「母上——ああ、こんなに細くなってしまわれて」
デルフィーニの惜しむような声音に「すぐに良くなる」ベラトリックスは血色の失せた顔色で微笑んだ。長年の監獄生活により、かつての美貌は薄れ、あまりにも窶れていた。しかしその目の輝きは失われていなかった。
「あの方のためによく尽くしていたと聞いた」
デルフィーニは頷いた。
「こちらへ来て——よく顔を見せて」
デルフィーニの頬をベラトリックスのてのひらが撫でた。
「ずいぶんと大きくなったね」
成長を祝われたことはなかった——ロウルの人々は金に熱心で、デルフィーニの生死には興味はあれど、デルフィーニ個人には興味がなかった。デルフィーニは親らしい親の記憶を持たない——持たなかった。持たないままにアズカバンにて朽ちた。
ヴォルデモートを救うことはできなかった——ベラトリックスも——デルフィーニは〝オーグリー様〟になる未来を知っているが、しかし、自ら体験していない。スコーピウスからの伝聞でしか知らない。どうして彼はそんなにも素晴らしい世界を嫌悪してしまったのだろう? 〝間違いなく純血〟でヴォルデモートの側近たるマルフォイ家は、なかなか良い生活を送っていただろう。
——かつてのデルフィーニは、そのようなことを考えていた。そうしてアズカバンで長年過ごしてひとり孤独に死んでいった。父も母も誰もいなかった。既に死んでいたからだ。実父と実母が誰なのかを知ったときには、既に。
「あんなに小さかったのが嘘のようだ……」
ふたたび生まれたとき、デルフィーニは、はじめ夢だと思っていた。若々しいベラトリックスがデルフィーニの頬を撫でていた。あたたかく大きなてのひら——表向きデルフィーニは死産として扱われ、ベラトリックスはたびたびデルフィーニに会いに来た。愛おしい子、とよく抱きしめられた。ついぞ知らなかった、知る由もなかった、母のぬくもり——
——このときもまた
レストレンジ家の
やり直す機会が降ってきた。まるで設えられたかの如く。もう一度、今度こそ——
「母上……」
デルフィーニはベラトリックスの手を握る。骨と皮ばかりの感触を確かめる。今にも折れそうだ。この頃のアズカバンはとりわけ囚人へ不寛容だと聞いていたが、ひどい仕打ちに胸が痛む。
両手で、母の指先をこするように温める。体温を少しでも分け与えたかった。屈辱と苦痛を耐え忍んだ母に。
「母上、あなたにお話したいことがたくさんあったの、ずっと、この十五年——」
父が滅びかけ、母は監獄へ押し込まれた。
「——けれど、母上、まずはあなたの英気を養いましょう。父上もそれを望んでいます」
ホグワーツに入学するにあたって最大の問題は名簿だったが、これは簡単だった。表向き死産として扱われた〝レストレンジ夫妻の子ども〟の情報をベースに周囲の認識を改竄した。
賢者の石の件で父親に接触しようとしたが、不発に終わった。ホグワーツにいる間のデルフィーニは〝レストレンジ〟の皮をかぶっていたから、仕方のないことだった。
秘密の部屋の件は、バジリスクを操ってしまおうかと考えた。しかしトム・リドルは五十年前の記憶で、デルフィーニを知らない。父と戦うことは避けたかった。
ピーター・ペティグリューの件——大きな誤算が芽生えたのはここだ。父を助けるはずのペティグリューが
クィディッチ・ワールドカップを経て、クラウチ゠ジュニアの協力を得た。学校に戻るときは、あまりに名残惜しいが、父の世話は
代わりの生贄は、ひとりしか思いつかなかった。いるはずもなかった男。レグルス・マルフォイ。存在しないはずなのに大きな顔で当然の態度で振る舞う、純血貴族のくせして
〝——おめでとう〟
もう要らない!
「わたしたち、きっと次は勝つのですから。何事も万全を期しましょう」
デルフィーニは微笑んだ。今こそ、今度こそ、絶対に失敗してはならない。きっと失敗しない。だって賢しらに正義のふりをした彼らは、口を揃えて言うのだ、愛に勝る力はない——そうしてデルフィーニの両親を殺した——だったらきっと、
まずは、そう、予言を手に入れるところから。デルフィーニは、予言が確実でないことを知っているけれど、しかしその重要性をも知っている——予言のとおりに〝余計なやつ〟を排除して、彼女はあと一歩のところで成功しかけていた——シビル・トレローニーが遺した予言は、成就後の後世にはほとんど伝わらなかった。ハリー・ポッターが選ばれし者と呼ばれる理由をデルフィーニは知りたかった。
——ねえ、ハリー・ポッター、アルバスのお父さんになるかもしれないひと、私、あなたを殺したいの。
——愛を知る人。血の護りで命を繋いだ人。許してくれるでしょう? だってそうしないと、私の父と母が死んでしまうんですもの。
——だから、もう要らないの。それ以外はなんにも要らない。
——生きてほしいから、もう、なんにも要らない。
何も知らない人間と、何も知らない顔をして、ふざけ合った日々。脳裏を焦げ付くようにかすめて消える。かつて同じことを繰り返してきたように、今回も繰り返すだけ。
ともだちなんて、もはや必要もない幻想だ。最初から存在しなかった。捨てたってなんの問題もないに決まっていた。