ひきこもりと躾のいい犬   作:ChomeemohC

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小夜子の成長に那須と熊谷が泣いた前回
しかしまだ彼らは付き合っていなかった!?

そんなお話


156cmと154cm

あれから、小夜子がボーダーに顔を出すことが増えた。どうやら虎太郎くんと会ってるみたいだ。

私としては、いい傾向だと思うよ。今までの彼女を否定するわけじゃない——ひきこもって、水と塩昆布だけで生活してた小夜子も、それはそれで可愛かったし頑張ってたしさ。でも、やっぱり誰でも思うんじゃない?外に出て、誰かと笑い合ってる方が、ずっと健康的でいいって。

ただ、虎太郎くん以外の男性はやっぱりまだ苦手みたい。人の多い場所だとすぐに縮こまっちゃうし、オペレーター席以外じゃ落ち着かない感じはある。でも、虎太郎くんが那須隊の控え室に来るのは歓迎してるみたいだし、聞いた話だと小夜子が柿崎隊の部屋に行ったりもしてるらしい。

その時、決まってザキさんがいないか、すぐ出ていくんだって。ほんと、ザキさんいい人だよね。気遣いがハンパないよ。

昨日もさ、小夜子が「ちょっと柿崎隊の控え室行ってくる」って言って出てったあと、玲と二人でニヤニヤしながら見送っちゃった。

「小夜ちゃん、最近楽しそうだね」って那須先輩が言うから、私も「うん、虎太郎くんのおかげだね」って返して。

あの試験の時から少しずつ変わってきた小夜子を見てると、なんかこっちまで嬉しいよ。

虎太郎くんはほんと、いい子だと思う。小夜子が少しずつ心開いてるのって、あの子の真っ直ぐさがあってこそだよね。

 

 

 

控え室で、虎太郎がそわそわしているのが目に入った。わかりやすいヤツだな。志岐ちゃんが来るって分かった瞬間から、落ち着きがなくなって、視線がチラチラドアの方に行ってる。

(こりゃ、俺がいても邪魔なだけか)

そう思って、さりげなく立ち上がる。

「虎太郎、真登華、俺は帰るから、戸締り頼むな」

巴と宇井が揃って「はい、わかりました」と返事をする。

ドアに向かいながら、ちょっとからかうつもりで言葉を付け足した。

「虎太郎、青春を謳歌するのもいいが、訓練は怠るなよ!彼女を守りたいならな」

我ながらおっさんくさい台詞だな、と内心苦笑する。

すると、虎太郎が慌てて声を上げる。

「えっ!彼女って!そんな、僕たちはまだそんな…!」

顔を真っ赤にして手を振る姿が、なんとも初々しい。

その態度を見て、俺と真登華に電流が走った。

(まだ…彼女じゃ…ない…?)

一瞬、頭の中でその言葉が反響する。志岐ちゃんとあれだけやり取りして、顔を合わせるたびニヤけてるのに、まだそういう関係じゃないのか?

「真登華…」

低い声で呼びかけると、真登華が即座に察する。

「はい…」

目が合った瞬間、二人とも同じことを考えていた。

「ミーティングだ!ちょっと食堂に来てくれ」

「イエス!サー!」

真登華がキビキビ返事をして、俺たちは控え室を後にする。

虎太郎の青春を応援するのはいいが、これは重大な問題だ。志岐ちゃんとの関係がまだ“そこ”まで行ってないとなると、柿崎隊としてどうサポートするべきか、急遽ミーティングが必要になったわけだ。

ドアを閉める直前、虎太郎がまだ照れてモジモジしてるのが見えた。

(頑張れよ、虎太郎…でも、こっちも本気で応援するからな)

内心でエールを送りつつ、俺と宇井は食堂へと急いだ。

 

 

 

 食堂のテーブルに着いた柿崎国治の前に、宇井真登華が2人分のコーヒーを持ってやってきた。カップを置きながら、彼女は向かいに座ってのんびり言う。

「といっても、あたし達にできることなんかないでしょ〜」

柿崎はコーヒーを手に取りつつ、ため息交じりに頷く。

「まぁ、そうなんだよな」

ミーティングだなんて意気込んで控え室を出てきたはいいものの、冷静に考えれば、これは結局虎太郎と志岐ちゃんの二人の問題だ。男性恐怖症の志岐ちゃんがあそこまで心を開いていること自体が、先日の熊谷や那須の涙を見ても分かる通り、ものすごい進歩なんだ。

(虎太郎にとっても、今のところは満足なのかもしれねぇな)

「でもなぁ…」

柿崎が少し渋い顔で呟くと、宇井がケラケラ笑いながら突っ込む。

「柿崎さん、親心目覚めるにはまだ若すぎるよ〜」

その軽いからかいに、柿崎は苦笑するしかない。確かに、隊長として虎太郎を応援したい気持ちはあるけど、こんな気分はおっさん臭すぎるか、と自嘲する。

すると、柿崎の後ろから聞き慣れた声が割り込んできた。

「とは言っても、じれったいのは確かよね」

振り返ると、熊谷友子がニヤリと笑いながら立っていた。どうやら話の内容を聞いて、口を挟みたくなったらしい。彼女は自然に宇井の隣に腰を下ろし、勝手にミーティングに参加してきた。

柿崎が少し驚きつつも、「お前、いつからそこに?」と聞くと、熊谷は肩をすくめて返す。

「さっきから。ザキさんが『ミーティングだ!』って出てくの見えたから、なんか面白そうかなって」

宇井が「さすがクマ先輩、嗅覚鋭いね〜」と笑い、コーヒーを一口飲む。

熊谷が続ける。

「小夜子が虎太郎くんと会うためにボーダー来るようになったのは嬉しいよ。でも、あの二人、進展遅すぎない?見ててモヤモヤするよね」

柿崎と宇井が揃って頷く。確かに、二人の距離は縮まってるけど、“そこ”まで行くにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 柿崎隊の隊室では、志岐小夜子と巴虎太郎がいつものように他愛もない話をしていた。ゲームのことや最近の訓練のこと。でも、今日は珍しく、虎太郎がどこかぎこちない。

(柿崎さんにさっきあんなこと言われたから、なんか…照れくさいというか、なんだろ)

「彼女を守りたいならな」なんて言葉が頭にこびりついて、志岐と向き合うたびに妙な緊張が走る。いつもみたいに自然に話せない自分がもどかしい。

その微妙な空気は、人の顔色に敏感な志岐にも伝わってしまう。彼女が少し心配そうな目で虎太郎を見上げて、小さく尋ねる。

「こ、虎太郎くん、今日なんか……どうかした?」

「え!?え、いやー」

突然の質問に、虎太郎は目を丸くして慌てる。どう答えようかと一瞬迷った後、結局正直に口に出してしまった。

「なんかあれなんですけど、柿崎さんに…『彼女を守りたいなら』なんて言われて…。彼女なんて、志岐さん困っちゃいますよね……?」

あわあわと言葉を紡ぐその姿は、まるで焦った子犬みたいだ。

志岐はその言葉に衝撃を受けた。

(…た、確かにそういう、告白とか……してもなければされてもない……けど、うん、そうか……それはそうか)

頭の中でその事実がぐるぐる回る。確かに、自分たちはまだ“そういう関係”じゃない。メッセージをしたり会ったりしてるけど、ちゃんと気持ちを伝え合ったわけじゃないんだ、と今さら気づいてしまった。納得する一方で、顔から火が出そうな羞恥が襲ってくる。

「ちょ……ちょっとごめんね、か……片付けてない用事を思い出し、た、から……部屋に戻るね」

慌てて立ち上がり、志岐はそそくさと出口に向かう。声が震えて、足取りもおぼつかない。

「あ、え?あ、はい」

虎太郎は戸惑ったまま、変な返事しかできなかった。志岐がドアを閉めて出て行く音が響き、隊室に静寂が広がる。

(これ、やらかしたか、俺)

一人残された虎太郎は、頭を抱えて自問を繰り返す。

(どうするのが正解だったんだ…?いや、でも…うわ、ぐちゃぐちゃだ!)

時計の針がカチカチと進む音だけが耳に残り、虎太郎は悶々としながらその場に座り込んでしまった。

食堂で柿崎が宇井や熊谷と話していると、突然ポケットの端末が震えた。画面を見ると、照屋からの着信だ。

「もしもし、どうした文香?」

電話の向こうから、少し困惑した声が聞こえてくる。

「あの、なんか虎太郎が……なんて表現していいか…闇に飲み込まれそうになっているというか」

「……んん?」

柿崎は眉をひそめて聞き返す。頭にクエスチョンマークが浮かぶが、嫌な予感がして急いで隊室に戻ることにした。

隊室のドアを開けた瞬間、柿崎はギョッとした。

いつもキラキラした前向きな目をしている虎太郎が、まるで死んだ魚のような目で虚空を見つめている。膝を抱えてマットに座り込み、魂が抜けたような雰囲気だ。

(試験の時の太一みたいじゃねぇか…)

遠征選抜試験でチームにいた別役太一が、成績が振るわず落ち込んでいた姿が脳裏をよぎる。あの時もこんな感じだった。

一緒に着いてきた熊谷が、心配そうに声を掛ける。

「小夜子と何かあったの?」

その言葉に、虎太郎がピクっと反応する。ヨロヨロと立ち上がり、熊谷を見て頭を下げる。

「あ……すみません、熊谷先輩。俺、志岐さんの機嫌を損ねちゃったかもしれないです」

声が小さくて、どこか自信なさげだ。

柿崎と熊谷が顔を見合わせる中、虎太郎は重い口を開いて、ことの顛末を話し始めた。

「さっき、志岐さんが隊室に来てて…いつものように話してたんですけど、俺、柿崎さんに言われたことが頭にあって…『彼女なんて困りますよね』って、なんか変なこと言っちゃって…」

言葉を詰まらせながら、目を泳がせる。

「そしたら志岐さんが急に『用事を思い出した』って出てっちゃって…俺、なんかやっちゃったみたいで…」

柿崎は腕を組んで聞いていたが、内心で苦笑する。

(お前、それで志岐ちゃんが慌てただけだろ…)

熊谷が優しく言う。

「小夜子、そんなことで機嫌損ねたりしないよ。ちょっとびっくりしただけじゃない?」

でも、虎太郎はまだ死んだ目で呟く。

「でも…俺、変な空気にしちゃったかもしれないです…」

柿崎は頭を掻きながら、隊長として一言置くことにした。

「お前なぁ、考えすぎだ。そんな落ち込むようなことじゃねぇよ。志岐ちゃんがどう思ったかは本人に聞かなきゃ分からんが…まぁ、次会った時にちゃんと話してみな」

熊谷も頷いて、笑顔で付け加える。

「そうだよ、虎太郎くん。小夜子、逃げたように見えたかもしれないけど、嫌いならそもそもここに来ないからね」

その言葉に、虎太郎の目が少しだけ光を取り戻す。

「……そっか、そう…ですよね?」

まだ半信半疑だけど、闇に飲み込まれそうな雰囲気は少し和らいでいた。

その流れで、少し申し訳なさそうに口を開く。

「とは言え、変なこと言っちまった俺にも責任はあるな。虎太郎、すまなかった!」

そう言って頭を下げると、虎太郎が慌てて手を振って否定する。

「やめてください!俺がアレだったんですよ!ほんとすみません!」

二人が交互に謝り合う姿は、まるで漫才の掛け合いみたいだ。

部屋の端にいた照屋文香が、ポッと頬を染めて呟く。

「こういう場でちゃんと頭を下げられる柿崎隊長、素敵……」

その声は小さくて、誰にも聞こえていないようだった。

柿崎は咳払いして、気を取り直すように虎太郎に目を向ける。

「この際ついでだから聞くんだが、虎太郎、お前は志岐ちゃんとどうありたいと思ってんだ?」

まっすぐな質問に、虎太郎が一瞬たじろぐ。でも、尊敬する柿崎に中途半端な答えはできないと思い直し、深呼吸して目を合わせる。

「真剣に……お付き合いしたいと思っています。」

声が少し震えたけど、その瞳は真剣そのものだった。

その言葉を聞いて、宇井真登華の頭に浮かんだのは、

(結婚相手の父親に挨拶に来た人みたい……)

あまりの真面目さに吹き出しそうになったが、空気を読んでグッと堪える。表情は一切変えず、ただ静かにコーヒーを啜った。

柿崎がニヤリと笑って言う。

「いいじゃねぇか虎太郎、カッコイイよお前。なんでそれ志岐ちゃんに言ってやれねぇんだ?」

虎太郎は少し俯いて、恥ずかしそうに答える。

「やっぱりその…下心みたいに思われて、怖がられるのが怖かった……んですかね。全然カッコよくないですね」

すると、熊谷友子が優しく割って入る。

「大丈夫だよ、虎太郎くん。思いを伝えて、それが下心に感じるような子は、小夜子は最初からシャットアウトしてるから」

ウィンクを添えて、明るく励ます。彼女の言葉に、虎太郎の表情が少し和らいだ。

柿崎も頷いて、肩をポンと叩く。

「そうだ。志岐ちゃんがお前をここまで受け入れてる時点で、お前をそんな風に思うわけねぇよ。もっと自信持て」

二人の励ましに、虎太郎は背中を押されたような気がした。

「…はい、ありがとうございます」

まだ少し緊張は残るけど、心の中のモヤモヤが少しずつ晴れていくのを感じていた。

部屋の空気が温かくなり、照屋が「青春だねぇ…」と呟きながら微笑む中、虎太郎は次に志岐と会った時のことを考え始めていた。

 

 

 

 那須隊の控え室に戻った志岐小夜子は、一人モニターの前に座り込んで自己嫌悪に陥っていた。

(ぜ、絶対変だと思われたよ……明らかに、あんな話のタイミングで……)

虎太郎の「彼女なんて困りますよね」という言葉が頭の中で何度もリピートされる。自分が彼の“彼女”と思われていなかった寂しさと、勝手にそうだと勘違いしていた自分への恥ずかしさが混じり合って、いてもたってもいられず席を立ってしまったのだ。

(嫌われた……は多分ない。どっちかと言うと、傷つけてしまった、かもしれない)

あの時の虎太郎の戸惑った顔がチラついて、胸が締め付けられる。

(やっぱり……自分が嫌になる)

膝を抱えて俯く。男性恐怖症で臆病で、こんな時どうすればいいか分からない自分が情けなくてたまらない。

 

〜♪

 

その時、静かな部屋にスマホの着信音が響いた。志岐が誰かから連絡を受けるなんて滅多にないことだ。慌てて画面を見ると、そこには「日浦茜」の名前。

(茜…?)

昨シーズン、引っ越しの都合で那須隊とボーダーを抜けてしまった、仲の良かった後輩だ。志岐にとっては、数少ない心を許せる相手の一人だった。

少し手が震えながらも、志岐は着信ボタンを押す。

「…もしもし?」

小さな声で応じると、向こうから明るい声が飛び込んできた。

「小夜子先輩!お久しぶりです、元気でした?」

茜の元気な声に、志岐の心が少しだけ軽くなる。でも、すぐに自己嫌悪が顔を覗かせる。

「うん…茜こそ、元気?」

声が少し沈んでしまうのを、茜が気づかないはずがない。

「ん?先輩、なんか元気ないですね。どうしたんですか?」

さすが後輩、直球で聞いてくる。志岐は一瞬言葉に詰まりながら、

「…ううん、なんでもないよ。ただ、ちょっと…失敗しちゃっただけ」

と誤魔化そうとするけど、茜の追及は止まらない。

「失敗って何ですか?仕事?それとも…何か別の?」

その「別の」という言葉に、志岐の顔がまた熱くなる。

(茜には…話してもいい、かな)

自己嫌悪に沈む心を、少しだけ救ってくれるかもしれない。そう思って、志岐はゆっくりと話し始めた。

志岐小夜子はスマホを耳に当て、遠征選抜試験から今日までの虎太郎との出来事をすべて話し終えた。

「と、いうことなんだけど……」

ところどころ言葉が詰まったり、変な言い回しになったかもしれない。でも、嘘偽りはない。自分の気持ちについても、正直に吐き出した。

電話の向こうで、日浦茜は黙って聞いてくれた。茶々を入れるでもなく、相槌を打つでもなく、ただ静かに。

(どんな顔して聞いてるんだろう…)

志岐は少し不安になりながら、沈黙に耐える。

すると、突然——

「ぐすっ」

「茜?」

「どうわぁぁぁぁ〜〜〜、小夜子先輩〜〜!」

昨シーズン最終戦でも聞いた、あの独特な泣き声が爆発した。志岐は慌てて声を上げる。

「な、なんで?なんで泣くの!?」

茜は鼻をすすりながら、叫ぶように答える。

「嬉しいからに決まっでるじゃないですかぁぁ!あの先輩が、男の子と、ぞんなぁぁ!」

どうやら、志岐が虎太郎に心を開いたことに、心から喜んでくれているらしい。その裏表のない態度に、志岐は毎度安心させられる。頬が緩むのを感じながらも、先ほどのことが頭をよぎる。

「で、でもその、さっき……傷つけちゃったかもしれなくて……」

改めて隊室での出来事を伝えると、茜は泣き声をピタッと止めて、自信満々に言い切った。

「先輩、大丈夫です!」

根拠は分からない。でも、その力強い言葉に、志岐の心が少し軽くなる。

「信じられないなら、この那須隊スナイパー、日浦茜がお二人の運勢を占ってしんぜよう!」

(スナイパーと占いは関係ないよね…?)

そう思いながらも、元気づけようとする後輩の好意に、志岐は乗っかることにした。

「う、うん、お願い…」

茜が少し間を置いて、芝居がかった声で続ける。

「出ました!次に会う時にとてもいい事が起こります!勇気を持って!です」

曖昧で抽象的。でも、なぜか元気が出る占いだった。志岐は思わず笑みがこぼれる。

「茜、ありがと……」

「またお話しましょうね!」

明るい茜の声に送られて、電話が切れた。

スマホを手に、志岐はしばらくその場に座っていた。

(私は本当にここ最近、人に恵まれてる…)

虎太郎、柿崎隊のみんな、那須隊の仲間たち、そして茜。みんなが自分を支えてくれる。その好意を無駄にしないようにしなきゃ。

志岐小夜子の心に、静かだけど確かな勇気がみなぎった。

 

 

 

 「俺、行ってきます!」

決意に目を光らせ、巴虎太郎は隊室を飛び出した。志岐がまだボーダーにいるかどうかも分からない。でも、座して待っている気にはなれなかった。

(全部言うんだ。思ってること、伝えたいこと。怖がらせないように、落ち着いて、誠実に……)

心の中で何度も言葉を反芻しながら、那須隊の控え室へと足を急がせる。

すると——足が止まる。

那須隊の部屋の前に、志岐小夜子が立っていた。髪の毛に隠れていない左目がこちらを見つめ、優しく微笑んでいる。その眼差しは、虎太郎が志岐の好きなところの一つだった。

(志岐さんの…この優しい目…)

胸が温かくなるのを感じる。

「来てくれると、思って……待ってた、の」

志岐が先に声を掛けてきた。小さくて、少し震えた声。でも、そこには確かな気持ちが込もっている。

予想外の邂逅に、虎太郎は一瞬動揺する。でも、もはや決意は揺らがない。

「志岐さ……」

言葉を紡ごうとした瞬間、志岐が先に口を開く。

「君のそういう優しい所が好き……」

虎太郎が息を呑む中、志岐は顔を赤らめながら続ける。

「一生懸命なところも、礼儀正しいところも、私が話しやすいように喋ってくれるところも、全部好き、好きなの……」

その言葉は、まるで志岐の心の奥から溢れ出したみたいに、真っ直ぐで熱かった。

虎太郎は目を見開いていた。

(え…?)

この状況は全く想定の外だ。自分が伝えようとしていた思いを、そのまま相手からぶつけられている。頭が真っ白になり、数瞬呆然とする。

でも、すぐに立て直す。

(これは…志岐さんの200%の勇気だ。先に言いたかったって悔しさはあるけど…今はそこじゃない!)

深呼吸して、志岐の目を見つめ返す。

「俺も、志岐さんが好きです。苦手なことを頑張ってる時とか、オペレーションの時の凛々しさとか判断力とか、時々見せてくれる芯の強さとか、その優しい目とか!志岐さんの全部が、大好きです!」

声が少し震えたけど、気持ちははっきりと届けた。

ボーダーの片隅で、二人は思いをぶつけ合った。

そして、どちらからともなく、自然と抱きしめ合う。

志岐の小さな体が、虎太郎の腕に収まる。

「背、少し伸びた?」

156センチの志岐が、ちょっと首を傾げて言う。

「いつか志岐さんを胸で包んであげられるようになります」

154センチで、伸び盛りの虎太郎が、真剣に返す。

「楽しみにしてるね」

志岐がくすっと笑って、優しく呟く。

二人はしばらくそうして、互いの温かさを確かめ合っていた。ボーダーの喧騒も遠くに感じる、静かで穏やかな時間だった。




小夜子と茜の先輩後輩関係はめっちゃ好きです。
描写出来てよかった
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