ダンブルドアはよく覚えている。みぞの鏡の前。顔が爛れ、呼吸もままならないクィレル。倒れ伏したハリー。
ハリーが取り落とした賢者の石を弄び、男は振り返った。灰色のローブ。黒髪と冷めた瞳をダンブルドアは覚えていたが、正しく思い出すにはいくぶん時間がかかった。
「ダンブルドア。ポッターはこのとおり」
男は言った。足を向けてハリーへの道を開ける。少年はうすく呼吸を繰り返していた。気を失っているだけのようである。額には稲妻型の古傷に加えて擦過傷、頬には切り傷と打撲、眼鏡は割れていた。
続いて、男のもう片方の手が掲げられた。小瓶だ。
「命の水、案外簡単に作れるものですね」
「レギュラス」
「何滴かあげました。彼らにね。ポッターはもう充分でしょう。クィレルは……もう少し必要かな、さすがに死んでしまいかねない……」
「レギュラス、君は——」
マルフォイ邸に住み着いたミミズクについて、スネイプが報告を上げたのは、もはや十年近く前に遡る。魔法力の暴走がなかなかうまく収められなかったため、歳遅くしてお披露目となったマルフォイの長男——がよく連れているペット。
セブルス・スネイプはきわめて優れた閉心術者だ。優れた閉心術者は優れた開心術者でもある。マルフォイ邸のミミズクが単なるミミズクでないことを、スネイプは、名目上飼い主の少年を除いて唯一知っていた。迅速にダンブルドアに連絡したがために唯一ではなくなったが。
レギュラスは、かつて同寮で、同じ思想を共有していた先輩を覚えており、ホグワーツではわざわざスネイプのところにやってきては食事をたかっていた。バレていると把握しているがゆえの所業である。図太い。
「——どちらのつもりじゃ?」
マルフォイの子どもは賢く、かの家らしい教育を受けているようだが、しかしまだこどもだった。過剰な思想の傾倒も見られない。レギュラスはその立場を悪用しているわけではない。
しかし、それだけでレギュラスを善と断じるには、ダンブルドアは、手痛い失敗を繰り返しすぎていた。きっと善であろうと信じようとした結果が、アリアナ・ダンブルドアであり、マートル・ワーレンであり、その先に積み重なった屍の数々である。
「帝王を仰ぐつもりはもうありませんよ。あの人へ抱いた幻想はとうに消えた」
レギュラスは答えた。
「かと言って、あなたにつく、と簡単に述べられはしないものですが……そうですね……ひとまず、クィレルはこちらで引き取ります」
賢者の石は無造作に投げられた。ダンブルドアは正確にその小石を受け取った。手中であかくひかる。確かに、間違いなく本物だった。
レギュラスはクィレルの口に小瓶を押し付けて、傾け、半分ほどを注いだ。
爛れ、黒くねじ曲がり、この世のものとも思えない形相だった皮膚が、少し——変化する。ただの火傷の如く。
クィレルの喘鳴は止んでいないが、息ができているぶん、先程よりはマシなようだった。
「助けるというのかね」
「動かせる人員が欲しかったので。ちょうどいい」
まるで落ちているものを拾うように、クィレルの片腕を掴んで、引き上げる。「本人の同意も取りました」あまりにもあっけらかんとした口振りだった。
「それにダンブルドア——殺人の罪は子どもに背負わせるものではない。たとえ本人が感知しなかったとしてもね」
レギュラスはダンブルドアに一瞥を投げて、口端だけを上げた。
「しかしあなたがあまりにも膨大な荷物を背負っているからといって、わざわざもうひとつ、増やす必要もない」
ヴォルデモートに屈し、罪なきユニコーンを殺した男。その血にくちびるをつけて呪われた。愛の魔法。あるいはヴォルデモートを排する呪い。どうか生きてくれとかけられた純粋な願い。
ユニコーンの血を欲したのはヴォルデモートである。古代魔法、母の愛の排除対象はヴォルデモートである。
クィレルではない。
すべての呪いが命の水により灌がれる。
「彼の頭部に、亡霊はもう巣食っていません」