レギュラス・アークタルス・ブラックは、闇の帝王に心酔していた。かの帝王のためなら己の命まで捧げられた。揺らぐことなき真実である。
「レギュラス——もうすぐ生まれるの」
ナルシッサの腹は臨月の膨らみを宿している。
「獅子座の一等星、Regulus。あなたの名前をつけても良いかしら」
「……僕の名前とて、大叔父上からいただいたものですよ」
「わかっておりますとも。とはいえ、わたくし、かのお方にはお会いしたことがないの。あなたに許可を取るしか、ね?」
レギュラスはすこしだけ首を傾げた。薄い色の瞳がまたたいて「問題はありませんけれど」頷く。
「僕の名前が——少し不思議な気分です」
やがて赤子が生まれた。プラチナブロンドの髪はマルフォイ家によく見られるそれである。手掌把握反射がレギュラスの指をつかむ。
「……もしも兄上がグリフィンドールでなかったら——」
レギュラスは口をつぐんだ。
もしもかのシリウス・ブラック、ブラックの長男がスリザリンに組み分けされて、純血貴族ブラック家らしいひととして育っていたら——レギュラスではなく、シリウスの名前こそが。
「無意味な仮定だが……そうであったとしても、君に頼んだだろう」
ナルシッサはそのとき、初産の疲れで、眠っていることが多かった。ルシウスはレギュラスのおっかなびっくりの手つきに笑って、赤子を預かった。ルシウスもまた負けず劣らずおっかなびっくりではあった。
「Regulus。王の意味を持つ名前だ。この身分として、また験担ぎとしても相応しい。一方でSiriusは——光り輝くもの、焼き焦がすもの……眩しいまでは構わないが、輝きで自他もろとも焦げてしまいかねないのは、少しな?」
赤子は未だ彼らの言葉を理解できていない。眼差しは茫洋とレギュラスを見ていた——生まれたての赤ん坊の視力はきわめて低く、ものを視認する能力は、時間をかけて養成される。ゆえに、おそらくそのとき、赤子はレギュラスの顔を捉えられていなかったのだが——
——うすいいろの瞳が、レギュラスを、見ていた。
レギュラスはそのように思った。
「生きてくれよ。大人になったこの子に、君の武勇伝を聞かせてやらねば」
かの帝王のためなら己の命まで捧げられた。我が君のためにすべてを捧げられた。その決意はそのときなにも変わらなかった。
「——できうる限り、でしょうか」
とはいえ、それはそれとして——ちょっと延命の手段を増やしてみてもよいのかなと、レギュラスは思った。闇の帝王のため動くにしても、手が多いに越したことはないわけだ。
今し方引き合いに出した、レギュラスのひとつ上の兄。既に道を違えてしまった男。彼は学生時代、悪友たちと獣に変化しようと日々練習していた。そしてそれが成功していた。レギュラスはそれを知っていた。少しだけ。なにせ見ていたので。
一九七七年、肌寒い秋の日のことである。
その一年後にレギュラスは、完全に、人ならざるいきものに転じることに成功し——
——それは、凍てつくほどに寒い湖の中央から、彼が亡者の手より逃れるに足る手段と化した。
人々の命運を定め、切り分けるものとは、なんであるか。
才能であろうか。努力であろうか。人脈であろうか。信念であろうか。運命であろうか。
——偶然であろうか。
レギュラス・アークタルス・ブラックは、誰に助けられたわけでもなかった。誰が助けてくれたわけでもなかった。
レギュラス自身に——ほんの些細な、ごくわずかな引っかかり、たった一匙ぶんの生き延びるための理由。
ひとつだけ増えていただけだった。
それだけのことである。
それだけのことでしかなかったのだ。