タイトルにしか関係ありませんが、死ぬまでに米澤穂信作品をできれば全作読むと人生がきっと今よりもうちょっと潤います(ダイマ)
考えることが多すぎた。程々に騒がしい場所で、しかし邪魔されない時間がほしかった。久しぶりに厨房に出向いた。
ポッターどもと出くわした。
まァそれ自体はいい。場所を変えればいいだけの話である。ウワッヤベッと言った末弟のウィーズリーは聞こえているんだよなと思うが、双子に比べれば許容範囲である。
「……。ドビー?」
「レ——レグルスお坊ちゃま?」
ドビーにも出くわした。解雇された年度の夏休み以来では?
「御屋敷を解雇されて以降、ドビーはお仕事をお求めになっていました。しかしお給料をお払いになってくださる御主人様はいらっしゃいませんでした」
それはいないだろうな。
私が興味を示したのでドビーが説明し、ポッターたちがそれを見守りつつ私を露骨に警戒する絵面である。ポッターは我が家のドビーの扱いをおおよそ知っているはずで、まァポッターが知っているということは当然ウィーズリーやグレンジャーにも貫通していると見ていい。警戒の眼差しは当然と言える。私が配慮する義理はないので無視している。
「そのような折にダンブルドア様に——お雇いいただきました。週に一ガリオンと一月に一日のお休みをいただいております」
あのひと、本当に変人だな。
「ダンブルドア様ははじめ週に十ガリオンと週末のお休みをご提示になられました」
つくづくあのひと、本当に変人だな?
「ですので、今はホグワーツにお仕えしております。ソックスもたくさん購入されました」
「そうか」
何枚も靴下を重ね履きしているので奇妙奇天烈な服装になっている(マグルでもこのような服装の人間はいないだろう)が、本人の希望でそうしているようで。
私は無関心に頷いて、椅子から立ち上がった。ドビーの目線に合わせるならば、座るか膝をつくかである。私が膝をつくことはありえない。
「坊ちゃまは——」
「おまえの近況について誰に言うつもりもない。奏上したところで喜ばれないだろう」
むしろ解雇したのに幸せそうにホグワーツで働いている、などと述べたらへそを曲げそうである。父上はわりとそういうひと。へそを曲げるまでならいいが、父上がレギュラスにでも頼んでドビーの解雇を要請したら今度はレギュラスが不機嫌になる。要らぬ火種を家族に持ち込んで面倒なのは私の方だ。
「私の下僕でもない者に今更世話を頼む意味もなし——」
とまで言って、ふと思い出した。
「——おまえが淹れる紅茶の味が再現できなくてずっと困っていた。茶葉はおおよそ特定できたのだが。レシピをくれたら嬉しい」
ドビーはその巨大な目で私を見つめた。どういう意図かは不明である。誰彼構わず開心術をかけるような幼児ではなくなったのだ、とうに。ドビーが家の仕打ちに苦しんでいることを無遠慮に暴く考えなしだったのは昔の話である。
「レグルス坊ちゃまは……甘いものがお好きでしたので、シロップをお入れしてお出ししておりました」
「なんの?」
「季節に合わせて、果実のシロップを取り入れておりました」
「そう。ありがとう」
礼を言ってももうお仕置きはしないだろう。私は素気なく告げて、ポッターどもの脇を横切り、梨の絵を閉めた。もはやここを訪れることはない。
私はマルフォイ家を誇りに思い、家族を誇りに思っているが、しかし我が家はきっとドビーにとっては苦しみでしかなかった。ずっと知っていた。知っていたのに、見ないふりをし続けたのだ。
「——レグルス坊ちゃまは——良い御主人様では……ございませんでした」
「レグルス坊ちゃまは物静かな方ですが、お父君とお母君と、特にドラコお坊ちゃまが大の一番ですから。ドビーのような些末なしもべが鞭打とうとオーブンで手を焼こうと、御家族が命じられたことであれば、レグルス坊ちゃまは、お仕置き中のドビーをいないものとして扱われました。ドビーはレグルスお坊ちゃまにお洋服を望んだことがありました——お坊ちゃまはお断りになられました。お父君の方がご優先ですから、致し方のないことでした」
「紅茶を——レグルス坊ちゃまは紅茶が好きでした。毎朝紅茶をお出ししたのです。坊ちゃまに御遭遇しますと御礼を言われました。ドビーはお仕えされていただいている方々に御礼をもらえる立場ではございませんでしたので、あとでお仕置きをせねばなりませんでした。坊ちゃまに紅茶をお持ちいたしますと、いつも御礼を言われました……」
「ドビーはレグルス坊ちゃまに見つからないように紅茶を持っていくこともできました、ドビーはほとんどの場合はそのようにはいたしませんでした。一度だけそのようにいたしましたが、レグルス坊ちゃまはその日初めて紅茶を口にされませんでした……お熱が出ていたのでございます。ドビーが運んでいたらばドビーはすぐに気づかれたはずでしたのに」
「坊ちゃまは御紅茶をお望みだったのでございます。お話しする御相手をお望みだったのでございます。それはドビーでなくともよかったのでございます。けれども幼い頃の坊ちゃまは、御屋敷からあまり出られませんでしたから、ドビーぐらいしか居られなかったのでございます」
「ドビーが——ドビーが御主人様たちを怖がっているのを、坊ちゃまは、いつだったかご存知になられました。それからは、御礼以外で話しかけられることは滅多になくなりました」
「レグルス坊ちゃまは、良い御主人様ではございませんでした。レグルス坊ちゃまは——悪い御主人様でも、ございませんでした」