いい年して親子喧嘩
甥が生まれたことで、マルフォイの後継問題も安泰といえよう。アストリアは二児三児と産めるような体調でもないが——そもそも一人目もなかなか——
「最悪は私がなんとかするので好きにしなさい」
「最悪の手段すぎる」
「は?」
「ごめんなさい。いや、あの、僕もアストリアも、あなたの気持ちは嬉しいけど、あなたには座っていてほしい。兄の手を煩わせるまでもないからなにもしないでほしい。頼むから」
……スコーピウスが生まれたので、気を回す必要はなかった、ということでひとつ。
弟が独り立ちを迎えて淋しいようなそれ以前に危険物扱いをされているような。
「デルフィーニ」
「ふぃに」
「マそれでもいいわ。いいこと、わたしがお姉ちゃんですからね」
「
「そ! えらい!」
舌足らずにも喋るようになったスコーピウスに、デルフィーニが熱心に教えている。sisはどちらかといえばスラング調に聞こえる——私も物語でしかお目にかかったことがないが、そこの姉ちゃん俺たちと遊ばない?/助けてくだせェ姉御ぉ! とか、そういう——がいいのか。
まァいいならいいか。
「お話の間、魔法薬の実験をしてもいい? 忘れ薬を試したいの」
「レギュラスもいないからだめ」
「けち……」
「時間を持て余すなら【地中海の魔法水生植物】でも読んでいなさい」
「あれはもう十回は読み直したのに」
デルフィーニは拗ねた様子で「いいわ、大人しくしていますとも。ねえスコー、知ってる? あなたの伯父さんってとっても不親切なのよ」とスコーピウスに話しかけている。ろくでもない英才教育をするな。最近反骨心旺盛なデルフィーニ、まァかつてのドラコもなにかと私に反発していたのでそういう年頃なのだろう。絵本ばかり読まされていた時期は本当に短かった。来年の九月にはホグワーツに入学だ。
「クリーチャー、よろしく」
クリーチャーは恭しく一礼した。
さて。子どもたちを隔離して、私たちは楽しいお茶会である。
「スコーピウスは喋れるようにもなったのでしょう? そろそろ家庭教師もつけた方が良いでしょうね」
「ナルシッサ様、何度も申し上げました通り——」
楽しいお茶会である。念を押す。なにせ私は九割傍観していればいいだけなので。弟夫婦、特にアストリアはそうもいかないようだが。
紅茶を口に含む。
元々、父母とアストリアは、主義主張が微妙に合わない——主に、マグルやマグル生まれ、混血の扱い——しかし昨今はとみに衝突していた。議題は、待望の後継、スコーピウス・ヒュペリオン・マルフォイ、その教育方針に関して。
「純血としての誇りを持つべき。それは理解していますね?」
「純血貴族としての誇りであるならば。けれど——他者を蔑む行いを誇りとして教えることはできかねます」
ブラックの正当な後継は望み薄である。最後の本家筋はあの調子だ。誰かと付き合うくらいはあるかもしれないが、あの年代の純血はだいたい全員結婚済み、そもシリウス・ブラックは選べるならば混血かマグル生まれを選ぶだろう。レギュラスもおそらく正式に妻を迎えることはない。彼も薄々は勘づいている。今の純血主義を維持した末路に未来はない。
であるならば、聖28一族——先の戦争でポッター側についたおかげで、マルフォイは現在最も勢いづいている。貴族たちを実質的に掌握している。ここでスコーピウスがうまく振る舞えば——さて。なあ?
父上も母上も帝王を裏切った。翻せば、かつては帝王の掲げる思想に賛同していた、ということでもある。
「……常々思っているけれど、あなたとわたくしたちには誤解があるようね。蔑むだなんて」
母上が眉尻を下げる。
「これは純血としての義務よ。彼らを対等であるかのように扱って——勘違いさせ、増長させるなど、あってはならないの。わたくしたちが管理する側であることを示さねば」
「ですが——」
「あなたもマルフォイの名を背負う以上は理解しているものかと。わたくし、期待し過ぎていたかしら?」
ドラコがわずかに身動ぎした。姿勢を正し、テーブルの下ではアストリアの手を握った。「母上——」切り出しかけた言葉に、かちゃん、とソーサーにカップを置く音が重なった。
あえてかぶせた。
「帝王も崩御した今に至ってもなお〝真なる純血〟としての振る舞いを求められるのであれば、いっそ私たちの弟妹でもお作りになってはいかがでしょうか」
まァこういうものは父母にとって良い子のドラコでなく、自由人で長男のくせに当主の座をぶん投げた私の役目だろうて。
「なにも遅すぎることはありませんよ。伯母上とて晩年に娘を生んでいらっしゃったでしょう?」
母上の淑女の表情は全く崩れなかったが、かすかに目を細めた。私たちの間でベラトリックス・レストレンジの話題はほとんど禁忌と化している。
「レグルス」
ここまで傍観していた父上が私の名を呼んだ。
「おまえは貴族としての義務をよく理解して、弁えていると考えていたが?」
「ええもちろん。後継から退いた以上あまり口出ししたくはありませんでした。——弁えていた私が見るに見かねた、という事実を元に、是非ともご自身を今一度客観視していただきたいところですが」
行儀が悪いが、一番上からマカロンをつまむ。
「素晴らしいじゃありませんか、聖28一族に連なる純血同士の婚姻。生まれた息子もやはり紛れもない純血」
そも聖28一族に〝真〟の純血など既にいない。カンタンケラスが箔をつけた偽書に縋って生きている。くだらない矜持だと私は思うが、あくまで私の感想だ。ブランドには価値があり、価値は信用に繋がる。体裁でも繕うことは重要だろう。
——で。
「それで? 思想が気に入らないから離縁させますか?」
ブランドを尊び優先するならば、そのぐらいの方針の差異は許容範囲内として黙認していただきたいものだ。
確かにマルフォイは今最も力を擁する純血貴族——その傲慢はおそらく、かつてのブラックの二の舞を引き出す。あるいはゴーント。血の維持に固執するなれば行き着く先は近親婚だ。またいとこ。いとこ。兄弟姉妹。淘汰された多様性とエコーチェンバーが齎すものには容易に想像がつく。
「それではやはり私が継ぎましょうか? 構いませんよ、二代上にクリアウォーターという優秀なマグル生まれがおりましてね。多少親交があるので夫婦生活も上手くいくことでしょう」
「本気で言っているのか」
「お気に召さない。では養子を取りますか。マグルの養護施設を確認すれば身寄りのない魔法族ぐらいはどこかで見つかるかと」
「レグルス、口が過ぎるぞ」
「先に口が過ぎたのはどちらですか」
マカロンを口に放り込む。咀嚼。甘いものは好きだ。頭を回す際には糖分は手っ取り早いエネルギー補給になる。嚥下して席を立つ。
「停滞の結末が先の魔法戦争であったことは明示の事実ではございませんでしたか。私も両親に失望したくはないのですが」
さて、不和の種はさっさと退散いたしますか。
「なんかマルフォイ落ち込んでら」
「珍しいね」
「また弟くんと揉めたんじゃないか」
「……両親と喧嘩した……」
「「「「ああ」」」」
「マルフォイ昔は大人っぽかった気がするんだけど退化してないか?」
「精神年齢変わってないの方が正しくない?」
「成長が早くて成熟が遅い」
「一生若いつもりのやつ」
「全員首を並べてやろうか」
親子喧嘩・その後
「兄上」
ドラコは基本的に私の名前の方を呼ぶようになった。この呼び方はごく久しぶりのことだった。
「あなたが僕たち家族、つまり父上や母上、僕だけでなく、アストリアやスコーピウスにも気を配ってくれていることは嬉しい」
次に続く言葉には大方の予想がついた。
「ただ——あなたは少し過保護がすぎる」
ドラコはきっぱりと言った。私を真正面から見つめている。私は幼少期から開心術に長けた子どもだったので、その事実を知っている人間はあまり積極的に目を合わせようとしない。当然だろう。ドラコは逃げ回ることも少なくなかった——今はそうでもないようで。弟の閉心術は、特に私が少しばかり
「僕はもう子どもじゃあない。アストリアも同様だ。スコーピウスはまだ赤ん坊だけれど——それでも
それはそれとして、今のドラコは心を閉ざそうとしているようにも見えなかった。私と似ていて、少しだけ色味のつよい薄青を、無言で眺める。
「僕たちのことは僕たちで話すよ。あなたにはあなたが対処すべきことがあるように」
開きっぱなしだったビードルの物語を閉ざして私は足を組んだ。
「甘えておけばよいものを」
「十三歳の頃までならそうしたかもな」
ドラコが鼻を鳴らした。
「おかげであなたは石になった」
「なんだ、しっかりトラウマか?」
「わりとね」
茶化して流せる雰囲気でもなさそうだ。「世話を焼くのも楽しいのにな」ぼやきながら立ち上がる。何度も何度も読まされて、頭から最後まで一言一句暗唱できる童話——もっとも、ここ数年はデルフィーニも読み聞かせには飽きたようだけれど——を棚に戻す。
「父上と母上と本気で揉めて落ち込んでたくせに」
「生意気な弟だなァ」
私はうすく笑う。
「その方が楽しいんだろ」
ドラコは半眼で返した。よくご存じだ。
マ確かに、弟夫婦は自分たちが原因で他の家族がギスギスしている方が気にしかねない。父母に仲直りの食事会のお誘いでもしてくるか——いや私自身が落ち込んでいたからではなく。ないが。ないんだよ。
ないと言ってるだろ。
グレイバック襲撃が消えた弊害
「男ってどうやったら付き合ってくれると思う?」
これは据わった目のミズ・トンクス。血縁上は我が従姉君、家系図上は赤の他人。
彼女はここ数年、ルーピン教授にアタックしては砕け続けている。最初のころはミズ・トンクスはいつ諦めるのかなと思っていたが、最近はルーピン教授がいつ根負けするのか気になってきた。とはいえあくまでも外野でたまに見かけてへえの顔をするぐらいがちょうどいい。他人の恋愛とか正直どうでも……うーん……いやどうでもいいな。心底どうでもいい。
どうでもいいのだが彼女も相談先がないのだろう。人狼に対する偏見は未だ根深い。諦めろと諭す方がまだ常識的な反応だ。諦められるならばそもそも年単位で足掻いていないのもそうだ。
私が知っている理由はシンプルである。満月周期で毎回体調を崩してトリカブト系の魔法薬を常飲する症状なぞ、そうはない。
そもそも当時の私の知識が同年代と比較しても豊富で優れていたのは大前提として(大前提だが?)スネイプ教授は教授室に質問に訪れた私が気づくことぐらいわかっていように、私の目前ですら脱狼薬を煎じることをやめなかったので、明らかに故意だった。ルーピン教授は文句のつけようがないほど有能な人材だったので、頑なに無視し続けていたらば、心底残念そうな顔をしていた。残念そうな顔をされてもと思う。
話を戻そう。ルーピン教授と付き合う方法である。人狼への偏見をよく知っているのは、当然ながら人狼本人だ。家族や友人・恋人も感染のリスクと不理解の目に晒される。頑なに拒む態度は理解できる。
理解できるので。
「一晩一緒の部屋に閉じ込もって既成事実で脅すのはどうです」
そんな相手に正攻法って面倒ではとスリザリン的には思う。
「レギュラス」
「僕のせいではありません」
ところでここにはブラック兄弟もいらっしゃる。ルーピン教授とベストフレンドな片方と特に親しくはなかったが同年代なので比較的俯瞰して分析できるもう片方。
「ルーピン教授生真面目なので罪悪感で確実にいけますよ」
「そうだね。そうじゃないんだよね」
ミズ・トンクスはすっかり頭を抱えてしまった。
「リーマスは、とはいえ逃げ道を塞ぐと自分を悪者に仕立て上げる方に追い込まれかねないからおすすめしない」
シリウス・ブラックが渋面を浮かべた。
「あいつは根っこが自罰的で悲観的だから」
「大の大人のカウンセリングは門外漢が額突き合わせているよりは管轄の人間がどうにかするべきでは?」
「私はどちらかといえば管轄されていた側」
「ああはいはい」
レギュラスは私よりもよほどどうでもよさそうだ。
「もうここまできたらリーマスは私に魅力を感じないだけなのかもしれない」
「それだけはないから安心してくれ」
発言者のシリウス・ブラックに皆の視線が集まった。彼はニコッと笑って「さておき」話を逸らした。明らかに故意で口を滑らせていた。
……さて。はて。ルーピン教授の懸念とは、要するに周囲の目や、人狼の感染力について。
周囲の目は長期的に改善していくしかなく、尽力したところでゼロにはできなかろう。グレイバックは悪名高いが、彼ほどでなくとも彼の言動に賛同する人狼は未だ隠れ潜んでいる。これから先も生まれるだろう。屈折するに足る環境も揃っている。最近人狼登録法の改正案が上がった(人狼の雇用条件の緩和と、魔法薬購入費に保険がつく)ものの、通ったところでどれだけ改善されるやら。
それはそれとして。
人狼としての懸念以外――つまり、ミズ・トンクスの人格だとか――は別に嫌ではなさそうだな、とは、私も薄々思っていたことだ。誰かさんの発言でほぼ確定した。
あとまあミズ・トンクスは家系図上は赤の他人だけれども、血縁上は私の従姉だ。
「――結論として、完全な人狼状態で性交でもしない限り子どもが人狼になることはなくそもそもその場合どうにしろ九割九分母体も死にます」
というわけでちょっと論文片手にルーピン教授を説得してみることにした。
「私はどういう講義を受けて……?」
心底複雑そうな表情を浮かべたルーピン教授がふいに眼差しを落とした。彼にしては珍しく、険しい目つきである。
「……それ、情報源どこかな」
まあ結論があるということは当然これを証明するまで積み重ねられた実験があるわけだ。
「非人道的な研究を確認したければマーリン時代の文献を探るのが楽ですよ」
ありがとうカンタンケラス・ノット。おまえがかき集めた史料は巡り巡って私のもとで様々なことに役立っているよ。
魔法界初のテレビ放送が行われる一年前
「そういえば僕先週からチョウと同じ会社にいるんだけど」
デイビースがまた頓狂なことを言い出した。酔いが回ったのか若干眠そうな顔をしていたディゴリーが目をまたたかせた。
「先週から?」
「またヘッドハンティングされたのか」
「またって……ふつうに誘われただけだよ」
あいにくと各員の表情を見る限り、今回はウィーズリーズですら私と同意見のようだが。
「ロジャー、君、胸に手を当てて考えてみろ、今まで一年以上同じ会社にいたことあるか?」
「でも全部の会社の飲み会未だに参加してるから実質全部勤続してるようなものだろ」
「実質の使い方が雑すぎる」
「こいつの人付き合いの能力もなかなかの化け物だろ……」
「マルフォイが化け物とかいうレベル」
ウィーズリーの頭をまとめてしばいた。まるで私が化け物前提のような言い方をするんじゃあない。「僕は巻き添えだろ!」片方がわめいた。生まれたときから分裂しているなら連帯責任に決まっている。
「いるんだけど」
デイビースは強引に話を戻した。
「そもそもチョウってどこの会社だっけ?」
「日刊予言者新聞社管轄ラジオ放送局」
相手側からスカウトが来たとか小耳に挟んだ覚えはある。もとを辿ると原因は私かなあと思って、迅速に忘れ去ることにした。
ちなみにこの点リー・ジョーダンはラジオ放送局を自力で立ち上げた。双子とつるんでいただけあって起業が趣味なのかもしれない。
「うちの会社今、魔法界のテレビ放送計画してるんだけど」
「言っていいのかそれ」
「マルフォイがいる時点で隠し通せるわけないんだからさっさと根回しした方が早い」
デイビースは涼しい顔でグラスを呷った。私をなんだと思っている。
「マルフォイを一回通しとくと純血貴族の反発少なそうだろ。W.W.W.の利用者はアーリーアダプターが多いから一般層を抱き込みやすい。セドリックは理由つけてホグワーツにテレビ入れられないか? 学校教材の視聴に用いるとか使えると思うんだけどね」
「協力するとは一言も述べてないが?」
「でも君、魔法界式コンピュータの研究事業に投資してたよな? コンピュータにディスプレイは必須だろ」
私は黙った。
「俺たちはついでか?」
「悲しいねえ、利用するだけ利用してポイかい」
「W.W.W.のCM優先挿入」
「あいにく店は充分繁盛していて——」
「三号店は海外に出店するんだっけ? 海外放送の伝手あるぞ」
ウィーズリーズも黙った。
「僕のメリットはなんにもなくない?」
「チョウが企画の部長に抜擢された。この件終わらないとたぶんマジでろくに帰れない」
ディゴリーが突っ伏した。
こいつだけ利益の提供ではなく不利益の相殺なのは私でも哀れだなと思う。
「……仕事できる妻って最高だと思わない? 思うよ? 僕も思うよ? 思うんだけどさ」
「それ本人にグチグチ言わないあたりは君も最高の夫だと思うぜ」
「まあ代わりに俺たちがグチグチ言われてんだけどな」
「愚痴なのか惚気なのかはっきりしろよ」
「そろそろ片付けるか」
「マルフォ〜イ露骨に飽きて帰ろうとするな?」
おまえたちのように物忘れの激しい一般人どもはすっかりと失念しているのかもしれないが、二十回は同じ入りの話をしているからな、こいつ。
「子どもどうしてんの? まだホグワーツ入学してないだろ」
「平日は僕も通いでホグワーツ教師だから、日中は実家に預けてるかな……こないだ父さんとサーモン釣ってたよ」
「バイタリティ」
ディゴリー゠チャン夫妻の下の子はまだ三歳である。釣れるのかサーモン。
「あのね弁明しておくとチョウも娘たちとちゃんと接してるからね、それ以上になんか仕事が振られるわ降ってくるわ自分でも取ってるわなだけだからね」
「その話も十回は聞いた。なんなら二度の妊娠中どちらもふつうに働いていたことは十五回は聞いた」
「僕は休んでほしかった……!」
「そうだな」
もう面倒になったので私は適当に相槌を打った。
まあ休んでほしいというディゴリーの言い分は正当ではあると思う。それで止まるならチョウ・チャンはポッターに噛みつかないし友人を取って学校一のハンサムと大喧嘩しないだろうしホグワーツ放送二代目も務めなかったろう、というだけで。
魔法界はなにせ大半の不調が魔法と魔法薬でどうにかなるので無理が利くのだ。それは利いていい無理なのか?
「それもこれも産休も育休もないこの社会が悪い……!」
「雑に社会全体を呪うな」
せめて魔法界に留めろ。
「そのへんの労働の社会保障って今グレンジャーが起草してるんだっけ?」
「そーだな、党全体で押し上げ政策」
義兄として一応詳しいのか、ウィーズリー(どっちかな)が空のグラスを振りながら回答。
「まあ当のハーマイオニーはそれこそローズ妊娠中にバリバリ働いてロニーチャンを青ざめさせてたけどな」
「毎日送迎して今はローズの子育てを一挙に担うロニー坊や、わりとマジでお前さんそんなに立派になってって感じ」
「ハーマイオニーも手厚いサポート前提にしたって官僚で公私両立はすげえよ、現在なんと上級次官」
「つまり一アンブリッジ……!?」
アンブリッジを単位にするのはさすがにグレンジャーに失礼だろ。
「と、いうか僕とチョウは言ってもどっちも実家が頼れるからまだましなんだよ。一応、かろうじて」
ディゴリーが据わった目でつぶやく。
「子どもを預ける先もなかったら、僕かチョウのどっちかは仕事をあきらめることになってる。実際、母さんは僕がホグワーツ入学するまでは専業主婦だったし……」
「セドリックどこトリップしてんの?」
「ハーマイオニーみたいなこと言ってるな」
好き勝手言う外野をよそに私はコートにチラと視線を向けた。なんだか早急に帰りたくなってきた。無性に嫌な予感がする。
「成り行きとはいえ、教鞭とってると思うことがあって……放置子だとかだとそもそも基礎学力も危うい子が……」
言いながらディゴリーがふと机の木目を熱心に見つめ始めた。思考のような間が数秒。私は限りなく気配を消して、ハンガーラックからコートを抜き取ろうとした。
「レグルス君今暇だよね?」
この男、肝心な時に目ざとくて本当に嫌になるな。
「忙しい」
私は振り返りもせずに吐き捨てた。
「今年からデルフィーニが入学したからホントに暇だよね?」
「忙しいことになった」
「ひとつ協力してほしいんだけど」
びっくりするほどまるで無視。
「魔法界の未就学児の子たちが主にどういう家庭教育を受けているのかうまいこと統計取れたりしない? 少なくとも純血貴族は君の方からなら回せそうだ」
「しない」
「そのデータを元にいわゆる初等教育の基礎を作りたいんだけど」
「やらない」
「やって」
吊るすぞ酔っ払い。
傍観者たちは私とディゴリーを肴にしてないで止めるか間に入る素振りぐらい見せたらどうだ。どうぞどうぞのジェスチャーをするんじゃない。ディゴリーよりも先におまえたちから吊るすべきか?
「私は好きなことだけ研究して過ごしていたいんだよ。貴族を働かせるとは良い御身分だな」
「でも君って有能な人材の発掘は好きだろ」
「……」
あるいは未就学児学習支援団体【篝火会】が立ち上げられる二年前
「焚火じゃないところにマルフォイの抵抗が垣間見える」
「そもそも焚火会は出戻りしたディゴリーが立て直しただろうが。二つも三つも要るものかよ」
「ホグワーツに就職するのを出戻りって言うのやめない?」
ふたりのデルフィーニ
「ヴォルデモートの娘にデルフィーニって人がいたんですって。いまアズカバンらしいけど」
「そうだな」
実際〝レストレンジ〟を監獄に叩き込んだのは私なので知らぬふりをできるはずもなく、私は素直に肯定した。「わたしと同じ名前ね」デルフィーニがつぶやいた。
「わたしってヴォルデモートの娘なの?」
デルフィーニの世代はかの帝王の猛威を知らないから、畏怖も反発心もなく、ごくなめらかにその名称を口に出す。
ところで誰から聞いたかな。ホグワーツの内部までは私も把握していないし、ディゴリーはある程度気を配っていてくれているようだが、それでも隅々まで知り尽くしていたらばもはや監視に値する。
「ユーフィミアは父も母も死んだと言っていたの。わたしたぶんスリザリンの血を引いているんだわ、蛇と話せるってそういうことなんだって。最後に蛇と話せたのはハリー・ポッターだけれど、今は無理なのですって。それで、その前は、ヴォルデモート」
私はしばし思考を巡らせてから「まあ血縁上は間違いなくそうだな」とこれまた肯定した。デルフィーニはすこし眉を寄せた。不満と評するには幼い仕草だった。
「なんで引き取ったの? ヴォルデモートになってほしくないから?」
「そのへんはどうでも」
胡乱な目で見られた――どう考えても一切信じていない。しかし事実だ。
仕方なく私は付け加えた。
「帝王ならばまだしも、自分より半分以下の歳の子どもの計略程度、かんたんに潰せる」
「……。そうね」
おい、実質の育て親に向ける眼差しじゃないからな、それ。
「でも、それならどうして引き取ったの?」
どうして。どうしてと言われてもな。
広げていた新聞を一度膝に開いて、腕を組む。天井を睨む。華美なシャンデリアが吊り下がっている。ブラックの使われていなかった別荘を清掃して住めるようにしただけなので、前の所有者の趣味がそこかしこに散らばっている。それにしてもこのシャンデリア目に痛いな。どこかに移すか。
現実逃避よし、と。
……そもそも私とて、最初はせいぜいが顔見知り程度、なにかあった際の橋渡しレベルの交流を想定していた。引き取るつもりなぞこれっぽっちもなかった。闇の帝王の落とし胤などさすがに爆弾が過ぎる。なにより私自身子どもは得意ではない。
のだが。
「……そもそも理由とかいるか?」
「……あってほしい」
デルフィーニに眼差しを戻すと、彼女はシャツの裾を二本の指だけで握りしめていた。しわがくっきりとつきそうだ。あとでアイロンをかけさせるか。
「ユーフィミアのもとにいたときと、私のもとにいる今、どちらの方がいい?」
「そんなの、答えはひとつじゃない」
「私が引き取った理由はそれだよ」
「……レグルスには関係なかったわ」
「そうかもしれないな」
デルフィーニはしばらく黙っていた。話も終わったかなと私は手元の新聞に眼差しを落とす。すぐに読み終えたので、畳みつつ立ち上がろうとすると、膝頭のところに手を置かれて、座り直させられた。仕方なくソファに再び腰を下ろした。デルフィーニが脛のあたりに寄りかかった。
「カーペットに直に座るな」
「小舅」
「どこでそのような言い回しを……」
ウィーズリーどもか? やはりあいつらは存在自体が教育に悪かったかもな。次から出禁にするか。
「……父母はどうしてわたしを作ったのかしら」
足元で少女はぽつりとつぶやく。
「同じ名前までつけて——まるでスペアみたいね」
……その点は、まあ、いろいろとややこしい。スペアがどちらかといえば真の〝デルフィーニ〟はこちらのはずで、とはいえ先行していたのは〝レストレンジ〟であり、辿るべき道筋だったという点ではあちらの方が真やもしれない。かといって片方が偽や予備、ということでもないだろう。
とか。けっきょく、今のデルフィーニにはすべてが無関係だ。
「改名するか? スピカとかどうだ、鋭くて強そう」
「レグルスはどうしてたまに途轍もなく変なの?」
思春期の子ども、難しいな……。
アルバスの初恋
今回の騒動は、ブラック邸に顔を出しに行ったハリーが数時間たっても帰ってこないので「きっとまだ揉めてる!」業を煮やしたジニーが子どもたちを連れて乗り込んだことに起因する。
アルバスとしては、シリウスおじさん(おじいさんでもいいぞと彼は言うがおじいさんの歳には見えない。白い髭も生えてないし)はすごく優しくてかっこいいおじさんという認識だ。アルバスもシリウスおじさんと遊ぶのは好きだ。おもちゃも買ってくれる。たまに両親(つまり、ハリーとジニー)に甘やかさないでくれと叱られているほど。とかく甘いので、レギュラスには効かなくても説得要員にはもってこいなのだとか。シリウスの弟レギュラスのことは認識しているが、いつも無表情なものだから、アルバスはちょっと怖いなと思っている。これは秘密。
ドローイング・ルームには、アルバスにとっては見知らぬ人がふたりほどいた。片眼鏡をかけたプラチナブロンドの男と、銀髪の少女がソファに並んでいる。男の方は熱心に本を読んでいる一方で、少女はつまらなそうに髪をいじっていた。
「わーお、あの男、誰かと思ったらマルフォイだ」
ボソッとつぶやいたのはジェームズだ。「マルフォイ?」兄の背にとびついて、リリーが尋ねる。ジェームズはお兄さんぶってリリーを背負い、指を立てた。
「レグルス・マルフォイ。プライマリースクールの偉い人だよ」
「一番偉いのはディゴリー先生だろ?」
「そうだけど、おんなじくらいね。でもディゴリー先生と違ってすっごく愛想が悪い、挨拶のときだってにこりともしない――リリーはまだしも、アルバスだってスクールに通ってるのにまだ見たことないのか! おっくれてる!」
「うるさい!」
ひそひそ囁き合う子どもたちに「大人しくしていてね」とジニーは申しつけ、つかつかと男――レグルス・マルフォイ――に歩み寄った。彼は本からようやく眼差しを外して、ジニーに軽く目礼した。
「どうもミズ・ポッター。お呼び出しでもかかったかな」
「ミズじゃあリリーも含むのだから、ミセスでよろしくてよ」
ジニーはつっけどんに言った。「それもそうだな」レグルスは大して気にした様子もなさそうに紙面に視線を戻す。
「今度は何の話で時間がかかっているの? 今日は実家で夕食会だっていうのに……久しぶりにパーシーも来るのよ」
「またリスト漏れの不動産が出てきたらしい」
「……ほんとに何度か聞いた話ね。いくつめ……?」
「四」
「なんで土地や家の存在をそれもいくつも忘れられるの」
「王族を自称するだけはあったのだろうのよ。以前埒が明かなかった際は一軒預かったのだがな……」
「ミスター・マルフォイ、もう一軒引き取るおつもりは?」
「不動産管理はけっこう面倒くさい。建物があるならば住まねば痛む、野山でも手入れが必要だ。下手に放逐もできない。それこそおまえの兄弟なぞに任せた方が早かろう、適当に誰かしら空いてないのか」
「血を裏切る者に任せてよろしいのかしら? そもそも、うちのひとたちがお貴族様の御屋敷の手入れ方法なんて知っているわけがないじゃない」
「かつてのブラック邸大掃除はモリー・ウィーズリー主導だったとお聞きしたが?」
「監督にシリウスつきでね。……私たちが揉めても意味ないわね」
「そうだな」
大人たちがなにやら難しい話をしている一方で、アルバスの視線は銀髪の少女に釘付けになっていた。
「あの子は?」
「え? 知らない。誰だろ」
ジェームズはあっけらかんと言った。
「お昼までに終わってくれるって話だったのに」
「サンドイッチは貰っただろ」
「フローリアン・フォーテスキューが新しくジェラートを出したのよ、食べに行きたかったの! もう四時よ」
「夕食後に行くか?」
「あそこの閉店は六時。間に合わないわ」
大げさに嘆息した少女は、流れてきた銀髪を耳にかけ、彼女はそこで初めてアルバスからの眼差しに気付いた。気まずげに居住まいを正し、こほんと咳払いする。
「あー、その、はじめまして」
アルバスは耳まで真っ赤になった。ウィーズリー家の人々は感情が耳に出る。アルバスはその特徴を色濃く受け継いでいる。
兄弟のいつもと違う様子に気付いたジェームズとリリーは、赤毛の少年を二度見した。
「お、お姉さん恋人いますか」
「えっ」
少女はあっけにとられた表情を浮かべた。
ジニーが目を白黒させた。
視界の端ではそっぽを向いたレグルスが咳き込んでいる。
「ええと……そうね、恋人はいないけれどわたし年上が好きなの」
「年上……!? ど、どのくらい」
「どのくらい!?」
「フッふふだめだこれ」
レグルスはソファで身体を畳んで小刻みに揺れ始めた。「ひ、ひとのアプローチを笑うものじゃないわよ」「笑っているおまえが言うな」そこにちょうど応接間の扉が開き、疲れた表情のハリーが顔を出して、謎の光景に目を丸くした。
「なんだいこの状況」
「おや、ジニー。可愛い我が孫たちも。来ていたなら教えてくれればよかったのに」
「孫ではないでしょう」
ハリーに続いてシリウス、そして最後に顔を出したレギュラスを少女はぴっと手で示した。
「レギュラスぐらい」
「なんの話かな?」
レギュラスが鉄面皮を崩すところをアルバスは初めて見た。鳩が豆鉄砲を食らったよう、とはまさにこのような表情を指すだろう。
「アッハッハッハ!」
レグルス・マルフォイはとうとう爆笑しすぎてソファから滑り落ちた。
いつもそうしていれば面白いのにもったいない、とはのちのジェームズ談。
「君はそうだ、アルバス・ポッターだ」
「そうだよスコーピウス・マルフォイ。僕はポッタージュニア、英雄の息子さ。スクールでもすっかり聞き飽きた……」
「デルフィーに初対面で告白してフラれたってほんと?」
「待って、待って、ちょっと待って、いいかスコーピウス、フラれたっていうのは語弊があると思うな。つまり僕がこれから五十ぐらい歳を取れば望みはあるってことだと思う」
「そうかな」
「スコーピウスが魔法史好きになったのも若干妙な性格になったのもレグルスのせい」
「もとからだろあの子は」
「そもそも乳幼児と接するたびに百パーセント泣かれてたあなたがデルフィーはともかく一体全体どうしてスコーに懐かれたんだ?」
「私が知りたい」
「父親に似たのではなくて」
「「……」」
「……アストリア。ちょっと。兄上は笑うな!」