【完結】獅子座α星が、ふたつ   作:初弦

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不死鳥の騎士団(いちおう)
7年生でも寝坊する


 現在日時、八月四日夜。現在地、グリムモールド・プレイス12番地。あるいはブラック本邸。あるいは騎士団本部。玄関ホール。

 ハリーとドラコはしばし無言で、お互い、睨み合っていた。牽制し合っていたと述べてもよいだろう。やがて同時に目を逸らし、別方向へと歩き出す。

 

「猫の縄張り争い……」

 ボソッとつぶやいたジョージがセドリックに平手でしばかれた。

 

 大々的に死喰い人(Death eater)を裏切ったマルフォイがのうのうと外を闊歩できたらば、それはもはや勇敢なるグリフィンドールに入るべきだとして——しかしまァ、身内が現在進行形で死にかけているドラコと、一ヶ月ほぼ音信不通でダーズリー家に監禁されたハリーが鉢合わせれば、こういう雰囲気にもなる。犬猿の仲の二人がそのまま喧嘩しなかっただけまだましだったと言えよう。

 誰かせめてどちらか引き止めておけよとはまことにご尤もなツッコミであるが、しかしわりと皆々忙しかったので目を離した隙にうっかり出くわしていた——気づいた双子はちょっとワクワクして見守っていたが、セドリックはシンプルにハラハラしていた。なにも起きなかったことで良しとする。

「それで——マルフォイはまだ復活しないってわけだ」

 父もいて母もいる。これで兄さえ五体満足無事に喋って動いていたらば、少なくともドラコはあれだけピリピリしていないだろう。グリムモールド・プレイス12番地内は、忠誠の術により安全性が保たれている。

 レグルス・マルフォイは未だ、聖マンゴから一歩たりとも外へ出られていない。死んでこそいないとしても——訃報はさすがに共有されるだろうという嫌な確信——目を覚ましてもいない。

 死の呪いを命の水で受けること自体が前代未聞だ。賢者の石が未だに存在するならば、命の水を与え続ければ強制回復したのかもしれない。しかしあいにくと破壊済みだ。加えて、術者は優れた力量を持ち合わせていたのだろう。死の呪文に反対呪文は存在しないが、しかし、並の魔法使いがかの呪いを放ったところで鼻血の一滴も出せやしない——服用量はごくわずかとはいえ、命の水がもたらす不老不死を貫通して一時は息の根を止めていた。フィニートでは呼吸を呼び覚ました程度、未だに命を蝕んでいるとくれば、相当の実力である。

 ハリーの話を総合すれば、レグルスに向けて死の呪いを唱えたのはデルフィーニだと推察できる。ヴォルデモートの娘、長年にわたる認識阻害と潜伏の実力も踏まえて、当然強力な術者であったろう。

「あいつのサプライズ快気祝い計画はより熟考の余地がある、ということでもある」

「この間に稼いで借金熨斗つけて返さないとな。折半賞金五百ガリオンと合わせて、書庫ぐらい買えるだろ」

「ちょっとコンパクトになるかもしれないけど」

「広い心の持ち主ならば許してくれるともさ」

 レグルスの心が広いかどうかには正直疑問の余地が残る。

「どうでもいい扱いにしてくれる可能性に賭けた方がいいね」

「「任せてくれ、賭けにはめっぽう強くてね」」

 確かに大穴の賭けには勝っていたが、しかしバグマンにはしてやられていた。セドリックは肩をすくめてみせた。

「ヴォルデモートのために腕まで落としてホグワーツの生活も捨てられる忠誠心、ってなんだろうな?」

 フレッドが突然話を変えた——あるいは戻したのかもしれない。「腕は新しいのもらったっぽいけどさ?」とおどける声もどこか硬かった。

「イカれてんのだけは間違いない。あァあと、仲良くしてた友達をあっさり捨てられるぐらい、薄情」

「……レストレンジのやつがイカれてんのは間違いないけど、マルフォイってあいつ一応友達とか認識してんの?」

「……便宜上友達扱いはしてるんじゃないか……? 下僕なんて言ったら体裁悪いとかは気にするだろ」

 人間性への信頼は皆無な根拠である。

「その理屈だと僕たちも友達扱いされてそうじゃないかジョージ」

「……」

 双子は揃って露骨なしかめつらをして見せた。君たち仲が良いのか悪いのかわかんないよね、内心セドリックはひとりごちる。

 本人らが言うほど仲は悪くないが、しかし周囲に言われるほど仲良しでもない。マルフォイとウィーズリーは父親同士からして犬猿の仲だが、しかし奇妙な関係だ。

「……実際、どうなんだろうか」

 ダンブルドアを除いて、唯一デルフィーニと相対した者、セドリック。不死鳥の騎士団本部に匿われている理由でもある。ヴォルデモートの娘直々に勧誘されて、断ったが早いか殺されかけたとくれば、騎士団が保護するに足る理由である。

「狂っているのか——狂うだけの理由があったのか——狂っている()()をしてるのか?」

 デルフィーニの論うような物言いには、別の意図も垣間見えた。ような気がした。

 セドリックは開心術者でもないので、具体的な内訳まではわからない。感じ取った印象が間違っている可能性もある。

「セドちゃん最近マルフォイに似てきた?」

「寝てるのをいいことに乗り移ってる説あるな」

「冗談でもやめてほしい」

 

   ➤

 

 故ヴァルブルガの部屋。バックビークは元気に野生を飛び回っているため、ここにはいない。

 代わりにいるのは気位の高い純血貴族の子息一人——四捨五入ヒッポグリフかもしれない。そうかな。

「ハァイ、マルフォイ」

 ジニーがバスケットを持ち上げる。

「また夕食に来なかったでしょう。持ってきてあげたわ、食べなさいよ」

「ウィーズリーの施しなんざ不要だ」

 即座にはねつけたドラコに「施し? 馬鹿言わないで」ジニーが眉を上げる。

「あのね、あたしって実はあなたに借りがあるの。すごーく仲が悪い人に借りがあるのって、時間が経てば経つほど収まりが悪くなるのよ。いい加減返させて」

「……借り?」

「トム・リドル」

 ドラコは沈黙した。父親がやらかした件は、果たして借りになるものだろうか。

 ジニーは構わず、その腕に「ちゃんと持ってね」バスケットを押しつけた。

「まァそりゃ居心地悪いわよね」

 バスケットの布を剥がせばホットサンドが入っていた。ベーコンとレタスをチーズで挟んで焼き目をつけたもの。ドラコはじっと見つめる。

「あなたのお父さんもお母さんもひっきりなしに出かけてて、ほとんどいないし。シリウスの弟さんも忙しそうだし。クリーチャーはちょっと陰気でイヤミだし……シリウスの弟さんのことが好きすぎるし」

 ドラコは全く相槌を打たない(正直、聞いているかどうかもわからない)ものの、ジニーはそのまま喋り続けた。

「グリフィンドールとスリザリンはすごく仲が悪いし。特にあなたとハリーは。あなたのお父さんとうちのパパも昔からいがみ合ってるし——それで言うと突然変異の人たちがすごく不思議なんだけど。聞いた? フレッドとジョージ、あなたのお兄さんの快気祝いパーティー計画してるのよ」

「あいつらは兄上のことを口実に騒ぎたいだけだろ」

「それは否定しない、フレッジョだし」

 刺々しい反論に、ジニーもまた素直に頷いた。

「でも絶対、たとえば同じ学年でもモンタギュー相手だったら、口実にしようともしない」

 バスケットには未だ手を伸ばされない。

「……べつに毒なんて入れてないから」

 ジニーはうんざりと言った。

「それと、味は保証する。ママのお料理はいつだっておいしいの」

「母親に押し付けられたわけか」

「あら心外。ちゃんと自分から手を挙げたわ。うちはきょうだい平等だから、女の子だからって運ばせることはないもの。手加減されることもないけどね」

 ジニー・ウィーズリーは入学当初こそ借りてきた猫のように大人しかったが、実のところ活発な少女だ。兄弟たちと張り合っているうちに身についた特徴かどうかはやや不明。一因ではあるだろう。

「言ったでしょ、いつまでも借りたままじゃ収まりが悪いのよ。それに毎回席がひとつ空いてるのってすごく気になる。夏休みももう後半よ。あなたその調子で、教科書を買うときはどうするの?」

「あいにく、教科書ぐらいは一人で買える」

「この状況でどこかで隙をついて大人たちと離れられると思ってるならね、考えが甘いと言わざるを得ないわ。万が一離れられたとして——賭けてもいい、あなたそのあと〝あのとき離れなきゃこんなに過保護にされずに済んだのに!〟って後悔するでしょうね」

 容易に想像がつくことだった。そもそも、兄が目を覚まさない時点で既に父母はドラコにきわめて過保護である。ブラック邸に押し込まれている理由の一部がそれだ。レギュラスもこの点、むしろ父母より有無を言わさない。若い方の従叔父はもしかしたら僕らをとても(かなりだいぶ)心配しているのかもしれない、とは最近ドラコが気づいたことのひとつだった。兄の方にはあまり伝わっていない事実でもあった。

「まさかまだ——純血なら襲われない、なんて、思ってないでしょう」

 ジニーは少し声を低くした。

 ドラコは、ふと顔を上げた。壁一面に——を通り越して、四面に——広がるタペストリー。似顔絵付きの家系図が並んでいる。ナルシッサ・ブラックから伸びる線はルシウス・マルフォイと結ばれて、その下にドラコとレグルスが並んでいる。

 秘密の部屋の事件——ドラコは穢れた血(Mud blood)を嘲った。結果的に穢れた血(Mud blood)と、血を裏切る者と、兄まで一緒くたに襲われた。襲われに行ったようなものだが、しかし襲われたのは事実である。スリザリンの怪物に一払いで潰されそうになったのもあのときだ。

 クィディッチ・ワールドカップ——勝利の余波で気が大きくなり、ルシウスは友人たちとマグル()遊び始めた。ナルシッサはいい顔をしなかったが、それは羽目を外しすぎたことを厭っていただけだ。レグルスは苛立っていたが、それはどうでもいい他人にかかずらうことに怒っていただけだ。ドラコはそういう世界を当然として育ってきた。自らは決して傷つけられないと無根拠にも思い込んできた側としての傲慢。それがなにをもたらしたのか——闇の印から始まり、死にかけた兄の姿で、先学期は幕を閉じた。

 息子の死(実際には、そうではなかったわけだが)に取り乱したルシウスと、マルフォイ一家を、ダンブルドアは受け入れた。不死鳥の騎士団は、死喰い人(Death eater)の裏切者を許容し、保護した。しかしドラコは薄々わかっている——()()()

 親しいごくわずかな人々には情が深い一方で、その他にはおそろしく冷たい。散々と人々を嬲り嘲っておいて、身内が危険に晒された時だけは被害者の顔をする。

 あまりに、厚顔だ。

「野垂れ死んだ方が都合がいいんじゃないか? 君たちにとっては」

 ささくれだったドラコの返答にジニーは顔をしかめた。何度か深呼吸をして、それから大きく、わざとらしく溜息をついた。

「あたしの所感を正直に言わせていただくなら——あなたたち一家のことは、確かに嫌いよ。一生好きになれないと思う。散々ひどいことばかり言われてきたし、やられてきたもの。あなたのこともきちんとあなた個人で嫌なやつだって思うわ。本ッ当に最低のレイシスト」

 つらつらと今まで溜め込んでいた評価を述べて「でもね」とジニーは続けた。

「嫌いだからって、無残に殺されてほしいなんて、これっぽっちも思わない。馬鹿にしないでくれる? ——ちゃんと食べて。あたたかいうちの方が絶対美味しいんだから」

 強く念押しして、ジニーは退室した。ドラコはその後もしばらくタペストリーを眺めていたが、ふとバスケットの中からホットサンド(冷めている)を取り出し、一口かじった。

「……。かたい」

 冷めたホットサンドはそりゃあ若干固くなる。人の忠告は従わないまでもせめてきちんと耳を傾けるべき、その好例だ。

 

   ➤

 

 ウィゼンガモット法廷は、本来、未成年者の魔法使用検知程度では招集されるはずがない——今回は招集されたが。まったく権力の私的濫用とはつくづく手に負えないものだ。

 ともあれ、ハリーは無罪判決を受けた。

「ひとまず戻ろう。みんなが喜ぶぞ……今夜の御馳走は期待できる、モリーが腕を振るうさ。早く終わったことだし、昼かもしれないな」

 付き添いのシリウス(上機嫌)が「こんなご時世でなければ帰る前にロンドン観光でも寄り道したんだが」ひどく残念そうであった。

「平和になってから来ようよ」

「そのときはビッグ・ベンのてっぺんに連れて行ってやるよ。昔もジェームズと行ったんだが、あのときはあいつの透明マントがうっかり風で飛びそうになって、足が見えてしまってな——」

「もしかしてビッグ・ベンのてっぺんってツアーとかじゃない感じ?」

「成人済ならちょっと魔法を使ったところで法廷にも呼び出されない、そうだろ?」

 シリウスは片方の口角を上げてみせた。ハリーも笑った。裁判の前は笑う気分ですらなかったので新鮮な心地だった。

「おや、おかえりなさい」

 ブラック本邸にはレギュラスが顔を出していた。

「おまえこそ久々だな……いつ戻ってきたんだ?」

「五分ほど前ですね。万一有罪判決が出た場合に備えて……」

 レギュラスはシリウスを見て「……いたのですが、」ハリーに視線を移し、頷いた。二人とも晴れ晴れとした表情——判決は一目瞭然だ。

「問題ないようで。ではこれにて」

「待てよ。せっかくだから食事を取っていけ、おまえそろそろ倒れるぞ——」

「ご心配なく。限界はわかっています」

「——それともマルフォイにチクっておくべきか?」

 レギュラスがぱちくりとまばたきをした。心底驚いたような顔である。

「昔のあなたなら絶対に避けたでしょうに、ずいぶんと手段を選ばなくなりましたね……今ならスリザリンに組み分けされるのでは?」

「せっかく気を遣ってやった兄弟に言うことがそれか?」

 顔をしかめたシリウス。

 とはいえレギュラスは残ることにしたようだ。彼もまた裁判の様子を聞きたがったので、シリウスにもまだ共有できていなかったこともあり(外は人の目が多い)ハリーは素直に話した。ウィゼンガモットの光景、ファッジの険のある態度、被告人側の弁護に滑り込んだダンブルドアと証人たち——ダンブルドアはついぞハリーと目を合わせなかったことだけは、伏せた。

「ウィゼンガモット法廷といえば、僕たちとしては一昨年ぶりですが」

「それこそハリーを待ちながら思い出したよ。しかし顔触れはずいぶん様変わりしたようだな……」

 アメリア・ボーンズは相変わらず魔法法執行部部長で、ファッジはやはり魔法大臣だが、その他の面々はかなり入れ替わりがあった。たとえばパーシーは書記の任に拝命されていた。ダンブルドアがウィゼンガモットの主席魔法戦士から外されたことも含むだろう。

「純血貴族って、魔法省に対して幅を利かせてるってイメージだったけど。それにしてはファッジは……ずいぶん……」

「非友好的だった?」

 ちょっと笑ったシリウスにハリーは頷いて、付け加える。

「控えめに言ってもね」

 生き残った男の子、目立ちたがりの男の子、虚言癖のハリー・ポッター。ファッジの用意したテンプレートに押し込もうと躍起になっていた。昨年度までの態度とは全く異なる。ハリーは今までファッジが気のいいおじさんのように見えていた。よっぽど話が通じる人だと思っていた——法廷の振る舞いにより、今までの印象は逆転した。

「マルフォイの我儘でヒッポグリフの処刑が通ったことさえあるのに」

「マルフォイ家は本当に……」

 シリウスは呆れたように首を振ったあと「——だからこそだよ、ハリー」と言った。

「マルフォイが後ろ暗いことをし続けてあの地位を確立しているのは、知る人ぞ知る話だ。あいつら、ファッジの擁立も支援していたようだしな」

「当時はそれこそ都合がよかったとは聞いています。あくまでも表に立つことはなく——扱いやすい人間を表向き立てて、支援して、自分たちが介入しやすい環境を作る。返報性の法則は人間関係の構築において、抑えておくべき原則のひとつだ」

 レギュラスは会話をしながらも、ここ一週間ほどの日刊予言者新聞をハイスピードで読み進めている。ハリーがブラック邸を訪れてからレギュラスと顔を合わせたのは今日が初めてだったが、シリウスの〝久々〟という言も事実だったらしい。

「そして——もともとマルフォイは、昨年度のうちから、徐々にファッジの支援から手を引いていた。ポッターは、彼がクィディッチ・ワールドカップでやらかした案件は把握しているかな」

「魔法省の失態——」

()()()のことだよ。……君は現場にいたと聞いていたけれど」

 怪訝そうにレギュラスは首を傾げたが、ハリーにはいまいち心当たりがない。

「ブルガリア魔法大臣は英語が喋れた」

「あー……」

 確かにハリーは現場にいた。ファッジがブルガリア魔法大臣の名前を若干曖昧に紹介したところも、ブルガリア魔法大臣に傷を指差してなにか早口に捲し立てられたことも覚えている。試合終了後のブルガリア魔法大臣が、訛りが強いながらも、しれっと英語を喋っていたことも覚えている。

「本当は英語が喋れることを秘して戯れたのは、まァ、あちらの魔法大臣にもお茶目な非があったとして。言葉が通じない相手だからと、名前を呼び間違える、粗雑にあしらう、いずれも少しばかり……問題な態度だといえる。実は言葉が通じていた、とくれば尚更ね」

 予言者新聞を畳み直して、レギュラスは杖を振った。ぱっと新聞の束が消失した。

「誤解に至った経緯がわからないから断言はできないけれど……気難しい相手であれば、最悪、国交に支障が生じる。支援者にまで責任を迫られては困るから引いておこう——当然だが、時期が悪かった」

「先々月の事件と、ダンブルドアの主張も相まって〝()()マルフォイが、今度は耄碌しかけたダンブルドアを操ろうとしている〟と解釈できなくもない」

 シリウスが溜息混じりに付け加えた。

「加えてルシウス・マルフォイは一度、法廷で無罪が証明されてる。服従の呪文で従わされていただけで本質は死喰い人(Death eater)じゃなかったとね」

「誰もが嘘だって知ってるじゃないか」

「嘘だがそこが問題なんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ハリーは不意に、マグルの寓話を——狼少年の物語を思い出した。狼が来たぞと何度も叫ぶ少年は、本当に狼が来た時に誰にも助けてもらえなかった。マルフォイ家がのらりくらりとつき続けた嘘は似て非なるだろうが、しかし、真実を述べた今誰も信じない結末だけは同じだ。

「今考えると、一昨年の裁判の証言もまずかったな。くるくると掌を返す、わかりやすい具体例だ……」

 シリウスが物憂げにつぶやいた。裁判というのは、シリウスとピーターとレギュラスが引っ立てられた裁判だろうか——ハリーはその仔細を知らないが、ロンがレグルスに遭遇したことは知っている。ルシウスも引っ張り出されていたことも理解はできる。なにを言ったのかまではハリーには推察できなかった。

 それでも——魔法省の態度がハリーは本当に信じられない。あの墓場の光景を知らないからそのように宣えるのだと理解していても、なお、信じられない。バーサ・ジョーキンスは死んだ。フランク・ブライスは死んだ。バーテミウス・クラウチ゠シニアやアラスター・ムーディだって長い事監禁されていた。それらすべて事故と狂言と偶然の積み重ねだとでも?

 なにより、レグルスもまだ昏睡状態だ。命の水さえなければ——

「レグルスも、死んでいたかもしれないのに……」

「……死んでいたかもね」

 レギュラスは冷めた声でつぶやいた。

「けれど三大魔法学校対抗試合(Triwizard Tournament)は、もともと死人が出て中止されたような行事だ。聖マンゴに瀕死の魔法使いが運ばれるのも今に始まったことじゃない」

「ホグワーツの学生が死にかけたことも?」

「ダンブルドアが校長になってからは、そうそうないことだね。けれど、死にかけるまでなら、あるにはある。賢者の石の件だって、秘密の部屋の件だって、一歩間違えば死人が出ていた。本当に死人が出るとすれば、アーマンド・ディペットの代になるから、半世紀ぶりかな——前例はあるんだ。ほとんどの人々は、今を正常だと思い込もうとして、日常を送ろうとして、なんとか自らの精神を保護しようと試みる」

 冷淡、を通り越して何の感情もこもっていない物言いだった。「——やっぱり、僕は少し出ます。用意してくださっているところ申し訳ありませんが、適当に執り成してください」「レギュラス」立ち上がった弟をシリウスが咎めた。

「もともと、食事はちゃんと取っていますよ。皆と取るべきという決まりもない。それに、そもそも、あなたとは今更心配されるほどの関係でもなかったでしょう」

「それはそうだが——ったく」

 ばちんと音を立てて姿くらましが行われた。言葉は先細りになり、シリウスは額を抑えた。

「……レギュラスは……」

「……そうだな。気にしてる。とても」

 おそるおそる尋ねたハリーに、てのひらをヒラと振って、シリウスは苦々しげに言った。

「あいつにとって、マルフォイの子息たちは……私にとっての君のようなものだろう。ハリー。十七年以上見守ってきたぶんの感情を考えると——」

 不意に言葉を切って「……湿っぽい話はよくないな。まるで最悪を前提にしているみたいだ——うん、良くなるさ。聖マンゴには腕のいい癒者(Healer)が勢揃いしている」シリウスは声色を変えた。

「それより、完全な無罪判決。君は喜ぶべきだとも」

「けれどシリウス——」

「いいか、ハリー。喜べることはちゃんと喜ぶべきなんだ。その心を失ってはいけない。こういうときだからこそ」

 シリウスの口調は諭すもので、しかし、有無を言わせぬものだった。眼差しは紛れもなくハリーを捉えていた。

「君もわかっているはずだ。だからこそ、双子に賞金をそっくり渡したのだろう」

「……ちょっと待って、なんで知ってるの」

「帰宅前にジェームズの金庫を開けるべきだったな、ハリー? ガリオンの袋なんて叔父さん叔母さんの家に隠し持てないだろ」

 一枚上手の後見人は代子の癖っ毛をくしゃりと撫でた。

 

   ➤

 

 スリザリンの監督生(Prefect)バッジ——緑地に〝PREFECT〟と記されたバッジである。金属製のチェーンが付随している。

 同封されていた手紙から滑り落ちて、床に転がった。ドラコは一瞬目を眇めた。

「君も監督生?」

 目敏く見つけたのはセドリックだった。拾い上げたバッジを渡そうとして——ドラコが手を空けようとしないのを見て若干戸惑い——テーブルに置いた。

「それじゃあ後輩だ。おめでとう」

「おまえと寮は違う」

「監督生同士だとどうしてもやりとりが多くなるからね。それこそ監督生用のバスルームは寮で分けられてもいないし……確かに、同じ寮の監督生の方が関わりは多いだろうけど」

 ドラコのてのひらに力が込められた。今にも教科書リストを破きそうな手が、理性により、かろうじて抑えられている。セドリックは二度ほど目を瞬かせた。喜べる心境ではない、というよりは——

 ——考えたところで、思い至る。セドリックは夏休みが明ければN.E.W.T.の年であり、最高学年だ。スリザリン寮の最高学年は当然セドリックと同学年で、監督生は——……監督生に欠員が生まれることはそうないはずだ。あの散々な振る舞いを自主退学として括ってよいかはさておき、少なくとも、スリザリン寮に所属する七年生のレストレンジにお目にかかる可能性は限りなくゼロに等しい。果たして、今年はどうなるのだろうか。

「——僕にバッジを寄越すくらいなら——」

 ドラコがちいさくつぶやいた。文は半ばで切れて、最後までは形にされなかった。

 手紙を指で畳んで封筒に押し込む。バッジもテーブルから乱暴につかみ取って、封筒の中に入れた。

「……レグルスは自分が監督生バッジをもらうよりは、君がもらう方が喜ぶと思う」

「兄上を軽々しく語るな!」

 振り返ったドラコがそこで初めてセドリックを睨んだ。

 セドリックはまるで予想していたように、落ち着き払った顔つきだ。

「君が彼の弟であるように、僕は彼の友達だよ」

「あの人が他人の誰も友人と捉えているわけがないだろ」

「そうだろうか。君は案外、君といるとき以外の彼を知らないのかもね。確かにちゃんと〝友達〟の扱いになるまでに五年近くかかったけど」

 能力主義者かつ身内主義者は、その視野に真っ当に入るまでにも基準が厳しく、入ったあともそれ以上の関心をほとんど示さない。彼の家族への傾倒こそがある種特例である。

 セドリックは指を広げて「頼られること、気を遣われること、相応にふざけること——でも今の論点はそこじゃないな」一本ずつ指折り数えて、思い出し、手を振った。

「とにかく。兄弟の君が気にするのは仕方がない——仕方がないけれど、彼を知るのは君だけじゃあない。知っている誰かから、あるいは知っているような素振りの誰かから、語られることは当然有り得る。それは彼だけでなく、君自身もだ」

 ドラコの拳はどんどんときつく握られている。血色を失った拳にセドリックは気づいていながらも、そこにはなにも言わなかった。

「レグルスは他人の評価に興味がない方だけど——とはいえ世間体は気にする方だ。確かに、他人(ひと)からの評価すべてを馬鹿正直に受け止めるべきじゃないとしても、粗雑に扱うべきでもないんだよ。君が手に入れたそれを欲しがっても手に入らない人はいくらでもいる。それこそ君の兄弟だとかね」

 レグルス・マルフォイは、監督生の肩書はあれでいて本気で欲しがっていた。わかりやすく、能力があることを保証された称号だからか。あるいは()()らは認められたが自分は貰えなかったゆえか。

「監督生の肩書を持たされたということは()()()()振る舞いを求められている。君は一度、その意味をよく考えた方がいいかもしれない——改めて、監督生おめでとう」

 セドリックは踵を返しかけたが「そうだ」とふとドラコを振り返った。

「ロンとハーマイオニーも監督生だったみたいだ。夕食はたぶん彼らのお祝いになるけど、君も——うん、すごく嫌そうな顔だね。わかったわかった。黙っておくから。お父さんとお母さんには伝えておきなよ」

「言われるまでもない!」

「ちょっとは元気出てきたかな」

 ドラコの頬に怒りで赤みがさしたのを見て取って、セドリックはサッサと退散した。

 

   ➤

 

 夏季休暇は終わり、新学期が始まる。一人が目を覚まさない状況であったとして、その他千人を超える学生にとって、特に日常に支障はない。

 汽車から降り立ったハリーは、相変わらずひとりでに牽かれる馬車たちをしばし眺めた。不可思議な光景には慣れ始めているが、やはり奇妙なことには変わりない。ハリーにとって未だ不可視たるいきものセストラル、うち一頭は、白濁した瞳で、ハリーが馬車に乗り込むさまをじっと見つめていた。すぐに眼差しは振れて、前を向いた。

 ホグワーツ城は荘厳に佇んでいる。千年もの時を経ながらも、常に。倒れる気配もない。

 

   ➤

 

「魔法火ってどの魔法だっけ」

「えーと……」

 燃された炎はコバルトブルーだった。レグルスがいつも焚いている炎は、自然の火に近しい橙ないし赤だ。

「あの魔法っぽくない炎どうやって出してるんだ?」

「燃料になるものをおいて、火をつけるところまでは魔法……とか?」

「呪文作った説もあるけど」

「あいつなんか若干いろいろ変なんだよな……」

 普段焚火を熾しているのはレグルスなので、他四名は謎の焚火の集いでは火をつけたことがない。

「マシュマロも持ってきた」

「チーズとウィンナー」

「マシュマロ、このメンバーで誰が食べるの……」

「……口直しとか?」

 彼らもマシュマロを口にしていたのは一、二年生のあたりぐらいで、ウィンナーも用意されるようになってからは専らそちらに手が伸びていた。今更マシュマロを延々と食するのはどこぞの大の甘党ぐらいである。だから血色悪いんじゃないかと軽口叩いたフレッドが絞られたのは昨年だったか一昨年だったか。

 ともあれ焚火の集いは今年度も開催されている。一名欠けているので今まで通りとまではいかないとしても。

「【耳塞ぎ(Muffliato)】」

 レグルスが数回だけ使っていた程度の魔法を再現できるあたり、双子の魔法への才というのは途轍もなく高い。

 これが成績にはまったく活かされないというのだから。

「さて。……スリザリンの監督生は、七年生は空席か」

「どころか、今年度の首席も空席だね。監督生のコンパートメントにもいなかった」

「監督生の方は後釜を見つけづらいってのはありそうだけど。後者は——」

「——今も寝てる誰かさんだろうね」

 セドリックは真面目な顔を作った。

「意外と寝起きが悪い……」

 ちょっとだけ笑いが起きた。すぐに静まり返った。

「……マルフォイは、生きてるんだよな?」

 ロジャーは改まった様子でそう尋ねた。彼は不死鳥の騎士団本部にはいなかった——当たり前——ことに加えて、本部からの梟通信はかなり制限されていたので、具体的な内容までは把握できていなかった。

「コンパートメントでも言った通り、僕たちには病状はわからない——」

「——けれど、まァそういうことだと思う。少なくとも死んではいない」

「葬式に呼ばれてないからな」

「ちっこい方のマルフォイもそうなったらホグワーツに戻ってないだろ」

「心ッ底辛気くさいけど、辛気くさいだけだ」

 フレッドとジョージは口々に言った。ウィンナーが炎にあぶられてぱちぱちと音を立てている。

「マルフォイの人たちは、たまに見舞いに行っていたみたいだ。弟くんの方が連れられていた」

「マジ? 気づかなかった」

「ていうか僕たち、ほっとんど親の方とは顔を合わせなかったな」

「ウィーズリーの人たちとはなるべく会わないようにしてる、というのもあるんじゃないか」

 セドリックは炎の上にフライパンを掲げるとベーコンと卵を焼き始めた。わりとしっかり軽食である。

「あとはシンプルに——多くの人を連れていけないのか」

 聖マンゴに用意されているはずの病室、レグルスがいるはずの部屋の番号を彼らは知らない。

「次こそ息の根を止められたら、とか。……ゾッとするだろうね」

 またしばし沈黙が下りた。焼き上がったベーコンを出現させた皿に移す。フライパンを消そうとすると「僕も使いたい」「「お待ち、僕たちも」」「はいはい……」すかさず三名が主張した。

「——うちはまァ、パパもママも騎士団に協力的だ」

「元からね」

 ロジャーのぶんの焼き上がりを待つ間、双子が口を開く。

「前回の魔法戦争では、ビルですらちっちゃかったし、なんならママはジニーを妊娠中だったし、参加できなかったみたいだけど」

「今回はそれこそガッツリだ。いわゆるダンブルドア派、ハリー派、元々ハリーは半分ぐらいうちの子みたいなもんだしな」

「でも——世の中はそれが多数派ってわけじゃない」

 風が吹く。森の梢が揺れてさざめいた。風に煽られた魔法火もまたちらちらと揺れた。

「実際、ハリーを指差して悪口言うやつらは寮の中だって少なくない」

「ちっこいマルフォイも似たような感じだ。僕らめちゃくちゃ睨まれるから、あっちは今んとこ手ェつけられてないけど」

「……それで?」

「君たちはどうなのかっていう話だ。君たち自身もそうだけど、家族だとか」

 セドリックが息を吐く。

「騎士団に保護されていた僕に言う、と、いうことでもないね。君たちが言いたいのは。……そうだね、父は——正直、あまり良い顔はしなかった。家族から隔離してまで保護されるほどの危険が未だにあるのか? と聞かれたら、それは僕自身でもちょっとよくわからない」

 デルフィーニはどうもセドリックを引き抜きたがっていたが、その理由も根拠も不明だ。断片的な言葉だけでは、彼女がなにを知っていたのか、セドリックには詳しくは理解できなかった。

「もちろん母もね。そもそも死にかけたのだって僕じゃないから……加えて、新聞のあの表現だ。百歳も生きたボケ老人が、気が狂って、ありもしない陰謀をでっち上げていると思う方が妥当だ。それは理解できる——僕もそれに同意できたら楽だったのかな、とは思わなくもないよ」

 ベーコンの端をかじる。焦げる寸前のカリカリが一番美味しい。

「今の世論だと、ダンブルドアが悪人でおかしいんだって軽蔑の目を投げていれば、まるで、賢い人のように振る舞えるからね。……そういう僕がいることは否定しない。それで、たぶん、デルフィーニは()()()()()に目をつけようとしていたんだろうね」

 公明正大な監督生——以前揶揄いのように投げられた言葉を覚えている。勤勉で寛容で誠実で忍耐強くて献身を恐れないハッフルパフ。ゆえにこその代表選手だ。自らが選ばれなかったとき、セドリックは心底がっかりした——代表選手たちを恨めしくも思った。

 屈辱だとまでは思わなかった。あのときセドリックは本気で否定した。

 いつか、どこか、分岐の果てで、屈辱だと思う可能性があったかもしれないことは——否定しない。

「だから……説得できたらいいなと思うよ」

 ロジャーは焼き上がったベーコンと卵を、これまた出現させた自分の皿に移した。「ダンブルドアの話……」彼もまた口を開く。

「例のあの人の復活、その話はちゃんと覚えてる。魔法省や新聞の主張も知ってる。僕は……うーん。正直どっちの主張も、信じているかどうかで言うと、わからない、が正しいな。父さんも母さんも、チェスター……兄さんも、けっこう懐疑的だ」

 空いたフライパンに卵とベーコンが今度は各二で投入される。そこそこ小さなフライパンなので今にもはみ出しそうだ。

「自信満々に復活させたトーナメントで、生徒に被害を出したことを認めたくないから、妄執に囚われてしまったんだ、って話も聞いた」

「パースが似たようなこと言ってたな……」

「パーシーって今魔法省勤めだっけ? だったら僕と情報源同じかもな、この話をしてたチェスターも魔法省で働いてるから。ところでジョージ端っこはみ出てる燃えるぞ」

「おっと」

 ベーコンの位置が調整される。

「そう、それで、そうだな……でもさ、マルフォイってあれで本当に慎重だろ? 意地を張る相手の弟がいないときに死にかねない無茶はしない。それで、あいつはちゃんとできるやつだ。点数はふるわなかったけど——ドラゴン相手に無傷で勝ったのはあいつだけだろ」

「あれ実はチャーリーも褒めてたんだよな」

「言ってあげればよかったのに」

「「チャーリーはうちの兄貴だぞ!?」」

「なんだかんだで君たち兄弟好きだね」

 焼けたベーコンと目玉焼きをフレッドとジョージも手に入れた。

「うん、まァ、とにかくだ。マルフォイが学校に戻ってこられなくて、スリザリンの監督生がいなくなったのも事実——例のあの人の復活じゃなかったとしても、相当のやつがいるのは……違いないんじゃないかと思ってる。そんな感じかな」

 彼らはしばらく、熱心に、ベーコンと目玉焼きを食べていた。七年生といえば十七から十八歳である。全員クィディッチ選手で食べ盛りだ。小腹の足しぐらいにしかならないが、食べないよりはマシである。

「お互い、やるべきと思うことをやるしかないね。いろいろと」

 今年度も焚火での集いは続けられていくだろう。最初の一人が欠けたとしても。

 

   ➤

 

「ところで——目下の問題の話をしよう」

「どれかな、いっぱいありそうだけど」

「具体的には、長ったらしい演説、教科書()()の授業——防衛術の科目で杖を振らないだなんて、信じられるか?」

「ホントだよ、受け続けるのやめりゃよかった」

「ルーピン先生がよかったから欲出たんだよなァ」

「マッド-アイもよかった——」

「——偽者だったけど。まァ授業はよかった」

「イカれてたがね!」

「今考えるとまともに授業やってるだけ死喰い人(Death eater)のがマシなのか?」

「本当に終わってる。あり得ない。武力を持つ必要がないったって、僕たち、今年はN.E.W.T.だぞ」

「焚火会も開催しなきゃなあ……」

 

   ➤

 

 グリフィンドール五年生の初授業、ハリー・ポッターが、黒魔術に対する防衛術の授業で、新任教授のアンブリッジに反発した——ヴォルデモートは帰ってきたと世迷言をほざき、レグルスの件は〝事故〟だというのかと糾弾した。聖マンゴに未だ閉じ込められている男が——事故らしい。どんなに優秀であっても事故の可能性は消えることはない。

「ミスター・マルフォイ、あなたは馬鹿なことを言わなくて、わたくしほっといたしましたわ。さすが監督生に選ばれるだけはあるのでしょうね——お兄さんが早く良くなるといいですね」

 スリザリン五年生の授業。

 ドラコはアンブリッジをしばし見返した。

「……はい、そうですね、アンブリッジ先生」

 彼の声色には全く感情が込められていなかったが、アンブリッジは従順な返答に満足したようだ。

 本日の授業は防衛術で最後だった。スリザリン寮の談話室を足早に抜ける——今までは、ドラコの周囲には人が集まることが多かったが、最近はほとんどそうではなくなった。マルフォイ家の影響力はとみに弱まった。ダンブルドアと共に、嘘八百を撒き散らす家として白眼視されつつある。

 とか、それだけではなく——スリザリン寮内では実のところ、ヴォルデモートの復活について、ほとんど〝信じる〟方に傾いていた。というのも、純血貴族の何人かは死喰い人(Death eater)——墓場の復活に同席した面々は、ハリー・ポッターだけではなく、当然ルシウス・マルフォイだけでない。親が目撃していて、子に対して〝帝王に逆らわぬように〟と言い聞かせた例は少なくない。

 〝裏切り者のマルフォイに近づかぬように〟と言い聞かせた例も、また、少なくない。

「マルフォイ——」

 ゴイルやクラッブとも、新学期が始まってからほとんど会話もなかった——が、部屋へと戻ったドラコを、追いかけて、ゴイルが呼び止めた。

「なんだ」

「その……」

「……そもそも、ゴイル、おまえ()()僕に個人的に話しかけて、いいのか?」

「……たぶんだめ」

 幼い頃から付き合ってきた子分の小声での白状に、ドラコは呆れて、思わず笑った。脳味噌が小さいとはつくづく実感していたが。

「どう考えても言っちゃだめだろそれも。おまえは本当に」

 ゴイルは居心地悪そうに身をよじって、後頭部をかいた。

「でも、君、大丈夫じゃないだろ」

「気にされるほどじゃない」

 これは事実だとドラコは心底から思っている。ドラコは死にかけたわけでもないし、新聞で名指しされて誹謗中傷されたわけでもない。アンブリッジも表立って反抗しなければよいのだ。あしらうのは簡単である。心を閉ざして受け流せばいいだけの話だ。

 有象無象に好き勝手言われたところで——気にする必要はない。なにも。

「……僕が、父上の方から、お伝えしてもらおうか。せめて君だけでも——」

「大丈夫だ」

 ゴイルが()()()()続ける前に、ドラコはキッパリと言った。

「僕は大丈夫。問題はない——あのなあ、おまえ、僕を誰だと思ってるんだ。おまえたちのトロさをずっと尻拭いしてやっていたのだって僕だぞ」

 事実である。それ以上に、ドラコは自らの我儘だけでも傲岸に振り回し続けていたとしても、ドラコが子分たちの世話をしていたのも事実である。

 O.W.L.前から既に落第しかねない成績だった子分二人に対して、悪態をつきながらも、ドラコは面倒を見ていた。たまに兄を呼んで丸投げすることもあった。レグルスは基本的にドラコに甘いので、ドラコが頼んだことならばゴイルにもクラッブにも辛抱強く接した。図体が大きいので力加減が下手で、しょっちゅう寮の備品を壊し、魔法薬の材料や道具を破壊して、そのたびに寮監に話をつけに行く羽目になった。スネイプは呆れを通り越して辟易しながらも〝面倒見が良いことで〟とぼやきつつ、始末書を書いていた。

「おまえこそ気をつけろよ。そちらを選んだなら、振る舞いは慎重にするべきだ——殺されたくないだろ」

 ドラコの言葉に——冗談交じりだが、しかし真剣な声色に——ゴイルは怯んだようだった。固唾をのんで「……ウン」とつぶやく。

「ウン、そうだな……そうだ」

「そうだ。自分の方を心配してろ。僕は……僕は大丈夫だ」

 今度こそ殺されるかもしれないと思っている。どこかで命を取られるかもしれないと危ぶんでいる。ドラコは心底そう思っている。最強の黒魔法使いに誰が敵うというのだろう。誰が勝てるというのだろう。もしかしたら今年とて、彼の手先が今年も学内に潜んでいないとも言い切れないのに。

 ヴォルデモートに対して執り成してもらえるなら、赦されるというなら——その選択肢を選べるものなら選びたかった。きっともう少し前なら選んでいただろう。昨年までならば——

 躊躇なく誰でも殺せる人だと知らなければ、きっと選んでいただろう。付き従った配下の息子でさえもどうでもいいと知らなければ、きっと、選んでいただろう。

 寮室の扉を閉めて息を吐く。まだ誰もいない。課題を済ませておくべきだと思う。同時に、思考は未だ先程のやり取りに囚われている。クラッブがこちらにコンタクトを取ることはおそらく既にないのだろう。ゴイルもおそらく、これから、話しかけてくることはないだろう。小さな脳味噌でも恐怖は覚えるはずだ。ドラコもまた然りだ。ゴイルにも、クラッブにも話しかけることはない——子分が手に入れた安定をひっくり返して、それで、何を得られるだろうか。各勢力の睨み合いは薄氷の上に続いている。誰かが危険に陥り、不幸になったところで、レグルスが目を覚ますことはないのだ。

 それにしても——

「どこが監督生?」

 バッジを手に入れてから常々思っていたことを、ドラコはまたぼやいた。寮内で孤立する監督生など見たことがない。

 

   ➤

 

 不死鳥の騎士団はこの間も会議が行われていた。

 

 議題︰オーグリー。あるいはデルフィーニ。もしくはヴォルデモートの娘。とにもかくにも——〝ドラコ・マルフォイは一人っ子〟の世界を知っているらしき何者か。

 に、ついて。

 

逆転時計(Time-Turner)だとか?」

「普通の逆転時計(Time-Turner)で、使用限界を弄ったにしてもせいぜい数日——〝オーグリー〟の主張が事実だとすれば、年単位、下手すると十年規模だろ。さすがに厳しい。ベラトリックスはまだ脱獄してすらないんだぞ?」

「加えてあれは肉体ごと転移させるものだ。精神だけ移すなぞ高次元過ぎる——後者の品は我が屋敷にもない」

「……いや待て、まさか前者はあるのか……?」

「あいにくと抜き打ち検査というものにはいくらでも抜け穴があるのだ」

 アーサーからの驚愕の表情をルシウスはさらりと流した。おまえいい加減にしろよの眼差しが各方面から注がれる。息子のことで取り乱したのは紛うことなき本音だろうが(そうでもなければヴォルデモートに杖を向けるなどあり得なかったろう)それにしてもこれだからマルフォイは。果たして騎士団協力でどれだけ水に流されるか、どれだけ水に流せないか、そこが問題である。

「ブラフの可能性もある」

「し——真偽や方法は、も、もはや論じる意味がないと思います。た、ただでさえ時間は限られている」

 水掛け論になりかけていた会議をクィレルが遮った。震え声はやはり変わりないが、こと真実を追い求める点についてはレイブンクロー出身に分がある。

 ハリーの血の護りが解けるまで(すなわち、成人に至るまで)残り二年。蘇りの石——ダンブルドアを蝕む呪いが彼を滅ぼすまで残り一年。

「ま、ま、まして楽観的な想定で全滅など、お、お話にもなりません。最悪の想定をしましょう。で、デルフィーニが〝かつて決定された未来〟を知っているとして——さ、最大の問題は、き、騎士団側の手札です」

 不死鳥の騎士団側が持ち合わせている手札は四枚である。最大の切り札が〝生き残った男の子〟あるいは〝選ばれし者〟たるハリー・ポッターだというのは、もはや自明であるとして、残り三枚。

 ダンブルドアの記憶と、魔法省にのみ保管されている予言の全貌。

 既に破壊された分霊箱(Horcrux)の個数。

 不死鳥の騎士団から死喰い人(Death eater)側に派遣されているスパイ。

「最悪はすべて割れていると見るべきじゃろう」

 ダンブルドアが重々しく言った。

 たとえば予言の全貌を知っているとする。たとえばいくつかの分霊箱(Horcrux)が破壊済みだと既に把握されているとする。たとえば——スネイプの裏切りさえも知られているとする。

「その上であやつが泳がそうとしている場合……もちろん、警戒は必要じゃ。そしてあやつが、我らの()()に対する対策を考えている可能性も、考慮するべきだの」

 すべての可能性に対処できるとすれば、真っ先に思いつくものは分霊箱(Horcrux)の増産だ。不完全な不死をより完全に近づけるために。

 改めて、発見できていない分霊箱(Horcrux)候補の大まかな所在を今一度洗い直す。

「ハッフルパフのカップはレストレンジ家の金庫——」

「——あの男が嘘をついていなければの話だが」

「スネイプの真実薬(Veritaserum)の効能には異論はないだろ」

「レイブンクローの髪飾りはホグワーツ八階の()()()——」

「——と、というか、あ、あの()()()の地図、ほ、本当に間違いないんですよね? ど、どう考えても()なんですが……」

「マローダーズ残りの三人の努力の結晶だよ。正直僕らも目を疑ったけど……」

 

 ナギニのことまでは、騎士団は()()知らない。

 ゆえにこのように続けられる。

 

「グリフィンドールの剣——」

「——本当にどこだよ、アレ。これだけ探して影も形もない」

「ヴォルデモートのゆかりの地なんて、もう思いつかないな……」

 

   ➤

 

【 魔法省、教育改革に乗り出す

 ドローレス・アンブリッジ、初代高等尋問官に任命 】

 

 日刊予言者新聞を畳んでドラコは杖を振った。新聞は寮室に送られた。兄はどうせ起きたらば、昏睡している間の新聞をすべて読みたがるだろう——すぐにでも、どのような内容でも。

 

   ➤

 

「防衛術を——ハリーから習う?」

 セドリックは今しがた提案された内容を復唱した。ウィーズリーツインズは揃って頷いた。

「本人にはまだ話持ちかけてないみたいだけどな」

「つっても、ハーマイオニーとロンならたぶん説得できそうだし」

「だからほぼ確定」

「焚火会のこともあって思いついたんだと」

「実際今年の防衛術最悪だしな」

「そんで、機会があるならどうかって話だ」

「それは……ウーン」

 口ごもった青年は「なにも僕はハリーの実力を疑ってるわけじゃないよ」と付け加えた。

「少なくとも、彼はいろいろなことを成し遂げている。賢者の石も、バジリスクも、そこに、去年はトーナメントの優勝と例のあの人が加わったことも、間違いない。場数の違いが示すものはよく知っているよ。ただ、そう——僕には既にN.E.W.T.とクィディッチと監督生業務と焚火会があるんだよね」

「それはそう」

「ほんとにそう」

 双子はまたもや揃って頷いた。「仕事量大丈夫なのか?」「忙殺ではあるんだけど投げられる人が他にいない……」ロジャーの確認にセドリックは首を振った。

 N.E.W.T.とクィディッチは謎の焚火の集いのうち五分の四がその通りなのだが——セドリックは三年時に登録した選択科目を含めてすべての履修科目を落としたことがないので、勉強の必要量が人より多い。クィディッチではキャプテンを務めている。これはロジャーも同じだが共通点はそこしかない。

 なにより後者二つが最大の問題だ。当代の七年生には首席が不在な上にスリザリンの監督生も欠員状態なので、能力に加え、リーダーシップを持ち合わせたセドリックにかなりの負担がかかっている。自習サークル焚火会は副主催が現状欠員、実質セドリック一人が運営している状態——もともとレグルスはアドバイザーの立ち位置を公言していたのであまり変わりないやもしれないが、とはいえバッファは重要だ。多忙を通り越して過剰である。本当によく倒れないな。

「勉強の息抜きにクィディッチしてクィディッチの息抜きに焚火会の処理して焚火会の息抜きに監督生してるからね」

「それはな、たぶんな、息抜きって言わないんだぜセドちゃん」

「自覚はあるんだよ……」

 ちなみに謎の焚火の集いはもはや情報共有を兼ねたルーチンワークのようなもので、特に息抜きではない。あとおやつタイム。

「焚火会も潰したくない……っていうか、できれば引き継げる子を見つけて伝統にしていきたいんだよね」

 杖を振って火力を上げつつ——今日は風が強いので火が消えかけていた——セドリックは言う。

「全体の学力底上げもそうだし、寮や学年を超えた繫がりを作る機会っていうのも大事だなって。クィディッチチームは寮で括られているし、同好会はどうしても小規模のものが多いだろ?」

「勉強は必須だから、ある意味話題に困らないってのはあるな」

「そうそう。それに、もともと魔法界の知識量が追いついてない子のサポートもできたのは僥倖だった。どうしても常識が違ってくるし、先生方だけだと取りこぼしがあるからね」

 セドリックはそこまで喋って、焼けたウィンナーを齧った。もぐもぐと咀嚼して口が塞がっている間に「なるほど、何人か声かけて補佐体験させてたのはそれもあるのか」ロジャーが頷いた。

「うちだとアンソニーとか、ルーナか? 単純に人手が足りないだけかと思ってたよ」

「ウンいやそれもあるけど人手は切実に足りない」

「本当に大変だな」

「正直、ルーナにもう少しだけ人間関係の機微を読む能力があったら今すぐにでも副主催代理に置きたいんだけど……」

「そこまで。……彼女を初見で青田買いしてたマルフォイはなに」

「むしろあいつが育成したんじゃないか」

「可能性はあるな……」

 この場に不在の人間の能力審美眼については置いておく。

「それはそれとして君の後継者候補は?」

「今のところジニーに勧誘かけようかなと思ってるんだけど、あの子クィディッチやりたいんだって? クィディッチ・キャプテンとの兼任が多忙なのはたぶん僕が一番よく知ってるから……」

「そ、そうだな」

 ロジャーが気圧されたように頷いた一方で「おいおい」と末妹の名前を出された双子が身を乗り出した。

「うちの妹をなめるなよ、けっこうタフだぞ」

「なんせ俺たちがしごいたからね」

「それはむしろ君たちは反省するべきなんじゃないかな」

「あとフツーに嫌なことははっきり断るからな」

「セドちゃんみたいに多忙で潰れかけることはないさ」

「悪かったね自己管理があんまりなってなくて!」

「君の場合はもう自己管理とかいう問題じゃないだろ。……チョウとちゃんと会える時間あるのか?」

「死守してる」

「死守て」

 話はどんどんと逸れていったが、そもそも本題は〝ハリーが教示する防衛術自習サークルに参加する意思はあるか〟という点である。

「体が空いたらかな……空いたらね……」

「哀愁」

「空くことあるのか?」

「僕は見に行ってこようかな。ふつうに気になるし……」

 セドリックの代わりにロジャーが釣れた、というのがこのときのやり取りの顛末だった——

 

 ——時を早送りしよう。一週間後。

 

「ちょっといいかな? 君たちの寮の、五年生の監督生二人を呼んでほしいんだ。そう、ロンとハーマイオニー。ハリーも一緒だったら一緒に来てくれるとありがたいかもな」

 セドリックは呼び出しに応じた三人に「ごめんね、急に時間とらせちゃって」挨拶もそこそこに、杖を振って盗み聞きされないよう対策を取った。念のために声をひそめる——

 

「——君たちの()()()に、僕と、僕の友達も何人か入りたいんだ。新規人員を受け入れてくれるつもりはある?」

 

 ——セドリックが手のひらを返した理由は数時間前にある。

 

 教育令二十四号により、生徒によって結成された三人以上の集まりはすべて一度解散され、再結成には——つまり、存続には——高等尋問官の承認を得ることが条件となった。

 セドリックは、キャプテンとしてハッフルパフのクィディッチチームの承認を申請し——これはあっさり通った——続いて、焚火会についての書類も出した。

「活動歴は……あら。三年も。初めの年は四年生でしょう、ずいぶん熱心ね」

 レグルス・マルフォイが主犯ではなく主催した防衛術自習サークル(お遊戯会欠席者爆増事件)のメンバーがのちの焚火会の中核になったことは間違いないが、あくまでも前身でしかないことは伏せておく。

「O.W.L.の準備もありましたから」

 ついでに動機も伏せてセドリックは微笑んだ。ハッフルパフは真面目で正直者、しかし愚直とは異なるのである。適時適切に使っていきましょう。

「規模は……」

 アンブリッジがぱちりとまばたきをした。

「……五十三人。これは……正確な数でしょうか?」

「皆勤となると十人前後になります。籍を置いている数でいえば……そうなりますね。テスト前駆け込みの入会も少なくないので」

 各員得意不得意は違う上、自主的な集いである以上は性格の相性も重要だ。適宜組み合わせなども考えるセドリックにレグルスは明らかに呆れていたが、セドリックもいい加減そこそこの付き合いなので、強引めに頼むとわりと簡単に折れてくれると知っていた。頼む前に貸しを作っているとベター。

「なるほど、なるほど。外部講師を呼んだことなども記録されていますが——」

「以前お世話になった方に協力してもらいました。生徒たちだけでの自主練では難しい部分もありましたからね」

 一昨年は忙しかったらしい(というか、シンプルにホグワーツ近辺にいなかったのだという)クィレルも昨年度は引っ張られてきていた。〝た、宝探しの、い、息抜きに……〟と謎のコメントを述べていたが、相変わらず教え方は真っ当だった。宝探しってなにを。

「……素晴らしい活動のようです、しかし——」

 アンブリッジは書類をまとめなおしてセドリックの手元に突きつけた。

「——残念ながら、わたくし、こちらは認められませんわ。どうもいくつか不備があるようですね」

 セドリックはわずかな間を置いてから、申請書類を受け取った。様式はクィディッチチームの申請とほとんど同じ——何故こちらだけ不備が生じるというのだろう?

「……ミズ、もしよろしければ……その()()について詳しくお伺いしても?」

「あらまァ。それを考えることこそが自主性を育むのですよ」

 アンブリッジは片手を頬に当てて柔らかく微笑んだ。

「わたくし、生徒の成長の妨げなどするつもりはありませんの」

 ——人数か、外部講師か、明らかに手応えが悪くなったのはそこだ。おそらく不備は様式には関わらないのだろう。

「……お時間を割いてくださり、ありがとうございました」

 セドリックは笑みを佩き直し、退室した。佩き直した笑みは退室と同時に消失した。その足でグリフィンドール寮に向かった。期せずして彼の体は空いたわけだ。代わりに、友人たちとともに立ち上げて三年以上続けた自習サークルを失った。身軽さと喪失は等価であった。

 焚火の会。キャンプファイヤーのごとく煌々と燃え盛らずとも、ふとそこにあるもの。あたたかく照らすもの。

 

 ——その炎をかき消す資格が、いったい、誰にあったのだろうか?

 

「セドリック、セドリック? あなた、何人かって言わなかった?」

「そうだな。僕はちょっと数え間違えたかもしれない。もしかしたら、十何人かだったかもね?」

「おい、おい。数十人の間違いだろ……」

 

 焚火会会員五十三人のうち、既に加入しているメンバーも少なくなかった。

 

   ➤

 

 暗号キー:焚火に不可欠なもの

 

 手帳の一ページ目に記された文に、ドラコは半眼になって、それから【marshmallow】と綴った。文はドラコの書き込みごと、溶けるように消える。

 

 さて、今度はドラコに読まれないとよいのだが——

 

「だったらあんな簡単なキーにするなよ」

 マシュマロを焚火に不可欠と考えるのは、レグルスか、同レベルの甘党ぐらいのものだろうとしてもだ。

 

 ——ともあれ、寮内でさえ安全ではないと確認できたのはある意味僥倖なのやもしれないな。皮肉だ。

 レストレンジ家。聖28一族内でもブラック家に次いで過激な純血主義を擁する。親の世代として心当たりがあるのはベラトリックス伯母上やロドルファス、ラバスタン義伯父上ぐらいのものだが。彼らは全員アズカバンだ——レストレンジは実質孤児となりうるはずだが、誰かに預けられているという噂は聞いたこともない。屋敷妖精(House elf)に育てられたにしても、であれば口がさない輩が何事か述べていてもおかしくないだろうに。

 なにを企んでいるのやらな。頭角こそ現さないものの、卒なく振る舞い、監督生バッジを授けられる。まるでそれこそ[インクの痕跡]トム・リドルだ。

 

 ドラコが魔法生物飼育学の授業で怪我をした。

 モンタギューに早退を勧められた。そこまで顔色が悪かったか。動揺を表に出さないように精進せねばなるまい。

 

 ドラコが私から逃げ回っている。

 茶器を三回割ったところでトレローニー教授に退室を促された。

 

 当時心配をかけた罪悪感がドラコにもちょっぴり芽生えた。

 

 そろそろ私は怒っていいだろう。あの子は私をいったいなんだと思っている?

 

 罪悪感は爆速で霧散した。

 おそらくこの翌朝に大広間で張られていたとみた。

 

 ウィーズリーツインズの才能には感心するがスペシャルサンクスと名を綴るなら事前に許可を取れおまえたちには寮内政治という概念はないのかなさそうだな鳥頭どもが。

 仕事が増えた。近いうちに一度釘を刺しておくべきか——下手に覚えられて悪用されても困るな。あいつらは成績に活かさないところだけは頭が回る。つくづく面倒きわまりない。

 

 レストレンジの態度変わらず。しいて言えば、去年以前と比較して遠慮は消えたな。

 

 ポッターにファイアボルトが贈られたのが一万歩譲って私の話のせいだとして私が責められるいわれはなく自白するいわれもない。そうだと思う。そうだろうとも。なにも問題はない。そうだな。

 

「なんでこの人たまにものすごい勢いで自己弁護を……」

 

 O.W.L.で発狂する人間が増えている。昨年の先輩を笑っていたのはどこの誰なのだろうか。その調子でN.E.W.T.は持つのだろうか。

 

 ディゴリーの統率の才は認めるが、会の名前が焚火会なのだけは本当に納得がいかない。私が副主催なのも納得はいかない。弱みはやはり握られるべきではない。

 レストレンジを誘うのはやめておいた。いずれ本人からコンタクトがあるやもしれないが、少なくとも、今私から打診するに足る理由はない。有能なことは認めているのだけれど、ゆえにこそ厄介だ。

 

 先だって、焚火会の無期限延期が通告された——中止や廃止ではなく、無期限延期なあたり、ハッフルパフの優等生の抵抗が見えた。

 セドリックはその際、ハリーたちの自習への誘いをセットで行なった。ドラコは一も二もなく断った。どちらかが(あるいはどちらもか)我慢ならずに癇癪を起こして大惨事になる未来しか想像できない。

 

 宝探し、ねえ?

 

 母上が私に度々紹介してくださった研究者の方々、たまに本当に高名な人が混じっていたことに昨今気づいた。五歳児に会わせる相手ではないかと存じますが。いえありがたいとしても。

 

 スネイプ教授のあの物言い、つまりドラコは二代先の監督生候補だろうか。あの子の統率の才は確かにディゴリーとは別の意味で優れており、面倒見もいい。単純な成績もクィディッチにかまけていながら上位に食い込むのだから、妥当な判断なのだろう。

 今から祝いの言葉を考えるか。

 

 気が早すぎるわりに、けっきょくドラコはまだレグルスからの祝いの言葉をもらっていない。進路面談で弟の話題が出た理由もわからない。大方兄上ががなにかを言ったのだろうけど——ドラコは推察する。事実は実のところ逆である。

 

 期末試験、手応え上々。

 どこぞの御老輩についての言及は差し控える。

 

 O.W.L.の年が終わる。

 

 全科目(O)、当然だな?

 

 あの爺、私なぞに釘を刺しに来られるぐらいであれば、父上にも釘を刺してくださいませんかね。羽目の外し方は私よりも絶対ひどいものですよ! 御覧くださいあの行進を!

 ……だとか、冗談を言うのもな。闇の印。よりにもよってこのタイミングだ。一度は死にかけた身として大人しく滅びていてくれないものだろうか。

 

 狂人ムーディ殺害計画、第一プラン——

 

「とんでもないものを手帳に残すな!」

 プランは十まであった。念入り過ぎる。実行する気はなく、単なるストレス発散だろうとしても——実行する気はなかったと信じている。当時のムーディ=クラウチは完全にムーディに扮していたので、まさか闇祓い(Aurur)を本気で殺そうとしていたわけでもあるまい。……たぶん。

 〝信じている〟というより〝信じたい〟が正しいのは置いておく。

 

 レストレンジがやけに代表選手になるよう勧めてくる。

 

 一文をなぞる。

 強く違和感を持ったのか、インクはやけに色濃く刻まれていた。

 

 二人目の代表選手に話題のすべてが掻っ攫われた。おかげさまで、私が立候補するつもりもないと再三主張していたことは些事として流された。世間体としてはラッキーだが——私としては最悪だ。情勢を考えると弁明することもできないにしてもだ。

 私はまだいい。代表選手として名を連ねた以上注目はされる。その間、相手も下手なことはできない。問題はドラコの方だ。あの子は言いつけをよく守っているようだが——とはいえやはり、犯人の狙いが不明だ。

 

 ポッターはスキーター女史に目をつけられたようだ。まったく可哀想に。そのままスケープゴートになっていてくれ。ここまでくると私のことが埋もれるだけありがたい。

 

 リータ・スキーターが執筆した代表選手の記事は、九割九分がハリーについて割かれ、レグルスに関しては一言も言及されていなかった。兄が不自然なぐらい上機嫌だったのをドラコはよく覚えている。こういうときの兄上意味がわからなくて怖いなと思ったことも覚えている——これは口にすると笑顔で詰められるので伏せた感想だ。

 レグルスはドラコに甘いが、しかし普通に横暴である。兄なので。

 

 第一の課題、30点。不評。

 そんなにも派手な演出を期待していたならばどうぞお好きに、勝手にやっていてほしい。ポッターが私のぶんまで十二分に活躍しただろうとも。ホグワーツの名誉は保たれた。けっこうなことじゃないか。

 

 ムーディが第二の課題についてやけにヒントを寄越そうとしてきて鬱陶しい。なんだ貴様。恩を売ってマルフォイたる私を闇祓い(Aurur)にでも仕立て上げたいのか。絶対嫌だ。致死率そこそこな上にそもそも私は貴様が嫌いだ。

 

 レストレンジは七変化だった。実例を目にしてはしゃいでしまった心は事実だとして、反応を多少盛ったことは否定しない。

 七変化——直近の例はブラックの血筋だ。レストレンジ家、ベラトリックス伯母上、すなわちレストレンジはロドルファス義伯父上とベラトリックス伯母上の——[インクの痕跡]——それだけにしてはなにか妙だ。

 帝王の忠実なる下僕、ホグワーツに潜入していた女が、彼あるいは彼女だと仮定する——するとして。かつて私とクィレル教授との間に割って入った理由だとかもそうだとして。

 帝王が信頼を寄せる理由が——レストレンジ夫妻が過激な純血主義であることは自明だが、しかし、彼らが幼子のもとにいられたのはたかだか三年だ。その後はアズカバン、幼児の育成にまで手が回らない。屋敷妖精(House elf)たちが教育を引き継いだにしても、あの方が己以外のすべての他人をそこまで信用す

 [インクの痕跡]

 ——他人?

 

 父上は悲観的だが、しかし楽観的だ。

 死喰い人(Death eater)の息子ならば、帝王に命乞いをする機会が必ずあると信じていらっしゃる。

 

 第二の課題、49点。

 ダンブルドア校長、あの老いぼれ、いよいよ耄碌し始めたか——私を心配したつもりか? 奇特にも魔法界どころか全人類のために身を削る英雄殿が? 私を? くだらない。本当にくだらない。

 おまえのように世界に身を捧げるつもりなどもとより毛頭ない。私は——私だって——[インクの痕跡]——どいつもこいつも。なにを言われる筋合いもない。私の命ぐらい私の好きにさせてくれ。そも、他人にかかずらっている暇があるなら、そのろくでもない気配がする杖腕をなんとかするべきではないか? せいぜいがもって一、二年と見たが?

 

 苛立ちによるものか、あるいは別の理由か、筆跡が乱れていた。

 このあたりから、まとまった文章というよりは、抽象的な散文が多くなる。

 

 バーテミウス・クラウチは服従の呪文と拷問の呪文の併用で長らく監禁されていた。

 バーテミウス・クラウチ。元魔法法執行部部長。元魔法大臣最有力候補。——息子の咎で出世街道から追いやられた鉄人——レストレンジ——クラウチ——[インクの痕跡]——すべてがまさか偶然だとでも?

 

 この六年、私の憩いの場を邪魔し続けたぶんの貸しがある。ひとつふたつの頼みぐらい聞いてくれるだろうとも。

 

 命の水の効能は永続ではない。量も踏まえて——濫用はできない。一度きりの機会。加えて不確かだ。できれば、それこそ、もしものときのために取っておきたかった——私はわざわざ使うほどのへまは——たとえそうであったとしても、私は、私ではなく[インクの痕跡]——

 ——あの老人、本当に余計なことしか言わないな。

 

 最後の記述はごく簡潔だった。

 

 恐怖を直視することはひどく難しい。

 

   ➤

 

 ウィーズリーこそ我が王者——

 ——グリフィンドール対スリザリンで歌われた内容、その出だしである。

 セドリックとロジャーは出場しない寮チームのキャプテン同士ということもあり、その試合を揃って観戦した。ゆえにスリザリンの応援歌——グリフィンドールの新人キーパーを特定で野次る歌を聞くことにもなった。

「あまり……少なくとも、品性は感じられない歌だ」

「オブラートに包むのに失敗してるよ」

 指摘するロジャーにセドリックは肩をすくめてみせた。オブラートに包めるだけの品性が本当にない。卑怯というより——やはり品性の問題だろう。煽り文句にしたって限度がある。

「普段ならドラコの方が煽動してると思うところだけど——」

「——ないだろうな。今は」

 ドラコへの信頼というよりは——シンプルに、マルフォイ家には今、主導して煽動できるだけの影響力がない。ヴォルデモートに逆らった烙印はそれだけの意味を持っていた。死喰い人(Death eater)の家系でなくとも、大々的にターゲットになりかねない相手と親しくすることは単純にリスクを生む。ヴォルデモートの復活を信じない家庭であれば、それはそれで、ダンブルドアの主張を支持するマルフォイにおもねる理由がない。

 さすがに同寮かつ同学年の監督生たるパーキンソンとはやり取りをしているようだが、もはや露骨に、同寮の監督生からも避けられている。セドリックはさすがにこれはこれでどうなのと懸念しているものの、スリザリン寮は閉鎖的な環境なので、他寮からではいまいち手出しができない。

「仮に今まで通りでも、マルフォイがいたらばさすがにいい顔をしないんじゃないか?」

「彼は矢面に立たない手の方が好きだからね」

 セドリックやロジャーはレグルスを友人だと思っているが、それはそれとして人間性への信頼は皆無である。ある意味ではこれもまた信頼と呼ぶべきなのかもしれない。悪辣への信頼。

「とはいえ、今までの行いが後押しになってしまっているのも間違いないだろうね」

「弟の方、ちょくちょくライン超えだったからな。Mワード(Mud blood)に限らず。……事情知らなきゃマルフォイがまたやってると思うまであるかも」

「ああ、それもありえるな……」

 大前提として、生まれ育ちを嘲る物言いは魔法界であろうともシンプルに品性を疑われる。子どもにはどうしようもできない孤児や貧乏を謗るなど論外だ。年齢ゆえに思い至らない、とすら擁護できない。十一歳に至らぬ部分があるのは間違いないとしても、同学年の大部分は、ハリーやロン、ハーマイオニーを、そのように貶すことはなかった。それこそドラコを筆頭とした一部とその取り巻きだけである。

「……ところでウィーズリー大丈夫じゃなさそうだな」

 ロンの動きは当然精彩を欠いているが、双子も大概だ。ブラッジャーを弾くための棍棒がときたま不穏に動いている。

「僕も全く大丈夫じゃないと思うよ」

 言いながら立ち上がろうとしたセドリックのローブをすかさずロジャーが掴んだ。

「監督生はご立派だけどさ、()()を止められるか?」

 ロジャーの眼差しは真剣だ。セドリックの行動を咎めるつもりはないが、しかし明確に制止している。

「君は一人であっちは……最少でも数十人だ」

「……」

 軍歌が何故存在するかご存知だろうか。理念の表明であり、意思の統一を図り、同一の歌詞によって目標を等しい仲間として連帯感および士気の向上を生み出す。行進中に歌い上げることで歩調を合わせる役割も果たしている。団結による陶酔は人々の自己肯定感を増大させ、あるいは肉体的な箍を外すことも可能だ。

 スリザリンチームの士気は明らかに上がっている。動きがいい。新人キーパーがミスを連発していることも、応援歌による影響もあるだろう。

「……だとしてもこれは……」

「ああ、まずい。まずいけれど——僕たちにはどうしようもできない」

 試合を終わらせることが最優先だ。観客には手出ししようもない。それはグリフィンドールチームが最もよく理解してただろう。ハリーがさっと観客席の目前を横切った——上から下へ——マルフォイが追従している。視線の先を追うことはクィディッチ選手ならば当然の技能——スニッチだ。

「とっ——どっちだ?」

「——ハリーが取った」

 一瞬の細かな判別であればシーカーたるセドリックに分がある。とき同じくしてマダム・フーチのホイッスルが響き渡った。

 一方で、ピッチ全体の視野にはチェイサーたるロジャーに分がある——血相を変えた。

「まずい避けッ」

 ホイッスルの余韻が消える——と同時、ハリーの腰にブラッジャーが衝突した。箒から叩き落とされた少年がピッチに墜落する。ドラコがぱっと顔を上げ、周囲を見渡した——「クラッブ!」風に乗って声が響いた——マダム・フーチが鬼の形相ですでにクラッブを捕まえ、つよく叱りつけていた。

「……最後までひッどい……」

「もはや最後以降だろう、笛は鳴っていたじゃないか……」

 スリザリンのやり口がラフプレーばかりなのは周知の事実だが、最近は、特に荒んでいる——悪化している。

 悪質な応援歌は、少なくとも一昨年までは行われなかったことだ。集団を巻き込んで増長する手口。より手段を選ばない、狡猾を通り越して——

「——なんで怒る? おまえがずっとやってきたことじゃないか」

 クラッブはマダム・フーチの叱責も特に堪えていないようだった。不思議そうにドラコに問うた。

「六月のことがなきゃ、おまえはきっとおんなじことをしていた。それとも、今からでも仲間に入れてやろうか、()()()?」

「——……」

 ドラコはうすく呼吸をした。「……そのとおりだな」言葉はひどく平坦だった。

 全くもってそのとおりだ。日頃から悪辣のように振る舞って、咎めることもなく、だのに今更いい人のような顔をして——それはかつてドラコがレグルスにぶつけた感情でもあった。

 

   ➤

 

「クィディッチ禁止? 妙な冗談——」

 ジョージの表情にセドリックのかろうじて浮かべていた笑みが抜けた。フレッドを見る。フレッドは焚火をついていた。ジョージの言葉を訂正することはない。

「——本気で?」

 ハッフルパフの優等生が露骨に狼狽を見せた。なかなか珍しいことだった。

「それは、たとえば、ホリデーまで?」

いつまでも(ever after)だそうだ」

「アンブリッジが? ()()()()()()()?」

「とうとう呼び捨てたな」

 フレッドがボソッとつぶやいた。しかも二回呼び捨てた。

「焚火会廃止の時点でもともとあの人を教授とは呼べないと思っていたけれど——」

「君、あのサークルにかなり力入れてたものな……」

 セドリックは真剣にショックを受けている。

「ありえない……魔法省がその指示を正当化できる理屈なんて……」

「〝生徒の特権は剥奪されるべき〟だと」

「——まさかクィディッチを〝する〟ことが特権だとでも言うのかい? 箒にさえ乗れるなら、五歳の子どもだってクィディッチの真似事で遊ぶのに?」

 魔法界で箒がない家の方が珍しい。

「僕たちが知りたいね」

 ウィーズリーの双子はすっかり気落ちした様子だった。

「でも確かに——僕たちは我を忘れた——」

「あんなのはあいつが——」

「結果的には——」

「スリザリンの——名前忘れたな、とにかく——応援歌作ったやつらしい。大広間でいろいろとひどいことを声高に言ったんだ」

 反省会なのか意見の食い違いなのか、言い争う二人の横で、ロジャーが補足した。「教授も監督生も、週ミーティングでいないタイミングだったんだ」セドリックが知らなかった所以はそこにあるようだ。

「言い争いになって、ヒートアップしていった。あー……詳しく表現したくもないけど、主に、ポッター家やウィーズリー家のご家族を貶すような内容だな。怒るのは無理なかった——ポッターと双子がキレちゃって」

 こう、と腕を振る様子。

「……ちょうどそこに戻ってきたのがマクゴナガル先生だ。怒髪天を衝いた。まあそこはあの女史だからな。もうちょっと早く来てくれたらよかったんだが。とにかく、いくら理由があっても、やっちゃいけないことってのはある」

 暴力沙汰がよろしくないのは魔法界でも当然の理屈だ。

「とはいっても、せいぜい罰則だろうと思っていた、そこに——()()()アンブリッジがついていった。()()()彼らの処分はクィディッチ禁止になった。いつまでも(ever after)

いつまでも(ever after)の意味を彼女は理解しているのか? たとえ留年したってせいぜいが数年だ、けれどまるでその言い方じゃあ——人の人生を縛るなんて越権どころの話じゃない。裁判にだって陪審がいる、懲役だって法律を参照する——権力者の一存で他人の未来が決定されるというのかい? そんなもの、独裁ですらない。圧政だよ」

「それを望んでいるのかもな」

「冗談じゃないんだよ——」

 ザッ、と、靴音がした。

 四人は咄嗟に口を閉ざし、振り返った。

 ドラコがマシュマロの袋を片手に凍りついていた。しばし彼らは見つめ合った。

「——……」

 スリザリンローブの少年がくるっと踵を返す。思わずジョージが杖を振った。「【縛れ(Incarcerous)】」「は↓ァ↑!?」「すごい悲鳴」ドラコは見事簀巻きにされて、さながらイモムシ状態で転がされた。マシュマロの袋を拾い上げたのはフレッドで、セドリックがころころと縛られたドラコを焚火の方へ転がしていく。転がされた拍子に、整えられたプラチナブロンドがぐしゃぐしゃになった。

「ふざっ——解け! なんっで僕が地べたに転がらなきゃいけないんだ! おまえたちじゃなく!」

「威勢がいいな」

「意外と元気じゃないか」

「今年度はずっとしおれてたからね」

 意に介さない最長学年ども(期せずして、いい気分転換になった)にドラコの頬に赤みが差した。

「グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー五点減点!」

「僕なんもしてないんだけど」

 監督生の権利を振りかざす少年にロジャーが控えめに異議を申し立てた。

「ああそうだな!? 止めもしなかったな!?」

「確かに」

 異議はあっさり却下されたが、ロジャー自身も納得した様子なのでなにも問題はないらしい。そうかな。

 杖を振って丸太を横に出現させる。

「椅子代わりにどうぞ?」

「……地べたじゃなきゃいいってことじゃあないんだよ!」

「よく吠えるなあ」

「レグルスを思い出すね」

「あいつもっと全体的にトーン低めだろ、殺意が滲んでるっていうか」

「そもそもとっくに杖が出る」

 もはやチワワ扱いされている。

 【縛れ(Incarcerous)】は解かれたが、丸太は出現させられたままだった。ドラコは三度ほど足を進めるか退くか躊躇って、渋々——本当に渋々——丸太の上に腰を下ろした。すぐに一度立ち上がって、クッションを出すと、改めてその上に座った。お坊ちゃんである。

「【耳塞ぎ(Muffliato)】っと」

 盗み聞き妨害をかけ直して「ああ」とフレッドは納得の様子を見せた。

「俺たちがいるのに近寄ってきたのはこれのせいか。声が聞こえなかったんだな」

 一方でドラコは訝しむ顔つきでフレッドを睨んだ。

「なんでスネイプ先生が作った呪文をおまえたちが知ってるんだ」

「……エッこれスネイプの——」

 双子が絶句した。

「レグルスがね」

 セドリックが一言補足した。

「またマシュマロ焼くのか。まあいいけどさ」

「これは僕が持ってきたもので——」

「はいはいウィンナーあげるから」

「ベーコンもあるよ」

「そうじゃない!」

「でも君絶対一人で食べ切れないだろ。胸焼けで済むといいな」

「顔色一つ変えずに一袋食い切れるのは君の兄貴ぐらいだ」

「あいつの甘党はどうかと思う」

 大人しくなったドラコを他所に「マッジでこれ甘い」「昔は五人でよく割ってたよな——甘ッ」「十七にはキツい」「十八にもきついよ」謎の焚火の集いは久々に平穏な話題で盛り上がった。一年に様々なことが起こるのはもはや今に始まったことではなかったが、しかし、今年度は明確に悪いことばかりが立て続けに起きていた。悲しいことに——彼らにとっては主に八割アンブリッジである。

「……まあ居座らせちゃったのは僕らだけど、君はお友達にこれ見られて大丈夫か?」

 ロジャーの問いに、ドラコはじとりと彼を見て、それからベーコンに視線を戻した。

「僕はもう、頼み込んでようやく仲間に入れるかを検討される立場らしい」

「スリザリン寮内政治、キツ……」

 マルフォイの栄華墜落に心底から引いているのは本音だが、しかし意外でもない、というのもこれまた本音だった。

「半分は例の件だとして。半分くらいは、君の今までの行いが返ってきているんだろうね」

「……」

 他人を見下す傾向はマルフォイ兄弟どちらも持ち合わせているが、特にドラコは、己の好き嫌いとは別のところで、身内に対しても気を許すがゆえに乱暴な傾向があった。この点レグルスはまし——というわけではなく。

 むしろ表面的には上手くやっているだけにたちが悪かった。

「そういう点ではマルフォイはちょっと酷かったからな」

「ウィーズリーになにがわかる」

 そろそろ嫌気が差して噛みついたドラコに「わかるね! 少なくとも、お前さんよりよっぽど」フレッドは眉を上げてみせた。

「親父もお袋も、褒められることは褒めるけど、叱るときはちゃんと叱る——やらかしたら、そのぶん、理屈も添えて」

「おかげさまで、僕たちはめちゃくちゃ叱られて育ってきた。やっちゃいけないラインはよーくわかってる」

 ジョージもまた頷いた。

「学校じゃ、軽度なお叱りで済む範囲から出たこと——ほとんど——ないんだぜ」

 前置きがついたのは御愛嬌とでも評するべきか。

「褒めない親はひどいけど、ちゃんと叱らない親ってのもひどいんだ。お前、ひどいことをしたときに叱られたことある?」

 もちろん叱られたことぐらいある——言い返そうとして、ドラコは止まった。両親が〝叱る〟のはほとんど〝身の安全をおろそかにしてはならない〟あるいは〝その言動を外でも行うのは賢明ではない〟という点に絞られた。レグルスからの叱責もまた、外での振る舞いやドラコ本人の身を案じるもので、他人を貶める策(主にハリー・ポッター関連)はほとんどお咎めなしだ。

「それが君たちの常識と言われればそれまでだけど。そうだとすれば、僕はつくづく、貴族に生まれなくてよかったと思うよ」 

 セドリックの言葉は辛辣だった。

「とはいっても、マルフォイ家が悪いというよりは、大なり小なり、貴族の歪みだろうな。純血貴族にはそういう傾向がある……そうでもないのはロングボトムぐらいか、あそこは女傑が至極真っ当だから」

 ロジャーが冷静に評論した。

「良い独裁の例ってか」

「そもそもその場合は独裁とは言わないんだよ」

「かもね」

「マルフォイはそのへん理解してそうな気もするけど——理解した上で放置してるあたり、手に負えないとも言えるな?」

「言えてる」

「あいつ、家族に嫌われてでも正す気とかはないからな」

 レグルス・マルフォイのことを彼らはよく理解していた。なにせそろそろ六年以上の付き合いにのぼる——最近寝てるけど。

 考え過ぎでそろそろドラコが目を回しかけていること、加えて、いい加減ベーコンが冷めそうなので、食事の小休憩。

 「どうするかね」とジョージが膝の上に頬杖をついた。

「寮内政治はそれこそマルフォイの得意分野だ」

「僕たちが突っ込むのは逆効果だろうしな?」

「——下々の手を借りる必要なんてない」

「またドラちゃんはそういうこと言う」

「だッッッれがドラちゃんだ!」

 父上に言いつけるぞ、はぎりぎり出なかった。

 

   ➤

 

 ウィンターホリデー、聖マンゴにて。

 アーサー・ウィーズリーの病室からこっそり一時退散し、聖マンゴの喫茶室に向かう途中——つまり、マグル式治療の件でヒートアップしたウィーズリー夫妻の言い争いから逃げる途中——あ、とハリーたちは廊下で足を止めた。

 レギュラスはかすかに眉を上げた。

「……通るのかい? どうぞ」

「ああ——ええ、はい——」

「おや、おや! ハリーに、君たち——昔授業を教えましたね!」

 ひょっこりとレギュラスの後ろから男が現れた。ニコリとハンサムな笑み。ロックハートである。

 ハリーは思わず一歩引いた。条件反射だった。ハリーはこのチャーミング・スマイルを有する男が本当に苦手である。

「ロ——ミスター・ロックハート」

 先生、はもう正直つけたくなかった。

「ロックハート先生!」

 一方で、ハーマイオニーはちょっとはにかんだ。ロンとジニーが〝正気?〟と言わんばかりにハーマイオニーを振り返った。ジニーはバレンタインデーの件でロックハートに関わることには心底懲りていた。

「ハーマイオニー! 君はとても優秀な生徒でした——もちろん、学生時代の私には及びませんが——イタッ」

 レギュラスがうんざりした顔でロックハートの額を叩いた。

「彼らにも己が用事があるものかと」

「でも、ここにいるということは、あなたの甥御さんへのお見舞いでは?」

「もちろん別件でしょうとも。なにせ彼らに伝えた覚えがない——」

「——レグルスがここに?」

 ハリーが出し抜けに尋ねた。レギュラスはハリーに一瞥をやり「魔法使いの治療といえば聖マンゴだからね」素気なく言った。

「特に目を覚ます気配もない。見舞いに行ったところでどうせ気付かないよ」

 どこか冷たい物言いだったが「病室を教えていただくことは——」ハリーは食い下がった。レギュラスは胡乱そうにハリーを見た。夏に会ったときよりも雰囲気はより刺々しくなっている。

「……何の目的で?」

「僕——あの墓場で、彼に〝私より後ろに下がれ〟と言われたんです」

 それはハリーがずっと引っかかっていたことだった。あの一瞬の言い争いがなければもしかしたら——そもそもヴォルデモートにハリーを殺すつもりがなかったなら、レグルスはハリーを庇う必要などなく——そのようなたらればを論じたところで無意味だ。理性がハリーを咎めたところで、もしもの連呼は終わらない。

 レギュラスは大きく嘆息した。呆れた顔つきである。

「命の水を飲んだぶん、人よりも死ぬ確率が低かったからだね。特に君への親切とかじゃあない。あの子はしばしば効率で物事を推し量る」

 どうせおおよそそんなことだろうとはハリーも思っていたが。

「駄目ですか」

「……申請を入れて受理されるまでに最短でも一週間はかかる。病室の近くまでかな」

 ロンとハーマイオニー、ジニーは決してハリーについてくる義務などはなかったが「喫茶室はあとからでも行ける、だろ?」ロンが肩をすくめてみせた。

人生は歩く影に過ぎぬ、哀れな役者なり(Life's but a walking shadow, a poor Player)——」

 ロックハートは歌うように言った。

「マクベスですね!」

 ハーマイオニーは目を輝かせた。

「ロックハート先生、マグルの戯曲にもお詳しいのですか」

「私ほどにもなれば当然ですよ。いいフレーズです——劇は悲劇的ですが。うん。何事もそして幸せに過ごしました(Happily ever after)で終わるべきだ」

「あなたが記した物語のようにね」

 レギュラスがすかさず鋭く刺した。ぎくりとロックハートは肩を強張らせ「ごほん!」咳払いをした。

「とはいえね——どうしてもこの病棟を訪れる人々は皆顔が暗い。もう少し明るく振る舞えないものか——」

「長期療養患者しか運ばれない病棟で明るい顔をする人はあなたぐらいのものだ」

 ロックハートに対してレギュラスはきわめて辛辣である。能天気な物言いは一昨年のハリーたちが散々っぱら振り回されたものだったので、内心レギュラスを褒め称えた——ハーマイオニーだけは「その言い方は……」と咎めていた——その一方、ロックハートは心外そうに肩をすくめた。

「どうにせよ、歩く影でしかない人生です。であれば万事がうまくいっているような顔をしたほうがいくぶん得でしょう。上辺だけでもそれらしくしていると少しはマシになるのです、何事もね」

 ()()ロックハートが言う言葉にしてはずいぶん厭世的に聞こえて、ハリーとロンとジニーはお互いに顔を見合わせた。

「余計な口ばかり叩いているとルシウスに申し付けますよ」

「わかりました、わかりました、黙りますよ……」

 ロックハートはそれから本当にずっと黙っていた。しかしキラキラとした笑顔を振りまくことはやめないので、視覚的にはあまり黙っているようには見えなかった。

「許可されているのは僕だけなので」

 レギュラスはさっさと病室に踏み込む。

 廊下からは病室の様子は全く窺えなかった。レグルスが今どのような状態か、ハリーには、想像することしかできなかった。マグルのドラマのように、沢山の管に繋がれている様相を連想した。

「ところで、ルシウスに、ということは……今先生は、マルフォイのお父さんに雇われていらっしゃるんですか」

「うーん、まァ、おおよそそんな感じですね! あの御仁は私の文才を高く買ってくださったので!」

 何故だろう——ハリーには、今のロックハートの笑みはちょっぴり引きつっているように見えた。

「ミスター・ブラックと一緒にいるのは、もしかして、騎士団の任務だとか——?」

「騎士団? 想像力豊かなことは創作の始まりですが、現実と混同していると後々困ったことになりますよ」

 不死鳥の騎士団とロックハートは関わりないようだ。「私が今回呼ばれたのは——」「——あなたから少しでも目を離すべきではなかったのかもしれませんね」ロックハートが勢いよく口を滑らせる前に、レギュラスは呆れた顔で病室から出てきた。

「はい、おしまい。君たちの好奇心を満たすような事柄は僕たち以外に求めることだね。喫茶室に行きたいなら行きなさい。先程の廊下を戻ったところにある階段を上がって——」

 案内が途中で止まった。「失礼します」レギュラスは早口に言って、目にも止まらぬ速さでロックハートを引きずっていった。

 理由はすぐに明らかになった。

「ミスター・ブラック、もうお帰りですか——あら、ミセス・ロングボトムも。よろしいので?」

 

   ➤

 

 アズカバンから集団脱獄

 魔法省の危惧——かつての死喰い人(Death eater)を旗頭に再結集か?

 

 ドラコのてのひらに力が込められて、ぐしゃりと新聞をひしゃげた。指先から必死に力を抜いて、新聞についてしまったしわを伸ばし、畳んで寮室に送った。




「ドラコ、元気? 元気じゃなさそうね。そりゃそうよね。まーったくうちの学校ったら揃いも揃って馬鹿ばかりでうんざりしちゃうわ! あとあのアンブリッジ大っ嫌い! なにあのセンスのないピンク! デザイン! 流行とか全ッ然わかってない!」
「あー。……パーキンソン? いいのか君は」
「パンジーって呼んで! まァ確かにうちは紛れもない純血のパーキンソン家だけど? 先の戦争には両親も参加しなかったのよね〜海外にいたから。避暑旅行って最高でしょドラコもそう思うわよね?」
「ああうん」
「今回もね、最悪は逃げちゃえばいいの。フランスでもドイツでもスウェーデンでもなんでも、いっそヨーロッパ外でもね。狭いイギリスにこだわる必要もないのよ。どこかに、ダンブルドアより使える、強い魔法使いがいるかもしれないし?」
「……そうだとしても、君はまだイギリスにいる」
「そうねえ。だから最悪の手段よ。まァあたしだっていざと言うときは〝あたしマルフォイ家となんてなんにも関係ありません!〟ぐらいは言うかもしれないけど。でもそれは今じゃないわ。ほんっとーに死にそうな顔してるの、自覚ないの?」
「……」
「同じ寮で同じ学年で同じ監督生でしょ。交流してたってなーんにも不自然じゃないもの。それにあたし……ねえドラコ、あなた闇の帝王の顔写真って見たことある?」
「ない、けど——」
「——すっごいブサイクなのよ」
「——」
「ほんっと無理。ドラコの方がイケメン。ていうか、比べるまでもないわね」
「——……」
「えっなんで泣いてるの。ちょっと待って? 笑ってるの? どっち?」
「……あのなあ……本当に……。……それと、帝王は学生時代は美人だった……」
「そうなの!? それこそあなたなんで知ってるの!? マでもいくら素材が良くてもああなっちゃあおしまいよ。ポッターも最近ちょっとはマシになってきたけどあたし眼鏡無理なのよね」
「君さあ……人を外見で判断するのやめた方がいいぞ……」
「嘘でしょ!? あなたがそれ言うの!? あたしたちけっこう同類よね!?」
「そうだなほんとに、そうだな……」
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