【完結】獅子座α星が、ふたつ   作:初弦

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君の門出に花束は要らない

 伯母上の訃報は、私は数週間経ってから知った。

 なにせ魔法省が物理的にも体制的にもほぼ全壊に近しい様相だったので、シンプルに、死喰い人(Death Eater)の残党追跡に割く余力がなく(全体的に余力とかなく)手こずっていた。数週間というのは魔法省側が把握するまでの期間とほぼ等価である。

 

「帝王の崩御を苦にした自殺?」

「であればましだけれど」

 ましかな……。

 

 改めて病床に叩き込まれたレギュラスは、ここ数週間である程度の回復——を通り越してそろそろ退院の日取りが決まる。手持ち無沙汰らしく、今日は新聞をめくっていた。

「彼女の妊娠を知っていた誰か、あるいは妊娠までは把握せずとも潜伏していると知っていた誰かが、これを機にと殺害した、とか」

 いつものことながら物騒すぎる。

 ……しかし、可能性としては有り得るのか。

 微妙な心地になっている私を他所に、レギュラスはあくまでも静謐な面持ちをたたえている。

死喰い人(Death Eater)としてもあそこまでの過激派、加えて帝王から曲がりなりにもお手付きを受けたとなれば、持て余していただろうしね。逆に体制側でも可能性はある。帝王が崩御した今、旗頭にされても困る。幸いにして騎士団員も闇祓い(Aurur)も全員が戦いに加わったわけではなかった。行方不明だった人間のうち何人が真実()()()()だったかは知る由もない」

 レギュラスは気のない声でそのように述べて、ふいに私を見た。無感情な瞳が何度かまたたいた。

「同情かい?」

「とくに」

「そう」

 私にとっては伯母上だが、ほとんど交流はなかったので、正直なにを思うのが正解かもわからない。母上にとっては姉君であり、彼女の心痛は慮りたいところだが、母上は気高い方である。息子相手ともなればなおさら、詳らかに心情を明かしてくださるわけもなし。そもそもそこはあるとして私でなく父上の役目だ。

 後味が悪いな、と思ってはいる。赤の他人相手でも思うことだ。

「叔父上こそ」

 私にとっての伯母で、母上にとっての姉であるならば、レギュラス・ブラックにとってのベラトリックス・レストレンジは従姉だ。

「従叔父」

 いつものように訂正を加えたレギュラスがふたたび紙面に眼差しを落とす。

「肩入れするには――遅すぎたよ。いろいろと」

 それが本心かどうかは知らない。私は端的に「そうですか」と述べるにとどまった。どちらにせよ、今更調べ直したところで得られるものはないだろう。単なる自害であるならば当然として、たとえ誰かの作為がそこにあろうとも、証拠隠滅までの時間を引き延ばしているとも思えない。私たちが知れる事柄は〝死んでいた〟という事実これっきりでしかない。

「君こそ従姉殿はどうなんだい」

 どうなんだい、と言われても。

 というか彼女を従姉として認めると帝王が血縁上私の義伯父、レギュラスの義従兄になってしまうのですが裏切者的にはよろしいのですかね。

「裁判待ちとなると、面会の申請も通りませんからね」

 日刊予言者新聞が連日声高に報道している程度の情報しか回ってこない。周囲の気遣い等ではなく、ふつうに、犯罪者の処遇は然るべき機関によってさだめられるべきで、私はそこに介入するつもりもない。どこぞのヒポグリフでもあるまいし。

 それに、彼女はたぶん、私のことがけっこう嫌いだ。ただ嫌いというだけでもないのだろうけれど、それはそれとしてたぶんけっこうかなり嫌いだ。用もなしにわざわざ挑発しに行くほど性格悪くもない。

 ……性格悪くもないですが。本当ですが。なにか。

「まァ私がわざわざ尋ねるようなことでもないでしょう。闇祓い(Aurur)がいて、騎士団もいて、なにより父上と母上がいらっしゃるので」

 特に父上。マルフォイの保身能力が光る。

「それはそうだね」

 レギュラスは得心した様子で頷いた。

 ところで騎士団でひとつ思い出したのだが。

「行方不明だった騎士団員は、実際どれほど発見されたのですか?」

「そうだな。何人かは本当に死んでいたのが確認できたとして……」

 その件は私も聞いていた。交流がない面々だったので沈黙に留めた。逆に、二ヶ月経過してようやく発見されたメンバーも少なくなかった。筆頭はミズ・トンクスである。どうにもタイミングよく魔法省に戻ってこられた従姉。

「トンクスの証言から幾人かパスを繋いで引っ張ってこられたみたいで……ただ、どう表現するべきかな……そういえば君は魔法使いもマグルも隔てなく歴史に詳しかったね」

「そうですね、多少は」

「多少?」

 そりゃあ、ブラック本家最後の希望だった従叔父上よりも、乱読家な上に当主候補レースの座をさっさと弟に受け渡した私の方が、詳しいに決まっている。

 ……なんでしょうかその目は。〝多少〟の範囲内かと存じますが。

「……そこはいいか。勇者(Hero)とはどういうものだと思う?」

 予想の斜め上の質問だった。さすがに意図がまったくつかめず、小首をかしげる。

「……ハリー・ポッターだとか? 選ばれし者」

「あるいは聖女(a saintly woman)

「……聖女と英雄は、かなり、異なる概念では?」

「僕もそう思うよ。だから詰まっていてね。これらを共通して召喚する伝承だとかを知らないかい」

 本当になんの知識を求められているのか。

「……聖母マリアの処女受胎の逸話でも語るべきですか?」

 救世主を英雄に見立てて、処女受胎を胎内への召喚と解釈すれば似通っているような気がしなくも。……と、思って引き合いに出したのは、たぶん私が迂闊だったのだろう。従叔父上は普段あまり表情を動かされない方なので、今のように思いきり顔を引き攣らせることは滅多にない。まして身を引くように距離を取ろうとすることも——こ、これだからブラック純粋培養は。

 ……考え直してみると、広く膾炙した逸話であると知らなければ確かに単語が最悪かもしれない。けれど。いや。だとしても私は悪くないだろ。マグルでもっともポピュラーな伝承のはずだ。……そうだよな? 不安になり始めた。

「私の趣味を疑われている気がするので事前知識を共有しますね」

「グロテスクな話?」

「違います」

 なにを想像されたのだろう。確認したくない。

 

   ➤

 

「そういえば叔父上、お聞きする機会を逃し続けておりましたが」

「従叔父。なんだい」

「私とドラコがいないところでは私たちを甥っ子と称しているというのは本当、で、わざわざ分厚い本を選んで角で狙うのはかなり悪意があると思います! ミミズクの啄みとはわけが違ッ、というかそのタイトル読んだ記憶がなもしやブラックの稀書——ヷーッ母上あなたの従弟が御乱心! 父上! クリーチャー! 誰か!」

 

「なあレギュラス、一時押収品のリスト、に——おお……仲良しだな」

「これ見て仰ることがそれでよろしいので!? あなた仮にも兄でしょう!?」

「まあうん……おまえたちのやり取りこそよっぽど兄弟じみて……野次とか飛ばした方がいいやつか? イッッッタおい嘘だろ投げるのは卑怯だと思わないか!?」

「そうだそうだ! 本が傷みます!」

「いやそこではない確実に」

 

   ➤

 

「二度目の牢獄生活はどうだ?」

吸魂鬼(Dementor)がいないものだから、ずいぶんと快適だ」

「高級ホテルのようだろう」

 欠けた鼻を鳴らしたムーディが乱雑に椅子に腰掛けた。義眼義足に加えて片手が義手に差し替わり、乱雑にしか動けないこともあるだろう。残った腕はあいにく利き手と逆だったので、いつもの携帯飲料を開けるにも四苦八苦している。

 鉄格子の前、頬杖をついたクラウチ゠ジュニアが「開けてやろうか」と尋ねた。ぐるりと義眼が回転する。

「そのためにはまずこの鉄格子を開けねばならんな」

「ハハッ。バァ!」

「ガキか? ガキだったな」

「三十も過ぎたやつをガキ呼ばわりとは耄碌したな」

「その言い分自体がガキだろうが」

 二十歳前の時点で収容され、脱獄したはいいもののその後十余年のほとんどを服従の呪文の支配下に置かれ監禁され続けていた人間が、年齢相応のまっとうな精神性を持ち合わせているわけもなし。

 なにがおかしいのだか、けらけらと笑う男に、ムーディは呆れたように嘆息した。〝あの人〟の助力があったにしろ、これに不覚を取ったわし、とはちょっと思った。

「こうもおとなしく収容されているとは。聖マンゴでは隙あらば脱走しようとしていたくせに」

 クラウチ゠ジュニアは司法取引を蹴った。凶悪犯相手とはいえ十何年もの監禁生活は明らかに異常なこと、加えてその後、死喰い人(Death eater)側へのスパイ、真実薬(Veritaserum)を飲んだ上でとはいえ情報提供、最後の最後の裏切り——情状酌量のもとに、完全な減刑とはいかずとも、上手くやれば執行猶予すらつく可能性があった。

 とぼけたように男は首をひねる。

「俺は考えを改めたのさ。寝ているだけでも一日三食出てくる生活を手放す気にはなれなくてね」

「近頃の若者は……」

 明白な嘘をムーディはつつかず流した。実の父親に監禁されていた時期だって、一日三食、寝ているだけでも出されていたはずだ。クラウチ親子の複雑極まりない感情に首を突っ込みたいわけでもない。ただでさえ三大魔法学校対抗試合(Triwizard tournament)で巻き込まれた挙句、聖マンゴ収容時期のカウンセリングもどきでもういっぱいだ。

 べつにムーディとしては、役に立つだけ立った死喰い人(Death eater)を雑に処してやってもよかった。かつてならばまだしも、今のクラウチ゠ジュニアは抵抗もしないだろう。……抵抗しないことが読めたので、やめておいた。生きるつもりのない人間の介錯は自殺幇助と変わりない。死にたがりに慈悲を差し出してやるほどムーディはお人好しでもなかった。

 でも面会は行く。

「ホグワーツの屋敷妖精(House elf)が貴様への面会を望んでいる」

「……ああ。はあ? まったく」

 クラウチ゠ジュニアの表情にわずかに苦味が走った。すぐに繕われる。

「とうに〝洋服〟を処されたやつに俺が会う義理があるか?」

「さあ? わしが貴様の義理なぞ知るものか」

「同一人物のよしみだろ」

「おうお望みなら今すぐ揃いにしてやろうか? 目、腕、足」

「鼻をお忘れだぜ」

 いちおう監禁犯と被害者という立場のはずで、しかしまるで軽快なやりとりだった。二つ名のマッド-アイのうち狂気(Mad)の由来は、べつに彼の義眼だけが理由でもない。

「あとなんだったかな。刑期、戦後処理、面会希望——ああ、そうだ。クラウチ゠シニアはもう長くないだろうとのことだ」

 クラウチ゠ジュニアの返答には間があった。

「だから……俺には、無関係だ。とうに」

 ムーディは来たときのように鼻を鳴らして、帰った。

 クラウチ゠ジュニアはそれからしばらく牢獄の天井を見つめていた。吸魂鬼(Dementor)は既にアズカバンにはいない。ゆえに正気を失うこともできない。

「あんだけ叫んだときには優しい言葉ひとつかけてくれなかったくせして、なあ?」

 返答はない。誰もいないので。やさしい母は死んでいった。きびしい父もいなくなった。あとには抜け殻ひとりきり。主にも見捨てられ、主を裏切った、まやかしから目覚めてしまった愚か者がいっぴき。

 男は嘆息して、目を瞑った。

 

   ➤

 

 騎士団の中枢が機能していないときに、よりによって前科が前科ゆえに破れぬ誓いを結んでいたものだから裏切りリスクが皆無とかいう逆転現象が発生していたのが、クィレル教授とペティグリューだった。

「よ、よ、ようやく……解放される……」

「……クリーチャーは教授のはたらきについて褒めておりましたよ」

「それはうれし……うれ……いやでもゆえになおさら割り振られたのだから……や、や、やはりうれしくないですね……」

 ケロイドをゆがめてクィレル教授は呻いた。かわいそう。屋敷妖精(House elf)と板挟みで胃を痛めるなど、家柄の階級を差し引いてもなかなかない経験だろう。

 彼は、魔法省の決戦にこそ参加しなかった——が、闇祓い(Aurur)にして団員を兼任するキングズリー等、数少ない騎士団員たちと共に各地の死喰い人(Death eater)と交戦しつつ被保護人員の安全確保に努めつつしれっとトレローニー教授やオリバンダーの救出にも向かっていたので——どちらが厳しかったかというと。たぶんどちらも。

 ド多忙なその間にポッターのお友達が二、三人ほど抜け出していたのは御愛嬌というやつなのか。死ななくてラッキーだったね。私の感想はこれで終い。

 ともあれ帝王は弑した、戦後処理も目処が立ち始めた——となれば、もともと対帝王専用の勢力として立ち上げられた不死鳥の騎士団連携の要に加えて、ブラック邸からもお役御免。使い勝手の良い手駒として散々っぱら働かされていた(レギュラスは本当にクィレル教授を好き勝手こき使っていた)ことからも解放だ。そもそもあれはあれで、実のところ、別の意図があった。

 クィレル教授の罪状は強盗と国宝に匹敵する魔法具(賢者の石)盗難未遂と内乱罪と傷害罪と殺人未遂あたり、冷静に試算するとどう考えても生涯アズカバンから出られないレベルの前科者だが——帝王を発見した結果、逆に従わされた経緯を持つ。つまり、ある種の恐喝および教唆の被害者とも呼べる。

 死んでいたならばそれで終いにしても、生きているならば、罪の精算を求められる。クィレル教授も、レギュラスによって強引に生存したその時から、ある種の執行猶予を受けていた。働きには相応の報いがある。良くも悪くも。そしてクィレル教授は——

「——ホグワーツのマグル学の教授に就任されると耳に挟みましたが」

「で、で、で、出戻りとなりますね」

 ——巡り巡って、振り出しに戻る。

 彼の働きには相応の評価が付けられた。プラマイ相殺、ゼロの原点に立ち返った。

「も、諸々の処理に取り掛かるのは、チャリティに報告してからになります」

「交流がございましたか」

「論文を読んだ他は、マグル学の引継ぎで少し話したぐらいですが——至ってふつうの人間でしたね」

 吃音がなりを潜めていた。

「教授になれる程度に賢く、マグルの人権を主張する程度には正義感が強い。それ以外は、なんの取り柄もない。普通の人間でした」

 バーベッジ教授に対する評価は私も同意見だ。ホグワーツの教授を勤められる程度に優秀だが、飛び抜けて優秀というほどでもない。不要な犠牲を憂う程度には善だが、騎士団員として戦いに身を投じるほど蛮勇でもない。彼女の影響力は微々たるもので、私がさして気を払うほどですらなかった。

 投書ひとつで殺されるには値しない人だった。

「無辜の一般人が殺されて、私のようなどうしようもない者が生き残る。まるで世界は理不尽だ」

 クィレル教授は少し皮肉げに笑った。

「安心してください」

 私はにこやかに言った。

「生半可な授業と知れたらばすぐさま叔父上にご報告いたしますから」

「わ、わ、私が不用意でした。か、勘弁してください」

 ははは。

「今後益々のご活躍を期待しております」

「はい……え、益々……?」

 

 クィレル教授は紛うことなく罪を犯した。

 それはそれとして、本人の生来の気質かシンプルに策と運が良かったのか、殺人までは犯さなかった——未成年の学生が数多に暮らす学内にトロールを引き入れている時点で、後者かつほぼ運だなという気はするものの。未必の故意。しかし惨劇がついぞ起きなかったことは確かだ。

 

 一方で、証拠不十分——とはいえおそらく確定だろう。ポッター夫妻の隠れ家を密告し、その後、己が逃げるためだけにマグル十余人を吹き飛ばした大罪人。彼の立ち回りさえ違っていれば、魔法戦争は今からずいぶんと様変わりしていたはずだ。

 ピーター・ペティグリュー。

 

「彼奴は魔法事故惨事部に配属される」

「それはそれは」

 昔の職業はさすがに知らないとして。少なくともここ半世紀ほどの省員名簿では見覚えがなかったので、魔法省勤めではなかったのだろう。一般庶民にとって魔法省勤務はそれだけでもエリートの証である。

「小動物の動物変化(Animagus)は有用だからな」

 スネイプ教授が素気なく言った。試験管の底を見て舌打ちをこぼす。備品の点検を行い、クラウチ゠ジュニアが若干いじった痕跡を見つけては静かにキレている。成人してからは特にしばしば、思っていることだけど——このひと、十代の子どもたちと接させるにはふつうに大人げない上にいささか短気が過ぎるのではなかろうか。汚して放置されただとかならまだしも清掃後の試験管に怒ることないのでは。そうでもない? 左様で。

「事故惨事部ということは、大規模案件の人の目が届かない場所への斥候だとかそのあたりの運用の想定でしょうか。闇祓い(Aurur)が持っていかなかったのは——」

「命のやりとりをほぼ前提とする職業に起用するには土壇場の思い切りが致命的だ。惨事部もないではないが、ましだろう」

「落とし所としては理解は及びますね」

 ペティグリューの自白は、いまだ取れていない。このまま一生を有耶無耶にして生きていくのかもしれない。魔法省の戦いでは一瞬帝王に歯向かった。そこに籠められた感情を知らない。ここで活躍しておけば今後の扱いは安泰、だとかの保身による打算だったのかもしれないし。帝王への純粋な恐怖ゆえに、ここで食い止めようとしたかもしれないし。グリフィンドールどもがそろって尊ぶ勇気ゆえかもしれないし。ポッターの手を汚させまいとある種慮ったのかもしれないし。そのすべてであるのやもしれないし、どれでもないのやもしれない。事実として歯向かった。観測できる現実はこれっきりだ。感情も記憶も捏造できる。今更確かめようがない。

 破れぬ誓いは未だ有効で、行動で示した今、彼の執行猶予期間もまた解除される。正式に魔法事故惨事部への配属が決まったとはつまりそういうことだろう。

「のうのうと——だとか、仰るかと」

 スネイプ教授がちらりと私に目を向ける。

「開心術か?」

「ああ、やはりそのぐらいは考えてもおられたので」

 顔をしかめられたので少し笑ってしまう。

「よりにもよってあなたに対して気付かれないほどの開心術をかけられるほど、私の技量は高くありませんよ」

 レギュラスに対してかけるにしても、必要以上の情報を読み取らぬように抑制のコントロールに神経を注いでいた。先天性の才能は有しているがあくまでもその程度だ。帝王のように特化させたわけでもなし。

「それはそれとして、察せられることはあるという話です」

 かの件、一番怒り狂っていたのはシリウス・ブラックだったという所感で——ポッターはどことなく非現実的な感覚と悲しみの方が大きいようで、レギュラスはどちらかと言えば侮蔑であったし、ルーピン教授は、理解と罪悪感も混じっていたように思う——ただ、何故か次点はスネイプ教授だった。ペティグリューに対して、ずいぶんと、激怒していたように思う。

「君には無関係だ」

「左様でいらっしゃる」

 バーノン・ダーズリーを送り届ける際、事情説明について行ったのが彼だったのは、果たしていったいぜんたいどういう縁なのかなあ、まだシリウス・ブラックの方が縁があるんじゃ——と、思わなくもなかったわけだが。

 どうにせよ私の領分ではない。

「油を売っていないでさっさと会場に向かえ。どうせ道中でクィレルのところにも寄ったのだろうが」

「何故……ばれて……」

「察せられることはあるという話だ」

 意趣返し。やはり大人げない。

「無駄な時間を浪費している暇があるとはさすがマルフォイだ」

「それ父上にも言えますか?」

「早う行け」

 これ以上居座っていたらばいよいよ真面目な説教をかまされそうなので、さっさと向かうことにした。

 

 ……もう一箇所だけ寄るところを思い出したので、それから。

 

 白い墓石は湖の傍らにて沈黙を保っている。あの日見た墓石の亀裂はきれいに修繕されていた。【花よ(Orchideous)】——白い百合が現れた。……具体的にイメージしなかった私が悪いとして、百合。あの翁に合うのか? 純潔や潔白の象徴だ。彼にはほど遠い気もする。

 まあ(Albus)だからいいか。

 ひとり納得して、適当にラッピングしてそれらしく。緑と銀なのは御愛嬌。グリフィンドールカラーをお求めならば、きっと他の誰かが担当するだろう。私ではなく。

「生存者に過重労働させるのは、まったく、やめていただきたいところですね。滅私奉公はもとよりあなたひとりで充分過ぎるほどです」

 その動機は贖罪のためだったのか、なんだったのか。彼と話した回数は片手の指だけでも足りるほど、全容を理解できたわけでもない。すべて私には及びつかぬことだ。リータ・スキーター女史が妙な本を出そうと画策している気配は把握している。一冊先にいただけたりしないかな。

「——というか、本当にアクロマンチュラのコロニーどうするおつもりだったのでしょうか」

「それは僕も知りたい」

 あらぬ方向から相槌が返ってきた。

「ダンブルドアはアクロマンチュラについても知っていたと思う?」

「逆にお尋ねするが、ここ五十年ほどあの人食い蜘蛛が禁じられた森に生息していたとして、生徒や教授が襲われる事件がたったの一件も発生していない理由はなんだと思う?」

「……あまり考えたくないかも」

 私の背後から歩み寄ったポッター——聖マンゴへの見舞いでも鉢合わせなかったので、なんだかんだで夏ぶり——が、私の手元の百合を見て、目を瞬かせる。

「……君ってけっこう……」

「なにか?」

「印象よりも端々の礼儀がちゃんとしてる……」

「喧嘩を売られているなら買うが?」

「売ってない、売ってないんだけど、そう思われたくないならホントに君の弟をなんとかするそぶりぐらい見せてほしかったよ」

 じとりと見つめるみどりの瞳を真っ直ぐに見返す。今の話題は、私にとって、隠すべきことも恥ずべきこともなにもない。

「最近のマルフォイはマシだけどマシになったの君が死にかけてようやくだったからな」

「迂闊で可愛いのに」

「怖いよ、一周回って」

「最近は思慮深さも育ってきてそれはそれで可愛い」

「全肯定の人?」

 ポッターはげんなりつぶやいた。

 無論、すべて肯定するわけでもないとも。自らを犠牲にする策はやめにしていただきたいね。それ以外は。まァ。好きにすればいいんじゃないかな。

 墓石の前から一歩ずれて見やると、しばし当惑の表情を浮かべていたが、やがて頷いて墓石の前に進み出た。彼もまた手にしていた花束と——杖を置く。杖の忠誠の在処は現在アズカバンに収容されている。彼は脱獄するつもりもないようだ。レギュラスが世間話のついでに述べていた。

 風が吹いている。かすかに花の香りが交じっている。春の気配が近づいている。戦後処理と休学していた生徒への補填と学内の傷害事件への対処と——生徒への拷問は傷害事件に値する——本当にいろいろとあったので。季節どころか年をも超えて、三月も終わりにさしかかっていた。

「君ってブラックへの養子入りとかしないわけ?」

 出し抜けに尋ねられた。

「私のような人間は不相応な力なぞ持たない方がましなんだよ」

「……ダンブルドアみたいなことを言うんだね……」

 やはり喧嘩を売られている気がする。

「ブラック邸の相続は未だにシリウス・ブラックに紐づいているはずだが」

 レギュラスはなんだかんだで伝統的な純血貴族的価値観の人間なので、ブラックの伝統は維持されるべきで、できることなら長男が継ぐべきで、曲がりなりにも英雄の後見人たる兄が継ぐべきだと主張している。一方でシリウス・ブラック、実家に微塵も良い思い出がないのでできれば相続には一切関わりたくない、ハリーにブラックのことなど背負わせられるか、朽ちてほしくないなら魔法省にでもやるのが正しいとの意見。聖マンゴですらたびたび口論していた。

 不相応な力云々もまァ本音だが、そもそもこのような泥沼、関わりたくないに決まってるよな。

 私の内心を知ってか知らずか、ポッターは恨めしげに私を睨んだ。

「クリーチャーとシリウスが仲良く暮らせてると本気で思ってる?」

 微塵も?

「そういえばおまえ、今はブラック邸の方に住んでいるのだったか」

 何気なくつぶやくと、ポッターは居心地悪そうに身動ぎをした。

「クリーチャーに邪険にされるよりは従兄殿の家の方がマシだったか?」

「まったく」

 かなり強めかつ食い気味の否定だった。

「……けど」

 みどりの瞳がどこぞへと向けられる。

「……僕がいなかったら、彼らは、それこそ円満で完璧で幸せな家庭だったんだろう。とか」

 ……。

「——わかるよ、君の次の言葉はだいたい予想がつくよ。〝何故貴重な時間を割いてまで他人の泣き言なぞ聞かねばならない? この私が?〟だろ」

「まだなにも言ってない」

 一言一句そっくりそのまま思ったけど。

 と、までは口にしない。春の陽気にぼんやりと目を細める。

 死喰い人(Death eater)側——帝王は、決戦を急いでいた。本来ならば先に叩くべき闇祓い(Aurur)どもさえも後回しに、魔法省職員の心を叩き折って再起不能に従わせるのだってあと。ホグワーツの内部統制もそこそこに、ニワトコの杖すら囮にして、ポッターの誘き出しを目論んだ。

 ポッターさえ倒せば盤石と知ってしまったからこその拙速、不用意さ。〝デルフィーニ〟の誕生兆候が見られたゆえの焦燥。知識とは諸刃の剣だ。じっくり待って体制を整えることなく畳み掛けた。勝負を急いた。ゆえにこそ負けた。慢心は他者を尊重しない心から生まれる。今なら打ち勝てると過信した末路。

 ……その拙速に巻き込まれたのが、バーノン・ダーズリー、ポッターにとっての伯父で、しかし血の繋がりはない赤の他人だ。そもそも、魔法界の揉め事に否応なく巻き込まれたのが、マグルでしかないダーズリー一家といえる。

 私としては。……血の繋がりがあろうがなかろうが、事情があろうがなかろうが、年端もいかない子どもに対して事あるごとに暴力を振るい、食事を抜き、閉じ込める大人なぞ、ろくなものではないなあというのが本音だ。それはポッターも理解しているのだろう。その上で思うことというものもあるのだろう。知らない。勝手にやってくれ。私が関与することでもない。

 ロックハートの手綱は未だに父上が握っている。記憶消去の選択肢は用意されていたのだそうだ。

 バーノン・ダーズリーは選ばなかった。その選択の内訳を私は聞いていない。どうでもいいので。

 ポッターが知っているかどうかは、私は知らない。聞く気も起きない。思考を口にする意味もなく、代わりに「生き残った男の子はなんとも大変だな」と私はお茶を濁した。

「君だって蘇った男の子だろ」

 男の子(BOY)といえる年齢だったかはやや怪しい。

 そもそも厳密には死んでいたわけではない。

「蘇ったのはおまえこそそうだろ」

 投げやりに述べると「あれは僕の力というより——」と、反論しようとして、ポッターが不意に言葉を止めた。

「……レグルスって異常に物知りだろ」

 一言余計だな。

「内容によるが?」

蠍王(Scorpion King)ってなんだと思う?」

「……文脈によるが?」

 数千年前のエジプト文明にそのような人間がいたはずだが、この場合、関係なさそうだなとは思う。

 私の怪訝を見て取って、ポッターはとうとうと語った。

 魔法省に単身乗り込んだあと。双子とはぐれたこと、帝王に乗り移られたこと、臨死体験、ダンブルドアとの会話(あの爺、解説役をするぐらいなら蘇って諸々の後始末をつけろ)その後、神秘部で目を覚まし、親友たち——しかし全く知らぬ別人たち——と会話したこと。

 さて。

 うん。

 なるほど。

蠍王(Scorpion King)とやらはわからない」

「なんだ……」

 とはいえ、思いつくことがないでもない——蠍は星座でも存在する。星座にちなんだ名前をつけるのはブラック家の伝統で、近年は、ブラックの血を継いだ家でも同様の名付けに倣っていることがある。たとえばドラコ。竜座。私。レギュラス同様に獅子座のα星。〝デルフィーニ〟はいるか座。……本来は存在しないらしい私、死ぬはずだったレギュラスを除いて、残るはシリウス・ブラックかドラコか〝デルフィーニ〟の、子ども。……ペティグリューが帝王のもとに馳せ参じていたならシリウス・ブラックも除外とみるべきかな。

 推論に推論を重ねた程度の話である。

 ポッターの話には——聞き捨てならない箇所が他にあった。

 

「……〝篝火は異なる人を示して消える。余計者は差し替えられ——〟」

 ——ゆえに、ありえぬひとは荷を負うさだめ。

 

 はーん。なるほど。()()()()()()()()()は異なる人——彼らにとって、異なる世界のポッターを示したわけか。アーチにいざなわれた英雄殿の代わりに、どこぞの並行世界からやってきた親友たちが身を投じた。枝葉、蛇足、上書きの末路の異邦人、神秘部に迷い込んだ()()()は差し替えられた。ポッターは見事に生還し、ありえぬひと——〝レストレンジ〟——はその時点で、荷を負うさだめであった。

 

 なるほど。

 なるほどなるほど。

 

「……なんだか急にすごく不機嫌じゃないか?」

「おまえには無関係だ」

「そんなわけないだろ、今の今まで僕としか話してなかったのに……」

 不機嫌になった私にポッターが訝しむ様子を見せた。舌打ちをこぼして空を見上げる。憎らしいほど晴れている。

 

 誰も彼もがたった数節の言葉に踊らされて、物事はそれでも、巡り巡る。振り回された端役とは全く無関係なところで因果は収束し、解決し、落ち着くべきところに落ち着いた。

 私たちの尽力は効果をなしたが、私たちでなくともよかった。配役は所詮配役でしかなく、代役に差し替えたとて物語は滞りなく成立する。

 

 たったそれだけのことらしい。

 

   ➤

 

「……というか今更なんだけど、レグルス、君は未だにここにいていいのか? 僕は今回卒業生じゃないし、会場前まで箒で行くつもりだったから、その前に寄り道してたけど」

「そんなもの姿現し、で——……。……あ゙ー……」

「嫌な予感がする」

「ホグワーツ校内は姿現し不可能だったな……?」

「早く行きなよ!?」

 

   ➤

 

「卒業式で首席が遅刻するとかふつうあるか!?」

「しかも落ち着いたら卒業式やってほしいっつってたらしい張本人」

「本当にどこで油売ってたんだい? もうすぐどころじゃないんだよ、既に五分押してるからね」

「もういっそこのまま箒で突っ込むか、ド派手なサプライズ」

「リーに一挙手一投足実況してもらおうぜ」

 

 >>> 僕を巻き込むなー! <<<

 

「聞こえてたみたいだな」

「冷たいなあ、僕たち一蓮托生だろジョーダンクン♡」

 

 >>> W.W.W.開業は仲間外れにしたくせにー! <<<

 

「根に持たれてた」

「ごめんてー!」

「にしてもすげえうるさい。ジョーダンあいつソノーラス使った?」

「地声かも」

「会話が成立している時点でそもそもサプライズは無理があるな」

「元凶は君だってのに冷静に評価してるんじゃないよ。焦ってくれ少しは」

「無駄なことはしない主義だ」

「殴るよほんとに」

「殴ってから言ったな……マルフォイ生きてる?」

「死んでる」

「死んじゃった」

「墓立てとこ」

「いいからほんとに急いで。早く。怒るよ」

「もう怒ってるな……」

 

   ➤

 

 昨年度の卒業式は、校長の急死直後ということもあり、かなり簡略に行われたのだとデイビースから聞いていた。騒ぐような雰囲気でもなかったろう。

 おかげでお祭り騒ぎになっているのが現状である。

 空を舞うドラゴン花火を眺めて、やりすぎでは? と内心思った。あの炎竜、式の開始からかれこれ三時間は空を飛んでいる。

「そつぎょーおめでとー。なんだか序盤バタバタしてたね」

 ラヴグッドは本日も愉快な帽子をつけていた。先月号のザ・クィブラーのおまけだったかな。

「ありがとう」

 ひとまず私は答えた。礼には礼を返すべきだ。帽子はもう投げてしまったので脱帽する必要まではなかった。

「一年に一度くらいはそういうこともある」

「ないよ。あってほしくないよ」

「卒業式はそもそも年一にしかないんだから毎回ヤバい騒ぎになってるってことに……」

「そういうこともある」

「なんとしてでもゴリ押そうとしてくるな……」

 デイビースが遠くを見つめた。

「「まァその方が俺たちは楽しそう」」

「やっぱりないかもしれない」

 即座に意見を翻した私に、ヤレヤレと双子が同時に肩をすくめた。詰め寄られても鬱陶しかったことは請け合いだが、まったく仕方ないんだからこいつは、とでも言わんばかりの反応もそれはそれで腹が立つな。

 ウィーズリーどもはホグワーツを去る際は退学というかたちだったので、来賓扱いで招待されていた。ただの悪戯専門店の経営者どもが何故卒業式の来賓なのか、何故彼らは他の来賓とは異なりやけに卒業生たちに近い位置に席を与えられたのか——まァ、来賓というからには来賓だろう。校長の席に就いたマクゴナガル教授はお茶目にウィンクしていた。厳格なるグリフィンドール寮監とて、クィディッチ以外でも教え子を贔屓することはあるらしい。

「じゃ、レグルス、屈んで」

「ん?」

「卒業のお祝い。早く」

「わかったわかった」

「ガールフレンドとか言ってたけどこれあれだな? 可愛い後輩ってか妹扱いだな?」

 外野がやかましい。黙らせようかなと杖を取ろうとしたが「頭固定!」ラヴグッドがぴしゃりと言った。素直に従った。彼女がここまで強めに我を通すのも珍しい。学生として会うのはこれっきりだろうし、好きにさせてやる。

「はい」

 頭になにか載せられた。なにかな。ザ・クィブラーのおまけのお裾分けかな。

「復元できたから」

 ——。

 ふくげん。

 復元。

 

「は?」

 

 脊髄反射で頭を跳ね上げかけて理性が制止した。ラヴグッドの言葉をよくよく吟味すると今私はとんでもなく貴重なものを頭に載せられている。助けてくれ。いや助けてほしいのは事実なのだがそれだけではない。とんでもないことをさらっと言ってのけたよな。嘘だろ?

 ……この子はこういう冗談言わないんだよなあ。どうしようなあ。

「忘れたの?」

「忘れてない」

 忘れてないから驚いているんだよ。

 おそるおそる(かなり、だいぶ、慎重に)顔を上げれば、ラヴグッドはあてが外れたような顔をしていた。もっと喜ばれると思っていたんだろう。ありがとう。

 そうじゃなくてな。

「数ヶ月かかるって言ったよ」

 そうでもなくてな。

 私は最短数ヶ月だと思っていたし、なんなら数ヶ月程度で収まると思ってなかったんだよ。おまえが飽きたら研究機関に回すつもりだったんだよ。

「……ちょっと待って、それ、見覚えがすごくあるんだけど。すごく見覚えがあるんだけど」

「うちの代才能ワンツーフィニッシュが青褪めてる今の状況どう思う?」

「すごくまずいことだけがわかる。それしかわからない」

「そう——」

「つまり——」

「ワクワクするよな!」

「今度はなんのトラブルだろうな!」

「そういやうちの代ヤバいのワンツーフィニッシュだったな君たちは。ダメだこれ。僕帰っていいか?」

「君の寮の後輩」

「全力で見苦しく駄々をこねて泣いてやろっかな……」

 世渡りが得意なデイビースがさっさと距離を取ろうとする事態。あるいはだいたいなんでも飄々とこなすディゴリーが悪あがきをする事態。馬鹿騒ぎ大好きウィーズリーツインズが揃って目を輝かせる事態。私は私でシンプルにうめき声が出そうな事態。

「真の叡智を授ける、みたいな機能はやっぱりなかったっていうか、見方を変えればあったというか……レプリカだからかなあ」

 本気で言ってるのか私の嘘を見抜いた上で合わせられているのか。

「自分の知識を抽出して整理し、思考を補助することで、叡智をより効率よく手に入れるための手段って言った方がたぶん近くて……」

 ラヴグッドはたどたどしく説明した。

「マグルでいうとコンポート? みたいなもの」

「……コンピュータ?」

「それかも」

 外付けの演算機——脳の拡張。人工知能の側面も備えているかもしれない。そんなものを十世紀も前に単独で開発したロウェナ・レイブンクローの叡智に畏怖すべきか、彼女以降の十世紀のどの魔法使いも辿り着けなかった叡智を独自開発したマグルに敬意を示すべきか——千年前のオーパーツを本気で単独で復元した象牙の塔の天才に引くべきか。

「昔からずーっとメンテナンスされてなかったから、だいぶ前に壊れてそれっきりだったみたいだよ」

 本当にコンピュータだな。

「返しとくね」

「うん……ありがとう……」

 本来私のものでもないが、他に持たせても大丈夫な人間がいない。ダンブルドアが生きていたら即座に丸投げしたのだが。レギュラスに横流しして問題ないかな。

「聞いてる感じ、記憶力チートに持たせて大丈夫なやつか?」

「ダメだと思うよ」

「ダメかあ。世界滅亡のときは一緒に戦おうな」

「逃げる程度の時間は残しといて」

 久しぶりの【身体よ浮け(Levicorpus)】でインテリアを四つ吊るした。わあわあ喚く卒業生たちを数瞬眺めて、ラヴグッドが言った。

「私の卒業式もそれやろうかな」

「やめておけ」

 ラヴグッドを諭していたら隙を見て私も吊るされた。こんなおそろいは嫌だ。レイブンクローの冠は吊るされた拍子に落ちかけたが「なにやってるんだよ!?」ドラコが飛び込んできて死守された。我が弟の有能さが留まるところを知らないな。

 

   ➤

 

「そういやセドちゃんどこ就職すんの?」

「僕かい? ホグワーツの防衛術教授」

「あの高名なる呪われし教授職?」

「今ならカローの負の遺産お得セットの?」

「神経オリハルコンの方?」

「めちゃくちゃ言うね……いや今更魔法省就職するのはちょっと感情が」

「それはそう」

「それはそうだけど防衛術の方が感情的にどうなんだよ」

「本当になり手いないみたいだし」

「当たり前」

「今までで何人辞めてんだっけ?」

「うち致死率いくつだったかなあ」

「賭けるか、ディゴリーが何年持つか」

「マルフォイ君さあ」

 

「もしも僕が死んだらチョウのことはよろしく。手は出さないでね」

「……なるほど、まァ検討はしてやろう。振り返ってからもう一回言えるものならな」

「……。あー……」

 

「セドリック?」

 

「ちがっ」

「はーいみんなたいさーん」

「逃げろ逃げろ」

 

   ➤

 

 〝レストレンジ〟はアズカバンに収容された。

 今のアズカバンに拘束能力があるのかはいまいちわからない。看守は吸魂鬼(Dementors)から人間にすげ替えられた。そもそも吸魂鬼(Dementors)を置いたところで〝レストレンジ〟に効果があったかどうか——まァ、囚人の扱いがマグル程度に人道的になったことは、進歩と言えるのかもしれない。

「うちの逆転時計(Time-Turner)は完全に封印するそうだ」

「へえ、破壊しないのね。脱獄したあかつきにはわたしが使ってもいいってこと?」

 〝レストレンジ〟が皮肉げに尋ねた。偽悪的な物言いに「より単純だとも」と、私は軽口のように返した。

「ああいうものは——もちろん作られない方がずっと無難なわけだが——既に作られてしまった以上、破壊するとどこになにが影響するか、及びつかない。まして魔法省のように枷をかけられた道具でもない。防衛術一年目でも習っただろう、ごく初歩だ」

「……ああ、そうね、そんなことを言っていたかしら。……なるほどね」

 〝レストレンジ〟は苦々しげにつぶやいた。なにか心当たりでもあるのやら——「どうにせよ、父上の封印が早々解けると思わない方がいい。保身のマルフォイは伊達じゃあない」「誇るところでもないのだけど、それ」私は杖を振る。椅子を召喚し、座る。

 

「お悔やみを申し上げる」

 

 主語はつけなかった。

 〝レストレンジ〟の喉がかすかに動いた。

「……本当に嫌味たらしい」

 憎々しげな言葉が向けられた。

 私はなにも言わずに見返す。瞳の中にあかくひかりがちらついていた。〝レストレンジ〟はひとつ、ふたつと呼吸をすると、目を強くつむった。

「愛。愛ね。高尚な言葉よ。良識ある方々は皆揃って使う言葉だわ。ポッターもかつて言った。トム・リドルは、愛を知らなかったから負けた——」

 私はその発言を知らない。

 おそらく、彼女が知る〝前〟の話だろう。あるべきだったはずのこと。破棄された未来。

「——嘘つきだわ。嘘、嘘、ぜんぶうそ。だったらどうして、わたしは勝てなかったっていうの?」

 鉄格子を細い指が握りしめている。もともとの素地に加えて、屋敷妖精(House elf)たちにも常日頃手入れされてきたのだろう。彼女の両親がそういうものに気を配るのかは知らない。私は彼らのことを知らない。

「なにが愛よ。嫌いな人を皆殺しにもしないくせに。一緒に心中もしないくせに。なにが愛だっていうの。おまえたちの誰一人だって()()()()愛したこともないくせに」

 そういうものを私は愛だとは思わない。

 と、言うのは、たぶんあまりに簡単なのだろう。

「〝人生を作り変えることはできない〟馬鹿言わないでよ〝おまえは一生孤児だ〟おまえが父を殺したくせに。おまえがわたしを孤児にしたくせに——わたしを殺しもしなかった。記憶を消してもくれなかった」

 〝レストレンジ〟の瞳にいまだ涙はなかった。あるいは使い果たしたのかもしれなかった。とっくのとうに。

「わたしの一生は監獄で終わった。終わったのよ。……終わったのに」

 鉄格子にからまった指がほどけた。うつむいた女は、相変わらずしみもしわもひとつもなく、しかし、急にずっと歳を取ったように陰を宿していた。

「それもポッターに?」

「……それ?」

「馬鹿とやら」

 人生を作り変えることはできない——おまえは一生孤児だ。

「……ええ、そうよ。〝前〟のことですれけども」

 嘲笑うが如く口角が上がる。

「素敵な英雄らしいわね。ほんとう、どの口で、それを述べるのかしら」

「ふうん」

「なに?」

「なにと言うほどでもないが」

 私は両親が健在で、親戚もまあそこそこ既に亡いひともいなくはないが、死んでない者や投獄中でない者もわりとそこそこいる。客観的に見て恵まれた生まれで育ちである。〝レストレンジ〟には殺されかけたが、私もわりと殺しに行ったので今更。

 つまりこれは、フラットな立場、無関係な外野からの、まるで無責任な言葉だ。

「ポッターも孤児だろう」

 だからどう、というわけでもない。単なる事実の列挙。人生を作り変えることはできない。ポッターもまた孤児のままだ。

 〝レストレンジ〟は未だにうつむいていた。なにも言わなかった。鼻で笑うこともなかった。

「……会いに来た本題はなに?」

 突っぱねる口調に、私は息をついて、腕を組んだ。

「卒業証書の受け渡し」

「要らない」

「レストレンジ家の財産管理」

「好きにしてよ。わたしはレストレンジでもないし、ロドルファスもラバスタンも、生きているのでしょう、彼らに尋ねるべきだわ」

 財産管理をしていたのは〝レストレンジ〟で、なんなら帳簿を拝見した様子だと、手入れどころか増やしてすらいたが。まァ御本人が仰るのであれば。

 本題。

「〝デルフィーニ〟の行方」

 銀髪の隙間から瞳が覗く。

「……お母様は死んだわ」

「胎児や赤子の遺体は見つかっていない」

「追いかけてどうするの。お父様の血縁は皆殺し? 悲しいことね」

 全く悲しそうではなかった。彼女にとって〝妹〟はあまり注意を払うべき対象ではないようだ。かつては自らであった、らしいことも影響しているのか。単に一人っ子の時期が長過ぎたせいなのやもしれない。そもそも兄弟姉妹は仲良くあるべき、というわけでもないだろう。

 私とドラコ?

 もちろん仲良く微笑ましい兄弟でしょうけれども。

「親の因果は子に報うべきではない」

 私の見解としては、こう。

「それはそれとして、いとこの境遇ぐらいは気になるだろ」

 だからここに面会に来た——と一口に述べるには、複雑過ぎるが。

 〝レストレンジ〟はなにも口にしなかった。そうこうしているうちに面会時間が終わりを迎え、私は退室した。引き出せた情報にろくなものはなかった。次はいつに向かうかな。とはいえあの様子じゃあ〝デルフィーニ〟については今後も口を割らないかもしれない。

 しかし——幸いにして、私の時間は有り余るほどにある。それに。

「利便な道具は使うべきかな……」

 せっかく修復してもらったので。レイブンクローの冠、ご友人の末裔の行方捜しぐらいは手を貸していただけませんかね。

 

   ➤

 

「おまえはろくな死に方をしないよ」

 ユーフィミアは口癖のようにそう言った。オーグリーは応えるように鳴いた。鳥籠の中で、不吉な鳥はデルフィーニをいつもじっとほの暗く見つめていた。まるで責め立てられているようだとデルフィーニは幼心に感じていた。

 ユーフィミアの口癖は他にもいくつかあった。実の子でもないのに世話を焼かされる。親とともに死んでくれていれば楽だった。気味の悪い子ども。デルフィーニはそういう言葉に慣れていた。かつては意味を解せるほど言葉を知らなかったから、たどたどしく真似をして、頬を張られたこともあった。何度も言われ続ければいずれは理解する。心も麻痺する。

 ユーフィミアは親ではないらしい。

 デルフィーニの親はとうに死んだらしい。

 いたはずの父は、母は、何故わたしを連れて行ってくれなかったのだろうとデルフィーニは思う。一緒に死にたくないほど嫌われていたのだろうかと考える。確かに、不吉たるオーグリーに執拗に鳴かれるような子ども、親でも気味が悪いかもしれない。

 空は晴れ渡っていた。閉じ込められた狭苦しい物置小屋から彼女はぼんやりと眺めていた。蒸し暑い夏の日だ。

 時折ユーフィミアはこのようにデルフィーニを閉じ込めた。いちおう理由らしいものは添えられていたが、基本的にユーフィミアの虫の居所が悪いとそうなるので、デルフィーニの言動はあまり寄与しなかった。死んでくれないかと願われていたのかもしれない。食事も水も空調もなく、排泄が必要だとしても、小屋の隅には新聞紙が無造作に広げられていた。もはや読み取れないほど、インクがにじんで、腐食して、変色している。

 幼児を置いておくにしてはずいぶんと劣悪な環境だったが、デルフィーニは毎回、しぶとく生き残った。毎回ユーフィミアは、閉じ込めて数日経ってから、思い出したように見に来た。渇きをこらえて見上げるデルフィーニを見つけては、不快と畏敬の入り混じったような顔を向けた。——どうして?

 無駄なことを考えていると体力を消費する。デルフィーニは身体を丸めた。鳥籠の中の不吉な鳥。物置小屋の要らない子ども。まったくそっくりなことである。うつらうつらと微睡みに浸る中、どこからか、声が聞こえるような気がした。

 

 ——あなた様は高貴なる生まれ。

 

 ——このように消費されるべきではない。

 

 ——我が主を、同胞を、あなた様の父母を救いましょう。

 

「趣味が悪い」

 

 破壊音。

 

 夢は中断、幼子は身を起こす。いまだ四歳ほど、デルフィーニの力ではびくともしない鉄戸が粉砕されていた。

 鉄戸(残骸)から一歩離れたところで、嘆息した男が杖を振った。散らばった戸の残骸が一瞬にして消失。

 男は、プラチナブロンドを結い上げていて、片眼鏡をかけている。デルフィーニの眼差しに気づいてか、片眼鏡の奥、眉をわざとらしく上げた。

「おはよう」

 デルフィーニは小さく身を屈めて、不審者を警戒した。とんでもない音を立てれば、どころか備品を破壊した時点で、屋敷妖精(House elf)が飛んできてもおかしくない。その気配すらもない。

「……だれ?」

「私はレグルス・マルフォイ」

 男は端的に名乗った。続いて、思い出したように膝をつく。目線がデルフィーニと同じ高さになった。

 青い色だ、と、デルフィーニは思った。男の瞳の色である。と言っても、今しがたの空のように、澄んだ青ではない。曇りがかった空の色に似ている。

「君は?」

「……デルフィーニ」

「そう。デルフィーニ。迎えに来たよ」

 まるで知らない名前だ。まるで知らない顔だ。デルフィーニが知っているのは、ユーフィミアと、ほとんどろくに喋ってもくれない屋敷妖精(House elf)と、空の色と、すえた空気の味ぐらいだった。まるで意味がわからなかった。

「わたしを?」

「そう」

 けれど。

「……うん、」

 デルフィーニは頷いた。

 ここから連れ出してくれるなら、きっと誰でもよかった。野暮ったい男でも、偏屈な女でも、大きな蛇でも、空飛ぶバイクでも、誰でもよかったから——その手を取った。

 

   ➤

 

「お友達にでもなにか言われたのか、ホグワーツの寮はどこが最も優れているのかと聞くから」

「スリザリン一択ね」

「モチーフの動物の強さ的には獅子と答えておいた」

「〝わたし〟にろくでもないこと吹き込まないでくださる?」

「ははは。イヤだね」

 

     了




「——マールボーイくん?」
 魔法史最初の授業、出欠を取る際。ビンズが出し抜けに口にした。
 デルフィーニは目を瞬かせた。
「マルフォイです」
「失礼。マーマレードくん」
「マルフォ……なんで離れるの……?」
「お兄さんがいるかね?」
「……おります」
 書類上は後見人で、血縁的には従兄で、そのわりには親子近く歳が離れていて、本人は四捨五入兄だと主張する。きわめて複雑な間柄なものの、いるかどうかでいえばいる。
「先だっての論文、腐ったハーポの経歴に不備があったので見直すようにと伝えておいてくれ」
 デルフィーニは〝意味不明〟を存分に表情に出したものの、梟便で伝えた。
 ビンズ教授が生徒の名前をまっっっっったく覚えないことを、ホグワーツ新入生はまだ知らない。当然このデルフィーニも知らない。

 手紙を読んだレグルスは、在学時代の目標が達成されていたことを今になってようやく知った。
 動揺しすぎてインク瓶を三個割った。
 先日寄稿した論文内、一瞬触れていた腐ったハーポの経歴は本当にミスがあったので、改稿に取り組んだ。
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