死神警官〜バグ大の極道たちに振り回される警察 作:書庫・ラ・オランジュ
「シバさーん、もう帰りましょうよー」
「そうも言ってられるか。この街にはまだ悪党が棲み着いているんだぞ」
俺の名前は司馬喬皇平。
グチグチと文句を垂れる部下を引き連れて街を歩く特殊犯罪対策課の警官だ。
俺たちは一仕事終えた後にも調査を継続していた。
そんな時、俺たちの前にやけに慌てた様子の女性を道端で見かけた。
「その服装、警察の方ですか!?」
「はい。どうかされましたか」
この娘は半分錯乱している。
俺は彼女の焦りを煽らぬようできるだけ最低限で普通の対応をする。
「わ、私の………!私の妹を知りませんか!?オレンジの服で………髪を結った、小学生の………!」
「子供?」
どうやら彼女は、娘とはぐれてしまったようだ。
「キクリ」
「いいえ。見てないですよ。こんな時間に子供なんてそんな滅多に見れないですって」
同感だ。
もう時刻は20時を切っている。
この時間帯まで小学生が帰宅しないというのは不自然だ。
「お願いします………妹の行方を探してあげてください………!なんでもします………!」
娘はキクリの脚にしがみつく。
「なんでもって………なんでも?」
俺はキクリの脇腹を蹴り飛ばす。
「なんの報酬も駄賃も不要。妹さんを今からすぐに捜索します。あなたは自宅で落ち着き安静に待機していてください。発見次第すぐに連絡いたします。お電話を伺っても?」
「は、はい…………!ありがとうございます!」
しかし、どうなっている。
子供に関する事件の中である故、子供の行方不明事件と聞くとやけに嫌な予感がしてならない。
「シバさーん………せっかくあの人にご飯奢ってもらえたかもしれないのに………」
「警察は報酬で動く職業ではない。そんなことも分からんのか。お前、ここへ来る前はいちおう無能ながらも交番勤務だったろう?交番へ駆けつけた住民に「いらっしゃいませ」と言うのか?」
「いや………言わないですけど…………」
「お前もいつかは誰かの上司だ。仕事はできんでもせめて心意気だけは真面目にやらんか」
俺はいつも通り、腑抜けた様子のキクリに説教をたれていた。
─────その時だった。
「あれっ?シバさん、あれ、なんか燃えてません?」
キクリの口から唐突に信じられないような言葉がこぼれ出した。
「なに………?」
なんと、キクリの真横の方向はるか向こうに、空には橙色の明かりが灯っていたのだ!
あちらの方角だけを照らし上げる仄かな光からは、黒い煙のようなものまで立ち込めている。
俺は瞬時に状況を飲み込んだ。
「キクリ!六車に緊急連絡しろ!あちらに急ぐ!」
「は、ハイ!」
なんと、この夜、黒焉街は一般人を巻き込んでかつてない地獄へと誘われる事になるのだった。
その頃、黒焉街にある大学のキャンパス…………その講堂の屋上にその男はいた。
「ふふふっ…………やっぱり信頼できる子供の親への愛情っていうのは力強いんだよなぁ」
新たに半グレ組織・下離羅のトップとなった佐志原。
「人間ってゆーのはさぁ、一番信頼している人のために、一番力を出すってもんなんだよ………でしょォ?」
佐志原が屋上から落ちるギリギリの縁に座り、そこから背後に首を向ける。
その邪悪な笑みが向く先に、2人の人影がいた。
「おぉいおい【ファーザー】。アンタ、最高にイカれてるぜ………でも、イかれてるってマジ、イカしてるねぇ」
一人は、桃色のモヒカン頭、そしてレザージャケットという奇抜な格好をしていた。
そしてもう一人は、
「ワタ死は………ワタ私の描きたいモノのために、イチバン力を出すことができるのです」
まるで人のものとは思えない風貌をしていた。
片目が失われており、もう片方の眼球は巨大で、黒く翳っていた。
「ワタ四が描く芸術………赤に白に黄色………どの色もとても美しい…………人が死ぬ瞬間に………人が死ぬときはイチバン人の死が描けるのです………命が失くなるコトは、ワタ市は命が失くなるコトの次に美しいと感じるのですぅ…………」
「ファーザー…………こいつどっから出してきたんだ?アンタも大概イカれてるとは思うが、こんなにもイカしたやつさすがに見たことねぇぜ。病気のガキのほうがまだマトモなこと言ってるぜ………」
「そいつはねぇ、よくわかんねぇけど大金はたいて買った殺し屋さ。中国の…………
「ふーん、そーかよ、」
佐志原は一人の殺し屋と自分の右腕となる半グレを一人、抱えていた。
「ン、でだ、ファーザー。大学なんか燃やしてなんになるってんだよ」
半グレの男が、ファーザー・佐志原に問いかけた。
「あー…………オマエには言ってなかったよなぁ。ここはなぁ、オレが裏組織の頭になったら、一番早くにブッ壊したかったところなんだぁ」
「ハァ?」
「
「へいへい………勝手にしなよ…………誰もやんなとは言ってねぇ…………」
ファーザー・佐志原は元々、地元の名門高校に通っていた学生で、この大学を志願していた。
この大学はレベルもそれなりに高かった。そこを受験するということもあり、佐志原はこの手の半グレにしては珍しくかなりインテリの部類だったそうだ。
────そんな佐志原は元々、知的障害を抱えていた。
彼のコミュニケーション能力は並みであり、その他生活中の動きなども普通の人間とほとんど変わらなかった。
だが…………ただひとつ、彼は学習能力の成熟が普通の子供と比べてかなり遅れていたのだ。
「もう小学6年生でしょう!なんでわり算もできないのよ!」
「うぅあっ…………!!!」
出生前診断の段階では大した問題は見つからなかった。だからこそ、彼の両親は佐志原を安心して産んだ。
だが、それが顕在化したのが小学生になってからだった。
学習の定着率が異常に低い、限局性学習症という障がいを、後発的に顕在化するような形で隠し持っていたのだ。
だからこそ、医師からそんな事を聞かされずに産んだ彼の両親は、彼がまったく学習ができていないだけだと思ってしまった。
両親はともに中卒。
お世辞にも一流の職につくことは叶わず、低賃金で共働き、なんとかして彼を育てていた。
仕事ばかりしていなければならない中、それでも時間を割いて彼の勉学を助けていたはずだった。
だが、小学2年生………3年生………4年生と引き続き、様子がおかしくなり始めた。
「おかあさーん。ここ、わかんない」
(この子………同じことこの前教えたばっかりなのに…………)
「おかあさーん、これどうやるの?」
(わりの筆算はできるのに、引き算の繰り下がりもわかんないの?もう小学4年生よ?)
そうこうしている間に、両親は彼の学習能力の低さにしびれを切らしていた。
「おかーさーん。わり算って、どうやってやるんだっけ」
「もーう限界!!!なんでいつまでたってもこんな簡単なことすらわかんないのよこのアホが!!!頭悪いんだったら遊んでないで勉強しろよ!!!」
「うぁぁっ!?」
小学4年生の夏、ついに母親が我慢の限界を迎え、まだ幼かった佐志原に苛烈な暴力を振るうようになった。
突然、信頼していた親に殴られるという感覚。
(うぅ…………っ………!)
それは佐志原の心に深い傷を残した。
「泣いてるんじゃねぇ!!!泣く暇があったら勉強しろ勉強ヲォォ!!!ただでさえテメェはアホなんだからさぁ!!!」
「うぐぇっ………!!」
それが引き金になり、母親は彼に一つでも気に食わないことがあっただけで、彼を殴るようになった。
「次のテスト100点取らなかったら、次のテストまで夜ご飯抜きだから。わかったか、」
「うぅ…………は、い…………」
母親は満足に食事を与えず、佐志原は1日の栄養を給食だけで賄うことがほとんどだったという。
だが、そんな日々が続いているうちに、佐志原にある変化が訪れた。
「勉強しなかったら殴られる…………勉強しなかったらご飯抜きになる……………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………」
勉強しなければ、テストで結果を残さなければ虐待を受ける。
その恐怖が、彼の特性を別の方向性へと歪めてしまった。
(こいつ………急に勉強しかしなくなったわね)
「…………………………………………………………………」
佐志原は全く遊ばなくなった。
全く。一切。
学校の休み時間も、家での時間も、学校が休みの日も、夏休みでも。
友達の遊びの誘いもすべて断り、おもちゃはすべて自分から処分した。
そのかわり、彼はずっと勉強だけをするようになった。
(ま、うるさいのがなくなったし、テストも毎回満点だから、文句ないけどね)
「勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………勉強しなきゃ………」
「──────────アレっ?ボク…………なんで…………勉強しなきゃいけないんだったっけ?」
そんな幼少期を過ごした佐志原だったが、1日のほぼすべての時間を勉強に費やしたことで、障害という自分のディスアドバンテージを狂気的な勉強時間によって突き破ってしまった。
中学生になってからも勉強以外のことは一切せず、それにより一流の高校に進学することができた。
彼ほどの圧倒的勉強量なら、普通この国の高校では扱いきれないほどの知能を有しているはずだがそこは障害が足を引っ張り、なんとか偏差値65ほどの高校に収まった。
だが………………………
「なんなのよ偏差値65って!!!模試では偏差値80あったでしょうがぁ!!!」
「ぐぁっ!!!」
偏差値80は模試では出るが、高校の難易度の目安として使われることはなかなかない。
だが、母親は偏差値の定義も知らなかったため、レベルの低い学校を受験したと考えてしまったらしい。
これだけ勉強してなお暴力を振るわれる。
自分に求められるハードルが上がったことを実感した佐志原はさらに勉強時間を増やすことにした。
自分で睡眠時間を失くし、飯を抜く。
トイレに行く時間はない。かわりに携帯トイレに用を足しながら問題と向き合う。
生物として必要な時間すらも削り、彼は勉強し続けた。
そして彼は、この大学を受験することにした。
「よし、この手応えなら…………きっと母さんも、喜んでくれる。自分の息子が一流大学に受かったんだ。きっと喜ぶ、」
受験の成績は完璧。
余裕の合格圏内だった。
───────しかし、
彼はなぜか落選となった。
「今までなんのために勉強してきたんだこのアホが!!!勉強なんてしてないじゃないの!!!ずっとただ机に座ってただけかよ!!!」
事情は不明。
大学からの通達には『諸事情の理由』と濁されていた。
だが、佐志原にとっての事実はただひとつ。
自分が落選した事実のみ。
母親に機嫌、それだけが重要だった。
ちなみに、大学側は佐志原が障害を抱えていると知り、それが原因で彼を選考から弾いたらしい。
「我が崇高な理工学部の首席入学者が障害者だと………?そんな事認められるはずがない。なんとかしてこれを留めねば、理工学部の名折れ………!」
佐志原ではなく、大学教員の醜い悪が招いた出来事に過ぎなかった。
「学長、この件についてですが」
「えぇ、えぇ。受けますとも。なんせ、先生の理工学部は我が校の最も競争率の高く、数々の企業家などの成功者を輩出した学部……………」
世の中には、無限に悪が蠢いているものだ。
「いくら過去最高レベルの成績だからといって障害持ちの子供ごときに牛耳られてはなりませんとも」
「さすがは学長…………わかってらっしゃいますなぁ」
「だから、オレはこの腐った社会をブチ壊すんだよ。誰よりも厳しい地獄を見てきた、この世の誰よりも長時間努力を積み重ねたこのオレの努力を、障害持ちだったって理由だけで全部なかったことにしやがったこの世の中を…………障害持ちってだけで平気でテメェの欲で孕んだガキを責任取らずブン殴るこの世の中をなぁ…………そう………アイツらが散々舐め腐ってきた障害のガキの力でな………オレらの底力を見せつける…………その第一歩になるんだよ、」
「うっぐ…………ファーザー………オメェそんな苦労してやがったのかよ…………泣けてくるぜ………最高にイカしてんだよ…………最高だよ、オメェ………!!」
「ワタ史は………そうですねぇ、とても美しい物語だと感じました。ぜひともこれを、ワタ士の崇高な芸術に起こしたいです………アナタの今日という一日を………」
ファーザー・佐志原。
彼もまた、差別によって人生を狂わされた被害者の一人。
復讐の牙を研ぐ彼の狂気が、今宵、黒焉街を最悪で包み込むことになるのだった。
「………時間だ、行くぞ。腐興、
「この悪だらけの世の中を、【救世】しにいこうぜ…………」
救世……………たしかに、佐志原はそう言った。
次回『敵も味方も全員集結………黒焉街、最終決戦が開戦』