魔都精兵と狐面(二代目)   作:北斗七星

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遅くなってごめんなさい


交流戦N(七番組):屍戦士狐に御用心

「私の部下があぁもあっさりと倒されるとは思わなかったぞ」

 

「日々、鍛えてますので」

 

 二人の強者が対峙する。羽前京香と浮野詠龍。互いに口数少なく、向け合う視線は油断なく。両者の間に流れる今にも弾けそうな緊迫した空気に見ている者達の体も自然と強張ってしまう。ただ一人、天花だけは場に呑まれず試合開始を静かに待っていた。

 

 京香が佩いていた刀を引き抜く。露わになった刀身が鈍く輝いていた。応じるように詠龍も自身の腹部に手をかざした。

 

『DESIRE DRIVER』

 

 突然詠龍の腹部に現れた装置に七番組の面々がざわめく。京香も僅かに片眉を持ち上げたがそれだけだ。

 

「デザイアドライバー(これ)の説明は必要ですか?」

 

「いらん。刀(これ)で聞く」

 

 なら、と詠龍は右腰ホルダーのマグナムバックルを外し、ドライバーの右側にセットする。流れ出す起動音、詠龍の右背後に浮かび上がるMAGNUMのロゴマーク。右手で作った狐の影絵に一礼、銃へと形を変えて京香に向ける。

 

「変身!」

 

 指を弾き鳴らしてバックルを起動。弾丸六発に貫かれたロゴマークが装甲へと変わる。詠龍の全身を黒スーツが覆い、落ちてきた白い狐面が被さった。

 

『MAGNUM』

 

 白い装甲が上半身へと装着され、首元を狐尾のマフラーが流れていく。

 

『READY FIGHT』

 

「成程、それが『狐』の所以か」

 

 目の前に現れた仮面ライダーギーツ、マグナムフォームの姿に京香は納得した様子で頷く。白い狐面に狐尾のマフラー。第一印象は確かに狐だ。

 

「ギーツ、仮面ライダーギーツ。以後お見知りおきを」

 

「仮面ライダー……」

 

 一瞬だけドライバーの空いている左側に視線を向ける京香だが、すぐに意識をギーツへと戻した。今まで戦ったことの無いタイプの相手、ただ強いということだけは向かい合っているだけでヒシヒシと伝わってくる。完全未知の敵を前に刀を握る手が微かに武者震いしていた。

 

『そ、それでは第三試合、始めっ!』

 

 開始の合図。右腰のホルダーから引き抜いたマグナムを速射。放たれた弾丸の数は二十程度だ。空気を穿ち迫りくる弾丸を前に京香は刀を軽く握り直し、一息に幾つもの剣閃を繰り出した。両断された銃弾群が後ろへと流れていく。

 

 銃撃を斬撃で凌いで見せた京香に特に驚くでもなく、この程度はやるだろうとギーツは焦ることなくトリガーを再び引いた。銃口から飛び出していった弾丸はやはり京香の刀によって切り捨てられていく。

 

 京香の体勢が僅かに沈む。そう見えた直後、彼女は爆発的な踏み込みでギーツへと迫った。刹那に詰められていく間合い。冷徹に、正確に頭部へと狙いを定めた射撃は悉く切り払われた。三射の内に刀の届く距離へと肉薄される。

 

 大上段に振り上げられた刀身。狐面を叩き切ろうと打ち下ろされた一撃を白い銃身が受け止めた。刀と銃での鍔迫り合い、火花弾け飛ぶ得物越しに二人の視線が交差する。

 

(こいつ、ビクともせん……!)

 

 表情に出さず、しかし内心で京香は歯噛みしていた。刀を握る両手に渾身の力を込めて押し切ろうとしているのに相手は小動もしない。地面に深く根を下ろした千年樹と相対している感覚、力押しで勝てるイメージが微塵も浮かばなかった。

 

 不意に背筋が凍え、自身の直感に従い後ろへと跳んだ京香の鼻先を何かが掠める。さっきまで己の頭があった所をギーツの蹴撃が通り過ぎていた。一拍遅れて耳に届いた風切り音に肝が冷える。まともに喰らっていたらそれで終わっていたかもしれない。

 

(日万凛と朱々の時は相当手加減していたみたいだな)

 

 更に距離を取った。追撃に飛んでくる銃弾を叩き切りながらギーツの攻略法を思案する。力比べでは逆立ちしても勝ち目はない、かといって近づかなければ一方的に撃たれ続けるジリ貧の状況だ。

 

(守りに入っては勝てない、攻める!!)

 

 京香の全身から獰猛な闘気が溢れ出し、彼女の体を数倍にも大きく見せるような錯覚がギーツを襲う。自身に向けられる戦意に応えるようにギーツは目の前に分厚い弾幕を作り出した。抜け出す隙間も無い銃弾のカーテン、京香は一刀の下に切り裂いて見せる。地を蹴り、銃弾の嵐へと飛び込みギーツとの距離を縮めていく。

 

 再び刀の届く距離まで迫る。鋭い呼気がギーツの耳を叩いた。

 

「屈服の時間だ!」

 

 鋭利に閃く一刀をマグナムで防ぐ。京香が振るっているのは何の変哲も無い日本刀だ。だというのに、その細い刀身からは想像もつかない重さの斬撃がギーツを襲っていた。一瞬でも気を抜けば防御ごと吹き飛ばされてしまいそうだ。

 

「はぁぁっ!!」

 

 途切れることなく迫る白刃の連撃。流れる水のように澱みなく、勢いは怒濤の如くだ。斬撃の合間に繰り出される格闘術も凄まじいの一言であり、いくら装甲で守られてるとはいえ直撃を受ければ少なくないダメージを負ってしまうだろう。

 

(流石組長、ってとこか。攻めに移れない)

 

 袈裟懸けの振り下ろし、返す刀での切り上げをマグナムで受け流す。振り終わりの僅かな隙を狙って銃口を向けようとするが拳、或いは蹴りが飛んできて狙いを妨げてくる。反撃に転じようとする傍から機先を潰されギーツは防戦一方となっていた。相手の反攻諸共に叩き潰さんばかりの攻め重視の激しい戦闘スタイルは師の一人である道長、仮面ライダーバッファを連想させた。

 

(まぁ、道長さんの場合はこれにゾンビのタフネスが加わって化け物耐久になってるけど)

 

 それに比べればマシ、と思ったが、そもそも比較対象に仮面ライダーが出てくる時点で大分おかしい。魔防隊組長の名は伊達では無い、とギーツは京香の攻撃を冷静に捌きながら改めて舌を巻いた。

 

 一方、ギーツを防御一辺倒に追い込んでいる京香だが内心には若干の焦りが生まれ始めていた。一見すれば京香が押しに押しまくり優勢に見えるが、実際は有効打はおろか攻撃を一発も当てられていないのが現状だ。それに加えてギーツの態度。京香の苛烈な攻勢を受けてなお、揺らぐことの無い自信に満ちている。

 

(単純に私の攻勢を受け止め続ける余裕があるのか、それとも状況を引っくり返せる手札があるのか)

 

 不気味なくらいに平然とした姿は京香の焦燥を煽った。今は場の主導権を握ってギーツを抑えているが、これ程激しい連撃はいくら彼女であっても長くは続けられない。膠着し始めた状況をどうにかしなければならないがその方法を見出せずにいた。京香の頬を汗が一筋伝っていく。ギーツは沈黙を貫きながら防御に終始していた。

 

 

 

 

「フレー、フレー!」

 

「このまま押し切っちゃいましょう!」

 

 京香に声援を送る寧と朱々の傍らで日万凛はギーツを睨んでいた。尊敬する京香(組長)と対等に渡り合っていることも認め難いが、何より腹立たしいのは今のギーツの姿だ。自分と朱々の時は生身で戦っていたのが、京香との戦いでは姿を変えている。この狐面のスーツを纏った時が本来の戦う姿だというのは一目瞭然だった。

 

(男のくせに私達には本気を出すまでも無いっていう訳?)

 

 実際問題その通りなのは頭では分かっている。しかし、今まで培ってきた人生経験が男に手加減されたという事実に耐え難い不快感を覚えていた。屈辱の極みと言っていい。ギーツに向けられる視線は険しさを増すばかりだ。

 

「刀一本で変身した洟垂れと互角とは流石京香組長、と言ったところかのぅ」

 

「うん、えるちんも攻めに回れなくて防戦一方になってるね~」

 

「防戦一方と言うより防御に徹しているって方が正しいかな、あれは。いくら京ちんでもあんなに激しい攻撃、そう長くは続けられない。スタミナ切れになったところで反撃するのが詠龍君の狙いだろうね。そうなる前にどうにか詠龍君の守りを崩して押し切りたいところだけど……今の(・・)京ちんじゃ厳しいか」

 

 それぞれの組が試合の行く末を見守っている。状況が動いたのはそれからすぐのことだった。

 

 

 

 

 不意にギーツのマグナムを握る手がスナップされる。展開される銃身、電子音声が『RIFLE』の名を告げた。

 

(朱々との試合で使っていた狙撃モードか!)

 

 ハンドガン時との威力の差は歴然。質より量の高速連射は防げたが、超威力の一射が相手では力負けする可能性がある。撃たせてはならないとギーツの射線内に体を滑り込ませようとする京香だったが、目の前で予想外のことが起こった。

 

 投げ上げられるライフル。空中で半回転した銃身をギーツが掴んだ。必然的に銃口はギーツ自身へと向けられる。余りに意味不明なギーツの奇行に京香の思考と動きが僅かに鈍った。京香の戸惑いを無視してギーツは両手でライフルを振り翳した。繰り出すは仮面ライダーバッファ(道長)直伝、銃身ぶん殴り(バレルスマッシュ)!!

 

 どごぉ!!

 

「ぐぉっ!?」

 

 反応が僅かに遅れるも京香は落石のように落ちてきた一撃を防ぐ。しかし、想像を超える威力に思わず膝を突きかけた。刀の峰に手を添え、脚を小さく震わせながらギーツの膂力に抵抗する。

 

「貴様、もっと大切に扱おうとは思わんのか?」

 

「自分の武器がどれくらい頑丈かちゃんと分かってますから」

 

 この程度の扱いで壊れるようなら仮面ライダーの武器なんてやってられない。銃身から左手を放す。残った右手のみで京香を押さえつけながら左手、正確には起動させたアーマードガンを向けた。

 

「ちぃっ」

 

 どうにか刀を僅かに傾かせ、受け止めていたライフルを斜めに流す。間髪入れずに放たれたアーマードガンを無理矢理体を捻って回避、後ろに距離を取ろうとする。が、それよりもいなしたライフルが一文字に振り抜かれる方が速かった。咄嗟に盾にした左腕に衝撃と激痛が走り、真横へと吹き飛んでいく。

 

「片腕でこの威力か……!」

 

 地面に突き立てた刀をブレーキにして地面を滑る。そのまま結界に激突しそうだった勢いを数メートルで殺し切り、改めてギーツへと向き直った。手の中でライフルをクルリと回し、ハンドガンへと戻しながらギーツはやや呆れた様子で京香を見ている。

 

「そちらも結構乱暴に扱ってますね」

 

「そう言うなら貴様のさっきの言葉をそっくりお返しするぞ」

 

 地面から引き抜いた刀を構え、軽口を叩きつつ左腕の状態を確認する。強い痛みが残っているが、動かせないほどではない。

 

「そりゃご尤も、で!」

 

 ギーツが高々と跳び上がる。到達点は京香の数メートル頭上だ。京香を見下ろしながらギーツは上下を反転させる。右手のマグナム、左腕のアーマードガン。二つの銃口が京香を捉え、猛烈な勢いで射撃を開始した。更にギーツは体を高速で回転させ、逃げ場を潰すように広範囲に弾をばら撒く。

 

 頭上から襲い来る弾丸瀑布。天花のように能力で空間移動でも出来なければ到底逃れることの出来ない物量だ。撃ち抜く、と言うより最早押し潰さんばかりの勢いを前に京香は慌てるでも逃げるでもなく刀を構える。そもそも、そんな選択肢は無い。進むべき道は一つ。

 

「切り開く!!」

 

 真っ向正面から捻じ伏せる! 刀身が宙に何十という剣閃を描き、降り注ぐ銃弾の豪雨を切り裂いていく。空に蓋をするかの如き銃弾群は全てが切り捨てられ、一つとして京香の身に届くことは無かった。

 

 白熱する銃撃剣撃合戦。放たれる銃声、空を断つ剣風が途切れることなく奏でられている。火花散る激戦を皆が固唾を飲んで見ていた。

 

 時間にして数秒。しかし見ていた者達、何より当人達に取っては数百秒にも感じられた濃密な瞬間が終わりを迎える。いくら地面に向かって射撃し続けていたとはいえ、重力には逆らえずゆっくりと落ちていたギーツが京香の間合いへと入った。京香の目が鋭く光る。

 

 ギーツが踵落としの、京香が切り上げの体勢に入るのがほぼ同時。劈くような金属音を上げて互いの一撃がぶつかり合い、地を割り空間すら震わす衝撃が奔る。踵と切っ先という異色の鍔迫り合い、制したのは京香だった。

 

「っ!?」

 

 足を打ち上げられた感覚にコンマ数秒置いてギーツの視界が急転する。打ち負けたのかと内心で小さく驚いていると、目の端で何かが閃くのが見えた。呆けた瞬間の僅かな隙を狙って来る一撃に右腕を上げる。衝撃がギーツを襲い、その体を弾き飛ばした。

 

 完全なクリーンヒット。しかしギーツは一撃貰ったとは思えない澱みない動きで片腕バク宙、軽やかに着地して京香と相対する。

 

(まさか頭上からの銃撃、それもあれだけの連射を凌がれた上に反撃までもらうとはな)

 

 どう考えても正面よりも刀を振り難い上からの攻撃なら通用するかと思ったが結果はご覧の通り。視線を右腕に落とせば、銃身の半分ほどを断たれたアームドガン。少なくともこの試合中に使うことは出来ないだろう。

 

(やっぱ魔防隊組長の肩書は伊達じゃないか)

 

 ギーツが心の中で二度目の称賛を京香に送る。一方、そんなことを思われているとは露知らず京香は大きく深く息をしていた。僅かにではあるが両肩が上下に動いている。

 

(これだけやってやっと武装の一つを破壊しただけか)

 

 試合開始から刀を振るい、ギーツの攻撃を受け止め続けていた両腕は泥でもへばり付いているように重かった。特にライフル(銃身)の一撃を受けた左腕。弾丸の豪雨を乗り切るためとはいえ痛みを無視して動かした代償は大きく、今は柄を握るのが精一杯だった。これだけやって成果はギーツの三つある武器の一つ、それも殆ど使われていなかった右腕部の銃を破壊しただけ。割に合わなすぎる。

 

(どうする? 消耗は明らかに私の方が激しい。このままではこちらの力が先に尽きてしまう。どうにか短期戦でそのまま決めるしかない……しかし、出来るか? もう一度あの銃撃の嵐を掻い潜って懐に飛び込むことが)

 

 京香が思案に暮れている時だ。ギーツは持っていたマグナムを右手から左手に持ち替えた。かと思えばドライバーからバックルを取り外す。白い装甲とマグナムが消え、残ったのは狐面と黒いスーツだけ。突然の武装解除に京香は面喰う。意図は分からないが負けを認めた訳では無いのだけは分かっていた。

 

「降伏か?」

 

 念のため訊ねてみれば御冗談をと予想通りの言葉が返ってくる。

 

「ただマグナム(これ)だと決定打に欠けると思いまして」

 

 だから戦い方を変える。今まで白いマグナムバックルを握っていた手に別のバックルがあることに気付き京香は警戒度を跳ね上げた。色は紫ベース、肋骨を模した門のようなデザイン。鍵状のパーツが伸びている。

 

『SET』

 

 マグナム同様、ドライバー右側に装填される。ギーツの右背後に浮かび上がる毒々しいロゴマークがその名を京香へと示した。

 

「ゾンビ……」

 

 鍵を捻る。骨の門が音を立てて開き、中から伸びた腕がドライバー中央のIDコアを掴むように爪を広げていた。人か獣か、地の底から這い出るような唸り声が響き渡る。

 

『Crush Out』

 

『ZOMBIE』

 

 門から溢れ出る紫の毒液がロゴマークを侵していく。やがて現れた装甲がギーツを捕える様に覆い、その身を不死の戦士へと変えた。

 

『READY FIGHT』

 

 凶悪。第一印象はその一言に尽きた。マグナムの洗練されたデザインとは真逆の攻撃的な姿。刺々しく物恐ろしい紫骸の鎧は纏っているだけで周囲を威圧している。何より目を引く要素が二つ。一つは左手から生える禍々しく長大な五爪、もう一つは肩に担がれたチェーンソー状の刃を備えた武装だ。それぞれバーサークロー、ゾンビブレイカーという名がある。

 

 見た目だけで殺傷能力の高さが窺える武装、そんなものが二つ。京香は無意識に刀を握る両手を緊張させた。

 

 鋸剣を肩に置いたまま、ギーツは姿勢を小さく沈ませる。獲物へと爪牙を突き立てようとする肉食獣を想起させる姿。京香が防御のために刀を上げるのとほぼ同時にギーツは地を蹴り砕き駆け出した。爆進、そうとしか表現のしようのない勢いで迫りくる姿は狐などでは無く猛牛のそれだった。

 

 耳障りな音を立てて高速回転する鋸剣が振り下ろされる。当人の気性を表すように真っ直ぐな剣筋を刀で受け止め、京香はそのままなす術も無く吹き飛ばされた。

 

(片腕で何という威力だ!?)

 

 一撃の重さたるやマグナムフォームとは比にならない。咄嗟に後ろへと跳んでなければ刀がへし折られていただろう。刀越しに衝撃が突き抜けた両腕が酷く痺れていた。

 

 京香に体勢を立て直す暇を与えず、ギーツは容赦ない追撃に入る。狂爪を足元へと突き立て、そのまま振り上げた。豆腐でも掬うかのように地面が抉り取られ、即席の散弾となって京香へと放たれる。

 

 ただの土塊と侮るなかれ、仮面ライダーのスペックを以てすればそれすらも凶器となる。思うように動かない両腕に鞭打ち、京香は土の散弾を如何にか凌いだ。息つく暇も無く突進してきたギーツとぶつかり合う。

 

 非情に振るわれる鋸剣と狂爪。回転刃が悲鳴のような金切り音を上げ、狂爪が死神の鎌のように空を裂く。凶騒狂爪二重奏。得物を通して伝わる威力が、耳を劈く剣戟音が京香の体力と精神をがりがりと削っていった。何とか隙を突いて切りつけるが、消耗した一刀は紫骸の鎧に丸で通じない。刀から伝わる装甲の堅さに彼女の口から焦燥と苦悶の呻きが漏れだす。

 

「うむ、やはり流石じゃな。あの姿(ゾンビ)になった洟垂れの攻勢をあそこまで凌げるとは。上手くいなしておる」

 

「いくら対醜鬼仕様で強化された刀とはいえ普通なら最初の一発か二発目で砕けてるもんね~」

 

 一方的に攻め込まれている、というより最早打ちのめされていると言っても過言ではない状況の京香に七番組が呆然としている一方、六番組は今も尚ギーツと対峙し続けている彼女の手腕を称賛していた。

 

 この姿(ゾンビフォーム)になったギーツの戦い方はとにかく容赦がない。他の姿では相手の出方に合わせて戦うことが多いが、この姿では真正面から敵を叩き伏せるための荒々しく暴力的な戦い方をする。相手が倒れるまで止まらない様は正に暴走機関車、猛牛の方がまだ理性的じゃとは八千穂の言葉だ。

 

「本当におっかないからね、あの姿の詠龍君。いくら攻撃しても倒れないタフネスの塊、それに加えてあのチェーンソーみたいな剣とおっきい爪……向かい合ってるだけで精神的にクるんだよね」

 

 ゾンビフォームのギーツと模擬戦したのは三人ともに一度だけ。なのに二度と戦いたくないという感想は一致していた。並の者なら戦ってすぐに心がへし折られるだろう。消耗した状態でも戦い続ける京香の精神力には驚嘆を禁じ得なかった。

 

「しかし、あのままマグナムでやっていても勝てたろうに。な~ぜ洟垂れはゾンビになったんじゃ?」

 

「マグナムのままだと時間かかっちゃいそうだからじゃない? ……でも、出来ればなって欲しく無かったかな。えるちんのあの姿(ゾンビ)、苦手なんだよね。何だか無理してるみたいで」

 

「ふん、縁側で日向ぼっこしながら茶を啜っているのがお似合いの小僧が無理しおってからに」

 

 苛烈なまでの攻勢を演じるギーツ、もとい詠龍。サハラと八千穂は相手を徹底的に叩きのめそうとする姿は詠龍に似合わないと思っているようだが、天花の考えは違った。

 

「(いや、あの激しい部分も詠龍君の本質の一つ……)そろそろだね」

 

 下から上への軌道を描く鋸剣を流し切れず、京香の体が持ち上げられる。宙に浮いた僅かな間に防御のために構えた刀を狂爪が掴んだ。一本背負いの要領で力任せに剛腕片手投げ。千切れ飛ぶ景色、体を振り回される感覚すら置き去りにして京香は地面へと叩き付けられた。肺の空気どころか体内の全てが外に飛び出すような痛みと衝撃、何本もの亀裂が地面へと走る。

 

「が、はっ……!?」

 

 明滅する視界の中で鋸剣を突き立てようとするギーツが映る。咄嗟に逸らした顔の真横に恐ろしい切っ先が落ちてきた。鼓膜を突き破ろうとする回転刃の駆動音に漏れそうになる声を京香は必至で噛み殺す。ぎゃり、と地面を削り鋸剣の刃が京香の顔面に向けられる。咄嗟に間に差し込んだ刀が回転刃とぶつかり悲鳴のように火花を散らした。

 

 防御など意味がないとばかりにギーツの腕が振り抜かれ、蹴り飛ばされるボールよろしく京香は地面を跳ねていく。全身を苛む硬い土の感触を払い除けて転がり起きた。刀を支えに膝を突く。極度の疲労と緊張から顔には玉粒の汗が浮かんでいた。

 

 不意にギーツが鋸剣を逆手に持ち替え、地面へと投げ刺した。驚く京香を他所に右足を持ち上げ、足先を刀身に備わったグリップへとかける。グリップを蹴り下ろす、そしてゾンビバックルのキーを回した。途端、京香の全身が総毛立つ。

 

『POISON CHARGE』

 

 鋸剣が発する機械音声がどうしようもなく不吉に感じられる。その予感は間違っていないと肯定するように刀身から紫のオーラが溢れ始めた。次で勝負が決まる。察した京香はここが大一番と悲鳴を上げる体を奮い立たせた。

 

(奴の攻撃を防ぎ、返す刀で斬り伏せる!)

 

 単純明快。思考をシンプルに一本化させ、カウンターでの剣撃一閃に全霊を込める。追い詰められた獣ほど恐ろしい。見る者を圧倒する気迫を全身に漲らせ、京香は静かに刀を構えた。その鬼気迫る姿に応じ、ギーツは鋸剣に手を伸ばした。握った柄の鍔元にあるトリガーを小指で押し込む。

 

『TACTICAL BREAK』

 

 地面諸共に振り抜かれた鋸剣が毒々しい斬撃を迸らせた。紫のオーラを凝縮した毒刃は地面を断ち割りながら京香目掛け飛ぶ。自身を大きく上回る、両断しようと迫る毒刃に対し京香は己の刀を掲げた。冷静に機を計り、寸分の狂いの無いタイミングで眼前に辿り着いた毒刃に振り下ろす。

 

 激突する毒刃と刀、力のぶつかり合いは破壊の渦となった。振り撒かれる衝撃が周囲の地面を砕き、さらにその先を破壊していく。

 

「ぐっ、くぅっ……!」

 

 震える両腕に、折れそうになる両膝に満身の力を込めて京香は毒刃と鍔ぜり合う。毒刃の余りの重さに両足は地面へと深々沈み込んでいた。

 

 全ての気力を振り絞る心持ちで迎え撃った。その結果、何とか均衡した状況を保てているが、ここから反撃に移るのはまず不可能だ。今、防いでいる一撃を凌げるかすら怪しい。単純なパワーの差が悲しいほどに開いている。

 

『ZOMBIE STRIKE』

 

 無慈悲に響く機械音声。鍔ぜり合った毒刃越しに見えたギーツの姿は正に突撃体勢だった。腰を落とし、大きく引いた左腕の狂爪は恐ろしい輝きを湛えている。寸の間の溜めの後、ギーツが掻き消えた。

 

 地が爆ぜ砕ける。余りにも暴力的な突貫と共に繰り出される狂爪の貫手。目が眩むほどの光を放つ一撃は、その光量に恥じぬ威力で毒刃へと重なった。

 

 辛うじて拮抗を保っていた状態。そこに追撃、それも同等の威力を持った必殺技を合わせられては為す術は無かった。刀身が砕け、巻き起こる大爆発が京香の全身を散々に打ちのめす。吹き飛んだ京香は身動ぎ一つ出来ず、そのまま地面へと投げ出された。

 

 痛みに小さく呻きながら体を起こす。立ち上がるほどの体力は残っていないので、地面に座り込んだまま握っている刀へ視線を向けた。半ばから先を失った刀身が今回の模擬戦の勝敗を雄弁に語っていた。

 

(これほどとは……)

 

 認め難いことが起こっている。しかし、現実である以上受け入れざるを得ない。折れた刀を握った手を地面に投げ出し、京香は一度大きく息を吐いてから口を開いた。

 

「私の負けだ」

 

『し、勝者、浮野詠龍!』

 

 こうして六番組と七番組の交流戦は部外者である『狐』こと詠龍の三連勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

「まさか男に負ける日がくるとはな」

 

「……差し出がましいことを言いますが、男か女かは関係ないかと」

 

 耳聡く京香の呟きを拾った詠龍が口を出す。ちら、と生身に戻った詠龍を見やり、天を仰いだ。詠龍の言う通り性別は関係ない。自分が弱く、相手が強かった。それだけのことだ。

 

「どこかに甘えが生まれていたか。徹底的に鍛え直さなければ」

 

「いえ、甘さとかは無かったと思います。とても強かったです」

 

 本心からの言葉だったが、返ってくるのは不満げな半目の視線だった。

 

「半分の力しか使ってない者に強かったなどと言われても嫌味にしか聞こえんぞ」

 

 半分? と首を傾げる詠龍に恍ける気かこの男、と京香は眉根を八の字にする。

 

「お前の装備、デザイアドライバーといったか? 形状から察するに、左右に装備の基となるアイテムを嵌め込んで二つの力で戦うのが本来の使い方だろう」

 

 今回の模擬戦、デザイアドライバーの左側は常に空いていた。成程、確かに半分の力しか使っていないと捉えられても仕方がない。

 

「あぁ、そういう……別に羽前組長を侮っていた訳ではないです。ただ、併用するバックル、あ、デザイアドライバーに使うアイテムのことです。二個使いする時のブーストバックル(もう片方)なんですが出力が高過ぎて、完全に模擬戦の域を超えちゃうんですよね」

 

 詠龍の説明に京香も一応の納得を示す。そも、原因は京香の実力不足。現に装備一つのギーツ相手に敗北を喫しているのだ。敗者がごちゃごちゃと文句を付けることほど見苦しいものは無い。

 

「それを言うなら羽前組長も能力を使っていなかったのでは?」

 

 痛い所を突かれて京香は若干気まずそうに目を逸らす。

 

「私の能力は……発動対象がいないと意味の無い類のものでな」

 

 他者に対して効果を発揮する能力、バフデバフ系統の物か。模擬戦最中に能力を使用した気配は無かったので、少なくとも自身を強化したり相手の能力を下げるものではないだろう。若干気になるところではあるが、突っ込んで聞くのも失礼だろうと思い詠龍はそれ以上追及せずに京香へ手を差し出した。

 

「いい試合でした。ありがとうございます」

 

 自身へ伸ばされた手をまじまじと見つめる。生まれてこのかた、男に助け起こされることなど想像すらしたことも無かったので何とも不思議な気分だ。しかし不快感は無いので素直に詠龍の手を取り立ち上がる。

 

「こちらこそ。これからよろしく頼むぞ」

 

 そのまま握手を交わす。単純に自身よりも強い者、それだけでも特訓相手として申し分ない。今後も良好な関係を築いていくことに、少なくとも京香は異存はなかった。

 

 

 

 

「いやはや、予想外の展開になりましたね」

 

 一同、再び七番組寮前に集合。銀奈は驚きの表情で今回の交流戦の感想を簡潔に告げる。初めは男が戦うなど何の冗談だと思っていたが、蓋を開けてみれば男、『狐』こと浮野詠龍の三連勝。まさかまさかよもやよもやである。

 

「どうじゃ、凄いじゃろ六番組(うち)の化け狐は!」

 

 な~はっはっはっ、と腕を組んでふんぞり返って高笑いする八千穂。詠龍と協力関係を結べたのは天花のお蔭のはずなのだが、まるで自分の手柄とでも豪語せんばかりの態度だ。仲間から向けられる白い目をどこ吹く風と受け流して八千穂は魔都に笑い声を響かせ続けた。

 

「はい、寧は見ていただけですけど、それでも詠龍さんがとっても凄いのは分かります」

 

 七番組の面々の強さを日頃から間近で見てきた寧は彼女達を下した詠龍に素直な尊敬の眼差しを向けていた。京香、朱々も初対面時の珍妙奇天烈なものを見る目ではなくなり、確かな強者への敬意を抱いていた。だが一人、日万凛だけは面白くなさそうに(というか不貞腐れた顔で)詠龍を視界に入れないようにしている。

 

「ふん。偶々、強くなれる武器を拾った男が調子に乗っているだけでしょ」

 

 負けた事実が余程認め難いのか、こんな悪態まで口にする始末。殺伐とした空気が流れ出す。ひまりん! と朱々が服の裾を引っ張って窘めるも詠龍にそっぽを向き続けていた。

 

(流石双子、似たようなこと言ってらぁ)

 

 悪態を吐かれた本人は特に気を悪くするでもなく、初対面の八千穂を思い出して変な所で感心していた。ちらと八千穂に視線を向ければ詠龍同様に当時を振り返っていたのか苦い顔をしており、一瞬だけ視線が合うもすぐに逸らされた。物凄くバツの悪そうな顔をしている。

 

「じゃあ、素手でもやってみますか?」

 

 部下の暴言を聞き流すわけにはいかないと京香が口を開くよりも早く詠龍はそんな提案をした。失礼極まりない物言いに怒るでもなく、涼しい顔のままの詠龍に皆が驚いていた。

 

 七番組との交流戦、詠龍は三試合全て武器有りで(最後の京香戦では変身までして)戦った。であるならば、武器を使えない時や変身出来ない時の実力を疑問視するのは当然のこと。そう思ったからこその提案だった。そこに日万凛を侮り軽んじる考えは断じてない。

 

 が、何のことも無い様に言われた彼女にしてみれば目の前の男が、真っ直ぐに見詰めてくる男が、

 

『手前みたいなくそ雑魚女、武器なんか無くても余裕で勝てるってぇのぷぎゃぎゃのぎゃ~www』

 

 自分を心から馬鹿にしているとしか思えなかった。

 

「舐めんなっ!!」

 

 全身の血が全て頭に昇ったかと錯覚するほどに思考が灼熱に染まる。この男を徹底的に叩きのめす、沸き上がる衝動のままに日万凛は走り出した。誰も止める間もなく、無言のまま一歩踏み出した詠龍に拳を打つ。ぱし、と羽虫でも払うようにあしらわれ怒りのボルテージは際限なく上がっていった。

 

 矢継ぎ早に繰り出されるパンチ。ただ闇雲に速いだけではなく、一発一発に威力が込められている上に顎や鳩尾といった急所をしっかりと狙っている。それを詠龍はこともなげに、そよ風同然に受け流していた。焦りの一つも無い平坦な表情が日万凛の神経を逆撫でしていく。

 

 ラッシュが加速する。僅かな息を入れる間も惜しんで動き続ける体が小さな悲鳴を上げているが、無視して只管に攻め続ける。目の前の男に拳を叩き込むその一心で。しかしどれだけ心を燃やしても一向に届かない。

 

 疲労、焦り、怒り。様々なものが重なり日万凛の動きが精彩を欠いていく。大振りのストレート、さっきまでの拳打に比べればお粗末と言っていい一撃が初めて受け止められた。そのまま詠龍は掌に掴んだ拳を後ろへ流すように引っ張った。抵抗する間もなく日万凛の体勢は前のめりに崩され、挙句に背をポンと押される。

 

 一歩、二歩、三歩とたたらを踏んで地面への顔面ダイヴをどうにか回避し、反撃に転じようと身を翻そうとする日万凛の背中にトン、と小さな感触。丁度肩甲骨の間辺り、日万凛からは見えない背後からの攻撃とも呼べない指差しだった。もしこれが拳打や蹴撃だったら、ましてや銃弾だったらどうなっていたかは考えるまでも無い。

 

「……っ~!!!」

 

 これ以上ないほどに手加減されている。その事実に日万凛は小刻みに身を震わせ、磨滅せんばかりに歯を食い縛った。

 

 押し当てられた指先を弾き飛ばす勢いで体を回し、頭を叩き潰すつもりで上段蹴りを喰らわせる。バヂィ! と衝撃で空気が爆ぜた。しかしそれは日万凛の蹴りが詠龍の頭を捉えた音では無く、持ち上げられた腕に防がれた音だった。ダメージを与えている感覚は皆無で足先には痛みと痺れだけが残っていた。

 

 悔しさに歯噛みしながらもすぐに意識を切り替え、日万凛は拳を握り締める。狙いは涼しげな横面への右フック。踏み込むと同時に拳が弧を描いて詠龍へと襲い掛かった。詠龍、苦も無くこれをかわす。

 

 上体を僅かに後ろへ傾け、鼻先を掠めて通り過ぎていくフックを尻目に詠龍は密着せんばかりに日万凛との距離を詰めた。時が跳んだと錯覚しそうな急接近。文字通り、眼前に迫る詠龍に目を見開く日万凛の額に強烈な衝撃が走る。

 

(頭、突き!?)

 

 痛みと衝撃に思考が掻き乱され、体が大きく後ろに仰け反った。立て直す僅かな隙も与えず詠龍は宙を泳いでいる日万凛の右腕を捉える。アメリカンフットボール選手がボールを抱え込むように右腕を掴み、手首と肘を力点にして日万凛を回転させた。時計回りに体が宙を舞い、日万凛は背中から地面へと落ちる。

 

 頭突きのダメージが残る頭に追い打ちをかける視界の急激な旋転。千切れそうになる意識では受け身も取れず、地面に背中を強かにぶつけたことも相まって日万凛は呻き声を上げることしか出来なかった。横たわる日万凛を詠龍は静かに見下ろす。誰がどう見ても勝者と敗者の絵がそこにあった。

 

「こんのぉ……!」

 

「そこまでだ、日万凛。これ以上は見苦しいだけだ」

 

 怒りと自尊心を動力にふらつきながらも立ち上がろうとする日万凛を止めたのは京香の静かな声だった。日万凛に向けていた視線を一度切り、京香は詠龍に向けて小さく頭を下げる。

 

「部下がすまなかった」

 

「いえ、こちらこそ気に障る言い方をしてしまったようですみません」

 

 同様に頭を下げる。八千穂さんの妹なんだから性格難なのは分かり切っていたこと、もっと言葉を選ぶべきだった、と割と失礼なことを考えている詠龍だった。

 

「(頭に血が昇って冷静さを著しく欠いてたとはいえ、日万凛をこうも容易くあしらうか)装備無しでもここまでやれるのか。大した奴だ」

 

「日々、鍛えてますので」

 

 余りにもシンプルな返答に思わず笑ってしまう。ただ、笑ってばかりもいられないので日万凛へと歩み寄った。京香の自分を呼ぶ声には若干の厳しさがあり、日万凛は小さい子供のようにビクッと身を震わせた。

 

「この男は強かった、そして私とお前は弱かった。だから負けた。今、ここにある事実はそれだけだ」

 

 余りにも認め難いことではある。しかし結果は結果、飲み込まなければならない。目の前にある現実から目を逸らし、敗北を受け入れずに悪足掻きする行為こそが恥だ。京香の言葉に反論が見つからず、日万凛は唇を噛んで視線を落とした。

 

「気持ちは分かる。私も思いは同じだ」

 

 忸怩たる思いの籠った京香の言葉、表情は苦々しいものだ。態度にこそ出していないが敗北の口惜しさ、不甲斐ない己への怒りが内面では燃え盛っていた。しかし何より、次こそは勝つと激しい想いがガンガンに火を灯している。

 

「今回は奴が上回った。だが、次は私達が勝つ!」

 

「組長……はい、次は絶対に叩きのめしてみせます!」

 

「その意気だ、私も次は叩き斬ってみせる!」

 

 立ち上がった日万凛は京香と共に大いに気炎を吐いていた。両者共に活き活きとした表情、やる気に満ち溢れていて大変結構なことであるが、目の前で自分を叩きのめす&叩き斬る宣言された詠龍は何とも複雑な顔をしていた。

 

「モテモテじゃの~」

 

 何時の間にか隣に立っていた八千穂がニタニタしながら詠龍の肩に腕を置いている。実に愉しそうだ。

 

「いや、こんなモテ方嬉しくともなんとも……というか妹さんはとかく、羽前組長の発言(あれ)って割とストレートに殺害予告ですよね?」

 

「度量の見せ所じゃな、笑って流せ流せ。それに貴様は叩き斬られたくらいじゃ死なんじゃろ」

 

「いや、普通に死にますからね……何でプラナリアみたいに増えるんじゃないのみたいな顔出来るんですか?」

 

 ふぅ、と小さく嘆息していると、詠龍は京香が自分を見ながら何か考え込んでいることに気が付いた。

 

「何か?」

 

「いや、な。ふむ……」

 

 問いかけに曖昧な返事をしながら京香は考え続けている。高い実力は勿論のこと、自分や日万凛にも物怖じせず自然体で応じる気骨稜稜の精神は好印象だ。加えて先の天花の主夫適性MAXという評価、これが本当なら家事の腕前も相当なものだろう。現在、諸々の事情(主に組員の性格)で七番組には寮を管理する人間がいない。

 

 人格面に関しても、短期間で六番組の面々とこれだけ打ち解けているのだから悪いものではないはず。寧ろ、良いものと判断していいだろう。試合で使用した装備や変身した姿など気になる点は山とあるがそういった部分、性別を抜きにしても手元に欲しいと思える人材だった。

 

「浮野、七番組に来る気はあr」

 

 ぎょん。

 

「「「「「「「「「ぎょん?」」」」」」」」

 

 聞き慣れない音に一人を除いて皆が首を傾げる。必殺と表現するのも生温い、人の血肉諸共に命を抉り取り出そうとしているかのような音だ。発生源は京香の真横、顔のすぐ傍でどす黒い歪みが揺らめいている。こんなものを出せるのはこの場では一人しかいない。各々が視線をある一点に向ける。

 

「京ちん」

 

 京香の中でかつて経験したことの無い警鐘が叩き鳴らされていた。ほんの一言、些細な所作、何か一つ間違えればそれだけで命を摘み取られる確信に近い予感が呼吸を速く浅くさせる。呼吸どころか鼓動すら憚られる緊張感の中、発生源である天花は友に、否、不倶戴天の敵に成り得る言葉を告げようとした女に手印を向けたまま口を開いた。

 

「そこから先は

 

 

 

 

戦争だよ」

 

 双眸が京香を射抜く。どこまでも透明なのにまるで底の見えない湖のようだ。そこには何の混ざり気も無い、純度百の殺意が渦巻いている。殺意は周囲を侵し、空気をヘドロのように重くしていった。

 

 ぴぃ、と八千穂とサハラは情けない声を上げて抱き合う。日万凛と朱々も余りの恐怖に顔をこれでもかと引き攣らせていた。尚、寧は二人が咄嗟に目と耳を塞いだので状況が分からずあたふたしている。銀奈は白目を剥いて立ったまま気絶していた。

 

「……悪かった、私が悪かった、天花。だから手を下ろしてくれ」

 

 竜の巣穴から宝物を持ち去ろうとした所を見つかった不届き者の気分とでも言うべきか。今この瞬間、息を吸って吐いて生きていられる。生物として当たり前のことに全身全霊五体投地で感謝を捧げなければならない。そんな強迫観念すら感じてしまっていた。

 

 全身を流れていく冷や汗をそのままに、目線を天花に固定したまま京香はゆっくりと詠龍から距離を取っていく。一歩、二歩、三歩、四歩、五歩、そこまで離れた所で漸く京香に向けられていた手印が下ろされた。

 

 京香への無言の一瞥の後、天花は大股に詠龍へと歩み寄る。どういう状況!? とオロオロしていた詠龍に触れられるまで近づくや否や、両腕を伸ばして胸元に掻き抱いた。軽く頬を膨らませ、京香の視線を遮るように自身の体で詠龍を隠す。絶対に放さないし誰にも渡さない。決して譲らない意思の込められた両腕が詠龍の顔を豊かな谷間へと押し込んでいた。

 

 大事な大切なお気に入りのぬいぐるみを守ろうとしているかのよう。その姿、正に

 

「子供か、お前は……」

 

 京香は脱力しながら呟く。こうして六番組と七番組の交流戦はぐだぐだな幕切れと相成るのだった。後、天花の谷間に顔が完全に埋まった詠龍は窒息して動かなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたのか、寧?」

 

「組長。いえ、交流戦の後に醜鬼が現れてないか周囲を視ていたんですけど、その時に黒い靄みたいなものが視えて。すぐに晴れたので見間違いかなと思ったんですが……気になってもう一度視てました」

 

「『きっと見つける(プロミス)』でか。今はどうだ?」

 

「どこにも見当たらないです……やっぱり寧の見間違いだったのかな?」

 

「偶々、濃い砂塵が舞い上がって靄のように見えたのかもしれないな。気になる様だったら直接行って確認してくるが」

 

「いえ、組長も皆も今日の交流戦で疲れてるでしょうし」

 

「……確かにそうだな。座標は記録しておいてくれ。念のため、明日確認に向かう」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、危ない危ない。まさか暗幕をとったタイミングと千里眼系能力の発動が被るなんて。見つかってはいないみたいだからいいけど」

 

「紫黒、あの人間の男が前に言っていた」

 

「そ、僕達の計画を邪魔した挙句に『悪食』君を倒してくれちゃった狐」

 

「この前作っていたあの黒い奴か」

 

「うん、それも満腹状態のね。あの姿になった『悪食』君、雷煉でも多少手こずるくらいは強いんだけど……真っ向正面からの小細工抜きで倒されるのは流石に予想外だったよ」

 

「成程、襲撃を少し先送りにすると言ったのはあの男、狐が魔防隊に合流したのが原因か」

 

「分かってくれてありがとう、壌竜。やっぱり、雷煉を連れて来なかったのは正解だったね。もし、一緒に来てたら廃れ者が~って突っ込んでいって最悪返り討ちになってたかも」

 

「そこまで強いのか、狐は?」

 

「今回は使ってなかったけど朱い鎧の装備があってそれが桁外れの性能でね。流石に全力を出した雷煉なら何の問題もないだろうけど、もしかしたらって可能性があるくらいは強いよ……でも、今日の試合だと使ってなかったな、あいつ。あの朱い鎧無しでもあれだけ強いのか、まだ認識が甘かったかも」

 

「私はその朱い鎧を使った時の狐を見ていないから何とも言えないが、能力を使わずに狐と互角にやり合っていたあの組長も相当なものだと思う。どうする? 魔防隊(てき)の戦力を量るために適当な組を襲撃する予定だったが」

 

「う~ん……それは話してた通り僕がやるよ。但し、あの狐がいる六番組以外のとこをね。まずは連中の末端、組員がどれだけ出来るか確かめたい。組長格の強さも見てみたいな。今回見てた試合だと壌竜の言う通り能力を使ってなかったんだし、単純に狐以下って格付けするのは早計だね」

 

「もし、組員達の力量が今回見た組長や狐に比肩するものだった場合は?」

 

「それは絶対有り得ないと思うけど、仮にそうだとしたら本格的に作戦を練らなきゃだな~。間違っても雷煉の言ってた現戦力で魔防隊本部を強襲するなんて無理だし、少なくとも八雷神が全員揃わないと……壌竜は魔都(こっち)であの子の餌を探しておいて」

 

「分かった。計画だと現世から攫ってきた人間で餌を作る予定だったが」

 

「それはもう止めよう。どうせまた狐に邪魔されるのがオチだろうし、それなら最初からこっちに迷い込んだ連中の中から見繕っておいた方がマシ……凄い疲れるんだよ、現世と魔都繋ぐのって。それに僕の力で繋げられるのって本当に一瞬だから攫える人間も一人か二人が精々だし」

 

「何故か門の出現場所も安定し無い上、かなり離れた所に現れるからな」

 

「そうなんだよ。で、回収に行ったら行ったで狐が現世に連れ戻してるし、徒労感が凄いのなんのって……思い出したらだんだん腹立ってきた」

 

「紫黒はよく頑張っている」

 

「ありがとう、壌竜。見てろよ、狐。絶対にお返ししてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋様、只今戻りました」

 

「お帰り、銀奈。交流戦の審判お疲れ様。それで噂の狐には会えたかしら?」

 

「それが会えたどころではないと言いますか、実際にこの目で実力を確かめられたと言いますか」

 

「実力を確かめられたってどういうこと? まさか、交流戦に狐が出てきて戦うところを直に見たなんて……え、そうなの?」

 

「そうなのです。六番組の一人ということで、七番組の皆様と戦っていました。京様と戦う時なんて変身とかしてましたし」

 

「へ、変身? 凄まじく気になるワードが出てきたわね」

 

「その時は仮面ライダーギーツと名乗ってました」

 

「仮面ライダーギーツ、ね……それで交流戦の結果は?」

 

「京様含めた七番組員三名に狐が勝利しています。但し、京様に関しては『無窮の鎖(スレイブ)』を使用していませんでしたが……」

 

「だとしても京香に勝てるなんて大したものね。狐については名前と出回っている映像くらいしか情報が無かったけどそんなに強いの……天花ってば、私にまで隠していたなんてどういうつもりかしら?」

 

「交流戦自体は六番組の勝ちで終わりました。最後にちょっと一悶着ありましたけど」

 

「一悶着?」

 

「京様が浮野詠龍、狐を七番組に勧誘したんです。そうしたら天様が今まで見たことも無いくらい怒って絶対に渡さないって……『天御鳥命(能力)』まで使って京様を牽制してましたし、いや、でもあれ京様の返答次第では確実に殺(と)りに行ってたような……」

 

「天花が? 京香が自分の組(ところ)に誘ったのも驚きだけど、天花がそこまでして拒否するなんて驚きね……へぇ、ふぅん、あの天花がそれ程執着しているなんてどんな子なのかしら。仮面ライダーギーツ、浮野詠龍、とっても気になるわ」




ゼッツ、始まりましたね。必殺技発動時の火花が散る演出がクールでした。

ただ、どうしてもマーベルのヴェノムに見えて仕方が無い。後、あの呑み込まれていく感じの変身・・・・・・不穏なものを感じずにはいられませんな。

次は頑張ってもう少し早く投稿するぞ~。

投稿頻度についてのアンケートです。お答えいただければ何よりです

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