【完結】獅子座α星が、ふたつ   作:初弦

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再編なんだから各話もうちょいかっこいいサブタイトルに差し替えられたんじゃないか と 今更気づく 手遅れ おまえはいつもそうだ……


アズカバンの囚人(のはず)
夏季休暇中に裁判とか出たくない


「——これはこれは、ロックハート先生」

 ルシウス・マルフォイが声をかけた先には、ライラック色のローブをまとった魔法使い。

 ホグワーツ城から現れた男に、ロックハートは振り返り「……ええ! やはり私の輝かしいオーラは隠せませんね。あなたは——私のファンですかね?」笑顔で言った。

「いえいえ」

 この〝いえいえ〟は相槌のようでいて否定の意図である。ルシウス・マルフォイはそういう言い回しが非常に上手かった。さすがは狡猾。

「しかしあなたのお名前は、非常によく聞き及んでおります。息子たちがホグワーツに通っているので——」

「それはそれは!」

 双方、主に暴言を吐いていたがそこは伏せるとして。息子たちは健全に育ちつつあるが(とても健全だとルシウスは本気で思っている)あの口の悪さは誰に似たのか、とその点だけはしみじみと憂慮していた。たぶんどころではなく父親似であろう。昨年アーサー・ウィーズリーを煽りに煽ったのはどこの誰かという話である。

「とはいえ、私ほど優れた教師と出会ってしまえば、美辞麗句が並べられるのも当然でしょう。お父様、どうか気を落とされるな」

 ロックハートはルシウスの言葉をきわめてポジティブに捉えた。流れるように自らを持ち上げ相手を貶める物言いに、ルシウスとてちょっとくらいは腹が立ったが、一旦無視することにした。

「しかしミスター・ロックハート、あなたはホグワーツは退職なさるとのことですが……」

 退職に追い込んだ元理事の白々しいこと極まりない言葉に「……そうですね! 耳が早い方だ、いや、私ほどにもなれば噂話も留まるところを知りませんからね。当然でしょう」とはいえ退職勧告された教師本人には、どの理事が退職を迫ったのかは伏せられていたので、ロックハートは気づかず頷いた。

「なにせ、一処ばかりに留まっていてはあまりに勿体ないほど、私は数々の優れた才能を持ち合わせていますので」

「なるほど、なるほど。確かにそのとおり。あなたは優れた才能をお持ちだ——マルフォイたる私としても、お力をお借りしたいぐらいのね」

「なんと、ではあなたがルシウス・マルフォイ! ドラコくんがお父様のことをよくお話してくれましたよ」

 レグルスは初回授業から目くらまし呪文を使う暴挙を行い、そこからも遭遇自体を避けに避けていたらしいので、ここで名前が出るはずもない。一方でドラコはしょっちゅう捕まっていたらしく、手紙でもロックハートを引き合いに出してしばしば嘆いていたため、こちらについてもルシウスは把握している。

「息子はあなたについて評価していました、特に——」

 心得たとばかりのロックハートが言葉を続ける前に、ルシウスはぬるりと歩み寄った。杖腕を押さえて杖先を突きつける。

 彼の長男は無駄と無意味と無能を激しく嫌う一方、他者の優れた点は評価する。教職としてのロックハートは確かに無能極まりなかったが——あくまでも、教職として評価するなら、だ。

「——巧みに相手から自慢話を聞き出す話術。それを自らのものとして信じさせ、エンターテイメントに仕立て上げる手腕。そして、忘却呪文の腕前をね」

 チャーミング・スマイル賞を五回連続で受賞した好青年のスマイルが、凍りつき、抜け落ちた。

「先ほども述べましたが……私としても、あなたのお力は是非ともお借りしたくてね。もちろんお引き受けくださいますな——その所業、まさか魔法界中に暴露されたくはありますまい?」

 ルシウスはきちんと反省したのである。息子たちが危険に晒されかねない方法はよろしくない。策の余波で長男は石になり、次男は一瞬の油断で即死しかねない化物と戦う羽目になった。ルシウスとしては、我が子には英雄となって華々しく散るよりは平穏に長く生きてほしいと思っている。ドラコに本気で詰め寄られ、レグルスにも再三釘を刺されたように、あのような手段は二度と用いるべきではない。

 しかしルシウスはただでは起きないので——使えそうな手駒は確保しておこうと思う。

 確かに初対面でも薄々察せれられるように、教職にはまるで向かない男だが、要するにすべては適材適所。ホグワーツも辞職するのであれば、息子たちに害が及ぶこともあるまい。冷徹な皮算用により、本来あり得ざる被害者がここに爆誕した。

 愛にあふれる家庭を築きつつもしっかり死喰い人(Death eater)やってた男、なまじ最初から愛を知っているだけに更生の目処がいまいち立ちそうにない。

 三つ子の魂百まで変わらないとか言いますよね。

 

   ➤

 

 ——なお、今まさに、いかにも悪役の振る舞いを行ったマルフォイ家当主だが。

 この一時間後に飛んできたフクロウ(差出人︰ドラコ。なにせレグルスのミミズクはこのときヒト型と化していたので手紙など送れやしない)により、実は生きていた義従弟レギュラスの生存および大広間での大騒動をまるっと報告され、泡を食ってホグワーツに取って返すこととなる。

 悪人と苦労人の並立、そういうこともあるわけだ。

 

   ➤

 

 シリウス・ブラック。ヴァルブルガ・ブラックとオリオン・ブラックの息子。レギュラス・ブラックの兄。ブラック本家の長男。母上からみて従弟、父上からみて義従弟、私やドラコからみて従叔父上にあたるひと。

 ……いずれも一応。

 一応と補足がつくのは、単純に、当該のシリウス・ブラックの名はブラック家の家系図から抹消されているがゆえである。血縁は変えようがないが、しかし今でも親族関係が機能しているのかは、正直なところ若干怪しい。生臭い話を出すとたとえば相続だとかのことである。

 世間的な認識としては、ブラック家の長男でありながら純血主義を厭い、グリフィンドール寮へ入り、不死鳥の騎士団に所属し、闇の帝王の勢力と戦った——のだが何故かポッター家を売り渡して追手とマグル十数人を殺してアズカバンに収監された狂人である。

 さて一方でピーター・ペティグリュー。こちらは、一般的な認知度はシリウス・ブラックには遥かに劣るものの、私は——これまた一応——把握している。まだホグワーツにも通わぬ未就学児のころ、我が邸で手の届くところにある蔵書(未就学児が読んでも呪われる危険はないもの)を読み尽くして暇を訴えていたら、母上が日刊予言者新聞のバックナンバーを三十年ぶんほど取り寄せてくれたために。ポッター家の事件および闇の帝王敗北は当然ながら号外の一面記事だったが、シリウス・ブラック逮捕は、こちらもやはりさすがに一面記事だった——紙面の大半はシリウス・ブラックの悪逆で占められていたが、ここでペティグリューの活躍を掲載しなければマスメディアとして失格だ。

 かつてジェームズ・ポッターやシリウス・ブラックと友人であった人間。シリウス・ブラックが監獄行きとなる決定打。公衆の面前でブラックを追い詰めた果てに十二人のマグルとともに爆発四散し、死体は指一本ぶんしか残らなかった、悲劇の英雄だ——ネズミの動物変化(Animagus)。なるほど。いろいろと納得がゆく。やはり未登録の動物変化(Animagus)はあちこちにたくさん隠れ潜んでいるのでは?

 ……と、まァ。

 自覚はあるのだが一連の思考すべて現実逃避だ。

 確かに私はレギュラスに対して、父母に生存を伝えないのかと何度も尋ねた。尋ねたが、大々的に開示してくださいとはなにも一言も。我が従叔父上はいったいなにがどうなってこのように吹っ切れてしまわれたのか。バジリスク討伐によるハイにしては、私の蘇生までの空白期間が妙である。単に機を狙っていたのか。ペティグリューについてはいつから把握していたのか。放置していたのはなぜか。

 そう。あまりにも大々的な開示だった。

 大広間、学期末パーティゆえ、加えてマンドレイク蘇生薬も無事投与されたために教授陣と生徒全員が揃っていた。つまり公衆の面前でレギュラス・ブラックとピーター・ペティグリューの生存が同時に証明された。

 

 別の言い回しを取ろう。

 不審者が二人ホグワーツに侵入、しかも生徒のすぐそばまで肉薄していたことが、公衆の面前で証明された。

 

 片方は死喰い人(Death eater)、要するにテロリスト。もう片方も十二人爆破の真犯人ならこちらもテロリスト。そろそろテロリストがゲシュタルト崩壊してしまう。

 当然ホグワーツとしてはまれに見る不祥事だ。過去最悪ではないあたり、ホグワーツの歴史の長さとその長い歴史の中で起きた混沌を示している。迅速にレギュラスとペティグリューは隔離され、生徒たちはパーティどころではなく保護者の迎え必須の緊急帰宅と相成った。ポッター等の孤児やマグル生まれ組は教授つきで帰された。当然の措置である。バジリスクが校内闊歩していても執り行われなかった措置でもある。

 このように、ホグワーツにとって大問題なのは自明だが、しかしマルフォイ家としては別の意味で大問題である。なにせレギュラス・ブラックは、闇の帝王の下僕となりながら消息を絶ち、死んだと思われていた男だからだ。そして闇の帝王はおそらくどころではなく生きているからだ。レギュラスはその可能性を知っている。どころか、確信している。

 

 改めて、別の言い回しを取ろう。

 レギュラス・ブラックが帰還した。闇の帝王の下僕、ピーター・ペティグリュー、死んだと思われていた男を手土産として——要約、闇の帝王に真正面から反旗を翻した。

 

 そんな彼が仮の姿で身を寄せていたのが、マルフォイ家。付け加えるとマルフォイの末の息子(つまりドラコ)は、闇の帝王の恐ろしい呪いがかかった日記を破壊する際に一役買った。

 ……闇の帝王が復活したときに真っ先に狙われるのは、そろそろ、ポッターではなく私の家かもしれない。

 このままなにも手を打たなければの話であるが。

 

「——レグルス、顔色が白いわ。貧血でも起こしているかもしれない」

 額に触れた手に、思考整理を切り上げる。母上が私を覗き込んでいた。

 より差し迫った問題は、闇の帝王ではなく、私の眼前にある。同時に、その()()こそが闇の帝王にも繫がっている。

「あなたはただでさえ蘇生薬を飲んだばかりだもの、今からでも——」

「だから、あの、問題はなにも……」

 それはそれとして顔色が白いのはいつものことであり遺伝であり、要するに母上は私を心配しすぎである。むしろ母上の方が青褪めていて今にもこのまま倒れそうだ。

 母上の御心配はありがたいのだが、波乱の学期末パーティからここ数日、一時間に一回この調子ではそろそろ鬱陶……面倒……いえもちろん母上の御心配は非常にありがたいものである。本当に。しかし、少なくとも今このときにそこまでは欲してはいない。心配をかけている身として誠に申し訳ないのですがもうちょっと頻度控えめでお願いできますか。

「私のような未成年者にウィゼンガモットの方々が尋問するとも思えない」

 てのひらを除けつつ弁明する。

「まして被告人でもないわけで」

「ルシウスがあなたを被告人席に立たせるはずがありません」

「言葉の綾です」

 父上ならば実際にありとあらゆる手を使って立たせないような気はする。今は両親の子煩悩よりは目下の事柄に集中するべきだ。

 ようやく離れたてのひらに、息をついて、私は眼前の扉に歩を進めた。

 魔法省地下十階。ウィゼンガモットが支配する法廷において、基本的に、部外者の立ち入りは許可されない。では部外者ではないものとは果たしてどなたなりや。たとえば、裁判を執り行う魔法省高官。陪審員たるウィゼンガモット所属の魔法戦士。被告人。あるいは、証人。

 私は今回、証人として呼ばれた。

 ウィゼンガモットの法廷は重大事件を取り扱う裁判で用いられる。私も踏み入ったのは初めてだ。法廷を一望する。事が事ゆえに吸魂鬼(Dementors)も控えている——母上が私をあれほどまでに心配した理由の一因である。

 

 被告人席には、今回、三人ほど座らされていた。

 レギュラス・ブラック。ピーター・ペティグリュー。

 

 ……シリウス・ブラック。

 

   ➤

 

 ファッジ魔法大臣は私を見て頬を緩めた。

「やあ、ルシウスの御子息じゃないか。彼とはクリスマスパーティでも——」

「大臣、御挨拶は裁判後に」

 即座に制されていた。気のいい方ではあるのだが、しかし魔法大臣の器かというと……父上にとっては都合が良いのだろう。

 咳払いをしたファッジ大臣が「あまり気負わず、楽にしてくれ」と言った。

「お気遣いありがとうございます」

 ひとまず気遣いには気遣いを返すべきだ。目礼した私にファッジ大臣は気を良くしたようである。

「うむ。まずは姓名と所属……君の場合は学校と学年でよいだろう。述べてもらおうか」

「私は——レグルス・セプティマス・マルフォイと申します。現在はホグワーツ魔法魔術学校で教えを受けておりまして、夏季休暇が明けたらば五年次に……」

 ……今更思い当たったのだが、ホグワーツには飛び級制度はないが留年制度はある。私は同年齢の中でも優れているが——自己評価は適切に行うべきだ——三ヶ月ほど石化していたので、その間の授業は受けていない。

 ウィゼンガモットの陪審席を見渡すと、ダンブルドア校長(この場では主席魔法戦士と呼ぶべきだろうか)が私の眼差しに気づいた。

 ……上がれますよね? 内心をこめて確認。

 ダンブルドアは鷹揚に頷いた。

「もちろん、君は五年生に上がるじゃろう。不幸な()()が影響することはあるまい」

「そう仰っていただけて安心できました」

 私の進級問題はもちろんのこと、あれを事件ではなく事故として片付けることにも特に異論はない。事件になってしまう方がマルフォイとしては困る。

「ああ! そうだ、君は病み上がりだったな。体調はどうかね?」

「ご心配には及びません。証言に支障はないものかと存じます」

 秘密の部屋に関する一連の事件は、対外的には、生徒の私物にうっかり紛れ込んだ闇の魔術の品がひとりで大暴走したことになっている。驚くべきことにきわめて正しい説明だった。行間が大いに端折られていることを除けば。

「改めて——」

 先程大臣を制したひとが口を開く。アメリア・ボーンズ。ボーンズ家は聖28一族には選ばれていないものの、魔法省官僚が数多く輩出されている家でもあり、彼女もまた昨年、魔法法執行部の部長の座に就いている。

「——証人は、被告人レギュラス・アークタルス・ブラックの動物変化(Animagus)形態、ミミズクを飼育していた。間違いないな?」

「……。間違いありません」

 一切間違いは含まれないのだが、改めて他者から要約されると些か字面が悲惨だ。

 従甥に飼育される従叔父上。事案である。どういう事案とは言いづらいがとかく事案である。合意なのだが、合意なだけによりひどいという解釈も可能だろう。被告人席に座るレギュラス本人ですらこっそり苦笑している。

「証人は、レギュラス・ブラックという人間について、以前から知っていたか?」

「ええ、もちろん」

 私は即答した。

「母上の従弟で、父上も可愛がっていた後輩、私にとっては従叔父上であり先達にあたる方です。ヴァルブルガ様やアークタルス様——どちらも、数年前に儚くなられてしまいましたが——彼らからも、何度か写真を見せていただいたことがあります。誇りあるブラック家に相応しい方だと」

「過去形ではないのだね」

「……質問の意図を図りかねます。故人を過去形で語るべきとする固定観念についての討論をお望みでしょうか? であれば若輩としてはご遠慮したく存じます」

 ダンブルドア校長がなぜかわずかに眉を上げた。

 ボーンズ部長は動揺の欠片もなく「失礼。この質問はそぐわなかった」と言った。彼女も職務だろう。私も首を横に振るに留める。

 ヴァルブルガ様やアークタルス様は、ついぞ、息子および孫の生存を知らずに逝ったが、しかし私が知っていたことは事実だ。口にはしないが。

「続けよう。ミミズクはいつ頃から飼育し始めたか?」

「私の記憶としては、定かではないのですが……おそらく一歳半前後です。その頃は私の管轄というよりは、邸つきの屋敷妖精(House elf)が主だって世話をしていたようです」

「記憶が定かではない。つまり、一歳半前後という時期は伝聞か?」

「もちろん父母からの伝聞ではあります。とはいえそもそも、邸にある私の写真は一九七九年の頭ごろから、レギュラス……ミミズクが写り込んでいますので。父母次第ではありますが提出可能かと」

「必要があれば後日魔法省から請求する可能性がある」

「留意します」

「質問を続ける。証人は日ごろからミミズクをレギュラスと呼んでいたそうだね。そのように名付けた理由は、正体を知っていたからか?」

「いいえ」

 正体を知るのはもう少しあと。定着した理由は動物変化(Animagus)にコントロール不能な開心術を真正面からかましてしまった結果だが、初期の名付けの由来は、実のところ、別にある。これは私の幼児健忘の範囲外だったので覚えている。

 私としては是非とも記憶から消えていてほしかったのだが。

「当時の私は、発達としては、ある程度の語句を発話するようになったころですが……その……自分の名前を〝他者への呼びかけ〟の意味と勘違いしていて……」

 まあよくある話だ。幼児が自らの一人称代わりに自分の名前を使うだとか、全人類を見分けられずに〝ママ〟あるいは〝パパ〟と呼ぶだとか。ありがちだろう。私にもそのような時期があったのだ。

「ミミズクを〝レグルス〟と呼び止めていたのが……父母もさすがに自らの名前をつけたわけではないとわかっていたのでしょうが、けっきょく暫定的に、レギュラスと名前が……あの、帰ってもよろしいでしょうか?」

「証人、落ち着くように」

 そこかしこから忍び笑いが聞こえてくる環境で落ち着けとは。

「なんとも可愛らしいエピソードじゃないか」

「帰ります」

「証人」

 本気で踵を返しかけたがさすがに止められた。「……取り乱しました」謝罪すると「以後気を付けるように」ボーンズ部長は素気無く言って、続いて被告人席をにらんだ。

「被告人は無許可で発言しないよう」

 今しがた私を揶揄った被告人——シリウス・ブラックが肩をすくめた。アズカバンから移送中に身を整える機会があったのだろうか、長髪は後ろで結ばれて、髭はきれいに剃られている。……アズカバンにいたわりにはずいぶん正気なように見えると思っていたが、未だ吸魂鬼(Dementors)が控えた場でさえも、軽口を叩く余裕すらあるとは。

「質問を続ける。ミミズクの寿命は一般的に十年から二十年ほどだそうだ。証人は、飼育しているミミズクのほとんど変わらない姿を、不審には思わなかったのか」

「特に思いませんでしたね」

 なにせ動物変化(Animagus)なので。

 と、いうだけでは今度は私が不審なので、もっともらしい理由を付け加える。

「魔法生物と交配したいきものが、当該動物の平均例を遥かに超える特徴を発現する例は少なくありません。健康体と長寿もそのひとつではありましょう。そもそも、ミミズクの平均寿命は確かに十年から二十年、とはいえ種によっては三十年は生きます」

 そういう点では、ウィーズリーどもも長寿のネズミを不審に思うことはなかっただろう。たとえばハダカデバネズミなどは三十年生きる。

 ボーンズ部長はしばし間を置いたのちに「次の質問に移る」と言った。

「ピーター・ペティグリュー。証人は彼について以前から知っていたか?」

「シリウス・ブラックに殺害された死人という意味であるならば、認識しておりました」

「彼が生きているとは?」

「それこそ学期末パーティで把握いたしました」

 事実である。どこぞのミミズクはむしろいつからどうやって把握していたのだろう。

「その学期末パーティにおいて、あなたは被告人二人に対して動物変化(Animagus)を解く呪文を使用したとの報告がされている。正体を知らなかったならば、何故その呪文を行使できた?」

 まァ順当に追及されるべきポイントだ。

「あれを使用したのは私ではありませんが」

 私は顔色一つ変えずに言った。

「……あなたではない?」

「私は……僭越ながら、ホグワーツの同学年でも優れている方ではありますが……とはいえ、そこまで高難度の変身術に関わる魔法を、誰からも教わらずに実行など、不可能ですよ」

 これは事実である。

「しかし杖は出していた。これは相違ないか?」

「それはもちろん。というのも、レギュラスが小動物を捕獲して私に献上してきたことはあれまで一度もありませんでしたから。ましてや他人のペットなど」

 これも事実である。

「あのときは、ひとまずトラブルが大きくなる前にネズミを解放させるべきか、と杖を取り出しました——むしろあの状況には私が驚いたぐらいです」

 驚いたのは本当。

「魔法使いはもともと杖無しでも魔法を行使するポテンシャルがありますから、現状を鑑みて、レギュラス・ブラックの仕業とみるのが妥当かと考えておりました」

 ボーンズ部長は私をじっと見つめた。顔色の変化を探られているなと思う。今に至っても開心術はなし。そもそも、証言台に立つ前に、真実薬(Veritaserum)を飲まされることもなかった——飲まされていたとしてもやりようはあったが。

 それにしても、昨今のウィゼンガモットの裁判はつくづく人道的だ。

「……レギュラス・ブラックの供述とは一致してる」

「口裏を合わせている! 私は間違いなく、その子の杖先から呪文が放たれるところを見た!」

 ペティグリューが悲鳴を上げた。

「被告人は無許可で発言しないよう!」

 ハハハ。……口裏を合わせる時間があったらまだよかったな。あいにくぶっつけ本番である。

 当時の状況と現状を鑑みて〝レギュラスの仕業とみるのが妥当〟という結論を最も導き出しやすい証言を述べるのが、おそらく妥当。加えて私の開心術癖について〝警戒されるので伏せるべき〟と警告したのはかつてのレギュラス・ブラック当人で——しかし十五歳に振る無茶ぶりではない。もうすぐ十六歳だがそれでも無茶だと私はとても思う。

「発覚当時、ネズミは激しく暴れていた記憶がありますので、その際に見間違えたのでは?」

「証人。あなたには確かに法廷では質問に回答する義務があるが、その対象に被告人は含まれない。不必要に口を開かぬよう気をつけたまえ」

「申し訳ございません」

 あのときは学期末パーティで御馳走が並んでおり、つまり数々の料理が手元の目隠し代わりとなった。私ともっとも近い席にいたドラコは、私よりまだ背が低く、手元をのぞき込むには私本人が邪魔だ。私の杖先からは確かに魔法が放たれていた。しかしその光景は、真正面にいたレギュラスとペティグリュー以外、いったい誰が確認できただろう。

 さて、私からできる援護射撃はこのぐらいだ。あとは従叔父上——この場に二人いてややこしいな、レギュラスの方——責任持ってどうにかしてください。

 ボーンズ部長は嘆息ののちに眼鏡を押し上げた。

「これが証人への最後の質問になる」

 ……まだなにかあったかな。

「証人は〝マローダーズ・マップ〟に聞き覚えはあるか?」

 本当に全く心当たりのない質問が飛んできた。

 数瞬、思考を巡らせる。

 マップはまあ地図(Map)以外にないだろうとは思うが。マローダーズ……略奪者(Marauder)、の意図だろうか? 語尾にS、ならば略奪者たち(Marauders)? 略奪者の(Marauder's)? 地図の所有格という意味で可能性が高いのは後者だろうか。しかし、既存の単語とはまるで異なる造語ないし固有名詞の可能性もある。

 いずれにせよ記憶に該当するものはない。

「聞き覚えはありません。……なにやら物騒な名前ですね」

 何故かレギュラスが、シリウス・ブラックに対して、いかにも意味深に目配せを送った。横からの視線に気づいたシリウス・ブラックが、レギュラスを振り向いて、べえと舌を出してみせた。

 あなたがた実はわりと仲良いんですか?

「被告人ら。話さなければなにをしていてもよいとは命じていない」

 ボーンズ部長の声にそろそろ辟易がにじみ始めている。

「質問を変えよう。証人は、ホグワーツの全域を観測・記録可能な魔法道具に、心当たりはあるか?」

 ……今度は本気で質問の要旨が理解できないな。

「その特徴だけでは、たとえば、寮の得点を記録する砂時計なども当てはまるかと存じますが——そうではなく?」

「確かに、一理ある。もちろん寮の得点についてお聞きするつもりはない。かつての我が寮が今でも優勝しているならば、それは喜ばしいことだが」

 イギリス魔法省の勤め人がホグワーツ出身でないことの方が珍しい。ボーンズ部長もやはりホグワーツ出身だったようで、私の言葉に、顎を引くようにして肯定を示す。

 

「道具自体は地図の形状をしている。ホグワーツ内に存在するすべての人々の姓名と現在地が、リアルタイムで把握できる機能を持ち合わせている」

 

 ……。

 ……道具には心当たりはないがその現象には覚えがある。つまり〝何故あの双子は私が焚火をしていると必ず察知できるのか〟だ。

 次にあの双子のウィーズリーどもに出くわしたあかつきには、まずは締め上げることになりそうだ。

 

   ➤

 

「「だッッッて君に言ったら取り上げられるだろうが絶対に!」」

 ウィーズリーツインズは悲鳴すらいつもの如く唱和した。

「当たり前だ」

 私は真顔で答えた。

「それほどまでに利便かつ危険きわまりないもの、然るべき人間が管理する必要がある」

「すごいよコイツ。自分には管理できる能力があるんだから便利なものはいくらでも奪っていいって、本心から言ってるんだぜ」

「マルフォイの場合、この言い草で絶対に先生に提出とかじゃないんだよな。懐抱え込んで独占なんだよな」

「これだからスリザリンは」

「なんのことやらわからんな」

 これまた私は真顔で答えた。

「根拠のない言説で人を貶めてはならないとおまえたちは教わらなかったのか?」

「全く心を籠めてないくせにここまで真摯な顔で言ってのけるの、もはや才能だよ」

 ちなみに私は根拠のない言説もコントロールできてこそ一流と教わった。

 もう少し魔法省に残りたいと母上にお願いしたところ——母上は相変わらず私の心身を心配していたが、とはいえ、蘇生したばかりの息子の些細なわがままなので、快く聞き入れてくださった。母上自身も、ここにきてブラック家のごたごたが再発生したこともあって、各所への挨拶周りを行なっておきたかったらしい。母上は現在、ブラックの家系図から抹消されていない人間の中で、ブラック家直系にもっとも近い人間だ——ここでは、死人扱いだったレギュラス・ブラックと、監獄入りのベラトリックス・レストレンジを除く。

 魔法省のエントランスホールで私物の本を読みながら暇をつぶしていたが、案の定、ウィーズリーの一家が半分ほど現れた。アーサー・ウィーズリー(おそらく引率)と、三男から六男が全員だ。やはり、パーシーとロナルドといったネズミ飼育者の他、双子どもも証人として呼ばれていたようだ。

 ウィーズリーの双子は父親となにやら話していたが、私を見て足を止めた。顔貸せと指で呼べば、ひきつった顔で二人とも寄ってきたので詰めた次第である。

「そもそも私の現在位置を把握されている時点で不快だ。おまえたちにそのような権利はない」

「ないとまではないだろ」

「今の状況なんなんだよ。現在位置把握っていうか目の前にいるけど」

 魔法省のエントランスで目潰しはさすがにマルフォイとて問題になるか。

「……第一、そのように利便な道具が手元にあったならば、おまえたちのネズミが別人の名前を示していることぐらい、気づいて然るべきだったのでは?」

 おそらくあの質問の意図は、従叔父上がピーター・ペティグリュー生存に気付いた原因だろうとして——気にかかっていた点に言及すると、双子は途端に顔をしかめた。

「あのおばさんとおんなじこと言うんだな」

「もう飽きたよ」

 やはり法廷でもつつかれたか。

「スキャバーズはうちに来た時点で成体だったんだぜ? どっかの家で飼われてたときにつけられた名前なんだな、で終わりだろ」

「君のミミズクもな。そっちは名前一緒だし、尚更」

「こいつペットにちゃんとしたファミリーネームまでつけてやがって気持ち悪いなとは思ったけど」

「まァマルフォイだし、有り得る話だろ。血統書付きのミミズク」

「そもそもピーター・ペティグリューとか僕たちの世代で知ってるやつの方が少ない」

「ブラックに至っては、シリウス・ブラックに弟がいたことから初耳だよ。純血貴族よろしく家系図とにらめっこしてるわけでもあるまいし」

 納得はしたが、ひとつ物申してよいだろうか。

「気持ち悪いとはなんだ?」

「……とにかく!」

 話を逸らすな。

「ここにいるってことは、どうせ君も証人に呼ばれたんだろ? ……体調大丈夫なのか?」

 話を逸らしてきたが、しかし、本音の問いかけでもあったらしい。

 真剣な顔つきの双子に私は鼻を鳴らした。

「万全以外のなにがある。なにせ我が寮監、スネイプ教授の魔法薬調合の腕前はきわめて優れているもので。羨ましかろう」

「本ッ当にいつも通りだなマルフォイ」

「一応気ィ遣ったのがバカバカしくなる」

 ウィーズリーの分際で悪態まみれである。

「そもそも、三ヶ月近くも睡眠時間をいただいたようなものだ。体調が悪いはずもない」

「石化期間を睡眠時間と言うやつがいるとはね……」

 そこまで言ったウィーズリーが不意に口をつぐんだ。

 悪態を後悔するには些かタイミングが遅すぎるが、そうではない。何故かこのタイミングでウィーズリー(兄)がツカツカと近寄ってきたのだ。

 きわめていかめしい顔つきは学内でもよく見かける。グリフィンドール寮の監督生パーシー・ウィーズリーは責任感に満ちあふれていることで有名だ。

「レグルス・マルフォイ」

「……なにか?」

 学内でもよく見かけるが、とはいえ、パーシー・ウィーズリーとはほとんど接点がない。監督生に減点されるような所業を行なったこともない……というより、証拠を残すほど不用意ではない。

 その点ではまだロナルドの方が会話している。主にドラコ絡みである。

「ペネロピーが……死ななかった件について……その……」

「ああ」

 合点がいった。

 確かにあのマグル生まれには、襲撃直前に手鏡を渡してやった覚えがある。あのときはクィディッチの会場に生徒および教師が集合しており、その上で他の場所を出歩く人間なぞ、どうぞ襲ってくれと言っているようなものだった。実際私はそう言っているつもりだった。

 そして、パーシー・ウィーズリーがこちらに寄ってきた理由にも、納得がいった。

「おまえのガールフレンド」

「フレッド! ジョージ!」

 何故か迅速に叱責が入った。

「僕らじゃない」

「ほんとに僕らじゃない」

「……そういえば隠していたのだったか」

「なっならなんで知っ」

 焦り方が面白すぎる。

「本気で隠すつもりなら、女子生徒側の噂にも気を配っておくべきだったな」

 学校でありがちな分類といえば、大まかに、寮と、学年と、性別である。あくまでも大まかなもので、クラス分けやサークルや出身地や家柄も当然関わってくる。新天地で交友関係を作る際は、ある程度の分類を把握したうえで、網羅できるように気を配っておくとなにかと情報を得やすい。ドラコも息をするようにこなす、マルフォイ直伝の世渡りの一環だ。分類ごとに出回る噂話は異なり、一方が秘密にできていると思っていても、他方はそうではない場合がある。

 しかし赤毛と見紛うぐらいに真っ赤な耳だ。おちょくると楽しいかもしれない。

「いずれにせよ、こいつらが把握しているなら夏季休暇明け一週間で全校に広まっている。遅いか早いかの違いだな」

「おいなめるなよマルフォイ」

「そうだぞマルフォイ。五日だ」

「いや三日だ」

「むしろ一日だ」

「おまえたちは本当に!」

 ずいぶんとよく吠える。

「特に礼は要らない」

 これ以上やかましくなるのも面倒なので、私は話を戻した。

 礼は本当に要らない。そもそもの話を論ずるなら、秘密の部屋の件は、元を辿るなら私の父上が企てたことで、目的としてはウィーズリーとダンブルドア校長を破滅させるためだった。私の些細な対策提供とて、けっきょくのところ、父上に訴求されかねない罪状を少しでも減らすためのものである。つまり保身だ。そうでなくとも〝ウィーズリー〟からの礼は受け取ると面倒なのである。

「むしろ、その点は……」

 視線を彼らの向こうに投げる。

 アーサー・ウィーズリーは私たちの様子を慎重に窺っていたようだが(学友同士の交流ならば父親が遮るものではないが、さりとて、相手が相手では下手に放置もできないものな)私の眼差しに気づいて、六男を庇うような素振りを見せた。ロナルド・ウィーズリーは父親を見て、私を見て、意を決したが如く「僕になにか用!」と声を張り上げた。

「……そうだな。ドラコが世話になった」

 ロナルドはきわめて不可思議な表情を浮かべた。

「そんなに大好きならもっとマルフォイに優しくしてやったら?」

「なるほど薄々察してはいたがやはりおまえも読んだな? この調子ではおそらくポッターも読んだな? ドラコに聞くことが増えた。情報提供感謝する」

「逆効果だった……」

「責任転嫁するために情報提供扱いにするのやめろよ」

「ロニーチャンは君の悪辣に慣れてないんだからもう少し優しくしなさい」

「誰がロニーチャンだよ、誰が!」

 心外である。私は既に十二分に優しいだろうが。

 

   ➤

 

 レギュラスとしては——もとは、兄の冤罪への対処は二の次三の次という認識であった。

 前提として、打倒闇の帝王を踏まえるならピーター・ペティグリューは放置しがたく、いずれなんらかの形で確実に首根っこを押さえるべき、とは考えていた。ネズミの動物変化(Animagus)は確実に偵察・潜入に向いている。小柄な体躯はもとより、万一姿を見られても特に珍しくない動物というのも利点だ。加えてその所業。土壇場でマグル十二人を吹き飛ばし、自らの指を切り捨ててでも逃げ延びる度胸、シリウス・ブラックにきっちり罪を着せる捨て台詞。どう考えてもこのまま敵に回し続けるのは厄介きわまりない。

 なんなら手駒にしたい。めっちゃ使い勝手よさそう。レギュラスの本音は意訳すればこうなる。

 しかしそれと、シリウス・ブラック冤罪の証明は、全くの別件だ。トリアージの選定基準においてレギュラスとシリウスの兄弟仲は全く無関係である。

 ひとつには、シリウス・ブラックが今でも()()()な精神を維持している可能性が限りなく低いことに由来した。

 アズカバンは監獄という体で運用されてこそいるが、言葉を選ばずに評するならば——魔法省公認の大規模拷問施設、兼、ヒト型の〝ゴミ〟の最終処分場だ。収容された犯罪者の更生および社会復帰は全く考慮されていない。反省や後悔の余地こそあるが、その後の人生を全く保証しない。人道の観点で評価するなら、グリンデルバルトが収容されているヌルメンガードの方がよほどまっとうである。あそこに吸魂鬼(Dementors)はいない。アズカバンに十年近く放り込まれて正気を保っていられる人間は、ほとんど皆無だ。

 ひとつには——

 

「さて、続いて……この法廷における最大の論点について俎上に挙げよう。——シリウス・ブラックは、真実に冤罪か」

 ——そもそもピーターをひっ捕らえられたとしても、冤罪の証明には到底届かないことに由来した。

 

「被告人、ピーター・ペティグリュー。被告は十一年と九ヶ月前、マグル十二人に爆破呪文をかけて殺害したか?」

「——ち、違います。僕じゃありません」

 昨今のウィゼンガモット法廷は人道を謳っているため、真実薬(Veritaserum)を用いない。開心術も用いない。……というより、レギュラスに言わせれば、あれらはあれらで状況によっては証拠能力がない。

「十一年と九ヶ月前、忠誠の術で護られていたはずのポッター家を〝例のあの人〟は見つけ出し、襲撃した。ピーター・ペティグリュー、そのとき、被告はポッター家の忠誠の守り人だったか?」

「違います! ジェームズたちの守り人は、シリウスが——シリウス・ブラックでした」

 真実薬(Veritaserum)は無色透明無味無臭という性質上、極論水をそれと偽って出されても、魔法薬によほど長けていなければ気づけない。真実薬(Veritaserum)の作成者が誠に信用できる人間でなければ基本的に意味はない。あくまで副次的に証言の信憑性を上げるものでしかない。

 開心術には閉心術なる対抗策が存在する。己の記憶の中でも都合の良いものだけを抽出して巧みに見せる、ぐらいは優れた魔法使いならばお手の物である。なんなら偽の記憶の作成さえ可能だ。

「被告は事件当時、ネズミの姿になり、下水道に逃げ出したことを認めた」

「はい。とはいえ命からがらで、指だけで済んだことは奇跡でした——」

「その後約十二年、被告はネズミの姿で隠れ潜んでいた。被告は無実でありながらも、何故、己の生存を訴え出なかったのか?」

「こ——怖かったからです」

 素直に自白してくれるならばまだしも、そうでないというなら——たとえば、ルシウス・マルフォイは何故、法廷での訴求を免れられたのか。もちろん魔法省への多大なる寄付金は影響しただろう。

 その上で、ルシウス・マルフォイ無罪のからくりは、シリウス・ブラックの冤罪証明の困難さと同根にある。

 ルシウス・マルフォイの裁判当時、ウィゼンガモット法廷には、服従の呪文を()()()()()()()()証明が、できなかった。

「僕と……私と、シリウスは……昔は、親友でした。けれど、たとえ親友だったとしても、あいつはあれだけ躊躇なく杖を向けてきた。だったら、他の()()に見つかったら、もっとむごたらしく、躊躇なく殺されると、思いました。〝あの人〟の腹心を監獄に送ってしまったあとなら、尚更——」

 シリウス・ブラックの冤罪証明はきわめて困難である。

 何故なら、ピーター・ペティグリューが忠誠の術の〝守り人〟に選出されたことは、シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー、そしてポッター夫妻だけの秘密だったからだ。アルバス・ダンブルドアにも、マローダーズの最後のひとかけら〝ムーニー〟にも、真実はすべて平等に伏せられたからだ。

「それに……死んでいた方が動きやすかったんです。確かに〝あの人〟は死んだけれど、ジェームズもリリーも死んでしまったけれど、ハリーは、ハリーだけは助かりました。生き残りました。生き残った男の子——」

 この事件に証人はいない。いなくなってしまった。

 真なる守り人を知っていたひと、ポッター夫妻はとうに死んでいる。ハリー・ポッターは当時一歳。守り人が誰かなどわかるはずもない。ピーター・ペティグリュー、シリウス・ブラック、父の親友たるどちらのことも幼児健忘の果てに忘れてしまった。

「もしも次に、今度はハリーになにかあったら、それこそ僕は、ジェームズたちに顔向けができなかった。だから——だからネズミのままで居続けました」

「よくもまァ、厚顔に!」

 シリウスが吠えた。

 怯えた目でピーターは後退ろうとして、失敗する。被告人席の鎖が手足を封じている。その点はシリウスも同様だ。監獄暮らしで窶れた手足でなお鎖をけたたましく鳴らし、目は爛々と光っている。

「被告人——」

「どの口で——いったい、どのような神経をしていれば、そのようなお涙頂戴を語れるというんだ!? 私の信頼を裏切って、ジェームズとリリーの信頼を裏切って、それでいながらピーター、おまえは今度はハリーを引き合いに出すのか!? おまえが——おまえこそがあの子から両親を奪っておいて!?」

「シリウス・ブラック、今は貴殿の発言は許可されていない——」

「魔法省も魔法省だ! あのとき、私の杖を折る前に! ピーターの杖が葬られる前に! おまえたちは直前呪文を使うべきだった! ()()()()でこの男の罪を証明できた!」

 シリウス・ブラックの冤罪証明はきわめて困難である。

 何故なら——事件の直後、シリウス・ブラックの裁判は行われなかったからだ。ひとりの高官がその罪状の真偽を吟味をすることなく彼を監獄送りにした。戦争の果てには被疑者も被害者もあまりにも多く、ゆえに、状況証拠が出揃った男の犯行に、それ以上の決定的証拠を求める人間はいなかった。

 確たる物証は年月の最中に消え去り、無に帰した。事件から十二年も経過してしまった。

「君は今、己の目論見を暴露したな!?」

 ピーターは震えながらも言い返した。

「今更、死んだことにしていた弟まで使って——死喰い人(Death eater)の、知っているぞ、君は学生時代から〝あの人〟に傾倒する弟を心底軽蔑していた——そういうふりをしていたんだ。騎士団に潜り込むために——それで、今更だ、今更掘り返したのは、私を見つけて——私の無実を証明するものはなにもなくなったと、確信したからだ!」

 シリウス・ブラックの冤罪証明はきわめて困難である。

 何故なら、ブラック家の過剰な純血主義は厳然たる事実だからだ。レギュラス・ブラックが死喰い人(Death eater)としてヴォルデモートに付き従ったことは事実だからだ。

 シリウス・ブラックとジェームズ・ポッターの友情に、真実、裏切りはない。しかしそれを知らぬ人間にとって、シリウス・ブラックが裏切ることは()()()()()()()()だからだ。

 

 決定的な証拠がなくなったいま掘り返したとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()——それを決する証拠がなければ、冤罪も、真犯人も、証明できない。

 

   ➤

 

 クッとレギュラスの喉が鳴った。

「フッ、あっはは」

 あまりにも場違いな笑いだった。シリウスはピーターに更に怒鳴り返そうとしていたが、隣から漏れるクスクス笑いに「……なにがおかしい?」とつぶやく。

「はは、ふふ——ああ、いえ、べつに。破綻した主張を継ぎ接ぐこともなく、よくもまあと」

 レギュラスはそこで我に返ったように咳払いして「申し訳ありません。黙りますね」あらためて微笑んで、口を閉じた。

 そこで口を閉じるのかと思った人間が陪審席に何人か。

「被告人——レギュラス・ブラック」

 マダム・ボーンズが口を開く。

「あなたは一九六一年にブラック家の直系として生まれ、しかし一九七八年に死去したという扱いであった。相違ないな」

「ええ」

 レギュラスは微笑んでいる。

「しかし生存していた」

「はい」

「今になって生存を明かす心積もりになった理由は、何故か?」

 本来この裁判は、シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューの一騎打ちになるはずだった。しかしレギュラス・ブラックという誰もが予想し得ぬ第三者により、なおさら混沌を呈している。

「そうですね——そもそも、私が死を偽装した理由ですが。闇の帝王を裏切った結果、実際に死にかけたためです」

 どちらの陣営でも裏切りは発生した。利害によって裏切る者もいれば、脅迫に屈することもあり、服従の呪文で不本意に恭順する例もあった——ルシウス・マルフォイが何故服従の呪文を言い訳に持ち出したかといえば、実際に、その被害者がいたためである。

 もっとも、レギュラスの〝裏切り〟とそれに対する応報は、大多数の想定するそれとは種類が異なる。

 湖に引き込む数々の亡者。かすむ思考と視界の中、自らが習得した動物変化(Animagus)を思い出せたのは、ほとんど本能のようなものだった。翼を羽ばたかせるには空気はあまりに凍てついていたが、しかし、重い水の中よりはずいぶんとマシであった。

「本邸には未だに母と祖父がいました。彼らを巻き込もうとは思えませんでした。しかし——母も祖父も、時期は異なりますが、寿命を迎えました」

「おまえの祖父、アークタルス・ブラックが亡くなってから二年が過ぎている。理由がそれだけにしては奇妙に思える」

「……そうですね。そもそも、死んだままの方が動きやすい、という点は私としてもそこのピーター・ペティグリューと同意見ですよ」

 飛び火したピーターにレギュラスは微笑みかけた。間に挟まれたシリウスは心底訝しむ顔つきである。

「ミミズクの姿で身を寄せていたマルフォイ家……レグルスは事なかれ主義ですが、特定の事柄には見境なく、ドラコは生意気盛りなぶん、下手に首を突っ込んで火傷することもしばしば。ふつうに心配でした。甥っ子ですからね」

「従甥では?」

「家系図としてはそうなりますが、私としてはあまり差異はありません。ルシウスとナルシッサには幼少期から親しくしていただいたため、尚更」

 レギュラスは笑顔のまま横を指差し「兄がコレなぶん」「おい」「誠に勝手ながら、第二の兄姉のように思っていました」と付け加えた。挟まった実兄の抗議の声は無視の方向らしい。

「ですが——そう、考える機会があったこと」

 レギュラスの脳裏で、拗ねた八つ当たりの声が繰り返される。〝あなたが言えたことですか〟——間違いなく八つ当たりだったが、しかし、確かに筋は通っていた。レギュラスは兄弟仲に関してなにも言える立場にはなかった。

「思い切るきっかけがあったこと」

 トム・リドルの日記。同じものを見たことがあったレギュラスには、ピンときた——あれはおそらく分霊箱(Horcrux)だ。バジリスクの毒で完全に破壊された物品。

 秘密の部屋を開ける方法は期せずしてハリー・ポッターが口にした。音を似せることは容易い。長年頭を悩ませていたスリザリンのロケットペンダントは——呆気なく、破壊された。

「それに、些か、目に余ったので」

「目に余る?」

「私が知る限り、ハリー・ポッターが在学中に命の危険に晒されたことは、既に六回」

 突然話が飛んだ。「ポッターがなんの関係を——六回?」マダム・ボーンズはさすがにダンブルドアを振り返った。魔法界が喜び讃えた生き残った男の子が晒される危険にしては数が多すぎる。

 ダンブルドアは無言で髭を撫でている。彼としては六回で済んでいただろうかと真剣に考えていた。目を離すと死にかけているので校長もちょっとびっくり。

「ダンブルドアはいずれの際にもセーフティネットを張っていたようなので、校長としての責任については果たされているものかと——本題は()ではありません」

 レギュラスは話を戻した。

「具体的に挙げましょう。一回目、城に招き入れられたトロールと遭遇。二回目、箒に闇の魔術をかけられて上空百メートルから振り落とされかける。三回目、罰則中にユニコーンの血を求める不審者と遭遇。四回目、城内の宝の強奪を目論んだ盗人に殺されかける。五回目、人食い蜘蛛からからくも逃亡。六回目、スリザリンが残していた怪物バジリスクと戦う」

 豪勢なラインナップである。だいたいが〝例のあの人〟案件だが、一回だけハグリッドのトンデモ置き土産だったりする。その他、フォード・アングリア自由落下暴れ柳衝突などもあったが、こちらはレギュラスは把握していない。

「それで、六回ですね。この六回のうち、私が知る限り、いずれも〝スキャバーズ〟が活躍した事例はありませんでした」

 さて。ピーターの発言のうち一節を、今一度おさらいしよう。

 〝今度はハリーになにかあったら、それこそ僕は——〟

「ピーター・ペティグリュー。およそ一年前にポッターが殺されかけていたとき、いったいどこにいらっしゃったんですか?」

「私は——」

「グリフィンドール寮でお休みになられていましたね。存じておりますよ。現場にはいなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 レギュラス・ブラックは破壊される前の賢者の石を用いて命の水を作成し、それを瀕死のクィレルに与えて、彼の命を救った。ヴォルデモートに見捨てられた手駒を救った。

 ゆえに知っている。レギュラスは実際に現場を訪れた——ロン・ウィーズリーのペットのネズミは、どこにもいなかった。

「今年の話をしましょうか? イースターを過ぎたころ、今年度のホグワーツで発生した痛ましい()()は終わりを迎えました。我が甥っ子たちが、スリザリンであるというのに、ゆえにこそ危険を冒し——あれはさすがに肝を冷やしましたね——末の子はポッターとウィーズリーとも同行していました。若き少年たちの冒険譚は割愛するとして」

 さっくりと端折ったレギュラスが「とはいえ僕の苦労は是非とも聞いていただきたいところです」足を揃え直そうとして、鎖に阻まれて失敗した。溜息とともに背もたれに寄りかかり直す。どこか子どもじみた仕草だった。

「僕本当にあのとき大変だったんですよ。まったく無謀に飛び出すから慌てて深夜に手駒を呼びつけてお守りをして良いところで野生の車をけしかけて秘密の部屋の偵察を先に行なってバジリスクの目を潰して囮になって本当に我ながらずいぶんと働きました。——で?」

 突然声音はつめたく冷えた。

()()()が暴走してうちの甥とポッターとウィーズリーを殺しかけていたとき、ピーター・ペティグリュー、あなたはいったいどこにいらっしゃったと言うのでしょうね?」

「そ——」

「もちろん存じ上げておりますよ。こちらもグリフィンドール寮でお休みになられていた」

 質問の体を取りながらもレギュラスに聞く気はない。真実を知っている。事実を知っている。

「ドラコと、ついでにポッターやあなたの飼い主が、スリザリンが遺した大蛇にたった一振りで叩き潰されかけているその瞬間にもね」

 シリウス・ブラックの冤罪証明はきわめて困難である。確たる物証はなく、状況証拠は彼の疑惑を強めるだけで、証人は誰ひとりいない。

 しかし。

 ピーター・ペティグリューの主張、その弁明、論理は——最近の彼の言動と照らし合わせるならば、完全に破綻している。

 レギュラス・アークタルス・ブラック。傲慢なるブラックの最後の直系がうちひとり。スリザリンであるがゆえに身内を愛し、ゆえにこそ帝王と仰いだ強者に反旗を翻し、ひとりで戦った者。

 彼は、きわめて冷静に——怒っていた。

「怠惰にしては、()()()()()()。そうは思いませんか?」

 なにもレギュラスとて、ピーターに対し、その命を差し出せと言っているわけではない。だが六回だ。レギュラスが把握している()()で六回、そのいずれも〝スキャバーズ〟は居合わせていない。

 深夜徘徊に気づいたときに教授を呼ぶだとか。無茶をしたときに咄嗟に魔法で助けられる範囲で見張っておくだとか。自らに危険が及ばない範囲でもできることはあったはずだ。

 しなかった。

 ——()()()()()()()

 

「ピーター・ペティグリュー。あなたの主張は破綻している。少なくとも潜伏していた理由はまるで辻褄が合わない。もちろん一箇所矛盾があったところで全体に波及するとは限らない、しかし——」

 確たる物証は既にない。状況証拠は味方しない。証人は誰ひとりいない。シリウス・ブラックの冤罪証明はきわめて困難である。

 しかし。

 

「——信憑性は著しく落ちる。そうは思いませんか?」

 困難と不可能は等号ではない。

 

   ➤

 

「以上です」

 スン、ともとの物静かな顔に戻り、レギュラスは被告人席で姿勢を正した。

 シリウスは唖然と弟を見ていた。彼の弟は——長年疎遠かつ死に別れたと思っていたシリウスでも、わかるぐらい——いつになく激怒していた。

 レギュラスは実際怒っていた。ハリー・ポッターやロン・ウィーズリーが危機に瀕したこと、それそのものは彼にとって本質ではない。レギュラスでなくとも、たとえばダンブルドア、たとえばマクゴナガル、たとえばスネイプ、いずれの人々が容易にできる不在証明に、しかし迂闊にも言及したピーターに苛立っていた。黙ってさえいれば取られなかった揚げ足であり、矛盾だ。

 スリザリンは狡猾を美徳とする。レギュラスも例に及ばず。

「……貴重な論説でした」

 マダム・ボーンズが気を取り直すように言った。片眼鏡の位置を修正。「では——証人」続いて、なめらかに呼ぶ。

「ルシウス・マルフォイ」

 まるでなにもかも心得たように、すべてを傍観していた男が立ち上がる。

「所属の表明が必要ですかな」

「割愛しましょう」

 不遜な態度のルシウスに、マダム・ボーンズもまた己が調子を崩さない。

「ルシウス・マルフォイ。証人の息子はミミズクを飼育していた。これは事実か」

「事実だな」

「証人はこのミミズクがレギュラス・ブラックの動物変化(Animagus)だと知っていたか?」

「存じ上げませんでしたな」

 ルシウスは即答した。続いてレギュラスを恨みがましく見た。

「……知っていれば、せめて食事にフクロウフーズ以外を用意したのだが……」

 シリウスがうっかり噎せた。

 レギュラスはそっと目を逸らした。ブラック直系の一人がとんでもないもので食いつないでいたことが、法廷で(よりによってウィゼンガモット法廷で)証明されてしまった。ルシウス・マルフォイなので完全に故意である。ああ口が滑った(棒読み)というかんじ。

「息子のペットができるだけ長生きするよう、残飯などは与えず、高級のフクロウフーズとたまに生肉を与えていたがさすがに人間とわかっていたら絶対にそうはしなかった。部屋も鳥類のためのものではなくきちんと内装を整えてベッドを用意したのだが」

「マルフォイ家のペットの管理は今回主題ではない。法廷の外で世間話として行えばよろしい」

 さすがにマダム・ボーンズが制した。制さなければこのまま証言の体をした説教が長々と始まりそうだった。

 ただのペットにも部屋を与える裕福さはスルーされた。マルフォイだしな。

「つまり証人には、レギュラス・ブラックを匿っている、という認識はなかった」

「無論ながら」

「ピーター・ペティグリューを捕獲し、ポッター家襲撃の内通者、あるいはマグル十二人を殺害した真犯人として突き出す心積もりも、同様になかったと」

「そちらの男が生きていることも知りませんでしたからな。よしんば、知っていたとして……」

 ふとルシウスは怪訝に眉をひそめた。

「突き出す意味がありますかな?」

「……つまり?」

「おかしなことに、私の言動を深読みする有象無象はあまりに多く、大方、無辜の者を陥れようとしているだの事実無根な悪評が蔓延るのが見えておりましょう」

 事実無根かはさておき、一理ある主張だった。

「私はポッター家ともシリウス・ブラックとも特に付き合いはなかったのでね。吹き飛んだ見知らぬマグルなどは尚更。ご愁傷さまとは思えど、わざわざ冤罪の証明なぞの困難に付き合うに足る利が、いったいどこにあるのやら」

 まるで他人事かつ無情な物言いである。

 純血貴族はスリザリンが多く、スリザリンには身内主義が多い。仲間内の結束が強いことは一見美徳であるが、何事もバランスと程度問題、すなわち度が超えた身内主義とは〝身内以外の全人類平等に路傍の石〟と同義である。

 停滞した人間関係がエコーチェンバーを加速させた。純血主義は時代の変遷に合わせてアップデートされることなく、旧時代的な差別主義として凝り固まった。

 ルシウス・マルフォイは典型的な純血貴族であり、スリザリンである。

「闇の帝王に献上するつもりだろう、私が、シリウス・ブラックを監獄に送り込んだから——」

「被告人」

「……前提として魔法戦争当時、私は服従の呪文で従わされていたわけだが」

 白々しいこときわまりないが前提として。

 ルシウスはうすく目を細めてピーターを見つめた。本気でいぶかしむ顔だった。

「死人に献上品を差し出すなど……些か、無理があるのでは?」

 秘密の部屋の事件は、対外的には、黒魔術の品が暴走した事故、ということになっている。

 同様に——賢者の石の事件は、対外的には、とある盗人が私欲で賢者の石を欲した、ということになっている。少なくとも魔法省側の処理としてはそうなっている。

 十年以上前から、ヴォルデモート生存の可能性について警戒するべきと主張していたのは、ダンブルドア率いる不死鳥の騎士団メンバーである。またハリーは、ホグワーツ一年生にして実際にヴォルデモートに遭遇し、ロンやハーマイオニーも親友の言葉を信じた。彼らはヴォルデモートの生存を前提として会話することが多かった。スキャバーズはそれを聞いていた。ピーター・ペティグリューはヴォルデモートの生存を知っている。

 魔法省はまだヴォルデモートの生存を伏せている。ルシウス・マルフォイはまだヴォルデモートの生存を知らない——もしも知っていたら、ルシウスは、たかだか政敵の失脚のためだけにトム・リドルの日記を持ち出すなどしなかっただろう。

「証人、あなたには法廷において質問に答える義務はあるが、その対象に被告人は含まれない」

「これは失礼」

 ルシウスは慇懃に頭を下げた。「親子揃って……」マダム・ボーンズは諦めたように首を振った。

「次の質問に移る。証人、あなたは魔法戦争の最中に死喰い人(Death eater)として活動していた」

「服従の呪文により」

 強調。

「……。服従の呪文は、本人の意に沿わない行為を強要する力を有するが、しかし、かけられている最中の記憶は残るはずだ」

 マダム・ボーンズは前提を前提として進めることにした。実際、当時ルシウス・マルフォイの有罪判決は下らなかった。忖度と権力にちなむ結論だとしても、そこでウィゼンガモット法廷が敗北した以上、マダム・ボーンズに今彼を訴求する能力は持たない。

「証人、あなたは当時、他の死喰い人(Death eater)と顔を合わせたか?」

「何人かはね」

 ルシウスはうそぶいた。

「当時も法廷で証言したかと存じますがな」

「そのとき、あなたはピーター・ペティグリューと、死喰い人(Death eater)同士として顔を合わせたか?」

 沈黙。

「……いいえ?」

 ルシウスは無表情に答えた。

「覚えはありませんな」

「嘘をつけ」

 シリウスがぼやいた。

「被告人」

「真実なのだが」

 実のところ、これは本当に事実だ。

 ヴォルデモートは誰をも信用しない。死喰い人(Death eater)同士ですらその全員を把握していない。まして不死鳥の騎士団員のスパイなど虎の子だ。慎重に慎重を期して当時のピーターには()すら刻まれなかった。こちらが勝利したあかつきには、()を刻んでやろう——ヴォルデモートは彼の心を巧みに掌握し、操った。

 無論何人かは知っていたが、それはヴォルデモートを心の底から信望する人々のみに限られた。筆頭はレストレンジ夫妻であろう。いずれも自らの罪を弁解することなく、むしろ誇らしげに語ったがゆえ、十年以上前にアズカバンへ叩き込まれている。この場にはいない。

 マダム・ボーンズはヴォルデモートの猜疑心の高さをおおよそ知っている。無実であれ有罪であれ、類似の回答が返ることは予期していた。

 ()()()こう問いかける。

「では貴殿は——シリウス・ブラックと、死喰い人(Death eater)同士として顔を合わせたか?」

 ルシウスはまばたきをした。

 

「いいえ」

 これも事実だ。

「十二年前はつくづく驚きましたな」

 

 ルシウスとシリウスが、死喰い人(Death eater)として対面したことは、一度もない。

 シリウス・ブラックがヴォルデモートの手先だったことは、ただの一度もないからだ。

 

「よろしい」

 マダム・ボーンズは厳格に頷いた。

「では、被告シリウス・ブラックが有罪と思うもの」

 陪審は四割ほどが手を挙げた。

「無罪と思うもの」

 やはり四割ほどが手を挙げた。

 

「なるほど、それでは——ポッター家襲撃の内通者、およびマグル十二人が殺害された事件について、再調査し、改めて審判すべきと思うもの」

 

   ➤

 

「レグルス」

 私は本を閉じた。ウィーズリー家も去った以上、エントランスで時間をつぶす方法は他にはない。

 母上は父上を連れて戻ってきた。父上も証言を終えたようだ。これは裁判も終わったかな。

「裁判はどのように?」

「シリウス・ブラック事件の再調査および再審。それに伴い、シリウス・ブラック、ピーター・ペティグリュー、どちらも魔法省管轄のもと一時拘留」

 父上はよどみなく答えられた。

 妥当な落としどころだ。シリウス・ブラックは戦争のごたごたで裁判なしにアズカバンに収監されていたはずなので、再審というよりは初審のようにも思うが。

「レギュラスは?」

「ダンブルドアが保証人として、アズカバン送りを免れた」

「おや」

 面識は当然あるだろうとして(レギュラス・ブラックはスリザリン出身だ、つまりホグワーツ出身だ)保証人とまでは。……なにかありそうだが。……まァ従叔父上が口にしなかったのだから、私の関与するところではないのだろう。

「さて、待たせたな。帰ろう」

「ドラコが待ちくたびれているでしょうね」

「父上と母上がいない間に、応接間の床をひっくり返そうとしているかも」

「……本当に早く帰るか」

 私の当てずっぽうに父上の顔がわずかに引きつった。うちの〝秘密の部屋〟には様々な品々が収容されている。

「手を出しなさい」

 まだ私は姿現しを習得していない。習得していたとしても免許を持たない。早いところ習得しておきたい、この年になって父親と手を繋ぐのは少し気まずい。

 空いた手のひらで何気なく肩をさする。ミミズクが肩に止まることはもうないのだろう。

 

   ➤

 

 感傷じみたものに浸ったのが昨日。

「さて」

 それで今日。

「今日から——改めて——お邪魔させていただくよ」

「あ、なるほど、継続してうちに住まわれる……」

 帰宅早々父上が空き部屋の改装指示を出されていた理由は察した。

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