【完結】獅子座α星が、ふたつ   作:初弦

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各話短めなので一括投稿


後日譚
星の名を冠したとて迷子


自称足長おじさん、他称取立屋

 

「礼は言いませんよ」

「何故礼を述べられる必要がある? 取引成立時に義は尽くしたと思うが」

 私がつらっと返すと、ノットはわずかに瞼を痙攣させた。なんというか——生真面目な人間だよなあと思う。

 ノット家は現在家督がアズカバンに放り込まれている。ノット夫人は、セオドール・ノットの入学前には亡くなっていた。そこそこの数の純血貴族が大惨事の有様なので——両親どちらの力も頼れない、親戚筋も頼りづらい現状のノット家は、これを機に食い物にされてもおかしくはなかった。

 私にとってそれは少しばかり困る展開だった。

「カンタンケラスの研究録。歴史家にとっては、支援のお釣りが丸ごと来る品だ」

 カンタンケラス・ノット——魔法史研究の界隈では、近年最も悪名高い名として、もしかしたらば例のあの人より忌み嫌われている。聖28一族の発行者は明かされていないがおそらくカンタンケラスであろうと目されている通り。偽書と捏造は真実を探るにあたってあまりに邪魔きわまりない。しかし——潰せていない。偽書と捏造を広める前に、著者はおそらく、真実の根拠となる証拠を徹底的に捜して押収した挙句、足りない信憑性をカバーストーリーで補ってから発行した。それだけの基礎研究をもとに作られた書物だろうとはあたりをつけていた。

 そうでなくともノット家は研究肌が多い。当代ノット家が数十年遡る逆転時計(Time-Turner)なんてものを作成できた所以とてそこにある。才能の養成には相応の環境が必要とされる。優秀な教師や有用な教材。それは当然、ありとあらゆる分野において——知識を深掘りするには往々にして他分野の概要をさらうぐらいはできなければならない。豊富な実践環境。その他諸々。

 わぁこれマーリンの研究手稿の写本か?

「それにおまえは無能ではないだろう」

「……ああ、ドラコに尽くせって?」

「あいにくと身内のことは身内で巻き取るとも。不必要な献身はむしろ重荷になる」

 ドラコは調子に乗りやすいので、万能な駒を傍に配置していると余計な軋轢を生むやもしれない。

 ノットは眉を寄せた。

「理解できない」

 私はちょっと笑って、ひらひらと羊皮紙の束を振った。

「将来有望な若者の道が閉ざされるのは好みじゃない。無能が蔓延る世の中こそもっとも嫌厭されて然る——好きなように生きればいい。私は干渉しない」

 セオドール・ノットはドラコと同年代なこともあって、よく見かけた。彼は能力が高くプライドも相応に高い。煽っておけば勝手に奮起してくれる。

 神秘部立て直しには有能な人材が必要なのだ。魔法省職員でもない私が駆り出されている時点でお察しである。逆転時計(Time-Turner)を自力で作成できるなれば、そのあたりには詳しかろうよ。

 さっさと育って私を忙殺から解放しろ。

 

 

ロックハート砲のお時間です

 

 ユーフィミア・ロウルに関しては、()()()()と話をつけたのち、シンプルに児童虐待でロックハート砲を撃っておいた。今年のチャーミング・スマイル賞は準だったものの未だ健在。私のことはぼかしてなんならあなたが摘発したことにしてくださいませんか、と頼み込むと男は「子どもへの暴力だなんて! 許せませんね!」と記事を書き上げた。

 ギルデロイ・ロックハート、虐待児を救う英雄譚の爆誕。

 さて、ロックハートのファン層の主軸は、週刊魔女を定期購読するレディないし主婦である。児童虐待へのヘイトが特に高い層でもある。子育ての苦労を理解しており、ゆえにこそ子どもへの加害は許されないというごく普遍的な常識を有している。

 当然ながらロウル家はえらく燃えた。

 ロックハートの支援者はマルフォイだ。これはわりと公然の事実で、パフォーマンス的に父上もあれこれと申し付けている。マルフォイ家は由緒正しき純血貴族でありながら、先の第二次魔法戦争、死喰い人(Death eater)から明確に離反した家でもある。引き取るお題目には申し分ない。

 つまりマルフォイ介入の体のいい理由は既にできている。

 診断書をつけてさらに叩く。ついでに先だっての戦争での罪状を蒸し返す。

 義理の娘? まァ純血貴族ならば魔法力の高い孤児を引き取ることもままあるだろう。無能どもが後継者不足に喘いで可哀想なことで。

 帝王の娘? ははは馬鹿を言えよあの傲岸不遜な帝王様が裏切者の下僕に手を付けるとでも? ベラトリックス・レストレンジ? それこそ二十年前ならまだしも四十も半ばの女、しかも長年アズカバンに収容されていた囚人に、月経が真っ当に訪れているとでも? 人間は十月十日経たねば生まれんのだよ。脱獄早々にまぐわってぎりぎりか? 自己弁護にしては荒唐無稽すぎる、妄想も大概にしておくべきだな。

 デルフィーニというヴォルデモートの娘がアズカバンに収容された? そうだな、それがなにか。同名で無関係を言い張るのか? 死喰い人(Death eater)が帝王を崇拝しているのは当然だなあ、かのロードの高名さに肖りたかったのだろうなあ。

 はい有耶無耶。

「レギュラス、いったいどういう教育を……?」

「このへんはルシウスです」

「おまえだろ、手口が似ている」

「ルシウスです。もしくはナルシッサです。僕ではありません」

 ——たぶん早産だったのだろうな、と、思う。

 デルフィーニ——つまり私の手を取ったデルフィーニ、〝レストレンジ〟ではない方のこと——は、栄養失調を差し引いてもやけに痩せて、小柄だ。人は十月十日を予定日として換算するが、当然、予定通りに生まれないこともある。胎児の経過。体調や精神的不調。たとえ十月十日に満たなくとも——どころか半分の五ヶ月ほどでも、今の癒術ならば理論上は生存可能性がある。もちろん命を落とすケースも少なくはない。中絶の権利とともにたびたび取り沙汰される問題だ。

 ()の〝デルフィーニ〟がどうだったのかは私は知る由もない。彼女は話すつもりもないだろう。

「兄上の隠し子疑惑が出てるけど。純血貴族とマグルの禁断の恋——」

「ああ、それわざと流した」

 露骨に引くんじゃない。

「大衆はより面白い方へと流れていく。体のいいロマンスと陰謀論でコミュニティを分散させて、程々に過激派を焚きつければ、先鋭化した内部で盛り上がる一方で世間は一周回って鎮火する」

「……に……」

「に?」

「人間としてどうかと思う」

「おまえそれ父上に言ってみろよ。撮って送ってやるから。ほら。どうぞ?」

 ドラコは暖炉から逃げていった。アストリアにでも慰めてもらうのだろう。そろそろミセス・マルフォイと呼ばうべきか?

「……」

 安楽椅子に背を預けて思索にふける。

 私の行動に含まれる打算は否定しない。

 アストリア。アストリア・グリーングラス。ドラコの婚約者。もうすぐ結婚する。

 彼女は純血貴族にしてはマグル寄りの思想持ちだ。穏健派、温和派、血を裏切る者とまではいかないが変わり者として扱われるライン。まァそれはホグワーツ在学時代からだ。ちょっと変わったグリーングラス嬢。母上や父上とは間違いなく相性が悪い。妻と親の折衝はドラコの担当、だとしても——どこかで一言投げておく必要はあるかもしれない。後継から退いた以上、私の基本スタンスは前提として静観だ。しかし当事者だからこそ物申しにくいこともあるだろう。

 もうひとつ。

 血の呪い。グリーングラス家に度々出現する特徴。アストリアの症状は数世代ぶりに重い。

 ……マルフォイの後継が生まれなかった場合の対応が必要だ。万が一そうなれば、私に回ってくるだろう。とはいえさすがに帝王の娘を蔑ろにしてまで嫁を取って子作りに励め、とは言われない、はずである。たぶん。少なくとも猶予はある。

 その間に——進めておくべきことだとか。いろいろと。なくもない。

「デルフィーニを見つけて、神秘部の件も一旦片がついて、これか……」

 次から次へと面倒事。喫緊の課題二つを優先して、その他を後回しにしていたつけでもある。

 父上からドラコに権力を移すまでの間に——ちょっかいを出してきそうな家——さて、ある程度釘を刺しておかなければ。マグルとの交易はそろそろ明かしてもよいだろうか。しかしまァ、ひとまずは……デルフィーニを人に慣れさせるところから始めねばならない。

 ユーフィミアのことがあるからか、大人の女性が苦手らしく——距離を取られた母上が過去一複雑そうな顔をしていたので不在時に両親に任せる選択肢が消えた。うーん。まあそういうこともあるよな。どうしような。

 

 

ロックハート砲一週間前

 

「今日は早めに帰る。閉店時間まで貸切にしてあるから好きにしていてくれ」

 支払いは先に済ませておくものである。席を立つと双子が怪訝に私を見た。

「いつも早めだろうが」

「二軒目は絶対付き合わない」

「愛想が最底辺」

 ピーチクパーチクやかましい。嘆息をこらえて「子どもを引き取ったから」と短く述べた。ディゴリーが首をかしげる。

「初耳だね。おめでとうでいいのかな」

「坊ちゃんの文字通りの独身貴族も終わりかあ。取り残されたな相棒」

 揶揄まじりにウィーズリー(ジョージ)に見られたウィーズリー(フレッド)が「はーん、いいか!」気取ったように酒杯を掲げた。

「家庭持ちだからえらいってわけでもないからな。えらいってわけでもないんだからな!」

「やかましいな……」

「シンプルに迷惑そうな顔」

「独身同盟とかない感じだな」

 ウィーズリーと同盟を組むぐらいなら結婚する。

「俺の味方はロジャーだけ」

 よよよ、と泣きつかれたデイビースがぱちぱちと目を瞬かせた。

「そういえば言ってなかったな——僕ももうすぐ結婚するんだけどW.W.W.に式の余興って頼めるのか?」

「初耳すぎる」

「裏切者!!!!」

 残ったドリンクの水面が揺れた。やかましいどころの騒ぎではない。「声でかい」デイビースがグラスを抱えて逃げた。レイブンクロー、さすが賢い。

「とびっきりの演出にしてやる!!!!」

「大声って程度が過ぎると耳鳴りするんだね」

 ディゴリーでさえも耳をふさいでテーブルに突っ伏している。

「勢いで俺を置いてかないで相棒」

「ジョージィおまえこそ真っ先に置いてったくせに!!!! アンジーと末永くお幸せになりやがって!!!!」

「ごめん。ごめん? え? 今謝るとこあったか?」

「うるさい!!!! 子どもには俺の名前をつけろ!!!!!」

「うるさいのは間違いなくおまえ」

「フレッド酔ってる?」

「酔ってそう」

「べろっべろ」

「酔゛っ゛て゛な゛い゛」

「典型的な泥酔」

 アグアメンティは顔面にかけて問題ないんだっけか。だめかな。

 個室を取っておいてよかった、と言いたいところだが、そろそろ防音すら貫通する。それなりのグレードの場所でいつも以上に泥酔するとは肝が据わっていることだな。さすがグリフィンドール、蛮勇の寮。

「話戻すけど——」

 ディゴリーが箱を置くようなジェスチャーをした。

「そもそも、引き取った、なら子連れの方と結婚する感じではないよね?」

「結婚はしてない」

「やっぱり」

「というか子どもいるなら外出して問題ないのか?」

「それ言うならセドリックもだろ」

 ディゴリーとチャンとの間に子どもが生まれたのが今年の春。彼らは何分相性は良いのだが生活スタイルが徹底的に合わないので、ここ数年、くっついたり別れたり同居したり別居したりしていた。ようやく落ち着いた——のかもしれない。どうだろう。目を離した隙にまた別居しても驚かない。

「うちもたまに実家やお義父さんお義母さんに預けるよ。それこそ今日とか」

「レギュラスに任せてきた。クリーチャーつき」

「ああまあ安心か……安心か?」

「子守歌代わりに純血名簿聞かされそうだけど」

「マルフォイ……ロングボトム……ブラック……ブラック……ブラック……」

「名前も言え」

「だってうちじゃ純血名簿の読み聞かせとかなかったし……」

 マルフォイでもさすがにない。

 ただブラック家はぎりぎりあったらしい。レギュラス談。

「名前でいうと、その子の名前は?」

 デイビースは世間話のつもりで振ったのだろう。

 私はにこりと微笑んだ。——ようやくかかった。

「デルフィーニ」

 デイビースがグラスをひっくり返した。オレンジのカクテルがテーブル一面にぶちまけられて、床にも広がった。

 あーあ。もったいない。杖を振って、果実酒ごと拭い去っておく。

「ちょっっっっっと待とうか」

 たいへん語気強めなディゴリーがこちら。私のコートの袖をしっかりと掴んでいる。捕獲されなくても逃げないよ。

「審議入った」

「入るに決まってるんだよななんて言った? いやいい繰り返さなくていい」

「おまえたちが気にかかりそうな情報を付け加えると〝レストレンジ〟の妹」

「審議どころじゃねえアウトだ」

 やいのやいの。先ほどとは別の意味で喧騒にまみれる室内。叫ぶだけ叫んで椅子にもたれかかっていたフレッドが起き上がる。顔面蒼白だ。

「よいさめた」

 可哀想に。

「……母親が一緒でも大概だけど、父親違い? そうだと言ってほしい」

「父母どちらも同じ」

「アウト通り越してデッドボールだ」

「マグルのスポーツ観るのか」

「うん最近はまってる。そこじゃない」

 デイビースがとうとう頭を抱えた。ちょっと泣きが入っている。酒で涙腺が緩んだかなあ。

「大丈夫かそれ? 大丈夫じゃなさそうだけど大丈夫かそれ?」

「元死喰い人(Death eater)が育てるよりはましだろうよ」

「そ、そうかな……そうかも……どう見積もっても一大スキャンダルだけどな……」

死喰い人(Death eater)とマルフォイって五十歩百歩じゃないか?」

「シッ」

「悪辣度で言ったらむしろ」

「シッ!」

 全部聞こえてるんだよな。

 と、指摘するのはやめておく。私にとて慈悲や忍耐も備わっている。きっとスリザリンに入っていなかったらハッフルパフだったろう。

「というわけで——者ども各所根回しよろしく」

「あのさあ」

「君さあ」

「最悪」

「これだからマルフォイは」

「こいつまた共犯に仕立ててきた」

「わざとかよ! 知ってたけど!」

 非難轟々。吹き荒れる悪口の中、悠々とコートの衿を整える。連絡事項は終えた。ここまで酒が入っていると忘却呪文でなかったことにもできないだろう。食って飲んで騒いで楽しかったなあ? 支払いは私持ちだからと遠慮なく楽しんだなあ?

 もちろんそのぶんの借りぐらいは返してくれるだろう?

「そもそもこいつが予約取ってきた時点で嫌な予感はしてたんだ」

「ゆ、油断してた……このまま最後までなにもなく終わるのかと……」

「一週間後にはロックハートにすっぱ抜いてもらう手筈になっているからそれまでに頼むよ」

「は~こいつしばける法律できないかな~」

 フレッドはもはややけくそで、ふたたび椅子にぐったりともたれかかった。

「できたとして抜け穴を探るが」

「こいつ単体を摘発する法律できないかな」

「父上経由で握りつぶすが」

「無敵か?」

 私程度でどうとでもなる魔法界が欠陥構造なだけである。

 

 

ロックハート砲一週間後

 

 ぐっだぐだの飲み会があったのが少し前の話。

「レグルスの、ともだち?」

 デルフィーニが面々を指差して、こちらを振り向いた。

「……まあ……おおむね……おおよそ……」

 四捨五入すればそう。かもしれない。「指を差さない」とりあえずそこだけ指摘する。デルフィーニは素直に指を下げた。

「否定しなかったよ」

「面白」

「ウケるあのマルフォイが」

「そもそもちびっこ相手に微妙にたじろいでんのがもう面白い」

「真っ当なこと教えてんのも面白い」

「わかる」

 どうして現行法では全員まとめて首をはねたら罪になるのだろう。

「チョウ・チャンよ。よろしく」

 チョウがしゃがみ込み、ウィンクする。ぱちくりと目を瞬かせたデルフィーニがうろ、と目を彷徨わせると、身体を回転させて私の膝裏に逃げ込んだ。

「母上より拒否感はなさそうだな……」

 ぐしゃぐしゃと銀髪を撫でると頭を振って嫌がられた。手を離す。

「そんな逃げられたのかよ、一応——えあーっと血縁はどこまで——君のお母さんだろ?」

 ぎりぎりで言葉を方向転換させたのは、たぶんフレッド。

「全速力で部屋の隅まで逃げた」

「マルフォイの方がよっっっぽど怖そうなのにな」

 お忘れかもしれないが私と母上はどちらもマルフォイだ。

 そろそろ吊るしていいかな、と眺めていると「教育に悪いことはなるべく避けような」とデイビースに諭された。めざといことで。

「外でやるよ」

「そうじゃあないんだよなあ……」

「姿くらまし速度勝負」

「くだらん」

 確実に私が勝つ。

 しょうもないやりとりをしていると、デルフィーニがぐりぐりと額を押し付け始めた。飽きたのか。眠くなったのかもしれない。

 まるい頭を撫でてから抱き上げる。この年にしては軽い。量は一度にあまり食べられないようなので回数を増やすべきか。菓子のレシピばかりは記憶しているが栄養素はよくわからない。

「見た目だけならチョウの方に懐きそうなものだけど」

 と、ディゴリー。そこそこ体躯のある成人男性四人並べてみたものの、チョウ・チャンが一番ウケが悪かった。母上相手よりはずいぶんましだが。

「かつての養育者が典型的北欧の顔立ちの女性なので、そのせいではないか、とは見込んでいる」

 あーねという空気が広がった。ギルデロイ・ロックハートが虐待児を華々しく助け出した件は、彼の見栄っ張りと知名度もあって魔法界じゅうに広まった。彼らも当然知っている。彼らは裏事情も知っている。

「アンジーもどっかタイミング見て連れてくるかあ」

 ウィーズリーがつぶやいた。「ありがとう」うとうとしているデルフィーニの背中をゆっくりさする。寝た。赤子か?

 

 

子どもの好みはわからない

 

「レグルス」

 デルフィーニは私を名前で呼ぶ。血縁が血縁な以上、父扱いされても言葉に窮することは請け合い——帝王と同等の肩書はちょっと——なのでべつにそれは構わない。兄の自我があるので兄呼びぐらいなら許容できたものの、世間話に振ったドラコがきっちり三秒黙ったのでなしになった。私の弟、本当に面白いな。

「これよんで」

 デルフィーニに話を戻そう。

 さすがに私の存在には慣れてくれたらしい少女は、絵本に興味を示し始めた。新聞でも渡してやろうかといくつか取り寄せたらば「あなたは識字が早かったけれど、普通の子どもでも読み聞かせで充分な年頃よ」と母上に諭された。そうかな。辞書を床に広げて勝手に読み進めていた子どもにはわからぬ。

 まあ確かに、こちらのデルフィーニは今までお世辞にも自由な生活とも呼べなかったようだし、読書能力の発達が遅くとも仕方がない。

 幼い体躯を膝上に抱き上げて、渡された絵本を眺める。

「これでいいのか?」

「これがいい」

「……そう」

 タイトルは〝毛だらけ心臓の魔法戦士(The Warlock's Hairy Heart)〟——ビードルの物語の中でも屈指で悲惨な結末を迎える。最近のデルフィーニのお気に入りである。いいのかなあ。同じ絵本に収録されている〝ぺちゃくちゃうさちゃん(Babbitty Rabbitty)(And) ぺちゃくちゃ切り株(Her Cackling Stump)〟とかの方が大人気だと思うんだがなあ。なんで毎回これなんだろうな。

 まァいいならいいか。

「〝昔々あるところに、ハンサムでお金持ちで、おまけに才能ある若い魔法戦士がいました——〟」

 

 

弟を肴に今日もご機嫌

 

「兄う」

 ドラコの言葉が途中で止まった。

「レグルス」

 最近努めて言い換えるようにしているらしい。誰の影響だろうな。案外とふつうに恥ずかしくなったから、とかもあるのだろうか。

「……マグルの流行、とか、知らないか?」

「……急にどうした?」

 手稿をサイドテーブルに置く。ドラコは相変わらずマグルなどむしろ毛嫌いしていると思っていたが、いったいどういう風の吹き回し——

「アストリアが……」

 咄嗟に口元を手の甲で抑えた。

 ドラコの目つきが明らかにじとっと私を睨んだ。

「……もういっそちゃんと笑えよ」

「フッハッハッハッハ」

「悪魔。ひとでなし。クソ野郎」

「アッハハハハハ最高もっと寄越せ」

「人の心がない」

「ハッハッハッハゲホッ」

「もう嫌だこのひと」

 

 

デルフィーニ

 

 年に一回〝レストレンジ〟とは顔を合わせている。鉄格子越しに。

「あらお早いお迎えね。素敵なこと。復活させられても困るものね」

 デルフィーニの件も伝えると〝レストレンジ〟は鼻で笑って足を組んだ。

「これでもいろいろと考えているよ」

「あらそう。おまえの常套句ね」

 お茶会には紅茶が必須だが、あいにくと監獄内で杖を振るのは少しリスキー過ぎる。目の前にいるのが世紀の大犯罪者の娘で、本人も大犯罪者なので、尚更。

「七変化の能力は持たないようだ」

「でしょうね。わたしも()はそうでもなかったもの」

 〝レストレンジ〟は肩をすくめた。

「些か成育がよくない。ホグワーツには掛け合ったので、何年か遅れて通うことになるだろう」

「……あ、そう」

 ()のデルフィーニはホグワーツには通わなかったのだろうか。端々から、そういう気配を汲み取っている。確かめたことはない。

 年に一度、顔を合わせる。会話はする。言葉のやりとりは拒絶されない。それ以上でもそれ以下でもない。私も特に踏み込むつもりはない。全人類が仲良くなれるならば私はとっくにウィーズリーとお手々繋いで踊っていることだろうさ。

「妹に会うか?」

 〝レストレンジ〟は目を細めて、私を見つめた。

「嫌よ、絶対に」

 ——お早いお迎え。おそらく、彼女が真実を知ったときは、ロウル家を離れたときは、より遠く先であったのだろう。私に〝デルフィーニ〟の居場所について口を割らなかった理由。おおよそ想像がつく。ロドルファスがその出生の秘密を開示したというのであれば——彼の刑期が終わるとして、もう十年は先だ。

 私はそこに言及することはない。

 

 

蠍座

 

 ハリー・ポッターとレグルス・マルフォイは未だに微妙に交流がある。

 というのも、ハリーの後見人シリウスと弟レギュラスは未だにブラック家の相続問題で不定期に揉めており、ハリーやレグルスはしばしば仲裁に引っ張り出されるからだ。レグルスは昨今露骨に面倒そうで、この間は暇潰しがてらドラコも連れてきて弟に「ひとでなし」と罵られていた。ひとでなしではあるよなとハリーも思っている。

 その日、ブラック邸で顔を合わせたレグルスは形容しがたい表情を浮かべていた。喜色と遠い目と不機嫌を六対三対一で混ぜるとたぶんこうなる。

「……なにかあった?」

「……甥が生まれた」

「おめでとう……?」

 ハリー宅も次男のアルバスが生まれたばかりである。子育ては手探りばかりで未だに難しいが、それをする価値があるとハリーは思っている。

「……子どもが苦手とか?」

「苦手だが……べつにデルフィーニが邪魔ということでもない」

「それはなんとなくわかる」

 背景を踏まえるとなかなか他所にもやりづらかったのだろうが、そうだとしても、別の家庭に預けるなりできたはずだ。しかし未だに投げ出していない。もうすぐデルフィーニは十歳になるのだとか。さすがにハリーは祝う気にもなれないが、謗る気もない。

「それに甥の誕生はたいへん喜ばしい。マルフォイ家待望の後継でもある」

「ああうん」

 いろいろと予想通りの反応ではある。

 レグルスがちらりとハリーを見た。視力の差により片眼鏡をかけるようになった男、薄青の目がレンズ越しにみどりを捉える。

「甥の名前がスコーピウスというんだ」

「スコーピウス……蠍座? 変わった名前だけど、まあマルフォイっぽいんじゃないか」

「そうだな。星にちなむ名をつけるのはブラック家から母上が継いだ伝統だ」

「へえ」

 ハリーは相槌を打って。

「……ん? 蠍?」

 遅れて気付いた。

「スコーピ……蠍王(Scorpion King)……?」

 それこそ、十年も前の記憶が甦る。神秘部で出くわした異なる親友たち。蠍王(Scorpion King)が君臨した世界——

 レグルスはふっと笑った。乾いた笑みだった。

「おまえも巻き添え」

「ひ、ひとでなし……!」




  〜n年後〜

「スコーピウス・マルフォイは闇の帝王の子ども」

「「「…………」」」

レグルス「惜しいな…………」
ドラコ「惜しいなじゃないんだよ」
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