Fate/ZERO for   作:仮定X=ジル×ジャン

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ACT1

 

 

 

-162:26:29

 

 

 

龍之介は震えていた。

確かに肌寒い季節となり、通り行く人々の格好も多く、また厚くなっていたが、気温由来のものでは無い。

怯えているのだ。

 

というのも、今、龍之介は住民トラブルに悩まされている。騒音に、奇行に、不審に。

高笑いする陽気な隣人に不満の視線を投げつけながら思い返すは事の発端。

 

先日、龍之介は自身の知識からは想像もできない体験をした。刺激的にすぎる人生を送ってきたつもりだ。幼少期から、優しく秀でた姉を持ち、友人にも恵まれた。そのおかげで毎年何かしらイベントが置き、退屈には困らず……不謹慎ではあるが行く先々で行方不明者や、猟奇的な殺人事件の被害者が出る怪奇現象のLサイズ付きである。

 

ただ、それでも。

これまで悪魔の類には会ったことがなかった。

 

「あの。あの?"青髭"さん。」

 

声をかけると

面倒に顔をしかめること無く、 ぐるりと顔を後ろへ回した件の人物は落ち着き払った笑みを浮かべていた。

 

先程まで繰り返していた、"本を手にとっては叫びながら全身を掻きむしり、あらぬことを叫ぶ"という行動を認知していないような、高潔さすら感じる笑みは見事な物だった。その不気味な程にピタリと停止して掲げられたままの右手と、振り上げ、そして拳を握った左手が宙で浮いていなければ、だが。

唐突な奇行の開始、停止に恐怖すら覚えていた龍之介がひとまず安堵の息を吐く。

 

「なんでしょう……えぇ、リュウノスケ?」

「その……行動の方はもう諦めたんだケド。できればその物々しい小道具だけしまって欲しいかなって。」

 

机の上に雑然とした物品達はそれぞれが己の領地を主張するように場所を広げていた。なんだかぶにぶに……みょうな質感の本に、不明瞭な言葉の書き連ねられたメモ。描き殴られた誰かの似顔絵。

 

「申し訳ありませんリュウノスケ、貴女に会えた事へ湧き上がる思いが態度に現れていたかもしれませんな」

 

一瞬の逡巡、疑問が顔に浮かぶかその前に、どことなく普段の印象からは想像できない茶目気障なセリフを口にして笑いながら片付けを始めた"青髭"。

 

救いを求める世俗の願いに応じて来たと嘯く(事実かもしれないが)不気味な巨漢は先日のびっくりイベントの中心人物である。

ゆったりとしたローブを引く彼の言うところによると現在冬木では聖杯戦争というものが行われているらしい。

 

史上の偉人を七人集め争わせる。その内に一人残った勝者へ願いに応える器が与えられ終局する儀式だそうで、その器から取って聖杯戦争と呼ぶのだとか。

かくいう彼は術者(キャスター)と呼ばれる役割にいるそうで、魔法を使って戦うのだと語る青髭の顔は限りなく感情の読み取れず……底冷えするような程、あるべき情の抜け落ちた表情をしていた。

 

深い知識の無い龍之介としては聖なる杯なんて仰々しい名前に見合わず、物品を求めて争いをして、手に入れれば願いが叶う……なんて俗だと感じるものがあった。

 

青髭の口ぶりからすれば、どうせ複数回行っているのだろう。そんな7×xの血にまみれた杯を聖杯と呼ぶとキリスト教を信じる人々から︎︎正義の鉄槌を受けそうである。

 

だがキリストさんの血を受けた杯を聖杯と呼ぶそうで、現実の宗教的価値の高い物品だって争いを呼んでそうなものだから、そういうブラックジョークなのか?と邪推する心を止められないのも仕方の無い事だ、と鬱々とした思いを燻らせていた。

 

頭を振って意識を変える。

キリストがなんだ、聖杯がなんだと。原罪など知った事では無い。少なくとも今この日々を大切に過ごす中で都合が悪いと命を失う無辜の人々が居ていいはずが無いのだ。

それを止める為に争いに勝利する。青髭はそのつもりだというし、ところどころ生活の中におかしな部分があるといえど信じないのは不徳だ。

 

「リュウノスケ。」

 

声をかけられハッとする。気づけば机の上は整理整頓されていた。

 

「ごめん、青髭さん。気づかなかった」

 

「貴女はどうも考え込みすぎる癖があるようですね。ですが一つの事へ思いを馳せること、何かを憂うことはまた大切なことです。それも悪癖というより貴女のまた優れたる長所ということでしょう。」

 

穏やかな笑みでそんなことを言う青髭。手には布巾が握られていてどこかシュールに笑いを誘う。

 

「ええ、良い顔です。それでも貴女の頭を悩ませる事があるというのなら不肖の身ですがご相談に乗りましょうか?」

 

心配をかけてしまったのだ。奇行は目立てど、青髭はとても親切で、手本にするべき人物と言える。気配りを欠かさず、細やかな所へ目を向けてくれ……そんな彼に悩みを見透かされず隠せると思うのはなんという愚か。

 

だが、流石に人に話すような事では。

長々と分かりきった世の倫理を解き投げかけるという傲慢極まりない行為は周囲よりの失望を産む。

 

「いや……今は、いいや。青髭さん!ちょっと出掛けてくる!」

 

「またですか。リュウノスケ、貴女もマスターなんですから……」

 

あまり良くない顔をする青髭へ誤魔化すように笑う。

マスターとして歩き回りすぎるのも如何なものか、と先日注意した青髭だが、龍之介は止まらず周りへ満遍なく、全員へ、行き渡るように出来る限りの親切を注ぎに行く。

 

 

ふと、問う。

 

「そういえばなんだけど」

 

聞き忘れていたのだ。柄にもなく図書館でそれっぽい文献を調べて、だが見当たらず。まず調べることに慣れていない龍之介では探すスキルにそもそもスキルポイントを割いていなかった。

 

 

「青髭さんについて教えて欲しい。()()って名前、失礼だけど歴史の授業とかで聞いた事なくて。」

 

"青髭"と呼ぶなら日本の偉人か?もしくはエジソンの"発明王"のような異名だろうか。

答えが欲しくて、返してくれればよし、返してくれないならその理由を問い、真意を聞ければ良し。そんな魂胆だった。

 

 

(あっ)

 

迂闊だった、と思った。

 

質問を聞いて、青髭は曖昧に誤魔化して話を切り上げた。

いそいそと距離を取り透明化して去った、その顔が。

 

苦痛を堪えるように、自身の矛盾へ震えるように。

名前にふさわしい筋を浮かばせ、顰めていたから。

後から自身は気づいて笑うのだろうか、アレが旦那の異常性の切り口だったのか?と。

 

 

 

 

-153:41:36

 

 

 

 

その空間は部屋一杯の闇に満たされていた。

空漠然るべきの"闇"である。

怨嗟に満たされたような、目を覆いたくなる程醜悪な、おぞましく忌避すべき悪を不自然にも避けるように。

ただ不自然はむしろ確かな不愉を強調する。装われた潔癖の中に存在する確かなそれを……

 

 

張られた闇、その水面へ姿を移し続ける満月のように茫洋とした光を放つ球体があった。

 

 

手鞠大の水晶大がひとつ。それはおぼろに光を放ち、遠見を持ってして遙か彼方……同じ冬木市内だが……を照らし映していた。

 

ほんの数十分遡れば、無人だが人の生きる世であったその土地。

そんな人の生存領域の中で人ならざる物、人智を超えた"個"の闘争により原型を留めぬ荒れ具合と化している。

 

遠見の水晶玉を通しその闘争の一部始終を目に眺めていた巨漢。聖杯と名のつくこの第四時戦争において先駆けた、皮切りでしかないというのに歴史に類を見ない名勝負。だがその見開かれた双眸に焼き付けられたのはただ一人の姿のみだ。

 

男は普段とは違う姿を見せていた。

口を開かず……だが唖然と、感動に惚けたように口が開かれている。

長年会いそびれた想い人に再開したような、雲の上へと押し上げんばかりの崇拝の対象を一目見たような。もはや手に入らぬと思った宝石を思いがけず掘り当てたような、これまでと諦めた絶望の縁から引き上げられたような、その縁から降ろされた命綱に気づいた時のような。

 

世界の中で五本の指に入るのではないか?

だがこの男に取ってそれは自身が崇拝までする戦友の復活に他ならず。自身の悲願であり。

 

だがその真実を受け入れられないようにも思えた。何度夢に見て夢と気づいて、夢でもと考えて。その夢を引き摺り座へと驚異の2つ目の己を刻んだ男には。

 

食い入るように。穴が空くほど、いや瞬きの後に消えてしまうことを拒むように。

 

数度にかけて、水晶をその指がなぞり。

 

ついに瞬きをひとつ。夢は覚めない。

 

 

瞬きに際して気づく。睫毛から頬にかけて零れる様に、涙に濡れていた。

 

「───叶った」

 

激情が。されど喉をから回るように細く声が漏れる。

 

「全て、全て叶った。…………まさか。まさか、或いはと、そう思ってはいたが……聖杯は正しく、本当に万能の……」

 

声が掠れ続かない。今の自身が吸い上げるように肺へ空気を注ぐ。

 

 

「聖杯は私を選んだのだ!!」

 

 

 

「ただの1度も!!戦うまでも!他と比べるまでもなく!!私は勝利を遂げた!!

 

 

 

「間違いない、あるはずもない、既に聖杯は我らが手中にある」

 

「彼女こそ答えだ。証人だ、証拠そのものだ。凛々しき面影に、神々しき居住まい……!あれこそは紛れもなく我が運命の乙女にほかならぬ……!!」

 

噛み締めるように。激情が喉を、声帯を越えて闇を揺らす。見苦しくも、滑稽にも、巨漢は涙を零し、地面へ這い、頭髪をかきむしって感動を出力しようとし、溢れる喪失への憎悪という結果が読み込まれた。脳へ刻まれたいつかの記憶。戦場にひときわ輝くように旗を掲げ、意志の強さで成し遂げたその御姿とそれへ駆ける自身を。

"本来"ここには彼のマスターとして正義なき悪逆を尽くす無邪気なアーティストが居るべきだった。

彼ならば"カッ飛んで"いる男を迎合し、あるべきゴールへ手を結んで走るだろう。

 

だがそんな事は知らぬとばかりに更に更にと調子を上げていく男。

 

「───嗚呼、"乙女"よ、我が聖処女よ……すぐにでも─── 」

 

微笑みが。純然たる感激が、されど蛇の吐息のように湿った含み笑いを持って。

 

 

 

フランス児童文学、シャルル・ペローに名高き"青髭"。

 

真名を"ジル・ド・レェ"。

 

革命の中を駆け抜けた栄光の勇士から一転。

戦友の没落と名誉陵辱に心を病み、悪逆の徒へと身を落とし、童話としても、大量虐殺者としても名を残す悲劇の英雄である。




1話8000ずつ出す予定でした。だいぶ短いですが区切り良すぎたので……

誤字報告ありがとうございます。助かりました。
丁寧な推敲は心がけてますが、起きてしまった際は是非にもお願いします。
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