「すいません、八千穂さん、サハラさん。ちょっとお聞きしたいんですけど、魔都交流戦って何ですか? 天花さんが七番組、京ちんさんって人の所とやるって言っていたんですが」
「何じゃ洟垂れ、そんなことも知らんのか? 物を知らぬ奴じゃのぉ」
「じゃあ、そんな物を知らない奴が作ったプリンなんていらないですね。サハラさん、天花さんの分は冷蔵庫に仕舞ってるんで、これ二つとも食べちゃってくだs」
「しかし、無知であることを良しとせずに学ぼうとする姿勢は悪くないぞ。私様が教えてやる。だからプリンを二つともサハラに渡そうとするでない」
「やっちの手首ってドリルよりよく回るよね~」
「Shut up! それで交流戦についてじゃったな? 早い話が組と組の腕比べよ。組間の意見が別れたりした時に白黒つけるのためにも行われたりするな」
「勝った方が正義、意見を押し通せると。シンプルですね」
「脳筋だよね~」ケラケラ
「サハラさん。それを魔防隊員が言ったらお終いです……確か魔防隊って一から十まで組があるんですよね? そんだけ数がありゃ何かしらの衝突があっても不思議はないか」
「正確には縁起の悪い四を除いた一から十じゃがな。話を戻すぞ。交流戦は複数の種目の中から組長が選んだもので試合を行う」
「一番分かり易いのが一騎打ちかな。他には
「その競技名とか競技内容決めたのって江○島○八って人だったりします?」
「誰じゃ、その江田○何某というのは?」
「いえ、忘れて下さい。まぁ、組と組とのガチンコ対決ってのは分かりました。今回、
「どんな、か。一言で表すなら癖が強い、じゃな」
「それひょっとしてギャグで言ってます?」
「何故そこで私様をじっと見る? はっ倒すぞ洟垂れ」
「そもそも、魔防隊員で癖の強くない人の方が珍しいかな?」
「それもそうですね。キャラが薄い人が生き残っていけるほど甘い組織じゃないか」
「その言い方だと魔防隊が色物芸人集団みたいに聞こえるのぅ……」
「え、違うんですか?」
「何故そこで私様をじっと見る? ぶっ殺すぞ洟垂れ」
「まぁまぁ、やっち。本当のことなんだから」
「ふん、サハラに免じて今回の無礼は見逃してや……待て、サハラ。貴様さり気なく私様を色物芸人と認めなかったか?」
「「はっはっはっ」」
「よぅし、二人纏めて根性叩き直してくれるそこに直れぃ!!」
今日も六番組は平和です。それと七番組の人のことは結局何も聞けませんでした。
魔都、七番組寮前。五人の女性が立っている。内四人は七番組員だ。
組長、羽前京香。副組長、東日万凛。組員、駿河朱々、大川村寧。
残りの一人はこれから行われる交流戦の審判を務める十番組の備前銀奈だ。
「そろそろ時間か」
交流戦開始が刻々と迫る中、京香は両耳上の刃にも羽にも見える髪飾りを揺らす。周囲に醜鬼が見当たらないにも関わらず闘気が満ち満ちている理由は二つ。一つはこれから行われる交流戦に大いに意気込んでいるから。そしてもう一つ。
「噂の『狐』、どれ程のものか」
交流戦の時に詠龍、六番組に迎えた『狐』を紹介する。数日前に告げられた言葉が原因だった。
実のところ『狐』、浮野詠龍に関して京香は殆ど何も知らされていなかった。それは他の組長(総組長すら)も同じ。と言うのも天花が詠龍の情報を開示しなかったためだ。教えられたことといえば三つだけ。浮野詠龍という名前、魔防隊と共闘する意思があること、そして男だということ。
俄かには信じ難い話だった。醜鬼を倒し、魔都へと迷い込んだ人達を救っていたのが桃の恩恵を受けられない男だなんて。当然、京香含めた組長達は更なる情報を天花に求めた。共闘の意思があるというが具体的な方法は、使用している装備はどのような手段で手に入れたのか、そもそも本当に男なのか。問いかけに対し、返ってくる答えは決まって一言。
『只今調査中』
どれだけ日数が経っても返答は変わらなかった。六番組組長、出雲天花が非常に優秀な人物であることは魔防隊内で周知の事実。そんな彼女が一人の人間を量るのに時間を取られているなど誰も思ってはいない。わざと情報を出さないでいるのは明々白々だった。
(天花、お前何が目的だ?)
友人の考えが読めず思案を深める京香から少し離れた所、七番組の三人が顔を突き合わせて『狐』について話していた。
「男だって話だけど、本当なのかな?」
「疑う訳じゃ無いけど、正直言えば信じられないわね」
「お耳や尻尾はあるんでしょうか?」
女三人寄れば姦しい、という言葉もあるが喧しいという程ではない。しかし、話は尽きなかった。
「どんな人なのかな。ずんぐりむっくりもっちりしてて、笠被ってて徳利持ってたりして」
「それじゃ信楽焼の狸でしょーが。きっと、ひょろ長いのっぽよ。胡散臭い糸目で厭味ったらしい関西弁喋るのよ」
「お願いしたらお耳や尻尾をモフモフさせてくれるでしょうか?」
実物を見てないので想像が先行していく。三人が勝手なイメージを語り合っている時だ。不意に京香の視線がある一点を見詰める。
「来たか」
現れる黒い歪み。そこを通って出てきたのは天花と彼女率いる六番組組員の二人。いうなれば何時もの面子だ。天花が紹介すると言っていた『狐』の姿は見当たらない。
「や、京ちん」
「交流戦の日取りを決めて以来だから顔を合わせるのはそれなりに久しぶりだな、天花」
片手を上げる天花に答えながら京香は視線を巡らせる。天花の脇を固める八千穂とサハラといった見知った顔がいるだけだ。歪みもすぐに消え、三人に遅れて『狐』が出てくることも無かった。
対戦相手が現れたので他の七番組員も集まってくる。きょろきょろと周囲を見渡していた寧が天花に訊ねた。
「あの、すみません。『狐』さんはどちらにいらっしゃるんでしょうか?」
それは他の七番組員も気になっている所で京香と朱々、それに双子の姉である八千穂と睨み合っていた日万凛も一斉に天花を見た。
「それがこっちに来る直前になって御挨拶の品を忘れてた! って言いだしてそれで急遽買いに行っちゃたんだよね」
「買いにって……どこにだ?」
ここは魔都。挨拶の品になるようなものなど無い。それ以前に売っている所が存在しない。そもそもどうやってと投げかけられる疑問の視線を他所に六番組は相談し始めた。
「詠龍君、どこに行くって言ってたっけ? 北海道だったかな?」
「あれ、沖縄じゃなかった~?」
「何を言っておるんじゃ、二人とも。京都と言っておったではないか」
「もしかして三か所全部行くつもりなのかも。真面目な子だから時間までには来ると思うよ。だからそろそろ……噂をすれば」
天花の視線が少し離れた場所に向けられる。七番組も釣られて見てみるが特に何もない。と、思ったのも束の間。前触れも無く光が弾けた。咄嗟に目を瞑るが瞼を貫通するほどの光量、更に両腕も使ってどうにか耐えた。
「ぎにゃーっ、目が、目がーっ!?」
光りの直撃を受けた審判役の銀奈がのたうち回っていた。
発生した時同様に唐突に光が消え去る。そしてさっきまでこの場に無かったエンジン音が響いていた。
「この音……バイクか?」
ゆっくりと京香が瞼を上げる。強い光の影響で今だ明滅する視界に映ったのは一人のバイク乗り。朱色の車体に狐耳のヘルメット。天花に確認するまでも無い。『狐』その人だ。京香達が固唾を飲む中、『狐』はヘルメットを外して素顔を露わにする。
「すみません、遅くなりました」
整った顔立ちの好青年。第一印象を一言で表すならそれに尽きた。少年の周りに六番組が集まる。
「いや、まだ開始時間前だから大丈夫だよ、詠龍君」
「そうですか、なら良かったです」
「えるちん、どこまで買い物行ってたの?」
「北海道、沖縄、京都にそれぞれ。何がお口に合うか分からなかったので」
「マ~ジで三か所回っておったのか、几帳面な奴じゃの。で、私様へのお土産は?」
「本当その図太さ尊敬しますよ、八千穂さん。そう言うと思ってました。はい、京都で買った木刀」
「うむうむ、これぞ修学旅行の定番……男子中学生か!」
天花達と談笑する詠龍に珍生物を見たような目を向ける京香。男が何の気負いもない自然体で六番組と接し、彼女達もそれを受け入れていた。魔防隊の輪の中に男がいる。今まで見たことの無い、それ以前に考えたことすら無い光景が目の前に広がっている現実に京香は狐に化かされた心持ちだった。
「……嘘でしょ、本当に男じゃない」
「……タイプかも」
朱々の呟きに思わず目を剥く日万凛だった。
「初めまして。天花さんに、六番組でお世話になっている浮野詠龍と申します。こちらつまらないものですが」
七番組の前に立ち、お辞儀をしながら買い立てのお土産を差し出す。北海道、沖縄、京都の銘菓、白い恋人、サーターアンダギー、生八つ橋だ。さっきの閃光と共に現れる、衝撃的な出現方法からは想像もつかない礼儀正しさに面食らう京香は差し出されたお菓子も受け取れず生返事しか返せない。それは日万凛と朱々も同じ。一人、寧だけが挨拶に応えた。
「ご丁寧にありがとうございます。七番組、大川村寧です。よろしくお願いします、『狐』さん……いえ、詠龍さんってお呼びした方がいいでしょうか?」
「お好きな方で構いませんよ。どうかしましたか?」
挨拶の品を受け取ってくれた寧が自分をじっと見つめていることに気付く。彼女の視線が頭部、腰の辺りに集中していることから大凡の察しを付けた詠龍は苦笑しながら片膝を折って視線の高さを合わせた。
「すみません。『狐』なんて名乗っちゃいますが耳や尻尾は生えてないんです」
「あ、そんな、寧が勝手に期待していただけなので! こちらこそすみません、じっと見たりなんてしちゃって。あの、何で『狐』さんって名乗ったんですか?」
「理由は色々あるんですが、一番は鍛えてくれた人へのリスペクトですかね」
「リスペクト、ということは詠龍さんを鍛えてくれた方も狐のような人なんでしょうか?」
「狐のようなというか狐その物……はちょっと違うか? 相手を化かすのが上手、なのは確かだけど、人の心に寄り添うことの出来る優しさがある人です。ただ、とんでもない自信家だから相性の悪い人は多いかもですね。その自信に相応しい、というか過剰なくらいの実力もあるから余計に」
和やかに会話する詠龍と寧をちらと一瞥し、京香は未だに得心がいかない顔で天花に耳打ちした。
「天花、お前を疑っている訳ではないが……本当にこいつがそうなのか?」
「うん。主夫適性MAX、もちもちほっぺがチャームポイントの『狐』こと浮野詠龍君」
要らない情報だけが増えていく。天花に断言されても尚、京香は詠龍に胡乱げな視線を向けずにはいられなかった。このご時世、男が戦うということはそれだけ有り得ないことだからだ。
「成る程、魔防隊に入られてから結構長いんですね」
「はい。寧は先輩ですから、組が違うとはいえ困ったことがあったら頼ってください」
「その時はよろしくお願いします、寧ちゃん先輩」
「先輩……はい、寧は先輩ですので!」ムフー
初めての先輩呼びにご満悦の寧を優しい表情で見守る詠龍。纏っている雰囲気は終始穏やかなものでやはり戦いをする人間には到底見えない。
「信じられないって顔してるね、京ちん。そんな京ちんに提案があるんだけど」
天花の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
審判、銀奈の能力『
(この人が八千穂さんの双子の妹か。確かに顔は似てるけど雰囲気はまるで違うな……今更だけど、正式な六番組員じゃない俺が魔防隊の催しに参加して大丈夫なのか?)
本当に今更なことに首を傾げる詠龍だ。そもそも怪我した時はどうすんだ、八千穂さんが用意していた銃おもっくそ実弾仕様だったよな、『不幸な事故』上等なの? 考えれば考えるほど疑問は尽きない。
『それでは早速交流戦を開始しましょー! まずは第一試合!』
取り出したマイク片手に銀奈が開始を促す
『ルールはギブアップするか、もしくは私が戦闘不能と判断したら負け。怪我は治るから思い切りやっちゃって!』
この人の能力で治るのか。そういやさっき何か署名させられたけどあれが能力の発動条件になってるのか? 治るなら大丈夫かと納得し、詠龍はマグナムバックルを右腰のホルダーへとセットする。
『七番組から東日万凛! 六番組から……えっと、何だっけ? あ~、狐』
凄い扱いの差だ。露骨すぎて抗議の声も出やしない。乾いた笑みを薄く浮かべて詠龍は相手である日万凛を見た。こっちではなく、観客側に立っている八千穂を睨む彼女を。男など眼中に無し、と言ったところだ。初めて八千穂と模擬戦をした時のことを思い出す。ベクトルこそ違えど、
「何じろじろ見てるのよ?」
視線に気付いた日万凛が不快そうに顔を顰める。すみません、と心にもない謝罪を口にしながら詠龍は肩を竦めた。
「ただ双子なだけあってそっくりだと思いまして」
「は?」
こちらの力量を量ろうともせず性別だけで格下と判断する辺りが、と口にしたら相当に角が立ってしまうので実際には何も言わなかった。そう、言わなかった。言ったのは八千穂と似ているということだけ。だのに睨み返してくる視線に殺意と見紛う怒りが宿っているのはどういう訳か?
(え、似てるって言っただけでこんな目で見られるとか何したんですか、八千穂さん?)
思わず八千穂を見る。最愛の妹しか見えていない彼女は何も答えてはくれなかった。交流戦前にちらっと天花とサハラが話していた、八千穂の歪んだ愛情表現が原因だろうか? 考えたところで部外者である詠龍には何も分からなかった。
「ふん、いいわ。『狐』だか何だか知らないけど、男なんてさっさと潰して
やはりというべきか相当下に見られている。不快感で少し顔を顰めそうになるが、これが今の時代の普通だ。初めて会った時の天花のように礼節を以て接してくれる方が珍しい。マイノリティと言ってもいいほどに。
(ま、相手が誰だろうがやるだけだ)
交流戦に自分を出した天花に恥をかかせないようにする。そのことを肝に銘じ詠龍は試合開始の合図を待った。
「成程、強いな」
静かに、だが確信を込めて京香は呟く。推し量るために向けた視線の先、佇む詠龍はどこまでも普通だった。これから試合が始まるというのに必要以上に気負うでもなく、恐れるでもなく自然体その物。虚勢では無い、確かな自信があってこその姿だ。
「最初は性質の悪い冗談かと思ったが……」
試合開始前天花がした提案は今回の交流戦、一対一での決闘を勝ち抜きでやらないかというものだった。その上で彼女は先鋒に詠龍を指名した。
『詠龍君、変な遠慮とかしないで三人抜きしちゃっていいよ』
こんな挑発的な台詞まで口にしていた。今回は顔見せがメインで交流戦に出ると思っていなかった詠龍は少し面喰っていたが、天花さんの御指名とあらばと了承。試合に臨むこととなった。
一方の七番組は男が出てきたことに激怒……はしなかった。怒りが無い訳では無いのだろうが、それ以上に戸惑いが大きく怒りを前面に出せていないというのが正しい。京香に至っては天花がおかしくなってしまったのではないかと本気で心配になったが、実際に日万凛と向かい合う詠龍を見てそんな考えも綺麗に無くなっていた。
七番組組長として、魔防隊の人間として培ってきた戦闘経験が告げている。男だ女だといった性別は関係なく、あそこにいる人間は間違いなく強者であると。
「色眼鏡は取れた?」
何時の間にか隣に立っていた天花の問いかけに小さく鼻を鳴らす。
「お前が推すだけのことはある。そう思っただけだ」
「激推しだよ。詠龍君、本当に強いから。何しろ私でも模擬戦の勝率四割いってないからね」
「お前が!?」
思わず声を上げて視線を投げるも天花は強いから推してる訳じゃないけどね~、と京香の求めているものとは関係ないことを呟いていた。驚きと信じられないという気持ちがごちゃ混ぜになった顔で京香は視線を前へと戻す。自分の部下は変わらず、相手に格下を見る目を向けていた。
(日万凛、油断していると足元を掬われるぞ)
もし京香が思っていたことを口にしていたら天花はこう返していただろう。
足元を掬われるだけで済めばいいけど、と。
『はっじめーっ!』
開始の合図。詠龍は自分からは動かず、相手の出方を窺う。
詠龍は七番組に関する情報をほぼほぼ与えられていなかった。教えてもらえたことといえば名前と簡単な人間関係くらいだ。
「詠龍君が情報アド取っちゃったら冗談抜きで京ちん達の勝ち目無くなっちゃうから」
という天花の意見で七番組組員の能力など戦闘に関するデータはシャットダウンされている。それは七番組側も同様で、詠龍について殆ど知らされていない。といってもネットに出回っている動画から銃、バイクといった装備を使うことは知っていた。だからといって彼女達が戦闘面で優位に立てる訳ではないが。
(妹さんの能力、『
八千穂が(言葉の端々に歪な愛情を滲ませながら)饒舌に語っていたため名前だけは判明していた日万凛の能力。どんなものかと注視していると日万凛の右腕が光り始める。それが治まると彼女の右腕は銃へと変化していた。
(体を武器にする能力? でもそれだったらもっとらしい能力名になるよな)
銃口がこちらを向く。構わず思考を巡らせる詠龍に向けて銃弾が放たれた。
ひょい。
そんな効果音がピッタリな微小な動きで身体を傾け銃弾を避ける。風切り音が黒髪を揺らすがそれだけだ。
一発で決めるつもりだったのだろう日万凛は己の射撃があっさりとかわされたことに目を見開いた。驚きで固まっている彼女に詠龍は体勢を戻しながら語り掛ける。
「弾切れですか?」
一瞬間が開き、顔に怒りを浮かべた日万凛が再び銃を構えた。耳を劈く発砲音を響かせ銃口から何十という弾が吐き出される。怒り狂い殺到してくる蜂の如き鉛玉が迫る光景に顔色一つ変えず、詠龍は拡張武装を呼び出した。
『MAGNUM SHOOTER 40X』
コール音に銃声が重なる。硬い物がぶつかり合う甲高い音が二人の間に流れ、火花を散らして何かが地面へと落ちていく。互いに衝突して変形した銃弾だ。目の前の光景が意味するところを理解した観戦者は目を見開かずにはいられなかった。
「銃撃で銃撃を防いでいるのか……!」
京香の言葉通り、詠龍は連射される日万凛の銃弾を一つ一つ撃ち落していた。音よりも早く迫る弾丸を懇切丁寧に、涼しい顔のまま右手のマグナムで相殺していく。神業と言っていい領域の技術だ。
さっきよりも深い驚愕、大きな衝撃に日万凛の顔が染まる。試合を見守る七番組の面々同様に人では無い何かを見る目で詠龍を見ていた。男が、いや、性別関係なくこんなことの出来る人間が存在するなど信じられず、本当に人間では無く狐か妖怪の類が化けているのではと思えてならなかった。
六番組も詠龍が見せる離れ業に始めの方は驚いていたが、常日頃からこの男の非常識さを目の当たりにしているためこれくらいのことやってのけるかと割とすぐに納得していた。
「冗談じゃないわよ……!」
更に上がる連射速度。放たれる弾丸は雨と表現しても差し支えない物量、だが一つとして届かない。顔色一つ変えられずに全ての弾が撃ち落され、日万凛の顔に焦燥が滲んでいた。
両者の弾丸がぶつかり合う膠着状態が崩れたのは一分ほどしてから。詠龍の戦い方が変化する。今までは日万凛の射撃全てに対応してトリガーを引いていだが、その回数が明らかに減っていた。撃ち落された日万凛の弾が地面に転がることも無くなり、代わりに詠龍を掠めるように飛んで後ろへと流れていく。
「いやいやいや、人間業じゃないって幾ら何でも!?」
朱々の叫びがその場にいる全員の心情を代弁していた。最早、戦慄を通り越して恐怖すら覚える魔技。自分に当たると判断した弾をビリヤードの要領で弾いているのだ。自分の銃弾を手球に、日万凛の銃弾を的球に見立て、雨霰とばら撒かれる銃撃の間を跳弾させて弾道を逸らす。
「詠龍君、あんなことも出来るんだ」
「いや、出来るからってやっていい
天花達も驚く中、不意に詠龍が歩き出した。マグナムを握る右手を前に出したまま、飛来する弾丸を跳弾で逸らす。心地良い微風の吹く草原を行くような足取りで日万凛との距離を詰めていった。
急がず慌てず、だが確実に近づいてくる詠龍に日万凛の顔が更に歪む。幾ら弾道変化させて狙いを外してるとはいえ、当たり所が悪ければ致命傷に成り得る銃弾の嵐の中を何の緊張も無く歩いてくる姿は恐怖以外の何物でもない。無意識に一歩後退ろうとした時だ。
「退くな!!」
結界を揺らすほどの声に一時試合が止まる。全員が視線を向ける中、声の主である京香はそれ以上何も言わず、腕を組んだ直立不動の体勢で日万凛を見ていた。
「フレー、フレー、日万凛さん!」
「退いたら駄目、七番組なら前に出なきゃ!」
傍らにはこの日のために用意した応援装備の寧、彼女と一緒に声を張り上げる朱々の姿があった。
(そうよ、何をビビッてるのよ、私は!!)
下がろうとしていた足を前に踏み出す。変わらぬ歩みでこちらに向かってくる詠龍を正面から見据えた。
(こっちの弾を撃ち落すは挙句に跳弾で軌道を逸らすは確かに凄い技術よ、素直に認める)
とても真似出来るものではない。目の前にいる男は自分では及びもつかない技量の持ち主であることは確かだ。だが、それだけだ。
(どれだけ出鱈目な技術があろうが、それだけで勝てる訳じゃ無い!)
後十歩ほどで拳を交えられる間合いまで詠龍が近づいた時、日万凛の右腕が元に戻る。入れ替わるように左腕が輝いて盾へと変わった。
「盾にもなるのか」
僅かに眉を持ち上げる詠龍目がけて駆け出す。マグナムから撃ち出される弾丸を突き出した盾で防ぎ、脚に力を込めて更に加速した。
(その面、殴り飛ばしてやるわ!!)
駆ける勢いを余すところなく乗せたシールドバッシュ。すかした顔を叩き潰してやると物騒な想いで放たれた一撃を前に詠龍は逃げなかった。足裏が地面を削り取る速さで身を翻し、槍の如き後ろ回し蹴りで迎え撃った。車同士が正面衝突したかのような音と衝撃が走る。
「きゃあっ!」
ぶつかり合いが拮抗することすらなく、日万凛の体が進行方向とは真逆へと吹き飛ぶ。地面と水平に飛んでいた体が一度、二度、三度と地面で跳ね、結界にぶつかることで漸く止まった。
『止め!』
審判の制止に詠龍は日万凛へと向けていた銃口を下ろす。だらりとマグナムを脇に垂らし、倒れたまま動けないでいる日万凛へと走り寄る銀奈を見守った。
(これは……)
そっと日万凛の左腕を取るとビクリと震えが走った。唇からは痛みを堪える呻き声が漏れ出ている。骨が折れてはい無いようだが、罅は入っているようだ。加えて強烈な蹴りと結界に叩き付けられたダメージで日万凛はすぐに起き上がれるような状態では無い。試合続行不可と判断するには十分だった。
『勝者、狐改め浮野詠龍!』
「ち、ちょっと待ちなさいよ! 私はまだやれ」
日万凛の抗議の声を片手で制する。
「軽くとはいえ骨がイっちゃってるし、それに戦うのはおろか立つのもままならないでしょ? 審判としてこれ以上の戦闘は認められません」
ジャッジとしてきっぱりと言い切った。十番組、備前銀奈。魔防隊隊員の活躍を見ることが何よりの楽しみだが、だからといって女性側に有利な判定などはしない。いや、そもそも男がいる試合の審判をしたのは今回が初めてだが。
「さ、早く治しちゃいましょ」
悔しさに項垂れる日万凛に銀奈の手がかざされる。優しい光に包まれること十数秒、今まで動くことも出来なかった日万凛がすっと立ち上がった。驚くほどの回復の速さに詠龍は舌を巻きながら銀奈が審判として交流戦に呼ばれた意味を改めて理解する。
「傷を治せるとは便利な能力だな」
「銀奈の能力内。署名した者同士の、それも結界内での戦闘で負った傷に限定されるがの」
「怪我を後に引きずる心配がないってだけでも十二分じゃないですかね」
何時の間にか隣に立っていた八千穂に視線を向ける。ふん、と鼻を鳴らして京都土産の木刀を振り下ろした。ヒュンと風を切る鋭い音。
「負ければ良かったものを。そうしたらこれで尻を二つに割ってやったというのに」
「尻は元から割れてるでしょうが。それにお生憎様、俺の尻はそんなので割れるほど柔じゃないです」
「鋼鉄か何かで出来てるのか、貴様の尻は……ま、どうでもいいわ」
ニヤニヤと下種な笑みを浮かべ、木刀を肩に担いだ八千穂は視線を落とす日万凛へと歩み寄っていく。何か嫌な予感がしたので詠龍も遅れながら後を追った。
「無様、極まれりじゃのう、日万凛」
「八千穂……」
日万凛の敗北感、屈辱を浮かべていた顔に苦しさが混じる。対して八千穂の笑みは深まるばかりだ。
「碌な反撃はおろか、一矢報いることすら出来ずに惨敗。男だと侮ったか? 仮にも
容赦ない言葉の刃に日万凛の顔が殊更に歪む。拳を振るわせるも、八千穂の言う通り男だからと、実力を量ろうともせずに見下していたのは紛れも無い事実。その結果、一つの反撃すら出来ずに負けた。何も言い返せず、睨み返すことも出来ない日万凛をさらに追い詰めようと八千穂は言葉を続ける。
「忘れたか? 大一番で何の結果も出せない、それがお前じゃ。未来永劫、ずぅっとな。これ以上、己の無能を「どんだけ自分にブーメラン刺せば気が済むんですか」ぶべぇ!!」
突如、八千穂の声が蛙を潰したような悲鳴に変わる。驚き視線を上げた日万凛が見たのは頭頂部に踵落としを食らった八千穂と背後から一撃を見舞う詠龍だった。
「男だと侮ったって、それまんま初対面の時の八千穂さんじゃないですか。自分も同じことしたのを棚に上げて妹さん責めるとか幾ら何でも面の皮厚過ぎでしょ。いやまぁ、知ってましたけど」
余りの痛みに地面をのたうち回る八千穂を冷然と見下ろしながら詠龍は溜め息を吐く。
「そもそも、妹さんと俺との試合が御実家と七番組さんに泥を塗ったって言うなら八千穂さんはどうなんです? 初めて俺とやり合った時は開始数秒で俺にスッ転ばされて、泣きの二回目では能力発動した上で腰抜かして負けましたよね。以降の模擬戦だって大体開幕十秒以内に俺にぶっ飛ばされてる訳だし、それ考えると八千穂さんって泥どころかクソ塗りたくってますよね?」
「こ、この腐れ洟垂れがぁ~! 私様は泣きの二回目など頼んどらんわ!」
「やった後、子供の癇癪みたいにビービー泣き喚いて悔しがってたんだから似たようなもんでしょ」
「ぐぎぎ……そもそも、貴様が毎回毎回模擬戦で私様を何処にいようが真っ先に狙ってくるからじゃろうが! それにこの前の模擬戦では十五秒はもったわ!」
「十五秒はもったとか言っちゃうの恥ずかしくないですか?」
「ぐがぎげごががぎくげぎぎごががーっ!!」
信じられない光景だった。頭の天辺から爪先まで傲岸という言葉で構成されているような八千穂が男如きと対等な立場で言葉を交わしている。その上、男に反論できず顔を真っ赤に染めて地団太を踏んでいるのだ。
「ほら、次の試合始まるから戻りますよ。手間かけさせないで下さい」
「おごぉ、ギブギブギブ……!」
八千穂の首に腕を引っかけながら内心で再び溜め息。家族、それも姉妹間のことに部外者である自分が嘴を突っ込むべきではないのは百も承知している。しかし、どのような感情が根底にあるにしろ自分の仲間が誰かを、それも家族を言葉で詰っている所なんて一秒たりとも見たくなかったので思わず口を出してしまった。
(余計なお世話だよなぁ)
見た目の細さからは信じられない力を込められた腕を必死にタップする八千穂を無視し、詠龍は日万凛に一礼してから天花達の方へ戻っていく。ラリアットされている形で引きずられていく八千穂と、有無を言わさず姉を連行していく詠龍の後ろ姿を睨みながら日万凛は拳をより強く握り締めた。
詠龍と八千穂の先の会話。その内容から察するに八千穂は今まで一度でも詠龍に勝てたことが無いのだろう。性格はともかく、文武両道で能力の高さは認めざるを得ない、自分にとって越えるべき壁であるあの八千穂が。
「浮野、詠龍……!」
本来、魔防隊と同じ空間にいることすら烏滸がましい男風情が自分に、そして八千穂に勝っていること。何より八千穂に認められていることが気に食わなかった。
どす黒い感情を揺らめかせる日万凛の視線を背に受けていると知りながら、しかしさらりと無視して詠龍は次の試合へと臨んだ。
「ちょ、放して」
ちなみに八千穂は締め落とされる寸前だった。
『それでは第二試合、行きます! 七番組から駿河朱々! 六番組は変わらず『狐』こと浮野詠龍!』
次の相手は溌溂とした印象の少女だった。
(若いな。俺と同じくらいか?)
「よろしくね、えーるん」
「はい、よろしくお願いし、え、えーるん?」
開始前の挨拶に応えようとするが予想外の呼び名に目を白黒する。人好きのする笑みで手を振る朱々に面喰うも、短く鋭く息を吐いて意識を切り替えた。朱々も振っていた手を下ろすと真剣な表情になる。日万凛との戦いを見て、この男が途轍もない使い手だと嫌でも分かっていた。顔が好み~、なんて浮ついた気分のままでいたら負け確定だ。
『第二試合、はっじめー!』
「最初っから
言うや、能力発動。目の前で巨大化していく朱々を見上げながら厄介だなと心の中でごちる。巨大化=負けフラグなんてよく言われるがそれは特撮番組での話。打ち倒せる、それこそ戦隊物でいうなら合体ロボットだが、そういう手札が自分に無い時はこれ程厄介なものは無い。
『
朱々の顔面に銃口を向け、瞬きの間に十連射。飛び出した弾丸は咄嗟に顔を守った両腕に悉く弾かれた。
「あいたたた! ふ、ふーんだ、そんな豆鉄砲なんか全然効かないもんね!」
痛がってるやないですか、と心の中で突っ込みを入れながら詠龍は身構えた。大きく腕を振りかぶった朱々が拳を地面に叩き付けた寸前に後ろへと跳ぶ。地を砕く衝撃と舞い上がる暴風を背に受け、木端のように激しく吹き飛ばされるが危なげなく着地。地響きを上げて迫ってくる朱々を見やった。
(さって、どうするか)
デカ物との戦いと言えば初めてギーツに変身した時に戦った暴食異形醜鬼のことを思い出す。あの時は変身していた上、ブーストバックルを使っていたので火力は過剰なまでにあったから倒すのは容易だった。しかし、今同じ方法は使えない。
(変身した上にブーストまで使ったら確実に殺しちゃうよな)
千歩譲って組長並の実力があるならとかく、一般の組員相手に使ったらもう虐殺ショーにしかならないだろう。
(かと言ってマグナムの威力上げたら怪我させちまうし)
右手に握るマグナムシューター40Xは対人用に威力を相当落としている。元に戻せば能力発動中の朱々であっても通用するだろうが、間違いなく血を流すレベルの傷を負わせてしまう。
試合の後で治る。加えて魔防隊という醜鬼との戦いに臨む職に就いているのだから怪我をすることくらい覚悟の上のはずだ。だからといって女の子を痛めつけるような真似をしたくないと詠龍は思ってしまった。
(
足を上げ、踏み付けの姿勢に入った朱々を前に詠龍は右手首をスナップさせた。
「ずどーん!!」
大質量が落ちてくる。地面その物を叩き鳴らしているかのような衝撃が魔都を震わせた。銀奈の結界を突き破らんばかりに砂塵の柱が立ち上がる。かなり離れた場所にいる天花達も思わず顔を覆ってしまう威力だ。
「どぉーだ!?」
会心の一撃を放てた高揚感を顔に浮かべ、朱々は濛々と舞い上がる砂煙で覆われた足元を見下ろす。しかし呼びかけに声が返ってくることは無く、更に言うと何かが動く気配も無い。五秒、十秒と過ぎても反応は無く、朱々の顔が徐々に強張り引き攣っていった。
「え、嘘、待って、まさかアタシ潰しちゃった!?」
あたふた大慌ての朱々を他所に砂煙はゆっくりと晴れていく。薄れていく砂のカーテンの中に立つ詠龍を見つけた日万凛が声を張り上げた。
「朱々、後ろ!」
へ? とわたわたさせていた両手をそのままに視線を後ろへと移す。朱々からは見えない角度、左足の踵側に詠龍は立っていた。
『RIFLE』
展開された
鋭い銃声、同時に朱々の足が後ろから払われたかのように勢い良く前に弾き上げられた。そのままもんどりうって背中から倒れそうになるが、
「わわわ……!」
咄嗟に両腕でバランスを取って何とか堪えた。片脚だけでするリンボーダンスのような不安定な体勢を小鹿のように全身をプルプルと震わせて保っている。流石の体幹、そして根性だ。
「倒れないもんねぇ……」
どうにか起こそうとする体に軽く小さな衝撃。とん、とん、とん、と軽快なそれは足、膝、腰と頭の方へと移動していく。疑問に思ったのも束の間、結界越しに見える魔都の空をバックに高々と舞い上がった詠龍がライフルの銃口で朱々を捉えていた。
「うそ」
銃声、上空から放たれた銃弾が額に直撃する。ギリギリの所で倒れずにいた朱々に耐えられる術は無かった。地面に崩れ落ちる巨体、魔都が三度揺れる。
くるくると回転し、詠龍は高さの影響を感じさせない軽やかさで着地した。すぐに朱々にライフルを向けようとし、目を回している横顔を見て銃口を下ろした。う~んと呻き声を漏らし、起き上がる気配は無い。その上、能力も解けたのか元の大きさへと戻っている。完全なノックアウト状態だ。
『勝者、浮野詠龍!』
二度目の勝利宣言。試合終了を受けて詠龍は軽く息を吐いて緊張を緩めた。これで二人抜き完了、残るは一人。視線を次の相手へと向ける。
「……」
瞳の中に静かな、しかし烈火の如き闘志を燃え上がらせる京香の目を真っ直ぐと見詰め返した。
最近、仕事が忙しくて思うように書けずにいる今日この頃。
そう、投稿が遅いのは仕事の所為であって、ナイトレインに逆行して初代ダークソウルをやってるからでは断じてない・・・・・・!
次で七番組との交流戦は終わる予定。ちょいちょい話挟んでそれから人型醜鬼がやっと出てくるかな~
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