1年生に難しいことをさせるな
私としても——ちょっとぐらい、ほんのちょっとは期待していたとも。
なにせホグワーツの映えある一年生だ。
「レグルス・マルフォイ!」
「スリザリン!」
帽子と話すとか一瞬もなく終わったんだが。被るどころか髪に触れるか触れないかだったんだが。マルフォイなら仕方ないというのですか? そうですか。左様でいらっしゃる。
➤
吾輩は——もとい、私はレグルス・マルフォイである。父にルシウス・マルフォイ、母にナルシッサ・マルフォイ、二歳下に弟のドラコ・マルフォイを持つ。ちなみに私の名は母上の従兄弟に肖った——既に葬式を執り行われた人。生まれ変わり、輪廻転生は東アジアあたりの概念らしいが、偶然を巡り合わせと呼び、巡り合わせを運命と名付けることもある。少なくとも私の健やかな成長はそのような扱いを受けた。闇の帝王が君臨する時代には、あまねく物事をより希望のあるように捉えたかったのではないか、と愚考する。
閑話休題。そんな私も晴れてホグワーツ新入生、組分けの儀式を終えてそこにスリザリン寮生との肩書がついた。組分け帽子とのお喋りは一瞬もなかったが。どうして。楽しみにしていたのに。本当に楽しみにしていたのに。
本当に心から楽しみにしていたのに……。
「おはようマルフォイ」
「おはよう」
まァスリザリンに組分けされたならばそれに越したことはない。平凡な入学式を終えて翌日、朝食のベーコンを食みながら私は考え直した。
実際、レイブンクローならばともかく、ハッフルパフとか言われていたらば、父母に加えてドラコからも果たしてどのような反応を受けたかな、という話でもある。なんならそれこそグリフィンドールと言われたらば、シリウス・ブラックの再来として方々から爪弾きにされるのが目に見えている。スリザリン。父上と母上の出身寮。野心を尊ぶのは良いことだ。向上心は大切だ。狡猾にして機知という部分は若干眉をひそめられるかもしれないが、つまり頭が回るし機転がよく利くということである。最高だな。
そして現在のスリザリン寮監はかのスネイプ教授なので、全く未知で初対面の先生よりも安心感がある。父上の旧知たる彼とは何回か顔を合わせたことがあり、少々癖は強いが、なにかと便宜を図ってくれる方でもある。
……いやべつに組分けで特になにもなかった負け惜しみとかそんなことぜんぜんとくに……。ライオンと鷲と蛇とアナグマならライオンが強そうとかそんなこと全く一片たりとも思っておりませんが……。
「おや」
ふくろうのうち一羽が私に向かって舞い降りる。幼い頃から私専用の伝書梟として活躍する、きわめて賢いミミズクだ。手紙を出したのは昨日だが帰りが早いな。
杖で封筒の端を叩いて開く。
【 レグルス
改めて、入学、そしてスリザリン寮への入寮おめでとう。マルフォイの名を背負う以上どのような環境においても正しく振る舞えただろうが、やはり七年近く生活するにあたって、スリザリン寮はホグワーツで最も適切といえる。
さて、簡潔に。
なにかあればセブルスに相談するように。あるいは私に必ず話を寄越すように。
私は、おまえのことを息子として信頼している。おまえは、私の言葉を正しく理解して、賢明な選択を行うと信じている。
ルシウス 】
「……——」
手紙を丁寧に折り畳む。元通り封筒の中に仕舞った。朝食後、初授業の前に便箋を引き出し、簡潔に書きつけた。
【 父上
お祝いの言葉ありがとうございます。とても嬉しく存じます。
ご忠言についても、賜りました。善処いたします。それはそれとして、子煩悩と過保護と迂遠が過ぎるので、二年後にドラコに同じ物言いをする際はもう少しストレートにしてあげてください。
レグルス 】
夕食頃には再びミミズクは手元に舞い降り、私が送付した手紙の内容には全く触れられることなく、クリスマスには必ず帰るようにと念押しされた。
どうしような。叱られるやもしれん。どうにかして逃げたいが。可能か? 今からでも対策を立てておくべきか? 議題:父親の説教からどうにかして逃げる方法。
……後回しにしよう。それがベターだ。そうだろう。
「ドビー、お茶を——……いないんだったな」
ホグワーツにも
➤
変身術、呪文学、薬草学、魔法史——入学前から念入りに、予習してきた甲斐があったと言うべきだろうか。未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令? 成人の魔法使いが同席する場所での魔法行使は、誰の使用か判別しがたい。万一検知できたとして、魔法省の施行する法律とマルフォイならマルフォイの名が勝つ。そういうことだ。
今のところ、個人的には魔法史が一番気に入っている。父上と母上に叩き込まれた知識群は重点的にカバーされていて、ゴースト:ビンズ教授の一本調子な授業は初回から睡魔に負ける者が続出し(なにかの魔法か?)ビンズ教授は生徒の居眠りなどどうでもいいのかそもそも気づいていないのか一本調子の朗読授業を続ける。眠気に負けた同級生たちがバタバタと机に突っ伏していく光景はちょっとした恐怖体験だったが、つまり、この間は課題をしていたところで咎められないわけだ。次も自習に当てよう。
それは魔法史ではなく束の間の自由時間を気に入っているだけ?
……沈黙を尊ぶべき場面というものもこの世にはある。
「見事だ、マルフォイ。スリザリンに十点」
おできを治す薬を完成させた私にスネイプ教授は満足げに微笑んだ。この人相変わらず笑っても顔不気味だな。四歳で初めて顔を合わせたドラコが泣いただけある。なお私も三歳の初顔合わせでは泣いたらしい。そんなに。
そして——グリフィンドールとの合同授業、教室を見回す限りアンジェリーナ・ジョンソンも私同様に、完璧な薬を調合していたが、スネイプ教授は一瞥をやる程度だった。グリフィンドールの面々は何人か、不可解そうな表情を隠そうともしていなかったが、とはいえ現状スネイプ教授になにかを物申す様子はない。
なるほど。……どうするかな。有り得るとは思っていたが、よりによって、スネイプ教授の授業が
「ありがとうございます」
微笑みながら内心考える。初回は潔く流すとして、今後どう立ち回るべきか。あまり変なことをして、父上、であればまだいいが、母上に叱られるのは私としても避けたい事象で——しかし、健全では、ない。明らかに。
注目するべきは、二点。まず、既に受けた変身術、呪文学、薬草学——つまり、グリフィンドール寮監マクゴナガル教授、レイブンクロー寮監フリットウィック教授、ハッフルパフ寮監スプラウト教授は、特筆できるような言動を取らなかった。要するに、当該授業で有能さを見せた生徒について、寮分け隔てなく平等に褒めた、という点。
次に、我がスリザリンは、現在四年連続で寮杯を獲得している、という点。
寮対抗制度はイギリス魔法界のみならず、イギリス全土で普遍的に行われている。生徒を一定の基準で振り分けて競い合わせることで、競争心から技術・連帯の向上を図る。何故純血貴族の子どもがマグルのことを把握しているかって、そりゃあ……うちは純血貴族だが、しかしマルフォイなので。ハハ。うちの土地と金はどこから湧いてくるのかなという話だ。もちろん家外に出すのはタブーで、どころかおそらく、父上はまだ私にも差し止めているつもりだったろうけれど——大人に隠し事があるように、子どもにだって隠し事はあるのだ。いろいろと。ドラコが同じ手段で辿り着かないよう
さておき。
父上の知己たるスネイプ教授が、知己の息子たる私に配慮したいというだけならまァわからんでもない。自慢だがマルフォイの影響力は魔法大臣にも効く。わりと直球で自慢だ、ウン。
ただ、そうだな、その配慮の出力が、寮点の配布だと言うなら、加えて私と同じぐらい出来た他寮の生徒は、存在ごと無視するかたちであれば——それは些か、困る気もする。それが〝マルフォイ〟への配慮の結果ではなく、スリザリン寮のためだというなら、そしてその結果が四年連続の寮杯獲得だというのであれば——より困る。気もする。
私の出来が悪いと仰るのであればそれは潔く受け入れよう。私の出来が良いと言うならこちらもまた正当に受け取られるべき評価だ。しかし、贔屓の結果として得られる好評——なるほど適度な特別扱いは世渡りの常である。けれど度が過ぎたそれは無闇な反感を買う。特に、得点を獲得する人物が最も批判的な眼差しを向けられる。この場合は……。
魔法薬学の教室からスリザリン寮は程近い。カツカツと石床に響く足音が思考に沿って一瞬止まった。
「……」
地下で天を仰いだところで、薄暗い天井しか見えやしない。すぐに首を横に振り、教科書を抱え直し、スリザリン寮へ続く廊下を足早に抜ける。
もちろんすべての実力が入学早々明かされるわけもなし。しかし父母の配慮で諸々少々(あくまでも少々だ)
スネイプ教授は、確かに癖のある方だが、それらの機微までわからぬ人であったろうか。……わかった上でこのように振る舞っていらっしゃった場合が一番困るやもしれんな。
「どうするかな」
この状況はいつから続いている? マルフォイたる私が入学したからか? それとも、四年前——スネイプ教授がスリザリンの寮監に君臨してからか? まさか、それ以前か? 期間によって対応が変わる。今年から突然、入学したマルフォイに向けて贔屓が始まったのか、もともとスネイプ教授はスリザリン贔屓として名を馳せているのか。後者であれば既に噂は広まっていると踏まえるべきで、そして、スリザリンへの悪評が養成されている可能性にも、思考を割くべきだ。ただでさえ、闇の帝王が猛威を振るっていた時期は、闇の魔法使いの輩出寮と等号であった。平穏なる今も端々から伝え聞く噂だ。十二となったばかりの私でさえもよくよく知っている。
そして……ドラコが入るまで、入ったとしても、これは続くのか? あの子は私よりもよほど純血貴族らしく、反面——些か、周りに気を配ることに疎い。周囲の反感に気づくだろうか。気づいたとして、その意味を正しく受け取れるのだろうか。スリザリンを取り巻く環境を正しく解せるだろうか。
寮に戻るとミミズクがいた。母上からの近況を綴る手紙を私の手に差し出す。受け取って耳元をくすぐると、むずがるように頭が回転した。ミミズクの首の可動域はしばしば恐怖を覚える。一回転して頭が取れそうだ。
私が幼き頃より私を見守るミミズク。知恵の象徴と謳われる。
「どう思う?」
今し方の思考を取り留めもなくつぶやいて、尋ねると、ミミズクは私を澄んだ目で見返した。答えはない。嘆息した。
➤
スリザリン寮の点時計を見つめて私は眉をひそめていた。唇を舐めて湿らせる。
「……」
四寮すべてのスコアと比較して、明らかにエメラルドの量が多い。私だけが獲得した点数をカウントして、差し引いても、やはり量が多い。スリザリン生が飛び抜けて優秀である——と評するには、悲しいかな、スリザリン生は素行は悪くないが性根がまあまあ悪い。狡猾を冠するだけあって。素からやらかすことが儘ある。
「どうした? スリザリンの優等生クン」
「首位独走のエメラルド、悦に浸って気持ちいいか?」
揶揄と呼ぶには、やや嫌味の意味合いが強い言葉の羅列。どちらがどちらと判別する必要はなく「なにか用事でも、ウィーズリーども」私は振り返ることなく述べた。グリフィンドールとスリザリンの合同授業は何故だか知らないがきわめて多く、既に覚えた声であった。
「そして本当に用があるなら少し考えているのであとにしてくれないか。どうしても今だと言うならレポートにでもまとめてくれ。後日気が向いたときに拝読する」
「クールなことだな」
「クールを通り越して冷徹だな?」
「あとにしてくれ」
寮対抗クィディッチは今年度の第一回が来週末に控えている。現状寮点にはまるで無関係だ。入学およそ半月。スネイプ教授の評判は学内でも耳にする機会があった——自寮贔屓のスリザリン寮監。確定だ。私単体の贔屓ではなく、スリザリン寮全体がその恩恵に与っている。
恩恵。果たして。他者を蹴落とす姿勢を褒め称える人間は少ない。誰だって蹴落とされる側に回りたくはないがゆえに、行為そのものを規制する。スリザリン寮は純血貴族という特権階級、あるいは野心旺盛がゆえに他者を蹴落とすことを当然と考える者たちが集まりやすい。そのためにしばしば多数の前提を忘れ去る。私はそれはそれである種の美点と考えているが、しかしそう思わない人間の方が多いからこそ、ホグワーツの組分けは四寮ある。
「睨んでいたら寮点が更に増えるのか?」
「あり得るな。なるほど、そうやってこっそり増やしていたのか!」
「俺たちも我がグリフィンドールを象徴するルビーを睨んでみるべきか」
「やってみようぜ兄弟」
「……時間を無駄にするのがお好みならばそうすればいい。結果は保証しないが」
睨んでいなくたってどこぞで点の増減が行われて、時折、石が動いている。
「……おまえたち、そこまで暇であるならひとつ教えてくれやしないか」
「なにかな未来の監督生チャン」
「マクゴナガル教授は寮監として、グリフィンドール寮に多少の特別な
「ハ?」
初回授業だけでなく、変身術の得点采配において、結果や過程に関する以外で目立った特徴は今日まで見られない。薬草学と呪文学もこの点に関しては同上。
ビンズ教授は加点も減点も行わない。たぶんあのゴーストはそもそも生徒をろくに認識していない。シニストラ教授は天体に熱心なので昼間はあまり出くわさず、夜間の授業中も星を正しく認識している生徒をいたく褒め称える。贔屓は贔屓だがある種教授職らしい贔屓とも言える。闇の魔術に対する防衛術——諸事情により割愛。選択科目の教授陣とは一年生の現状、あまり関わりがないが、それはあちら側も同様のはずだ。不人気な科目は生徒のほとんどが関わらない。寮点の増減に寄与する割合は少ない。監督生による影響——さすがに微細だろう。観察した限り、彼らの点数のつけ方は寮ごとに大差がない。そこそこ自寮を甘く許容し、そこそこ他寮を厳しく採点する。
……試算の上で、あまり認めたくはないが、スリザリンのリードに関わっているのは、スネイプ教授
「まさか、マクゴナガルにも贔屓してもらおうって? ずいぶん欲張りだな」
「逆効果の提案をされてもな」
「逆効果?」
——……。思考に集中し過ぎたな。「なんでもない。あったとして、おまえたちが気にするようなものでもない」視線を切って、大広間の出入口へ向かう。
「なにを企んでるんだ、マルフォイ?」
「悪巧みは俺たちの十八番でおまえの出る幕じゃないぜ?」
「悪巧み前提で話しかけてくるな、人聞きが悪いにも程がある」
言いながらも入口前に仕掛けられたクソ爆弾トラップを杖を振って解除。フレッドだかジョージだかどちらかは知らないが舌打ちが飛んできた。わかりやすいったらありゃしない、
ドカン!
……背後の爆笑。してやられた。
パーマをかけたが如く縮んで、ピンク色に染まった元プラチナブロンドを指でつまむ。指先でこすって取れないことを確認し、私は大きく溜息をついた。愉快な色だが、己にかかったとなるとな。二段構えを想定していなかったのは私の油断だ。
次の授業は呪文学だったか。早めに教室に着いたらついでに直してもらえやしないだろうか。
➤
シャワーで落ちるし、なによりその色も似合うよ、とウィンクされて諦めて一日過ごした記憶は早めに葬り去るとして。
「上がれ」
飛行訓練である。
二度目でパシッと上がった箒に私は少し首を傾げた。家の箒はもっと反応がよかったが、もしかしたら箒の性能の問題だろうか。過保護な我が父上が、息子の自己肯定感を養うため、なにか魔法をかけていた可能性がないとも言わない。
まァクィディッチにそこまで熱を燃す気はない。箒は利便な移動手段のひとつだが、しかしもともと
「お上手だな、マルフォイ」
「おまえたちこそ」
あまり身の入っていない相槌に気勢でも削がれたか、ウィーズリーの双子の片方(どっちかわからん)は肩をすくめた。ハハ。その顔は少し愉快だ。道化の才能がある。口には出さずに小首を傾げた。
それにしても、私は確かに二回目で成功させたが、しかし双子どちらも一回で成功させていた。さすがにチャールズ・ウィーズリーの弟なだけあるのか——チャールズ・ウィーズリーの名前はスリザリンでも知れ渡っている。主に畏怖と敵意を持って。クィディッチ杯奪取の名人ともなればそうだろう。今年からはN.E.W.T.に専念するためクィディッチは並行できない、とのことなので、スリザリンチームは士気が上がっている。今のうちにクィディッチの栄冠も取り戻しておきたいところなわけだ。
私は——クィディッチも箒も、弟の方が元々得意だ。クィディッチの選手にならずとも、父母はそれを咎めることはないだろう。マグルでいうなら自転車だ。乗れるならばその方が良いが、乗れなかったとしても代替は存在する。小回りの利く移動手段という点で必要とするのは、魔法界の治安維持組織や魔法生物関連の職業ぐらいだが、私の進路としてはいずれも考えていない。
飛行訓練は特に何事もなく幕を閉じた。マグル生まれが一回天文台の方へ吹っ飛びかけたが、まァそんなことは箒に乗りはじめの子どもには誰だってあることだ。私は一昨年に家の周囲の梢を軒並み薙ぎ倒して母上に叱られた。ドラコも現場にいたが、当時七歳ながら既に箒の才能を発揮していたので、私の振り回されっぷりにドン引きした顔をしていた。さすがに少し傷ついた。私が兄である。死ぬ気で克服したので今回無様を晒すことはなかった。
「ところで——」
「おいマルフォイ速度を緩めろ——」
「箒は安全運転のくせに地上では速足だな」
なんだかやかましいな。
「なにか」
「この間の魔法薬学」
「一昨日のやつだ」
「君はきっと覚えているだろう」
箒を片付けに行く最中に追いついてきた双子——今度は両方——が、代わる代わるに言葉を続ける。
「アリシアが一点貰ったな」
「君は五点貰っていたけれど」
「少なくともグリフィンドールにも加点された」
「初めてのことだ」
「上級生たちも驚いていたよ」
「スネイプ先生がグリフィンドールを評価するなんて!」
授業中、スネイプ教授の問いかけに正しく回答し、アリシア・スピネットは一点を貰った。魔法薬学がグリフィンドールとスリザリンの合同で行われるのは相変わらずのことで、もちろん、私も目撃した。
「……それが?」
「「君か?」」
問いかけはユニゾンだった。他の生徒に聞かれないよう、声をひそめる思慮は持ち合わせているようだ。
私は双子を一瞥だけした。すぐに眼差しを、数十ヤード先の箒置き場に戻す。私とて真正面を見ずに歩くとなにかに躓く可能性は無きにしもあらずだ。まァ魔法族の場合は上手くやれば石の方から勝手に避けていくが。
たとえばマクゴナガル教授は、あの性格だ、おそらくスネイプ教授の贔屓に一度でも苦言を呈しただろう。しかし改善は行われていない。少なくとも今年の初回授業はあの通りだ——真正面からの論はきっと意味がなかった。ダンブルドア教授は、ここ少しばかりの月日で観察した限りでは、良くも悪くも校内自治についてあまり口を挟まず、自主性を重んじる。自主性の対象には生徒だけでなく教師を含む。あの御仁はどうにも己の発言力の強さゆえに、極限まで言葉を控える素振りが見受けられる。私の印象だが。
どちらにせよ、私にとって不都合な理由は間違いなく存在した。目立つことは決して有利と等号ではない。高く伸び過ぎた木はより強く風を受ける。ぬくぬくと平均で埋もれていたいとは言わない、程度と相応不相応の問題だ。その点の憂いを述べて、ゆえに私に真に配慮するのであれば、どうかグリフィンドールにも同じようにと——そしてスネイプ教授はあれでいてちゃんと優しいのだ。私やドラコには優しかった。泣いた子どもに右往左往とまでは言わないが途方に暮れるような方である。可能性を鑑みて取りやめてくれる程度の配慮は、損なわれてなかった。素でやっていたのかという思いはなくもないが。寮監もうちょっと視野を、せめて他寮が視界に入る程度に広げてくださると。スリザリン生としてもとてもありがたいのですが。
うちの寮監の視野については置いておこう。同僚たる教授陣の苦言が無意味だとして。ダンブルドア校長がそこに口を挟まないとして。スネイプ教授に物申して更に彼の言動を一部変えられる、少なくともその能力を持つ生徒は、確かに限られる。万一寮監に睨まれても飄々としていられる立場。言葉を選ばず言えば、親の権威を笠に着られる立場で、着慣れている立場で、親の権威が実際に校内にも利く立場だ。そしてスネイプ教授の態度は今年までは改善されなかった。今年にイレギュラー要素が発生したことは想定されて然る。
……ふうん。それにしても。
聖28一族に選ばれておきながら、血を裏切る者へと転落した。ウィーズリー。マグル贔屓のアーサー、プルウェットの生き残りのモリー、その間に生まれた四男と五男。私と同じく今年入学の新入生にして、既に校内で名を馳せる問題児。
しかしなるほど、彼ら、頭は悪くないのか。
ウィリアム・ウィーズリーが首席を取り、チャールズ・ウィーズリーがプロチームにスカウトされる才能を発揮し、一学年上のパーシー・ウィーズリーも昨年の時点でかなり優秀な成績を残している、と噂に聞いている。
「……不必要な詮索は嫌われる、ウィーズリー。私の父上がおまえたちの父親を嫌う理由がそれだ」
「君の親父はどう考えても
おや怒った。親との仲も良好、となれば教育に親が寄与した可能性がきわめて高いな。そうなると、アーサー・ウィーズリーとモリー・ウィーズリーの評価もどこかで検める必要がある、かもしれない。
「たとえそうであったとして、ウィーズリー、おまえたちがわざわざつつくことではない。マグル製品不正使用取締局の局長が、所属局の領分を越えるべきではないように。これで答えになったかな?」
「……君がやっぱりスリザリンで、スリザリンにしてはいいやつ、ってわけではないこともわかったよ」
辟易と、険のある声に私は鼻で笑った。グリフィンドールに利がある行動をとったとして、それを善悪に結びつけるあたりは短絡的だ。寮は重要だがあくまでも寮でしかなく、学生生活の七年間を縛る制約のひとつで、そうでしかない。もちろんその制約は使いようによって利も害も齎すが、しかし人生は長い。七年は割合として短い。
「実際、おまえたちに都合が良いようになったとして、それは前提として私の都合のおまけだ。余計な期待はほしくもない。恩を感じる程度なら好きにしてくれて構わないがな」
「じゃ、気づかなかったことにする」
「それも正しいだろう」
聞きたいことは聞けたのか、箒置き場に箒を放り込むと、彼らは離れていった。私も箒を立てかけてその場をあとにした。マダム・フーチが最後に鍵をかける。
➤
スリザリン対グリフィンドールをスリザリンが華々しく制した話をしてやると、ドラコは手を叩いて喜んだ。薄々思っていたけれど私の弟ってけっこう性格悪いな。
まァ繊細も過ぎると世間に叩きのめされる。どちらであろうとも私の可愛い弟には変わりないが、性格悪いぐらいが世渡りには楽だろう。スリザリンに来るのが楽しみでもある。意外とグリフィンドールに入ったりしても面白いかもな……。
「レグルス、ところで」
父上は私が健康体であることを喜び、私の近状報告(ほとんどはフクロウ便で既に述べていたことだったけれど、私の口から聞きたがった)に一頻り相槌を打ったのち、やわらかに微笑んだ。ひらりと封筒が掲げられる。……?
「入学初日の手紙」
——あっ。
忘れてた。
「弁解を」
「ふむ? 弁解が必要な事項をおまえは書いたのか」
右往左往する私に、父上は明らかに揶揄う目で、とはいえ手は全く緩めてくださらないので「は、母上、父上と兄上が喧嘩を」「じゃれ合っていて可愛らしいこと」「じゃれ合……?」母上とドラコが横でやりとりしていた。見てないで助けて母上。母上ってば。
最終的にドラコの背後に回って盾にすると「兄上!?」悲鳴のようなドラコの声に、父母はクスクスとした笑い声を隠しきれていなかった。久しぶりに帰ってきた息子で遊ばないでいただいてもよろしいか。頭の上に止まったミミズクは澄ました顔をしていた。面倒事が諸々終わるタイミングを見計らうな。
➤
クリスマス休暇、久しぶりの我が家では、おおむね充実した日々を過ごせた——揶揄いを除き。クリスマスパーティでは、久々に顔を合わせたグリーングラス嬢を得意げにエスコートするドラコ、などというちょっとした可愛らしい光景も見られた。
「あ」
……ドビーに、家で使用している茶葉について聞き忘れたな。キングス・クロスからホグワーツ特急に乗車して、半時間後にそんなことを思い出した。人それを手遅れと呼ぶ。
まァいいかしばらくは、就寝前の一杯は白湯で。味を変える魔法を身につける方が早いかもしれないな。紅茶を淹れるのは諦めた。魔法薬学と大差ないだろと思っていたのに魔法薬学の方がずいぶん簡単だ。
➤
バサバサバサと音がする。クソ爆弾が顔面に炸裂したのか、咳き込む——咳き込む声の高さを踏まえるとおそらく男。眼前で取り落とされた教材は見事に廊下に散らばって広がった。
私は足を止めた。昼食後の空き時間に課題を処理するか、趣味にでもあてるか、思考していたところだった。
「s——s——ゲホッ、オエッ」
……悪戯を仕掛ける輩が悪いのは大前提として、クソ爆弾の破裂先がまずかったといえる。呪文を唱えようとしてえずく様相は見ていて哀れだった。
「【
杖先を向けて唱えればクソ爆弾の痕跡は消滅した。教材に杖を向けて集め「どうぞ」と差し出す。
「あ、あ——あ——ありがとうございます——ええと——……マ、マ、マルフォイくん?」
言いながら目を丸くされた。名前を呼び当てられる程度はいつものことだとして(マルフォイの家名の知名度をつくづく実感する)何故目を丸くされる。
「ええ……いえ、災難でしたね。クィレル教授」
「……わ——私を、ご、ご存知でしたか」
ご存知と来たよ。
校外ならともかく、校内でしかも教授にそこまで畏まられても。私が強要しているようで気分はあまり良くない。
「マグル学を担当されていらっしゃるでしょう。私は一年生なので、受講したことはありませんが……」
受講したことはないが、先輩方から噂は回ってくる。選択科目という未知に興味を示す低学年は少なくない。うちひとりが私だ。
「しかし私が一年生というのも今年限りのことですからね。つまり、再来年はどうぞよろしくお願いいたします」
「マ、マ、マグル学を、と、と、取るのですか?」
「十二科目取るつもりですから」
しかし噂通り吃音がひどいな。これでは呪文を唱えるにも障害となるだろう。先天性なら学習は至難であったろうし、後天性なら生来の癖を矯正するのに苦労したはずだ。それでいて教授職に就いている——就けるように、どれだけの尽力をしたのか。あるいはもっと上にいけたところを、ホグワーツ教授
「それでは失礼致します」
頭を下げて後にする。選択科目の話で思い出したが魔法史の予習をしておかねば。ビンズ教授の授業は全く身が入らないので、代わりにどこかの時間を割いて学ぶ必要がある。自習時間としては都合がいいがそれにしたってつくづく本末転倒だ。あのゴースト、クビにできないのだろうか。
「……と、そうだ」
呪文を唱えると、お粗末な目くらまし呪文の痕跡がドキツイショッキングピンクに染まる。廊下は魔法使用禁止——助けた誼で黙っていていただけると信じていますよ、クィレル教授。そうでなければ助けた意味がない。
都合のいい実験対象、ちょうどいい名目。
「それ、シャワーを浴びれば落ちますよ、先輩方」
微笑んで踵を返す。飛んできた呪いは【
実際私が使ったのはごく無害な魔法だ。どこぞのウィーズリーに当てられた悪戯を少し弄ったもの。授業の邪魔しかしない厄介者共と思っていたが、どうしてなかなか役に立つ。やはり頭は良いのだろう。是非ともその才能、大人しく魔法界のために用いていただきたいものである。
使える下々は好きだ。私の手間が省けるから。
➤
禁じられた森の傍ら——ギリギリ森の中ではない、ギリギリ——で焚火を燃している。風向きも考えて、なにかあれば消火できる位置と規模である。ゆらめく炎の隙間から、アッシュワインダーの幼体がちろちろと舌先を見せる。肉の切れ端を差し出してみた。生肉は顔をしかめたので(全く、魔法生物の分際でずいぶんグルメなことだ)軽く炙ってやった。今度はかぶりついたが若干不満げだ。
半ばで飽きたらしく肉は中途に残っている。勿体ないな。思案して、肩の脇に止まるミミズクに差し出すと、無言で見つめ返された。他へとやった食べかけはほしくもないということだ。はいはい。気位の高い方である。
「焦がすと喜ぶよ。火の中に棲んでるせいかな」
眼差しだけで見上げると、ハッフルパフのカラーリングの制服が、私を見下ろしていた。「やってみよう。アドバイスありがとう、ディゴリー」今度は黒くなるまで焼く。アッシュワインダーに差し出すと、噛み付いて、早々にすべてを飲み込んだ。なるほど段違いの食いつきだ。
「マルフォイって僕の名前知ってたんだ」
「おまえも私の名前を知っている」
「そりゃあ君は有名人だからね」
まァこの家名はあまりに有名だろう。
「でも僕はそこまでじゃないだろう?」
そうかな。
ハッフルパフらしく謙虚でハンサムな優等生は、私としてもよく聞く名前だった。しかし、灯台下暗し、己の瞼は己には見えぬ。本人にとってはそうでもないのかもしれない。
「とはいえ、同学年なら全員わかる」
「すごいね。どうやって?」
……どう……?
意図が掴めずもう一度見上げる。セドリック・ディゴリー、ハッフルパフの才児は、不思議そうな顔で私を見返していた。
「……入学式では皆名前を呼ばれるだろう」
呼ばれた生徒は前に出て、組分け帽子を被る。帽子を被っている最中は顔は見えにくいが、被る前と後にはわかる。組分けで寮の名前を呼ばれて、その後はローブの色も変わる。
「おまえは二十五番目に呼ばれて、ハッフルパフの六人目になった」
ディゴリーは数秒沈黙していた。何故かは不明だ。私もあまり興味がない。
「……。ここ、空いてるね。座ってもいい?」
「お好きにどうぞ」
そもそも学校の敷地内であって、私の私有地ではなく、私が好き勝手できるならばディゴリーも同様であろう。「ありがとう」とはいえディゴリーは律儀に礼を述べ、私の隣に腰を下ろした。ミミズクがジッとディゴリーを見つめた。ミミズクと目が合ったディゴリーは、ぱちぱちとまばたきをして、フクロウフーズを差し出した。嘴が食らいつく。一頻り食べたあと、ディゴリーの指先になつく仕草を見せた。置いていってやろうかこの尻軽ミミズク。
嘆息して、焚き火に眼差しを戻す。アッシュワインダーはちらちらと赤く舌を揺らす。もっと寄越せと。食い意地が張っていることだ、先程は残したくせに。
杖を振って肉を取り、丁寧に焦がしていく。食材を無駄にしている気分だがこれがいいというのだから、他種の生態は不思議なものである。
「いつもここにいるのかい?」
「気が向くとそうなる。太陽の光を浴びたいときだとか」
「スリザリン寮は地下だったっけか、そういえば。確かに太陽が恋しくなりそうだ」
物知りなことだ。一応、各寮の位置はいずれも機密に値するのだが、誰が口を滑らせたのかな。同級生の顔を思い浮かべて算段する。ディゴリーの日頃の人畜無害そうな振る舞いを踏まえると、上級生も有り得るかな。
ハッフルパフの日頃の評判、そしてこの柔和な物腰の少年に油断するのはわからないでもない。彼は同学年でも優秀だが、しかし現状、際立った優秀さではない。ディゴリーは旧家ではあるが、純血貴族とまでは言えない。あまりに隙のない振る舞いに、とはいえ一癖はありそうだ、と思う脳がなければの話である。
忘却呪文は、さすがに私とてまだ使えない。あれは繊細な作業を内包する。寮の位置も、七年過ごすうちに自ずとわかるだろうことを踏まえれば、使う意味もない。
「アッシュワインダーは飼ってるのかい?」
「火を焚いたらたまに湧いてくる」
今日は気まぐれに、なにを食べるのかなと思って肉を持ってきた。普段はマシュマロを自分で食べている。今日も持ってきていたマシュマロを炙っていると、ディゴリーの方から視線が注いだ。……。さて。
「マシュマロはこの袋に大量に入っている。好きに使え」
「えっ! ……あ、いや! いいよ。君のものだろう」
「
「それはそれでいいの」
「よくなければくれやしないだろう。私はホグワーツにおいて主人でもない」
まァ生徒全体を主人と定めている可能性はなくもないが。坊ちゃんと呼ばれたのでその線も薄いはずだ。
ディゴリーはしばらく躊躇っていたが、意を決したように首肯すると、マシュマロを浮遊させて炙り始めた。そうそう。これでおまえも共犯だ。
「お! 美味そうなにおい〜」
「いいなァ優等生クンたち」
「うわッびっくりした……」
「好きに焼け」
ウィーズリーどもにもマシュマロの袋を示すと「なんだ驚いてないな。つまらない」「もうちょっとリアクションの練習をしてくれ」理不尽な不平を並べられた。
たまに仕掛けられる悪戯に辟易して、双方にちょっとした
「……三寮揃ってなにしてるんだ……?」
「ロジャー、それが実は君も入ると四寮になる。……いいかいマルフォイ?」
「お好きに」
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スリザリン寮はつつがなく五年連続の優勝を飾った。万雷の拍手であるべき場でちらほらと露骨な拍手欠席、剣呑な目つきも見える。プディングを引き寄せながら思案する。果たして来年度はどうしたものかな。
自寮が居心地悪くあってほしくはない。ドラコが入寮するまでにどれだけ改善できるだろう。どれだけ……現状のままだろう。優勝の喜びにも浸りづらく、手持ち無沙汰にプディングをつついていると、肩元にミミズクが留まった。糖蜜パイを差し出すと嘴が食らいつく。
「……どう思いますか、レギュラス」
『はて、どう思う、とは』
ミミズクはわらう。私の頬にその頬を寄せて囁く。本名で呼ばない限り、まるで本物のミミズクの如き振る舞いを徹底する。おかげで私はペットに己の名をつける酔狂として認識されている。間違っていないのがややこしい。機序は逆だが。
『恩恵は恩恵として与っておくのも一興じゃあないかな』
「恩恵だけならそうしましたがね。……甥っ子がこんなにも困っているというのに助言のひとつもくれやしない。あなたは薄情だ」
『甥ではなく従甥』
「……」
『それに従甥のご要望に応えて数百マイルを行き来して手紙を届けている。我儘な従甥はこれ以上を望むつもりかな?』
「これからはホグワーツの梟に頼むべきですかね」
『絶対にやめておきなさい。誰が見るともわからない』
この平和な時代で、十二の子どもが家族へ充てる微笑ましい手紙に対してすら、検閲を警戒するのが我が従叔父上だ。さすがに一度死にかけただけあるのだろう。これは皮肉。