「ホグワーツの代表選手は、レグルス・マルフォイ」
「——……」
どん、と背中を叩かれた。「ほーら、君は立候補さえすれば選ばれるって言ったろ! 気が変わったなら言ってくれたらよかったのに!」本当にうれしそうなレストレンジが私をのぞき込む。
「呼ばれたぞ、やっぱり君だ! 早く行くんだ」
なにを言うか迷って——けっきょく、口を閉じる。「兄上、ご友人の言う通りだ」ドラコも笑顔だ。
大広間の端を早足で抜ける——見渡す。ディゴリーが苦笑気味だ。私の眼差しに気付いてひらっと手を振った。ウィーズリーどもは老け薬による挑戦に敗北した名残で、未だ髭を生やしたままだった。ムッとした顔ではあるが一応拍手している。デイビースは純粋に賞賛の拍手だった。彼の誕生日はぎりぎりハロウィンには間に合わなかった。
教職員テーブルの前を横切る。ダンブルドア校長は私を見つめていた。ライトブルーの瞳がじっと私を見ていた。手には羊皮紙をつかんでいる。今しがた炎のゴブレットから吐き出されたものだ。私の名前が記されているのだろう。
既に選ばれた代表、デラクールとクラムは、部屋で待機していた。デラクールはつんとした様子で短く目礼した。クラムは少し首をかしげた。
「ワールドカップの、会場で——」
出し抜けの言葉である。
「ワールドカップ?」
「——ヴぉくの一つ上の先輩が言っていた。ヴぉくぐらいの年頃の男子集団が避難所までの案内をしてくれたと。そのときロシア語を話していたのが、ブロンドの長髪、薄青の瞳の男で……君か?」
その〝先輩〟とやらが誰かは知らないが、出来事自体はきわめて覚えがある。身内の不祥事など私は早めに忘れ去りたいというのに、どうして行く先々で掘り返されるんだ。
「……案内したのは、私ではなく、セドリック・ディゴリーという男だ。ハッフルパフ寮六年の監督生。私はあのとき通訳に徹していただけでしかない。私に向けられる礼としては不適だろうよ」
「そうだとしても——」クラムは頑なであった。
「彼女はヴぉくほど英語が得意ではなく、非常に困っていたと思う。だから君と言葉が通じたのはありがたかった」
「……。礼は受け取る。しかし緊急事態の対応にそこまで気負う必要はない」
元凶の息子なので尚更。
クラムはなにやら続けようとしていたが、扉が開いたので私たちのやり取りは中断された。入室した人間に——思わず眉をひそめる。普段よりずいぶんと蒼褪めているが、ポッターの顔立ちはもはや見間違えようもない。
にこやかに入室したバグマンが「ご紹介しよう」とポッターの肩に手を置いた。
「信じがたいことだが、三校対抗試合の代表選手だ——四人目の」
なるほど?
➤
「つまり……」
いい加減、喧々囂々としてきたやり取りに口を挟む。
「代表選手として選ばれた人間は試合で競う義務があり、選び直しはできず、しかしホグワーツから二名選手が輩出されることは明らかな異常であり加えて公平性としても不適切、ということですね」
現状会話中に出た情報を整理すると「その通りだが——」カルカロフが苛立たしげに私を睨んだ。
「ではそうですね。第一試合を終えたらば事実上
「ポッターを?」
「ポッターでも私でも」
ゆっくりと床をつま先で叩きながら、私はあくまでも、穏やかに言った。口元に笑みを佩いておく。
バグマンが当惑した顔で私を見る。聞き間違いかとばかりの仕草だ。
「君を?」
「なにか? どちらもホグワーツ在籍、なればどちらを落としたところであまり大差もないでしょう」
「それは——ハリーもそうだが、君とて立候補したのだろう?」
「僕は立候補していません」
ポッターの言葉は無視された。
「それとももしや、君もまた十七歳未満だとでも?」
「マルフォイの上の子息が九月に成人を迎えたことは、かのルシウス・マルフォイが魔法省でも吹聴していた話だ」
クラウチ氏がきびきびと言った。
「加えて、今回の試合に〝落とす〟という概念は存在しない。八百長が認められないことは前提として——」
「既に八百長でしょーうに」
マダム・マクシームが皮肉る。
「——各試合の合計得点が相互に影響することはあれど、脱落者を出しゆく仕組みではない」
クラウチは、こちらも横槍をまるで無視して言い切った。再度情報を整理する。となれば試合期間中、棄権という手段は本質的には取れないということでよいだろう。
「レグルス」
ダンブルドア校長の口調はあくまでも穏やかなものだ。羊皮紙の切れ端を持ち出して、私の手中に収める。【Regulus Malfoy】と記された名前、その綴りはもちろんのこと、字体も確かに私のものであった。
「君の魔法史のレポートは素晴らしいものであった。そのように自らの実力を奮ってくれることを期待している。たとえ——今回のような事態であっても」
私はダンブルドア校長の瞳をじっと見つめた。ライトブルーがきらきらと輝いている。
「……左様で」
「二人とも、寮に帰って寝るがよい」
ついで追い出された。既に喧騒はなく、大広間は沈黙を保っていた。
「ポッター、ひとつ忠告だが——」
早足に歩き去ろうとするポッターに向けて、私は言った。
ポッターが足を止めた。グリフィンドール寮へと続く階段の前である。私も私で、既にスリザリン寮へ続く地下階段に足をかけていた。
「——警戒を怠らぬべきだ。どこぞの狂人の言葉に同意するのは忌々しいが、あれほど高度な魔道具に錯乱の呪文をかけられる人間はそうはいない。少なくとも私はまだ無理だな」
ポッターが振り返る。先程のバグマンよりもわかりやすいほど、彼は困惑をたたえていた。
「レグルス、君は……信じるんだ? 僕が立候補してないってこと」
「私が選ばれていなかったら、信じなかったよ」
スリザリン寮は熱狂に包まれていた。ポッターを罵倒する野次は多く、筆頭であろうドラコが「兄上——」と寄ってきたので、ちょうどよくそのまま回収、一回寮の外に出た。
「代表選出の記念だ、兄弟水入らずの会話時間をいただけるかな?」
閉ざされた扉の前で検知呪文を唱える。
私たちのほかに人気はなし、と。
「なにか? ……まさかポッターは今度こそ退学になったり?」
弟の期待にお答えできなくて申し訳ないが。
「おまえも十二分に警戒しなさい。絶対に一人で出歩かないよう——中世から伝わる高等な魔道具に、錯乱呪文をかけられる程度の術者、あるいは類似の術が使える者が背後にいる」
ドラコの顔つきは途端にいぶかしむものに変わった。
私は羊皮紙とペンを召喚して、自動筆記を走らせる。今日の出来事および懸念点について。宛先はひとまず父上に。
「まさか、ポッターが雇ったとでも? あいつは典型的なグリフィンドールらしい意地汚い変人だが……そういう
「ポッターは立候補していない。おそらく誰かに嵌められた」
私はドラコの言葉を半ばで遮った。
「なんでまた」
ドラコのこれは、何故そのようなことに、ではなく、何故そこまでポッターに肩入れする? という疑念である。
「
ドラコが数瞬沈黙した。純粋な困惑のようであった。何を言い出しているのか、と言わんばかりである。
「——兄上、さすがに」
「本当に入れていない」
私は淡々と繰り返した。
「このような嘘をつく理由があるか?」
「……選ばれなかったときのための保険、とか、」
「私が?」
「……」
「百歩譲ってそうだったとして、今も嘘をつき続ける意味はないな」
魔法史担当ビンズ教授にセキュリティ意識など皆無なので、魔法史教授の部屋はきわめて漁りやすい。私はかつて彼のデスクを漁って【トム・リドル】の情報を確認した。試験内容だけはどこに収納されているのかわからなかったが、そもそもビンズ教授が
同様のことが私でなくともできる。
ダンブルドア校長に渡された私の署名。羊皮紙の切れ端。まるでなにかから破いたような。たとえば——レポートの端から破いたらば、あのようになるだろうか。
「言っただろう。立候補する気はないと——気持ちは変わらなかった。私はゴブレットの線を踏み越えてすらいない……しかし選ばれた。誰かが入れたんだ。時同じくしてポッターが嵌められた。最悪は——闇の帝王関連だろう」
封筒に入れて守りを何重にもかける。梟小屋に向かおうとして足を止めた。梟通信は傍受の危険があると再三言い聞かされてきた。かのミミズクは今ここにはいない。トーナメントのことに加え、なにか作業があったらしく、ホグワーツ特急への乗車に彼は初めて同伴しなかった。
「……スネイプ教授の暖炉をお借りしてくる。おまえは寮に戻りなさい」
「兄上それは——あ、兄上が大丈夫じゃないだろ……」
「私も当然間違いなくなにも大丈夫ではないが」
先ほどまでの喜色はどこへやら、ドラコは私のローブを掴んだ。弟の縋る言葉を(安心させるためなら否定を返すべきだろうが……)肯定する。口先の肯定をして痛い目を見るのは絶対にごめんだ。当然間違いなくなにも大丈夫ではない。
そもそも陰謀云々がなくたって——安全措置が敷かれたとはいえ、命を懸ける競技に出ることからしてなにも大丈夫ではない。保身のマルフォイを甘く見るなよ。貴族とはコロシアムを優雅に観戦する側であって、間違っても出場者側に回る存在ではない。
「とはいえ意図がまるで読めない。ポッターは可能性が数多に思いつくのでもはや考慮自体が無意味としても——私を危険に晒すことが目的か、あるいは、おまえから引き剥がすことが目的か」
「僕!?」
「トム・リドルの日記の件」
スリザリンの継承者の事件において、特別功労賞は、ハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーと——ドラコ・マルフォイに贈られた。闇の帝王の魔道具を破壊した一員として名を連ねている。
「おまえ、帝王からもしっかり恨みを買える立場だよ」
私の、かなり強い釘刺しに、ドラコが唾をのんだ。視線が彷徨って、それから再度私を見る。
「……でも兄上、スネイプ先生のところに行くにしても、一人は——ひとりは、危険だ。前に兄上が襲われたときもあなたは別行動をしていた」
「……」
「僕に一人で出歩かないようにと言うけれど、それはあなたもそうだろう」
私の正直な感想を述べると——足手まといはいない方が楽なのだが。
……まァ、この現状でドラコから目を離すのは私も不安だ。
「スネイプ教授。レグルス・マルフォイとドラコ・マルフォイです。今お時間よろしいでしょうか——」
言い切る前に扉が開いた。鼻先をかすめた扉に冷や汗が背中を伝う。この勢い、もう少しでも踏み込んでいたら鼻が折れていた。
「——ああ、うん、ごめん、失礼」
レギュラスが咳払いをした。驚くほどの慌てぶりである。なにがあったのやら。
というか、そもそもあなたは部屋主ではないはずなのだが何故扉を開けた?
「入ってどうぞ」
あなたは部屋主ですらないはずなのだが何故入室許可を……?
不可解ながらも部屋に踏み込む。今までずっとドラコにローブを掴まれていたのでさすがに外させた。一瞬目を離した隙に襲われるとでも思っているのか、この子は。部屋の中だぞ、さすがに。
「城にいらっしゃっていたのですか」
「十分前にね」
来たばかりでは?
室内を見渡す。部屋主たるスネイプ教授と、レギュラスと……ダンブルドア校長はまァ、いいとして……クィレル教授、このあたりからわからなくなってきたな……ペティグリューとシリウス・ブラックもいる。この三名は本当になんだ。いていいのか。後者二名は警備要員とは聞いていたが、彼らも彼らでいたのか既に。いつからいたのか。今年度は城内で見た覚えがない。ペティグリューはネズミになれるから見逃した可能性もあるとして、シリウス・ブラックは本当にわからない。それとも、彼も実は
「用件は?」
スネイプ教授が私たちに歩み寄った。部屋主ようやくである。
「今回の件について父上へ御手紙を送りたく、つきましては教授の暖炉をお借りしようと……考えていたのですが……」
封筒を掲げつつ、再度レギュラスに眼差しを戻す。
「……不要な気がしてきました」
レギュラス経由ですべて伝わるだろう。なんなら既に伝わっている可能性すらある。書いたものが無駄になるのもなんなので、レギュラスに封筒を差し出す。「一応お渡ししますね、では」「待とうか」止められた。
「送っていくから」
「……この顔触れでいらっしゃいますし、密談でも行われるのですよね? まだトーナメントはほとんど始まってもいません。今、あえて私を襲撃する意味はないものかと」
代表選手にわざわざ私を突っ込んできた以上、あちらは最低限、そのポストの私になにかをさせたいと見るのが有力である。ボーバトンやダームストラングが代表選手を闇討ちするにしても早すぎる。私が第一試合でろくなスコアを出せない可能性もあるのだから。ドラコを襲うにしても、それはそれで、私がいない隙を狙うだろう。でなければ引き剥がした意味がない。
「万一襲われたとて……この位置から寮まで然程離れておりませんし、ドラコを逃がすぐらいの応戦はしますよ」
「本当にやめてほしい」
ドラコが生意気にも苦言を呈してきた。
「送っていくからね」
レギュラスには圧をかけられた。
「心配は得難きものよ。君は成人したとしても、いまだ学生、周囲の言葉には甘えなさい」
ダンブルドア校長はいつもの微笑みをたたえている。明るい青色の瞳が、照明を反射して、奇妙に輝いた。
「ただ、立ち去る前に——ついでなのじゃが」
「はい」
「やはり、君も立候補はしておらんのだな?」
「その通りです。……校長、よくあれほど早くお気づきになられましたね」
私は既に成人しており、自慢になるが、箒と忍耐力を除いた全体的な能力がかなり高い。ゴブレットに名前を入れられる資格があり、実際に入れたとして、選ばれる可能性は十二分にあった。開心術を使われたのも確信後だ。
それに私自身も——ポッターとは異なり、立候補はしていない、という点については全く弁明しなかった。不用意に発言できなかったからだ。
犯人が何を企んでいるかもわからない点はもちろんのこと——各校からの代表を選出して戦う試合で、まさかホグワーツから選出された二人とも不正によるものだとすれば——よりによって今回の開催地はイギリスだ。クィディッチ・ワールドカップの醜態もある。ここまで立て続けとくると、ホグワーツどころか、イギリス魔法界の権威までもがまとめて失墜する。
「ふむ」
自らの左手で髭を撫でて「確信を持ったのはハリーの名前が出たときじゃったが」ダンブルドア校長はつぶやいた。
「君本人の筆跡ではあった。けれど——君は、自ら立候補するならば、きちんとした紙を用意してそこに改めて署名するであろう。間違っても、レポートを裂いたような切れ端ではなく」
……この調子で全校生徒の性格を把握していそうなところが、ダンブルドア校長の怖いところである。
ほとんどただの無駄な往復になってしまった。消灯も近く、廊下の明かりはぼんやりと揺れているが、他に人気はない。
「あまり無闇に出歩かないように。ドラコもね。窮屈な思いをさせるけど」
「僕は……わかりました」
「窮屈」
窮屈とは。無闇に出歩かない程度で。
「……まァ、君はそうだね」
レギュラスは生ぬるい目でつぶやいた。私の書誌狂いはとうに知られている。
「とにかく、どうしても誰もいない、というときは僕がつくから。
「あれはN.E.W.T.レベルじゃ……?」
ドラコが小さく呻いた。ドラコは未だ四年次で、O.W.L.もまだである。
私も首を傾げた。
「私も呼べませんが」
レギュラスの歩みが止まった。まじまじと見られているが、べつに変なことを言った覚えはない。私とてまだ六年生である。それこそ今年に習うべき年次だ。
「伝言は
「……練習しようか……」
レギュラスが遠くを見つめた。
➤
「守護霊呪文は、闇の魔法使いや、あとはスリザリン出身者には使えないと聞いたことがありますけど。兄上に使える可能性、ないのでは?」
「おまえもスリザリンだろうが……まさか私が闇の魔法使いだとでも?」
「だって兄上、道を踏み外すのに興味がないだけで精神性はわりと——じ、自覚あるだろ!?」
「……闇の魔法使いが使った結果存在ごと喰われた文献はあるけど、そこまでいくと単なる迷信だね。帝王の配下たちは——基本使う必要がないから、完全な
「使う必要がないことはないのでは……?」
「先程君が言ったように、伝言は他の手段がいろいろとある。それに
➤
マルフォイ兄弟と、彼らを送り届けるためにレギュラスが扉の向こうに姿を消す。
「それで……実際、本当に実行犯に目星はつかないのか?」
さっそくシリウスが切り出した。先程レギュラスが扉に飛びついたために中断されていた
「手ぐすねを引いているのは
「確定ではなかろう」
スネイプの反論。
「ほぼ確定だ。ハリーの
ハリー・ポッターの古傷が痛み、夢を垣間見たのは、クィディッチ・ワールドカップよりも前のことである。ワールドカップ後の騒動の際にシリウスは現場に駆けつけ、そのとき、ハリーと話す機会があった。夢の内容を具体的に聞き取ったのもこのタイミングだ。
ヴォルデモートと思しきいきものと、配下が話していたらしい。ハリーは配下の方の声に聞き覚えはなかったが、その声の高さから
「長年という言い分は、怪しいけどね。私が思うに」
ピーターが溜息混じりに述べた。
「私が知る限り、ハリーになにか良からぬことをしようとした人間なんて、それこそそこのクィレルと、あとは日記帳くらいだった」
日記帳を人間としてカウントするかは疑問が残る。
「そもそもその忠実な配下とかいう
「ネズミのついでのようで癪だが……何度も言うように、目星などつけられるわけがなかろう。ポリジュース薬でも使われれば無意味だ」
ポリジュース薬は二年生であろうとも作れることは、今話題の当事者たる少年およびその友人たちが証明している。
「実現可能性という点では、誰でもあり得るじゃろう。生徒に化けていたとしても、教授であったとしても、どちらにせよ嫌な想定になるが。ゴブレットは衆人環視の状況にあったが、しかし、四六時中見張っているわけではなかった」
ダンブルドアが重々しく述べた。
「や——や——やはり、つべこべ言わず、さ、最低限教授は全員、わ、私たちのように、や、破れぬ誓いを結ばせるべきでは?」
「前科持ちと執行猶予どもと、現状本当にただの疑惑でしかない人間を同列に扱えるものか。就職ついでに破れば死ぬ誓いを結ばせる学校など、防衛術科目以外の教授も軒並み辞職するわ」
クィレルの提案はスネイプが一蹴した。当人が前科持ちゆえにこその発言だった。「信頼とは本来、契約の形をとるべきではないのだよ」ダンブルドアは哀しそうに首を横に振る。
「にしても——本当にその
「僕もありませんね」
ちょうど帰還したレギュラスが話に加わった。
「忠実ならばそれこそアズカバンに収容されている。ベラでさえ、まだ脱獄できてはいないのでしょう?」
「我らが従姉様なら、去年は少なくとも元気に罵詈雑言吐いてたぜ」
一年前までアズカバンの囚人であったシリウスが皮肉った。「そこからすぐに脱獄していたとしても、長年にはなりえませんね」レギュラスは雑に流した。
「まァ、あなたがたのお仲間じみた名前で呼ばれていましたし——」
「マローダーズは四人こっきり、女はいなかったよ」
「いたとしても、シリウスが手を出して揉めるのが関の山だったろう」
「なるほどあり得る」
「なわけあるか」
「——たとえば
「い、いくらなんでも森狩りは無茶では? な、な、何エーカーあると……」
「あの森は加えて変動するからのお……」
➤
「勝ったら千ガリオンちょうだい」
「嫌だがふつうに」
このやり取りをしたのは十一月一日——代表選手選出の次の日だった。わざとらしく泣き崩れる双子を尻目に焚火をたく。
おまえたちは世迷い言吐いてないで今のうちに早急にバグマンを詰めろ。無利子なのは加算の三ガリオンだけだからな。今このときにも利息は増え続けている。
「まァレグルスは……レグルスはわかるよ。成人してるし。実力はあるだろうし。立候補する気ならするって言えよと思うけど……言えよマジ」
ぐちぐちとつぶやいているこちらはデイビース。
「本当だよね」
同意するディゴリー。……一見穏やかだが、地味に本気で怒っているのがわかるため、沈黙に留めた。
これで〝立候補していない〟なぞ言い出したらば、いよいよどうなるか知れない。少なくとも絶対零度の目で見られることだけは間違いない。
「けど——ポッターはなくないか?」
デイビースが切り込んだ。
ウィーズリーどもの嘘泣きが止まった。赤毛が二つ、いそいそと起き上がる。
「なんだ。ハリーの悪口か?」
「受けて立つぜ。パースが」
「君らの兄貴たち、パーシーどころかもうみんな学校にいないだろ」
「ここで僕たちが最年長の兄貴ってわけだ」
「最年長者らしいところを見せてやらなくちゃあな」
「ハリーは君たちの弟ではなくない?」
「実質弟」
「四捨五入弟」
グリフィンドールとスリザリンは反目し合っているが——共通点はないでもない。たとえば、身内への加害の気配には敏感なことだとか。一昨々年の冷遇は、一体全体、なんだったのだかな。それともこれぞ年月が生んだ情というやつなのか。
「彼は、立候補していないとは言っていた」
いつものように焼いたマシュマロを飲み込んで、私は口を開く。
「実際、ゴブレット周りの呪文はずいぶんと丁寧なものだったよ。十四歳が突破できるとは思えない」
「ならなんだっていうんだい? 親切な先輩が代わりに入れてくれた、という感じかな?」
ディゴリーが珍しく皮肉るので「
「……馬鹿らしい仮定だな」
すぐに飽きた。
「いたとしても、なんの得がある」
「なんだよマルフォイ、ずいぶんポッターの味方じゃないか。輝かしき代表の座にケチがついたのに」
私が選ばれた時点でケチは元からついている。
と、言えたらば苦労しないので「さてなあ」代わりにのんびりと私は言った。
「一年目は大量減点の最年少シーカー殿と賢者の石、二年目は
口角を上げて間まで作ってやったのに、誰も笑わなかった。
「……ただでさえ、夏季休暇に闇の印を打ち上げた人間は捕まっていない」
仕方なく話を戻す。
「取り越し苦労の可能性があるにしても、警戒するに越したことはない。単なる自己顕示欲ならばそれこそ私が相手をする義理はないだろうよ」
赤毛同士が顔を見合わせて「マルフォイがハリーを気遣ってる」「明日はきっと真夏日だ」茶化した。縊り殺そうかなこいつら。真剣に検討していると——ウィーズリーどもが不意に口をつぐんだ。
「そういうのとつるんでいるから、母上に小言を言われるんだ」
クラッブとゴイルを連れたドラコが焚火の面々を睥睨した。君は本当に弟をなんとかしろよ——そのような意図を含んだ視線を各人からいただく。ドラコはこういうところが可愛いのにな。
「しかし、私が母上からいただくお小言の数は、父上には負ける」
私は言うと立ち上がる。杖を振れば、パッ、と炭ごと炎が取り除かれた。
「マシュマロいる?」
「要らない!」
「僕はほしい」
「どうぞゴイル——ではな下々。また合同授業などで」
茶化して背を向けると「——焚火会はまたやるよ、今週末。いつもの時間に」と、ディゴリーが言った。返事の代わりに手を振った。
➤
「30点! あーっ、まぁ——次があるともさ!」
プロテゴの応用で隔離された空間内、スウェーデン・ショート・スナウト種が一酸化炭素中毒で気絶するまで三十分かかりましたとさ。
人間なら嗅いだ瞬間意識を失う酸素濃度0%で三十分も耐久される方がおかしいだろ。ドラゴンの生態を考えたらば妥当にしても限度の幅が広すぎる。
➤
ドラゴンも私も卵もまとめて無傷で(無傷である。一酸化炭素中毒にはしたが)クリアできたものの、観客にも審査員にも死ぬほど不評だった。無傷ゆえに多少の加点が入ったが、そうでもなければ半分を切っただろうな。彼らは派手なパフォーマンスを期待していたので——命がかかっているときに見栄えを気にする思考は、グリフィンドールにでも任せておくべきだ。適宜役割分担を行うことこそが社会を形成したメリットである。
「もっと——スマートな方法でクリアすると思っていた。君があれほどまでにてこずるなんて」
「てこずった覚えはない」
酸素濃度がコンマを切ってからもなかなか倒れないのでうんざりはしたが——魔法で守られた観客たちはまだしも、さすがにドラゴンと同じ現場に立つ私は常に泡頭呪文と温度調整の魔法を併用しなければ死ぬ。加えて起きている間のドラゴンは元気である。ちょっかいをかけなければなにもしてこない——とかはなく、十二分な距離をとっていても、たまに炎を吐いたり鈎爪で引っ掻いてきたりする。まァ相応の対策をする必要があった。
とはいえやはり手こずった覚えはない。単純作業を手間で面倒だと思う程度でしかない。
「君からすればそうだろうとも! ドラゴンに最初から耐久戦を仕掛けるつもりだったんだから。けれど観客は疑わしく思っていたよ。なにせ、何もする様子がないんだからね。スリザリンの純血がまさか手も足も出ないだなんて、一瞬でも疑念を抱かれたんだ」
ひたすら叱責されている。聖28一族としての自覚がないのかとなじる言葉に目を逸らす。血を誇るにしても、けっきょくそのとき誇る心身がなければ割に合わない。命を優先してなにが悪いというのかな。
そも、ゴブレットとて私の署名を選ばなければよかったのだ——三人目の代表選手なぞが出てこなかった時点で、私に関してはおそらく署名を入れられただけ、ゴブレットは純粋にホグワーツ内から選んでいる。
「そうは言うが、レストレンジ。たとえば……おまえならば、どのような方法をとったと?」
「変身術で囮を作るとか」
「より確実に遂行できる手段があるのにか」
食いつくとも限らないものに自らの命運を預けるなど、私はしたくない。スリザリンの美徳は狡猾である。
レストレンジはじとりと私を睨んだ。
「優勝する気がないのか? 君が手を抜いている間に、ポッターの評価はうなぎ上りだよ」
箒で華麗に卵を奪取した最年少代表選手。最短時間五分かつパフォーマンスも見どころがあったため、途中の負傷を差し引いて、クラムと同率一位である。疑惑の代表選手に向けられる眼差しは校内外で厳しかったが、圧倒的に緩和された。やはり実力こそがものを言う。
とはいえ——確かに、と、内心つぶやく。ろくにやる気を見せないせいで周囲に怪しまれても困るか。
「次は検討しよう」
「そうしてくれ。是非ともね」
レストレンジは大げさに溜息をついた。
「ところで……次の課題は?」
「課題で取った金の卵がヒントだそうで」
「その卵は?」
鞄の中に杖を向けて「【
「なんでもかんでも鞄に入れるのやめなよ」
父上が特注してくださった鞄だというのに。
「説教終わったのか?」
「終わった」
「説教って……」
寮生たちが集まってきた。珍しくレストレンジが私に説教をするものだから(レストレンジは私と同室ではないので、なにかしら苦言を呈するなら寮室の外で捕まえるしかない)談話室だというのに遠巻きにされていた。
「留め金があるね」
「開けてみるか?」
「ええ、いいよ」
勧めた人間には断られたが、私が他者へ尋ねたことでチャンスがあると思ったか「あたしは開けてみたいです」「中はどうなっているんだ?」と興味を示す。
「ではどうぞ、そうだな、ブルストロード。少々重いので落とさないように気をつけて」
手近にいた純血に許可を出しつつ、私は耳栓を両耳に突っ込んだ。「それと——手遅れか」ブルストロードは嬉々として開けたため、スリザリン寮の談話室中に金切り声が響き渡った。
……先んじて試していたので私の分の耳栓は用意していたのだが、警告には一足遅かったな。
➤
「【
かすかに銀の靄が出た。進捗は——私にしてはきわめて珍しいことに——あまり芳しくない。なかなか面白いな、と、杖を振る。試行錯誤をせども手応えがない。ずいぶんと久しい感覚だった。
焚火会の運営側およびメインの年齢層は現在六年生。であるからして、
他者を悠長に観察している場合でもなく。
霞程度でも安定して出なければさすがにN.E.W.T.は受からない。このレベルはさすがにどうにかしなければ。本物の
「ハロー、ええと……レグルス」
とりあえず反復練習を試みていると——珍しい客だ。ポッターがやってきた。
昨年ウィーズリーたちが連れてきてからというもの、ポッターを筆頭とした三人は、なんだかんだで時折焚火会に参加している。ドラコと遭遇すると爆速でいがみ合いかけてディゴリーに仲裁されているが。あいつ本当によくもまあ参加許可を出したな。
「どうも」
素気なく挨拶したのち「ああ、そうだポッター」ふと彼の飼育する白いフクロウを思い出した。第一の課題の前に私の寮室にまで伝言を届けに来たのだ。
「ドラゴンの件はありがとう」
「どういたしまして……」
言いながらも珍妙な表情を浮かべた。まさかマルフォイにお礼を言われるなんて、とでも言わんばかりである。
「礼には礼を返すべきだ」
言いながらも、もう一度、今度は無言で杖を振る。靄どころかなにも出なかった。……まさか本当に私の精神性のせいだとでも?
「ちなみに、守護霊呪文のコツなどはあるか?」
ポッターは三度目ぐらいの試行で完全に成功させていた。堂々たる白銀の雄鹿。メッセンジャーに使うには目立つだろうが、
上達の近道は先達者に聞くことである。そこに年齢は問わない。
「できるだけ幸せなイメージを保つことかな」
私が話を振ると露骨に〝マルフォイが?〟と言わんばかりの顔だが、それでも素直に回答した。
「幸せなイメージ……は……それはそうだろうな」
教科書にも記述されている内容だ。
「あー……えーと、僕が思うに、幸せなイメージはあくまでも前段階、という意識が強いかもしれない。つまり、確固たる幸せのイメージ——力をくれるもの、守りたいと思うものをもとに、奮起して、恐怖に打ち勝つことが大事なんだと思う……僕の印象でしかないけれど」
「ふうん」
幸せのイメージをもとに、奮起して、恐怖に打ち勝つ。なるほど。
「つまりムーディに対して抱く殺意のようなものか」
強めに二度見されたが、構わず杖を振った。色濃く白銀の靄が噴出し、眼前でふわふわと留まる。完全な
「参考になった。ありがとう」
「どういた……ええ……? 殺意って言ったよね君……」
私は家族を愛していて、その事実は力をくれる。家族のことを守りたいと思っている。マルフォイをこき下ろすムーディはすなわちそのために排除すべき敵であり、殺意を抱く対象である。なにも間違っていない。
実際今までで一番上手くいったあたり、アプローチとしても成功しているのだろう。ひとまずこのあたりに——チョコレートの銀紙を剥ぐ。練習と休息のメリハリは必要だ。
「……ところで、なにか用事でも?」
先に私の都合を済ませたが、しかし、よりにもよってポッターが、まさか私に用なく話しかけてくるとは到底思えない。
「ああ、ウーン……」
こっそりと周辺に【
「マルフォイが……つまり、君の弟が……やけに大人しいんだ。いまだに、僕の立候補の
「他人に入れられた人間を〝立候補〟とは呼ばないな」
「そう、そこだよ。君はほんとうに最初から僕が立候補していないとわかっていた——何故なら、君も立候補していないからだ。違う?」
チョコレートをもう一口かじって、咀嚼。
「誰から聞いた? ダンブルドアか?」
「誰からも——レグルス、君、この件でダンブルドアと話したの?」
これは私が余計なことを言ったな。シリウス・ブラックの名前を出さなかっただけ、まだマシ。そのように考えよう。
「……父上にご報告するにあたり、最低限上に通す必要はある。なにも根回しをせずに動くのは幼児ぐらいのものだ」
「……マルフォイはそういうことしてなさそうだけどな……」
「ドラコがいろいろと怠るのは平民回りの諸々ぐらいだが。まァあの子は迂闊なところが未だに抜けないのも可愛い」
「兄弟がいない僕でも、マルフォイと接するときの君がなんだかすごく変なのはわかるよ」
見解の相違というやつである。
「ロンが思いついたんだ」
意外な名前が出てきた。ポッターとよく固まっている者共は愚者ではないが、しかし頭が回るのはせいぜいがグレンジャーぐらいだと思っていた。バジリスクの件とて自力で気づいていたのはグレンジャーひとりである。
「ロンが——フレッドとジョージと一緒にいたときに〝マルフォイが立候補なんてどこをどうして気が変わったのか、安全圏で高みの見物しながらワイン飲むのが趣味みたいな男なのに〟だとか言ってたのを聞いていて」
「あの馬鹿どもから私の話題が出るとはつくづく気色悪いな……」
「なんで君たちってお互いそこまで嫌い合った上で仲が良いわけ?」
「最悪だが?」
どこをどう見たらば仲が良いとでも思われるのか。表面上の付き合いを真に受ける人間があまりに多すぎる。
「えーと、だから、第一の課題のあとに僕の話を聞いて……そうなんじゃないかと」
第一の課題のあととは妙に時間がかかっている。……確かに最近彼らが共に行動しているところをめっきり見なかったな? 今はいるようだけれども。先程からも明らかにちらちらとこちらを窺っている。取って食ったりはせんので散ってくれないだろうか、視線がうるさい。会話内容が知りたいならば、どうせ呪文の効果もあることだし、あとでポッターから聞くんだな。
「——犯人に見当はついていない」
ともあれ、話題を振られた以上、聞かれそうなことは先んじて述べておく。
「方法を論じたところで無意味だが、しかし動機がわからない」
「僕を殺そうとしているとか」
「それは考えたが、そうだとしてもそれだけではないな。おそらく主目的は別にある」
唇を舐める。
「第一の課題でおまえは死ななかった。怪我は負ったがあの程度の怪我で死ぬことはない、ダンブルドア校長もマダム・ポンフリーも控えていたことだし。そして、私が対したドラゴンはもちろん、おまえの試合でも、ドラゴンは気性が荒い産卵中のメスだったが
「観てたんだ」
「おまえの試合は最後で私は最初だ。ご丁寧に対戦相手にカンニングを共有する正直者がどれだけ健闘するものかとね」
「貴族って嫌味言わないと喋れないのかい」
「私の機嫌を損ねたところで良いことは起きないよ、ポッター。一蓮托生だろう?」
「オーケー、だったら君もわざわざ喧嘩を売らないで」
ポッターは頭も痛そうにこめかみを抑えた。可哀想にな。
「……主目的って?」
「少なくとも、おまえがいなければできないことだ。下手をするとトーナメントが終わるまで——しかしまったく、なんだろうな。いくら魔法薬とて〝ハリー・ポッターの髪の毛を使うこと〟などといった条件はないだろう」
「あるいは加えて〝レグルス・マルフォイの爪を使うこと〟なのかもしれない」
「問題はそこでもある」
パキンと割ったチョコレートを渡すと、ポッターはあまりに奇妙な表情でしかし大人しく受け取った。渡したのは私にしても、生き残った男の子なぞ御大層な名目付きのくせ、
「おまえを使う悪巧みはいろいろと思いつくが、しかし、私を使う意図がわからない。私もまたあえてゴブレットに名前を入れられた——だが、おまえほど指定されたわけではない。当初はてっきり、私やドラコに注目しただけかと思っていたが……代表選手は二人であり三人にはならなかった。存在しない学校は四校目だけ。
「つまり?」
「犯人は、おまえ以外のホグワーツ代表に関しては、
もちろん、私の署名が投入されたのは、なんらかの条件を満たしていたからではあるだろう。かつての
あるいは——単に、成人済のホグワーツ生の中でも、代表に選ばれる可能性が高そうな実力を有していた、からか?
「それは——?」
「本来、正しく立候補をした中から選ばれるべきだった代表がいて、正式な代表の擁立をできる限り阻止したかった。という説だ」
私の要約に、ポッターは明らかに混乱した顔である。
「そもそもゴブレットに誰が選ばれるかなんて、事前にわかるはずないじゃないか」
「そうだろうか? おまえは知らないかもしれないが、この世には時を遡る道具というものがある」
ポッターの表情が奇妙に硬くなった。
「バックビークのことは——」
「は?」
「アー、うん、ごめん、なんでもない。気にしないで」
昨年度なにをどうやってか処刑前に逃げおおせたヒッポグリフがどうしてここで——……そういえばグレンジャーは昨年度は十二科目履修していたな。ハハハ。なるほど。いろいろと納得がいった。野生のヒッポグリフはいないでもなく、どうせ今更見分けもつくまい。追及はしないでおこう。ドラコも今更騒ぎ立てるほどではないだろう。私としても弟にあれを成功体験として捉えてもらうのは些か困る。
「……おまえたちの
ここで目を逸らすのは、半ば言質を取ったようなものなのだが。本当によかったな、私が穏健で。
「それはそれで、代表から外させてまでなにをしたいのか、という点が奇妙ではある……」
手駒ならばそもそも立候補しなければ良いだけの話である。本人に話を回すでもなく、回りくどく代表擁立を阻止するのは奇妙だ。当然ながら、私周りの因縁や、マルフォイゆえに狙われたという可能性の方が高い。私本人はあまり目立ったことはしていないが——なにせいろいろとやらかしていることだし。
「ともあれ、ゆえにこそ警戒は怠るべきではない」
「君はどうして、立候補しなかったことを言わなかったんだ? わざわざドラゴンと戦いたいタイプには思えない」
その推測は正しい。危険な対象に好んで挑む蛮勇は、あいにく私は持ち合わせていない。貴族に必要な能力は暴力ではなく、ゆえにこそ誇示する必要もない。
「生き残った男の子にしてマグル出身のポッターよ、昨今のイギリス魔法界の情勢はご存知かな? 未だ戦後十余年。ようやく、わが国でもワールドカップを開催できるような安定を取り戻したが——その会場でもテロが起きた」
君が言うの? と言わんばかりの顔だが、私だからこそ言うのである。
「諸外国と協力して行われていたかつての伝統、しかし安全性の問題で廃止された危険極まりない行事。その再始動が意味するものはなんだと思う? ——イギリス魔法界は完全復活を遂げた。諸外国とも積極的に交流できるほどに安全にして万全だ。そのパフォーマンスの一環だよ」
「意味がよくわからないんだけど」
「政治のお勉強は魔法史の範囲だが——ろくに聞いてもいないだろうなあ」
「あー……ハーマイオニーなら」
「前段としておまえが理解している必要がある。まァある意味では焚火会の趣旨に合っているのか、ひとつ教示してやろう」
私もビンズ教授の授業では内職ばかりして、ほとんどは予習復習で賄っているので他人のことは言えない。本当に教職としてあり得ないと思う。研究だけしていてくれよ。
「魔法使いはただでさえ数が少ない。かつてグリンデルワルトが猛威をふるったこと然り——あれの本拠地はロシアおよびいわゆる東側諸国だったが、しかし連合とてかなり手痛い打撃を受けた——闇の帝王が君臨した時代然り、内乱を抱える国と誰が交流を図りたいと思う? イギリス魔法界は長いこと孤立しかかっていた。グレート・ブリテンは島国であり、国際社会から排斥されるといよいよ鎖国だ。これはかつて極東でも類似の事例があったな。……ここまで言っても意図はまだ理解できないか?」
「えーと……」
「ではおまえにもわかりやすくマグルのデータを引き合いに出そう。一九九四年現在、イギリスの食料自給率は約七割だ。つまり海外貿易が途絶えると
ポッターの顔が途端に引き攣った。
「もっとも、飽食問題を踏まえるとそう簡単に三割死ぬことはないだろうが。同じようなことが魔法界でも言えるわけだ。そのような事態はもちろん引き起こしたくないな? ゆえにこその国際協力、我が国はこれほどまでに安全なので今後の発展にご協力ください、どうぞ皆様手を取り合っていきましょう、との喧伝だった。……しかしイレギュラーは立て続けに起きた」
怪しい集団の馬鹿騒ぎならば、多少治安が悪い程度で収まったかもしれない。どうせ父上たちとて外国人に手を出しはしなかったろう。が、よりによって闇の印が打ち上げられた。黒いローブと仮面だけなら多少言い逃れが効くが、しかしあの印は冗談では済まない。魔法省の失態と化した。
代表選手はよりによって我が校ホグワーツから二人だ。つまりイギリスから二人だ。単なる不正ならば、言ってはなんだがまだましである。部外者の介入と作為をみすみすと許してしまった——なんのための伝統復活、なんのための安全措置。すべてを嘲笑うが如くよりによって。
「おまえに加えて、私まで立候補していない、となればどうなる? 未だ内乱収めきれぬことを粗雑にも隠蔽しながら、海外の重鎮や前途ある学生を引き入れた最悪の国と、いったいどうして協力したいと思う?」
「だから——君は、黙っていた?」
「然るべき人間に事情は説明した。なれば私がそれ以上に騒ぎ立てる道理もない。粛々と役目を果たして終いだ。おまえに関しても、どうぞ穏便に済むことを願っているよ。本心としてね」
私は現状海外移住を考えていない。単純に住み慣れていることもあるが、少なくともマルフォイはイギリス魔法界の純血貴族だ。家の維持という観点であれば海外に拠点を移す意味がない。ドラコが家を継いだとしても、それはそれで、弟の支援には海を渡った先よりは、地続きこそが都合が良いだろう。イギリス魔法界が孤立してもらっては困るのだ。
「長々と語ってしまったが、結論としては簡単だ。おまえたちの推論通り、私もまた立候補はしていないのに選出された。この事態は私が引き起こしたものではない。私も犯人はさっぱりわからない。なんならおまえの件と同じ犯人という保証もない」
「……そして、マルフォイもこれを知ってる?」
ポッターの問いかけに、私は首肯した。
「私が弟を可愛がっていることはいかんせん有名なのでね。警戒を促すに越したことはなく、必要なことは伝えた。おまえへのちょっかいが不自然に止んだというなら、おそらくその波及だろうよ」
「かわ……そうだね」
何か言いたげな顔だな。
「用事が終わったならさっさとお友達のところにでも帰れ」
「……レグルスは……ヴォルデモートの忠実な部下で、女の人って、誰か心当たりある?」
「……忠実な部下は十中八九死んでいるかアズカバンだろうが。……女性? だとすればベラトリックス伯母上ぐらいか」
「シリウスも言ってた人だな……」
シリウス・ブラックからすれば従姉弟に当たるはずで、なれば当然ご存知だろう。順調に仲良くなっているようで。
「おそらく彼女を知る人間なら必ず真っ先に出てくる。母上の姉君だが、些か——気難しい方だったらしくてね。会わせてくれたことがない」
「彼女もアズカバン?」
「ロングボトム夫妻を拷問し、廃人にした咎で十年余り収容されている」
「……ロン、グボトム?」
「子息はおまえたちと同学年か?」
ポッターが数瞬絶句した。
「まさか……そんな……ネビルのご両親が——僕は知らなかった……」
「わざわざ言いふらすことでもない……が、聖28一族が一家、ロングボトムの名前に私が近寄らない理由でもある。ドラコはこの件は知らないかな……」
知っていたらさすがにあれだけ雑にいじめることもない。はずだ。たぶんな。あの子はいろいろと疎かなので若干怪しいのはそうだが。
とはいえ、ロングボトム夫妻の件はあまりの惨状だったがゆえに、新聞の報道すら被害者に関しては控えめだった。下手人の名前は、それはそれで、クラウチ家の醜聞でほとんど塗りつぶされた。知っているとすれば、当時を経験した人々か、かつての新聞を読み漁る奇特な人間か、という範囲である。後者が私であることは自明だ。
「君は……僕にも警戒を促すんだね。自分とか、マルフォイ……君の弟だけじゃなくて」
「まァ犯人が同じでさえあれば、おまえが生き残ることは、私を陥れた人間への不利益にも繋がるだろうな」
「それも絶対に陥れたと思っている」
眉を上げると、ポッターは私をじっと見た。顔に笑みもない。真剣な顔つきである。
「ヴォルデモートが君を見込んで協力者に仕立て上げた、っていう可能性はないのか?」
思わず鼻で笑った。
「なんだよ」
ポッターが威嚇した。
「いや。まずそうだとすれば、私当人に向かって尋ねるのは迂闊きわまりないとして」
「……」
「さて——闇の帝王が私を協力者に、と。考えないでもなかったが、それはそれは、ずいぶんと——不愉快な想定だな?」
闇の帝王。かつて父上が主として仰いだひと。かつてレギュラス従叔父上が信望したひと。ベラトリックス伯母上ももちろんそのひとりである。ヴァルブルガ様やアークタルス様も彼にはずいぶんと期待をかけていた。アブラクサスお爺様には私は会ったことがないが、やはり闇の帝王を信望していたらしい。
自他の好悪は弁別されるべきであり、他者の感情に口を出すべきではない。闇の帝王がそれ相応の実力を持っていたことも間違い無いだろう。ゆえに私は彼らの選択に何も言うつもりはない。が——ハハ、あれが。サラザール・スリザリンの継承者であり、純血の王と述べられるたびに、なにか出来の悪い喜劇でも見ている気分になる。
能力は正当に評価されるべきだ。血統を誇る主張を掲げるなれば、彼らの指導者に相応しい能力とは、正当な純血たる血筋と、純血をきちんと尊ぶ振る舞いである。人員をまとめて支配する能力、魔法の技術などももちろん必要だとして、しかしながら
「マグルの親を持つ混血の分際で、我こそが純血主義の体現者とばかりに振る舞い、それでいながらかつては刃向かう純血を殺し、己に従順でさえあれば混血をも登用し、挙げ句の果てに、たかが記憶の分際で純血貴族の息子たるドラコを殺しかけた男が——私を?」
あれほどまでに一貫性のない男に?
新手の侮辱か?
「……レグルス」
「なにか」
「君に、僕には理解しがたいプライドがあるのはわかったから、せめて杖の向きを変えてほしい」
それはどうも。
チョコレートをもう一口かじる。甘味は脳に染み渡る。甘んじて杖先の方向をポッターから虚空に変えてやり、そのまま振った。【
「あっ」
「えっ」
杖先から現れた細長い白銀の蛇が、周囲をざっと威嚇したのち、消えていった。しばし呆気に取られる。
「——成功した?」
「もしかしてなんだけど、本当にもしかしてなんだけど、僕の思い違いかもしれないんだけど——今の
なんのことやら。
➤
「そういえば、ドラゴンの借りを返していなかったな。第二の課題は理解できたか? できているなら別途方法を考慮する」
「いや、まったく。……ということは、君は理解できたの? あれってやっぱりバンシーの泣き声だったりするわけ?」
「バンシーの泣き声なら縁起でもないどころではなく、そんなろくでもないものを卵に仕込む者共はいよいよ安全措置をなんだと思っている。あれは
「歌声——あの悲鳴が歌声って」
「彼らは水中で喋るので、空中で開けたところで私たちにも理解できない。卵を水桶の中にでも入れて桶に耳をつければおおよそ聞こえるので、試していただくとして——要約、次の指示は宝物を探し当てることだそうだ。一時間のうちにな」
➤
さて、第二の課題はとはいえ数ヶ月後の話である。この間にも粛々と月日は過ぎ、たとえば六年生のカリキュラムは同時並行で——
「——
どうするかね。よりにもよって義務だ。逃げられない。
辟易とつぶやいた私に、ウィーズリーどもは不思議そうな顔をしている。
「相手なんてごまんといるだろ」
「マルフォイで代表選手で学年首位」
「どうせフォーマルなダンスもお手の物だ」
「お貴族様だからな」
「ドレスローブが買えないこともない」
「それで他に支障でも?」
「誰かの想い人に懸想しているとか?」
「パートナーに誘うのが恥ずかしい可愛げがあるのかもな!」
「ちょっとおまえたち禁じられた森に放り込まれて二、三年放浪してくる気は?」
「「バグマンから取り立ててからな!」」
まだ取り立てられていないのか。取り立てられたら放浪する気があるのか。
「……仮定の話だが」
ミミズクを頭上に乗せたまま、焚火をつついた。
「成人済のマルフォイ長男が妙齢の女性を同伴してファーストダンスを踊ったらどう思う」
「結婚秒読みの婚約者」
ディゴリーが即答した。予想通りの回答に笑いも出ない。
「そもそも君の家柄なら、決められていそうなものだけど」
「父上と母上はおまえの言う通り決められた婚約だったが、実態としては、好きあっていた二人がたまたま元から婚約もしていた、に近しいものだった。息子たちもそういう相手が訪れるかもしれないので、将来を決めるのはもう少しあとでも良いという御方針だ。そして私は——」
「——活字狂いに学習狂い、能力主義者の首席最有力候補様。ホグズミードでさえひたすらハニーデュークスと古書店を目当てに通い詰めるアホ。なるほどな」
「その通りだしばくぞ」
ひゃーッと悲鳴を上げて、余計なことを言ったウィーズリーはもう片方のウィーズリーの陰に隠れた。隠れられた方のウィーズリーは肩をすくめてみせた。
「チョウの友達から誰か紹介してもらおうか」
「気遣いはありがたいが、紛れもない純血以外と行くとそれはそれであとで父母に詰められる。本気ならば根回しから始めなければならないので」
「君のこと初めて哀れに思ったよ」
やかましいな……。
「……ん? ということは、おまえはチャンと行くのか」
「ウン、まァ」
「……へえ?」
「ほおー?」
「ふうーん?」
「やめて」
ディゴリーが視線を逸らした。耳まで真っ赤である。見ろよこれ、一丁前に照れている。ハッフルパフのシーカー兼監督生がずいぶんとまァ年頃の男の子だ。しばらく揶揄える。
「確かに二年のころには名前と顔を覚えていたな。なんだずいぶん一途じゃないか」
「本当に君の記憶力が腹立たしい」
「苦節四年か〜長かったな!」
「結婚式には呼んでくれよ」
「あ゙ーっどうして君たちってこういうときばかり団結するんだ」
団結した覚えはないが取り乱しているのはなかなか面白い。
「というか!」
ニヤニヤと眺めていると、強めの語気とともに話を変えてきた。
「レグルスは決まってないとしても、君たちはそう焦ってなさそうだね?」
「俺アンジェリーナ」
「アリシア」
ウィーズリーどもは照れもせずに即答した。よく聞く名前である。矛先を変えられぬと悟ったディゴリーが「ロジャーは?」とさらに話を振る。
「ずっと大人しいけど」
デイビースはぴくりと肩を震わせた。確かに焚火を訪れてから一言も口を利いていなかった。デイビースにしては珍しいことだ——わりと遊んでいるので相手に困っているようには思えないのだが。
「……あー……えーと……」
「なんだもったいぶるな」
「……フラー……」
か細い声に、私たちは顔を見合わせた。耳を疑ったのである。
「——フラー・デラクール? ボーバトン代表の?」
「あの子確かロンもフったのに」
「まァロニーチャンはそりゃフラれる」
衆目堂々と申し込んで鼻で笑われたロナルド・ウィーズリーに限らず、デラクールがホグワーツで百人斬り(ありとあらゆる恋愛関連の申し込みをバッサリ斬る)を果たしたことは有名な話である。彼女が、ヴィーラの血による魅力を差し引いても、蠱惑的なことは間違いない。
「それ、純粋にどういう経緯だ? もともと知り合いだったとか?」
「運命の出会いを果たしたとか?」
「いや……なん……な、なんでだろう……」
「嘘だろそんなことある?」
「た、助けてくれ。なんで僕なのかわからないけど絶対に恥はかかせられない。僕も恥をかきたくない」
喋り出したせいで堰を切ったのか、縋りつかれた。振り払わなかったのはかろうじて人情があったから——とかではなくここが焚火の横だからである。火がついて火達磨だの万が一にも洒落にはならない。最悪焚火ができなくなる。私のせっかくの憩いの場——一部謎のメンバーがいるとしても。
「フリットウィック教授に頼むべきだろう」
「それはもう言われたっていうか——フラーと踊れることになって舞い上がって、そのときにマナーレッスンだとか必要か聞かれて、慌てて、うっかり見栄はっちゃっ……た」
「ばっ……馬鹿」
「優等生のセドチャンも馬鹿と言うほどの馬鹿」
「実際本当にお馬鹿。なんで誘えたんだ?」
「わかんない」
「わかんないことはないだろ」
「ほ、本当にわからない……」
弱りきった顔つきに、とはいえ、と私は唸った。
「女性パートを踊ったのはもう何年も前だが……」
「もうそれでいい、練習台になって僕のダンスをすべて矯正してくれ、君なら手を繋いで踊ったところで顔がいいから男でも許せる」
教えてもらう分際で途端に厚顔だな。
「ちょっと聞いてもいいかな? 逆にレグルスは女性パートを踊ったことがあるのかい?」
「ドラコの練習台」
「ああ……」
「君はいっそ弟くんと踊るべきなんじゃないか?」
「あの子は既にパートナーがいる」
「鼻持ちならない高慢きちの弟くんにさえガールフレンド作りを越されるマルフォイか……」
【
➤
「ふうん。そんなに困っているのか、レグルス」
未だパートナー選びに苦慮している私に、レストレンジは興味もなさそうにつぶやいた。
「なら僕が出ようか」
「は?」
➤
ファーストダンスを無事に踊りきり「それじゃあ、わたしはもう何杯かワインをいただいてくるわ」「……どうぞ」たおやかに微笑んだ女性に、なんとも言えぬ思いで私は頷いた。シルバーを地にしたブルーの挿し色のドレスローブは、いったいどこから調達したのだろう。非常に助かったのだがそれにしてもおまえはそれでいいのか?
「兄上、素晴らしい振る舞いだった。ところで——兄上のパートナーのレディは、いったいどこの御令嬢かな?」
「……。レストレンジ」
「は?」
純血貴族の子女にしてはあの顔は覚えがなく、純血以外であればただちに兄上の御心を問いたださなければ——というかんじで今にも私に詰め寄りかけていたドラコ、の笑みが固まった。
「レストレンジ」
私は繰り返した。単なる事実だった。
「……僕の記憶が正しければ……間違いなく正しいと思うけど……今ホグワーツにいる学生の〝レストレンジ〟は兄上の学年に在籍しているのがただ一人で、彼は男で、ポリジュース薬にしても純血に同じ容姿の女性はいなくて……性転換薬だとか?」
「あいつ七変化だった……」
七変化は魔法使いに時々現れる技能で、原則として生まれつき、後天的な習得は不可能である。突然変異じみて発現することもあれば、遺伝ないし隔世遺伝の場合もある。純血の家系でもしばしばみられる特徴で、たとえば(ブラックの家系図からは抹消されているが)私の五学年上の従姉、ニンファドーラ・トンクスなどは七変化だ。
「兄上は——」
「知らなかった……知らなかったし普通に同級生がドレス纏って現れたことは私の方が未だにびっくりしている……」
「兄上にも驚くようなことが……」
「ちょっと七変化の変化を詳らかに写真に撮って観察させてほしいと言ったら断られた……」
「誰でも断るだろ。兄上はたまに気が狂うのをそろそろやめてくれ」
今度は呆れ返ったと言わんばかりの表情だ。小生意気な弟だな〜と微笑ましく笑みをたたえながらじっと見つめると、一分ほど経ったころに「申し訳ありませんでした」ときわめて丁寧な謝罪が返ってきた。はて。私が謝罪を強要した事実はないはずである。つまりこの子の純粋な謝罪だ。ねえ?
「レストレンジはその……兄上と?」
「いや? 私と彼は友人だ。お互いにね」
慎重さを含んだ問いに、私はあっさり否定を返した。確かに父母にも、恋愛相手は女性にしろと限定されているわけでもなく、
「叩き込まれた仕草だけでも単なる一般庶民でないのは一目瞭然なのだから、少なくとも
「……それはそうだ。けれど、その……本当なんだね?」
「もちろん」
ドラコ相手にあえて隠すはずがない。
「それより——私としてはおまえこそだ。ガールフレンドができたことぐらい教えてくれたらばよかったのに。いつ私に正式に紹介してくれるのかな」
弟の良いネタを揶揄わないだなんて兄ではない。私がニコニコと尋ねると、ドラコは肩をすくめた。
「パーキンソンは……とにかく、そういうのじゃない」
「……へえ? だったら、誰ならば〝そういうの〟になるんだ? グリーングラス嬢だとか?」
「……。どちらの」
「心当たりがないなら否定するだろう。加えてそのように問い返す、ということは妹の方だな?」
平手とはいえ強めにしばかれた。弟があまりに暴力的だ。
兄上は本当にと文句を言われるので、聞き流しながらシャンパンを渡す。ドラコは文句を言いながらもシャンパンを口にした。まったく可愛げばかりの弟だ。
「では舞踏会を楽しんで——くれぐれも羽目は外すなよ。まさかおまえは父上の悪癖を継いではいないだろう」
「もしかしてまだ父上に怒ってるのか」
「ハハハ」
なにを当然なことを聞く?
刺激しないでおこうと言わんばかりの顔のドラコが去っていったので、改めて会場を見渡す。デラクールは相変わらずつんと澄ました様子で、デイビースがしどろもどろに対応している……大丈夫かアレ。私が気にすることでもないが。いや多少教示した身としては気にならなくもないが。ディゴリーはチャンとともに、アップテンポに変化した曲を楽しげに踊っている。ずいぶん良い雰囲気だ。万が一にでもちょっかいをかけたらたぶん五年は本気で恨まれる。距離を取っておこう——
「シマスシツレイ、コンバンハ、あー、レグルス・マルフォイ?」
「……こんばんは」
しっとりした黒のドレスローブ。目鼻立ちのはっきりした顔立ちの女性である。文法がめちゃくちゃな上に、挨拶だけでもわかるほど訛りがきつい。私は少しまばたきをして「——どこかで——」口を開く。
「そうだ、クィディッチ・ワールドカップ?」
「覚エテ?」
『ひとまず——あなたは英語はあまり得意でもなさそうだ。ロシア語の方がよろしいだろうか』
『……ありがとうございます。これでもヴィクトルに習ったのですが……付け焼き刃ではまだまだですね』
女性は照れくさそうに首を横に振った。
『覚えていた、という点では、そうですね』
印象が薄いと時間はかかるが、基本、私に思い出せないことはそうはない。ワールドカップの件はそう経っていない上に、身内の不祥事で、二ヶ月ほど前にもクラムがなにやら述べていた件とも合致する。あのときは本人が不在だったため、誰の話かまではわからなかったが——彼女はワールドカップの会場でもロシア語で話していた。代表選手候補の一人だったのか。
『改めて、あのときはありがとうございました。ヴィクトルがあなたに確認を取ってくれたと聞いてから、ずいぶん遅れてしまいましたが……』
『クラムからも礼は受け取った。それに、あのときも言ったが、それ以上の過大な感謝は必要はない。何度も言うが、私はあくまで言語による仲介をしただけで、避難誘導を主導したのは別の——ディゴリーもこの会場にいるので、後でお時間あれば——』
今邪魔をするのは得策ではないが、あとで仲介することは可能だろう。私の提案に、しかし女性は強く首を横に振った。
『お連れ様にももちろん感謝しています。けれどわたしは、あなたにお礼を言いたかったのです』
……あー。
『その——どうでしょう。曲も変わりました。あなたは一度しか踊られていませんし、わたしとダンスを踊っていただけませんか』
『申し訳ないが、それはできない』
私は断りの文句を返した。
『気心の知れた人としか踊るつもりはないんだ。私はあなたのことをなにも知らない』
『それは……では、話してお互いの理解を深めたら……どうでしょうか。ラストダンスを』
……ほとんど初対面で、あなたの血筋は純血か、と尋ねるのはなにをどう考えても失礼にあたる。とはいえ他国の純血までは私とて有名どころしか網羅できていない。国際協力としては他国民と踊ることは望ましいとしても、優先はマルフォイ……それはそれとしてそのマルフォイの名声はイギリス魔法界の構造に準拠している……本当にやらかしたな。他校生徒を代表だけでなくすべて調べ上げておくべきだった。ここで踊っておいた方が得策か断る方が望ましいか判別がつかない。
学生間の痴情の縺れ程度であれば、下策を打ったところで国際間の問題に発展しないと信じたい——のだがなにぶん私の身分と代表の立場が思考の邪魔をする。本当に勘弁してくれ。代表選手課題とは全く関係ない試練が課されているのだが。
「どうした兄弟! いよいよ君に恋の兆しか」
「春が来たな。雪降る春だ」
「重っ、」
突然どさどさと重量がのしかかり、私は思わず呻いた。左側の方のウィーズリーが「おや別嬪さんだ!」わざとらしく声を上げた。
「どうだい僕と一曲」
「抜け駆けするなよ相棒、どうぞ僕と」
「わたし……わたし、ワカラナイ、ハヤクチ」
「素晴らしい。僕たちの国の語彙を覚えてくれている」
「いいお嬢さんだ。全くマルフォイにはもったいないな」
ウィーズリーどもはぺらぺらと調子のいいことを言って「ところで——」とちいさく声をひそめた。
「困ってるか?」
つくづく目端の利くやつらである。
「……。不本意ながら」
「よし、ならば誘拐だ」
「貴族を誘拐、俺たち重罪人」
「さりとて悪戯とはそういうものだ」
なわけあるか。
両側から鮮やかな手つきで私と肩を組むと(ドレスローブって動きにくくないか?)「お嬢さん失礼、僕たちこいつに用があってね」「男同士の悪巧みだ」「仕方ないのさ」「悪役には慣れっこでね」適当なことをほざきながらこちらにスキップを強要してきた。転びかねん。
「はあ……」
人混みにまぎれて、会場の真反対端まで強引に引きずられていった。嘆息ののち、ローブのシワを伸ばす。
「助かった。癪だが」
「いいってことよ」
「俺たちの仲だろ」
ウィーズリーどもは揃って笑顔で頷いた。
「だから利息もうちょい減らして」
途端に足元見てくるな。……隙を見せた私が悪いか。
借用書を出現させて〇.一%減らすと「そこをなんとか」「もう一越え」「一%」「僕たちの貢献に免じて」野次が飛んでくる。
「調子に乗るなよ」
「金なんざ有り余ってるくせに……」
有り余っているが、そもそも誰彼構わず振りまくほど考えなしでは有り余るような事態にはならない。きっかり〇.一%だけ減らした証書を鞄の中に転移させる。ウィーズリーどもは不平不満を一頻り言ったが、流しているとすぐに諦めた。大方、利息に関する言及もだめでもともとだったのだろう。
「レディの扱いが下手なのか? 意外だ」
「先程は食い下がられたこともあるが——あまり手酷くあしらって、我が家ないし我が国の評判が落ちるのはよろしくない」
「ふーん。いろいろ頭回して大変だな」
ウィーズリーの片方は興味もなさそうに頷いた。
「……そういうおまえたちこそ、バグマンはどうした? さっさと回収して新たな金策に頭を回すべきでは? 審査員なら舞踏会に参加しているだろう」
実際私も見かけた。
「さっき詰めていたんだが、逃げられてね——」
「——それにここじゃあ面倒なやつが見張ってる」
もう片方のウィーズリーが意味深に目配せする先、確かに、パーシー・ウィーズリーが、ポッターやバグマンと話していた。彼はクラウチ氏の代役として出席している——クラウチ氏が魔法省への出勤を長らく行っていないことは噂に聞いているが、そんなにも体調がよろしくないのか?
「……頑張れよ?」
「君こそな!」
「次は助けてやーらない!」
ウィーズリーどもは言い捨ててさっさと駆け足で去っていった。走り去った先をなんとなく目で追う——アンジェリーナとアリシアがボーバトンの少年となにやら話している。忙しないやつらだな。
「ウィーズリーとなにを?」
「助けてもらった」
「
ワインを揺らすレストレンジ(既に男性の姿に変化している、酒の確保ついでに着替えもしてきたようで)に圧をかけられた。スリザリンの監督生殿は誠お厳しい、学生の交流ぐらい見逃せよ——「事実は事実として捉えるべきだ」溜息混じりにつぶやいた。
「つくづく思っていたが、君はあまりに迂闊すぎる」
「気をつけるよ」
レストレンジはじとりと私を見つめたのち、またワインを一口のんだ。
「……君もいるか?」
「気遣いありがとう。自分のぶんがある」
「へえ、自分専用の飲み物とはね。ムーディに感化された?」
「ハハハ——ジョークにしては全く面白くない」
「おお、怖い怖い」
➤
「君の
「それは願ったりかなったりですが、警備の人手は足りていらっしゃるので?」
主にポッター周り。
「君が知るように」
この発言は、ムーディはもちろんのこと(
「それに——君たちが視界に入っていないと、どうにもかのミミズクも気もそぞろなようでな」
……従叔父上はそのようなお人だろうか? 確かに私たちに優しいが、あの方はブラックの跡取りとして躾けられていただけあって、そう簡単に取り乱さない。私は取り乱したところを見たことかない。
訝りながらもレギュラスを呼んで、帰宅の旨と校長から下された条件を伝えた。レギュラスは読めない表情で頷いて「一緒に帰ろうか」と私の頭を雑に撫でた。もう成人なのだが。十七なのだが。このひとからの扱い、下手すると五歳のころからまるで変わっていないのだが。いえ構いませんけれども。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
母上からの抱擁が私たちを出迎えた——ちょっと力が強いな——苦しげに呻いているドラコを囮に抜け出す。後ろから非難の声が聞こえてくるが知るものか。母上を安心させてあげなさい。私? いや……ドラコで充分かと……。
「怪我はしていないな?」
「特に——第一の課題でも無茶は全くしなかったので。おかげで点数は微塵も振るいませんでしたが」
「おまえが無事なことこそが重要だ」
父上はほっと安堵の息を吐いた。
「点数記録などあとからいくらでも操作できる」
それも確かにそうですね。
ドラコを解放した母上が第一の課題について聞きたがった。ドラゴンについてなるべく手短に説明するとか細い悲鳴が上がった。無理しないでください。
「純血をそのような目に遭わせるだなんて。よりによってわたくしの息子なのよ」
ドラコと視線を交わして、肩をすくめる。私は代表選手の中で限りなく最も安全な策を取り、おかげでスリザリン寮では本当に大不評だったのだ。おそらく自ら代表に立候補していればまた違った反応をいただいたとは思う。全く見栄えのない手段を取った自覚はあった。
「あんまりだわ、まだ犯人は捕まっていないの? 本当にホグワーツは管理体制が杜撰よ……」
「帝王の関与であれば悟られぬのも無理はない——」
「——ルシウス」
母上の咎めるような言葉に父上は首を横に振った。今まで父上は闇の帝王は死んだというスタンスを取り続けていたので、この発言はずいぶんと意外なことだった。
「レギュラスとも話したことだが——闇の印がかつての如く、色濃くなりつつある。この十三年間に一度もなかった」
この場合の〝闇の印〟とは腕に刻まれた紋様を指すだろう。
「ポッターの件は注視していたけれど……私の代表選出さえも、やはり、闇の帝王の影響だと?」
「……まさかこのタイミングで全く別の思惑が介入するとも思えんな」
それもそうだろう。
「気をつけなさい、十二分に。私は……息子が英雄になって死ぬことなど、望んでいない」
父上はそういう人である。私やドラコを見つめる眼差しには、まぎれもなく憂慮と不安がにじんでいる。子煩悩な人である。身内に対する情はあまりに深い。スリザリン寮にありがちな性質だ。
「最悪は——ポッターを突き出してでも生き延びるのだ」
その情は、相変わらず、その他の人間には一オンスたりとも渡されない。
これまた、スリザリン寮にありがちな性質だ。
「……全力を尽くしますよ」
……さて。さて。そうだなあ。内心思索する。提示された選択肢。ポッターを突き出してでも闇の帝王におもねること。ああもちろんそういう手段もあるだろう。父上は闇の帝王の傘下であったので当然そういう選択肢があるだろう。私は——
……思索を転換する。そもそもの話である。
色濃くなる印。霞のごとき闇の帝王が徐々に力を取り戻している象徴。彼の計略が明らかにホグワーツ内に潜り込んでいる。はて、私なぞが関わるというなら、気分は良くないが、しかしまだましである。
問題は——むしろ、全く関わりがなかった場合だろう。
➤
「クリスマスぶりだなデイビース、ところでおまえは私に
「い、嫌な予感しかしない。マルフォイに借りを作るとか僕本当にどうかしちゃってたんだなあのとき」
「なに、毎日放課後に女性パートを踊るほど疲労することでもない」
「嫌味だ! すごくイヤミだ! これだから君ってやつは!」
「——ホグワーツ代表に立候補した者共の名簿をわかるだけ作ってくれ。おまえの人脈ならば八割は確実に集まると思う」
「ええ……今更なんで?」
「今だからだ」
➤
第二の課題。
四十分クリア。
私の〝宝物〟などとのたまう時点で半ば確信して——さすがに古書を水中に放り込む馬鹿でもないだろう——かなり急いたのだが、水中で眠るドラコを見つけた瞬間本当になりふり構わないことにした。杖の噴射をエンジン代わりに用いる私を、スリザリン寮馴染みの大イカがびっくりした顔(本当にびっくりした顔をしていた)で見送った。
「ところでどなたがドラコを選出されたのですか?」
可愛い弟に乾燥魔法と保温魔法とブランケットをかけてココアを渡した上で、審査員を問い詰めに行くと、私の剣幕にダンブルドア校長はさらりと言った。
「スネイプ教授の提案だったかな」
……。
クソ。あの人相手では強く出られない。私の後始末といいドラコの面倒といいあらゆるところで迷惑をおかけしている。
「……ええもちろん、観客席をまんべんなく見張るよりは課題に放り込む方が一箇所に警備が集中できて、あなたがたとしてはさぞかし楽でしょうとも。湖なれば侵入ルートは限られて、
「君は怒ると思っておった」
未だ怒り収まらぬ私の八つ当たりに、ダンブルドア校長は全く動じることもない。舌打ちをこぼす。
「……死人じみた顔色の〝宝物〟を見て怒らぬなれば、それはもはや宝物でもないのでしょう」
「そうじゃろうとも。一昨年の君の弟君も、父君も——」
バジリスクの件に私の非は全くないと信じている。ドラコと
「——それに、今年も、君の怒りは彼らの心配と同根にある」
「この状況はまるで私の希望ではありません」
「その通り。第一の課題でも君は実に狡猾に戦った。しかし君の策は——確かに対処法を行い続けているが、同時に、自らの身ごと危険な環境に置き続けることを前提としていた」
それこそが課題だ。
……と返すには、少々、含みが多すぎる。
「未だ君は
「私に暴露されると困るのは、あなたがたの方では?」
「無論、成人したばかりの学生にまで気遣われる現況を作り出したのは、我々の落ち度だろうとも」
そうとは言ってな——オブラートを引き剥がして結合すれば言っているようなものだが。
「わしは確かに君の正しい選択を信じているが、それは己の身を蔑ろにすることと、決して同義ではないのだよ」
ダンブルドア校長のことは私はまるで好かない。父上の押し通したい政策をいろいろと邪魔されていることもある。そもそも彼が迂遠に指示する施策のいくつかは、純血貴族の権力を徐々に、確実に削ぎ落としている。
ああもちろん、かつての惨劇を繰り返さぬために格差の是正を試みていることは立派だとも。無理強いでもなくごく当然の改革であるからして反発も通りがたい。魔法使いが数を増やしも減らしもしないまま、マグルばかりが増え続けている今、既に純血主義は害悪でしかない。
権力を持たぬ英雄の座から、ダンブルドア校長は様々な変化を齎してきた。より多くの人を掬い上げ、より良い未来にするために——彼は彼ができる立場から、できうる限りのことを実行し、その果てに、いろいろと恨みを買っている。マルフォイはその筆頭である。
私はダンブルドア校長をまるで好かないが、しかし、彼が尽力していることも知っている。ゆえにこそ——
「——私にそれを言うのか。
〝英雄〟として己の身を削り続けた果てこそが、それこそ、眼前の老いぼれだというのに。
「おお、わしだから言うとも。紛れもなく反面教師の題材じゃ」
ダンブルドア校長は真面目くさったような顔で頷いた。
「君には〝宝物〟を大切にする選択肢がある。すなわち、己を大切にする選択肢があるのじゃよ——失ってからは、すべては手遅れになる」
……昨年といい、今といい、このご老輩はつくづく。
「わしにできることは数多いが、なにもかも見通し、なにもかもを思い通りにすることはできぬのだ。わしはずっとそれを知っている。ずっと知り続けている」
「前にも述べた通り、私はポッターの味方ではない。まして、あなたの味方でもない」
「よく存じておる。ゆえにこそこの話をしていることも、君は理解しているだろう」
強めに舌打ちをこぼして、ドラコのところへ戻った。ドラコの血色はずいぶん回復していて「ダンブルドアとなにを?」と怪訝に尋ねるので「わかりきった話を再確認された」私は返した。あまりに苛立ちが露骨だったせいかその後ずっと沈黙を保たれた。弟に怯えられて私は悲しい。
……まァ、思考整理の時間がほしかったのでちょうどよくもあった。
〝なにもかも見通し、なにもかも思い通りにすること〟——もちろんできないだろう。かのアルバス・パーシヴァル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアとて人間である。英雄として祀り上げられたひとを人々は勝手に推し量り、もっとより良い選択肢を取らなかった英雄はすなわち最低最悪の悪人だ、と指をさして非難するのだ。後知恵バイアス、結果論、まるで無責任な傍観者の言動。非難者たちは本当に同じ境遇に置かれたとき、なにもかもより上手くこなせる人間は果たしてどれほどいらっしゃるのか。万一にも実行できる機会が用意されたとて、おおよそ私の予想と変わりないだろう。ハンロンの剃刀が示すように、無能で説明がつくことに悪意を見出すほど無意味なことはなく——同様に、ただの人間をまるで全能として祀り上げ、失点を見つければ論い、その人こそが諸悪の根源であるかの如く執拗に攻撃するのは、愚かな有象無象の性である。いつの時代も英雄とは、愚昧らの幻想を背負って立ち続け、自らの怠りを真摯に受け止め、ひとり自責している。彼らはそのさまを直視しながらも、未だなお、過剰な期待ゆえの失望を押し付ける。そうして人を頼ることもできない〝全能者〟の出来上がりだ。馬鹿馬鹿しい。
能力の高い人間を私は評価する。ゆえに、彼らが自力で立ち続けることを良しとするならば、そこには口を挟まない。私は私でできることをするまでだ。有能な人間の足を引っ張るなど私の矜持として許し難い。私的な事柄に首を突っ込んでほしくもない。期待に応えようとするのは本人らの勝手だが、救うべき範囲が私および私の周囲にまで適用されると考えるのは、それもそれである種の傲慢である。私も私で勝手にしている。赤の他人に身をすり減らしてほしいとは全く思わない。
それは前提として——ダンブルドア校長、彼が多くを見通せることもまた事実である。今の会話に開心術の気配はなく、しかし、経験に基づく類推は人によっては限りなく事実を言い当てる。数多の経験を積み重ねてきた齢百歳を越える老人ともなれば、当然、その類推はより多くの事実を見通すはずだ。
……あの男、私の想定する〝最悪〟を限りなく近しいところまで当ててきたな。いったいどこまで読まれているのやら。
「——……」
もちろんのこと、己が身に流れる血を誇るにしても、まずは己が生き残らなければ意味がない。ゆえに私は名誉よりは自らの命を優先する。しかし己の宝物を大切にするには——宝物が失われたらば二度と戻らない。死に反対呪文はなく、修復は不可能だ。私が失われたら家族は当然悲しむだろう。そして——家族が失われたらば、当然、私も悲しむだろう。
そういうことである。
そういうことでしかない。
そういうことでしかないと信じている、が——……ああ全く、これだから、あの老人は好かない。
「ところで……おまえ、梟に加えて犬を飼い始めたのか?」
「ウンソウサイキン」
ポッターは黒い毛並みの大型犬を連れていた。よく躾られているのか、ポッターの隣に座してじっとこちらを見上げている。
「その大きさだと咬合力も優れているだろうな」
これは半分は褒めているが半分は褒めていない。
「噛まれたら私とて骨まで行くだろう」
「たぶん噛まない……」
ポッターは小さく弁明した。「ォン!」ずいぶんとタイミング良く犬が吠えた。
私は半眼で彼を眺めた。親馬鹿かつ脳天気な飼い主というものはいくらでもいるが、ポッターがそのたぐいだったとはな。
「どれだけ躾けられていようが噛む可能性はゼロではない。校内を連れ回すなら口輪をつけておくべきだ、一年生などが噛まれたらばそれこそ大惨事になりかねん」
ポッターがどのようなペットを何匹飼おうが非常にどうでもよいが、私やドラコに害が及ぶのは困る——私の言葉にさながら抗議するが如く、ぐるぐると犬が唸り声を立てた。威勢だけは一丁前のご様子である。
「ああそれと、ワクチンも接種させておけよ。狂犬病は野生のコウモリからですらかかる病気だ」
淡々と懸念事項を伝えておくと、何故かミミズクが笑い声じみた音を出した。どういう意図だかまるで不明である。そもそもミミズクの声帯として可能なのですね、その音。