【完結】獅子座α星が、ふたつ   作:初弦

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卒業生なので卒業旅行がしたい

 Q・分霊箱(Horcrux)六つに帝王本人で累計七つの魂に分けることに固執していた帝王が、日記の補填を差し引いても、分霊箱(Horcrux)を自覚的に七つ以上作っていた。ここで思いつくリスクはなにか?

 A・他の分霊箱(Horcrux)の破壊が露見している。

 Q2・その場合もっとも気にかけるべき点はなにか?

 A2・予備の分霊箱(Horcrux)が他にも別個作成されている可能性。

 

 Q3・それはそれとして今私がもっとも恐れるべきリスクはなにか?

 A3・ドラコに持たせたレイブンクローの冠が偽物だと割れている可能性。

 

『——……』

「絶句されていらっしゃる? それとも電波が悪いだけでしょうか?」

『……露見しているとすればペベレルの指輪だろう』

 絶句されていたようである。

 スネイプ教授はマグルの通信手段を持つことをだいぶ渋っていらっしゃったものの、魔法省があのざま、フクロウ便等の通信手段のセキュリティと天秤にかけて携帯電話の利便性に屈した。

『スリザリンのロケットは偽物がまだ鎮座していることが確認済、盗難自体が判明していない。レイブンクローのティアラの出来がどうだか知らないが生半可な偽物を渡していたとすればそれは君の不手際だとして——』

 容赦とかありませんか。

 そこになければないですか。

 そうですか。

『——裏切りが漏れていたら、それこそ、ドラコが今更見逃されている理由がない』

 まァ仰る通りではある。

 ベラトリックス伯母上もドラコを褒め称えていたようだ。あの人がうわべだけでも裏切者を褒め称えるとは思えない。誰もが口を揃えて、ベラトリックス・レストレンジを帝王の狂信者と呼ばわう。

「指輪に関しては、何故露見するかもしれないと?」

『あれだけダンブルドアがトラップに引っかかった』

 なに?

「……そこまで老眼が進行されていらっしゃったとは……」

『こればかりは単にダンブルドアがトラップだとわかった上で嵌まりに行った阿呆だ。レギュラスが激怒していた』

「……左様で」

 激怒されるのも当たり前過ぎて逆に困惑する。日刊予言者新聞のネガティブキャンペーンはあくまで捏造という認識でいたが、まさか、本当にボケていらっしゃったのか? 私は賭ける方を間違えたか?

「……というか、嵌めた? ……もしやとは思いますが、生前の彼の右腕にかかっていた呪いは——」

『そう、リドルの日記以外で判明するなれば——オーグリーがなにをどこまで知っているかは相変わらず知れないとしても、外から即座に判別できるとしたら()()だ』

 黒く萎びた杖腕は、六年時の私から見ても思わず顔をしかめるほどのものだった。ほぼ致死の呪いに、把握した上でわざわざ引っかかりに行ったとは、一体全体いかなる了見でいらっしゃる? 死んでいる以上は今さら聞けもしない。……むしろ、当時のレギュラスはよくもまあ激怒だけで済んだな。

『無論、あまり楽観的に考えるべきでもないとしても……そうだとして……』

 携帯電話越しに、呻き声のようなものが聞こえた。スネイプ教授がこういうタイプの醜態を晒すことはなかなかない。プライドが高い御人なので。

 ……情勢はただでさえ芳しくない。魔法省を取られた時点ではっきり言って敗色濃厚だ。

「懸念点として〝レストレンジ〟が分霊箱(Horcrux)を作っていたらばいよいよ手に負えないような気もいたしますがね」

『既に手に負える範囲を超えておるわ』

 そうですけれども。

 八つ当たりに関しては自覚されていたのか、心境を切り替えるが如く、スネイプ教授は大きく嘆息なさった。

『……作っていたとして……分霊箱(Horcrux)の機能は器に依存する。どちらにせよ、器が破損した時点で効力を失う』

「十数年前の闇の帝王よろしく、たとえば死の呪文を撃たれたらば魂はさておき肉体としては死ぬ、この時点で器となった肉体が破損しているので分霊箱(Horcrux)としては機能しなくなる、という理解でよろしいでしょうか」

『おおむね』

 なるほど、と、私も息を吐く。

 けっきょくのところ、破壊するべき分霊箱(Horcrux)の個数自体は変わっていない、という結論に帰結する。ひとつはシンプルに破壊不能。ひとつは人を丸呑みにできるような大きさの、毒持ちの蛇。ひとつは闇の帝王直々に手ほどきを受けた闇の帝王の娘、未来の知識持ち。まだグリンゴッツ侵入および窃盗の方が楽だったまである。入手までが面倒なだけで入手さえできれば破壊できる。かのゴドリック・グリフィンドールは、どうして剣の作成にベストを尽くしてしまったのか。

 ……それは、それとして。

「血の繋がった娘を分霊箱(Horcrux)に、ねえ……」

 つくづくと気が狂っている。たとえば私が分霊箱(Horcrux)を作るとして——その器に、ドラコを選ぶだろうか? 父上や母上を候補として挙げるだろうか? 回答は明瞭だ。絶対にない。ありえない。

『血縁は魔術的には重要な要素だ。自由に動く生き物ともなれば、わざわざ呪いをかけなくとも危険を自動で迎撃してくれる。都合は良いだろうな』

「……()()()()()?」

 帝王も帝王だが、スネイプ教授は、まさか本気で仰っているのか?

分霊箱(Horcrux)だと露見したとき、真っ先に狙われるのが娘だとは帝王は考えもしないのでしょうかね。それとも闇の帝王にとっては、そちらの方が都合がよろしい?」

『そうかね? 私には一種の褒賞にも見える。オーグリーは帝王直々に、自ら命を預けても良いと許された……』

「ですから、論点はそこではなく——」

 

 ——親が、子を、危険にさらすなど。

 

『……どうした?』

「……いえ。失礼致しました。なんでもありません」

 

 通話を切った携帯電話を無意味に眺める。そうしながら、先日の光景を思い返す。銀髪をなびかせて空を飛ぶさま。

 彼女は、私はまるで見たことのない容姿であった。私が知っている〝レストレンジ〟は——同学年のスリザリン寮では、私の次に優れていた少年。人に好かれ、信用されるのが得意で、スリザリンらしい振る舞いにも長けていた青年。当代スリザリン寮の監督生。最初から存在しなかった学友。

 〝レストレンジ〟が最終的に目指すところは闇の帝王によって支配された世界だ。ポッターを亡き者にして、障害をなるだけ排除する。私はついでに排斥されかかった。才能があり、それでいて傲慢で、性格が悪く、純血以外であっても能力を認めればそのように接する、まァ私としても心当たりがなくもない数多の悪口よりも先に出された言葉。血筋と——()()()()()()()()()

 ……だから、どう、という話ではないのだが。

 携帯電話が鳴る。ディスプレイに表示された名前に眉を上げ、嘆息し、私は再びマグルの機械を手に取った。

「ハロー、こちらレグルス。用件は三十秒以内に簡潔に筋道立ててよろしく。……足りない? 英雄殿は甘やかされる環境にすっかり慣れきってしまったようで……」

 

   ➤

 

 ホグワーツは表面上滞りなく新学期を迎えた。表面上、とつくあたりすなわち水面下は——さておこう。表面上は滞りなかったことだけは事実である。

「また皆様と御対面できる機会に恵まれて、わたくし、とても嬉しく思いますわ!」

 〝皆様〟の顔触れは、前学年と比較して卒業でもない理由でちらほらと減っていたが、アンブリッジは満足したように生徒たちに微笑みかけた。「新体制の魔法省において——」演説を半分ほど聞き流しつつ、ダンブルドアは嫌いだったけどあの爺さんの方が話は短かったな、と、ドラコは思う。ダンブルドアは嫌いである。これに関しては今更どうしようもない。もしかしたらばマルフォイ家に生まれつく時点で宿命なのかもしれない。

 ただ校長の話は短ければ短いほど良いとは相場が決まっている。ご馳走が目の前にあるならば尚更。

「……あの女を校長に据えたまま——は、さすがにどうにかできなかったのですか?」

「なにかと都合が良くてね」

 ドラコが気のない声で尋ねると、監督生のバッジを付けた黒髪の青年がにこりと微笑んだ。一年休学してたんだ、などとのたまいながら飄々とスリザリン寮のテーブルについたのが()である。〝レストレンジ〟の件は表向き明かされなかったので、少なくない寮生がへえそうなんだの顔をする一方、それこそ先日の晩餐会に招かれていた——つまり死喰い人(Death eater)の息子や娘、その他かなり近しい身内にあたる少年少女たちは、ドラコの隣に座る青年を見てぎょっと目を剥いていた。妥当。

「扱いやすいだろ、彼女。力さえ持たせておけば満足してくれる上に、こちらが指示をしなくても、いろいろと整理整頓も行なってくれる。気遣いは出世の近道だよ。なにより純血主義」

 労働は一般庶民が必要とする行いだ。ドラコには出世の機微はよくわからぬ。

「よく信用しましたね」

「既に忠誠を示してくれたのさ」

「忠誠? ……ああ、マグル生まれ登録法」

「それもあるけれど——」

 怪訝にドラコが眼差しを向けると「二ヶ月前、君と会った日、アンブリッジはホグワーツを不在にしていただろ?」青年は朗らかに言った。先学期にドラコが()と会った日はたったの一回だ。

「予め呼び寄せておいたんだよね、使えると思って……案の定、彼女はよく働いてくれた」

 やけに早々に魔法省が陥落した理由はそこにあったようだ。権力におもねるなれば——ファッジの威光が輝いている間は彼に忠実に、ダンブルドアやハリーを散々に腐して理不尽を振るい、国家転覆後は新体制に積極的に従う。ある種一貫した振る舞いだ。在学中のレグルスは、アンブリッジを可愛いと馬鹿にしつつも、しかし有能ではあると評価し、彼女への対策を怠らなかった。マルフォイ家がいつも通りの日和見であったなら、積極的に手駒として抱き込んだだろう。優勢を判断して擦り寄り、政敵を蹴落とす判断力。

 始業式からこのありさまだ。新学期早々にドラコは心底気疲れしてしまった。

 特急から屋敷妖精(House elf)たちが持ち込んだ荷物を整理して、ラジオを枕元のチェストに置く。流れるようにスイッチを入れたところで——ホグワーツ放送のラジオホストたるリバー(つまり、リー・ジョーダン)は、先学期で卒業だったことに今更気がついた。ラジオを出してスイッチを入れた一連の行動はつまりすべて無意味である。というか、ホグワーツ放送も行われないのであれば、もはやラジオを持ち込んだこと自体が無意味である。最近はいくつかの娯楽番組も自主規制が入りつつある。マグル生まれの魔法使いや異種族との混血は、魔法省の名において積極的に排斥される対象だ。当然、魔法界のラジオでも、該当するスタッフたちは身を隠す他あるまい。ニュース番組は、日刊予言者新聞とほぼ同一の内容を放送する。昨日からゲリラ的に放送が始まったポッター・ウォッチは、ドラコは聞く気はなかったし、そもそもスリザリン寮内で聞けるはずもなかった。

 げんなりとした心境を腹の底に押し込み、ラジオのスイッチを切ろうとして——

 

『——ハァイ、リスナーの皆さん、お久しぶり。お馴染みホグワーツ放送のお時間です』

 流れてきた声に手が止まった。

 

   ➤

 

 不定期・非正規・非政府魔法界ラジオ番組〝ポッター・ウォッチ〟の初回放送が行われたのは、八月三十一日のことだった。

『ラジオホストの彼を期待していたリスナーさんたちはごめんなさいね。卒業しちゃったの。二代目ラジオホストはシーカーが務めるわ。よろしく!』

 そして〝ホグワーツ放送〟が再開したのは九月一日——新学期開始初日のことだった。

 先学期までホグワーツ寮対抗クィディッチにおいてシーカーを勤めたのは五人——グリフィンドール寮のシーカーは代打がいたので——うち、ホグワーツに戻ることが可能なのは二人で、女性はただ一人。彼女は以前ホグワーツ放送に出演した際にも、このコードネームを用いていた。当時はラジオホストではなかったものの。

 そもそも声を聞けばわかる。

「おまえのガールフレンドがとんでもない綱渡りを始めたようだがご心境いかがかなディゴリー」

『心配で気が狂いそう』

「相変わらず形無しだことで」

 軽く笑っていると『絶対面白がってるだろ』と強めの筆跡が浮かんだ。

 なにを当たり前な。直に見られないのがじつに残念だよ。

『ヒュー、やるねえ! マジで胆力あるじゃないか。いい女!』

『見直しちまったぜ。エッジコムのときはこれだから女子はって思ったけど』

「こちらはこちらでデリカシーが壊滅的だな」

『しっつれいだな、褒めてるじゃあないか!』

『それも最高に、最上級に、だ!』

『僕、チョウのことときどきグリフィンドールに組み分けされるべきだったんじゃないかと思ってたんだよな。やっぱりそうじゃないか?』

「後輩を他寮に組み分けしようと企んでやるなよ」

『君たち揃って適当言ってないでさあ!?』

 と、言われても。

 ウィーズリーどもは卒業どころかN.E.W.T.試験すら待たずして退学し、ディゴリーと私は卒業式には出られなかった(出るどころではなかった)ので、まともに卒業証書を受け取ったのはデイビースくらいなわけだが。ともあれ全員、既にホグワーツには在籍していない。チャンにメッセージを送りつけようにも、どうせ手紙は検閲されているのだろうし、ホグワーツは純正マグル製品はすべて使い物にならなくなる以上、ドラコに渡した携帯電話経由で連絡することもできず——たぶんそれ以前に、強烈なマグル除けがかかった城にはマグル製品用の電波も届くはずがなく——そもそも自主的に活動を始めた相手に、監視の目を掻い潜って警告したところで意味があるのか?

『でも君が放送枠を抑えっぱなしにしていたのはさすがに故意だよね!?』

「主張の場は尊重されて然るべきだよ」

『うわ殊勝なこと言ってら、似合わないったらありゃしないぜ』

『後継が出てくれればホグワーツ内の情報収集にも使えるし、とかどうせそんなとこだろ』

「まるで人を効率しか考えていない人でなしのように仰るものだ」

『だったらせめて形だけでも否定しろよ』

 ははは。

 放送機材は都度必要の部屋に放り込んでいたので、運が良ければ誰かが使うかもなとは思っていた。チャンが使い始めたことは驚いたが意外でもない。よく考えなくとも初回ゲストである。同寮かつクィディッチのチームメイトだったデイビース、彼氏のディゴリーと縁がある——ダンブルドア軍団の件での大喧嘩が長引いていたのはさておき。そして初回放送のときは、私以外の誰も放送機器の使い方なぞ知らなかったので、逐一丁寧に説明して実演してやる必要があった。録音も何回かやり直したほどだ——その場にいたチャンが使い方を記憶していても不思議はないし、レイブンクローの気質を駆使して自ら解析しきったのかもしれない。

「冗談さておき。放送内容を聞くに、ずいぶん上手く立ち回っていると思うな」

 ポッターウォッチは完全に、不死鳥の騎士団側、レジスタンス側、反死喰い人(Death eater)側かつ反ヴォルデモート側としてのメディアの側面を初回から顕にした。これはこれで必要だ。ザ・クィブラーの刊行も不定期に切り替えられた以上、現体制賛美一辺倒の日刊予言者新聞の力が強すぎる。

 一方で、ホグワーツ放送は昨年度を踏まえて、あくまでも〝ホグワーツの広報〟という立場を崩さぬように努めている。当たり障りなく日常のニュースをピックアップしつつ、現体制を批判せぬように言葉の端々にさえも細心の注意を払い、しかし確実に様変わりした日常をお届けしていた。台本を書いてるのもまさかチャンか? 諸々終わったらプロパガンダ要員にほしいのだがディゴリーに死ぬ気で食い止められそうだ。言いくるめる方法を考えておくか。

「今までと違って、魔法省良識派が声高に主張できる環境でもない——主張したとしてつぶされる。学内の情報が流れたところであちら側としては大した痛手でもない。先々まで保証できるわけでもないものの……現体制の喧伝はむしろやってくれるならちょうどよいだろう。しばらくは見逃してもらえる」

『心臓が潰れそうだ……』

「まァおまえがダンブルドア軍団摘発時にチャンとどのような揉め方をしたのか、具体的なことはお聞きしないとして——」

『言ってやるなよ坊ちゃん、実質追い打ちだぞそれ』

『ちょいと可哀想とか思う心はないわけ。なさそう』

『君たちにしてはセドリックに優しくないか? 僕はいい気味だと思うけど。チョウ、あのときマジで落ち込んでたからな』

『いーやあれは間違いなくエッジコムが悪いね!』

『そんで友達思いにしてもさすがにあれは庇うもんじゃないね!』

『あのなあ、誰も彼もが君たちみたいに背水の陣上等、規則やぶり当然ってわけじゃあ——』

 本人置いてけぼりで揉め始めたよ。

 ポッターを実の弟の如く可愛がる双子ども、渦中のエッジコムとチャンはどちらも同寮後輩のデイビース、この件に関する意見はほぼ常に平行線である。数多の文字列で羊皮紙があっという間に黒く染まった。しばらく黙って眺めていると、だんだんと古い文章から消えていく。ヒートアップしてまくし立ててもどうせ読めなくなるので、一定レベル以上の口喧嘩は物理的にできない仕様。

「——お聞きしないとして」

 私のコメントも当然消えていたので、改めて念を押した。

「チャンは元々、レイブンクロー寮の中でも反骨精神は豊富な方だろう。ダンブルドア軍団は——ああなったが。それに参加した経緯とてグレンジャー経由だったと聞いている。少なくとも当てつけやヤケクソではなく、彼女なりに覚悟を決めて行っているのでは?」

 しばらくの間があって、ディゴリーの筆跡を真似た文字列が些か乱雑に綴られた。

『だからこそ心配なんだろ』

 ……平時なら、本人に言ってやれと一蹴するのだが。

「心境はお察しするよ」

 私はつぶやいた。

 

   ➤

 

「ところでガールフレンドの心配で気を煩わせているぐらいなら、ひとつ振りたい件がある」

『スー』

「え?」

『ごめん心構えに強めに呼吸したら音が入ったみたいだ』

「べつに闇の帝王に突撃しろなどと述べるつもりはないよ」

『そういうこと言うからなんだよね、わかるかな。わかった上でやっているんだろうね……』

「ただ少し……そう、オーストリアとフランスだったらどちらがいい?」

『……a little?』

『少しの定義おかしくないか?』

『大幅の間違いじゃ?』

『貴族のスケールで物事を語らないでくれるか?』

『セドリックが可哀想だろ』

「まるで私が悪役なのだが? ちょっと海と国境越えるだけだろ」

『亡命先の物件探しか何かを頼まれかけてる? ……その二択なら行ったことないからオーストリアにしようかな』

『セドちゃん、隠遁生活中に坊ちゃんに染まった?』

『冗談でもやめてほしい』

『いくらなんでもマルフォイに染まったはちょっとないだろ』

「顔を合わせていたらおまえたち全員に呪いをかけたからな。よかったな命拾いして」

 

   ➤

 

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 From: 自分

 CC: ポッター, ウィーズリー1, ウィーズリー2, グレンジャー, ラヴグッド

 Title: 課題

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・グリンデルワルトの情報

・ゴブリン銀で作成された物品を破壊する方法

 各項目思いつく限りすべて。

 どれほど荒唐無稽でも可。

 暇潰しにでもどうぞ。

 - End -

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 From: ポッター

 To: 自分

 Title: Re: 課題

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 レグルス君どういうつもり!?

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 From: 自分

 To: ポッター

 Title: Re: Re: 課題

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 CCを外す理性と知性があるようでなにより。

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 From: グレンジャー

 To: 自分

 CC: ポッター, ウィーズリー1, ウィーズリー2, ラヴグッド

 Title: 課題についての質問

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 ミスター・マルフォイ

 

 ハーマイオニー・グレンジャーです。課題について質問が四つあります。

 

 1.グリンデルワルトの情報とは、犯罪歴を指すのか、魔法使いとしての業績を指すのか、人となりを指すのか、分類としてはどのあたりでしょうか。

 2.ゴブリン銀で作成された物品の破壊方法とは、つまり、単に鋳潰すだけではない、という解釈でよろしいでしょうか。

 3.各課題が課された意図を教えていただきたく存じます。

 4.これらの携帯電話の料金支払いはいったいどこでどうやって行われているのですか?

 

 H.G.

 Address……

 

 引用元のメール

 ……

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 From: 自分

 To: グレンジャー

 CC: ポッター, ウィーズリー1, ウィーズリー2, ラヴグッド

 Title: Re: 課題についての質問

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 1A.すべて

 彼の犯罪歴でもよし、目指していた研究内容でもよし、食べ物の好みなど些細かつ検証しようもないことでもよし。

 2A.鋳潰すを含むすべて

 できればゴブリン銀にかけられた魔法効果を含めて破壊できる方法だと望ましい、が組み合わせ次第では可能性があるのでやはり思いつく限りすべて。

 上記どちらについても質より量で検討してくれ。

 3A.いずれ

 4A.課題に無関係

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 From: 自分

 To: グレンジャー

 CC: ポッター, ラヴグッド

 Title: 4A

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 半分はウィーズリーツインズが出している。

 ロナルドとジネブラには露見したくないようなので、本人らに伝えるならばその後の報復に関しては私の責任範囲外とする。

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 From: ウィーズリー1

 To: 自分, ポッター, ウィーズリー2, グレンジャー, ラヴグッド

 Title: Re: 課題

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 グリンデルワルトなら、昔ゴドリックの谷に住んでたとかパパのまたいとこが言ってた気がするようなしないような覚えてないような…????

 ゴブリン銀はわかんない スクリュートに食わせれば?

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 From: ラヴグッド

 To: 自分, ポッター, ウィーズリー1, ウィーズリー2, グレンジャー

 Title: Re: 課題

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 グリンデルワルトのマークが死の秘宝のだってパパ言ってたよ

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 From: ウィーズリー2

 To: 自分, ポッター, ウィーズリー1, グレンジャー, ラヴグッド

 Title: Re: 課題

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 封印はあり?

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 From: 自分

 To: ウィーズリー2

 CC: ポッター, ウィーズリー1, ウィーズリー2, グレンジャー

 Title: Re: Re: 課題

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・グリンデルワルトの情報

 ・元ゴドリックの谷住まい(かも)

 ・マークが死の秘宝

・ゴブリン銀で作成された物品を破壊する方法

 ・鋳潰す

 ・封印

 ・スクリュートに食べさせる

 他にも思いつくだけよろしく。

 - End -

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 From: 自分

 To: ラヴグッド

 CC: ポッター, ウィーズリー1, ウィーズリー2, グレンジャー

 Title: Re: Re: Re: 課題

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 ところで死の秘宝とは?

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 From: 自分

 CC: ポッター, ウィーズリー1, ウィーズリー2, グレンジャー, ラヴグッド, クィレル教授, スネイプ教授

 Title: 今後しばらくの連絡先

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 私は本日から一月ほどフランスにいるため、遠隔で対応できない喫緊の問題はクィレル教授かスネイプ教授に連絡するように。

 特に主にここ一週間から半年以内に成人を控える二人、未成年のにおいが取れたとしても軽率に行動しないように。事前報告は怠らぬように。

 成人していない複数名は尚更行動を控えるように。

 クィレル教授

  電話番号:***-****-****

  メールアドレス:…………@……

 スネイプ教授:

  電話番号:***-****-****

  メールアドレス:…………@……

 - End -

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 From: スネイプ教授

 To: 自分

 Title: 貴様こそ事前報告はどうした

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【本文未入力】

 -End-

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   ➤

 

 レグルスがデルフィーニに追いつかれていたように、ハリー・ポッターは、護送中にヴォルデモート本人に襲撃されていた。クィレルが(トラウマを大幅に刺激されて悲鳴を上げながらも)そこそこ善戦したこと、グリンゴッツ暴動の一報が()()()()()ことに加え——

 ——杖と杖が繋がり合う、不可思議な現象。墓場の再演は行われた。

 ところでヴォルデモートはこのとき既に杖づくりのギャリック・オリバンダーを拉致しており、双子芯がもたらす不思議な効能について、尋問を行なっていた。その結果として、適当な死喰い人(Death eater)を呼びつけて、一度杖を取り替えていた——しかし奇跡は再現された。

 ヴォルデモートは苛立っていた。非常に苛立っていた。

 ハリーはその光景を夢を介して目撃した。

『ポッターが見た光景では、ミスター・オリバンダーが拷問されていたのだとか』

 海外旅行ついでに支給された携帯電話の向こう『先に述べておくが——』とレグルスは付け加える。

『監禁場所すらも不明な以上は助けようがない。マグル生まれ登録法で狩られる者共と違って、かの翁には明瞭な利用価値がある。最後の由緒正しきオリバンダー……杖への造詣はイギリスどころかヨーロッパ随一だ。加えて純血。殺されるにしても、猶予はあるだろう』

「君はもうすこし物言いに気を遣うべきだと思うよ」

『悪かったね、こちらとしても収穫がなくて苛立っている。残り四分の一……』

 だからって八つ当たりはよくないだろ……と言うべきかセドリックはしばし悩んだ。レグルスがキリキリ働いているのは単なる事実である。

 行き帰り自体はイギリスから日帰りの範囲といっても、それまでの準備には大変苦労した。なにせイギリス魔法省は出入国制限も始めている。根回し半月、暦は既に十月、セドリックは(ぎりぎり、一応、かろうじて)オーストリアに正規の手続きで出国した一方——レグルスはフランスに単身密入国をしていた。マルフォイ家は血筋を遡るとルーツがフランスにあるため、やりやすかったのだとかなんだとか。それにしてもねとはセドリック談。

『ともあれ……ポッター曰く、オリバンダーはグレゴロヴィッチの名前を出したのだそうだ』

「グレゴロヴィッチ? ……となると、杖職人の?」

『よく御存知だな』

 レグルスの物言いは嫌味と純粋な称賛がきわめて区別しがたいが、この抑揚は、珍しく本音で感心したときのものだ。

「クラムの杖を作った人だろう。ロジャーも知ってるかも」

『まァ彼は東側諸国でも有数の杖職人だ、クラムは当然そうだろう……』

「……ところでそこからどうして僕はヌルメンガードを訪れることになったのかな」

 ヌルメンガードの面会手続きはさすがに厳重だった。絶賛国家転覆中のイギリスからの面会希望となれば、いろいろと煩雑な審査が必要になる。オーストリアで観光と洒落込むには時勢が酷で、結果、宿泊先にてセドリックは若干暇を持て余していた。

「その話でいうと、僕は本来、グレゴロヴィッチに会うべきなんじゃあない?」

『単純な杖作りの腕で評価するならグレゴロヴィッチよりオリバンダーの方が上だ。知識もな。だからそうではなく、闇の帝王は、彼個人が所有するものを求めている——死の杖という単語に覚えはないか?』

「あー……聞いたことはあるな、ちょっと待って思い出す。……ビンズ先生がちらっと仰っていた話かな?」

『それだ』

 レグルスは肯定した。

『とても強力な杖だ。宿命の杖、死の杖、最強の杖……呼称は変われどこれらは同一のようだ。私が持ちうる史料で辿れた範囲で最後の所有者がグレゴロヴィッチ。彼は伝説の杖を自らが入手できたことを誇りに思い、周囲に言いふらしていた——が、二十世紀初頭にぱったりとその話をやめた。確証はないが、おそらく所有者はこの時に移り変わっている。奪い取られたことを恥じて口にしなくなった……』

「なら今の所有者はわからな。……いや。待って、二十世紀初頭? 嫌な予感がするんだけど」

 魔法史で常に好成績を取り続けた生徒は、べつにレグルスだけでもない。

「まさかそれ、なんなら一九〇〇年代だなんて言わないよね」

『勘が良いことで。時ほぼ同じくしてグリンデルワルト台頭』

 セドリックは思わず天を仰いだ。

 あいにくとホテルの大理石の天井しか見えない。

「……例のあの人に杖が渡らないように全力を尽くせってこと?」

『冗談よせよディゴリー、杖の現在の所在は帝王のもとにはないとしても、杖の所有権はおそらくとっくに帝王のものだ』

「君こそ冗談よしなよ」

『……まさか現代魔法史の基礎から復習すべきなどとは言い出さないよな?』

 レグルス・マルフォイ。嫌味たらしさに年々磨きがかかる純血貴族。

『今世紀において、大陸最悪の魔法使いはグリンデルワルトだ。彼を打ち倒してヌルメンガードに放り込んだ魔法使いが誰か、これは一年の坊やでも知っていることだな?』

「そ——……いや、つまりだ、君が言いたいのは……ダンブルドアは——」

『神秘部崩落の経緯は依然杳として知れないが、ダンブルドア元校長を殺した下手人は現状帝王が最有力候補』

 ただでさえ詰んでいる状況が、さらに詰んでいるとわかったところで、だ。

「僕は何故今ここにいるわけ……」

 セドリックは辟易を込めて尋ねた。

 結論が既に出ている。グリンデルワルトに聞き取ろうにも、情報が出揃ったあとだ。

『まァ要するにただの確認だ、ひとつ、ふたつ——』

 

 グリンデルワルト——ずいぶんと老いて痩せ衰えた翁は、退屈そうに独房の小窓を眺めていた。「失礼します」とセドリックが踏み込むと、眼差しだけを向けて、眉を上げた。

「名前も聞き覚えがなかったが、本当に見ない顔だ。私の若い頃よりハンサムかもな?」

「光栄ですね」

 セドリックは曖昧に微笑んだ。

「改めまして、セドリック・ディゴリーです」

「ご丁寧に。ゲラート・グリンデルワルトだ。知っているだろうが」

 おどける老人は、場面が場面でなければ、たとえばここが監獄でなければ、気のいい、親しみやすい相手にも見えたかもしれない。セドリックはかすかに息継ぎをした。

「……ダンブルドアが死にました。アルバス・ダンブルドア。僕らの校長で——偉大な人でした。……あなたのかつての……知己でもあった」

 グリンデルワルトは数瞬沈黙した。拘束の許す限りの動作——体ごと向き直る。

「下調べは充分行なったようだ。……なにをしに来た?」

 

   ➤

 

 フランス——ニコラス・フラメル、および彼の遺した研究資料。

 収穫なし!

 ……資料自体は現存していた。当然ながら。ニコラス・フラメル——たかだか一世紀研究に打ち込んだだけで、賢者の石を作り上げた、紛れもない天才。あまりに有能な人材がそれからさらにおよそ五世紀かけて積み重ねた研究成果だ。きわめて貴重であり、彼も後世への貢献の重要性をよくよく理解しており、それでもなお遺さなかった資料とは賢者の石生成方法ぐらいのものだ。永久の命と尽きぬ黄金。恩恵に与った身としても、悪用と不和の種としてのリスクが大き過ぎる。しかしそれを除いても垂涎の記録ばかりが残されていた。論文で見たきりのとんでもない研究成果に興奮したのは言うまでもない——が、ただそれらはゴドリック・グリフィンドールの剣の破壊にはなんら役に立たなかった。

 六百年余も研究に身を捧げたのであれば、うち二十年ぐらいはゴブリン銀の破壊に神経を注いでくれていてもいいんじゃあないか? そんな都合の良いことは起きるはずもないって? まったく、溜息が出てしまうね。

「なんだか——懐かしいわ」

 しみじみとした声に振り返る。ミズ・コワルスキー゠ゴールドスタイン——御年配の婦人が、私を見て、微笑んだ。

「ごめんなさいね。あなたが必死なことはすごくわかってる。切羽詰まった状況なことも……」

 不意に彼女は瞳を陰らせた。

「……ダンブルドアが死んだことも、その意味も、わかっているわ」

「……どうも」

 私は肩をすくめた。

「私たちの時にはダンブルドアがいた——フラメル夫妻もまだご存命だった」

 その話は、半世紀以上前にグリンデルワルトが引き起こした騒動を指すだろう。歴史は明確に異なり、しかし類似点を積み重ねて、紋様を変えながらも繰り返される。

「……力になれなくてごめんなさいね」

「……そこはまァ。駄目で元々でしたから」

 私としても御老体に鞭打てとまで言うつもりはない。そもそも国が違う。

「ところでミズ……今更ですが、アメリカ住まいでいらっしゃったのでは?」

「よく知っていること。けれども、たまには気分転換がしたいこともあるのよ。そのついでに、昔の知り合いのお仕事を手伝ったり——夫はきっと快く送り出してくれるから」

 彼女の夫はマグルながら(アメリカだとノーマジか?)魔法界に理解が深い人であった。ニュート・スキャマンダーの伝記にもたびたび出る名前だ——死んだのは何年か前だった。老衰である。むしろ長く生きた方だろう。

「どうしてゴブリン銀に関する研究を調べているのか、教えてくれたりはしない?」

 ミズ・コワルスキー゠ゴールドスタインは悪戯っぽく私を見た。私は数巡、彼女の目と向き合った。

「……閉心術にも長けていらっしゃいますね、ミズ」

「ふふ。あなたの方は、それ、生まれつきね? 私と同じ」

 優れた開心術者は優れた閉心術者であることが多く、逆もまた然りだ。優れた開心術者は、数多の重要な情報を抱えるからこそ、心を閉ざす方法もまた早急に会得する必要がある。優れた閉心術者は、手口を熟知するからこそ抉じ開ける方法も自然と理解できるようになる。

「……破壊できないものを破壊したいときにはどうするべきでしょうね」

「謎掛けみたい」

「謎掛けだったらまだよかった」

「そうね。……ゴブリン銀でできた代物を、破壊しなければならない……? 血の誓いの小瓶を思い出すわ……」

 表情を変えぬまま私は内心ちょっとたじろいだ。思いの外物騒なものが出てきたな。血の誓いは、破れぬ誓いとまでは言わないが——破れぬ誓いは本当に、どのような手を使ったとしても破れない——しかし準ずる程度の強い効力は持ち合わせている。……グリンデルワルトとダンブルドア元校長(当時は役職を持たない教授か)の決闘が遅れに遅れた理由は、もしやそこか?

 思い出話もそこそこに「破壊できないものを破壊」御婦人は復唱し、ふむと眉を寄せた。

「消失呪文?」

「無効でしょうね」

「そうよねえ……」

 試したことはないが——機会もない——どう足掻いても剣の強化には当たらないので、おそらくは無意味だ。そもそも単に消し去るだけでは意味がない。消失呪文の反対呪文は出現呪文、相応の技量を持つ術者なれば再度出現させられる。つまりこの場合〝ない〟ことになっているのは見かけ上の話でしかない。

 たとえば必要の部屋に隠されていたレイブンクローの冠は、普段は物質的には部屋ごと〝ない〟ことになっていたが、しかし分霊箱(Horcrux)としては機能し続けていた。

 

「……消失……?」

 

 ふと私は繰り返した。唇をなめる。なにか引っかかったような気がした。

 消失。単なる消失では当然意味がない。見かけ上ないことになっていても、概念として在り続けている場合は分霊箱(Horcrux)としては機能してしまう。誰も試したことはないだろうが……地球の裏や宇宙に飛ばしてもおそらくは同じことだ。史上最高の錬金術師が遺した研究をあたっても、破壊方法は見つからなかった。破壊はできないのかもしれない。けれど——破壊()できないとしても——封印を提示したのはジネブラだったか、封印、それ自体はほとんど無意味だ——しかし、封印、消失、破壊できないなら、()()()()破壊を前提としないこと——

「——フラメル夫妻の研究でこのようなアプローチはありましたか? つまり——」

 説明すると「それそのものはたぶんない……と思うのだけれど」ミズ・コワルスキー゠ゴールドスタインは首をひねりながら、杖を振った。資料の山からいくつかの紙が抜き取られる。

「このあたりを組み合わせたら——もちろん、机上の空論よ。私が試したわけでもないの」

「理解しております。拝読しても?」

「ええ」

 

   ➤

 

 グリンデルワルトが喋るたび、単なる加齢によるものか、監獄生活の無理が祟ったのか、歯抜けなくちもとがよく見えた。「そう——」発音にも難儀するだろうに、小さな老人は、不思議とはっきりとした口調で述べた。

「私の杖はダンブルドアにわたった……決闘で打ち負かされた。完膚なきまでに。杖の忠誠心は持ち主に力尽くで勝利した人間に移る。強盗でも、決闘でも……奪い取ることだ……」

「杖の忠誠は、現在——」

「——ヴォルデモートとやらにある、かもしれない。しかし御大層な名前だ。死の窃盗(Vol de mort)? 耳に挟んだころからつくづく思っていたが、奴はフランス生まれか?」

 イギリスの片田舎のマグル:豪族の息子と、落ちぶれたイギリス純血魔法族の間に生まれた子ならば、フランス生まれということは早々ないだろう。

「……かもしれない?」

 単に断定を避けるにしては、やけに強調されていた。

「さて。アルバスは……頭がよく、非常に抜け目がない。非常に」

 グリンデルワルトは噛んで含めるように言った。

「自らの死ののち、その杖が悪用されたらば——たとえば、若かりし頃の私のような者にな。対策を講じていないとは……とはいえ、真に予想外であったならば……」

 ひとしきり首をひねった後「……あのアルバスが?」と、グリンデルワルトはささやいた。大陸魔法界最大の極悪人が、まるで親しげに——どころか、唯一無二の相手を呼ぶように、愛おしげに——ダンブルドアを呼ぶ光景は、セドリックの目にはきわめて奇異に映った。そもそも、今世紀最大の英雄と今世紀最悪の大犯罪者(後者はヴォルデモートによるイギリス魔法界転覆により、そろそろ塗り替えかけているとしても)が知己などという話自体、奇天烈きわまりない。

「ミスター・グリンデルワルト——」

「ミスター!」

 爆笑。

 セドリックは溜息をこらえて、笑いのツボが妙なところにある大犯罪者を眺めた。たとえどのような経歴を辿ろうとも、一定の敬意は払うべきだとセドリックは堅く思っている。セドリックが優等生クンと揶揄されるポイントであり、彼が周囲から尊重される理由でもある。

「あなたは……あなたが死の秘宝を求めていた、と推測する人がいますが」

 腹からの笑い声が突然途切れた。

「誰が?」

 鎖に繋がれたままのたうち回っていた男が起き上がる。

「一部の人たちです。あなたが各地に残していたマークがそうだと」

 グリンデルワルトが母校に残した印。三角に円と棒を組み合わせたような、奇妙なマーク。これは魔法界のごく一部のオカルティズムに浸った人々にとって、死の秘宝を示す——ふつうは知らない。一般常識の対極に属する文化だ。マグルでいえば、たとえばフリーメイソンの存在を心の底から信じている人間はちょっと遠巻きにされるとか、そういうたぐい。レグルスもさすがに、ちらっとどこかの書籍で読んだことがあるかもな、ぐらいのレベルだった。記憶の遥か彼方に置き去りにしたっきり。

 ザ・クィブラー創刊者、あるいはその娘、ザ・クィブラーの愛読者、荒唐無稽な内容をひたむきに信じる者でもなければ——

「……死の秘宝」

 嗄れた声が繰り返す。

「さて……求めていた頃もあったかもしれんな。しかし——ほしいのか?」

 セドリックは眉を上げた。

「本当にあるように仰る」

「本当にあるとも」

 グリンデルワルトは静かに言った。

「あなたは昔、それを求めていた? いや……あなたと……ダンブルドアの二人は」

 老人は片目をつむる。ウィンクのつもりだろうか。

「そして……実際に手に入れたことがある? たとえばそれは、かつてあなたが盗み取り、持ち続け——ダンブルドアに渡ったような?」

「……ああ、ようやくわかった。気にかけているのはそこか」

 ふとグリンデルワルトは得心したように頷いた。伸び放題のひげを何度か触る。

「ニワトコの杖、最強の杖——若人、確かに私はそれを有していた。そして、その通りだ、アルバスにその杖は渡った——ああ、()()()()()()()()()()

 グリンデルワルトはつよく主張した。面持ちには皺が刻まれ、老骨は加齢と監獄生活によって歪み、曲がっている。しかし目だけはいまだ爛々と輝いている。

「ニワトコの杖、最強なる杖を持ってしても——あれは万能ではない。私が敗北したように」

「けれどあなたはダンブルドアと……親しい仲だった。そうでしょう?」

 セドリックはさらに慎重に問いかけた。信じられない内容だが、事実だったならば——見極める必要があった。手加減の余地はそこにあったのか。

 慢心を捨てたヴォルデモートに手加減はありえない。

「ハハハ! 親しい、そうだな、唯一無二だ。彼こそが唯一だ、私の——わかるか? ゆえにこそだ」

 興奮した様子の老人が鎖の限界まで身を乗り出した。セドリックは一歩後ずさりそうになって、すんでで耐えた。たたらは踏んだ。

「愛するとはなにか? 傷つけたくないと思うこと。尊重したいと考えること。手に入れたいと欲すること。愛する者を傷つける敵をひとり残らず皆殺しにすること——」

「は? ちょっと待ってくれ」

「——手に入らぬくらいならば、この手で縊り殺したいと願うこと」

 セドリックは唾を飲んだ。

「それは——」

「愛だ」

 断言。老人は小首をかしげた。

「違うとでも?」

「……」

 世間一般的な愛の定義からは外れている。

 セドリックは戸惑いを浮かべていた。否定はしなかった。グリンデルワルトは——その言葉を本心から述べているように見えた。少なくともセドリックにはそう見えた。

「ハ」

 短くせせら笑って、グリンデルワルトはふと足元に視線を落とした。

「——殺せなかった。無念だ。アルバスは他人の手にかかって死んだ。じつに——実に無念だ」

 

   ➤

 

『——わかったこととしては三つだ』

 通話越しでもわかるほど、極端に感情を排した声色。いったい何があったのやら。聞くほど親切でもない。

『ひとつ。死の杖はかつてグリンデルワルトが持っていて、ダンブルドアに渡った。これは事実。ふたつ。グリンデルワルトは、ダンブルドアが杖の継承について対策をしなかったとは考えられないと言った。みっつ。死の秘宝の実在も事実で、うち一品がダンブルドアの杖に当たる。昔のグリンデルワルトと……ダンブルドアも、それを求めていた』

 御伽噺に登場する物品、ニワトコの杖、蘇りの石、透明マント。これらはラヴグッドの父君曰く実在するものであり、ペベレル三兄弟が作成した物品であり——すなわち死の秘宝。

 さて。

 ペベレル三兄弟が作成した物品だ。

〝ペベレルの指輪——かつては帝王の祖父のものだった。こちらはダンブルドアが破壊した〟

 ちなみにスネイプ教授に蘇りの石についてお聞きしたところ〝は?〟と返された。意図は不明。知っているにしろ知らないにしろ、スネイプ教授からは教えられなかった。それがすべてだ。

『——例のあの人がうっかり分霊箱(Horcrux)にした指輪が、よりによって、死人を蘇らせる石?』

「これを帝王が知らなかったらばいよいよ喜劇だな……」

 死から恒久的に蘇る方法は、現代魔法界において未だに存在しない——存在しない、ことになっている。分霊箱(Horcrux)も命の水も延命手段、死を避けるための事前対策で、既に為された死を覆す方法にはなりえない。蘇りの石とやらにその機能があったとして——どの道、分霊箱(Horcrux)の保護には役立たずだったのだろう。道具は適切に使ってこそか。あるいは、蘇りの石の効能は然程でもなく、どころか、伝承でしかなかったのかもしれない。

 喜劇は舞台上のそれを観賞するだけで充分だ。自らが登場人物として配役されるなど以ての外。

『君の方の進捗はどう』

「なきに等しい」

『ということは進展自体はあったんだね』

 返答の代わりに手帳を開き直す。ニコラス・フラメルが遺した研究は確かに価値がある。そこでの邂逅があるインスピレーションを齎したことも事実だ。

 机上の空論がどこまで通用するものか、そこが問題だ。

 

『……ところでレグルス』

「なにか」

『君、手に入らないなら殺したいって思ったことあるかい』

「手に入らなかったことがない」

『君に聞いた僕が間違っていたよ』

 

   ➤

 

 アミカス・カローの怒号が響いている。ドラコはちらりと階上を見上げて、すぐに眼差しをもとに戻した。ドラコに透視能力はない。ないが。足音が近づいていることくらいは聞き分けられる。

 ダンッと踊り場に飛び降りた——ワンフロアぶん飛び降りたのだろうか——青年が一瞬転びかけ、すぐに持ち直し、弾かれたように駆け出そうとしてドラコの視線とぶつかった。

 

「——」

 

「ドラコ! ロングボトムが来やがったはずだ、あのガキ——」

「あんたたちが追いかけっこしていたのか。おかげで僕はあいつに突き飛ばされたよ」

 ドラコはうんざりとした顔でよれたローブの裾を直していた。

「すぐに廊下を渡っていった。北塔かな」

「あ゙あ゙〜クソッ北塔は森に出る道が——おい、なんでおまえはすぐに拘束しなかった? ええ?」

 八つ当たり気味に詰め寄られ、ドラコはわざとらしく眉を上げた。

「先生方が捕まえられない相手を、僕が捕まえられるはずもないでしょう」

「け、言ってろ。オーグリー様のお人形の分際で」

 そちらはカロー家の遺産を食い潰した身の程知らずの分際で——うっかり喉まで出かかったが、ドラコは内心を隠して、わざとらしいほど丁寧に、北塔へ続く廊下を手で示した。舌打ちとともに走り去っていく。足音が聞こえなくなるまで待ってから、ドラコは左手の壁にかかった姿見を蹴り飛ばした。つっ、と姿見が揺れて、通路が開く。

「二度と僕に厄介事を持ってくるな」

 吐き捨てたドラコにネビルは目を丸くしていたが、身を翻しかけたスリザリンカラーのローブを即座に掴んだ。

「おいお前——」

「二度とってことはまとめて一度にすればいいんだろ」

 まったくそんなわけがないことぐらいは当然ネビルも理解していた。

「下級生たちを匿う場所がほしいんだ。特に、新入生」

「……」

 その内訳はすなわち〝今年度のホグワーツに入学・登校してしまったがゆえに今更逃げ出せないマグル生まれの子ども、あるいは混血の子ども〟だ。マダム・ピンスは純血主義ではなく、マダム・ポンフリーも医務室を訪れる子どもたちを平等に診る。しかしあくまでも雇われの身であり、たとえば教授職の面々が魔法省に反発してどうなったかは——チャリティ・バーベッジの末路は人々の記憶に新しい。新聞に批判記事を寄稿した程度であのざまともなれば、いわんや、校内で表立って反抗しようものなら。ホグワーツのセキュリティは堅牢であるがゆえに、翻せば、逃亡者を検知するシステムもまた一流ということでもある。禁じられた森を突っ切れるような実力者はそうはいない。新入生ならば尚更。

 得てして傷病人は弱者となりうる。甚振る絶好の対象として目をつけられる。

「必要の部屋は最近は必ず誰かが見張ってる。寮の談話室はこの間僕のルームメイトに別の誰かが化けてた」

 ポリジュース薬か、案外とオーグリーの()()かもしれない。ヴォルデモートが着々と支配の手を広げていることに彼女は大変ご満悦のようで、ちょっかいをかけることもしばしばあった。

「僕が知るか」

 ドラコは苛立ち混じりに手を振り払う。

「君が一番知ってるはずだ」

 ネビルは言い募った。

「クラウチと、七年生の監督生——レストレンジ、両方に目をかけられてる。つまり、彼らの目が届かないところを一番理解している」

「寮監と監督生でそうでしかない。校長はアンブリッジだ」

「アンブリッジは校長な()()だろ。彼女は未だに、校長室にも入れない」

 校長室はダンブルドアの死後、完全閉鎖されていた。組み分け帽子はダンブルドアが死ぬ前にレストレンジが持ち出していたがため、今はひとまず、トロフィー室に飾られている。

「実質のトップはレストレンジで、クラウチがその直属だ」

「だとして僕が何故おまえを手伝わなきゃならない? ああ、ご丁寧に一処に集まって一網打尽にするチャンスをくれるって? ご親切なことだなァ、ロングボトム!」

「だったらさっき突き出したはずだろ!」

 青年たちは睨み合った。

 かつてドラコは一方的に虐める側で、かつてネビルは一方的に虐められる側だった。萎縮した少年を散々に馬鹿にした。スクイブじゃないか、ホグワーツに入れるはずもなかったと声高らかに嘲った。ネビル・ロングボトムは、ドラコ・マルフォイに対してひどく怯えて警戒していたから、尚更、注意深く彼をよく見ていた。

「去年——いや、一昨年までの君なら、権力者と親しくしていることなんてむしろ誇って、自慢げにしたはずだ。君はそういうやつだった。そうはしなかった。君にとって彼らは、本当は親しくしたくない人なんだ」

 新スリザリン寮監、魔法薬学教授に就任したクラウチ゠ジュニア。ロングボトム夫妻を拷問した咎でアズカバンにて獄中死したはずだった男。ヴォルデモート復活の虚言をまくし立てて聖マンゴに放り込まれた男——ふつう、ふたたび教授に就けるはずもない。

 家名だけのレストレンジ。そのファーストネームと正体を知っているのはごくごく一部だが、直近で〝レストレンジ〟といえばいったい何を為したのか、既に広まっている。アズカバン集団脱獄記事は、当時は大々的に報道された。 

 ネビルはおそらくもっとも怒る権利があり、彼は——選択した。抗い続ける選択を。

 

「君は最低最悪で嫌なやつだ、五年ちょっとで身に沁みてる、けれど——僕は君にも良心があると信じている。信じたいんだよ」

 

「この時期のダンブルドア軍団は必要の部屋に逃げ込んでると思っていたけれど、ハズレ。最近は出入りすらないんだ。どこを探したらいいと思う?」

 気まぐれじみた問いかけに「どうせそういう馬鹿はグリフィンドールでしょう」ドラコはきわめてどうでもよさそうに返した。

「寮の談話室だとか?」

「それは考えたけど、ここ一週間くまなく探してみていなかったから、たぶん違うね」

「……くまなく?」

「グリフィンドール寮生に化ければだァれも気づかない。気付かれそうになったら、別の寮生に化ければいい。簡単だろう」

 七変化の変装能力を敵に持たせてはならない——ドラコは何回目かも覚えていない確信を得た。手遅れゆえの確信である。

 さてデルフィーニ——この姿の際は兄に倣ってレストレンジと呼ぶべきか——の様子を見る限り、ダンブルドア軍団の潜伏場所は露見していない。らしい。時間の問題やもしれないが猶予はあるだろう。ドラコはそのように判断する。判断には根拠もある。

 どこぞの誰かが作成した——そして分霊箱(Horcrux)探索特化用バージョン製造ついでに()()された——便利な()()は、ハリーを筆頭とした一部の生徒たちによるホグワーツ脱出の際、ネビルの手元に渡っていた。

「神秘部での戦いにも参加しない、支えてくれるお友達もいないのだから、今のロングボトムぐらい御せそうな気がしたんだけど。なめてたね、軌道修正しないと。さすがに選ばれ損なった者なだけあるのかな?」

「選ばれし者のスペアのようなラベリングですね」

「実際そうだよ。七つの月が死ぬころに、闇の帝王のもとに三度抗った者の間に生まれる子ども」

 しらっと述べられた言葉を吟味して、それからドラコはぎょっと目を剥いた。レストレンジは小首を傾げて思考している。ドラコの反応は気に留めてもいない。

「ロードが印をつけたからポッターになってしまったけど。うーん。やっぱりハロウィンの事件を阻止するのが一番良かったんだよなあ、本物の予言を聞いてみても、印をつけないままならなんとかなった感じに見える。君のおうちの逆転時計(Time-Turner)を持ってこられない? 一番良い性能のやつ」

「……何故ご存知なのかはお聞きしませんが。……兄上の件を期に、父上の目ぼしいコレクションはすべて保管場所を移しました。僕はもちろん、兄上も母上もたぶん知りません。そもそも父上のコレクションの全貌を把握しているのは父上だけです」

「そしてルシウスはさすがに家族に危険が及びそうだったら自分から舌を噛む。保身のマルフォイ、本当に抜け目のないことだね」

 ——かつてマローダーズが作成した地図はホグワーツのほとんどすべてを網羅しているが、彼らですら把握していなかった場所はないこともない。たとえば必要の部屋。特定の条件を満たさなければ存在しない場所。

 たとえば——秘密の部屋。蛇語(Parcel Tongue)で喋らなければ、開くことすらできない。

 ドラコ・マルフォイは、秘密の部屋の開け方を知っていた。三年半前の記憶はあまりに強烈で、今でも鮮明に思い出せる。

「この入口は蛇語(Parcel Tongue)を使えば開けられてしまう。オーグリー様は確実に使える。僕のように音だけ覚えた奴でも開けられる。どうにせよ、三階女子トイレに毎度潜り込んでいればいずれ怪しまれる。だから入ったら確実に潰せ、二度とここからは出入りできないように——代わりに、城内ほぼすべてのパイプが繋がっていることは確定している」

「なるほど、要するにパイプに穴を開ければいいわけだ」

「穴は開けるなよ使われてるパイプだぞ城が汚水で水浸しになったら僕は今度こそおまえを突き出すからな」

「つまりそれまでは突き出さないって?」

 すっかりしたたかになったネビルは軽やかに言った。しばこうかなこいつの気持ちを堪えて、ドラコは大きく舌打ちをこぼした。

 

   ➤

 

 バーノンは、八月を目前に帰ってきた甥っ子に嫌そうな顔を隠しもしなかった。

「これにておさらばかと思っていた。糠喜びだ」

「それはそれは、帰ってきた甲斐があったね」

 いつも通りに顔をしかめる伯父に対して、ハリーは皮肉を叩いた。

「血のにおいがするわ」

 神経質なペチュニアは、嗅覚もやたらと鋭敏である。

「ちゃんとシャワーも浴びていなかったの? ()()()()()のような輩は……」

「……シャワーぐらいは浴びてるよ。鉄のにおいと混じったんじゃないか?」

 ペチュニアは不審そうにハリーをジロジロと見た。切り裂かれた傷口は既にハナハッカで治した、Tシャツについた汚れを落として、着替えて、元通り——しかしにおいケアはハリーも気にかけていなかった箇所だ。ちょっと考えておこう。ハリーは本心を隠して当然の顔で頷いた。汗まみれの練習後に女の子と会う予定があって大ピンチ、とか、まだなかったのだ。意中のチョウ・チャンはセドリックと付き合っているので。君ってば死闘とクィディッチの練習を一緒くたにしてないか、とか突っ込む人は誰もいなかった。ここにロンがいたらば認知を矯正してくれたろうに。

 ダドリーはハリーをちょっと見たあとすぐに部屋に引っ込んだ。ハリーもさっさと自室(一応まだあった)へと引っ込んだ。ホグワーツに残してきたはずの荷物は、確かに室内に整理されて置いてあった。あの陰険蝙蝠教授、サボらなかったんだ……というハリーの若干の困惑。スネイプへの信頼度が著しく低い。今までの仕打ちを思えば当然である。ただヘドウィグがいるはずの鳥籠は空だった。鳥籠の中にいたとして、ダーズリーの人々が世話をするようにも思えない。餓死して虫にたかられた亡骸と御対面なんて普通に心が折れてしまう確信があったので、ハリーとしてはむしろありがたかった。それはそれとしてかの美しきシロフクロウはどこに行ったのだろうか。まさか外に放した? おいスネイプ?

 とにもかくにもそれが七月三十一日のこと。ハリーの誕生日。サプライズイベントはヴォルデモートと空中追いかけっこ。疲労困憊クッタクタだ。ベッドに入るのも惜しんで、机に突っ伏して寝落ちてしまった。オリバンダー翁の拷問シーンは刺激が強すぎてその日はものの一時間で目が覚めた。ヴォルデモートってなんて最悪。

『まァグレゴロヴィッチについては私の方で心当たりを探ってみよう。なにかあれば連絡を寄越せ。ご要望はお早めに、簡潔に。他に伝えたいことはあるか? なければこのまま切る』

「メールに書いてあった……ハッフルパフのカップを破壊したってあれ本気?」

『おまえは何故闇の帝王がさっさと撤退したと思う? 私を捕らえられず、おまえのことも殺せていないのに、なんとも不思議なことだなあ』

「……君ってじつは大魔王とかに生まれるべきだったのかもな」

『ははは。小生意気』

 レグルスはその後紆余曲折を経てグリンデルワルトを調べる方向にシフトしていた。経緯こそ詳らかに報告されていたが、経緯だけで理解しきれないこともそこそこある。本人があれだけ人様の能力に固執するだけあって有能ではあり、助かってもいるのだが、なんかやっぱり微妙に変。ハリーはしみじみと思いつつ季節は秋に差し掛かった。

 本来ならば九月一日にはホグワーツに戻れた——戻る、だ。自認としては。だってダーズリー家はあんまりにも息苦しい——けれど、ホグワーツはもはや安心できる環境ではなくなっていた。魔法界一安全なわりには、もともとお手軽にカジュアルな命の危機がポップする学校だった(それらは主にヴォルデモートのせいだった)それでも、そうだとしても、ハリーにとってはホグワーツがいちばん息がしやすかった。

「とうとう退学になったのか?」

「まったく!」

 ダドリーが尋ねたのは十月の頭ごろのことだった。さすがに不審に思ったらしい。()()ダドリーが僕の滞在期間を確認しているだなんて——「言っただろ、学校の都合で夏休みが少しズレたんだ」ハリーは、事前に考えていた説明を改めて繰り返した。

 血の護りの観点で言うとダーズリー家以上に安全な場所はない、とのことである。死んだダンブルドア曰く。せめて生前に言ってくれないかなというのがハリーの感想。直前まで有り余るほどの不満と憤懣が積み重なっていたこともあり、しかし明かされた配慮や思慮も有り余るほどにあり、ダンブルドアに対する感情は見るも無残に複雑怪奇な様相と化していた。腹を割って話す機会さえなく逝ってしまった。チャーミングで抜け目のない老人はもうどこにもいない。実感はまったく湧いていない。ダンブルドアの追悼記事を乱雑に放り出し〝英雄というものはつくづく最悪だよな〟と吐き捨てたときばかりは、レグルスは珍しくまったく笑っていなかった。嫌味を言うときこそ笑うのが貴族の定跡だと本人はのたまう。つまり、貶す意図というよりは——新聞を放り出してからしばらく、彼は目をつむり、微動だにしなかった。おそらく黙祷していた。複雑きわまりない感情を抱えているのはべつにハリーだけでもなかったらしい。

 余計な回想終了。未成年者の魔法使用は相変わらず機能しているため下手に呪文の練習もできない。ハリーには退学のリーチがかかっている。口実を与えれば、ヴォルデモートは当然、その隙を逃さない。

 ホグワーツ放送はレイブンクローのマドンナ、チョウ・チャンが引き継いでいた。朗々と日々の出来事を読み上げる。闇の魔術に対する防衛術の最近のカリキュラムは磔の呪文の練習。ダンブルドア軍団を名乗る学生団体による授業妨害が行われている——彼女が真に伝えたいことがなにか、オーディエンスはよく理解している。

『マグル界で下手に何かできることもないしな』

 レグルスは気のない声で言った。『教科書を読み込んでもらうとか? 宿題、復習、予習、自習』真面目に言っているのかすら若干怪しいラインだ。

『命を懸けることに慣れきっているのはあまり良くない傾向だ。現状、己が身の安全が保証されていること自体は素直に喜ぶべきだとも』

「これが寮の違いってやつかな……」

『……グリフィンドール寮生がつくづく理解しがたいのは私としても日々実感していることだが、しかし寮分けはたかだか七年を拘束するものでしかない。十歳までの君は果たしてグリフィンドールについて思いを馳せたことがあるのかな、マグル育ちのポッターくん』

「あの頃の僕はホグワーツの存在すらも知らなかった——」

『——そして今はホグワーツの外にも魔法界が続いていると知っている』

 舌戦ではどうしてもレグルスに軍配が上がる。

『ホグズミード村に足を運んだことはもちろんあるだろうな? ボーバトンとダームストラングの存在はもう忘れてしまったかな? ホグワーツ生以外は組み分け帽子による寮分けを経験したことすらない。寮の信条を言い訳にするなよ。メサイア・コンプレックスは何の変哲もない一般人がかかったとしても厄介だ、まして〝選ばれし者〟殿は尚更な』

 正しいだけの言葉に、ハリーは少しの間、返答を躊躇った。

「……けれど」

 ちいさくつぶやく。

「君も含めて——身の安全が保証されないところで命を懸けている。四人のポッター——騎士団の人たちは——シリウスは死にかけた。ダンブルドアは死んでしまった」

 レグルスはしばし間を置いた。

『……あくまでも彼らの選択だ』

 嘆息のような音ののち『調べがついた範囲を話そう』レグルスは話を戻した。

『最強の杖は存在する。しかしそれは、あくまでも、持ち主の魔法のポテンシャルを最大限引き出せる杖ということであり、それだけでしかない。実際に杖の継承は現代まで行われている——すなわち、以前の持ち主は、常に、他の誰かに敗北し続けた』

 ヴォルデモートがグレゴロヴィッチを求めた理由。死の秘宝、ニワトコの杖。死が与えた贈り物。あるいはいつかの天才が作り上げた危険極まりない魔法道具。

『直近の例でいえば、最強の杖の忠誠を勝ち取っていたグリンデルワルトは、ダンブルドアに敗北した。まァダンブルドアが規格外だったから、と言われればそれまでかもしれんな』

「上げて落とすね」

『逆境に強いのだろう、グリフィンドール? さて次だ、おまえの寮の創設者が遺した厄介極まりない剣について——』

「君の寮の創設者の末裔が厄介にした剣だよ」

『私は卒業済み』

「あのさあ」

 ああ言えばこう言う。

 イギリス、サリー州。プリペット通り四番地も、十月となれば木枯らしが吹く。秋のかおりが冬の気配に塗り替えられていく。日刊預言者新聞の他に魔法界の動向を知る方法といえば、ポッターウォッチか、ホグワーツ放送かの二択だった。ハリーはマグル育ちなので魔法界のラジオ番組にはあまり詳しくない。

「親父、遅いな」

「今日は大事な商談があるのですって——」

 階下からかすかに話し声が聞こえる。ハリーは狭苦しいベッドに寝転んで——十一歳で貰ったベッドから一切買い替えてもらったことはない——ラジオのつまみをひねって、周波数を切り替えた。徐々に鮮明になっていく。

『今晩のホグワーツ放送の時間だ——』

 ——ハリーはベッドから跳ね起きた。

 チョウの声、ではない。

『——と言っても、今回は出張編、ロンドン:魔法省本部からのご連絡だ。というのもポッター、おまえが確実に、リアルタイムで聴いているであろう媒体に、これぐらいしか心当たりがなかったものでな——新聞はこの点、伝達までが少し遅い。さて、聞いているか、ハリー・ポッター? 聞いていると信じている……そうでなければ、私はただまったく無関係な人々に向かって話しかけているだけになってしまう』

 冗談混じりの物言い。まるで普通の人が、久しぶりに顔を合わせた知己に話しかけているような、そういう素振りにすら聞こえた。

 しかし——へんに甲高く、不気味で、どこか無機質な声色。聞き間違えるはずもない。ヴォルデモート。

『今宵の放送には特別なゲストがいらっしゃる。が、その前に、前提情報を擦り合わせよう。私は機嫌が良い……』

 クィレルの後頭部に取り憑いて、ほとんど死に体の有様でハリーと対面した者。リトル・ハングルトンのリドルの館で、屋敷の主の如くソファに腰を掛けていたにんげん。吸魂鬼(Dementor)と相対する際に聞こえる声のうちひとつ。墓場でハリー・ポッターに向けてみどりのひかりを向けた者。

『シビル・トレローニーからの予言を受け取ったのは、ダンブルドアであった。台座に書いてある通りだ。そうでもなければ——ああ、だから知っているのだろう。騎士団は予言を知っている。おまえはその内容を知っている。〝一方が生きる限り、双方は生きられぬ〟……なんとも、笑えることだ』

 ヴォルデモートはかすかに声を立てた。

『おまえが——私の半分も生きていない、どころか、いまだ成人にすらも満たぬ魔法使いが、まるで私に並び立つ、とでも言うような予言。とはいっても、かつての私の如く、天才的な麒麟児という可能性もあった。私は警戒していたが——確認は取れた。実際にはそうでもないようで、私としては安心した……。ああ、なんとも、可哀想なハリー・ポッター。英雄になぞなりたくもなかった、ふつうの、平凡な子どもよ。リリー・ポッターが古代魔法を覚えていてよかったな? おまえの両親が、おまえのために犠牲になってくれる馬鹿共でよかったな? おまえの杖が偉大なる魔法使いと同じ双子芯を用いていてよかったなァ? ハリー・ポッター、ラッキーボーイ! おまえのために死んでくれた穢れた血(Mud blood)のおかげで生き残っただけの男の子!』

「ッ——」

 数々の侮辱に沸騰しかけていた頭が——瞬に冴える。明白にハリーに対して煽り散らかす言葉。五年生のときに見せ続けられた夢にどこか似ていた。ハリーの感情の指向を誘導し、固定し、それしか考えられなくさせられる。少なくとも、あのときと異なり、罠であることは既に明白だ。

『おまえがマグルの住処に引きこもっていることは把握している。残念なことに、私には未だに手が出せない。ごくシンプルな、古代魔法による護り、ゆえにこそ厄介だ』

 ヴォルデモートが溜息のように吐息を漏らした。

『血のつながりは魔法の効能を強化して、命を贄にして固定する。よくある原始的な強化方法だ。単純で、効果的、これを攻略するのはちと手間になる。家の護りが消滅するまで、すなわち成人まで待つのも一興かと考えていたが——それでは、無駄に時間を浪費してしまう。おまえ一人にそこまでの手間を掛けてはいられないもので——』

 一度言葉を切って『そういう経緯だ』と、ヴォルデモートは言った。

『さて、改めて、本日のゲストを紹介しよう——それとも、自己紹介は自分で行うかな? ン? 喋れるようにしてやろうか』

 間が空いた。

 げほ、と、咳をする音が響く。『き、貴様、つまり——』と、別の声が言った——最初の一音を聞いた瞬間、ハリーの背筋が総毛立った。

 誰かわかった。

『ま——()()()()()()()やつらの——』

 悲鳴と、暴れのたうち回るような音。やがて聞こえてきた吐瀉音をBGMに『は、は、は!』とヴォルデモートが哄笑をこぼす。

『典型的な堅物のマグルとは聞いていたが、それにしても本当に——昔を思い出す。礼儀を知らぬマグルよ。おまえは幸運だ。このロードに向かってそのような口を叩いて、生きている人間はそうはいまい。魔法使いでさえもな』

 典型的な堅物のマグル、まともかそうでないかを分別する口癖、声は聞き覚えがあるどころではない。

『ああポッター。もちろん、おまえも疑問に思っていることだろう。私としても、本当ならもう少し人質らしい人間を攫うか考えたのだよ? たとえば、おまえのベストフレンド。賢者の石の際におまえに従順にも付き添った可愛らしい子どもたち。たとえば、おまえの後見人。十二年も囚人の身に甘んじた献身的な男。けれど、前者はそれこそ似たようなことを考えたのだろうなあ。雲隠れしてしまった。後者は——まったく、神秘部で捕獲しておけばよかったと私も悔いたものよ。痛恨のミスだ。なまっていたのやもしれん』

 詳らかに——まるで自慢の如く手口を述べる。墓場で遭遇した際の彼も同じ特徴をそなえていた。自らの能力を誇り、披露したがる。

『それで——そう、血の護り、おまえの家は護られている。おまえの血縁者も護られている。すなわち()()()()()()()()()()()()()()()。……こちらにいらっしゃる、バーノン・ダーズリー氏以外は、という意味だ』

 ペチュニア・ダーズリー、旧姓ペチュニア・エヴァンスは、リリー・ポッター、旧姓リリー・エヴァンスの姉である。すなわちリリー・ポッターの血縁者である。

 ダドリー・ダーズリーは、リリー・ポッターからすれば甥にあたる。すなわちリリー・ポッターの血縁者である。

 ハリーは当然リリーの息子であって——家の外において護りが適用されないとすればバーノンただ一人だ。

『保護魔法が効かないのは家の敷地の外だけ。優秀なる騎士団員どもはもちろん、外出時の護衛をつけていたとも。けれども——哀れなことだ、やつらは、こと今に至っても魔法機密保護法を遵守しなければならない。()()魔法省としては、どのような事情があろうとも、犯罪者は監獄に叩き込まねばならぬからな。加えて今は団員の数も少ない——ごく簡単な捕物劇だ』

 ハリーの脳は目まぐるしく回転していた。シリウスを拷問していた映像のように、嘘八百に基づく主張かもしれない——ラジオを使ってまでの配信。嘘だったらば即座に確認を取れる。バーノン・ダーズリーがどうしてハリーの伯父だとわかるものか——ホグワーツの生活で、ハリーはダーズリー家への愚痴を特に自重したこともない。スリザリンの継承者と疑われた理由の一端はダーズリー家との不仲にあった。そもそも、バーノンおじさんが僕の人質になるものか——

『き、貴様ら、ま——()のつくものども——私で、ハリーをおびき出そうとしているのか?』

『ああ、よくお気づきになられた、ミスター・ダーズリー。おまえのような豚に用事はない。本来ならばな』

『は……それは、そうか、あの小僧を——』

 バーノンは何度か喘鳴をこぼした。

 ペッと高く——唾かなにかを、吐いたような音。

『——無駄なことを』

 一瞬、沈黙が下りた。

『あの小童が、来るはずもない。絶対に』

『命乞いとは』

 ヴォルデモートが無感情に言った。

『命乞い? 事実だ!』

 バーノンがつよく反駁した。

『来るはずもない。来るものか! まともじゃないやつらとつるんでまともじゃないことばかり引き起こす。私がいなくなればむしろせいせいす——ッガ、グ、ア゙ア゙ア゙!』

『さて、おまえ、たしかマグルの会社の社長だったかな。さぞ努力し、研鑽してきたのだろう。修羅場もくぐり抜けてきたはずだ……その間の経験を振り返っていただこうか。たとえば——聞いてもいないことをべらべらと喋り続けるのは、あまり得策ではない。そのように教わったことはないか?』

 つまらなそうな物言いだったが、ハリーは直感していた。ヴォルデモートは苛立っている。傷が疼いている。

『き、貴様のような、れ、礼儀知らずの、輩に、()()()なぞ、理解できるはずもない!』

 バーノンは息も絶え絶えに反論した。

『い、……いいか、貴様らのような、頭がおかしい、気狂いの、犯罪者は、警察に捕まるのが()()()なことなのだ! それをなんだ——どいつもこいつも!』

 いっそ本当に憐れむような物言いで『ミスター・ダーズリー、可哀想なことだ』とヴォルデモートが言った。

『おまえはもちろんのこと、知る由もないだろうが、アズカバンも闇祓い(Aurur)も、今は()()()には機能していない。マグルの治安部隊は以ての外。おまえは本当に不運だなァ。ハリー・ポッターの伯父になってしまったがばかりに、ペチュニア・エヴァンスと結婚してしまったばかりに、おまえは無駄に苦しめられて、挙句、無残に死ぬ』

『私は——』

 バーノンが唸り声をあげた。何度も磔の呪文を浴びて、喉が擦り切れたのか、ずいぶんとかすれていた。

『妻と結婚したことを——後悔したことは——ない! 今もだ! 彼女を侮辱することは私が許さない!』

 バーノン・ダーズリーのことをハリーは心底嫌っている。憎んでいると言っても過言ではないだろう。それはバーノンの方も同じだ。彼はハリーを邪魔者として扱い、あるいはいないものとして扱い、暴力を振るい、暴言を吐き、吸魂鬼(Dementors)が彼の息子を襲ったときは普通にハリーを家から叩き出そうとした。

 魔法を目撃していながら、魔法をなにもかも全否定する、頭が凝り固まったマグル。死んでしまえばきっとせいせいすると思ったことは、決して一度や二度の話ではない。それだけの仕打ちをされてきた。

『あんな小僧如きのせいで私の不幸が決まるはずがない! あの小僧に御大層な力なぞあるはずもない! 貴様もだ、蛇面の——化け物!』

 ——けれど。

『あんなしみったれた小僧なぞに関わるやつらは、揃いも揃ってあの小僧に変な期待をかけているか、怖がってい——』

 言葉は途切れ、苦痛の悲鳴が響き渡る。

『おまえの伯父はまったく活きのいい、特に、無礼さはそっくりだな、ハリー・ポッター。まァこれを見捨てたいならば、好きにするといい。私は理解を示そう。このような粗大ごみが、うっかり不運にも死んでくれと願う心情を——』

 ヴォルデモートは悲鳴なぞまるで聞こえていないかの如く、淡々と言った。

『そうではないと宣うならば——魔法省に来ることだ。私はそこで待っている』

 

   ➤

 

 本当は死にたくなかった。もっと生きていたかった。

 それ以上に死んでほしくない人々がいた。

 湖は冷たく凍るようであった。

 吐いた息が白く染まり、霜の輝きが散った。

 

「——いや、これは……」

 

 レギュラスは咄嗟に杖を取ろうとして気がつく。杖がない。

「——スリザリン!」

 帽子が高らかに叫ぶ。幼い少年のローブの襟元がスリザリン色に染まる。緑と銀。そう、入学式の日も——霜が散るほどではなかった。しかしレギュラスの入学式は本当に大荒れの大雨で、ホグワーツ城前の湖もまた、ひどい時化に見舞われていた。

「またブラックが——」

 爆発音とともに走りゆく面々。軽やかに笑う面持ちを朱と金が縁取っている。なんのしがらみもないような顔で——兄のそういう姿を家では見たことがなかった。緑と銀を身に着けた少年は、目を細めて、それから逆方向へと踵を返す。

「グリフィンドール()()()()()のブラック」

 聞こえよがしの嘲りに鼻を鳴らす。レギュラスには彼の思考が手に取るように理解できた。我らが家の威光を理解できない愚者の言葉だ。耳を貸す必要もない——

「帝王様、帝王様、帝王様! もううんざりだ、なあどうしてわからない? おかしいだろ、マグルだって人間だ!」

「人間? 喋る言葉が通じる程度の猿が、人間? シリウス、おまえ言ってもいいことと悪いことの区別も——」

「言っていいことと悪いことの区別がついていないのはどっちの方だ!?」

 グラスの割れる音がする。少年は本棚からビロードをあしらった冊子を取り出した。開けば、厚い羊皮紙が幾枚も連なっていて、一枚一枚に、日刊予言者新聞の記事がいくつも張り付けられている。マグルの殺害。魔法族の栄光を取り戻そう、スローガンを掲げたデモ。闇祓い(Aurur)死喰い人(Death eater)のアジトをまたも空振ったこと。

「たかだか魔法が使えない程度で虐殺を肯定して——だったら、魔法力が発現していない生まれたての赤ん坊は殺すのか? そうはしないだろう、そうはしないのに——」

「屁理屈を捏ねれば自分の主張が通ると思っているのか、シリウス? あまりに愚かしい。そのように育てた覚えは——」

「屁理屈はあんたらだ、いい加減目を覚ませよ! 凝り固まった血とやらに縋って現実を見ようともしない! ブラックが外でなんて言われてるのか知ってるか? 未だに過去ばかり固執して、恥晒しにも王族を自称する——」

 言い争いはいつものことだったが、シリウスがグリフィンドールに入ってからというもの、苛烈さを増していた。一定の度合いを超えるとヴァルブルガが磔の呪文で()()()()ことまでいつも通りだった。少年はぱたんとスクラップブックを閉じると、屋敷妖精(House elf)を呼び出して「紅茶を淹れてくれる?」と尋ねた。

「どうして父上と母上に逆らうのさ。ちゃんとしてれば褒めてくれる。お祖父様も呆れていたよ」

「我が愛しのお父様とお母様が言う()()()()、は無辜の他人を虐げるのに等しいのに?」

「他人? 人じゃない。身体構造は似ているけれど、彼らは魔法使いじゃない」

「——……。いいや、人だ。魔法を使えるかどうかは人かどうかを左右しない。人を人と思わない奴こそ、俺には人には見えない」

「変なひと……」

 クリスマスプレゼントの中に〝S.B.〟の署名入りのカードがなくなったのはその会話のあとからである。

 スリザリンローブの少年を逆さ吊りにして囃し立てる集団。けらけらと笑ううち一人が自らの兄であることを確認し、少年は目を細める。

「あなたも同じじゃないか。セブルスを嬉々として虐げる」

「あいつが穢れた血(Mud blood)と呼ばわなくなるなら喜んでハグしてやるさ。死んでもそんな日は来ないだろうが」

「違うね。あなたはただ我が家に反抗したいだけなんだ。お父様とお母様が入れと言ったからスリザリンには入らない。お父様とお母様が肯定しているから闇の帝王が嫌い。お父様とお母様がマグルを嫌っているからマグルかぶれになる」

「違う」

「どこが違うって言うんだ! ちゃんと見れば、知れば変わるよ! マグルの傲慢さ、闇の帝王の偉大さを——」

 跳ね除けられたスクラップブック。落ちた拍子にページがバラバラになり、あたりに飛び散った。兄はもう見向きもしなかった。「知らないのはおまえたちの方だろ」去りゆく際の表情は失望に満ちていた。

「レギュラス。我が同胞よ。年若いながら頭角を現していると聞いている——」

 闇の印が皮膚の上で蛇の舌をさらす。少年は既に青年と言える年齢へと成長していた。

「兄君はいいのか?」

「勘当された人間を兄とは呼ばない。彼はもはやブラック家ではない」

 未成年でありながら()()()()()との噂はホグワーツにも広まった。

「おい、レギュラス、あの噂は——」

「事実だったとして、あなたに関係ありますか」

 ヴォルデモートが死喰い人(Death eater)たちに手ごろな屋敷妖精(House elf)を要求した。

「クリーチャー、行ってきてくれるかい。僕が知る中で、おまえがもっとも優れていて、信頼できる」

「お任せください。坊ちゃま。クリーチャーめはなんなりと従いましょう」

「うん、ありがとう。終わったら帰ってきてくれよ、首尾よく行ったのか聞きたい」

 屋敷妖精(House elf)が戻ってきた。痙攣する身体。あたりに血反吐を撒き散らす。弱り切った家族を前に青年は呆然と立ちすくんでいた。

 あたりは暗闇に沈んでいた。黒黒とした水面が波打っている。耐えきれず水を口にした青年のもとへ、数多の亡者が手を伸ばす。毒に弱り、幻覚に打ちのめされ、屋敷妖精(House elf)は傍らにはいなかった。息も絶え絶えの青年がわずかにその面を上げた。

 ()()をレギュラスは見ていた。己の過去を再現したが如き光景、かつての己、と——目が合った、ように思う。次の瞬間、青年は死者の腕に掴まれて、あっさりと湖の中に引きずり込まれた。ミミズクに変化することもなく。

「……」

 水泡がぼこぼこと水面に広がっていた。波紋は何重にもぶつかり合っていた。今まさに起きた惨状を示すように——しかし、すぐに消えていった。レギュラスが浮かび上がる様子はなかった。まるで何事もなかったかのように、水面は静謐をたたえ直した。

 一連の光景を見ていたレギュラスは、一度目を瞑った。

「今のは……」

「……ロケットを回収した直後——僕は動物変化(Animagus)へと転じました」

 背後の声にレギュラスは答える。

「僕は当時既に動物変化(Animagus)を習得していました。亡者の手からはそれによって逃れました。しかし——」

 目を開ける。

「あのとき、変化するのが少しでも遅ければ。羽ばたきが少しでも小さければ。動物変化(Animagus)を習得していなければ。一歩違えば、起こりえたでしょう」

 振り返ると、そこにはシリウスが当惑を浮かべて立っていた。

「……ところで、ここは?」

「さっぱりわからん」

 景色が塗り変わる。

 石造りの狭い部屋。窓ひとつなく、隅には四角くくり抜かれた穴のようなもの——なんとも原始的なトイレだ。一辺だけ壁はなく、代わりに鉄格子が嵌っている。

 やつれて、伸び放題の髪と髭、ほとんど面持ちを隠すほど——しかしその囚人が誰かは明白だ。もう一人は、山高帽子にローブ姿の小柄な老人。ファッジである。彼は小脇に新聞を抱えていた。紙面上方に掲載されたインタビュー記事と、家族写真。中年ほどの男女の周囲に、各員面影のある少年少女たちが並ぶ。少年の肩には一匹のネズミ——指が欠けている。

 囚人は黒い犬へと変身する。痩せっぽちの犬が吸魂鬼(Dementors)の間をすり抜けて、海を泳ぐ。古城へと辿り着く。小動物を狩って飢えを凌ぎながら、機会を待つ——

 古びて荒れ果てた部屋。叫びの屋敷の内部だとシリウスは知っている。くたびれたローブ姿の男、扉に寄りかかって気絶した様子の男、小太りの男——くしゃくしゃの黒髪に眼鏡の男と、赤毛に緑の瞳の女はいない。いるはずもない。赤毛の少年は、妙な方向にねじ曲がった足を庇いながらもベッドで上体を起こしている。栗毛の少女は、自らのローブと杖をきつく握りしめている。こけた頬、落ちくぼんだ眼窩、見る影もない男が、稲妻傷の少年を見つめている。

「信じてくれ、ハリー」

 景色が塗り変わる。

 薄暗いブラック邸。古びて朽ち果てかけた部屋を、なんとか見られる程度に調えた様相。過去の幻聴が反響している。一族の恥さらし——穢れた血(Mud blood)と関わるなど——隠し持っていた雑誌が破かれて灰にされたときに隠すことをやめた——いくつもの追想。「穢れた血(Mud blood)と血を裏切る者が屋敷を我が物顔で闊歩している」屋敷妖精(House elf)が聞こえよがしにささやいた。彼の実家であり、彼が支配下に置くしもべであるからして、屋敷妖精(House elf)の言葉は主人の言葉として置き換えられる。過去はついて回る。影の如くいつ何時であろうとそばに。たとえそれがかつて消し去ったと思っていた因縁であっても。「屋敷から出てはいけない」諭す老人に男は投げやりに言った。「わかっておりますとも」

『ポッターが神秘部へ向かった』

 男は杖を取る。なりふり構っていられなかった。義憤と私憤が綯い交ぜに。黒髪を振り乱して笑う女と対峙する。「次はもっとうまくやってくれ——」呪文が胸に当たった。男の笑みは溶けかけの半ばで固まった。身体は一瞬にして——あるいは、永久のような時間をかけて——ベールの向こうへと倒れていった。アーチは男の体を飲み込んで、やはり、そこにたたずんでいた。アーチの半ばまでを覆うように、白くベールが揺れている。手招くように揺れている。

 景色が塗り変わる。白く塗りつぶされていく。

 彼らの眼前にはアーチだけが取り残されていた。ベールがたなびいている。風もなくだだっ広い空間で、かすかに、ごく自然にそよぐように、まったく不自然に揺らいでいる。

「……神秘部には……」

 シリウスが口を開く。

「奇妙な研究がいくつもあると聞いている。その中では……他のあったはずの未来を覗くことも、可能だと思うか?」

「……可能性の話で言えば、ないこともないでしょう」

 レギュラスが相槌を打った。ベールは未だにたなびいている。

「……なにが起きたか覚えていますか?」

「神秘部で戦っていた。例のあの人が……ダンブルドアを殺し、予言を手に入れて、最後になにかをやらかした」

「僕としてもその記憶通りですね。つまるところ最悪」

「本当にな。というか最後の、なんだったんだあれ」

「なんでしょうねあれ」

「おまえも知らないのか」

 小首をかしげると黒髪が揺れる。レギュラスは先程焦げ付いたはずの箇所の毛先をつまんだが、キューティクルまで元通りである。現実でどうなったのかあまり想像したくない。下手すると数年前のクィレルより悲惨な状態と化した可能性すらある。

「あの方はめったに前線に出てこられなかったので、知る由も。空を飛ぶ方法ぐらいは教えていただきましたが」

「箒があるだろ」

「身一つで飛ばれるんですよね」

「へえ」

 至極どうでもよさそうな相槌だった。聞いてきたくせに、兄というものはやはり横暴だとレギュラスは再認識する。

「バイクの方が断然良い」

「全然理解できない」

「辛辣……」

「アーサー・ウィーズリーの車といい、マグルかぶれは空を飛ばすのがお決まりだとでも?」

「皆考えることは同じってわけだな。あんなクールなフォルムなら空を飛ぶべきだろう」

「ぜんぜん理解できない」

 レギュラスは首を横に振った。シリウスは肩をすくめるに留めた。

「……なぜ動物変化(Animagus)だったんだ? あれは確かに便利だが、修得までに時間がかかるし、ハイリスクだ。呪文をいくつか覚える方が断然早い」

 問いかけに「……さてね」とレギュラスは気のない声で言った。

「この空間に尋ねてみるのはどうでしょう」

 シリウスはじっと虚空を睨んだ。

「……出てこないな」

「本気で行なったのか……」

 レギュラス的には、あのときの自分ってばなんだって動物変化(Animagus)なんぞを練習してしまったのか、と思わなくもないので、感想としては出てこなくてよかった、になる。

 会話の間もアーチはやはり眼前に佇んでいる。

「……くぐれと言わんばかりだな」

「……。先程あなたの死体がくぐり抜けていきましたが?」

「問題はそこだ」

「そこ以外も問題でしょうとも」

 神秘部の所蔵品にろくなものがないとは、神秘部を多少知る者たちにとっての共通認識である。

「——【さだめを捻じ曲げた代償は、牙をむく】」

 記憶の中によどむ一節を復唱する。

「僕は……おそらく、最初の捻じ曲げられたさだめです」

 それは〝おそらく〟とついた通りに推測だったが、レギュラス自身は、ほとんど確信していた。

 不確定要素の誕生からたったの一年ほどで、彼は危機に瀕した。アイデンティティはぼろぼろに、自らが愛したものを害されて、覚悟を決める他なくなった。きっと()()レギュラスも変わりない。彼の——彼らの——生死を分けた理由は、いったいどこにある。動物変化(Animagus)を習得していたから。それそのものは本質ではない。何故習得したのか。きっかけがあった。きっかけはあった。

 身を捧げる覚悟ばかりを固めていた彼へ与えられた、生きるための理由。生き延びるための理由。

 才能でもなく運命でもなく必然でもなく、ただ、たった一匙ぶん多かった。わずかな差異が増幅し、変遷を繰り返し、その果てに今がある。己がある。

 ——それ以上記憶をかたちにする必要もなく、レギュラスは思考を切った。理解しきったことへの追想はまるで無意味だ。

 改めて、不可思議なアーチを見つめる。

「あのアーチの()へ進んだとして——僕のぶんの代償は、元通りになるだろうか」

 ありえぬひと、とやらが本来生まれるはずのない甥っ子だったとして。荷を負うさだめだったとして。

 己のせいで余計なものを背負わせたくはない、と、レギュラスは思っている。

「——そうだとして」

 シリウスが口を開く。

「万一デルフィーニの方だったらば敵に塩を送っただけになるぞ」

「やめておきます」

 レギュラスは迅速に諦めた。かつての我が君、ヴォルデモートの陣営は、もう充分です要らないですと言いたくなるほど強化されていた。これ以上はちょっと。三分の二で外れる確率だが、逆に言えば三分の一で当たる。

 返答を待っていたのだろうか、アーチは途端にしろく輝き出した。シリウスはアーチを興味深げに眺めているが、近寄ろうとはしない。

「……生きるのは大変だな」

「本当に」

 徐々にかすんで見えなくなっていく。アーチの向こう、ベールのそよぐ先、親友夫妻の会話がシリウスにはずっと聞こえていた。

 彼はかすかに首を傾げた。

「また会いに来るよ。百年後くらいに」

「百三十も生きるおつもりで?」

「露骨にドン引きするな」

 

   ➤

 

 ぱちりと目を開ける。

 鳶色の髪の男がちょうどベッドに眼差しを移して——目を見開く。一瞬ぐしゃっと顔をゆがめて、それからすぐに首を横に振った。わざとらしいほど眦をつり上げる。

「遅いお目覚めだね」

「ヒーローはおくれてやってくるらしいからな」

 久しぶりに発した声はずいぶんとかすれていた。咳払いだけで軋む身体に眉を寄せれば「君がヒーローってガラかい?」ルーピンは少し笑った。

「せいぜいが略奪者(Marauder)だろ」

「違いない。……トンクスについてなくてよかったのか?」

「起きたばかりの親友を昏睡状態に戻すことになるなんて、心が痛むな……」

「オーケー、俺が悪かった、だからまずは杖を下ろせ、我が友よ」

 

   ➤

 

 鉄の塊を飛ばせるようにしたのは普通に凄いとして、それに空中の旅をなにもかも預けるマグルのことは理解できない——だがまァ魔法省の目を掻い潜るには適していた。たとえば全域に姿現し検知呪文をかけられた大都市だとか。

 とはいえロンドンにも死喰い人(Death eater)どもが集っている。ひとまず姿を変えて、ブラック邸に逃げ込むのが適切だろうか——算段していると、ぐいっとローブのフードを引っ張られ——気配とか魔力感知とかなにもなかったのだがなに?

『おはよう』

 ゴミ箱の蓋に止まったミミズク。嘴は私のローブを掴んでいた。

「……一年近く前、あなたに殴られた理由がよく分かりました」

『それはよかった。ひとつ学びを得たね』

 さすがにミミズク状態では殴れないな……。




「いつお目覚めになったので?」
『……一時間前?』
「……。何故動けているのですか?」
『ロコモーターは便利だね』
 我が従叔父上は十ヶ月前の私になにを仰ったのかまるっと忘れ去られてしまったのでしょうか。
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