死神警官〜バグ大の極道たちに振り回される警察 作:書庫・ラ・オランジュ
黒焉街にある小屋から顔を出す2人の人影があった。
「上堂、いつまで余計な世話を焼く気だ。もうとっくに完治した、」
「まったく。私は薬剤師であって外科医ではないんだ。保健室の先生程度の応急処置しか施せないんだから治っているはずがない。病気はどうとでもできるけれど、外傷については安静にしてほしい」
灯火協会の辻斬りオロチと、薬剤師・上堂彦一。
「しかし、いくら隠れ家が割れたとはいえ………面倒臭がりの君が動きたがるとは、今日は何か良いことでもあったかな。君なら逃げることもせず、中で迎撃するタイプだと予見していたが」
「ふん。おまえには関係のないことだ。いちいち深く探りを入れては信頼を失くすぞ」
「おっと。天草君の命令も聞かず単独行動し続けているのは誰だろうか」
「……………………勝手におれの傷を治して主治医ヅラだけして嫌味を言いに来たのなら、すぐに天草の元へ帰れ」
「まぁ、そう言わないで欲しい。目的が合わないとは言え、同じ穴の狢だ。仲間の怪我の状態ぐらい心配させて欲しい」
奴らは雑談しながら夜の街を歩いていた。
だが、それはちゃんと意味のある行為だった。
辻斬りオロチの療養していた彼らの隠れ家が敵に見つかったのだ。
「しかし、いざ敵に回すと御前の情報網は手厳しいね。天草君の所を離れた瞬間にこれだ」
「だからおれに関わるなと言ったはずだ。天草はあれでも抜け目ない。御前の圧倒的な監視網をくぐり抜けるほどの隠匿能力がある。だが、ひとたびそこを抜ければ常に追われる立場となる。おれはもう何年も追われ続けているが、おまえはそうではないのだろう」
「いいや。それでも、追い回されるのには、多少経験があるのでね」
「どうせおまえに一目惚れした女からだろう」
「ひどい勘違いだ…………」
2人はある場所で停止した。
その向かいから、数人もの人影が現れる。
「御前のヒットマンかな。やれやれ、私が殺したいのはせいぜい病原菌くらいなんだが………」
「呑気なこと言ってると死ぬぞ。剣士生まれのおれはともかく、薬師上がりの素人には荷が重い相手だ」
オロチはそれを見た瞬間に、傷が残る身体を抱えながらも迷うことなく黒刀を抜き放つ。
「そうかな?それでは、お手並み拝見と行こうか」
上堂も手斧を握る。
オロチはため息をついて刀を鞘に戻す。
「……………好きにしろ。だが骨は拾わんぞ」
「いや、その必要は…………ない………かな、」
次の瞬間、
「お天道様は見ているよ、」
上堂が手斧を山なりに投擲する!
まだ敵と確定していないにも関わらず上堂から仕掛けに行ったのだ。
「接敵状態に入りました」
「撃ちます!」
敵と思われる護衛たちは懐から拳銃を抜く。
だがしかし上堂のほうが早い。
「さて、これはいい薬だ」
上堂は薬瓶を放り投げると、投げたものとは別のマサカリを再び手に取り、薬瓶を叩き割る。
割れた薬瓶から敵に向かって飛び散るのは酸性の劇薬だ。
触れた瞬間に皮膚が溶解する。
「チィィィッ!!」
「毒か!!小癪な真似を………!!!」
相手もこの世界のプロだ。
この暗闇のなかで瞬時に判断し、半歩飛び退く。
しかし上堂はそれを読んでいる。
「薬の治療とは相乗効果。薬を適切な時間に、適切な方法で飲むことによって起こる反応によって治療を行うんだよ」
上堂の手には別の瓶が握られている。
「だから基本的に、薬は単体で処方されることはない」
瓶の蓋からぶちまけられた液体が、先ほどの強酸の水たまりに吹きかけられる。
液体と強酸が化学反応を起こす。
周囲に充満するのは強烈な刺激臭!!!
「ぐぉぉぉぉっ!?」
「鼻が…………!」
鼻腔を突く刺激臭。
瞬時に彼らの身体にダメージを与える。
強烈な毒ガスによって、彼らは嗅覚へのダメージだけでなく目眩すらも引き起こすようになってしまった!
「ぐおっ…………!!」
「一度、引け………!!」
しかし、上堂の搦手は立体的に展開される。
毒から距離を取ることが自殺行為だ。
上堂が最初に投擲した斧が、後退した護衛の片割れに向かって振り注ぐ!!!
「ゴ………!」
斧の刃は無情にも護衛の片割れの頭骨を割り、露出した脳に突き刺さって即死に至らしめた。
「貴様ぁーっ!!!」
それを受けて敵は正気を取り戻した。
(この毒を吸わないようにしながら前に出るしかない!)
敵は上着をマフラーのように自身の首に巻き付け、擬似的なマスクを作った。
(私に対して後退が愚策であることに片方の犠牲だけで悟ったようだね)
「毒ガスがなけりゃこっちのもんだ!死ね!」
男が刀を振り上げる!!!
「キェェェェェッ!!!」
「危ない危ない、」
上堂は身を翻し、紙一重でそれをかわす!
だが敵の猛攻は終わらない。
「隙を生じぬ二段構え…………」
敵の刃が地面で跳ね返る。
「それが我が必殺の剣技!!!」
「おや、」
そして本命の燕返しに繋がった!!!
上堂はそれに応えるように斧を振り上げる。
「まったく、私は薬剤師であって、斧兵ではないよ」
次の瞬間、
甲高い金属音とともに、金属が切断される音が響き渡る!!!
「やっ!!!」
「何ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
吹っ飛ばされたのは、護衛の握っていた刃だった!!!
「バカな!?我が究極の剣技が…………こんな…………薪割り用の斧に…………!!!」
「さて…………なぜだと思う?その探究心が、人を成長させるんだ」
上堂は斧を振り切った後に一回転し、遠心力でそのまま強引に2連撃に繋げる!!
「ぐぉっ………!?」
護衛は慌てて盾を構える。
(これは新幹線のボディにも使われるジュラルミン性の盾だ。刀と違い、衝撃に強い。いかにこいつが常識外れの力を持っているにしても、この合金を破ることは不可能だ………!)
次の瞬間、その合金の盾が痛快な音を立てて真っ二つにされた。
「バカなァァァァァァッ!?」
「いや、材質の問題ではない。盾の使い方に問題があるんだ」
──────この上堂という男。
「隙を生じぬ二段構え、と先ほど口にしていたが………こちらも似たような種があってね」
この男は、あらゆる意味で天才なのだ。
「どんなものでも、叩けば衝撃を発生し、衝撃と振動が発生した地点は一瞬だが脆くなる。そのわずか一瞬の間に、連続して高い威力の衝撃を与えれば、物体は簡単に破損する。手斧は武器としての特性は切断よりも打撃の方に特化している。『斬る』のではなく、『叩き切る』んだ、衝撃力も高く、リーチの短さを生かした回転率も高い。だから、こうやって武器を破壊するのに適しているんだ」
上堂の回転数が3回目になる。
更なる一撃が振り上げられ、遠心力によって先ほどとは威力もスピードも全くの別物。
そして次の刹那、
「盾とは衝撃に対して斜め………受け流すように使わなければいけない。現在の君の技量で操ることはできない難しい防具なんだ」
「うぉぉぉぉっ!?」
勢いに乗った上堂の強烈な一撃が炸裂する。
「この程度とあらば不合格かな、」
「ぐぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
上堂の斧は敵の骨格ごと、臓腑を一撃で叩き切った。
「さぁ。脅威は去った。早いところ天草君の所に帰ろう。今夜はどうも街が半グレで溢れているようだよ。危険な目に遭う前に帰ろう。私も腕っぷしはそれなりだが、烏丸君たちとは違ってできるだけ戦いは避けたいたちでね」
「街が半グレで溢れている?どういう意味だ、」
「おや知らなかったのかい。私の部下が見つけてきたんだよ。すぐそこの大きな大学に、半グレたちが集合するそうでね。戦争でもする気なのかと」
「ほう………………」
辻斬りオロチは無言で剣を取り、上堂をおいて歩き出す。
「おっと………これは、教えてあげないほうが良かったかな」
「予定ができた。単なる私用だ。おまえは去れ」
「下離羅と言ったかな。辻斬りオロチのお眼鏡にかなう半グレとは興味深い。あ、そうそう。その下離羅も今日から灯火教団の末端だ。手を出したりしないようにと天草君が。君、下離羅の構成員をずいぶんと斬り殺してしまったらしいね」
「すでに終わった話だ。それに、奴らのやってることは宝石商強盗なんていう単なる悪辣だ。おれは基本的に必要悪は認めていない。おれが認めるのは復讐の刃だけだ。このおれが、おまえたちとつるんでいるのも、御前に辿り着くまでの過程に過ぎん。天草もおれの事はそう理解している」
オロチは下離羅のいる大学を目指し、上堂と反対方向に向かう。
「私は無益な戦闘は避けたい。だから、ここから君に同行するのはやめておくとしよう」
「こちらこそ願い下げだ。ずいぶんとまぁ勝手なことをしてくれたな」
「はぁ………近隣のカードショップで買い物でもしてくるかな。君の能力からして無事の心配はしていないけれど、怪我には注意して欲しい。おそらく、そこにくるのは半グレだけじゃない。確実に、死神警官や地元の任侠組織が騒ぎを聞きつけて現場に急行してくるよ」
「解ってる。むしろそっちに用事があるんでな、」
再び動き出す辻斬りオロチの影…………
「京極組…………そして死神警官…………次は正当防衛としてではなく、剣士としておまえたちの力に応えてやろう…………次こそは必ず、おまえたちの意志をここで断つ」
己の復讐の為に無辜の民の命を燃料として『消費』する悪辣、朔月恩郎智。
そしてこの男が下離羅でもない、警察・京極組でもない、この戦いのジョーカーとして戦場にかつてない混乱を呼ぶことになる────
─────俺の名前は司馬喬皇平。
「なんだ…………これは…………」
「大学が燃えちゃってますよ!」
此度の事件の黒幕の潜む場所へ駆けつけた特殊犯罪対策課の警官だ。
黒焉街で発生した、半グレ組織下離羅による、施設育ちの子供を使った連続犯罪。
現トップの佐志原は発達障害を持つ子どもが預けられている施設に火を放ち職員を皆殺しにし、身寄りのなくなった子どもたちを引き取ることで犯罪に利用してきた。
「さぁ良い子のみんなー。お勉強の時間だよ。お兄さんが君たちに何でも教えてあげよう」
奴は知的な発達が通常と比較してかなり遅れているという障害を努力で克服したが、障害を持っていたことが原因で大学から不公平な入学審査を受け、大学に入学できなかった。
幼い頃から虐待を受けてきた事も重なり、彼は発達障害者を排斥する社会に強い憎しみを抱き、同時にそういった特性を持つ子供たちに対しては理解が深かった。
だからこそ…………子供たちは彼を信頼し、彼の命令にも喜んで従った。
子供を道具のように使うようで、それでいてまるで我が子を扱うかのような温かな懐の広さ。
そこから付けられた名前は『ファーザー』。
今夜、そのファーザーが因縁のある場所に攻撃を行った。
こうして俺たちは火の手が上がるのを目撃し、現場まで駆けつけた。
「た、大変です!近隣の住宅にも火が移ってる!で、でも講堂の距離からして、どう考えても延焼じゃないですよ!?」
「誰かが外に出て放火している可能性が高い。いちおう応援要請はすでに出しているが…………今の俺たちの手では、どう考えても片付かない…………!」
風悟に連絡してはいるが、応援が到着するまで少しばかり時間がかかる。
その間にも火の手は広がり続ける。
俺たちのすべきことは住民の保護…………だが、大学の中にも今頃事務作業中の教員たちがいるはずだ。
それに…………消火器もなければ消防車も来ていないし消火訓練も受けていない我々に、火事のなかでできることが果たしてあるのか?
「くっ……………」
俺は、今どうすればいい…………
このスケールの被害をこの場にいる人数で、できることなど…………
判断…………しきれん…………
その時だった。
「あっシバさん!なんか、バンが来ましたよ!」
「なに………?」
俺たちの真横に1台のバンが着けた。
中から出てきたのは予想外の人物だった。
「死神警官、消火器も持たずに何をしている?」
その図体と七三、忘れるはずもない。
「拷問、ソムリエ…………!?」
そこに現れたのは拷問ソムリエ・伊集院茂夫。
「流川くん!」
「お久しぶりです、菊理巡査、司馬巡査部長!」
ついでに流川もいるではないか。
「よくやった。今回は一つ貸しにしておくぞ拷問ソムリエ」
「フン。勝手にしろ、貴様のためではない」
バンの中には用意周到にも3個の消火器が積み込まれていた。
これなら消防隊が到着するまでの間にも救助活動にあたれる。
「うわぁぁぁぁっ!?爆発!?」
だが、そうこうしている間に別の場所からも爆発とともに火の手が上がる。
「まずいですよ!これじゃ、僕たちみんなで頑張ったところで、燃えるスピードのほうが早いですよぉ………!消防隊員だって、さすがにこんなあちこち燃やされちゃかなわないですって!」
「クソッ…………!!面倒な…………!!」
「下離羅め………ずいぶんと規模が大きいようだ」
伊集院と流川が来てくれたのは助かったが、それも所詮は気休め程度にしかならん。
4人でこの火の手を消化し切るのは不可能だし、なにより消火器が3つしかない。
ならば……………
「……………シバさん、ここは僕に行かせてください。僕が大学の講堂に行きます」
するとキクリはコイツらしからぬ事を口にした。
「…………何言ってんだ?お前なんぞに一人で何ができる」
そんな判断は認められない。
こいつは武闘派でもなんでもない。
一人で乗り込んでも半グレたちの返り討ちに遭って無駄死にのがオチだ。
まだ消火活動にあたらせたほうがマシだ。
「いえ、その………敵は子供を使って勢力を拡大してるって話、なんですよね………だったら、大学の中にいるのは子供ばっかりなんじゃないかなって………」
「なんだと?」
「いやぁ、その…………いくら子供を使うって言ったって…………放火までさせますかな…………って…………だったら大人の人手は放火活動に回されて、中には意外と誰もいないんじゃないか…………みたいな…………?」
「何を言っ─────」
だが、よく考えてみればそうなのか?
いくら障害を持って生まれた子どもたちだろうが、施設育ちであるのなら放火するような育ち方をしていないはずだ。それが放火までさせられるだろうか?
いや、逆か?仮に子供を使っていたとしても、脅迫ぐらいはしないとやらないだろう。
…………なら、脅迫するためだけに人員を何人か割いている、ないしは子供を使わないのならばどっちみち放火役で何人か回される。
むしろ大学の中のほうが人手が少ないかもしれない。
「だ、ダメですよ菊理巡査!一人では危険です!司馬巡査部長も先生も、止めてあげてください!」
「いや……………案外その通りかもしれん」
「うむ。的を射ている発言ではある」
「えぇぇぇぇっ!?」
そうだな。よく考えてみれば、キクリのすることは一つだ。
別にキクリが大将を討ち取ってくるなんて期待はしていない。
コイツは「耐久すればいい」んだ。
応援の到着に合わせればいい。そうすれば俺たちも動けるようになる。
そうか…………ならば、逆に適任はキクリなのか。
こいつの身体能力ではこの広さを駆け回って住民の救出なんて不可能だ。
騏一郎の出現だって自由ではない。
騏一郎は本来、かなり厳しい条件下で召喚される人格だ。
ここ数日は出来事が重なって何度か出てきたが本来はキクリが限界まで追い込まれた状況でかつ、キクリの人格が失神などによって後退することでやっと現れるものだ。
騏一郎の活躍を前提とした盤面の見方はあまりに非合理的。
キクリにはキクリの能力の中でできることをさせるしかない。
「……………信じていいのか、お前を」
俺は初めて、この少年に頼ったのかもしれない。
「…………頑張ります。たとえ死んでしまうとしても、せめて消防隊の到着には間に合わせます。そうしたら、あとはシバさんたちに任せます」
「そうか………なら好きにしろ。お前の扱いはお前が一番把握している。今自分にできる一番のことをやってみろ」
俺はキクリに自由行動を許可した。
普段なら許さなかっただろう。
だが、この男の目の奥に、俺は燃え上がるようなものを感じたのだ。
炎を至近距離で見つめると目が眩しさと熱にさらされるように、この男の目の奥に何か熱のようなものを感じ取ったのだ。
「────さぁ、こいつは置いて俺たちは行くぞ。この消火器はお守り程度だ。火を消すことより火の手に取り残された住民の救出を優先するぞ、拷問ソムリエ共」
「無論だ」
「り………了解しました………」
俺は伊集院と流川を連れて、火の手の上がる近隣の住宅街へと突入していった。
(僕だって…………やるときはやるんだ。シバさんの足ばっかり引っ張ってはいられない…………)
キクリは俺たちと反対方向に向かって歩き出す。
(やらなくちゃ…………僕がやるんだ。僕だって…………みんなを助けたい…………)
キクリの目つきが変わる。
騏一郎のような鋭さはないが、同時にやつれた暗い目でもない。
朝日を見据える決意の眼光。
(それに…………あんなクソみたいな鬼畜障害者どもの犯罪なんて…………
決意のままに無敵の精神を持った菊理は大学の敷地内へと足を踏み入れる。
──────だが、この直後、
キクリの身に、最悪の結末が降り注ぐことになるのだった。
次回『菊理弥二郎が大暴走………そして絶望』