チョコレートを板で齧りながら今年度からの教科書に目を通していると「ようやく見つけたぜマルフォイ」「全く手間を掛けさせるよな君は」ウィーズリーどもが駆け込んできた。廊下は走るな。すぐさま扉を閉めて帰れ。
「仲良しなの? いいね」
「微塵も」
「まさか」
「まったく」
三人揃って否定したのち、ウィーズリーどもは訝しげに質問者に目を向けた。ルーナ・ラヴグッドはぱちぱちと目をまたたかせている。彼女の頭の上には奇天烈な冠が飾られていた。ザ・クィブラーの特典グッズなのだとか。
「……誰この子。まさかデートか!? ホグズミードでは常にハニーデュークスでしこたま菓子を買い込んだ後古書店に閉店まで居座っているだけの君が!?」
「こりゃお祝いだ! さっそく大広間の晩餐で全校に知らしめなくちゃ——」
私は無言で手に持っていた本を閉じた。そして手首にスナップを効かせてぶん投げた。
怪物的な怪物の本、行け、あいつらのてのひらを噛み砕け。指をちぎってずたずたにしてやれ。
➤
解き放たれた教科書に翻弄されてぎゃあぎゃあ騒いでいる双子を無視、今し方の読書は私の手を離れてしまったので、代わりに予言者新聞を開く。ホグワーツ特急に乗車する日はやはりなかなかに忙しなく、目を通すには新聞は大きくて破れやすい。いちいち修復呪文を使うのも面倒だ。
「おいこの——クソッホントに暴れる——今年のケトルバーンはいったいなに考えてんだ——」
「ていうかなんでマルフォイはさっき読めて——読めて——? 読んでた!? こいつを!? いったいどうやって!?」
私もどのように閲覧するかは考えあぐねていたのだが、期せずして、対処法を学ぶ機会があったので、この機にと喜び勇んで拝読していた。ラヴグッドがコンパートメントに滞在することを許容した理由でもある。
有能な人間を追い払うほど狭量ではない。不要な優しさは己の価値を損なうが、必要な優しさはのちへの投資となる。
「あなたたちももしかしてぐるぐる巻きにしてるの? ひどいよ。ちゃんと撫でてあげないと」
「撫でる!?」
「そんな隙があるもんかよ、食いつかれるぜ!」
「背表紙だよ」
ラヴグッドの言葉に従ったのはどちらのウィーズリーだったのか(どちらでもどうでもよいが)途端に大人しくなった教科書に私は内心無念に思った。指はすべて無事か。つくづく悪運だけは強い者共である。
「おチビちゃん君すごいな……さてはレイブンクローだろ、名前は? 何年生?」
「そうだよ。あたしはルーナ・ラヴグッド。今年で二年生」
雨天の中を特急はひた走るが、まだ日も暮れていないのは明らかである。この場の全員、ローブにはまだ着替えていない。
とはいえラヴグッドのユニークな雰囲気は、レイブンクローにありがちなものであった。ただの生真面目や勉学に向いているだけのタイプではなく、正真正銘、生まれつきの象牙の塔の住民。純血貴族はスリザリンでなければレイブンクローの場合が多いため、親戚一同の中にもラヴグッドの気質に類似した人間はちらほらといる。
「よく覚えとくよ。君のおかげで指が無事だった」
「僕たちフレッドとジョージ、グリフィンドールは恩を忘れない——」
しかしグリフィンドールはつくづくやかましいな。それともこいつらが特別やかましいのか? 少し前まではきわめて快適な静寂が保たれていたというのに。
思いながら新聞をめくる。
昨日——要するに夏季休暇最終日。シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューがどちらも証拠不十分で釈放された件については、本日の一面にも掲載されていた。なんなら三面全体をコラムに使って話題を引っ張っている。あまりに大騒ぎになった上、関係者にも有名人が多すぎたのでそうもなるだろう。
証拠不十分による釈放は想定内、有罪に持ち込めなかったことももちろん想定内だ。ペティグリューは関与を完全否認した以上、闇の帝王のもとに下ることなどできまい。ハハハ。従叔父上が容赦なさすぎて若干怖い。さすがにブラックの嫡男教育を受けてきただけあるのか。
過去の魔法省の失態、バーテミウス・クラウチの顔写真とともにこき下ろす社説は、おそらくファッジ大臣のご希望だろう。彼はできるだけ長く魔法大臣の地位にいられることを望んでいる。国際魔法協力部に左遷されてなお、未だ厚い支持を受けるバーテミウス・クラウチは、警戒対象の第一候補だったはずだ。
ポッター家の襲撃事件の元凶。十二人のマグル殺害。果たして冤罪はいったいどちらだったのか。シリウス・ブラックは正しく頭のおかしな大量殺人鬼だったのか、無実でありながら収監された悲劇の人だったのか。ピーター・ペティグリューは逃亡生活を強いられただけの無辜の男であったのか、最悪の裏切り者だったのか。読者の興味を掻き立てる書きっぷり。こちらのコラムは寄稿で、筆者の名前は最後に記されていた——ギルデロイ・ロックハート。
父上、本当に雇ったのか。あのひとを。まァ確かにロックハートの文才は優れており、その活用方法をまず思いつくとすればプロパガンダであろう。予言者新聞には幾人か信条を捻じ曲げぬ厄介な手合いがいらっしゃるため(リータ・スキーターだとかね。あの女史は、性格は捻くれているというのに権力には屈しないあたりが特段厄介だ)優れた文筆家、語り部、演出家、貴族としてはひとりふたりは子飼いにしておくとなにかと便利である。加えてロックハートの忘却術の腕前——こちらは、表沙汰になることはないだろうけど。
ひとまずシリウス・ブラックの罪の真偽に注目を集めて焚き付けておけば、レギュラス・ブラックの生存およびマルフォイには目が向きにくい。とはいえ突き出したのはレギュラスである以上、さすがにちょこんと載っていたが、記事内では経緯として触れるにとどめさらりと流していた。つくづくこのひとは上手いな。
「——まァそれで、だ、僕たちはとても探した」
「君が監督生のコンパートメントにいないから」
……。
矛先がこちらに戻ってきた。大人しくなった教科書を差し出されているので、無視もできない。
「監督生ではないしな」
受け取って、新聞をもう一枚めくる。読書は頑としてでも並行させたい。効率良く生きていこう。
「そう、まずそれだ! どうして!?」
「君の金魚のフンがパーシーの如き監督生バッジを付けていた衝撃と言ったら!」
「レストレンジは金魚のフンではないが」
「僕たちレストレンジって言ってないだろ。レストレンジだけど」
「すぐわかったあたり君自身にも心当たりあるんじゃないか」
レストレンジはちょくちょく私の課題を勝手に写していることと、そもそも本人の地頭は悪くない(愚かな人間を侍らせてはこちらの能力までまとめて疑われる)ことから、例年、スリザリンでは私に次いで成績がいい。加えてレストレンジ家は聖28一族のうちひとりにカウントされる。愛想が良く、要領が良く、その性質ゆえに下級生にも顔が利く。スリザリンの監督生は、私でなかったら彼だと思っていたし、実際そうだった。
さて——まァ確かに、昨年までは私こそがスリザリン寮の次代監督生最有力候補と目されていたのは、事実である。
昨年までの話だが。
「昨年度の一連の件」
言わんとすることは伝わっただろう。双子は見る間に顔を強張らせた。
「……君は性悪だが、君のせいではないだろ」
「一言余計だがそうだな」
間違いなく私のせいではない。当主が行なったことであるがゆえ、マルフォイとして誹りを受けることは致し方ないと許容しているが、私のせいではない。これは事実である。
「だが私は数ヶ月授業を受けなかった。不可抗力だとしても、その分の評価は不可能だ」
これが二年三年ぐらいの出来事であれば考慮されたかもしれないが、四年生のそれも終盤である。
加えて——父上は自らの策をしくじって、理事から外された。この状態でマルフォイの子息に監督生バッジを贈る校長がいたらいよいよもってダンブルドア校長は狂人だ。ほとぼりが冷めて数年後だのならまだしも、今監督生なんて箔をつけたらば、マルフォイの勢力を削いだ意味がほぼ消える。情勢を読めていないにも程がある。
「と、いう点と」
「……。と?」
そもそも私はそれ以前の問題で、監督生には選ばれないだろうとは考えていた。
「お遊戯会欠席者続出の主犯」
「ああウン、そりゃ」
「妥当だな」
ウィーズリーどもが途端に神妙に頷いた。
ロックハートのお遊戯会を防衛術とは断じて認めないが——それはそれとして。仮にも教授として認められた人間の授業を積極的にサボるどころか、外部講師を呼んで、別途自習サークルを作る生徒。公然と授業時間中に。これを監督生側に配置する人間の気がしれない。
ウィーズリーツインズはもとより監督生など夢のまた夢、ディゴリーとデイビースあたりはギリギリ逃げ切れたとしても、主犯にして首謀者にして発案者の私は駄目だろう。
「あれってあなたが計画したんだ。私は一年生だったから参加できなかったけど」
「今年の教授がろくでもなかったらば、ふたたび検討しよう。ある程度形にはなったので、次の開催では学年の隔てなく行うことも検討している」
もちろん開催なぞない方が良いのだが。
「……君、かなり……ルーナのこと気に入ってないか……?」
「やっぱガールフレンドってわけだ?」
杖を振って窓を開けると「落ち着けよホント隙あらば学友を突き落とそうとするなって」一方が引きつった笑いで私を制そうとしている隙に「【
「それでまさか、私が監督生に選ばれなかった真偽を問いただしに来ただけではないだろうな?」
「まあさすがにな」
「セドリックに聞いたらマジでいないっつうんでびっくりしたのもホントだけどな」
暇人どもが。
「ちょっとご相談があってね」
ラヴグッドは私たちの密談の間もザ・クィブラーを静かに読んでいた。今年はドラコがコンパートメントを訪れることもなく、ホグワーツ特急は無事に学校へと到着した。
新年度が始まる。五年生にとってはO.W.L.の年でもある。私ももれなくその一人である。
➤
「ところでミミズクがいないな?」
「さすがに連れ歩くのはもう無理か」
「いや? 今は車内を見回っているんじゃないか、彼は毎年そうだ」
「いいのかそれ」
「話は変わらないんだが——我が父上がホグワーツ理事から外されたのが、昨年の話だ。さて、抜けた理事の席は誰になったと思う?」
「……。え、それ、問題ないのか?」
「通ったあたり、ないのだろうな」
➤
怪物的な怪物の本が教科書に指定されたのは、別段ケトルバーン教授がボケたゆえでもなかったようだ。森番が魔法生物飼育学の教師に指定された。あの男の魔法生物への造詣は確かに群を抜いているが、教授と取って代われるほどであったのか?
そして、今年の闇の魔法に対する防衛術担当はリーマス・ルーピン教授——くたびれたローブと異様に疲弊した様子(苦労した人生を送ってきたのだろうか)よりは彼に向けられるスネイプ教授の眼差しの方が気にかかった。視線がそのまま死の呪文に転じかねない勢いである。
監督生が一年生を先導するのは毎年恒例だ。慣れない集団のすぐあとでは詰まりやすいので、間隔を開けて席を立つ。監督生バッジが届かなかったことについて、妥当と思えど、少々考えることがないでもなかったが——こうしてみると私に監督生は向かないな。有能無能分け隔てなく平等に相手するのは、できなくもないが、確実にフラストレーションがたまる。
「今年はまともに特急に乗ってきたけど、やっぱり偉そうに——」
列の中でドラコと合流した。今年は御友人たちのコンパートメントで過ごしたようで、愚痴を聞くメンバーにはクラッブとゴイルに加えて、パーキンソンのご令嬢やノットの子息もいた。
一昨年は早々にポッターとウィーズリーと揉めて、去年はどこにもいなかったと首をひねりながら帰ってきて、今年はこれである。
「おまえは本当にポッターどもが好きだな」
「どこがあんな、傷物と出っ歯と泡銭の貧乏人なんざ!」
「そこまで言うのはせめて談話室内にしなさい」
この子は本当に。
昨年度の冒険譚とやらは、あいにく彼らの仲をほとんど修復しなかったようである。私もウィーズリーどもに関してはまるで言えた口ではないが、それにしても。
スリザリン寮の談話室からは湖の様子が確認できる。優雅に泳いでいた大イカがこちらに気づいてか、触腕をべたりと貼り付けた。湖の主による歓迎の証に一年生から悲鳴が上がった。イカは知能が高く、魔法生物ならば尚更である。新顔に興味を示したのだろう。
一年生たちが寮室に案内されている間も彼(あるいは彼女)は窓の外をゆらゆらと揺れていた。寮の窓に戯れにてのひらをつけると、吸盤が近くをかすめて、そして離れていった。サービス精神豊富である。
「
駆け寄ってくる人影。珍しく髪をワックスで固めていて、
「久しぶり、レストレンジ。そして監督生おめでとう」
「……はは! 初手でお祝いをくれたのが君が初めてだなんてね」
皮肉の色が濃いコメントに首をかしげると「学年首位はレグルス・マルフォイじゃないのかって、誰からも聞かれた」喋りながらもレストレンジは、せっかく整えていた髪をぐしゃぐしゃと混ぜてしまった。
「それはそれは。なかなか口さがない者共だことだ」
「僕も正直否定はしないけどね……」
「……自他限らず適切に評価することは正しい行いだが、本心からそう思っているならもう少し上手く取り繕うことだな」
少なくとも彼にファーストネームのみで呼ばれたのは、ホグワーツ入学前も含めた付き合いで、初めてである。
眼差しをガラスの向こう、湖へと戻す。私の無感情な反駁に、レストレンジは肩をすくめたようだった。反射光が室内の光景を示している。
「一度だって勝てなかったんだ。そりゃ有頂天にもなるだろう」
「箒はもとよりおまえの方が上手い」
「箒の腕が貴族としてなんの役に立つ? 君が飛べたことは今考えると意外だよ——弟くんが入学して、ようやく理解したけどね。君は家族にはやけに意地を張る」
スリザリン寮は野心家であり、狡猾であり、身内主義である。己のちかしいものたちを大切にする一方で、他人を蹴落とすことに躊躇いがない。私は、野心のあたりは知識欲に向いたので比較的穏健で済んでいる——がおそらくそうでなかったら、それこそ、スリザリンらしいスリザリンであっただろう。
「君はあらゆる物事に関心を示しながら、本質は平等に無関心だ。視界に入れたものを正しく評価しても、利用価値以外の認識をそこに持たない。一定水準を越えてようやくその目が向けられる」
「おまえに言われるとは思わなかったな」
大イカが優雅に去っていく。私はガラス面をなぞるようにてのひらをすべらせた。
「私がマルフォイであることしか興味がなかったくせに」
「お互い様だろ。君だって僕の名前を呼んだことはほとんどなかった。会話の中では一度たりとも、だ。個として認識していなかったから」
「覚えてはいるがな」
「そうだね、君は全校生徒の名前を覚えている。僕は監督生になってようやく君の視界に入ったらしい——グリフィンドール三年のトップ、
グレンジャーについては確かに興味深いと思っている。認識した理由はドラコが話していたからだが。……そういうことを含めて指摘されているのだろうとはわかっている。
「気をつけなよ、能力主義者。マルフォイでなかったらとうに淘汰されている」
私が再度レストレンジを見たときには、彼は既に踵を返していた。寮室で休むようだ。ひらひらと手のひらだけが振られた。
「これからもよろしく」
「……よろしく」
つくづく、食えない者ばかりが雁首揃えて。
➤
「ドラコ、」
「あ——兄上」
うっかり声を震わせた私にドラコの周囲から迅速に人が消えた。本当に一瞬で捌けた。ゴイルもクラッブもグリーングラスもパーキンソンもノットもザビニも全員だ。介添に得意げな顔をしていたドラコは、しくじった、と言わんばかりの表情で私を見上げた。
うん、説教されるとわかっていたのだろうな。散々に逃げ回られ、ようやく捕まえられたのは大広間だった。
「違ッ——兄上、そもそも僕は被害者で、だって仕掛けてきたのはあの野獣の方だ! ひとかきで僕の腕はこのようになってしまって、とんでもなく危険で」
「授業のはじめに注意があったと聞いている」
「あったけどだってあの森番が言うことなんて」
「そうだな。おまえはスネイプ教授の注意ならば一言一句聞き漏らさずそのとおりにしただろう」
前方の教授席にて、スネイプ教授が〝巻き込むな〟と言わんばかりの顔をしているのが見えた。小言があればそれは是非とも、愚弟に仰ってください。私ではなく。
「兄上だって去年はロックハートの授業をほとんど全部すっぽかした!」
「そうだな」
これはただの事実の指摘である。私は頷き「しかし、一度は受けた」と続ける。
「そのとき、指示にはすべて従った。その上で従う意味がないと判断したから捨てた。それで? ——おまえがそのような有様となったのは初回授業だろう。指示を無視して危険を冒し、結果怪我を負った、おまえの判断基準を聞かせていただいても?」
ルビウス・ハグリッドは〝混ざりもの〟であろうとは、ホグワーツ内でまことしやかに囁かれている言説である。魔法生物に見境のない男がこのように在籍できているのは、ダンブルドア校長の贔屓であるとも、また。
実際ダンブルドア校長は、かの森番を明確に贔屓しているだろうとは私も思う。とはいえ森番には投資されるだけの才能がある。禁じられた森の生態系を的確に把握しているから、あそこまで森に近い位置に平然と生活を営んでいられる。私であれば一週間と持つ自信がない。また、彼以外が森番についたとして、果たして誰がケンタウロスとああまで真っ当に交渉できるものか。
気に食わなかったのはわかる。ポッターどもと仲が良いこともドラコにとっては癪に障る点だろう。拗れに拗れた結果、嫌っているのだか嫉妬しているのだかよくわからないとして。
「ヒッポグリフの生態を理解していれば、あれらを侮辱する行動には絶対に出ないな。おまえはヒッポグリフを大して知らなかったのだろう。では、未知なるものの前で何故、指導者の言に従わなかった? 信用できなかっただけか? 他に理由は?」
「それはだって——」
「おまえが、ヒッポグリフに襲われて医務室に運ばれた——私がそれを知って、無事をこの目で確認するまで、どんな思いだったか、わかるか」
本当に倒れるかと思った。私の顔色は普段から青白い方だが、それにしてもあまりにも血の気が引いていたせいで、同級生に早退を勧められた。逃げ回る体力があるなら無事であろうと頭では理解していても、情動は真にはコントロールできない。一目見るまでは気が気ではなかった。
ドラコは一度口をつぐんだ。
「……兄上がそれを言うのか?」
ついで皮肉げに吐き捨てる。
「去年……石になったと聞いて、あなたは医務室に横たわっていて——僕がどんな思いだったか、あなたこそが知らないくせに」
痛いところを突けたとドラコは思ったのかもしれない。
しかし、私が口を出したのは、ゆえにこそである。
「私があのようなことをしたせいか——と、思った」
「——……」
身を投げ出してまで策を弄した悪例を見せてしまった。私が。もしも、それを真似たと言うなら。今回のドラコの怪我は、私が遠因であるのかもしれない。
私が全くの無表情でドラコを見据えていたら、いよいよ居心地が悪くなったのか、スッと視線がそらされる。
「……わかりましたよ!」
ドラコは投げやりに言い放った。視線はやはりそっぽを向いて、耳が赤らんでいた。
「なんていうか——まァ——すこしくらいは——ごくわずかに——僕が悪かったかもしれない。ちょっとは。それで、次からはこういうことはしない。気をつける」
ふむ。
「
ここは大広間である。つまり証人が有り余るほどいる。
私をまじまじと見たドラコがついで目を吊り上げる。「兄上!」「つくづくおまえは素直で可愛いな」私は笑ってそれから逃げた。まったく可愛い弟である。どうかできるだけ健やかに生きて、この世のあまねくすべてに傷つけられずにいてほしいと思っている。無茶を述べているのは重々承知だ。それでもと願っている。
ところで。先だって父上には、このような経緯のため、新しい魔法生物飼育学教師には多少手加減してくださるとありがたい、と上申したのだが。果たして聞き入れていただけるのだろうか。ドラコにこの方向での成功体験を積ませて良い影響があるとは、あまり思えないのだが。今後これに味を占めて軽率に身を投げ出すようなことがあってほしくはないのだが。
翌日。
「——それで、レグルス? どういう返信が来たって?」
ルームメイトの問いかけに、おそらく、私は苦虫を噛み潰したような顔、の手本の如き表情を浮かべたと思う。
「……おまえが言えた立場かと……」
「妥当」
「残当」
「順当」
「きみは本当に反省するべきだ」
し、したが、反省。ちゃんとした。
次があったらばもっと上手くやる。次があればの話である。
➤
「反省するべき、という意見はごく真っ当だね。素晴らしい御友人だ」
レギュラスは基本的に私の味方ではない。マシュマロを齧りながらしみじみと今一度実感する。
「叔父上が厳しい」
「従叔父」
「従叔父上が厳しい」
「好きに言いなさい」
ぱちぱちと焚火が火花を散らしている。のんびりと火を焚いていたらレギュラスがやってきた。どこぞの便利な
レギュラスと私の距離感は、親子のそれではないが、歳の離れた兄弟のようであった。手厳しい兄。私はもとより才にあふれていて有能だが(事実である)しかし私をそのように育て上げたのは、父母の教育であり、それ以上に従叔父上が関わっている。開心術を誰彼構わずかけまくるような幼児に、手心を加えた教育を施して、下手を打ったときに詰むのは私だけでなく家全体だと再三教えられた。君の両親は我が子のためならば身を挺して庇うだろうが、君はそれでいいのかと。幼児だった私は、語られる最悪予想図もミミズクの中身が謎の人間だったことも謎の人間に詰められていることもなにもかも怖くて泣いた。結果として今の私があるわけだが、それはそれとしてレギュラスは本当に手厳しい。
ミミズクではない姿でも出歩くようになった従叔父上。ミミズクの羽の色は、人間体となった彼の瞳の色によく似ている。
「どうして本邸に戻られないのですか」
「出て行った方がいい?」
「そうではなく……」
このひと本当に意地が悪い。
黙々とマシュマロをかじる作業に戻ると、レギュラスのてのひらが伸びてきて、指先が私の髪を梳かした。もう十六なのだが。
「ブラックの家は、原則として、直系に近い血縁長子自動譲渡なんだよ。魔法契約の上での遺言でも残さない限り」
私の髪を撫でつけながらレギュラスはつぶやく。
「兄上の当時の家はとうに解約されている。この歳で兄と一つ屋根の下は……いくらクリーチャーがいたとしてもね」
「シリウス・ブラックと二人きりは、クリーチャーこそが嫌がりそうですが」
かの老獪な
「殺し合いを始めかねなかったからダンブルドアから任務を渡していただいたよ。程々に外には出さないと」
仮にも自らの兄をまるで散歩の足りない犬扱いしている。
「あとはクィレルが折衝してくれているようだね。時折ヘルプコールが来るよ。今年は防衛術の自習はないのかとも聞かれる」
「現状検討しておりませんね……」
ルーピン教授が予想以上に有能だったので現状必要には駆られていない。しかしあのひとまだブラック邸に派遣されていたのか。ブラック直系がご帰還したというのに。
「ちょうどいい緩衝材として役に立ってくれているみたいだ」
レギュラスは人でなしな言葉を吐いた。本人が緩衝材になるおつもりはさらさらないようだ。
「僕が滞在したところで、せいぜい仲が悪化するだけだ。誰もが君たちのように仲の良い兄弟ではないのさ」
「……。あのときは本当にごめんなさい」
「いじめてるつもりはないのだけどな……」
レギュラスは珍しく困ったような声を出した。擦られているわけではないのはわかっている。私が反射的に負い目を感じてしまうだけで。
いまだ頭を撫でる仕草にふと思うことがひとつ。
「心当たりがなければ流していただいて良いのですが」
「うん?」
「ミミズクのときに、よく頭や肩に止まられていたの、もしかして、撫でていらっしゃるおつもりでしたか?」
レギュラスの手がぴたりと止まった。続いてくちもとを抑える。
「なるほど……」
「けっこうしっかり納得してる……」
かなり子供扱いされていたらしい。こんなにも手厳しいのに。信じられない思いで見上げると「愛ゆえだよ」心底適当な台詞を吐かれた。もう少し真面目にやってください。
「本当なのに」
「もういいです」
➤
ドラコの大怪我以降、特に大事件も起きずに日常が過ぎていく。まるで私の入学時のような平穏である。昨年と一昨年はなんだったのだ。昨年は父上が原因で一昨年は闇の帝王だった。なんなら昨年も害を為したのは実質闇の帝王ではあった。ついでに父上の暴挙も闇の帝王のせいにできないだろうか。闇の帝王が遺した魔道具が所有者の精神をも捻じ曲げたのです——なんてな。
……闇の帝王、このまま大人しくいきものとも言えぬ様相でいてくれないだろうか。できれば私が死ぬときまで。しかしそうであったなら、いきものとも言えぬ様相のまま賢者の石を盗み取りにも来なかっただろう。死を目前にしたらば私も彼のように思うのだろうか。
私は監督生には選ばれなかった。選ばれない理由は数多に思いつき、冷静に分析しているように見えたかもしれない。思考と理性が激情をただしく統制する。
感情としては——悔しくなかったと言えば嘘になる。
しかし同時に、監督生には選ばれなかったことに、実のところ多少安堵していた。
トム・リドル。トム・M・リドル。半世紀近く前のスリザリン寮の監督生。名簿は残っていなかったが、ビンズ教授のデスク内にはここ一世紀以上の生徒の提出物が残っている。レポートとは名ばかりの落書きもちらほら。一世紀前でも彼の単調な朗読に等しい授業は変わりなかったようである。いつから魔法史の教授なのだかな。適当な理由をつけてデスクを漁ってもビンズ教授は基本気にしない。いいのかそれで。
ビンズ教授の授業を必死に越えようとした学生たちの涙ぐましい努力——つまり眠気覚ましのあれこれ。内職をしたり。手紙を回したり。その痕跡が残っている。つなぎ合わせれば当時の学内の情勢がわかる。
十二科目
監督生になったとして——五十年前の黒魔術師の痕跡をそっくりそのままなぞりたくもない。その果てにドラコに杖を向けたならば尚更。願掛けの問題である。
詮無い話だ。
「「ハァァァッピーハロウィーーーーーーン!」」
ハロウィンの夜のことである。盛大なご挨拶とともに花火が打ち上がり、菓子が大広間中を乱舞した。
「
「カナリアクリーム、パーティの余興にいかかが? トン・タン・タフィー、舌が長ぁく伸びる! ホグワーツ・パイ、どれがどの寮かはお楽しみ!」
落ちてきたパイをひとつ口にするとスリザリンテーブル各所からギョッとした顔をされた。ドラコなどまるで私の正気を疑う目つきである。やがて私の髪が朱と金に染まった。グリフィンドールカラーである。緑と銀はどこだ。
「研究開発スペシャルサンクス! リー・ジョーダン!」
打ち上げられた花火が形を変えて〝Jordan〟と綴る。
「実験体ありがとう!」
「どーも!」
ジョーダンの返答は半ばヤケクソである。ジョーダンが最近肥えていたのはそのせいらしい。ここまで大量の悪戯菓子をひとつひとつ食べて実験していればそうもなる。安全性は実証済の宣伝も兼ねているようで。
「アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、およびご友人方! アンケートご協力ありがとう!」
「こういうのなら好きよ。平和だし、みんな幸せになれる」
ジョンソンが涼やかに笑った。スピネットも肩をすくめている。マァ一部〝やかましい〟と言わんばかりに表情を歪めるスリザリン寮監などもいるが、少なくとも不幸せそうではない。
「マルフォイ! スポンサーサンキュー!」
「えっ」
ただでさえギョッとした様子だったスリザリンの各所から、更に二度見された。花火が〝Malfoy〟と文字を綴っているようだが、素知らぬ顔で黙々と別のパイを食べる。今度は黄と黒だった。ハッフルパフカラーを求めていたわけではないのだが。
「レグルス……本気で?」
「多少知恵と設備を貸しただけだ」
レストレンジが問うてきたので仕方なく答えた。スペシャルサンクスとまで名を綴られるような行為をした覚えはない。グリフィンドールはどうして黙っていられないのか。
「ただの悪ふざけや半端な計画書であれば詰めた上で先生方に突き出すつもりだったが、そうではなかったので」
「それにしてもだよ」
真面目な進路相談、かつ、試験的な運用として意見を求められた。有能なものには相応の対価が齎されるべきであり、貴族はその対価を用意して然るべきだ、と私は定義している。癪なことに彼らは有能で、加えて、どのように要請すれば私が動くのかをよく理解していた。
ウィーズリーどもは知恵だけを当てにしていたようなので、送りつけた魔法薬調合セットにかなり慄いていたが、あいにくとボロくさい器具ではいろいろと不安が残り、万一事故が起きると知恵を貸した私の方が寝覚めが悪い。購入費に関しては、私の無尽蔵な読書欲に母上が一考なさって「これを運用して自分で買いなさい」と元手にガリオンといくつかの不動産を与えられたのがおおよそ一年前、投資と家賃回収でコツコツ増やしていたぶんなので、父母に咎められる理由もないだろう。
早く稼いで利息付きで私に返せ。私は自分用の別宅がほしいのだ。そろそろ私に与えられた部屋が本で埋まる。書庫はとっくに埋めた。
「……やっぱりウィーズリーどもと仲が良いのか?」
「ドラコ……いくらおまえでも言って良いことと悪いことがある」
世迷言を、と睨むと「仲が悪いならこういうことはしない」と返された。見解の相違というやつである。いくら仲が悪かろうが同じ事業を行う場合というものもある。
パイをもう一つかじると青とブロンズだった。おいこれ本当にスリザリンも入れているのだろうな。
➤
週末の焚火に闖入者がやってくることはけっこうな頻度であるのだが、それにしても今日は意外な選出だった。
「誰から聞いた? ウィーズリーどもか?」
「セドリック」
案内人はもちろん、ポッターから出てきた名前まで含めて意外だった。「なんで兄上の居場所を劣等寮が知ってるんだ」案内人ドラコが怒っている。ディゴリーが遭遇したのは完全に偶然だったので私が怒られる筋合いはない。
「兄貴ならコイツなんとかできないの?」
ウィーズリーの末弟がドラコを指差した。ふむ。とりあえずマシュマロを複数火の上に掲げておく。
「寮の中で言いなさい」
「ちがう……そうじゃない……」
首を横に振られた。ドラコは得意げな表情を浮かべた。
「素直さが残っていた方が可愛げがあるだろう」
「わかった、もう絶対に言わない」
「どうして……」
得意げな表情は消えて、辟易の顔つきで口を閉ざしたドラコに、ポッターの集い三人から拍手が贈られた。そこまで制限するつもりではなかったのに。弟が最近反抗期だ。
——ポッターどもが聞きたいことがあり、ドラコに突撃し、自分から突撃して嫌味を言うことはあっても逆はないドラコが狼狽え、内容はむしろ私の領分であったので私を探し、図書室で鉢合わせしたディゴリーに親切に教えられた——というのが事の顛末だとか。
これはのちのち貸しとして要求されるかもな。ディゴリーはわりとちゃっかりしている。
「ヒッポグリフの助命嘆願なら自分たちでやれ」
さておき私へ持ってこられる用件とは、というとまず思いつくのはこれだが。
「経緯がどうあれ、ドラコが傷つけられた以上、私が手を貸す義理はない」
「……それはもとから期待していません」
グレンジャーが毅然と言った。物わかりの良いことで。
「シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー、それにレギュラス・ブラック」
「……」
より面倒な手合いだった。ヒッポグリフの助命嘆願と言われた方がまだマシだったな。一筆書けばいいだけなので。
「私は当時、レギュラスのこともペティグリューのことも、
「そういうことにしておけって?」
返事の代わりに焼けたマシュマロを四人に差し出すと「兄上のくれるものはだいたい甘い」とぶつくさ言いながらもドラコが真っ先に取った。文句を言うなら返せ。なんだかなあ、と言わんばかりの顔でポッターどもも受け取った。文句があるなら返せ。
「ウィーズリーのペットの内情など知るものかよ。私はどこぞのツインズと違ってそこまで暇ではない」
「それミミズクが誰かはやっぱり知ってたんじゃ」
「質問は以上か?」
揃って首を横に振られた。
「十二年前の事件のことは?」
「貴族なら全員が知っている。ドラコも知っている。ブラック家は純血貴族の中でも有数の名家で、シリウス・ブラックの件は一つ前の世代の最大の汚点だ。寝物語がてら言い聞かせられる」
「純血ならばスリザリンに入るべきです。間違ってもグリフィンドールに入ったあかつきには——我が息子がシリウス・ブラックのように謗られるのは——」
ドラコは母上の真似が上手い。
「レグルスの過保護って母親似?」
「お帰りはあちらの城へどうぞ」
にこやかに示してやったと言うのに、またもや揃って首を横に振られた。昨年度の借りがなければ強制的に城へ戻しているのだが。
「シリウス・ブラックは——本当に冤罪なの?」
さてはて、如何なりや。「魔法省は断定できなかった」私は素気なく言った。
「事件は十二年も前だ。今更特定できるわけもない。歴戦の
「闇の印でわからなかったのか?」
これはウィーズリー。
「闇の帝王が密偵に闇の印を与える馬鹿正直だったらそれに翻弄された魔法省とダンブルドアはなんだ? 腕一本確認せずに数多の人間がおめおめと無駄死にというわけか? 使えない脳味噌など食べられるだけ子牛の方がマシだな」
「嫌味がなっがい」
「あの手帳を書いただけある」
「手帳ってなに?」
グレンジャーの純粋な問いかけからポッターとウィーズリーが揃って目を逸らした。そうだな。私の前で暴露するほど愚かでなくてよかった。
「兄上、テット・ド・ヴォーは得意じゃないくせに」
ドラコの口にもうひとつマシュマロを突っ込んで黙らせる。「ほんとうにあまくて口が死ぬ……」もうひとつ与えた方が完全に黙ったかな。
「……そもそも、今更真偽を明らかにしようとしている理由はなんだ」
単なる興味にしてはやけにしつこい。去年のことで多少改善したにしても、犬猿の仲たるドラコを頼ってまで、調べて回る意味が理解できない。
「親の仇を晴らしたいでも? さすがはグリフィンドール。しかし法に則らない私刑が罷り通るのは貴族くらいだ」
「シリウス・ブラックは——僕のゴッドファーザーなんだ」
一瞬の沈黙。
内容を内心復唱する。
ポッターは傷跡を強くこすった。今更痛むわけでもなかろうにな。
「……断定できない人のところに預けるわけにはいかないのは、しょうがないのよ……」
グレンジャーが力なく言った。
「それでも無実だったとしたら——」
「もしかしたら、ブラックの御曹司だった可能性もあるんだな、ハリーって」
ウィーズリーがちょっとおどけた。それから肩をすくめた。
「……たとえ一緒に住めないにしてもさ。親の仇のひとりって思う方がいいのか、それとも父親の親友としてみた方がいいのか、はっきりできるならさせるべきだ。僕んちのスキャバーズが無実だったのか、ベッドの横で寝かせてるうちにうっかり寝返りしてプチッと潰しておくべきだったのかもね」
「……まさかウィーズリー、君はネズミと同じベッドで寝ていたのか?」
ドラコは完全にウィーズリーの正気を疑っている。
「なんだよ、まさか君は未だにママと一緒に寝てるとでも?」
「……未だにって……?」
今度は不可解を全面に出した。
「貴族は基本的に、赤子の頃は
ポッターらと私たちで常識の乖離が見られるので補足すると、ポッター三人衆が若干引いた顔をした。
「……私の立場でどちらがどうと判断したところで、客観性には欠ける。そもそも私はどちらのこともよく知らないのでな」
話を戻す。作り出した串にウィンナーを刺してチーズをかけて炙る。じゅうじゅうと脂っぽいにおいが漂い始めた。
もはや真相は闇の中だ。決定的な証拠は望めない。本人から自白を引き出せれば御の字であったろうが、あの調子では難しいだろう。新聞一面に掲載されてのち三ページ割かれるぐあいに裁判の顛末は広まり、加えて、双方釈放後にダンブルドア校長が迅速に話をつけに行ったようなので、闇の帝王の元に馳せ参じることはないとしても。過去の罪は裁かれず、有耶無耶に終わる。
「ただ、レギュラス従叔父上——彼は、ペティグリューを見つけ出した瞬間から、シリウス・ブラックが無実であると確信していたようだな」
「弟だから?」
「ハハハ。御冗談を」
そんな単純な話であれば、あの兄弟仲はあそこまで拗れてはいまい。
「ブラック家の嫡男として生まれながら、血を裏切る者とまで呼ばれたマグル贔屓。家への反抗のためにスリザリンを蹴ってグリフィンドールに入る意志の強さ。加えて——ただ殺すなら死の呪文がある。しかし余波でマグル十二人が巻き添えになったあの事件に使用されたのは
Who Done it? How Done it? ——いずれも無意味な問いである。候補はただ二人。どちらにも可能だった。絞り込むことはできない。ゆえに問うべきはそこではない。
Why Done it? ——どうして。
ああもちろん、事件の動機自体は明白だ。闇の帝王に屈した。ゆえにポッター家を売った。ポッター家襲撃ではなく、その後の十二人殺害に着目するべきだ。
どうして、その手段を取ったのか。
死の呪文は外傷一つ残さず人を死に至らしめる。たとえ逸らした呪文が当たったとしても、マグルの死体が肉片となって飛び散ることはない。ペティグリューが生きていた以上——あの事件で用いられたのは爆破呪文だった。
「少なくとも初手で死の呪文を用いられることはなかった。しかしシリウス・ブラックが使えなかったとも思えない」
「十二年前の事件で爆破呪文を使うメリットがシリウス・ブラックにはない——一方で、ペティグリューにはそのメリットがある」
四本焼けたので四人に差し出すと「最初からこれを出してほしい……」ドラコがぶつくさ言いながらやはり真っ先に受け取った。マシュマロ吐かせるか?
ポッター三人は受け取らなかった。既に食欲はないらしい。とりあえず持ち手の箇所を地面に刺しておく。
「無実の罪をなすり付ける先が必要だった。その根拠とトドメが必要だった。自分がネズミになって逃げるための隙が必要だった」
破綻した兄弟関係から信頼などとうに消え失せた。あるいは元から存在しなかったのかもしれない。
ゆえに、レギュラスがペティグリューを真犯人と断じ、シリウス・ブラックを冤罪と考えた理由は、そのような子供騙しではありえなかった。感情論には走れなかった。その土壌すらなかったから。
「レギュラス従叔父上がシリウス・ブラックの無実を確信する理由は以上となる」
ポッターたちはしばらく黙っていた。くしゃみと、鼻をすするような音ののち「……ありがとうございました」どこか鼻声のポッターが述べた。
私は返事の代わりにしっしと手を振った。
「……おまえは一緒に行かなくていいのか」
私の隣にドラコだけが残った。
「誰があんな傷物と出っ歯と貧乏人なんざ」
今学期初期の罵倒と比較して、泡銭が消えたな。
「……もしもポッターがブラックに引き取られていたら——」
「——シリウス・ブラックはもとより大の跳ねっ返りで有名だ。間違っても純血貴族らしい教育は受けなかったろう。おまえとの関係はあまり大差ないのでは」
マルフォイの御子息への態度はむしろより酷かった可能性もある。どちらにせよ、たらればを話したところで今は変わらず。
ウインナーを齧り(ちとしょっぱい)それから、私は嘆息する。
「……泣くなよ」
「泣いてない。兄上は目が悪くなったから見間違えたんだろう」
「ああそうだな、私が見間違えたよ」
この子は全く。
「友達になりたかったんだと一言言えば良いだろう。あれらは絆されるぞ」
「そう言う兄上は友達いないだろ」
そろそろ強めに殴っても許される気がしてきたな。
➤
「ポッターにファイアボルトが届いた」
「私は絶対に買わないからな」
おおよそなにが続くのかわかったので先んじて釘を刺した。箒の小突き合いに価値を見出すのは構わないが、私は買わない。誕生日でもないのだから。
そしてドラコの誕生日の頃は学期末試験の時期に被るので、買い与えた結果成績がどうなるかなど目に見えている。べつに頭は悪くないのに他のことにうつつを抜かしやすいので。
「ウィーズリーには支援したのに」
「あいつらにはきちんと借用書を書かせた」
血判付きである。まさか口約束だけで支援するわけがあるまい。
「それとも、おまえも書くか?」
「やめとく」
ドラコは諦めた。
「父上に頼みなさい」
「昨年チーム用に箒を買ってくださったのに、今年までねだれるわけないだろ……」
「自制心が豊富でなによりだ」
私に頼まない自制心も備えられているとよりよかったのだが。
ところで——我が従叔父上は学生時代はスリザリン寮のシーカーだったと聞いている。そしてあの人はドラコにもけっこう甘い。
レギュラスにそれとなく尋ねたところ、生ぬるい目数秒、のちに「……再来年ならいいよ」と言われた。今年はともかく来年も駄目らしい。なにかあるのか。理由を述べられなかったあたり、私の領分ではないのだろうが。
「そもそも彼は何故、ポッターに箒など——確かにポッターの箒は先日のクィディッチ戦で破壊されたようですが」
ポッターがいつものスーパープレイを発揮した結果、すったもんだの果てに暴れ柳に衝突して粉微塵になったらしい。対スリザリンであったはずの試合は(主に悪天候により、ドラコが怪我が不安などと言い出していたため)グリフィンドール対ハッフルパフ戦に差し替えられていた。ゆえに私は見ておらず、人伝に知った。なんなら勝敗も知らない。ディゴリーやデイビース、ウィーズリーは、私が露骨にクィディッチに興味がないのでそういう話をしない。
私の問いかけにレギュラスは肩をすくめた。
「ポッターから手紙が届いた程度で箒を贈る兄上の浮かれっぷりが僕は恥ずかしい」
……。ポッターが手紙を送るほどシリウス・ブラックへの態度が軟化した理由に、心当たりがあるのだが。
もしかして私のせいかこれ。
……言わなかったら露見しないだろうとも。たぶん。
「ところでレギュラスは最近なにをしていらっしゃるんですか?」
「宝探し」
➤
「君を監督生に推薦する声がなかったとは言わない」
「教授、これ一応進路面談では?」
開口一番進路面談とは程遠い話から始まった。
さすがにお尋ねしたものの、スネイプ教授はいつもの黒々とした目で私を見つめた。
「君がどのような道を選ぼうと私が言うことがあるように思えん。同様に、私がなにを言ったところで特に方針を変えるとも思えん。君の家の身分ならばわざわざ労働に勤しむ必要もない」
スネイプ教授はどうでもよさそうにつぶやいた。「そもそも私が進路に口を出したとしてルシウスが許さんだろう」「そうでしょうけれども」せめてもう少し取り繕っていただけませんか。まさか二年後のドラコにもこの調子で面談しないだろうな。
「奇特に労働を選択したとして、君の成績で入れないポストもそうはな……」
何故か止まった。
スネイプ教授はきわめて複雑そうな顔で私を見つめた。
「……クィディッチ選手と言う場合は早急に考え直すよう説得するが……」
箒の安全運転には自信があるが、安全運転の箒で勝てるクィディッチはさすがに想像がつかない。
「箒の小突き合いはあまり……検討対象外ですね」
「で、あろうな」
スネイプ教授の口振りは、あまりどころではないだろうと言わんばかりである。事実だが。
「しいて言えば、研究職を考えています」
「先週の魔法史の自由課題——古書を漁ってマルフォイ家の伝承の真偽を一通り洗い直したレポートについてはレギュラスから聞き及んでいる」
「レギュラス従叔父上?」
「ビンズ教授から回収して教授陣に配布した。かなり好評だった」
「教授も教授でなにをされていらっしゃる?」
「ナルシッサも我が子の成長を喜んでいた」
「母上にまで渡っている……」
「このまま出すことは難しいとも言っていたが」
「そうでしょうね」
どうせビンズ教授は成績をつけるだけつけて仕舞い込むのであとで回収すればよいか、と真偽の検証やマグルとの関与もまるっと詳らかに嘘偽りなく書いたのだ。マルフォイの純血貴族としての権威を考えると出せるわけがない。回し読みされることは想定していないし母上に読まれることはもっと想定していない。
……クリスマス休暇中に何故か猫可愛がりされた理由はこれか!
「君の魔法史への打ち込みはよく聞いている。そのまま史学研究へ進むのであればホグワーツ外の指導も受けるべきだ」
なにせ弊学の魔法史担当はビンズ教授なのでそうもなるだろう。
「卒業後の弟子入りには私にもいくつか見当がつく——が、こちらはナルシッサの方が詳しいだろうな……」
「私もそのように存じております……」
研究職というものは貴族が就きやすい。時間と金が有り余っているので。魔法薬学の関連であればスネイプ教授に頼ったかもしれないが、そうでなければ基本的に母上の方が詳しい。ブラックの名前は伊達ではないのだ。なんなら私が未就学の暇を持て余した本の虫であった頃から、幾人か紹介を受けている。
「進路についてはこれぐらいでいいとして——」
いいのかな……。
「——レグルス・セプティマス・マルフォイ。君は当年度のスリザリンでもっとも優秀なひとりだ。誇張なく」
思ったがスネイプ教授はもはや切り替える方向だ。
そうだろうな、と私もその評価には内心同意する。私は事実として優秀である。同学年で十二科目取っているのは私一人で、その上で総合点はおろか単体科目でも首位を譲ったことはない。
「影響力も幅広く、君が一言告げれば従う者は数多い。マルフォイというだけでなく、君の能力を信頼した人間も多い——しかし君に監督生は向かない」
スネイプ教授は私を真正面から見据えた。
「時間をも無理に操って十二科目を履修すること、それそのものにすら心が折れる者は多い。君はそのようにはならなかった。他寮の人間と付き合いながらも、スリザリンの中でも上手く立ち回っている。家の権力もあるだろうが——君は本質的に周囲に興味がない」
……。
まァ同級生にすら勘付かれることだ。当然、スネイプ教授にも気取られるだろう。
「己が折れて合わせてやることに躊躇いがなく、度が過ぎる振る舞いをされたときに切り捨てることに躊躇いがない。何故なら君にとって他者などどうでも良いからだ。能力値のパラメータのみで他者を測っている」
スネイプ教授はわりあい周囲をよく見ている。己の隙を気取られぬように。誰かの隙を見つけられるように。そのように生きてきたのは、戦争を経験したから、学生時代になにかあったのか——それ以前か?
「興味がない。というのにそのように振る舞えたのは、マルフォイの名を落とさぬためで、ドラコの入学があったからだ。自覚はあるな?」
「……さすがにあります」
昨年度、ドラコとの喧嘩で私が頑として折れなかったことには、周囲には散々驚かれた。正確には、ドラコに対して折れなかったのに、私が兄弟喧嘩で思いきり落ち込んでいることに驚かれた。普段の私ならば早々に妥協するか、とうに切り捨てて、ないものとして扱っている。
——有象無象との関係が修復できなかったとして、代替はいくらでもある。資源は貴重で、ゆえに人命は尊く、私が積極的に手を下す必要はない。
父上は、母上は、ドラコは——けれど、代替はない。
「その延長で監督生が他者を切り捨ててはならない。他寮はともかく、自寮はな。その点ドラコの方がよほど上手い。あれは一度身内と認識したものを雑に扱うことはあれど、決して捨てない」
不意に思い当たった。ドラコがポッターに何度も喧嘩を売りに行く理由。生き残った男の子。気に食わない犬猿の仲。友人になり損なった少年。
そうか。……一度、身のうちに入れたのか。
「傲慢を飼い慣らせ。社会に出たときにまでそのままでは叩き潰される。イギリス魔法界でマルフォイの名は轟いているが——いつもその名で守られるとは限らないのだ」
スネイプ教授はそのように締め括った。私は「ありがとうございます」と礼を述べた。
早合点したのは私だったらしい。確かに彼は進路面談を的確に行っていた。
「ちなみにホグワーツでいつもレギュラスを匿っていたのは教授ですか?」
「面談は終わった。退室しなさい」
➤
周囲の人々が私に優しくないしドラコに甘い。どうして。
「君は……そりゃあ……ちょっと待てどこまで本気で言ってる?」
デイビースが混乱している。
「一から十までだが?」
「どこまで本気で言ってる……?」
「無駄だぜロジャー」
「これをまともに相手取るだけ馬鹿を見る」
口々にぼやくウィーズリーどもをディゴリーがおそるおそる見た。
「君たちそんな彼に本格的に支援されて大丈夫なの?」
「たぶんな」
「おそらくな」
「私は利息が増えるだけ嬉しい」
笑顔で言うとウィーズリーはしょっぱい顔になった。
ディゴリーとデイビースは同情的な顔になった。
「……とりあえず来年度までになんとしてでも返済の算段を立ててる」
「もはやO.W.L.にすら構っていられない」
「ああ……うん……そうだろうな……」
「……応援はするよ」
「ゆっくりでいいぞ」
「応援するよ本当に」
どうやら私は孤立無援らしい。
ドラコの指摘に応じてウィンナーも用意するようになった結果、焚火出席率が増えた。私は一人で癒されるために焚火を熾しているはずなのだが。寮の垣根を越えていろいろと収集できる場としては期せずして役に立っているため、なかなか潰すにも潰せない。
「O.W.L.は気にしてほしいかな、一応教授として述べておくと」
と、ここでぬるっと入ってきたのはルーピン教授である。グリフィンドールにはナチュラルに会話に混じるべきという掟でもあるのか?
「もちろんそこそこの成績は取る」
「最低限はね」
「
「とはいえ進級できないとさすがにお袋に泣かれる」
「私も支援は打ち切って即時返済を迫る」
「「——なによりそこの鬼もいる」」
二本の指に示された。人を指差すな。そもそも私に持ちかけてきたのはおまえたちだ。
ルーピン教授は苦笑した。
「バレンタインの悪戯も愉快だった。久々に学生時代を思い出したよ……」
ロックハートの悪趣味ではなく、星々の代わりに薔薇が浮かび、雪の代わりに花弁が降る悪戯だった。フリットウィック教授が本気で感心していた。
吼えメールを改造したラブレターセット(手紙を開くとメッセージ文が空中に浮かび上がり、花やハートを添えるエフェクトと共に本人の声で朗読される)なども作って売り捌いていた。本当にアイディアマンであり商才もある。長期的に投資していきたい。いい金蔓が生まれそうだ。
「ルーピン教授の学生時代にも彼らのような人たちが?」
デイビースが興味を示した。ルーピン教授は頷いた。
「もっとも、彼らにパトロンはいなかったけれどね」
パトロンではないのだが。
……よく考えると私の行いはほぼほぼパトロンなのだろうか。これは本当に双子を監視しておかないと、もしも商売が立ち消えたとき、私の見る目まで疑われるかもしれない。
「また君たちほど本格的に商売するつもりもなかっただろう。あくまで悪戯の範疇——平和だったらまた違ったのかもしれないな」
彼の在学時期といえば、魔法戦争が激化する直前だろう。悪戯グッズなぞに打ち込んでいる暇はなかったはずだ。
「教授である以上は表立って言えるものでもないけれど、応援しているよ、私もね」
ルーピン教授がやわらかにはにかんだ。双子は気を良くして「ルーピン先生には来年もいてほしいね」「応援してくれる人が一人でも多いのは心強い」「マ僕たち来年は防衛術落ちてるかもだけど」「それでも同寮のよしみでね」口々に言った。ルーピン教授の教え方で落ちるのは相当だと思うのだが。
「心配になってきた……勉強会でも計画しようかな……」
ディゴリーが呻いた。
「やるならレイブンクローも巻き込んでくれ」
「そもそもレイブンクローの学力で落第者はそんなに出ないだろ」
「そのぶん自分を追い込むからヒステリーがひどい」
「どうしよう、想像がつくな。……マルフォイも一口噛んでくれないか?」
傍観していたら話を振られた。まァ昨年度のノウハウもあるので私が強いのはその通りだろう。
「私に動けと? 昨年度のような無能はいないのに?」
小首をかしげた私になんとも言えない眼差しが注がれた。「これだからマルフォイは」聞こえよがしなのはウィーズリーである。おそらくフレッドの方。
「……昨年度の話は就任してから聞いたけれど、防衛術教授に就いて二番目に怖かった想定だね。無能扱いで半分以上連続欠席、扇動した子はよりによって学年首位——よほど自分に自信がなければ、心が折れるよ」
「ルーピン教授の授業は、私が受けてきた防衛術科目の中でも過去一番に素晴らしいです」
クィレル教授が本気を出したのは退職後だったのでカウント外。カウントするなら甲乙つけがたいと考えているが、それでも甲乙つけがたいほどに丁寧で上手い。生徒の心をくすぐり、説明も的確で飽きさせない。グリフィンドール自体を忌み嫌いつつあるドラコですら、授業内容に関する不評を言わないのだから、相当だ。
「嬉しいと思うべきなのかな……」
ルーピン教授はやはり苦笑している。「来年度も続けていただきたい」「来年度は諸事情あってね」素気なく断られた。来年度、本当になにかあるのか。
「確かに今年の先生は素晴らしい方々ばかりだ。ところで——」
一方、ディゴリーは落ち着き払った様子で微笑んだ。
「——君の弟くんが、この間、図書室で君を探していたね」
げ。
「同伴者も今ここで明かしてもいいかな?」
ウィーズリーたちに意味深に目配せするな。クソ。ハッフルパフ有数の才児が。これだからこの男は食えないのだ。
「とはいえ、昨年度の講師の都合はつけられない。最近はいよいよ忙しいようなので……」
「……またなにかあったのかな」
クィレル教授が賢者の石盗難を目論んだことはさすがに知られており、ディゴリーの懸念はそこを突いているだろう。「おまえたちが心配するようなことはないとして……」袋からマシュマロを取り出す。
「まァいろいろとあるのだろうとも」
「なにか企んでるのか?」
「グリフィンドールはやはりはぶいても良いのでは?」
「こらこらこら優しくしなさい」
ルーピン教授がマシュマロを見つめて悲しそうな顔をするので、グリフィンドール追い出し計画はやめてやった。
甘いものが好きなひとに悪い人間はいない。なにせ私がそうなので。
……私はもちろん良い人だが?
「ああそれとデイビース、私を巻き込むならひとつ交換条件だ」
「巻き込んだのセドリックだけど。……まァマルフォイに恩売っとくに越したことないか、なんだ?」
デイビースがワクワクを隠さぬ顔でこちらを見つめている。
「レイブンクロー寮のルーナ・ラヴグッドに取り次ぎを頼みたい」
ワクワクを隠さぬ顔が途端に引きつった。
「彼女は確かに風変わりだが、君に見咎められるほどか? 勘弁してやってくれまだ二年生だぞ」
「なんの話だ」
ルーナ・ラヴグッド。コンパートメントで相席になっただけの少女。居合わせた私が持つ教科書に掛けられた魔法の性質と、無力化のキーまで見抜いて、的確に指示した人間。
それがまさか寮内では爪弾き者扱いとはね。
「ザ・クィブラーの熱心な読者だから……」
デイビースは言いにくそうに視線を逸らした。マグル風に言えばまるで無根拠なオカルト雑誌である。たまに宇宙人やUFOについても掲載しているのでたぶんそのままマグルで売っても気づかれない。
ラヴグッドは確かにコンパートメントでも読んでいたし、付録の冠も嬉々としてつけていた。しかしまさか私がそんなどうでもよいことを詰める人間だと思われていたとは。
「本人の趣味嗜好は有能無能を左右しないだろうに」
「そうだったコイツ清々しいほど能力にしか興味がなかったんだ。よかった! いくらなんでもマルフォイから完全に庇うのは無理があるから本当によかった!」
心底から安堵されている。
私はいったいなんだと思われているのか。
「昨年度開催した防衛術の自習に興味を示していたから、次に開催するときは誘うと約束したのが、コンパートメントでのことだ」
「珍し過ぎてガールフレンドか聞いたらコンパートメントから蹴り出されかけた」
「怪物的な怪物の本でも襲われた」
私の説明に余計な補足するのはウィーズリーどもである。
ところで焚火をするのはいつも城内の敷地の端で、私たちの横には禁じられた森があるなと眺めていると「……さすがに教授として止めるからね」ルーピン教授が口を挟んだ。
なんのことやら。もちろん、実行するとしてもあなたがいないときを選びますとも。
「君の裁量で自習に入れるのは問題ないと思う。今はクリアウォーターが目をかけているんだけど、彼女も今年で卒業だから……マルフォイが直々に声をかけたことを回しておけば……」
デイビースが途中まで算段したのち「——ただ、入れたとしてついてこられるか」と、難しい顔つきだ。
「ただでさえ三学年下、それに、あの子たぶん授業もあんまりちゃんと受けられてない。かなり悪質な嫌がらせをされている……」
「……それを君は把握していて止められていないのか?」
さすがにウィーズリーから剣呑な声が出た。これは意外とジョージの方だ。
「無茶言うなよ!? 僕はラヴグッドのちゃんとした知り合いどころか監督生でもないんだぞ!?」
それはそう。
「せいぜいが多少噂話を差し止めて物を見つけたらクリアウォーターに渡して先生方各所にフォローを回すぐらいだ!」
監督生でもないわりにはむしろまあまあ働いている。なんなら私から多少庇おうとするあたりもけっこう体を張っている。「ごめん」「いいよ……」ウィーズリーが素直に謝った。
「さすがに同じ寮で集団ぐるみのいじめなんてふつうに寝覚めが悪い。止められるなら止めたいのは本当だ」
デイビースは唸った。
「おまえは取り次いでくれたらばそれでいい。責任は問わない」
私の所感としてはこのようになる。
「学力面を含め、なにかあれば私の方で対処する。そもそも、断られる可能性もあることだしな」
「マルフォイを断るとかあるか?」
「あるだろ」
マルフォイの名前に怯えるような有象無象ならば私はそもそも声をかけない。
➤
「……。本当に良いの?」
「良くなければ声をかけない。おまえが断りたいと言うならそのようにしてかまわない」
「入る」
➤
ラヴグッドの参加は許容された。というより、さすがに三学年も下の女の子へのいじめに関与するような人間は軒並み弾かれた。デイビースは交友関係が広いので、彼を通すとだいたいわかる。
そもそも殺気立ったO.W.L.受験者たちにいじめとか気にしている暇がない。
ラヴグッドだけでは目立つので、ドラコも連れてきた。ドラコはクィディッチを並行していることもあって首位ではないのだが、我が家の教育があるので頭自体は良い。取り巻きの子たちは——まァ私が世話をする義理もない。ドラコが連れてこようと思えば連れてくるだろう。
「ハーマイオニーが興味持ってたから三人とも連れてきた」
そしてこれはいつもの如く火種を持ち込んでくるウィーズリーども。
「兄上こいつら追い出そう!?」
いつものポッター三人衆を指差してドラコが叫ぶ。
「私は主催者ではないので、この会に誘う権限はあっても追い出す権限はない」
あくまでも副主催ないしアドバイザーの立ち位置である。主催はディゴリー。なにせ言い出したのはこいつ。私を巻き込んだのもこいつ。
話を振られたハッフルパフの監督生、兼、シーカーは小首をかしげた。
「言うことを聞いてもいいよ。——僕からスニッチを取れたらね」
今年度のハッフルパフ対スリザリンの対戦は既に終わった。最短でも来年である。
「いがみ合うなら先に喧嘩を売った方を焚火会から追い出すよ。構わないね、レグルス?」
「私が文句があるのは会の名前だけだ」
毎回焚火を熾しているのは私であっておまえではないだろうが。何故この自習サークルの名前が〝焚火会〟なのか。
私の非難の視線にディゴリーは涼やかに微笑んで、無視した。こいつ本当に。
➤
一年はこのようにしてつつがなく——つつがなく?——過ぎていく。来年もこのように平穏な年であることを願いたい。
……。
夏季休暇の裁判を平穏とカウントするかどうかは、論点に挙げるべきか?
「君がクィレル教授を気にかけてくれたことは実に幸運であった」
「……突然どうしましたか」
気まぐれに別の場所で焚火を熾していたら、いつものメンバー、ではなく、ドラコないしポッターの集い、でもなく、ダンブルドア校長がやってきた。当校の校長兼今世紀最大の英雄に非公式な二者面談を受けている。期末試験も昨日で終わったのに。進路相談もスネイプ教授と行なったのに。
場所を移動しようかな、と腰を上げかけるとスッと差し出されるもの——丁寧に梱包された砂糖菓子羽根ペン。校長が物で買収するのは如何なりや。
……座り直した。
「……しばしば、人は選択を迫られる。どちらを選ぶのか。どちらを切り捨てるか。それはときに、人命であったりもする。……クィレル教授に対し、わしは、あまりにむごい決断をした」
生き残った男の子、善なる少年、ハリー・ポッターの命が最優先で、ゆえにクィレル教授は切り捨てられた。闇の帝王に巣食われた、呪われた命。……私も切り捨てた。有能なひとが失われてしまうことを惜しんだが、しかし、私が命を賭してまで救うべきひとだとまでは思わなかった。
「レギュラスに仰るべきです」
「しかしレギュラスは、従甥が気にかけてもいないただの下僕を救うことはせぬであろう」
私が露骨に表情に出したせいか「無論、彼は全く悪くない」ダンブルドア校長は付け加えた。
「自らへの利をしたたかに計算する。スリザリン寮生に突出する美徳じゃ」
「そうですか」
私は淡白に相槌を打った。
「できぬ者は潰れる」
それは間違いない。
「誰も、身にそぐわぬ荷など背負うべきではない」
ダンブルドア校長は目を瞑った。……スリザリンの美徳がそうであるならば、ダンブルドア校長は、今世紀最大の英雄は——グリフィンドール出身の傑物は。その美徳を持たなかったのだろうか。大きな荷を背負い続けて潰れかけたのだろうか。
あるいは今も。
……詮無い思考である。
「……私はポッターの味方ではありませんよ」
「それで良い。君を制限することはない」
ダンブルドア校長は鷹揚に頷いた。ブルーの瞳が奇妙にきらめいている。
「君は多くのことを考えている。わしは、君が確かに、家族を愛していることを知っている。……正しい選択を取るじゃろう」
「……。ええ、もちろん、心得ておりますとも」
この爺、まだ成人もしていない子どもに深めに釘刺してきたな。
若干の面倒を覚えながら、私は内心嘆息した。開心術をかけてこないあたりは信用なのか警戒なのか。とはいえ言わんとすることはわかっている。問題は——このタイミングだ。
賢者の石、秘密の部屋、今年度は少なくとも学内では何事もなかった。しかしレギュラスは忙しそうだった。ブラック関連の処理か。水面下で別事が進んでいたのか。来たることへの準備か。
来年、果たして、なにがあるというのだろう。
➤
ホグワーツの生徒たちは、この一年、束の間の平穏を享受した。
一方で、ヴォルデモートは黙々と復活の準備を進めている。
——そして、もちろん、ダンブルドアもまた着々と、ヴォルデモートと戦う準備を進めている。彼の手駒がその下に馳せ参じないように抑え込み、また、その力を削ぐために。
この物語は既定路線から外れている。わずかな差異が徐々に増幅されていく。
「——……ネズミに無茶を強いるよね、ダンブルドア……」
「妥当だろう。そもそもおまえが無罪放免なことが私はどうかと思うが」
「私も君が無罪放免なことはどうかと思うよ」
「ははは。姦しいですね本当に」
「あ、あの、み、みなさん、い、い、いがみ合わないでください。わ、私の胃が」
「多少の努力は見られるが、やはり混血は軟弱。クリーチャーは嘆かわしい……」
「ア゙? クリーチャーおまえ、今なんと言った?」
「なんですかクリーチャーに文句でもあるんですか猪突猛進で十二年もアズカバンに収監された親不孝のあなたが」
「そのとおりだ! 調子に——」
「あいにくとあなたには同意を求めてない。容疑を晴らしたいならば粛々と為すべきことをなさい。中はどうだったのですか」
「……じ、じ、自習講師が、な、懐かしい……」
レギュラス・ブラックは生存した。その結果クィリナス・クィレルを救った。命を救われた結果、クィレルはバジリスクとの戦いに乱入する羽目になり、トム・リドルと対峙した。トム・リドル。トム・M・リドル——
——トム・
「——確かに……なにかが箱の中に保管されている。周囲には呪詛に似た厳重な守りがかけられている。人間だったらひとたまりもないだろうね。それこそダンブルドアでも呼んでくるべきだ……」
「……昔から変わらないようで。では僕が——」
「クリーチャーが行って参ります」
「おいクリーチャー! あああもう本当に」
「おまえは本当にクリーチャーには優しいな」
「兄上の
「おまえは本当に兄への可愛げが皆無だな……」
ヴォルデモートと対峙し、その学生時代とも対峙したことで、クィレルは
レギュラスはマールヴォロの名前に心当たりがあった。ゴーントは純血貴族内ですら忘れ去られかけた血筋であり、よほど純血の家系図とにらめっこしていなければ、まさか気づきもしないだろう。ダンブルドアは実際、未だ突き止めきれていなかった。彼は混血であり、ダンブルドアの家系は純血名家ではない。ダンブルドアが本来その端緒を掴むのは、ヴォルデモート復活の舞台がリトル・ハングルトンに置かれた後のことである。そのはずだった。
既に死したマールヴォロ・ゴーント。アズカバンに収監された今ですら、
——ダンブルドアは少しだけ早く情報をつかんだ。
「取ってまいりました」
「クリーチャー……本当に……無茶しないでくれ……」
「なにがあったんだその過保護は」
「あなたには関係ないでしょう」
「こいつこの一年ずっと俺に当たりが強い……」
外れた路線。機会の加速。
偶然の不一致の先になにがある。
「まあいい、ともかく——それで——これがペベレルの指輪、か?」
たとえばここに証がある。