うてくる上司のように責めてやるわ! 自分の力ではどうしようもない次元のことを追及されるのは辛かろう、苦しかろう。貴様の心、脆いガラス細工のように粉々にしてくれるわ!)

 

「げっげっげっげっ」

 

「組長。やっちが女の子がしちゃいけない顔をして笑ってるよ」

 

「……黙っておこう。自分があんな邪悪な顔をしてるって知ったら三日は寝込みそう」

 

 六番組寮外。

 

「よし、これで半分は渇いたか」

 

「おぉ~、凄い、ふっかふか~」

 

「そんな使い方も出来るんだね、それ」

 

 八千穂、開いた口が塞がらない2ndシーズン。目の前で文字通り秒で乾いていく洗濯物に言葉も出なかった。開いた口をそのままにしながら八千穂は物干し竿にかけられた洗濯物を煽る熱風、その発生源である詠龍の手許を見やる。ドライヤーのように扱われる変身アイテム、ブーストバックルを。

 

「前に雨が降って外に洗濯物が干せなかった時、これで乾かせないかと思ってやってみたらまぁ思いの外上手くいきまして。以来、曇りや雨の日は基本これですね」

 

 物は使い様、というがこの使い方は開発元であるデザイアグランプリ運営も予想だにしなかったろう。

 

「そんなんありか……」

 

 あっという間に乾き、取り込まれていく洗濯物に八千穂は呆然と、敗北感に満ちた呟きを零すことしか出来なかった。

 

「まだだ! まだ終わらんよ!!」

 

 東八千穂は諦めない。何が何でも、例えどれだけ的外れなことを言うことになったとしても、詠龍の家事に難癖をつけると息巻いていた。親の仇と再会した復讐者の如く、台所に立つ詠龍の後ろ姿をねめつける彼女に同僚と上司は哀れなものを見る目を向けていた。

 

「やっち、幾ら何でも拗らせすぎだよ」

 

「引っ込みがつかなくなってるね、これ」

 

 その通り、もう意地だ。とにかくもう、どんなに些細なことでもいいから粗を探し出さないと気が済まない。絶対にケチをつけてやるのだと八千穂は血眼を皿のようにして詠龍の一挙手一投足を見逃さずに観察する。それは見方を変えるともうこの人しか見えないという恋に盲目な乙女のように見えなくも無かった……目は怖いくらいに血走っているが。

 

 しかし悲しいかな。どれだけ微に入り細を穿つ監視を続けても八千穂の求めるような失敗を詠龍は一つも起こさなかった。料理を進めていく手付きは慣れたものであり、澱みなく動く様は穏やかな清流を思わせる。食欲をそそる香りが漂ってくるのに時間はかからなかった。

 

 数分後、テーブルに着いた三人の前にどんと置かれる料理。

 

「お待たせしました、親子丼です」

 

 丼ものの定番、和風出汁香るふわとろ卵の親子丼である。店で出てきたとしても不思議ではないレベルの一品、少なくともその見た目に難癖を付けられる部分は僅かも無かった。

 

「ふ、ふん、問題は味よ。どれだけ見栄えが良くても、美味くなければ料理に一銭の価値も」

 

「「いただきます」」

 

 講釈を垂れる八千穂を置き去りに手を合わせる六番組。箸と丼を手に取り、早速一口。

 

「おいひ~」

 

「うん、これは凄いね、想像以上だ。毎日でも食べられる」

 

 魔防隊という体が資本の組織で働いていることもあり、何より味が良いのでサハラと天花は見事な健啖ぶりで箸を進めていく。余りにも美味そうに食べる二人に八千穂の喉が小さくごくりと鳴った。しかし彼女のプライドが箸を手に取ることを許さない。

 

「八千穂さん、もしかして親子丼嫌いでした?」

 

 何時まで経っても食べようとしない八千穂に詠龍が訊ねる。嫌味とかそういうのではない。純粋に嫌いなものを作ってしまったのなら申し訳ないと思っている表情だ。僅かに煽られる罪悪感から八千穂はそっぽを向く。

 

「べ、別に嫌いではない。ただ、私様の口にはこんな庶民的な食べ物は合わないだk」

 

 ごぎゅるるるるる……。

 

 凄い音が、本当に凄い音が八千穂の腹から響いた。激しい訓練の後、加えて昼時であることもあって限界を通り過ぎていた腹の虫が暴れ回っているらしい。詠龍から目線を外した姿勢のまま、耳まで真っ赤に染まっていく八千穂。詠龍は遠慮がちに訊ねた。

 

「別の用意しましょうか? 冷蔵庫の中にある材料の範囲内で作れるものに限りますけど」

 

「食べてやる、ありがたいと思えぃ!」

 

 最早ヤケクソ、掻っ攫うように丼を持ち上げて一口頬張る。両目が大きく見開かれた。上司と同僚の最初からそうすれば良かったのに、と呆れの視線を注がれながら八千穂は声を搾り出す。

 

「う、美味いのじゃ」

 

 かなりの量あったにも関わらず、食べ終わるのに数分とかからなかった。

 

 

 

 

「詠龍君ってどんな修行をしてたの?」

 

 食後のコーヒー(詠龍作)を皆で楽しんでいると不意に天花に訊ねられた。

 

「どんな、と言われても只管鍛えてもらってましたよ」

 

「えるちんを鍛えてくれた人、確か英寿さんって人だっけ? どういう人なの、やっぱり仮面ライダー?」

 

 サハラも話に参加してきた。それにソファで不貞寝していた八千穂も話が気になるのか、寝転んだまま詠龍に視線を向けてくる。持っていたカップを置き、詠龍は少し考え込んだ。浮世英寿、彼の人を表す言葉はどんなものが適切か。

 

「仮面ライダーもなにも、むしろ英寿さんが本家ギーツです。俺はあくまで二代目ですから。英寿さんがどんな人か……一言でいうなら、とにかく只管とんでもなく凄い人です」

 

 語彙力皆無か! と突っ込んでくる八千穂に肩を竦めて見せる。実際、小学生でももっとマシな表現をしそうなものだが、少なくとも詠龍にとっての英寿は本当にそうとしか言えない存在だった。

 

 心技体、全てを兼ね備えている。どんな難敵も打破する力、窮地を切り抜ける知恵、勝利を引き寄せる運。何よりも強い心を持った、仮面ライダーに相応しい男だ。

 

「本当、とんでもなく強い人ですよ。俺なんて足元にも及ばない、は言い過ぎか。言い過ぎと言ってもどうにか足先に小指でぶら下がってる、って感じですけど」

 

 日々の訓練で詠龍の強さを文字通り骨身に沁みている天花達は驚いた。師匠なのだから弟子より強いのは当然だが、まさかここまで言わせるほどとは思わなかった。

 

「ボコられて強くなって、ボコられて強くなって、ボコられて強くなっての繰り返しでしたね。で、ある程度したら英寿さんの仲間に協力してもらって」

 

 最初はエントリーフォームでボコボコにされ、それなりに成長したら各フォーム(マグナムからレーザーブーストまで)でぶちのめされる。そこを乗り越えたら道長達、他ライダーと戦う。更に英寿が創世の力で再現した昭和、平成、令和ライダーのお歴々とも戦った。勝利できたのは相手が御本人ではなくあくまで再現体だったからだろう。ギーツⅨを使わせてもらってたとはいえ、よくオーマジオウといったとんでも連中に勝てたと今でもしみじみ思う。

 

「そうやって色々な人達と戦って、最後は一番強い姿(ギーツⅨ)の英寿さんと戦って、どうにか顔面に一発入れて修行完了、ですかね……あれ、そういえば他にも相手がいたような」

 

 修行も終盤に差し掛かったころ。最強フォームの令和ライダー達を倒した詠龍に別枠、特別な試練としてわざわざ英寿が用意した相手がいた。そう、大陽の石を持った黒い体と赤い目の世紀王なライダー。

 

 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。

 

「ちょっ、詠龍君どうしたの!?」

 

 いきなり、何の前触れも無く凄い勢いで震え始めた詠龍。泡を食いながら天花が肩を掴んで呼びかけるも返事は無い。土気色になった顔に虚ろな表情を浮かべ、やめてとめてと壊れたラジオのように繰り返し続けていた。明らかに尋常な様子では無い詠龍にサハラ、そして八千穂すら腰を浮かせる。

 

「お願いしますお願いします本当に止めて下さいリボルケインもボルティックシューターもバイオブレードもいくら使ってもいいですから*1SFOだけはSFOだけは勘弁してくださいやめてとめてやめてとめてやめてとめて……」

 

 やめてとめて連呼マシーンと化した詠龍が正気を取り戻したのは数分経ってからだった。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしました。ちょっと、トラウマが……」

 

「一体全体、何があったんじゃ?」

 

「ごめんなさい、マジで聞かないで下さい。話したくない、思い出したくもない……!」

 

 石の裏から這い出てくる虫のように甦る悪夢(修行)の光景。死力を尽くして倒した相手がパワーアップして復活する、しかも四人に増えて。純粋に強過ぎる格闘技、喰らったら文字通り必殺される一撃、正確無比を超えて絶対必中の速射撃、物理攻撃完全無効の回避術。そんな連中と四体一で戦わねばならないのだ。

 

 修行がどうなったかは覚えていない。思い出すことを体が拒否しているのか、結果だけが記憶に残っている。文字通り自分の持てる全ての力と技、知恵と根性を搾り出し尽くしてどうにかこうにか相討ちになった事実だけが詠龍の中にあった。もう一回同じことをやれと言われたら泣いて土下座して許しを乞うだろう。それだけこの修行は詠龍の心に深刻な傷跡を残していた。

 

「詠龍君って休みの日はどうやって過ごしてるの? 修行の話もいいけど、私はそっちを聞きたいな」

 

 再び顔色が悪くなり始めた詠龍を見て天花は無理矢理話題を変えた。精神が捩じり歪みだしていた詠龍はありがたく乗っかることにする。

 

「休みですか。基本、普通の高校性と変わらないと思いますよ。貧乏学生だったからバイトしたりしてましたし」

 

 例の保護者に出させていたのはあくまで学費と家賃だけ。それ以外は全部自分で稼いでいたので遊興費に使えるお金は余り無かった。因みに保護者とは高校中退を機に関係を完全に絶っている。なので正確には元保護者だ。

 

「後は、偶に友達と遊びに行くくらいですかね。適当に遠出したり、後は映画とか」

 

 映画という単語に天花が嬉しそうな反応を見せる。

 

「詠龍君も映画好きなんだ。私もだよ。どのジャンルを見るの?」

 

 私はミステリーとホラー、と天花。そうですね、と詠龍は天井を仰いだ。

 

「基本、頭空っぽにして見れるのが好きですね。アクションとかコメディ、怪獣映画とか。ミステリーとかはあんま見たことないな。ホラーも……ちょっと苦手で」

 

 最後の部分、小さく呟かれた台詞を耳聡く聞き逃さない者がいた。八千穂である。苦手、の一言に跳ねる勢いで起き上がる。詠龍を見る表情は正に鬼の首を取ったようというそれだった。

 

「はっはー! 何じゃ洟垂れ、貴様いい歳して怖い物が苦手と言ったか? かぁーっ、全くなっさけないのぅ、大和男児ともあろう者がなんて様じゃ。あ、もしかして貴様、怖いものを見た日は夜一人でトイレに行けなかったりするタイプか? ぷっぷくぷーw 可愛らしい所もあるではな私様の頭がぁぁぁぁあ!!!!」

 

 それはいい表情で、とても愉しそうに揶揄してくる八千穂をアイアンクローに処す。掌の中、激痛で悲鳴を上げる八千穂をそのままに詠龍は何事も無い様に話を続けた。

 

「ホラーがというか……ジャンプスケア、で合ってましたっけ? あれが本当に苦手で」

 

「あのいきなりドン! ってくるやつだね~」

 

 ジャンプスケアがあるとその映画がどんなものだとしても、それこそコメディだろうが何だろうがビクッとなってしまう程度には苦手だった。*2

 

「そっか、詠龍君、ホラーの類は見ないのか……」

 

 もし趣味が合うのなら一緒に映画でも、と考えていた天花は残念そうにしていた。気持ちしゅんとなってしまった天花を見て、詠龍は(八千穂にアイアンクローを極めたまま)立てた指をクルクルと回す。

 

「でも、最近は似たようなのばっか見ててマンネリしてきた感がありますし、新規開拓って意味も込めて今まで触れて来なかった映画を見るのもいいかもしれないですね。天花さん、何かお勧めってあります?」

 

 詠龍の申し出にぱぁと天花の顔が華やいだ。とても可愛い。

 

「なら、気になってる映画があるから今度一緒に……そうだ、詠龍君との親睦会ってことで皆で見に行かない?」

 

「「え?」」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 僅か二日後、天花の見事な調整で休日を合わせた六番組は現世の大型ショッピングモールへと来ていた。

 

 平日にもかかわらずそれなり以上に人の行き来がある。人々がそれぞれの足取りでお目当ての店に向かう中、私服姿の六番組は最後の一人を待っていた。

 

「同じ場所から同じ目的地に行くのになんでわざわざ現地で合流せないかんのじゃ……」

 

「そっちの方がデートっぽいからだって~」

 

 げんなりとした表情を隠そうともしない八千穂にサハラは何時ものぽわぽわした調子で話す。当の言いだしっぺである天花は手鏡で服装や髪形に変な所が無いか入念にチェックしていた。ちなみにこれで三回目の確認である。そこまでやると逆に変になってしまうのではないかと八千穂が思っている時だ。

 

「すいません、遅くなりました」

 

 (天花の)待ち人来る。ぱぁ、と顔を輝かせた天花は手鏡をバッグにしまって声の方へ、即ち詠龍がやって来る方へと足早に向かった。

 

「やれやれ、ようやっと来たか。数分とはいえ、私様達を待たせるとは洟垂れの分際で生意気……んな!?」

 

 天花の後ろ姿を視線で追っていた八千穂の顔が驚愕に染まる。見開いた双眸は楽し気に天花と話す詠龍を、彼の服装を穴が開くほど見詰めていた。

 

 白と黒の配色に朱いラインのアクセント。装飾性絶無、ただひたすら運動することのみを追求し無駄を殺ぎ落とした機能美。汗と涙に彩られた青春を歩む子供達の永遠の友、其の名はジャージ。

 

「貴様……その姿、正気か!?」

 

「え、何がです?」

 

 首を傾げながら自身の服に視線を落とす。友人と遊びに行く時のお決まりの格好だ。変な所は、少なくとも詠龍に取っては何一つとして無い。

 

「何が、ではない! えぇい、組長もサハラも言ってやれぃ」

 

 何を? という顔で見詰め返してくる二人に八千穂の表情が愕然とする。可笑しいと思っているのは私様だけか、とショックを受けた様子の彼女を他所に天花とサハラは詠龍を注視した。別段、わざわざ指摘するような部分は無いと思われたが、天花があっと声を上げる。

 

「詠龍君、寝癖あるよ」

 

「え、嘘?」

 

「本当だ~。後ろのところ、ちょっと跳ねてるね」

 

 そこじゃねぇだろ! 思わず握った拳が震える。寝癖を手櫛で梳こうとしてくる天花から逃げる詠龍にあははと笑いながらサハラは八千穂を見た。

 

「やっち、えるちんの何が不満なの?」

 

「不満も何も、ジャージはおかしいじゃろ! 仮にも女子と出かけるんじゃぞ?」

 

「別に良くないですか? 一応、余所行きのジャージですよ」

 

「余所行きもクソもあるか! もっとこう、洒落た服を着て行こうとか思わんかったのか?」

 

 全然。詠龍ははっきりと首を振った。ファッションに毛ほども興味が無い上、基本貧乏なので着飾ったりする金銭的余裕も無い。余程ぶっ飛んだアヴァンギャルド極まりない、それこそ想像の斜め上を行く破壊力、どこから突っ込んでいいのか分からないという感想が周囲から出てくるような服装でなければ何でもいいというのがスタンスだ。

 

「それに言うじゃないですか。ちょっとのお金と明日のパンツさえあればって」

 

 それはパンツ一丁以上の格好ならどんなもので良いという意味では無い、断じてない。

 

「そもそもそんな言葉、聞いたこともないわ! 組長~、私様、こんなダサい格好の男と歩くなんてごめんなんじゃが」

 

「詠龍君、今日も素敵だね」

 

「恐縮です」

 

「駄目だこいつ、早く何とかしないと……」

 

 詠龍無条件肯定マシンと化した上司にがっくりと肩を落としたその時、八千穂に電流走る。さささ、と天花の背後に移動し、耳元で囁いた。

 

「組長、これはチャンスなのではないかのぅ。服に興味のないこいつを組長色に染め上げられるのではないか? 組長の趣味と調和する装いを見立ててやれば周りからもお似合いの二人、とか言われる……かも」

 

 単純に服をプレゼントするのも好感度上昇に繋がるのでは? そんな風に言われた天花の判断は迅速だった。

 

「そのままの詠龍君も素敵、とはいえこうして私達との新しい生活が始まったことだし、心機一転して今まで目を向けてこなかったことに挑戦してみるのもいいんじゃないかな。そういう訳で詠龍君、もし良かったら服、買ってみない?」

 

「服ですか? でも俺、今日映画見るだけだと思ってたからあんま持ち合わせないんですよね」

 

「そこはほら、私からの就職祝いってことで」

 

 現状、魔防隊に入った訳ではなく天花に個人的に雇われている状態なので、正確には就職祝いでは無く雇われ祝いだろうか。

 

 今まで服装に関しては何の頓着も無かったが、こうして誘われると少なからず興味が湧いてくる。就職祝い云々に関してはともかく、一緒に見てみたいと思い誘いを受けることにした。こうして八千穂の狙い通り、詠龍の服を見立てる流れと相成った。

 

「しかし、六番組(うち)のボスはこんなに扱いやすい御仁だったかのぅ……」

 

 天花が詠龍に対し好意(の域を明らかに超えている)を抱いているのはこの数日の接し方を見るだけで嫌と言うほど伝わってきた。そこを突けば思惑通りに動かせるのではと行動に移したが、結果はご覧の通りである。人を好きになると馬鹿になるのか、馬鹿だから人を好きになるのか八千穂には判断つかなかった。

 

「それにしても、組長はあの洟垂れのどこがいいんじゃ?」

 

 首を傾げつつ、八千穂は少し遅れて服屋に向かう三人の後を追った。

 

 

 

 

「いいね、詠龍君。凄く似合ってるよ」

 

「組長、この帽子とかどう~」

 

「確かにこっちの方が色合いが良いかな……あ、でもこれならさっきのジャケットの方が」

 

 女性の服選びを甘く見ていた、というのが率直な感想だった。気になった柄の服の、自分に合っているサイズの物を二、三、選んでその中から一つを買う。長くても十分程度で終わる買い物、詠龍の認識はそれくらいのものだった。

 

 しかし実際は想像の遥か上を行った。天花とサハラが詠龍の服を選び出してから早一時間以上が経っていた。その間に着せられた服の数は両手両足の指でも足りないほど。帽子なんかの小物も加えれば数え切れ無くなりそうだ。

 

 目を白くさせている間も詠龍は様々な格好をさせられていく。風の都を愛する半熟探偵、その相棒の魔少年、天の道を行き全てを司る男、運の悪さと精神力の強さが比例している特異点、俺が最後の希望な指輪の魔法使い、愛と平和がベストマッチな天才物理学者、そして二千の技を持つ旅人。本当に色々な格好をさせられた。

 

「ぐおぉ、私様が何故こんなことを……」

 

 服選びに参加していなかった八千穂は哀れ荷物持ち、もとい服持ちをさせられていた。購入候補に挙がった服を抱えた両腕がプルプルと震えている。もう正面からでは顔を見れないほどの量が彼女の腕の中にあった。

 

「そういや、青葉姉さんにもこんな風にしてもらってたか」

 

「青葉、さん……お義姉(ねえ)さんに?」

 

 天花のイントネーションに若干の違和感を抱きつつも詠龍は頷きながら幼いころを懐かしむ。ペアルックの格好で遊びに行っていたものだ。

 

「えるちんのお姉さんってどんな人なの?」

 

「そうですね……まず、姉さんって言っても実際に血は繋がってないです。お隣に住んでて、ちっさい頃から相手になってくれて、そうしてもらってる内に自然と姉さんって呼んでて」

 

 脳裏を流れていく、かつて青葉と二人で様々なことをした記憶。六歳、木登りをして下りられなくなり消防署が出張るほどの大事に発展した。八歳、初めてのカレー作りで隠し味にハチミツリンゴチョコを入れまくってとんでもない甘口が出来てしまった。十歳、自分より家事が上手くなったと八つ当たりでプロレス技をかけられまくった。十二歳、因縁を付けてきた不良(数十人)を河原で泣いたり笑ったり出来なくなるまで叩きのめした。あれ、碌な思い出が無いぞ?

 

「……何くれと俺の面倒を見てくれた恩人です」

 

「何じゃ、その微妙な間は?」

 

 曖昧な笑みで誤魔化す。だが実際、恩人という表現は誇張でも何でもなかった。前世の記憶を引きずって何時も落ち込んでいた幼少期の詠龍を時に励まし、時に叱咤し、時に引きずり回して立ち直らせてくれたのが青葉だ。彼女がいなければ今の詠龍は確実にいなかっただろう。

 

「俺にとって、掛け替えのない大切な人。それが青葉姉さんです……あれからもう随分と経つんだな」

 

 全てが変わったあの日を思い出す。燃え上がる我が家だった瓦礫の山、いなくなってしまった大切な人達、何も出来なかった己自身。あの時の無力感、悔恨、慙愧。時が経った今でも鮮明に思い出せた。

 

(こんな思い、もう誰にもさせない)

 

 かつて夢の中で英寿に語った、理不尽な悲劇から人々を護りたいという願いを改めて胸に刻む。静かな男の決意、声に出すことは無かったが表情には出ていたようだ。普段の穏やかな顔や訓練の時の割と容赦ない面持ちとは違った凛々しい雰囲気。ギャップに近くにいたサハラは思わずドキリとする。

 

「あ~、えるちん。不意打ちでそういう顔をするのは止めた方がいいかな~、ちょっと心臓に悪い」

 

「え、何がですか?」

 

「やっぱ、自覚無いか。性質悪いな~」

 

 首を傾げる詠龍に頬を薄ら赤くしていたサハラはそれ以上何も説明しなかった。ちなみに天花は

 

「……♡」

 

 蕩けた顔で詠龍を見詰めていた。

 

「何の話をしとるんじゃ?」

 

 服の山で何も見えていない八千穂は状況が飲み込めず完全に置いてきぼりにされていた。

 

 

 

 

 その後、風の街を愛する半熟探偵風の服をプレゼントされた詠龍。危うく試着したもの全て買った上で贈られそうになったが流石に辞退し、特に気に入った物のみを購入してもらい受け取ることにした。

 

 早速着替えた詠龍、六番組は本命である映画館へとやって来た。ショッピングモールの一角丸ごと映画エリアであり、人も多くかなりの賑わいを見せていた。

 

「そういえば天花さんの気になっているっていう映画ってどれなんです?」

 

 肝心のタイトルを聞いていなかったことを思い出し訊ねる。

 

「えっとね、あ、あれあれ」

 

 天花が指さす先、壁に飾られた上映中の映画のポスターの一つ。

 

『エイリアンVSプレデターVSフレディVSジェイソンVS貞子VS伽椰子VSダークライ』~勝った方が我々の敵になるだけです~

     

 版権諸々きちんと許可を得た上で撮影したのか? 仮に得ていたとしたら許可を出す側も制作側も正気だったのか? そもそもどういう思考回路をしていたらこの面子にダークライを突っ込もうと考え付くのか? 気になることは多々あるが何よりも疑問に思うのは

 

(天花さんってもしかしてクソ映画マニア?)

 

(違うよ~)

 

(直接脳内に……!?)

 

 頭の中に響く天花の返答に詠龍が戦慄する一方、八千穂とサハラは示されたポスターの余りのインパクトに目が点になっていた。タイトルだけ見たら完全にB級を通り越してZ級映画だもの。ポスターの出来自体は悪くない、どころか相当なものだがそれもZ級映画でお決まりのパッケージ詐欺にしか思えなかった。

 

「組長、本当にこれ見るんですか?」

 

「悪いことは言わん、止めよう。態々、見えている地雷を踏み潰しに行く必要もあるまいよ」

 

「うん。やっぱ、タイトルとかだけ見るとそういう反応になるよね。でも、凄い評判は良いみたいなんだ」

 

 うっそだ~。声にせずとも顔にそう出ていた三人に天花がスマホの画面を見せる。映っているのは映画評論サイトだ。

 

「……本当だ。評価者百人以上で星九以上ついてる」

 

 最高評価は星十だ。驚きに染まった顔を見合わせる八千穂とサハラに心から同意しながら詠龍は天花に断りを入れてスマホを操作する。適当なネタバレ回避の感想をいくつか表示した。

 

『タイトルからして出落ち感が半端なかったので酒の席のネタくらいにはなるかなと軽い気持ちで見たら冗談抜きでトラウマになりました』

 

『バッティングセンターで初心者コースを遊ぼうとしたら大○翔○選手(御本人)が出てきた感じ』

 

『小学校一年生に卒業したおねしょが再発しました』

 

『監督を傷害罪で訴えます! 理由はもちろんお分かりですね? あなたが映画視聴者をZ級映画のようなタイトルで騙し、心に消えない傷を負わせたからです! ちかいうちに訴えます。裁判も起こします。裁判所にも問答無用できてもらいます。慰謝料の準備もしておいてください! 監督は犯罪者です! 刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい! いいですね!』

 

 何かおかしいものが一部あったが、そのどれもが映画を高く評価するものだった。

 

「『それぞれの版権元に撮影許可を貰ってあるだけあってキャラの造形も気合いが入っていてそれだけでも見る価値はある』……マジかよ、許可出てんの……いやこんだけ堂々と公開してるんだから当然だけどさ。どうやって許可もぎ取ったんだ?」

 

「何かやばい薬を一服盛ったのではないか? もしくは洗脳?」

 

「いや、家族を人質に取ったとかじゃない?」

 

「許可が出た経緯は監督が直々に説得に出向いて、その情熱に根負けしたからだって書いてるね」

 

 どんな説得をしたらこんなハチャメチャコラボが実現するのか非常に気になるところだ。とにもかくにも見た人達の評価は高い。タイトルからしてクソ映画だから見たくないという言い訳は通用し無さそうだ。かくして期待、不安、後悔、疑惑、それぞれの感情を胸に四人は映画鑑賞に臨むこととなった。

 

 

 

 

 

『ギシャアアァッ』

 

「うおっ」

 

 右の席から順に天花、詠龍、八千穂、サハラの並びで鑑賞開始から早二十分。三度目のジャンプスケアに詠龍はビクッと体を跳ねさせる。何度味わっても決して慣れることの無い恐怖演出に詠龍の体は意思とは無関係に反応してしまっていた。

 

 一人で見ているならとかく、知り合いと一緒に見ている中で体が動いてしまうのは想像以上にバツが悪い。しかも詠龍を責める感傷は気恥ずかしさだけでなかった。

 

 きゅっ、と右手を包む優しく温かな感触。映画が始まってからずっと、詠龍の右手は天花の左手と繋がれた状態になっていた。体が反応する度に大丈夫だよと言い聞かせるように握られた掌に微かな力が込められる。まるで怖がる彼女を気遣う彼氏みたいだ……あれ、男女逆になってね?

 

 情けないのは天花のお蔭で安心してしまっている自分が確かにいること。幾らホラー映画が苦手とはいえ、女性に励まされながら見るのは男としてどうなんだと自問してしまう。オマケにチラッと横目で天花を見た時、バッチリと視線が合ってしまった。にっこりと微笑み返され、思わずほっと体から力が抜けてしまいそうになり気恥ずかしさ&情けなさゲージはマックス状態だ。

 

 そこに追い打ちをかけるような問題が反対側、左の席にもあった。

 

『ヴォオオオッ』

 

「ひいぃぃっっ!!」

 

 プライドも何もかもかなぐり捨て、涙目になりながら詠龍の左腕に全力で縋り付く八千穂の姿があった。そう、全力でだ。

 

 肉体強化系の能力を持っている訳ではないが、仮にも彼女は魔防隊。戦いに備えて日夜鍛えており、肉体的な強さは決してか弱いものではない。そんな争い事を生業としている人間が遠慮も気遣いも無く渾身の力でしがみ付いてきているのだ。必然、

 

 ギリギリギリギリギリ……

 

 詠龍の左腕からはそれはそれは凄惨な音が奏でられていた。一瞬でも気を抜いたが最後、物理的に『複雑』にされてしまうことだろう。映画が齎す恐ろしさとはまた別ベクトルの緊張感に身も凍り付く。

 

 右側から寄り添う包容力、左側から攻め立てる物理的脅威。前門の虎後門の狼とはこのことか。表現的には両手に華の方が正しいのだろうが、華は華でも相乗効果で人体を破壊する毒を持っている。そしてこの華は両方とも自分から手放すことが出来ない。詠龍に出来るのは映画が終わるまで耐え続けることだけだった。

 

 ちなみにいっちゃん左側に座っているサハラは

 

「zzz……」

 

 上映開始十分ほどで護身完了(爆睡)していた。

 

 

 

 

「面白かったね!」

 

「そうですね、半端無かったです。見応えあり過ぎて若干食傷気味ですけど」

 

 たっぷり三時間の上映が終わった後での帰り道、天花と詠龍は映画の感想に花を咲かせていた。上映前に見た評論サイトでの高評価も納得の一作だった。

 

 なお、他の二人。サハラはエンディングの最後まで護身完了(爆睡)を決め込んでおり、八千穂は映画終盤に差し掛かる直前に恐怖の余り失神してしまった。今は二人仲良く詠龍に背負われている。

 

「ジェイソンの胸からチェストバスターが飛び出して、更にそのチェストバスターの口からフレディが生えてくるシーンは意表を突かれたよ。まさかフレディまでっ! って」

 

「俺はその後の何事も無かったみたいに引っこ抜いたチェストバスター(フレディ付)を片手にエイリアンの大群に無双してたジェイソンが印象的でした。ちょっと本気で格好いいって思っちゃいましたし。それとプレデターと戦った貞子&伽椰子のタッグ、凄かったです」

 

「貞子の呪いの髪と伽椰子の肉弾戦の合わせ技があそこまでプレデターを苦しめるなんて、最初見ていた時は思いもしなかったな。最終的にプレデターが力技で二人を強引に捻じ伏せてたけど、どっちが勝っても可笑しくなかったね。間違いなくあの映画のベストバウトの一つだよ」

 

「地球外生命体にも通用するほどの呪いを持つ貞子と伽椰子が凄かったのか、呪いに対して純粋なフィジカルと技術だけで競り勝ったプレデターが凄いのか、判断が難しいところですね……ところで天花さん」

 

「詠龍君、私も多分同じこと考えてると思うよ」

 

「「ダークライ、どこ?」」

 

 寮に帰るまで、二人の映画談議は終わることが無かった。

 

 

 

 

 その日の夜、六番組寮。寝間着姿(ジャージ)の詠龍がトイレから私室へと戻ってきた。

 

 

「歯も磨いて風呂も入って後は寝るだけ……なんだが、あの映画見た後だからな、ちゃんと寝付けるかどうか不安だぜ」

 

 変な夢見ちまいそう、と内心ちょっと不安になっていた時だ。コンコンとノックする音が響き、返事もしない内にドアが開いた。

 

「そんな一人寝が怖くなった夜に人肌温度の抱き枕はどうかな?」

 

 枕片手に入ってきたのは寝間着姿の天花だった。

 

「あ、間に合ってるんで大丈夫です」オシモドシー

 

「ソンナー(´・ω・`)」

 

 これから寝る、というには少々艶めかしい装いの天花に内心ドキドキしながら部屋の外へと押し戻す。

 

「全く、こんな夜に女性が野郎の部屋に一人で来るもんじゃないっての……」

 

 コンコン、ガチャ

 

「実は私、怖い映画が大の苦手で、今日は一人で寝れそうにないから一緒に寝て欲しいっていうのは」

 

「無理があり過ぎるでしょう、あんなに楽しそうに見てたんだから」マタオシモドシー

 

「デスヨネー(´・ω・`)」

 

 再び天花を部屋から押し出す。二度あることは三度あるという格言があるが、天花の三回目の訪問は無かった。ベッドに入り、電気を消して瞼を閉じる。映画がフラッシュバックして眠ることが出来ない、ということはまるで無く、詠龍はあっさりと意識を暗闇へと落とした。

 

 何か物音を聞いた気がした。真っ暗な部屋の中、詠龍はゆっくりと体を起こす。壁にかかった時計を見れば時刻は午前二時を過ぎた頃。嫌な時間に目を覚ましてしまったと思っていると再び物音が。何ぞやと電気をつけて部屋を見回すが音の発生源は見つからない。気のせいかと首を傾げているとコンコンコンとドアからノックの音がした。

 

「こんな時間に誰だ?」

 

 まさか天花さんがまた来たのかと訝しみながらドアを開けてみる。そこにいたのは、

 

「おい、洟垂れ。どうせ昼間の映画を思い出してトイレにも行けぬだろう。この寛大な私様が付き合ってやる。平伏して感謝せぃ」

 

 若干顔色の悪い、だが傲然という言葉を形にしたような態度でふんぞり返る八千穂だった。端的に言ってとても偉そうな八千穂を無言で見詰めること数秒。

 

「間に合ってます」

 

 一言で会話を終了、ドアを閉じようとする。

 

「待てぃ、遠慮することは無いぞ」

 

 それよりも速く隙間に八千穂の足が差し込まれた。無理に閉めて怪我をさせてはいけないと思い、詠龍は渋々付き合うことにする。

 

「いや、遠慮とかじゃなくて本当に寝る前に済ませたんで行かなくても大丈夫なんですって」

 

「はっはっは、強がるな強がるな。そんなことを言って、実は我慢の限界じゃろ? 明日の朝、ベッドに地図を広げてしまうやもしれんぞ、いいのか?」

 

「……武士の情けで指摘しませんでしたけど、あえて言います。そうなりそうなの八千穂さんですよね?」

 

「……分かっているなら何も言わずに付いてこんかこのすっとこどっこい!」

 

「逆ギレし始めたよこの人……何でもっと明るい時間帯、それこそ俺含めて皆が起きてる時間に済ませなかったんですか?」

 

「あんな全てが主菜の恐怖のフルコース映画を見た後に一人でトイレなんぞ出来るかぁ! 私様がトイレのドアを開けた瞬間、フェイスハガーに襲われたら貴様どう責任を取るつもりじゃ!?」

 

「映画の内容、がっつりトラウマになってますね。いる訳無いでしょそんなの……いや、でもそういうタイプの醜鬼がいるって可能性もあるのか?」

 

「ここにきて何で更に行き難くなるようなこと言うんじゃぶっ殺すぞ貴様頼むからそんなこと言わんでくれお願い……!」

 

「我慢の限界で情緒不安定になってんな。ってか、天花さんかサハラさんに頼めばいいじゃないですか。何で俺なんです?」

 

「上司と同僚にこんな情けない様見せられる訳なかろうが! 私様が今まで積み上げてきた崇高なるイメージに瑕が付いてしまうわ」

 

崇高なるイメージ(それ)は多分八千穂さんの幻想ですよ、とは言わないでおくか)

 

「考えに考え抜いた苦渋の決断じゃ。貴様みたいな洟垂れにこの様な姿を晒すのは恥辱の極み……しかし、組長とサハラに見られるよりかはマシ! というものよ」

 

「大差ない気もしますが。それと仮にもトイレに付いて来てくれって頼んでる相手を洟垂れ呼び出来る根性は冗談抜きで素直に尊敬しますよ。そんだけ図太ければ世の中生き易いでしょ」

 

「おのれ、洟垂れの分際で知ったような口を聞きおってからに。貴様が私様の何を知って……あ、ちょっとこれ本気でやばい……」

 

「でしょうね。顔色見れば分かります」

 

「ど、どうする? このままで貴様の部屋の前にナイアガラの滝が出来てしまうぞぉ……」

 

「世界でも類を見ない斬新な脅しだな。はぁ~……分かりました、付いていけばいいんでしょ。トイレまで歩けます?」

 

「む、むりぃ」

 

 返答に溜め息を一つ。何がとは言わないが決壊寸前、一歩も動けそうにない八千穂を介護してどうにか無事にトイレまで連れていく。彼女が用を足すのを待っている間、灯りの消えた天井を薄らボケっと見上げた。何してんだ俺? と口から出かかったのは内緒だ。

 

 暫くしてトイレの流れる音。ガチャッとドアが開き、出てきた八千穂と視線が合う。自然と二人の口から大きく息が漏れた。トイレと言えど、この瞬間に流れている如何ともし難い空気を水に流すことは出来なかった。無言が続くこと数秒、言葉を発したのは八千穂だった。

 

「……嗤えばいいじゃろうが」

 

「はい?」

 

「嗤えばよかろうが。人のことを洟垂れだ何だと馬鹿にしているくせ、自分は映画が怖くて夜中にトイレも行けないような腰抜けだと」

 

 そうされても仕方がない態度を取ってきた自覚はある。自覚しているにも関わらず頑なに詠龍を認めない姿勢を貫いていたのは性分と自尊心からだ。通りすがりの狐だか何だか知らぬがぽっと出の新参、それも男なんぞを仲間に受け入れられるかと意地を張り続けた。

 

「そんなことしませんよ、趣味悪い」

 

 その意地もこの男には何の意味もなかったが。

 

「苦手なことや怖いことで馬鹿にされて傷つく人を見て嗤うほど品性下劣ではないので」

 

「ひ、品性下劣……」

 

 飾り気のない、ど直球な言葉のナイフが八千穂の胸に突き刺さった。過去の言動、そして最近で言えば詠龍に対する態度など色々心当たりがあるだけに言葉のナイフはより深い傷を作り出していく。

 

 これまでのことを総合すれば詠龍にとって八千穂は手も足も出ないくらい弱っちいくせに突っかかってくるは態度はでかいは洟垂れ呼ばわりしてくる品性下劣な人間ということになる。客観的に見ればそう思われても仕方ないだろう。しかし、それだと一つ分からないことが出てきた。

 

「じゃあなんで貴様は、貴様の言うところの品性下劣な私様の頼みごとを聞いてくれた? そのまま無視すればよかったろうに」

 

 八千穂の問いに極めて簡潔に答えた。

 

「八千穂さんがいい人だからです」

 

 初めて会ったあの日、八千穂は詠龍からドライバー等の装備を取り上げ一市民として普通の生活に戻そうとした。そうしようとした理由は九分九厘が男と共に戦うなんて御免だという私情からきたものだが、本当に極々僅かではあるが詠龍に対する思い遣りもあった。微かにでも他者を慮ることが出来るならそれはいい人だと言っていいだろう。

 

「八千穂さん。貴方は根性捻じ曲がってるは口を開けば嫌味を垂れるは人の粗を探すのに余念がないは実力差を示されてるのに馬鹿にしてくるはキャラ付けっぽい喋り方が痛々しい……え、素? キャラ作りじゃない? そっか……あの、ごめんなさい……とにかく、好きになれる要素一つでもあるかなって首を傾げるレベルで性格がアレな人ですけど、性根は腐ってないと思ってます」

 

 仮に性根の腐った人間なら本当に必要最低限のやり取りしかしなかった。そうせず、扱いはかなりぞんざいなものだが天花やサハラ同様に敬意を持って接しているのは八千穂に彼女なりの美徳があると信じているからだ。

 

「貴様、私様のことをそんな風に思っておったのか。てっきり、嫌われているかと」

 

「嫌いではないですよ。洟垂れ呼びしてくる度に張り倒してやろうかとは思ってますけど。というか、嫌われるような言動をしてるって自覚があるなら慎んだらどうです?」

 

 至極ご尤もな指摘に八千穂も若干怯むがそれも一瞬だけ。何時もの尊大な態度でふんぞり返って見せた。

 

「ふん、断る。何故、この私様が貴様如き洟垂れのために慎まねばならんのじゃ。貴様が私様に合わせぃ」

 

 さっきまでの妙にしおらしく殊勝な態度の八千穂はもう居らず、何時もの彼女がそこにいた。詠龍は小さく笑い、気が向いたら合わせてあげますよと小生意気に答えた。

 

「少し長話しすぎましたね。部屋、戻りましょう」

 

「うむ、そうじゃな……当然じゃが、私様を部屋まで送ってくれるな?」

 

「……分かりましたからそんな雨の日に捨てられた子犬みたいな目をしないで下さい」

 

 まずは暗い廊下を八千穂の部屋まで移動。終始、腕にしがみついてきた八千穂を無事に彼女の部屋前まで連れてくる。

 

「じゃ、八千穂さん。おやすみなさい」

 

「うむ、おやすみなのじゃ……詠龍」

 

 初めて彼女に名前を呼ばれた。自身の部屋に戻ろうとしていた詠龍が振り返れば八千穂が深々と頭を下げていた。

 

「初めて会った日、ご家族のことを知らなかったとはいえ貴様にとても酷いことを言ってしまった。謝って済むことではないのは重々承知じゃが、本当にすまなかった」

 

 もっと早く言うべきことだったと頭では分かっていたが(プライド)が邪魔をしていた。このタイミングを逃せば二度と自分から言える機会は無い。誠心誠意の謝意を込めて八千穂は頭を下げた体勢で詠龍の反応を待った。

 

 一瞬だけ浮かんだ驚きの表情を穏やかな笑みに変え、詠龍は頷いた。

 

「分かりました。八千穂さん、貴方の謝罪を受け入れます」

 

 こうして二人の間にあった溝は埋まったのだった。

 

 

 

「おい、洟垂れ! 何故、組長とサハラは目玉焼きなのに私様は貴様と同じスクランブルエッグなんじゃ!?」

 

「あ、すいません。ちょっと作るの失敗しまして。別にいいでしょ、スクランブルエッグ美味しいですよ?」

 

「美味いのは認めるがせめてスクランブルエッグ(こっち)でいいかどうかの確認くらいしろこのたわけぇーっ!」

 

 溝が埋まっても八千穂の詠龍に対する接し方、詠龍の八千穂に対する扱いは大して変わらなかった。

 

 

 

 

 

「時が流れるのは速いな」

 

 六番組寮、詠龍`sルーム。ベッドに寝転がり天井を見上げていた詠龍は一人呟いた。天花に誘われ、魔防隊と共に戦うと決めたあの日。あれから十日ほど経っていた。

 

 もう十日も経ったのか、まだ十日しか経っていないのか。人によって感じ方はそれぞれだろうが、詠龍は前者だった。

 

 魔防隊、といっても現状関わりがあるのは六番組だけだが関係は良好と言っていいものだ。初対面のごたごたで含む所のあった八千穂とも今はじゃれ合いをする程度には仲良くなれている。

 

六番組以外()の所とも上手くやってければいいんだけど」

 

 どんな人達なんだろうか、そういや天花さんから他の組の人のことって聞いてないな、と考えていると不意にノックの音が飛び込んできた。

 

「詠龍君、いいかな?」

 

 天花だ。どうぞ、と返事をすれば私服姿の彼女が入ってくる。

 

「天花さん、どうかしました?」

 

「詠龍君とお話したくてね。隣、いいかな?」

 

 体を起こしベッド脇に座り直しながらどぞ、と手で示す。詠龍の隣に天花が腰かけ、二人分の体重でベッドが僅かに軋む音がした。

 

「ここでの生活には慣れた?」

 

 寮での暮らし、六番組との仕事。何か不都合があったりしないかという確認だった。

 

「そうですね。皆さんのおかげで肩肘張らずに過ごさせてもらってます」

 

 天花は気遣ってくれているしサハラはオールタイム自然体。八千穂はアレなので妙に鯱張ったりしないで生活できている。

 

「逆に俺が皆さんの生活ルーティン乱したりしてませんか?」

 

「それは無いから安心して。むしろ、生活と訓練の質が数段上がったね。八千穂とサハラもそう言ってた」

 

 他愛も無い話を続けること数分。一度、天花が言葉を切った。一呼吸置き、彼女は口を開く。

 

「ここからが本題なんだけど詠龍君。初めて会った時の質問の続きをさせて欲しいんだ」

 

「質問の続き、ですか? ……はて?」

 

「あの時は八千穂に途中で遮られちゃったでしょ?」

 

 数秒の黙考の後、あぁ~と思い出す。確かにそんなこともあった。

 

「詠龍君はどんな女性がタイプかな?」

 

「タイプ、ですか。あんま考えたことないな」

 

 記憶を掘り起こせば彼女がそんなことを訊ねようとしていた覚えがあった。天花に向けていた視線を一旦はずし、顎に手を当て考え込む。パッと思いついて挙げられるものは無いというのが正直なところだ。

 

 中学に上がってからは劣悪に過ぎる生活環境からの脱却だったり英寿に鍛えてもらったりしていて恋愛事に目を向ける暇など無かった。高校生になってもそれは同じ、ではなくチャンスは割とそこら中に転がっていたが、詠龍本人にその気が欠片も無かったので結局実ることは無かった。

 

 強いて挙げられるものがあるとすれば、幼少期に青葉が口を酸っぱくして詠龍に吹き込む、もとい教えていたことか。

 

『いい、詠龍。あんた本気を出せば世界中にいる誰よりも凄い奴だけど、普段はお昼寝してる子犬並にぽわっぽわしてるから結婚するならあんたを引っ張ってくれる年上にしときなさい。私みたいな、私みたいな! いいわね?』

 

「タイプって言えるか分かりませんけど、年上の落ち着いた人ですかね」

 

 っし! と秘かにガッツポーズする天花。詠龍の好みにドンピシャで当て嵌まっている自信があった。故に彼女は一気呵成に突撃した。

 

「じゃあさ、詠龍君。私とかどう?」

 

「どうって……何がです?」

 

「あ、どうとか言わないでストレートに言った方がいいか。詠龍君、私と結婚を前提にお付き合いしてくれないかな」

 

 流れる沈黙の時。天花の言葉の意味を噛み砕き、飲み込み、理解するのに十秒ほど。詠龍の顔が爆発でもしたかのように真っ赤に染まった。茹でられたタコといい勝負が出来るくらいの見事な色合いだ。

 

「け、けけけけ、ケコーン!?」

 

「そ、結婚。病める時も健やかなる時も永遠の愛を誓いますってあれ」

 

 天花の唐突な告白に詠龍は完全に混乱していた。真っ赤な顔であたふたする、今まで見たことの無い詠龍の姿に天花は自分の中にぞくぞくとした得も言われぬ感覚が走っていくのが分かった。小さく舌舐めずりしながら距離を縮めてくる天花に詠龍は気付かない。

 

「いや、え、ってか、お、お付き合いってちょっと突然過ぎませんか?」

 

「私的にはそうでもないよ。ぶっちゃけちゃうけど、詠龍君に私の恋人になって欲しかったから共闘のお誘いしたんだよね」

 

「そうだったんすか!?」

 

「それが詠龍君に傍にいてもらう一番自然な理由だから」

 

 今明かされる驚愕の事実。魔防隊と一緒に戦って欲しいという話は完全な建前で、実際は天花の極めて個人的な事情だった。

 

 そもそも、そういう目で見られていること自体気付いていなかった。衝撃覚めやらず、呆然としている詠龍に温かく柔らかな感触が密着する。見れば、薄らと頬を上気させた天花の顔が文字通り間近にあった。太腿に置かれた手の存在が妙に生々しい。

 

「一目惚れって本当にあるんだって思ったよ」

 

 詠龍のことは『通りすがりの狐』としてしか知らなかった頃から気になっていた。この感情が形になったのは文字通り初めて顔を合わせた時。全身に走った衝撃は今までの人生で味わったことも無いほどに強烈だった。

 

「何て言えばいいんだろう? ハートを撃ち抜かれたって台詞はよく聞くけど、それだけだと不十分な感じなんだよね……」

 

 睫の数も数えられる距離。完全に動かなくなった詠龍に全身を預けるようにしな垂れかかりながら天花は考え込む。浮野詠龍、この人と出会えた喜びと感動を表現するのにふさわしい言葉は何か。桃色に茹だり、思考能力の蕩けた頭がゆっくりと答えを探す。

 

「お星様……星に射抜かれた、かな。うん、ぴったり♪」

 

 星の数ほどいる、恋に破れ傷ついた者を元気づける時によく使われる言い回し。確かに人類全体の数を考えれば成程と頷ける言葉だ。そんな数え切れない星々の中から天花は見つけた。自分にとってのとびきりの一等星を。しかもその一等星は自ら彼女の元へと飛び込んできた。これを運命と言わずに何と言う。

 

「一度目偶然、二度奇跡、三度目必然、四運命……真理だね、この台詞。だって、私がそうだもん」

 

 詠龍の太腿に置いていた手をゆっくりと上に滑らせていく。腹、胸、肩、服越しに登ってくる指先に意識が否応なく集中する。喉、顔と肌が露出している部分へと至り、直に触れられると詠龍の意思に関係なく声が漏れた。その反応に天花は堪らぬ様子で身震いする。

 

「私ね、すっごくドキドキしてる」

 

 この感覚を初めて味わったのは初めて詠龍の顔を見た時。二度目は共闘が決まり握手を交わした時。三度目はバイクの後ろに乗って背中に体を預けた時。そして四度目は今。初めて目にした時から変わらぬときめき、これはもう運命だろう。少なくとも天花にとってはそれが真実だった。

 

「ほら、確かめて」

 

 完熟トマトも泣いて悔しがるほど赤い頬を撫で擦っていた手を下ろし、詠龍の手を掴んで持ち上げる。天花はゆっくりと、しかし一切躊躇うことなく詠龍の手を自身の胸に、たわわに実った果実へと誘った。

 

「ん……♡」

 

 88センチのFカップ。着衣の上からでも大きく美しいと分かるそれが掌の中で形を変え、予め誂えていたかのようにピッタリと収まる。人生初めて触れる柔らかな女性の体。その手ざわりは稲妻となって詠龍の脳をぶち抜いた。ただでさえ固まっていた体は更にカチコチに。軽く叩けばそのまま砂となって崩れてしまいそうだ。

 

「凄いでしょ、私の鼓動? ドキドキドキドキ、詠龍君が傍にいる時、二人きりの時はずっとこうなんだ。詠龍君は今、どんな感じ?」

 

 あえて分かり切っていることを訊ねる。返事を聞かずとも、直に触って確かめなくても答えは明白だ。火照り、赤みを増した紅顔が物語っている。詠龍の心臓も天花同様に早鐘を打っていることを。

 

「こんな顔もするんだね、詠龍君。何時もは格好いいのに、今は可愛くて……」

 

 今まで見ることの無かった、真っ赤な顔であたふたと取り乱す姿。戦闘時の苛烈さや頼もしさとは真逆の、情けないとすら言っていい様。それは詠龍の普段を知る天花にとってはどうしようもないほどそそるものであり、薄皮一枚残っていた理性を剥ぎ取るのに十分なものだった。

 

「……♡」

 

 最早、脊髄反射だった。熱に浮かされた顔(実際に燃え上がりそうなほど熱い)に薄い笑みを浮かべ、天花は詠龍をベッドへと押し倒していた。

 

「てん、か、さん?」

 

 戸惑いの極みにある詠龍の声に答えず、胸元に顔を埋める。

 

「知ってる? いい香りがする人は遺伝子から相性がいいんだって」

 

 胸一杯に息を吸う。どんな言葉でも形容できない、だが天花にとって間違いなくこの世で最上の香気。麻薬など比較にならない中毒性をもった何かが全身に広がっていく感覚。体の奥が異様な熱を持ち始め、無意識に腰が軽く跳ねる。両脚を擦り合せながら天花は顔を上げた。

 

 欲望に突き動かされるまま今度は詠龍の喉元に吸い付く。彼の唇から漏れる呻き声は女を駆り立てるスパイス、押し付けた体から伝わる震えは欲情を燃え上げる燃料に。ちゅぱちゅぱと音を鳴らして吸い上げ、時折歯を触れさせる程度に甘噛み、ゆっくりと嬲るように舌を上へと這わせていく。喉、顎、頬、口元。

 

 舐め上げ、顔を覗き込んだ。ぬらぬらと光る唾液の跡、状況についていけず混乱の極みで焦点の合ってない目、赤い赤い両耳。呼吸を静かに荒くさせながら、同じく喘ぐように息をする詠龍の顔を指でなぞっていく。最後に辿り着いたのは半開きになっている唇だった。

 

「……♡♡」

 

 両手で詠龍の頬を包む。優しい手使いで、しかし万力のように動かないよう、逃がさぬように固定する。詠龍に問いかける暇も与えず、天花は唇へとむしゃぶりついた。口付けなんて生易しいものではなく、飢えた獣ですら節度を持っているように見える光景を作り出した。

 

 どれだけそうしていたか。何時間でもぶっ通しで続けられそうな行為を止め、詠龍から顔を離す。酸欠寸前で意識が朦朧としている詠龍の唇、二人の唾液でべとべとになったそこを指で優しく拭う。詠龍同様に唾液塗れの自身の唇も同じ指で拭い、口に含んでじっくりと味わう。極上の甘露とも言うべき味わいが口の中に広がり、何度目になるか分からないわななきを天花にもたらした。

 

「本当、素敵……♡」

 

 いい香りのする人とは遺伝子から相性がいい。では、香り以外もいいものだと感じた場合はどうなのか。詠龍の香り、味、触感、姿、声。五感全てが天花の琴線に触れる、どころかこれ以上なく掻き鳴らした。

 

「こんなの我慢出来ないなぁ…♡」

 

 部屋に来た時点では段階を踏むつもりでいた。告白する、返事を受け取る。そういう手順を経て関係を構築しようとした、がそんな考えは疾うに消し飛んでいた。既に理性のブレーキは利かず(あったかどうかも怪しいが)、暴走車と化した天花は情欲の赴くまま自身の服に手をかけ、

 

「て、天花さん! ちょ、っと待って下さい!」

 

 詠龍の手が天花の腕を掴んだ。

 

「やっぱ、いきなり過ぎると思うんです。こういうのって、もっとお互いを知ってからでないと」

 

 少なくとも、出会って十日程度で結んでいい関係では無い。じっくり時間をかけ、絆を育んでからではと思うのだ。まだ意識に若干の霞がかかっているが、詠龍は自身の考えを伝える。成程、と詠龍の言葉を受けて天花の手が一旦止まる。しかし、彼女の中で燃え上がった炎が消えた訳ではない。

 

「時間をかければいい、ってものでも無いと私は思うかな」

 

 倒れ込むように詠龍に抱き付く。引き締まった体に両手を這わせながら耳元に口を寄せる。

 

「私はね、今すぐ詠龍君が欲しいんだ♡」

 

 頭が蕩けるようなウィスパーボイス。追撃に伸ばした舌先でちろりと耳の入り口を突つけば面白いくらい詠龍の体が跳ねた。

 

「恋人になってからでも絆は育てられるし」

 

 伸びる舌が耳の中を犯していく。奥に進めば進むほど詠龍の体は激しく痙攣した。文字通り頭が可笑しくなりそうな感覚に苛まれながらも詠龍は声を搾り出す。

 

「そ、それでも俺は天花さんのこともっと知りたいですし、天花さんに俺のこと知って欲しいです……!」

 

 ぴたりと天花の動きが止まる。

 

「詠龍君、その言い方はちょっとずる過ぎだよ」

 

 こんなに可愛らしい、いじらしいことを言われては無碍にすることなど出来ない。ふむ、と天花はいくらか考え込み、詠龍に訊ねる。

 

「じゃあ、詠龍君は男女が付き合うのに必要な時間はどれくらいだと思うの?」

 

 へ? と思わず間抜けな声が出た。そんなもの、恋愛事に無縁の人生を送ってきた童貞野郎が分かる訳無い。しかし、言いだしたのは自分。ならば答えを示す義務があるだろう。

 

『い、一年?』

 

『無理、そんなに待てない♡』

 

『あーっ!』

 

 返答を間違えれば性的に喰われるのは確実。迂闊なことを言った瞬間、ゲームオーバーだ。必死に頭をフル回転させ、詠龍が捻り出した答えは、

 

「一か月、ですかね」

 

 短すぎるくらいだと思うが、それだけあれば互いをある程度知ることは出来るだろう。まして、同じ屋根の下で暮らす仕事仲間。機会は多い。

 

「一か月、かぁ……」

 

 再び考え込み始める天花。とんとん、と指先が詠龍の体を叩いている。

 

 この時、近すぎて詠龍からは見えなかったが天花は彼女と付き合いのある者が見たら大いに驚く表情を浮かべていた。それは不満顔。眉間に微かな皺を寄せ、唇を小さく尖らせている。

 

 このまま勢いに任せ、詠龍を自分のものにしたいというのが天花の本音だ。いくら一度仕切り直したとはいえ一押し、それも指先でチョンとするくらいで詠龍を落とせる所まできている。引く理由など無い。

 

 だが、もっと互いを知りたいと言ってくれる詠龍の想いを尊重したいというのも確かだ。

 

 詠龍と出会って十日、一か月経つには残り二十一日。天花にしてみれば余りにも長すぎる時間だ。そんなに待っていられるかと思う反面、それだけ我慢した末に結ばれるカタルシスはどれ程のものになるのかと好奇心が顔を見せてくる。

 

 暫くして天花は詠龍の顔を覗き込んだ。そこにはさっきまで浮かんでいた狂気的なまでの情欲は無かった。

 

「つまり詠龍君。私が後二十一日の間、我慢することが出来たら一緒のお墓に入るのを前提に結婚してくれるってことでいいんだよね?」

 

「そ、そんな話でしたっけ?」

 

 しかも要求のハードルも何やら爆上がりしているような……そこを指摘する余裕は詠龍に無かった。真剣な眼差しを向ける天花に茶を濁したような返事をする訳にはいかず、詠龍ははいと頷いた。ふぅ、と息を吐いて体を起こす天花。

 

「分かった。一日千秋ってレベルじゃないと思うけど我慢するね。だから」

 

 急接近する美貌、文字通りに互いの鼻先がくっつく距離。

 

「詠龍君も約束、守ってね?」

 

「は、はいです」

 

「ん、約束♡」

 

 軽い、啄むようなキスを最後に天花は詠龍から離れた。乱れた服装を直し、部屋から出ていく直前、

 

「あ、そうだ。詠龍君、近い内に京ちんのとこ、七番組と魔都交流戦があるから」

 

 そんな言葉を残していった。起き上がって答える力も湧かず、失礼と思いながら詠龍はベッドに寝転んだまま片腕を上げた。ドアが閉まり、天花が出ていったのを確認し持ち上げていた腕をベッドに投げ出す。天花の告白から始まった怒濤の展開に頭の中はぐちゃぐちゃ、整理するのに必死だった。

 

 天花さんから告白されちゃったよ。ってか、俺を恋人にしたいから魔防隊に誘ったってマジ? すげぇなモテモテじゃん俺……後二十一日したらマジで天花さんと結婚することになるのか? いや、断じて嫌な訳ではない。天花さん、綺麗で魅力的で素敵な人だし、こんな人と付き合う、まして結婚出来る奴は本当に幸せ者だと思う……思うんだけど、やっぱり幾ら何でも急過ぎね? 俺まだティーンぞ? 前世合わせれば精神年齢三十以上だけどさ、あんな好意を叩きつけられるような経験してないよ、どうするのが正解だったんだ? 今から断る? さっきの約束、やっぱ無しでって? んな不誠実なこと出来るか! いやでも、この年で結婚……

 

 頭の中を思考がぐるぐるぐる、終わることの無い正にワルツ。好意に圧倒されるという前世にも無かった体験は詠龍の思考能力を完全に麻痺させていた。どれだけ頭を働かせてもこれだという答えは出てこなかったのでその内詠龍は考えるのを止めた。

 

「その日の俺がどうにかするだろ」

 

 未来の自分へ全てを丸投げし、そのまま寝るのだった。

 

 

 

 

 

「……魔都交流戦って何?」

*1
その時不思議なことが起こった!

*2
作者実体験

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